果てない空※原作設定無視ver.
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果てない空※原作設定無視ver.
瓦礫の匂いと、薬品と血の匂いが混ざっていた。
アジア支部の、地下の一室。
壁や天井はひび割れて、ところどころコンクリートが剥がれ落ちている。
その天井のひびから――
ほんの、爪の先ほどの“色”が覗いていた。
(……なんだ、あれ。昨日まではなかった)
まだ幼い神田ユウは、
ベッドの上からじっとそれを見ていた。
鉄のベッド。
腕には点滴の痕。
体のあちこちが、まだ焼けるみたいに痛い。
いつもなら目を閉じて、
次の痛みに備えて息を殺している時間だ。
だけど今日は、
天井の向こうから覗く“色”が気になってしょうがなかった。
白でも、灰色でもない。
少しだけ…青い。
(……絵本で見た色だ)
ずっと昔、誰かが見せてくれた絵本。
名前は忘れたのに、そのページだけがやけに覚えている。
“大きな空” の絵。
(空……)
ぼんやりとそう思った瞬間――
「……ゴゴッ……!」
ユウのすぐそばで、瓦礫が動いた。
ビクリと肩が跳ねる。
反射的に身構えた。
何かが、そこから何かが這い出てくる気配がした。
ギシ、ギシ、とコンクリート片がずれる音。
白い小さな手が、がしっと床を掴む。
次の瞬間、長い髪をざらりと引きずりながら、
小さな影が――まるで貞子みたいに――
床から這い出てきた。
「……ぶはっ!! し、死ぬかと思ったぁぁ……!」
瓦礫の山から、子供がひとり。
ぐしゃぐしゃになった髪と傷だらけの旗袍。
体格からして、ユウと同じくらいの年に見える。
(……幽霊じゃねぇのかよ)
思わず心の中で毒づいた。
その子は、袖で顔の埃を拭ってからきょろきょろと辺りを見回し――
ベッドの上のユウを見つけた。
「あ、生きてる人いた。よかった〜……」
のんきな声だった。
ユウは眉をひそめる。
「おい。
勝手に這い出てくんな。うるせぇ」
「えぇ!? 第一声それ!?
助かったのに!? 奇跡の生還なのに!? ねぇ!?」
騒がしい。
でも、その声は妙に明るくて、
この地下には似合わない音だった。
「……どっからきた」
「下の部屋から。穴開けた。ドーンて。
……あ、あのさ」
少女はふいに黙って、
ユウの視線の先を追った。
天井のひび。
そこから覗く、小さな青。
「……これ、空?」
ぽつり、と少女が言った。
ユウは少しだけ目を見開く。
(……こいつも、知ってるのか)
「絵でしか見たことないけど……
本物も、こんな色してるんだね」
少女は床に座り込んで、
眩しそうに目を細めた。
「思ったより……あったかい色だ」
「馬鹿か。
あれが空そのものなわけねぇだろ。
ちょっと見えてるだけだ」
「ちょっとだけでも、空は空だよ」
彼女はくすっと笑った。
「ねぇ、君もセカンド?」
その言葉に、ユウの肩がぴくりと動く。
「……なんでそう思う」
少女は自分の腕をまくって見せた。
同じような注射痕。
同じような縫合痕。
「同じ匂いがするから。
薬と、血と……ちょっとだけ、外の風の匂い」
「外なんて、知らねぇだろ」
「うん。知らない。
でも――」
少女は天井を見上げたまま、
胸の前で指をぎゅっと握った。
「いつか、見に行くんだ。
果てないくらい、ずっと広い空。
これじゃないどこかで」
その言葉はあまりにもまっすぐで、
ユウは思わず眉をしかめた。
「まるでホンモノを見たことある言い方だな」
「あるよ。そんな気がするだけ」
ここから出ることなんてない。
役に立たなくなったら、処分されるだけ。
それが、この場所の“常識”だ。
「……バカみてぇなこと言うな」
冷たく吐き捨てる。
「ここから出られるわけねぇだろ。
空なんざ、こんな覗き穴から一生見るのが関の山だ」
「ふーん…じゃあさ」
少女は立ち上がって、
よいしょ、とユウのベッドの端に腰を乗せた。
距離が近い。
ユウはわずかに身を引く。
「な、勝手に座んな」
「この部屋、今は私と君しかいないんだからいーじゃん。
……ね、名前は?」
「……ユウ」
「ユウか。
私はミナミ。よろしくね、ユウ」
あまりにも自然に名前を呼ばれて、
ユウは一瞬言葉を失った。
久しぶりだった。
ちゃんと“名前”で呼ばれたのは。
胸の奥が、少しだけチリッとした。
「……勝手に呼ぶな」
「やだ。呼ぶ。
ユウはユウでしょ? それ以外、ないし」
ミナミはにこっと笑った。
その笑顔は、地下の光の悪さをものともしないほど明るくて――
ユウは視線を逸らした。
天井のひび。
小さな空。
ミナミも、同じものを見上げていた。
「……ねぇユウ」
「なんだよ」
「いつか、一緒に見に行こうよ。
天井の穴なんかじゃなくて、
ちゃんと外に出て。
首が痛くなるくらい、でっかい空をさ」
ユウは鼻で笑う。
「そのために、殺されそうになってるんだろ」
「そうだね」
ミナミはあっさり頷いた。
「だったら、強くなんなきゃ。
痛いのに耐えた分だけ、外に出る理由が増えるって信じてたいもん」
「……信じる相手を間違えてる」
「信じてるのは、ユウと私だよ?」
暗闇の中で、
ミナミの瞳だけが妙に真っ直ぐだった。
ユウは視線を絡められて、
言葉を失う。
(……こいつ……)
胸の奥のどこかが、
きゅっと縮んだ。
「ここで終わりたくないんだ。
まだ、何も見てないから」
ミナミの小さな声が、
それでもはっきりと地下室に響いた。
「だから――一緒に、頑張ろうよ。
ユウひとりじゃないよ」
その言葉は、
ユウの心の一番深い場所に落ちていった。
“ひとりじゃない”
そんなこと、考えたこともなかった。
「……うるせぇ。
勝手に巻き込むな」
そう言いながらも、
彼は天井から覗く青を見上げる。
さっきよりも、
少しだけ、色が澄んで見えた。
❄︎••┈┈┈┈••❄︎••┈┈┈┈••❄︎
それからの日々、
痛みは変わらなかった。
薬も、実験も、訓練も、
どれも容赦なく子供の体を焼いた。
それでも――
ひとつだけ、変わったものがある。
「ユウ、今日も見えるよ、空」
ミナミは隙を見つけるたびに、
あの部屋へ来た。
ベッドに縛られたユウの隣に座り込んで、
天井のひびから覗く空を見上げる。
「さっきより、ちょっとだけ色が濃い気がするね」
「気のせいだ」
そう言いながらも、ユウも同じものを見ていた。
薬が効かずうなされている日、
腕から血が止まらない日、
体のあちこちが切り刻まれた日。
そんな日でも、
ミナミはここに来て、空の話をした。
「きっとさ、外に出たら風の匂いが違うよ」
「雨の日の空は、泣きそうな顔してるのかな」
「雪の日でも、雲の上にはちゃんと青があるんだって」
彼女の言葉は、
全部“まだ見ぬ世界”の話だった。
ユウは最初、うるさいとしか思っていなかった。
だが――
(……こいつが話してるときだけ、
痛みのこと、少し忘れられる)
それに気づいたとき、
彼はもう彼女を追い出せなくなっていた。
「なぁ、ミナミ」
「なぁに?」
「お前、痛くねぇのか」
「めちゃくちゃ痛い」
即答だった。
「死ぬほど痛いし、怖いし、逃げたいよ。
でもさ――」
ミナミは小さく笑った。
「空、まだ見てないから」
その一言で、
ユウは言葉を失う。
(……何なんだよ。
どうしてそこまで言い切れんだ)
「……バカみてぇに空空言いやがって」
「バカでいいもん。空、好きだから」
「見たことねぇのにかよ」
「ここからちょっと見えてるでしょ? 好きになるには十分だよ」
ミナミは天井を指さした。
「ユウだってさ――」
「は?」
「痛くても、生きてる。
それだけで、もうかなり強いよ」
その言葉に、ユウの胸がざわめく。
(……俺は、生きてる…?)
ここにいるのはただの実験体だと思っていた。
だけどミナミは、
“生きてる”って言った。
「だから、ちゃんと外に行こうね。
空の下で、胸張って歩こうよ」
そんな未来、信じられるわけがないのに――
ミナミが言うと、
ほんの少しだけ、
手を伸ばしたくなる。
ユウは自分の胸の奥が、
少しずつ変わっていくのを感じていた。
❄︎••┈┈┈┈••❄︎••┈┈┈┈••❄︎
ある日、
大きな地鳴りが支部を揺らした。
実験棟の一部が崩れ、
ひびだらけだった天井がついに割れる。
「……っ!」
ユウが目を開けたとき、
あの部屋は粉塵で真っ白だった。
天井の穴は広がり、
さっきまで“覗き穴”だった場所が、
大きな口を開けている。
そこから――
青が、どこまでも広がっていた。
(……空……だ)
息をするのも忘れそうなほど、
大きな青だった。
今まで見ていたのは、
ほんの切れ端にすぎなかったのだとわかる。
(……こんなに……)
目に染みるほど、
綺麗だった。
「ユウー!!」
咳き込む声。
粉塵の向こうから、
小さな影が走ってくる。
ミナミだった。
「生きてる!? ねぇ、大丈夫!? 痛いとこは!?」
「うるせぇ。
お前こそ瓦礫に潰されてろ、貞子」
「だから貞子言うなーー!!」
がなりながら、
それでもミナミはユウのベッドにたどり着くと、
ほっと息を吐いた。
「……よかった……」
ユウはふと気づく。
ミナミの額から血が流れている。
肩も切れているのに、
彼女はそれを気にする様子もなく――
「ユウ、見て……!」
震える指で、
天井の大穴を指さした。
「空、だよ……!」
ユウも見上げる。
そこには、
果てが見えないくらいの青が広がっていた。
こんな場所からでも、
空はちゃんとそこにある。
何があっても、
潰れない。
(……果てない……)
胸の奥で何かが、
静かに弾けた。
この空の下に、
この空の続きに、
まだ見ぬ世界がある。
「……なぁ、ミナミ」
「なぁに、ユウ」
「俺が……外に出たら」
ユウは自分の言葉に、自分で驚いた。
“もしも”なんて考えたこともなかったのに。
「その時は……てめぇも、一緒に来い」
ミナミが目を丸くする。
「……ユウ、それ……」
「お前一人で行かせたら、
なんかムカつくし」
視線を逸らして、吐き捨てるように言う。
「俺が先に行く。
お前はあとから来い。
でも遅れんな。置いてく」
ミナミの目に、
涙とも笑いともつかない光が浮かんだ。
「……うん。
約束だからね」
小指を出される。
「子供っぽい真似すんな」
「ユウも子供だよ?」
言い返せない。
ため息をついて、
ユウもそっと小指を絡める。
その指先に、
空の光が落ちた。
❄︎••┈┈┈┈••❄︎••┈┈┈┈••❄︎
――それから、いくつもの季節が過ぎた。
泣き声も、約束も、
置き去りにしていくみたいに。
アジア支部の地下は遠い記憶になり、
痛みは鈍い傷跡として胸に残った。
外に出た。
戦場にも出た。
血を見て、命を落とす者たちも見た。
それでも――
今、彼はここにいる。
雲ひとつない、青空の下。
石畳の街路の真ん中で、
戦いの帰り道、神田ユウは立ち止まっていた。
「……ユウ? どうしたの?」
後ろから、穏やかな声がする。
振り向かなくてもわかる。
同じ隊のエクソシスト、
今は自分の隣に立つ存在――ミナミ。
「空を見てた」
神田は短く答える。
つられてミナミも青を仰ぐ。
喉の奥が、少しだけ熱い。
「……あの日と同じ空だ」
地下の小さなひびから覗いた色。
瓦礫と粉塵の隙間から広がった青。
あの時の空と、
今、頭上に広がっている空は――
何ひとつ変わっていない。
果てがない。
掴めない。
それでも、ちゃんとそこにある。
「……長かったね」
ミナミがぽつりと呟いた。
「やっと、本物の空の下にいるんだね、私たち」
「うるせぇ。
ガキみてぇな感想言うな」
そう言いつつ、
神田も視線を外せなかった。
(……約束、守ったからな)
自分に言い聞かせるみたいに、
胸の奥で呟く。
“俺が先に行く。
お前はあとから来い。
でも遅れんな”
あの日交わした約束は、
遠回りをして、
ちゃんとここに繋がっている。
風が吹いた。
青空の下、二人のコートがはためく。
神田はふいに、
ミナミの気配を確かめるように視線を向ける。
ミナミは、
優しい目で神田の背中を見つめていた。
まるで、
「ちゃんとここまで来たね」と言うみたいに。
「……なんだよ」
「ううん。
別に。
――おかえり、ユウ」
「勝手に迎えんな」
口ではそう言いながら、
ユウはもう空から目をそらさなかった。
果てない空がそこにある。
何度倒れても、
見上げればそこにある。
泥まみれでも、
蓮華の花のように。
だから――まだ、進める。
神田は一度だけ、
小さく息を吐いた。
「……行くぞ」
「あ、待ってよユウ」
少し前を歩く長身と、
その背中を追いかける小さな足音。
二人の影が、
同じ方向へ長く伸びていく。
青い、果てない空の下で。
おわり。
スライディング土下座─=≡Σ_( _ )´ω`)_ズサァー
(_;´꒳`;):_
神田が初めて空を見たお話は汚しちゃいけないって、触れてはいけない領域だったのに…。
ねじ曲げちまった…やっちまった⊂⌒~⊃。Д。)⊃
ほんとごめんなさい!
瓦礫の匂いと、薬品と血の匂いが混ざっていた。
アジア支部の、地下の一室。
壁や天井はひび割れて、ところどころコンクリートが剥がれ落ちている。
その天井のひびから――
ほんの、爪の先ほどの“色”が覗いていた。
(……なんだ、あれ。昨日まではなかった)
まだ幼い神田ユウは、
ベッドの上からじっとそれを見ていた。
鉄のベッド。
腕には点滴の痕。
体のあちこちが、まだ焼けるみたいに痛い。
いつもなら目を閉じて、
次の痛みに備えて息を殺している時間だ。
だけど今日は、
天井の向こうから覗く“色”が気になってしょうがなかった。
白でも、灰色でもない。
少しだけ…青い。
(……絵本で見た色だ)
ずっと昔、誰かが見せてくれた絵本。
名前は忘れたのに、そのページだけがやけに覚えている。
“大きな空” の絵。
(空……)
ぼんやりとそう思った瞬間――
「……ゴゴッ……!」
ユウのすぐそばで、瓦礫が動いた。
ビクリと肩が跳ねる。
反射的に身構えた。
何かが、そこから何かが這い出てくる気配がした。
ギシ、ギシ、とコンクリート片がずれる音。
白い小さな手が、がしっと床を掴む。
次の瞬間、長い髪をざらりと引きずりながら、
小さな影が――まるで貞子みたいに――
床から這い出てきた。
「……ぶはっ!! し、死ぬかと思ったぁぁ……!」
瓦礫の山から、子供がひとり。
ぐしゃぐしゃになった髪と傷だらけの旗袍。
体格からして、ユウと同じくらいの年に見える。
(……幽霊じゃねぇのかよ)
思わず心の中で毒づいた。
その子は、袖で顔の埃を拭ってからきょろきょろと辺りを見回し――
ベッドの上のユウを見つけた。
「あ、生きてる人いた。よかった〜……」
のんきな声だった。
ユウは眉をひそめる。
「おい。
勝手に這い出てくんな。うるせぇ」
「えぇ!? 第一声それ!?
助かったのに!? 奇跡の生還なのに!? ねぇ!?」
騒がしい。
でも、その声は妙に明るくて、
この地下には似合わない音だった。
「……どっからきた」
「下の部屋から。穴開けた。ドーンて。
……あ、あのさ」
少女はふいに黙って、
ユウの視線の先を追った。
天井のひび。
そこから覗く、小さな青。
「……これ、空?」
ぽつり、と少女が言った。
ユウは少しだけ目を見開く。
(……こいつも、知ってるのか)
「絵でしか見たことないけど……
本物も、こんな色してるんだね」
少女は床に座り込んで、
眩しそうに目を細めた。
「思ったより……あったかい色だ」
「馬鹿か。
あれが空そのものなわけねぇだろ。
ちょっと見えてるだけだ」
「ちょっとだけでも、空は空だよ」
彼女はくすっと笑った。
「ねぇ、君もセカンド?」
その言葉に、ユウの肩がぴくりと動く。
「……なんでそう思う」
少女は自分の腕をまくって見せた。
同じような注射痕。
同じような縫合痕。
「同じ匂いがするから。
薬と、血と……ちょっとだけ、外の風の匂い」
「外なんて、知らねぇだろ」
「うん。知らない。
でも――」
少女は天井を見上げたまま、
胸の前で指をぎゅっと握った。
「いつか、見に行くんだ。
果てないくらい、ずっと広い空。
これじゃないどこかで」
その言葉はあまりにもまっすぐで、
ユウは思わず眉をしかめた。
「まるでホンモノを見たことある言い方だな」
「あるよ。そんな気がするだけ」
ここから出ることなんてない。
役に立たなくなったら、処分されるだけ。
それが、この場所の“常識”だ。
「……バカみてぇなこと言うな」
冷たく吐き捨てる。
「ここから出られるわけねぇだろ。
空なんざ、こんな覗き穴から一生見るのが関の山だ」
「ふーん…じゃあさ」
少女は立ち上がって、
よいしょ、とユウのベッドの端に腰を乗せた。
距離が近い。
ユウはわずかに身を引く。
「な、勝手に座んな」
「この部屋、今は私と君しかいないんだからいーじゃん。
……ね、名前は?」
「……ユウ」
「ユウか。
私はミナミ。よろしくね、ユウ」
あまりにも自然に名前を呼ばれて、
ユウは一瞬言葉を失った。
久しぶりだった。
ちゃんと“名前”で呼ばれたのは。
胸の奥が、少しだけチリッとした。
「……勝手に呼ぶな」
「やだ。呼ぶ。
ユウはユウでしょ? それ以外、ないし」
ミナミはにこっと笑った。
その笑顔は、地下の光の悪さをものともしないほど明るくて――
ユウは視線を逸らした。
天井のひび。
小さな空。
ミナミも、同じものを見上げていた。
「……ねぇユウ」
「なんだよ」
「いつか、一緒に見に行こうよ。
天井の穴なんかじゃなくて、
ちゃんと外に出て。
首が痛くなるくらい、でっかい空をさ」
ユウは鼻で笑う。
「そのために、殺されそうになってるんだろ」
「そうだね」
ミナミはあっさり頷いた。
「だったら、強くなんなきゃ。
痛いのに耐えた分だけ、外に出る理由が増えるって信じてたいもん」
「……信じる相手を間違えてる」
「信じてるのは、ユウと私だよ?」
暗闇の中で、
ミナミの瞳だけが妙に真っ直ぐだった。
ユウは視線を絡められて、
言葉を失う。
(……こいつ……)
胸の奥のどこかが、
きゅっと縮んだ。
「ここで終わりたくないんだ。
まだ、何も見てないから」
ミナミの小さな声が、
それでもはっきりと地下室に響いた。
「だから――一緒に、頑張ろうよ。
ユウひとりじゃないよ」
その言葉は、
ユウの心の一番深い場所に落ちていった。
“ひとりじゃない”
そんなこと、考えたこともなかった。
「……うるせぇ。
勝手に巻き込むな」
そう言いながらも、
彼は天井から覗く青を見上げる。
さっきよりも、
少しだけ、色が澄んで見えた。
❄︎••┈┈┈┈••❄︎••┈┈┈┈••❄︎
それからの日々、
痛みは変わらなかった。
薬も、実験も、訓練も、
どれも容赦なく子供の体を焼いた。
それでも――
ひとつだけ、変わったものがある。
「ユウ、今日も見えるよ、空」
ミナミは隙を見つけるたびに、
あの部屋へ来た。
ベッドに縛られたユウの隣に座り込んで、
天井のひびから覗く空を見上げる。
「さっきより、ちょっとだけ色が濃い気がするね」
「気のせいだ」
そう言いながらも、ユウも同じものを見ていた。
薬が効かずうなされている日、
腕から血が止まらない日、
体のあちこちが切り刻まれた日。
そんな日でも、
ミナミはここに来て、空の話をした。
「きっとさ、外に出たら風の匂いが違うよ」
「雨の日の空は、泣きそうな顔してるのかな」
「雪の日でも、雲の上にはちゃんと青があるんだって」
彼女の言葉は、
全部“まだ見ぬ世界”の話だった。
ユウは最初、うるさいとしか思っていなかった。
だが――
(……こいつが話してるときだけ、
痛みのこと、少し忘れられる)
それに気づいたとき、
彼はもう彼女を追い出せなくなっていた。
「なぁ、ミナミ」
「なぁに?」
「お前、痛くねぇのか」
「めちゃくちゃ痛い」
即答だった。
「死ぬほど痛いし、怖いし、逃げたいよ。
でもさ――」
ミナミは小さく笑った。
「空、まだ見てないから」
その一言で、
ユウは言葉を失う。
(……何なんだよ。
どうしてそこまで言い切れんだ)
「……バカみてぇに空空言いやがって」
「バカでいいもん。空、好きだから」
「見たことねぇのにかよ」
「ここからちょっと見えてるでしょ? 好きになるには十分だよ」
ミナミは天井を指さした。
「ユウだってさ――」
「は?」
「痛くても、生きてる。
それだけで、もうかなり強いよ」
その言葉に、ユウの胸がざわめく。
(……俺は、生きてる…?)
ここにいるのはただの実験体だと思っていた。
だけどミナミは、
“生きてる”って言った。
「だから、ちゃんと外に行こうね。
空の下で、胸張って歩こうよ」
そんな未来、信じられるわけがないのに――
ミナミが言うと、
ほんの少しだけ、
手を伸ばしたくなる。
ユウは自分の胸の奥が、
少しずつ変わっていくのを感じていた。
❄︎••┈┈┈┈••❄︎••┈┈┈┈••❄︎
ある日、
大きな地鳴りが支部を揺らした。
実験棟の一部が崩れ、
ひびだらけだった天井がついに割れる。
「……っ!」
ユウが目を開けたとき、
あの部屋は粉塵で真っ白だった。
天井の穴は広がり、
さっきまで“覗き穴”だった場所が、
大きな口を開けている。
そこから――
青が、どこまでも広がっていた。
(……空……だ)
息をするのも忘れそうなほど、
大きな青だった。
今まで見ていたのは、
ほんの切れ端にすぎなかったのだとわかる。
(……こんなに……)
目に染みるほど、
綺麗だった。
「ユウー!!」
咳き込む声。
粉塵の向こうから、
小さな影が走ってくる。
ミナミだった。
「生きてる!? ねぇ、大丈夫!? 痛いとこは!?」
「うるせぇ。
お前こそ瓦礫に潰されてろ、貞子」
「だから貞子言うなーー!!」
がなりながら、
それでもミナミはユウのベッドにたどり着くと、
ほっと息を吐いた。
「……よかった……」
ユウはふと気づく。
ミナミの額から血が流れている。
肩も切れているのに、
彼女はそれを気にする様子もなく――
「ユウ、見て……!」
震える指で、
天井の大穴を指さした。
「空、だよ……!」
ユウも見上げる。
そこには、
果てが見えないくらいの青が広がっていた。
こんな場所からでも、
空はちゃんとそこにある。
何があっても、
潰れない。
(……果てない……)
胸の奥で何かが、
静かに弾けた。
この空の下に、
この空の続きに、
まだ見ぬ世界がある。
「……なぁ、ミナミ」
「なぁに、ユウ」
「俺が……外に出たら」
ユウは自分の言葉に、自分で驚いた。
“もしも”なんて考えたこともなかったのに。
「その時は……てめぇも、一緒に来い」
ミナミが目を丸くする。
「……ユウ、それ……」
「お前一人で行かせたら、
なんかムカつくし」
視線を逸らして、吐き捨てるように言う。
「俺が先に行く。
お前はあとから来い。
でも遅れんな。置いてく」
ミナミの目に、
涙とも笑いともつかない光が浮かんだ。
「……うん。
約束だからね」
小指を出される。
「子供っぽい真似すんな」
「ユウも子供だよ?」
言い返せない。
ため息をついて、
ユウもそっと小指を絡める。
その指先に、
空の光が落ちた。
❄︎••┈┈┈┈••❄︎••┈┈┈┈••❄︎
――それから、いくつもの季節が過ぎた。
泣き声も、約束も、
置き去りにしていくみたいに。
アジア支部の地下は遠い記憶になり、
痛みは鈍い傷跡として胸に残った。
外に出た。
戦場にも出た。
血を見て、命を落とす者たちも見た。
それでも――
今、彼はここにいる。
雲ひとつない、青空の下。
石畳の街路の真ん中で、
戦いの帰り道、神田ユウは立ち止まっていた。
「……ユウ? どうしたの?」
後ろから、穏やかな声がする。
振り向かなくてもわかる。
同じ隊のエクソシスト、
今は自分の隣に立つ存在――ミナミ。
「空を見てた」
神田は短く答える。
つられてミナミも青を仰ぐ。
喉の奥が、少しだけ熱い。
「……あの日と同じ空だ」
地下の小さなひびから覗いた色。
瓦礫と粉塵の隙間から広がった青。
あの時の空と、
今、頭上に広がっている空は――
何ひとつ変わっていない。
果てがない。
掴めない。
それでも、ちゃんとそこにある。
「……長かったね」
ミナミがぽつりと呟いた。
「やっと、本物の空の下にいるんだね、私たち」
「うるせぇ。
ガキみてぇな感想言うな」
そう言いつつ、
神田も視線を外せなかった。
(……約束、守ったからな)
自分に言い聞かせるみたいに、
胸の奥で呟く。
“俺が先に行く。
お前はあとから来い。
でも遅れんな”
あの日交わした約束は、
遠回りをして、
ちゃんとここに繋がっている。
風が吹いた。
青空の下、二人のコートがはためく。
神田はふいに、
ミナミの気配を確かめるように視線を向ける。
ミナミは、
優しい目で神田の背中を見つめていた。
まるで、
「ちゃんとここまで来たね」と言うみたいに。
「……なんだよ」
「ううん。
別に。
――おかえり、ユウ」
「勝手に迎えんな」
口ではそう言いながら、
ユウはもう空から目をそらさなかった。
果てない空がそこにある。
何度倒れても、
見上げればそこにある。
泥まみれでも、
蓮華の花のように。
だから――まだ、進める。
神田は一度だけ、
小さく息を吐いた。
「……行くぞ」
「あ、待ってよユウ」
少し前を歩く長身と、
その背中を追いかける小さな足音。
二人の影が、
同じ方向へ長く伸びていく。
青い、果てない空の下で。
おわり。
スライディング土下座─=≡Σ_( _ )´ω`)_ズサァー
(_;´꒳`;):_
神田が初めて空を見たお話は汚しちゃいけないって、触れてはいけない領域だったのに…。
ねじ曲げちまった…やっちまった⊂⌒~⊃。Д。)⊃
ほんとごめんなさい!