可愛くなくてめんどい奴を好きになった件について
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『 めんどい女を好きになった件について。』
神田は、待っていた。
それも、かなり真面目に。
石畳の広場の端。
風除けにもならない街灯の下で、腕を組み、壁にもたれ、眉間に皺を寄せて。
——約束の十分後。
(……遅ぇ)
約束の時間は、もう過ぎている。
神田は溜め息をひとつ吐いた。
(「ここで待っとけ」って言われたから待ってるだけだが……
普通、言った本人が一番遅れるか?)
足音が来ない。
気配もない。
「……チッ」
苛立ちを隠す気もなく舌打ちする。
そのときだった。
「なに不機嫌な顔してんの?」
背後から、やけに明るい声。
神田の肩が一瞬びくっと跳ねる。
気配を読めなかったことに苛立ちつつ、ゆっくり振り返った。
そこにいたのは——
腕を組み、勝ち誇ったように顎を上げているミナミだった。
「……」
「なにその顔。会えて嬉しいんじゃないの?」
「……遅い」
「は?」
ミナミは目を細めた。
「だから何?」
「待たせんなって言ってんだよ」
「なんで待ってんの?」
「……は?」
会話が、開始20秒で破綻する。
神田のこめかみがぴくりと動いた。
「お前が言ったんだろ。“待っとけ”って」
「だからなんで待ってんのかって聞いてるの」
「お前な…」
「普通、私が来るのが遅かったら察して迎えに来るでしょ?」
「その普通どこから来た?」
ミナミはふん、と鼻を鳴らした。
「私が来るまでバカ正直に待ってるなんて、本当にバカよね」
「……お前、何言ってんだ?」
神田の低い声に、ミナミは一歩近づく。
「神田はさ、常に私のとこにいるのが正解なの」
「意味わかんねぇ」
「分かれよ」
即答だった。
神田は一瞬言葉を失い、次に深く息を吸った。
(……あぁ、これだ。こいつと話すと、必ずこうなる)
ミナミはさらに続ける。
「だいたいさ、前も言ったけど、私が“嫌い”って言ったら、好きって意味なの分かる?」
「知らねぇ」
「察しが悪い」
「悪いのはてめえだ」
二人の間に、妙な沈黙が落ちる。
通りすがりの人間がちらりと見て、そっと視線を逸らしていく。
完全に“巻き込まれたくない空気”だ。
ミナミは神田をじっと見上げたあと、にやりと笑った。
「……でもさ」
「なんだよ」
「ちゃんと待ってたのは、えらい」
一瞬、神田の思考が止まる。
「……は?」
「だから。えらいって言ってんの」
まるで犬を褒めるみたいな口調だった。
神田の眉間の皺が、限界まで深くなる。
「……お前な」
「なに?」
「最初からそう言え」
「それじゃ面白くないでしょ」
ミナミはくるりと背を向け、歩き出す。
「ほら、行くよ」
「……どこに」
「私が行きたいとこ」
「説明しろ」
「察して」
神田は数秒、その背中を睨んでいたが——
結局、何も言わずに後を追った。
(……クソ。理不尽で、わがままで、意味わかんなくて)
それでも。
(……憎めねぇ)
神田は、少しだけ歩幅を広げて、ミナミの隣に並んだ。
彼女は気づいた様子もなく、満足そうに歩いている。
その横顔を見ながら、神田は思う。
(……ほんと、ジャイアンみてぇな女だ)
なのに。
(なんで俺は、こんなのに付き合ってんだ)
答えはもう、出ているのに。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
看板を見た瞬間、神田は足を止めた。
「……は?」
白地に可愛らしい文字。
【カップル限定カフェ】
その下に、
小さく、だが致命的な一文。
※おひとり様・友人同士のご入店はご遠慮ください。
「……帰るぞ」
即断即決。
「やだ」
ミナミは一歩も引かない。
「お前、字読めるか」
「読めるよ?」
「カップル限定って書いてあんだろ」
「うん」
「俺とお前は違う」
「でも、ここのカップルでしか頼めないパフェがどうしても食べたいんだよう」
神田のこめかみが、ぴくっと跳ねた。
「……カップルじゃねぇ」
ミナミは首を傾げる。
「じゃあさ」
一歩、神田に近づく。
「周りから見て、私たち、どう見えると思う?」
「……知らねぇ」
「じゃあ聞いてくる?」
「聞くな」
ミナミはニヤッと笑った。
「じゃあ入れるね」
「話が飛躍しすぎだろ」
神田は腕を掴んで止める。
「無理だ。入れねぇ」
「なんで?」
「なんでって……」
言葉に詰まる。
ミナミはその沈黙を逃さない。
「カップルじゃないなら、断られて終わりでしょ」
「……」
「もし通されたら?」
神田を見上げる。
「それはそれで、店が悪い」
「逃げた」
「逃げてねぇ」
「逃げてる」
神田は深く息を吐いた。
(……めんどくせぇ……)
だが、ミナミの手は離れない。
そのまま、店員に声をかけられた。
「いらっしゃいませ」
一瞬。
神田が口を開く前に、ミナミが返事をした。
「はーい」
「……!」
神田が睨む。
店員はにこやかに続ける。
「カップル様ですよね……?」
「ノープロブレム」
即答。
神田の視線が鋭くなる。
「お前——」
「大丈夫」
小声で、楽しそうに。
「パフェ食べれるよ?」
「要らねぇよ」
……否定すれば、入れない。
否定しなければ、通される。
どっちも地獄。
数秒の沈黙のあと。
「……こちらへどうぞ」
通された。
神田の負けだった。
半個室空間に案内され、
向かい合って座った瞬間。
神田は低い声で言う。
「……あとで覚えてろ」
「なにを?」
「俺を使ったこと」
「使ってないよ」
メニュー表を手に取りながらミナミは言う。
「神田と来たかったから」
空気が、止まる。
「……は?」
神田の声が一段低くなる。
「俺がこういう所嫌いだと知っててか?」
ミナミは顔を上げて、にやっと笑う。
「それでも来たかったから」
神田は言葉を失ったまま、視線を逸らす。
(……クソ……
こういう言い方する時のお前は……)
「……性質悪ぃ」
ミナミはメニュー表を神田の方に向け、自分はそれを覗き込みながら、ちらっと神田を見る。
「ね、神田」
「なんだ」
ミナミが、急に声のトーンを落とす。
「……私のこと、好き?」
冗談みたいな間。
でも声は軽くない。
神田は一瞬、思考が止まる。
「……は?」
「だってさ」
ミナミは肩をすくめて、わざと何でもないみたいに言う。
「好きじゃなかったら、ここ座ってないでしょ」
(……クソ……
直球で来やがった……)
神田は舌打ち一歩手前で耐える。
「……簡単に聞くな」
「簡単じゃないよ?」
ミナミはにっと笑うけど、
その目はじっと神田を見逃さない。
「答え、欲しいから聞いてんの」
沈黙。
神田の耳が、ゆっくり赤くなる。
「……」
「……」
耐えきれず、神田が低く吐き捨てる。
「……好きじゃなきゃ、
お前に振り回されてねぇ」
ミナミが一瞬だけ目を見開いて――
すぐ満足そうに口角を上げる。
「へぇ」
その一言だけで、
神田の負けが確定する。
「神田ってマゾなの?」
冗談みたいに聞こえたのに、
目だけは笑ってない。
神田は一瞬、言葉を失う。
「……は?」
「だってさ」
ミナミはわざと軽く言う。
「そうじゃなきゃ、私みたいな意地悪な女に惚れるわけないでしょ」
(……クソ……
そう来るかよ……)
神田は舌打ちをひとつ。
「お前は、本当は良い奴だよ」
「ふーん?」
ミナミが身を乗り出す。
「それってどんなとこ?」
沈黙。
神田の耳が、分かりやすく赤くなる。
「……調子乗んな」
「教えてくれないんだ」
口を尖らせたミナミに、
神田は視線を逸らしたまま低く言う。
「お前が思ってるほど、
惚れる理由なんて綺麗じゃねぇ」
ミナミが一瞬、瞬きをする。
神田は相変わらず目を合わせない。
「意地悪で、我儘で、
察しろ察しろって面倒で」
一拍。
「……それでも」
指先が、水の入ったカップの縁をぎゅっと掴む。
「俺の前でだけ、
たまに不安そうな顔すんだろ」
ミナミの喉が、こくりと鳴る。
「強気なくせに、
確認しねぇと安心できねぇとこ」
小さく息を吐いて、続ける。
「嫌いって言うくせに、
俺が離れると拗ねるとこ」
一瞬だけ、視線がこちらに向く。
「……全部だ」
短く、ぶっきらぼうに。
その一言で、
ミナミの表情がふっと緩む。
神田はそれを見て、
さらに不機嫌そうに吐き捨てる。
「だから調子乗んなって言ってんだろ」
完全に、負け犬の声だった。
「神田…それって、私のいい所じゃなくて、好きな所になってるよ」
ミナミは満足そうに笑った。
神田は耳まで赤く染めて、目を伏せた。
席の距離は近く、
テーブルの下で、膝と膝が触れていた。
それを、
どちらも指摘しなかった。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
テーブルに置かれたカップルパフェは、
どう見ても二人分の覚悟を要求してくる代物だった。
グラスの縁から溢れそうなほど盛られた生クリーム。
色とりどりのフルーツに、チョコソース、ハート型のクッキー。
仕上げに、これ見よがしな“ℓσνє♡”の小さなプレート。
神田はそれを一瞥しただけで、眉を寄せる。
「……砂糖の暴力かよ」
「失礼だなぁ。愛の暴力だよ」
ミナミは楽しそうにスプーンを手に取り、
ためらいなく生クリームの山を崩しにかかる。
神田は肘をついて、頬杖をついたままその様子を眺めていた。
食べる気は一切ない。
ただ、見ているだけ。
「ほんと甘いのダメなんだね」
「見てるだけで胸焼けする」
「じゃあなんでそんな真剣な顔で見てんの?」
「……別に」
目を逸らしたが、
視線は結局、またスプーンの行方を追ってしまう。
ミナミが一口食べて、満足そうに目を細めた。
「おいしい」
その一言だけで、
なぜか神田の胃がきゅっと縮む。
「……」
「なに、その顔。気持ち悪くなってきた?」
「なってねぇ」
即答だったが、
こめかみのあたりが微妙に引きつっている。
それに気づいたミナミが、にやりと笑った。
「じゃあさ」
スプーンをくるりと回して、
生クリームとフルーツを少しだけ掬う。
「一口だけ」
神田が嫌な予感に眉をひそめた、その瞬間。
「アーン。はいっ」
スプーンが、
完全に神田の口元を狙ってきた。
「……は?」
「一口」
「いらねぇ」
「いいから」
「嫌だ」
「私のパフェを食べれないって言うの?」
意味が分からない。
神田が拒否するより早く、
ミナミは一歩身を乗り出して距離を詰めた。
近い。
無駄に近い。
「ほら」
にこにこしながら、逃げ道を塞ぐ。
神田は一瞬だけ視線を泳がせ、
周囲の客席を確認してから、低く唸った。
「……チッ」
仕方なく、ほんのわずか口を開ける。
「あーん」
完全に投げやりだった。
スプーンが口の中に入る。
次の瞬間。
「……っ」
一気に広がる、
容赦のない甘さ。
生クリームとチョコと果物が、
遠慮という概念を忘れて押し寄せてくる。
神田は眉間に深い皺を刻み、
無言で咀嚼した。
「……どう?」
期待に満ちた声。
「……甘すぎる」
即答。
「えー?」
ミナミは不満そうにしながらも、
どこか嬉しそうだった。
「でも、ちゃんと食べた」
「食わされた」
「えらいねぇ」
神田は深くため息をつき、
口の中に残る甘さを水で流し込む。
「……だから言っただろ。嫌いだって」
「うん。でもね」
ミナミは自分のスプーンで、また一口すくいながら言った。
「神田が嫌そうな顔してるの、ちょっと好き」
「……最悪だなお前」
「知ってる」
そう言って、
今度は自分でその一口を食べる。
神田はもうパフェを見ていなかった。
見るのは、
甘いものを幸せそうに食べるミナミの横顔だけ。
「……」
無言のまま、視線を向け続ける神田に気づいて、
ミナミがちらりとこちらを見る。
「なに」
「……いや」
一拍。
「お前が食ってる分には、別に……悪くねぇ」
それだけ言って、また目を逸らした。
ミナミは一瞬きょとんとしてから、
ふっと笑う。
「それ、かなり好きって意味じゃない?」
神田は答えない。
ただ、耳まで赤くなったまま、
もう一度だけパフェに視線を戻した。
——甘いのは嫌いだ。
でも、
それを美味しそうに食べるミナミを見てる時間は、嫌いじゃない。
そんな本音は、
今日も口には出さないまま。
「神田、もう一口」
「もう要らねぇよ」
次はアイスクリームの部分を掬った物が口元に運ばれた。
「私のこと好きなら、食べなさいよ」
空気が、一瞬止まった。
「は?」
神田は完全に言葉を失う。
「好きなんでしょ?」
悪びれもせず、当然みたいに言う。
「だったら、これくらい出来るよね?」
(……この女……)
神田の喉が、ごくりと鳴った。
理不尽だ。
脅しだ。
論理もクソもない。
なのに——
逃げ道が、ない。
「……」
神田は目を逸らしたまま、
もう一度、仕方なく口を開ける。
「神田あーん」
さっきより小さい声。
スプーンが入る。
今度は冷たい甘さ。
眉間に皺を寄せながらも、文句を言わずに飲み込んだ。
「……どう?」
「……最悪」
即答。
「だが」
「だが?」
「……」
一拍置いて、低く吐き捨てる。
「……お前が満足そうにしてるのは、ムカつくほど可愛い」
ミナミが、ぱちっと目を瞬かせる。
次の瞬間、
何事もなかった顔で、またスプーンを動かした。
「はい、もう一口」
「調子乗んな」
「好きなら食べなさい」
「……」
神田は、もう反論しなかった。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
店を出ると、夕方の街はほどよく賑わっていた。
人の流れ、笑い声、どこかで鳴る音楽。
その全部が少し遠く感じる距離で、二人は並んで歩いている。
「ねぇ、神田」
何でもないふうを装って、
ミナミが神田の腕にそっと絡ませてきた。
指先が確かめるみたいに袖を掴む。
「神田、私のこと、ずっと離さないで見てて」
その言葉に、
神田の目がほんの少しだけ大きく開かれる。
一瞬の間。
それから——
ふっと、笑った。
声は低くて、やけに落ち着いている。
「……お前も俺のこと、相当好きだよな」
「なっ!?」
ミナミの顔が、みるみる赤くなる。
絡めていた腕に一瞬だけ力が入って、すぐに視線を逸らした。
「ち、ちが……っ」
言い返そうとして、言葉に詰まる。
神田は気づいているくせに、
歩幅を変えず、楽しそうに続ける。
「今さら否定すんのか?」
「う、うるさい!」
ミナミは勢いで顔を上げる。
「とにかく!
私のことをなんでも一番にしなきゃ許さないんだから!」
命令口調。
でも、声の端が少し震えている。
神田は足を止めた。
突然のことで、ミナミもつられて立ち止まる。
視線が合う。
夕暮れの光が、ミナミの赤い頬を照らしていた。
神田は絡まれた腕をほどかず、
逆に、軽く引き寄せる。
「……最初から、そのつもりだ」
低く落とされた声。
ミナミが息を呑むのがわかった。
「だから」
少しだけ顔を近づけて、
聞こえるか聞こえないかの距離で続ける。
「離す気も、見逃す気もねぇよ」
ミナミは言葉を失って、
ただ神田の腕を掴み直した。
その指先が、
答えみたいにぎゅっと力を込める。
神田はそれを一瞥して、
何も言わずに歩き出す。
今度は、
ちゃんとミナミを自分の内側に引き寄せたままで。
… 𝗍𝗁𝖾 𝖾𝗇𝖽20251215
あとがき。
言葉はぶつかるのに、距離は離れない。
主導権を握っているようで、実は一番振り回されているのはミナミ。
それでも彼は逃げないし、言い訳もしない。
なぜなら――もう、とっくに答えは出ているから。
「好きだから付き合っている」んじゃない。
付き合ってしまった結果、好きだと認めるしかなくなった。
甘いものは嫌い。
カップル向けの場所も苦手。
それでも、彼女が楽しそうなら黙って付き合う。
その不器用な選択の積み重ねが、
この二人の関係そのものです。
めんどくさい女に捕まった男の話であり、
同時に、
めんどくさい女を“一番”にしてしまった男の話。
読後、
「結局お似合いじゃん」と思ってもらえたならいいな。
神田は、待っていた。
それも、かなり真面目に。
石畳の広場の端。
風除けにもならない街灯の下で、腕を組み、壁にもたれ、眉間に皺を寄せて。
——約束の十分後。
(……遅ぇ)
約束の時間は、もう過ぎている。
神田は溜め息をひとつ吐いた。
(「ここで待っとけ」って言われたから待ってるだけだが……
普通、言った本人が一番遅れるか?)
足音が来ない。
気配もない。
「……チッ」
苛立ちを隠す気もなく舌打ちする。
そのときだった。
「なに不機嫌な顔してんの?」
背後から、やけに明るい声。
神田の肩が一瞬びくっと跳ねる。
気配を読めなかったことに苛立ちつつ、ゆっくり振り返った。
そこにいたのは——
腕を組み、勝ち誇ったように顎を上げているミナミだった。
「……」
「なにその顔。会えて嬉しいんじゃないの?」
「……遅い」
「は?」
ミナミは目を細めた。
「だから何?」
「待たせんなって言ってんだよ」
「なんで待ってんの?」
「……は?」
会話が、開始20秒で破綻する。
神田のこめかみがぴくりと動いた。
「お前が言ったんだろ。“待っとけ”って」
「だからなんで待ってんのかって聞いてるの」
「お前な…」
「普通、私が来るのが遅かったら察して迎えに来るでしょ?」
「その普通どこから来た?」
ミナミはふん、と鼻を鳴らした。
「私が来るまでバカ正直に待ってるなんて、本当にバカよね」
「……お前、何言ってんだ?」
神田の低い声に、ミナミは一歩近づく。
「神田はさ、常に私のとこにいるのが正解なの」
「意味わかんねぇ」
「分かれよ」
即答だった。
神田は一瞬言葉を失い、次に深く息を吸った。
(……あぁ、これだ。こいつと話すと、必ずこうなる)
ミナミはさらに続ける。
「だいたいさ、前も言ったけど、私が“嫌い”って言ったら、好きって意味なの分かる?」
「知らねぇ」
「察しが悪い」
「悪いのはてめえだ」
二人の間に、妙な沈黙が落ちる。
通りすがりの人間がちらりと見て、そっと視線を逸らしていく。
完全に“巻き込まれたくない空気”だ。
ミナミは神田をじっと見上げたあと、にやりと笑った。
「……でもさ」
「なんだよ」
「ちゃんと待ってたのは、えらい」
一瞬、神田の思考が止まる。
「……は?」
「だから。えらいって言ってんの」
まるで犬を褒めるみたいな口調だった。
神田の眉間の皺が、限界まで深くなる。
「……お前な」
「なに?」
「最初からそう言え」
「それじゃ面白くないでしょ」
ミナミはくるりと背を向け、歩き出す。
「ほら、行くよ」
「……どこに」
「私が行きたいとこ」
「説明しろ」
「察して」
神田は数秒、その背中を睨んでいたが——
結局、何も言わずに後を追った。
(……クソ。理不尽で、わがままで、意味わかんなくて)
それでも。
(……憎めねぇ)
神田は、少しだけ歩幅を広げて、ミナミの隣に並んだ。
彼女は気づいた様子もなく、満足そうに歩いている。
その横顔を見ながら、神田は思う。
(……ほんと、ジャイアンみてぇな女だ)
なのに。
(なんで俺は、こんなのに付き合ってんだ)
答えはもう、出ているのに。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
看板を見た瞬間、神田は足を止めた。
「……は?」
白地に可愛らしい文字。
【カップル限定カフェ】
その下に、
小さく、だが致命的な一文。
※おひとり様・友人同士のご入店はご遠慮ください。
「……帰るぞ」
即断即決。
「やだ」
ミナミは一歩も引かない。
「お前、字読めるか」
「読めるよ?」
「カップル限定って書いてあんだろ」
「うん」
「俺とお前は違う」
「でも、ここのカップルでしか頼めないパフェがどうしても食べたいんだよう」
神田のこめかみが、ぴくっと跳ねた。
「……カップルじゃねぇ」
ミナミは首を傾げる。
「じゃあさ」
一歩、神田に近づく。
「周りから見て、私たち、どう見えると思う?」
「……知らねぇ」
「じゃあ聞いてくる?」
「聞くな」
ミナミはニヤッと笑った。
「じゃあ入れるね」
「話が飛躍しすぎだろ」
神田は腕を掴んで止める。
「無理だ。入れねぇ」
「なんで?」
「なんでって……」
言葉に詰まる。
ミナミはその沈黙を逃さない。
「カップルじゃないなら、断られて終わりでしょ」
「……」
「もし通されたら?」
神田を見上げる。
「それはそれで、店が悪い」
「逃げた」
「逃げてねぇ」
「逃げてる」
神田は深く息を吐いた。
(……めんどくせぇ……)
だが、ミナミの手は離れない。
そのまま、店員に声をかけられた。
「いらっしゃいませ」
一瞬。
神田が口を開く前に、ミナミが返事をした。
「はーい」
「……!」
神田が睨む。
店員はにこやかに続ける。
「カップル様ですよね……?」
「ノープロブレム」
即答。
神田の視線が鋭くなる。
「お前——」
「大丈夫」
小声で、楽しそうに。
「パフェ食べれるよ?」
「要らねぇよ」
……否定すれば、入れない。
否定しなければ、通される。
どっちも地獄。
数秒の沈黙のあと。
「……こちらへどうぞ」
通された。
神田の負けだった。
半個室空間に案内され、
向かい合って座った瞬間。
神田は低い声で言う。
「……あとで覚えてろ」
「なにを?」
「俺を使ったこと」
「使ってないよ」
メニュー表を手に取りながらミナミは言う。
「神田と来たかったから」
空気が、止まる。
「……は?」
神田の声が一段低くなる。
「俺がこういう所嫌いだと知っててか?」
ミナミは顔を上げて、にやっと笑う。
「それでも来たかったから」
神田は言葉を失ったまま、視線を逸らす。
(……クソ……
こういう言い方する時のお前は……)
「……性質悪ぃ」
ミナミはメニュー表を神田の方に向け、自分はそれを覗き込みながら、ちらっと神田を見る。
「ね、神田」
「なんだ」
ミナミが、急に声のトーンを落とす。
「……私のこと、好き?」
冗談みたいな間。
でも声は軽くない。
神田は一瞬、思考が止まる。
「……は?」
「だってさ」
ミナミは肩をすくめて、わざと何でもないみたいに言う。
「好きじゃなかったら、ここ座ってないでしょ」
(……クソ……
直球で来やがった……)
神田は舌打ち一歩手前で耐える。
「……簡単に聞くな」
「簡単じゃないよ?」
ミナミはにっと笑うけど、
その目はじっと神田を見逃さない。
「答え、欲しいから聞いてんの」
沈黙。
神田の耳が、ゆっくり赤くなる。
「……」
「……」
耐えきれず、神田が低く吐き捨てる。
「……好きじゃなきゃ、
お前に振り回されてねぇ」
ミナミが一瞬だけ目を見開いて――
すぐ満足そうに口角を上げる。
「へぇ」
その一言だけで、
神田の負けが確定する。
「神田ってマゾなの?」
冗談みたいに聞こえたのに、
目だけは笑ってない。
神田は一瞬、言葉を失う。
「……は?」
「だってさ」
ミナミはわざと軽く言う。
「そうじゃなきゃ、私みたいな意地悪な女に惚れるわけないでしょ」
(……クソ……
そう来るかよ……)
神田は舌打ちをひとつ。
「お前は、本当は良い奴だよ」
「ふーん?」
ミナミが身を乗り出す。
「それってどんなとこ?」
沈黙。
神田の耳が、分かりやすく赤くなる。
「……調子乗んな」
「教えてくれないんだ」
口を尖らせたミナミに、
神田は視線を逸らしたまま低く言う。
「お前が思ってるほど、
惚れる理由なんて綺麗じゃねぇ」
ミナミが一瞬、瞬きをする。
神田は相変わらず目を合わせない。
「意地悪で、我儘で、
察しろ察しろって面倒で」
一拍。
「……それでも」
指先が、水の入ったカップの縁をぎゅっと掴む。
「俺の前でだけ、
たまに不安そうな顔すんだろ」
ミナミの喉が、こくりと鳴る。
「強気なくせに、
確認しねぇと安心できねぇとこ」
小さく息を吐いて、続ける。
「嫌いって言うくせに、
俺が離れると拗ねるとこ」
一瞬だけ、視線がこちらに向く。
「……全部だ」
短く、ぶっきらぼうに。
その一言で、
ミナミの表情がふっと緩む。
神田はそれを見て、
さらに不機嫌そうに吐き捨てる。
「だから調子乗んなって言ってんだろ」
完全に、負け犬の声だった。
「神田…それって、私のいい所じゃなくて、好きな所になってるよ」
ミナミは満足そうに笑った。
神田は耳まで赤く染めて、目を伏せた。
席の距離は近く、
テーブルの下で、膝と膝が触れていた。
それを、
どちらも指摘しなかった。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
テーブルに置かれたカップルパフェは、
どう見ても二人分の覚悟を要求してくる代物だった。
グラスの縁から溢れそうなほど盛られた生クリーム。
色とりどりのフルーツに、チョコソース、ハート型のクッキー。
仕上げに、これ見よがしな“ℓσνє♡”の小さなプレート。
神田はそれを一瞥しただけで、眉を寄せる。
「……砂糖の暴力かよ」
「失礼だなぁ。愛の暴力だよ」
ミナミは楽しそうにスプーンを手に取り、
ためらいなく生クリームの山を崩しにかかる。
神田は肘をついて、頬杖をついたままその様子を眺めていた。
食べる気は一切ない。
ただ、見ているだけ。
「ほんと甘いのダメなんだね」
「見てるだけで胸焼けする」
「じゃあなんでそんな真剣な顔で見てんの?」
「……別に」
目を逸らしたが、
視線は結局、またスプーンの行方を追ってしまう。
ミナミが一口食べて、満足そうに目を細めた。
「おいしい」
その一言だけで、
なぜか神田の胃がきゅっと縮む。
「……」
「なに、その顔。気持ち悪くなってきた?」
「なってねぇ」
即答だったが、
こめかみのあたりが微妙に引きつっている。
それに気づいたミナミが、にやりと笑った。
「じゃあさ」
スプーンをくるりと回して、
生クリームとフルーツを少しだけ掬う。
「一口だけ」
神田が嫌な予感に眉をひそめた、その瞬間。
「アーン。はいっ」
スプーンが、
完全に神田の口元を狙ってきた。
「……は?」
「一口」
「いらねぇ」
「いいから」
「嫌だ」
「私のパフェを食べれないって言うの?」
意味が分からない。
神田が拒否するより早く、
ミナミは一歩身を乗り出して距離を詰めた。
近い。
無駄に近い。
「ほら」
にこにこしながら、逃げ道を塞ぐ。
神田は一瞬だけ視線を泳がせ、
周囲の客席を確認してから、低く唸った。
「……チッ」
仕方なく、ほんのわずか口を開ける。
「あーん」
完全に投げやりだった。
スプーンが口の中に入る。
次の瞬間。
「……っ」
一気に広がる、
容赦のない甘さ。
生クリームとチョコと果物が、
遠慮という概念を忘れて押し寄せてくる。
神田は眉間に深い皺を刻み、
無言で咀嚼した。
「……どう?」
期待に満ちた声。
「……甘すぎる」
即答。
「えー?」
ミナミは不満そうにしながらも、
どこか嬉しそうだった。
「でも、ちゃんと食べた」
「食わされた」
「えらいねぇ」
神田は深くため息をつき、
口の中に残る甘さを水で流し込む。
「……だから言っただろ。嫌いだって」
「うん。でもね」
ミナミは自分のスプーンで、また一口すくいながら言った。
「神田が嫌そうな顔してるの、ちょっと好き」
「……最悪だなお前」
「知ってる」
そう言って、
今度は自分でその一口を食べる。
神田はもうパフェを見ていなかった。
見るのは、
甘いものを幸せそうに食べるミナミの横顔だけ。
「……」
無言のまま、視線を向け続ける神田に気づいて、
ミナミがちらりとこちらを見る。
「なに」
「……いや」
一拍。
「お前が食ってる分には、別に……悪くねぇ」
それだけ言って、また目を逸らした。
ミナミは一瞬きょとんとしてから、
ふっと笑う。
「それ、かなり好きって意味じゃない?」
神田は答えない。
ただ、耳まで赤くなったまま、
もう一度だけパフェに視線を戻した。
——甘いのは嫌いだ。
でも、
それを美味しそうに食べるミナミを見てる時間は、嫌いじゃない。
そんな本音は、
今日も口には出さないまま。
「神田、もう一口」
「もう要らねぇよ」
次はアイスクリームの部分を掬った物が口元に運ばれた。
「私のこと好きなら、食べなさいよ」
空気が、一瞬止まった。
「は?」
神田は完全に言葉を失う。
「好きなんでしょ?」
悪びれもせず、当然みたいに言う。
「だったら、これくらい出来るよね?」
(……この女……)
神田の喉が、ごくりと鳴った。
理不尽だ。
脅しだ。
論理もクソもない。
なのに——
逃げ道が、ない。
「……」
神田は目を逸らしたまま、
もう一度、仕方なく口を開ける。
「神田あーん」
さっきより小さい声。
スプーンが入る。
今度は冷たい甘さ。
眉間に皺を寄せながらも、文句を言わずに飲み込んだ。
「……どう?」
「……最悪」
即答。
「だが」
「だが?」
「……」
一拍置いて、低く吐き捨てる。
「……お前が満足そうにしてるのは、ムカつくほど可愛い」
ミナミが、ぱちっと目を瞬かせる。
次の瞬間、
何事もなかった顔で、またスプーンを動かした。
「はい、もう一口」
「調子乗んな」
「好きなら食べなさい」
「……」
神田は、もう反論しなかった。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
店を出ると、夕方の街はほどよく賑わっていた。
人の流れ、笑い声、どこかで鳴る音楽。
その全部が少し遠く感じる距離で、二人は並んで歩いている。
「ねぇ、神田」
何でもないふうを装って、
ミナミが神田の腕にそっと絡ませてきた。
指先が確かめるみたいに袖を掴む。
「神田、私のこと、ずっと離さないで見てて」
その言葉に、
神田の目がほんの少しだけ大きく開かれる。
一瞬の間。
それから——
ふっと、笑った。
声は低くて、やけに落ち着いている。
「……お前も俺のこと、相当好きだよな」
「なっ!?」
ミナミの顔が、みるみる赤くなる。
絡めていた腕に一瞬だけ力が入って、すぐに視線を逸らした。
「ち、ちが……っ」
言い返そうとして、言葉に詰まる。
神田は気づいているくせに、
歩幅を変えず、楽しそうに続ける。
「今さら否定すんのか?」
「う、うるさい!」
ミナミは勢いで顔を上げる。
「とにかく!
私のことをなんでも一番にしなきゃ許さないんだから!」
命令口調。
でも、声の端が少し震えている。
神田は足を止めた。
突然のことで、ミナミもつられて立ち止まる。
視線が合う。
夕暮れの光が、ミナミの赤い頬を照らしていた。
神田は絡まれた腕をほどかず、
逆に、軽く引き寄せる。
「……最初から、そのつもりだ」
低く落とされた声。
ミナミが息を呑むのがわかった。
「だから」
少しだけ顔を近づけて、
聞こえるか聞こえないかの距離で続ける。
「離す気も、見逃す気もねぇよ」
ミナミは言葉を失って、
ただ神田の腕を掴み直した。
その指先が、
答えみたいにぎゅっと力を込める。
神田はそれを一瞥して、
何も言わずに歩き出す。
今度は、
ちゃんとミナミを自分の内側に引き寄せたままで。
… 𝗍𝗁𝖾 𝖾𝗇𝖽20251215
あとがき。
言葉はぶつかるのに、距離は離れない。
主導権を握っているようで、実は一番振り回されているのはミナミ。
それでも彼は逃げないし、言い訳もしない。
なぜなら――もう、とっくに答えは出ているから。
「好きだから付き合っている」んじゃない。
付き合ってしまった結果、好きだと認めるしかなくなった。
甘いものは嫌い。
カップル向けの場所も苦手。
それでも、彼女が楽しそうなら黙って付き合う。
その不器用な選択の積み重ねが、
この二人の関係そのものです。
めんどくさい女に捕まった男の話であり、
同時に、
めんどくさい女を“一番”にしてしまった男の話。
読後、
「結局お似合いじゃん」と思ってもらえたならいいな。