Dグレ劇場シンデレラ
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『 可哀想ではない灰かぶり』
むかしむかし。
と言うには、あまりにも殺伐としていて、
童話らしい優しさなど一欠片もない場所に、
ひとりの“シンデレラ”がいた。
名は、神田ユウ。
朝から晩まで虐げられ、働かされている――
という設定になっているが、実情はまるで違う。
「ほらユウ、そこまだ汚れてるさ〜」
「床磨きは雑巾がけが基本です。基本」
「ちゃんとやれ〜、シンデレラ役なんだからさ〜」
意地悪な姉A・ラビと、
意地悪な姉B・アレンが、
わざとらしく腕を組んで見下ろしている。
床にはティムキャンピーが食べ散らかしたカスまみれ。
だが――
「……チッ」
神田はソファーに座ったまま、
鼻をほじりながら言った。
「てめえらがやれ」
「え?」
「は?」
一瞬、空気が止まる。
「いやいやいや、シンデレラの仕事でしょ?」
アレンが笑いながら言う。
「設定的にさ〜」
ラビも頷く。
神田はちらりと二人を見上げ、
心底どうでもよさそうに言い放つ。
「設定?
そんなもん知るか」
そのまま、ソファーにゴロンと横になった。
「俺は今から昼寝だ」
「ちょ、待て!」
「働けよ!」
「役割分かってる!?」
ラビが神田の足を引っ張る。
「ほらほら〜、動けって〜」
「シンデレラは健気に耐える役なんだぞ〜」
だが神田は眉ひとつ動かさない。
「……虐めても、俺が泣くと思ってんなら
認識が甘ぇ」
アレンがむっとする。
「態度悪すぎですよ。ママに言いつけますからね」
「好きにしろ」
神田は片目だけ開けて、
ラビとアレンを一瞥した。
「てめえら二人まとめて使った方が
床も早く綺麗になる」
「は?」
「え?」
神田は顎で雑巾を示す。
「ほら。拭け」
ラビとアレンが言葉を失っていると、
そこへ意地悪な継母・コムイが現れる。
「こらー!何してるんだ君たち!
シンデレラ、ちゃんと働かないと――」
神田は一切動じず、
淡々と告げた。
「兎ともやしがサボってる」
「え!?」
「ちょっと待って神田!?」
コムイは一瞬考え、
眼鏡を押し上げて言った。
「……うん、じゃあ二人とも床掃除頑張って!」
「「えええええ!?」」
神田は、
完全勝利のまま再び目を閉じた。
(俺がシンデレラとは……ほんと、くだらねぇ)
虐められても、
同情も怒りも湧かない。
神田にとってラビ達は、
ただの騒がしい背景でしかなかった。
「台本を確認してください神田!
役割を理解してください!」とアレン。
コムイは額を押さえ、深いため息をついた。
「……どうしてこうなった」
神田は目を閉じたまま鼻で笑う。
「アイツが王子でなけりゃ引き受けてねぇよ」
「引き受けたからにはきちんとしてください!」
アレンが何やら言ったが神田にはどうでも良かった。
そんなある日。
城から一枚の招待状が届いた。
――舞踏会開催。
――王子自ら、伴侶を選ぶ。
王子の名は、ミナミ。
「来たわよ!人生逆転イベント!!」とコムイ。
「これでオレたちが選ばれたら勝ち組だな!」とラビ。
「身嗜みを整えましょう!
第一印象がすべてです!」とアレン。
神田は欠伸を噛み殺しながら、窓の外を見ていた。
「……めんどくせぇ」
「よーし!王子様に会う準備だ〜!」
ラビは上機嫌でドレスを広げ、
アレンは鏡の前で髪を整えている。
その横で――
神田は腕を組み、壁にもたれていた。
(……くだらねぇ)
「ちょっと神田!」
アレンが振り返る。
「手伝ってくださいよ!
背中、届かないんです!」
「コルセットも!」
ラビが背中を向けて叫ぶ。
「締めるの手伝ってくれ!」
神田は露骨に舌打ちした。
「チッ……
なんで俺が……」
ぶつぶつ言いながらも、
背後に回る。
「いいか?
文句言うなよ」
「え、ちょっと待――」
ギュッ!!!
「ぐえっ!!」
一気に、容赦なく、全力で。
「ちょっ、ユウ!?
息!息できな――」
「うるせぇ。
黙って立ってろ」
ギュッ、ギュッ、ギュッ。
紐は締めるというより締殺しにかかっている。
「ぐっ……!?」
「ラビの目、白目になってる!」
「神田、力加減ってものが――」
「知らねぇ」
神田は真顔だ。
「王子に会うんだろ。
腹なんざ引っ込んでた方がいい」
「ヒイィィィ!」
ラビはその場に崩れ落ちた。
「……オレ、今日死ぬかもしれない……」
「次、もやし」
「えっ」
「逃げるな」
ギュッ!!
「ぐえっ!!?」
二人並んで床に倒れ込む。
神田は満足そうに頷いた。
「よし。
次は顔だな」
「え、化粧は自分で――」
マッハの速さで神田の手が動いた。
ファンデーション、
チーク、
口紅。
考える暇すら与えない速度で。
「ちょ、ちょっと待って!」
「それチークじゃなくて――」
「動くな」
「筆、逆!!」
「近い!近い!!」
数分後。
鏡の前に並んだラビとアレン。
そこには――
頬が異様に赤く、
眉が太く、
唇だけ無駄に艶やかな、
完全なおてもやんが二人。
「………………」
「………………」
「……神田」
ラビが震える声で言う。
「オレたち、
これで舞踏会行くの?」
神田は腕を組み、
じっと眺めてから言った。
「悪くねぇな」
「どこが!?」
「王子逃げるよ!?」
「むしろ衛兵呼ばれるよ!!」
神田はフンと鼻で笑った。
「安心しろ」
そして一言。
「お前ら、元から選ばれねぇから」
その言葉に、
ラビとアレンはなぜか少しだけ黙った。
(……こいつ、
ほんと何考えてんだか……)
神田はそのまま部屋を出ていく。
廊下の向こうで、小さく呟いた。
「……舞踏会なんざ、
めんどくせぇ」
そして、当然のように留守番を命じられたシンデレラ。
この後、本来なら――
「私も舞踏会に行きたい」
と、シンデレラが泣きながら願う場面である。
……が。
神田はと言えば、
定位置のソファーに座り、腕を組み、無言で暖炉を眺めていた。
一向に、何も言わない。
願わない。
頼まない。
呼ばない。
――五分経過。
――十分経過。
それでも神田は、
「……腹減ったな」
などと呟くだけだった。
その瞬間。
ガシャアアアアァン!!!
窓が、勢いよく吹き飛んだ。
ガラス片と一緒に、
長い外套を翻して、男が降り立つ。
「……おい」
低く、苛立ちを含んだ声。
「……いつまで待たせるつもりだ」
魔法使い――クロス。
神田は、ようやく視線を向けた。
「……誰だ、お前」
クロスのこめかみが、ぴくりと跳ねる。
「早く呼べ。待たせるな。
普通はここで“城に行きたい”とか言うんだ」
「は?」
「そうしないと、俺が出てこられねぇだろうが」
クロスはため息をつき、肩を落とす。
「……酒飲みに行けないだろ」
「知らねぇよ」
神田はあっさり言い切った。
「行きたきゃ勝手に行け」
「行けねぇから来てんだ!!」
クロスが声を荒げる。
「童話の進行上!!
シンデレラが“願う”って手順が必要なんだ!!」
神田は鼻で笑った。
「めんどくせぇ」
クロスは額を押さえ、
深く深く息を吐く。
そして、諦めたように指を鳴らした。
「もういい」
光が弾け、
強引にドレスが現れる。
「俺が勝手に話を進める。
0時で魔法は解ける。
文句言うな」
神田はドレスを一瞥し、
「動きにくそうだな」
「文句言うな!!!」
「かぼちゃの馬車も青臭そうだ」
クロスの額に青筋が浮いた。
しばし、睨み合い。
そしてクロスは、盛大に舌打ちした。
「いいから我慢しろ!!」
そう言い残し、
「終わった終わった!」
と吐き捨てて、帰っていった。
そしていよいよ舞踏会。
煌びやかな音楽。
眩い照明。
人々の視線が集まる中――
なぜか。
ドレス姿の神田が男性パートを踊り、
王子のミナミが女性パートを踏んでいた。
「神田逆!!」
ミナミの声が必死に飛ぶ。
「知らねぇよ」
神田は無表情で答える。
「めんどくせぇ」
ラビが客席から叫ぶ。
「こらー!!台本通りにしろーー!!」
「チッ。知るか」
だが、不思議なことに、くるくる回されるミナミは笑っていた。
神田の不格好で、無遠慮で、傍若無人なその姿が――
どうしようもなく、目に焼き付いた。
舞踏会の広間に、鐘の音が響いた。
――ゴーン。
――ゴーン。
「……0時だ」
神田は帰らなきゃならないのに、離れる所かミナミの腰を引き寄せ、王子の体をさわさわしてくる。
「え?ちょっ…神田っ、逃げなくていいの?」
と、女性パートを踊らされていた王子、ミナミが身体を捩らせて小声で言う。
「……あ?」
その瞬間。
ふわり、と光がほどける。
ドレスは消え、
美しい装いは霧散し、
そこに立っていたのは――
いつもの仏頂面の神田だった。
「……あー。解けたな」
誰よりも落ち着いた声。
「しょうがねえ。帰るか」
スタスタと、
走らず、
焦らず、
普通に歩き出す。
会場がざわつく。
「いやいやいや!!」
「姿見られたらダメじゃないですか!?」
「走れよ!!」
ラビとアレンのガヤが一斉に飛ぶ。
神田は振り返りもせず、思い出したように片足の靴を脱ぐと――
ポーン。
「おらよ」
ガラスの靴を、後ろ向きで投げた。
そのガラスの靴が…
ゴツン。
「……あ」
鈍い音。
ミナミの脳天に、刺さった。
「……っ」
次の瞬間、
赤いものが、つう、と噴き出した。
「ぎゃーーー!!!」
「ミナミーーー!!!」
「血がーーー!!!」
「王子ーーー!!!」
数日後・シンデレラ捜索。
街に現れたのは、
頭に包帯を巻いた王子・ミナミと従者のマリだった。
「……では、例の“シンデレラ”を探します」
ガラスの靴を掲げる。
最初に名乗り出たのは、
意地悪な姉A・ラビ。
「はいはい!俺からいくさ〜!」
――スポッ。
「……」
「……」
「……え?」
ぴったり。
「やべえよ」
「ラビ……」
「やべっピッタリさ……」
全員のこめかみに、汗。
次は姉B・アレン。
「……ぼ、僕も一応……」
――スポッ。
「……」
「……」
「……入った……」
「どうする?」
「詰んだだろ」
「話崩壊してる」
空気が完全に死んだ、その時。
――バーン!!
扉が勢いよく開く。
「どけ」
神田だった。
がに股でやって来ては、無言でアレンを突き飛ばす。
「うわっ!?」
そして、
ガラスの靴をひったくると――
自分で履いた。
――スポッ。
当然のように、入る。
神田はミナミを見下ろし、言い放つ。
「お前アホか?人の顔も覚えらんねぇのかよ、何だよ、靴で探すって」
「えっと……」
アレンがぼそっと呟く。
「……そりゃ、魔法、完璧に解けてましたもんね……」
神田はミナミの身体をヒョイっと片手で、
脇に抱え上げる。
「もういい。
こんな茶番、やってられるか」
「え、ちょ、神田――!」
「さっさと結婚するぞ」
そのまま、城の方角へ歩き出す。
ラビとアレンが後ろで叫ぶ。
「話飛びすぎ!!」
「童話どこ行った!!」
神田は振り返らず、
低く言った。
「まずは――体の相性からだ」
「ちょっと!!!???」
ツッコミと悲鳴を背に、
神田と王子は城へ向かって行った。
残された者たち。
「……シンデレラとは?」とアレン。
「方向性迷子すぎだろ……」とラビ。
コムイは遠い目をして呟いた。
「……でもまぁ」
「……ハッピーエンド、だよね?」
鐘の音だけが、虚しく響いていた。
おしまい。20251214
むかしむかし。
と言うには、あまりにも殺伐としていて、
童話らしい優しさなど一欠片もない場所に、
ひとりの“シンデレラ”がいた。
名は、神田ユウ。
朝から晩まで虐げられ、働かされている――
という設定になっているが、実情はまるで違う。
「ほらユウ、そこまだ汚れてるさ〜」
「床磨きは雑巾がけが基本です。基本」
「ちゃんとやれ〜、シンデレラ役なんだからさ〜」
意地悪な姉A・ラビと、
意地悪な姉B・アレンが、
わざとらしく腕を組んで見下ろしている。
床にはティムキャンピーが食べ散らかしたカスまみれ。
だが――
「……チッ」
神田はソファーに座ったまま、
鼻をほじりながら言った。
「てめえらがやれ」
「え?」
「は?」
一瞬、空気が止まる。
「いやいやいや、シンデレラの仕事でしょ?」
アレンが笑いながら言う。
「設定的にさ〜」
ラビも頷く。
神田はちらりと二人を見上げ、
心底どうでもよさそうに言い放つ。
「設定?
そんなもん知るか」
そのまま、ソファーにゴロンと横になった。
「俺は今から昼寝だ」
「ちょ、待て!」
「働けよ!」
「役割分かってる!?」
ラビが神田の足を引っ張る。
「ほらほら〜、動けって〜」
「シンデレラは健気に耐える役なんだぞ〜」
だが神田は眉ひとつ動かさない。
「……虐めても、俺が泣くと思ってんなら
認識が甘ぇ」
アレンがむっとする。
「態度悪すぎですよ。ママに言いつけますからね」
「好きにしろ」
神田は片目だけ開けて、
ラビとアレンを一瞥した。
「てめえら二人まとめて使った方が
床も早く綺麗になる」
「は?」
「え?」
神田は顎で雑巾を示す。
「ほら。拭け」
ラビとアレンが言葉を失っていると、
そこへ意地悪な継母・コムイが現れる。
「こらー!何してるんだ君たち!
シンデレラ、ちゃんと働かないと――」
神田は一切動じず、
淡々と告げた。
「兎ともやしがサボってる」
「え!?」
「ちょっと待って神田!?」
コムイは一瞬考え、
眼鏡を押し上げて言った。
「……うん、じゃあ二人とも床掃除頑張って!」
「「えええええ!?」」
神田は、
完全勝利のまま再び目を閉じた。
(俺がシンデレラとは……ほんと、くだらねぇ)
虐められても、
同情も怒りも湧かない。
神田にとってラビ達は、
ただの騒がしい背景でしかなかった。
「台本を確認してください神田!
役割を理解してください!」とアレン。
コムイは額を押さえ、深いため息をついた。
「……どうしてこうなった」
神田は目を閉じたまま鼻で笑う。
「アイツが王子でなけりゃ引き受けてねぇよ」
「引き受けたからにはきちんとしてください!」
アレンが何やら言ったが神田にはどうでも良かった。
そんなある日。
城から一枚の招待状が届いた。
――舞踏会開催。
――王子自ら、伴侶を選ぶ。
王子の名は、ミナミ。
「来たわよ!人生逆転イベント!!」とコムイ。
「これでオレたちが選ばれたら勝ち組だな!」とラビ。
「身嗜みを整えましょう!
第一印象がすべてです!」とアレン。
神田は欠伸を噛み殺しながら、窓の外を見ていた。
「……めんどくせぇ」
「よーし!王子様に会う準備だ〜!」
ラビは上機嫌でドレスを広げ、
アレンは鏡の前で髪を整えている。
その横で――
神田は腕を組み、壁にもたれていた。
(……くだらねぇ)
「ちょっと神田!」
アレンが振り返る。
「手伝ってくださいよ!
背中、届かないんです!」
「コルセットも!」
ラビが背中を向けて叫ぶ。
「締めるの手伝ってくれ!」
神田は露骨に舌打ちした。
「チッ……
なんで俺が……」
ぶつぶつ言いながらも、
背後に回る。
「いいか?
文句言うなよ」
「え、ちょっと待――」
ギュッ!!!
「ぐえっ!!」
一気に、容赦なく、全力で。
「ちょっ、ユウ!?
息!息できな――」
「うるせぇ。
黙って立ってろ」
ギュッ、ギュッ、ギュッ。
紐は締めるというより締殺しにかかっている。
「ぐっ……!?」
「ラビの目、白目になってる!」
「神田、力加減ってものが――」
「知らねぇ」
神田は真顔だ。
「王子に会うんだろ。
腹なんざ引っ込んでた方がいい」
「ヒイィィィ!」
ラビはその場に崩れ落ちた。
「……オレ、今日死ぬかもしれない……」
「次、もやし」
「えっ」
「逃げるな」
ギュッ!!
「ぐえっ!!?」
二人並んで床に倒れ込む。
神田は満足そうに頷いた。
「よし。
次は顔だな」
「え、化粧は自分で――」
マッハの速さで神田の手が動いた。
ファンデーション、
チーク、
口紅。
考える暇すら与えない速度で。
「ちょ、ちょっと待って!」
「それチークじゃなくて――」
「動くな」
「筆、逆!!」
「近い!近い!!」
数分後。
鏡の前に並んだラビとアレン。
そこには――
頬が異様に赤く、
眉が太く、
唇だけ無駄に艶やかな、
完全なおてもやんが二人。
「………………」
「………………」
「……神田」
ラビが震える声で言う。
「オレたち、
これで舞踏会行くの?」
神田は腕を組み、
じっと眺めてから言った。
「悪くねぇな」
「どこが!?」
「王子逃げるよ!?」
「むしろ衛兵呼ばれるよ!!」
神田はフンと鼻で笑った。
「安心しろ」
そして一言。
「お前ら、元から選ばれねぇから」
その言葉に、
ラビとアレンはなぜか少しだけ黙った。
(……こいつ、
ほんと何考えてんだか……)
神田はそのまま部屋を出ていく。
廊下の向こうで、小さく呟いた。
「……舞踏会なんざ、
めんどくせぇ」
そして、当然のように留守番を命じられたシンデレラ。
この後、本来なら――
「私も舞踏会に行きたい」
と、シンデレラが泣きながら願う場面である。
……が。
神田はと言えば、
定位置のソファーに座り、腕を組み、無言で暖炉を眺めていた。
一向に、何も言わない。
願わない。
頼まない。
呼ばない。
――五分経過。
――十分経過。
それでも神田は、
「……腹減ったな」
などと呟くだけだった。
その瞬間。
ガシャアアアアァン!!!
窓が、勢いよく吹き飛んだ。
ガラス片と一緒に、
長い外套を翻して、男が降り立つ。
「……おい」
低く、苛立ちを含んだ声。
「……いつまで待たせるつもりだ」
魔法使い――クロス。
神田は、ようやく視線を向けた。
「……誰だ、お前」
クロスのこめかみが、ぴくりと跳ねる。
「早く呼べ。待たせるな。
普通はここで“城に行きたい”とか言うんだ」
「は?」
「そうしないと、俺が出てこられねぇだろうが」
クロスはため息をつき、肩を落とす。
「……酒飲みに行けないだろ」
「知らねぇよ」
神田はあっさり言い切った。
「行きたきゃ勝手に行け」
「行けねぇから来てんだ!!」
クロスが声を荒げる。
「童話の進行上!!
シンデレラが“願う”って手順が必要なんだ!!」
神田は鼻で笑った。
「めんどくせぇ」
クロスは額を押さえ、
深く深く息を吐く。
そして、諦めたように指を鳴らした。
「もういい」
光が弾け、
強引にドレスが現れる。
「俺が勝手に話を進める。
0時で魔法は解ける。
文句言うな」
神田はドレスを一瞥し、
「動きにくそうだな」
「文句言うな!!!」
「かぼちゃの馬車も青臭そうだ」
クロスの額に青筋が浮いた。
しばし、睨み合い。
そしてクロスは、盛大に舌打ちした。
「いいから我慢しろ!!」
そう言い残し、
「終わった終わった!」
と吐き捨てて、帰っていった。
そしていよいよ舞踏会。
煌びやかな音楽。
眩い照明。
人々の視線が集まる中――
なぜか。
ドレス姿の神田が男性パートを踊り、
王子のミナミが女性パートを踏んでいた。
「神田逆!!」
ミナミの声が必死に飛ぶ。
「知らねぇよ」
神田は無表情で答える。
「めんどくせぇ」
ラビが客席から叫ぶ。
「こらー!!台本通りにしろーー!!」
「チッ。知るか」
だが、不思議なことに、くるくる回されるミナミは笑っていた。
神田の不格好で、無遠慮で、傍若無人なその姿が――
どうしようもなく、目に焼き付いた。
舞踏会の広間に、鐘の音が響いた。
――ゴーン。
――ゴーン。
「……0時だ」
神田は帰らなきゃならないのに、離れる所かミナミの腰を引き寄せ、王子の体をさわさわしてくる。
「え?ちょっ…神田っ、逃げなくていいの?」
と、女性パートを踊らされていた王子、ミナミが身体を捩らせて小声で言う。
「……あ?」
その瞬間。
ふわり、と光がほどける。
ドレスは消え、
美しい装いは霧散し、
そこに立っていたのは――
いつもの仏頂面の神田だった。
「……あー。解けたな」
誰よりも落ち着いた声。
「しょうがねえ。帰るか」
スタスタと、
走らず、
焦らず、
普通に歩き出す。
会場がざわつく。
「いやいやいや!!」
「姿見られたらダメじゃないですか!?」
「走れよ!!」
ラビとアレンのガヤが一斉に飛ぶ。
神田は振り返りもせず、思い出したように片足の靴を脱ぐと――
ポーン。
「おらよ」
ガラスの靴を、後ろ向きで投げた。
そのガラスの靴が…
ゴツン。
「……あ」
鈍い音。
ミナミの脳天に、刺さった。
「……っ」
次の瞬間、
赤いものが、つう、と噴き出した。
「ぎゃーーー!!!」
「ミナミーーー!!!」
「血がーーー!!!」
「王子ーーー!!!」
数日後・シンデレラ捜索。
街に現れたのは、
頭に包帯を巻いた王子・ミナミと従者のマリだった。
「……では、例の“シンデレラ”を探します」
ガラスの靴を掲げる。
最初に名乗り出たのは、
意地悪な姉A・ラビ。
「はいはい!俺からいくさ〜!」
――スポッ。
「……」
「……」
「……え?」
ぴったり。
「やべえよ」
「ラビ……」
「やべっピッタリさ……」
全員のこめかみに、汗。
次は姉B・アレン。
「……ぼ、僕も一応……」
――スポッ。
「……」
「……」
「……入った……」
「どうする?」
「詰んだだろ」
「話崩壊してる」
空気が完全に死んだ、その時。
――バーン!!
扉が勢いよく開く。
「どけ」
神田だった。
がに股でやって来ては、無言でアレンを突き飛ばす。
「うわっ!?」
そして、
ガラスの靴をひったくると――
自分で履いた。
――スポッ。
当然のように、入る。
神田はミナミを見下ろし、言い放つ。
「お前アホか?人の顔も覚えらんねぇのかよ、何だよ、靴で探すって」
「えっと……」
アレンがぼそっと呟く。
「……そりゃ、魔法、完璧に解けてましたもんね……」
神田はミナミの身体をヒョイっと片手で、
脇に抱え上げる。
「もういい。
こんな茶番、やってられるか」
「え、ちょ、神田――!」
「さっさと結婚するぞ」
そのまま、城の方角へ歩き出す。
ラビとアレンが後ろで叫ぶ。
「話飛びすぎ!!」
「童話どこ行った!!」
神田は振り返らず、
低く言った。
「まずは――体の相性からだ」
「ちょっと!!!???」
ツッコミと悲鳴を背に、
神田と王子は城へ向かって行った。
残された者たち。
「……シンデレラとは?」とアレン。
「方向性迷子すぎだろ……」とラビ。
コムイは遠い目をして呟いた。
「……でもまぁ」
「……ハッピーエンド、だよね?」
鐘の音だけが、虚しく響いていた。
おしまい。20251214