室長、頭の上のフキダシがピンク色です!
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【室長、頭の上のフキダシがピンク色です!】
深夜2時。
教団本部の室長室は、重苦しい沈黙と山積みの書類に支配されていた。
「……うう、ミナミちゃん……僕、もうダメかもしれない……」
デスクの上に突っ伏した室長・コムイは、か細い声で泣き言を漏らしている。 連日の任務処理と科学班からのトラブル報告の嵐で、彼のHP(と精神力)は完全にゼロを叩き出していた。
「お疲れ様ですコムイさん。今日はもう休みましょう?」
呆れつつも愛おしさを込めて、ミナミは持参したトレイをデスクの端に置いた。 香ばしく深みのあるコーヒーの香りと、ほんのり甘いシナモン、そしてラム酒の芳醇な香気が室内にふわりと広がる。
「これ……アイリッシュ・コーヒー?」
「はい。カフェイン中毒のコムイさんのために特製です。少しだけラム酒を入れてあるから、身体が温まりますよ」
ふふ、と微笑むミナミに、コムイの黒の瞳が途端に輝きを取り戻した。
「ミナミちゃん……! 天使だ、君はやっぱり僕の女神さ……!」
ガタッと椅子を鳴らして立ち上がると、コムイは差し出されたカップを受け取るのもそこそこに、そのままミナミの腰に腕を回してギュッと抱きすくめてきた。
「ちょ、コムイさん!? カップ倒れますってば!」
「やだ、離さない。充電中なんだから静かにして……」
ミナミの首筋に顔を埋め、すりすりと頬を寄せてくる。
「コムイさん、くすぐったい⋯」
普段の仕事中のシャキッとした(?)顔とは違う、甘えモード全開のコムイ。その温もりと腕の力強さに、ミナミの胸もトクンと跳ねた。
熱いアイリッシュ・コーヒーを二人で一つのソファに並んで座り、交互に口をつける。
ほろ酔いとカフェインの覚醒感が心地よく混ざり合い、静かな部屋の中で二人の距離は急速に縮まっていき――。
「……ミナミちゃん」
ふと、コムイがカップをテーブルに置き、低く甘い声で名前を呼んだ。
眼鏡の奥の瞳が、いつもと違う真剣な色を宿してミナミを見つめている。
「いつも僕のワガママに付き合ってくれて、ありがとう」
「な、なんですか急に真面目な顔して……」
「本当だよ。きみとこうして過ごす、このわずかな時間だけが……僕の癒しなんだ」
コムイの大きな手が、ミナミの頬を優しく撫でる。
そのままそっと引き寄せられ、お互いの吐息がかかるほどの距離へ。
重なる唇の熱さに、ミナミはそっと目を閉じた――。
ラム酒の甘い香りとコーヒーの香気を孕んだ一回目の口付けは、小さく名残惜しそうに離れた。
「……んっ……コムイ、さん……」
吐息を漏らすミナミの頬は、アルコールのせいだけではない熱で真っ赤に染まっている。
眼鏡の奥、コムイの黒の瞳には、普段の軽快な室長としての顔は一切なく、ひとりの男としての濃厚な熱が宿っていた。
「……ミナミちゃん。こんなに可愛い顔されたら、僕……もう我慢できないよ」
「あっ……や、ずるいです……そんな顔で言われたら、私だって……っ」
まっすぐなミナミは、熱い瞳で見つめ返しながら、恥ずかしそうにコムイの首元へそっと細い腕を回す。
その健気で一途な仕草に、コムイの理性がわずかに軋む音を立てた。
「ミナミちゃん……僕の可愛い、愛しいミナミちゃん……」
二度目の口付けは、先ほどとは比べものにならないほど深く、甘く、ミナミの思考を溶かしていく。
何度も角度を変えて重ねられる熱い唇に、ミナミは「ん……っ、ぁ……」と小さく甘い声を漏らすことしかできない。
すっと、コムイの左手がミナミの華奢な腰を抱き寄せ、そのままゆっくりとお腹を伝って、上へ――胸元へと妖しく滑り上がってきた。
「……っ!? 」
肌に触れる熱さにドクンと心臓が跳ね、ミナミが甘い痺れるような快感に身を捩らせ、二人のボルテージが最高潮に達した――まさにその瞬間。
バッゴォォォォン!!!!
「室長ォォォォ!! 大変です大変です大変ですーーーッ!!!」
爆音とともに室長室の重厚なドアが吹っ飛んで砕け散り、煙とともに科学班のリーバーたちが猛ダッシュで雪崩れ込んでの乱入!
「きゃあああっ!?」
「うわああっ!?」
せっかくの甘い雰囲気と理性が物理的に吹っ飛んだあまりの驚愕に、ミナミの右手に眩いイノセンスの光が宿る。
キュインッと発動したのは――巨大なプラスチック製の「ピコピコハンマー」!!
ピコーーーーーンッ!!!
「入ってくるときはノックをしなさーーーーい!!!」
反射的に振り抜かれたミナミの怒りのピコハンが、先頭で飛び込んできたリーバーの頭にクリーンヒット!
「ピコーン!」と大音量の情けない快音が室長室に響き渡り、リーバーが星を飛ばしながら壁へと激突する。
「がはっ……ナ、ナイススイングミナミ……! じゃなくて室長! 港町で大変なことが――」
「……リーバーくん」
ぬっと立ち上がったコムイの全身からは、先ほどまでの甘い色気など影も形もなく、ドス黒いオーラ(殺気)がドバドバと溢れ出ていた。
「僕とミナミちゃんの……あと数ミリで最高の一線を越えられそうだった、一生に一度の黄金の甘々タイムを邪魔した理由……当然あるんだろうね……? なかったら即座にコムリン改の実験台になってもらうけど……」
「ひぃッ!? あ、あります! 港町の収穫祭に幽霊船が現れて、科学班特注の最高級コーヒー豆『コピ・ルアク(特大樽)』とヴィンテージ酒が全部強奪されました!!」
「……は?」
コムイの動きがピタリと止まる。
「僕の……僕の命の源である……最高級コーヒー豆を……強奪した……?」
「そ、そうです! 収穫祭の酒とコーヒーを片っ端から奪い去って海へ逃げたらしく――」
「許さんッッッ!!!!」
コムイがデスクを叩き割らんばかりの勢いで咆哮した。
「僕のコーヒー豆と!! ミナミちゃんとの甘い時間を踏みにじった罪は重いぞ幽霊船んんん!! リーバー君、ただちに現場へ急行だ! コムリン改、出動準備ーーーッ!!」
「おーッ!!」
「ええええええええ!? 待ってコムイさん! 幽霊船ってAKUMAかもしれないのに!? コーヒー豆のために行くの!?」
しかし、あれこれ慌ただしく出動準備を整え始めたその土壇場で、リーバーたちがすっと一歩後ろへ下がった。
「あ、室長。やっぱり俺らパスで」
「なに!? 裏切り者ーー!?」
目を吊り上げるコムイに、リーバーはニヤニヤとした生温かい笑みを浮かべながら肩をすくめる。
「だって、ミナミも行くんですよね? それなら俺たち邪魔したくないッス」
「そうですよ〜、二人でデートがてらどーぞーー」
「そんな不穏なデートがあるかーー!!」
怒号を飛ばすコムイの隣で、ミナミは「任せてくださいコムイさん!」と胸を張ってイノセンス(ピコハン)をバシッと構えた。
「幽霊船だろうがAKUMAだろうが、私がチャチャッとやっつけてコーヒー豆を取り返してあげますから! さあ行きましょう!」
「えっ、ミナミちゃんすっごく頼もしい……! 好き!!……じゃなくて、僕のコーヒーとミナミちゃんの安全のために僕も行くーーッ!!」
結局、科学班に温かい(?)目で見送られながら、張り切るミナミとデレデレのコムイによる「ふたりだけの現場突撃」が決まったのだった――。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
科学班に「デートがてらどーぞ〜」とニヤニヤ見送られ、教団本部を飛び出した二人。
港町に到着した頃には、夜の帳がすっかり降りていた。
本来なら色とりどりのランタンが灯り、甘い酒や香ばしい料理の香りで賑わうはずの収穫祭。
しかし今の港は、沖合から這い寄る不気味な濃霧のせいで、街灯の光もぽつんと霞んでいる。
「う〜……やっぱり夜の港って、ちょっと不気味ですね……」
不穏な空気にミナミが身を縮めると、すかさず隣からぬっと手が伸びてきた。
「大丈夫だよミナミちゃん! 怖かったらこの僕の胸にいつでも飛び込んできていいからね!! むしろ飛び込んで!!」
「ちょっとコムイさん! どさくさに紛れて抱きつこうとしないでください!」
ガバッと抱きついてこようとするコムイの顔面を、ミナミはペシッと手で押し返す。
「ひどいミナミちゃん! 僕は純粋に君を守ろうと――」
「顔がデレデレしてます! 全然純粋じゃないです!」
「だって二人きりの夜の港だよ!? 科学班もいない、仕事もない、実質ロマンチックなデートじゃないかー!」
コムイはぶーぶーと唇を尖らせながらも、押し返された手を滑らせて、ミナミの小さくて温かい手をぎゅっと握りしめてきた。
「……コムイさん?」
「……手、繋ぐくらいはいいでしょ? 暗くて足元危険だし。……それに、さっき本部で邪魔された分、ちょっとくらい充電させてよ」
少しだけ不服そうに、でも甘えるようにコムイに見つめられてしまう。
お人好しで純粋なミナミは、そんな顔をされると途端に弱かった。
「……もう。仕方ないですね」
顔を真っ赤にしながらも、ミナミはコムイの手をギュッと握り返す。
「ふふ、やっぱりミナミちゃんは優しいなぁ……♡ このまま幽霊船なんて無視して二人で駆け落ちしちゃう?」
「しません!! コーヒー豆取り返すんでしょ!」
「あ、そうだった! 僕のコピ・ルアク!!」
そんなバカな会話をしながら手を繋いで港の埠頭まで歩いていくと、霧の奥からボロボロの帆を掲げた巨大な幽霊船がぬっと姿を現した。
甲板には、死者の無念を纏った怨霊と低級AKUMAたちが蠢き、町から強奪した酒樽やコーヒー袋を嬉々として積み上げている。
『ヒヒヒ……酒だ、コーヒーだ……生者の歓楽を奪ってやれ……』
まさにガチのホラー空間。だが、手を繋いだままの二人のテンションは全くぶれない。
「よしっ、見つけましたよコムイさん! 悪党どもめ、私のピコハンで成敗してあげます!」
ミナミが気合十分で空いた方の右手を掲げると、イノセンスが眩く光り輝く。
キュインッと音を立てて実体化したのは――大きなプラスチック製のピンク色のピコピコハンマー!
「おおお! 繋いだ手はそのままでピコハンを構えるミナミちゃん凛々しいよ! カッコいいよ!」
パシャパシャ!
「どこからカメラ出してるんですか!? 繋いだ手は一度離してください! 戦いにくいです!」
「嫌だ! 絶対離さない! 僕はこの手とコーヒー豆を守るためにたたかうんだーーッ!!」
「もう、無茶苦茶なんですから……!」
呆れつつも嬉しさを隠せないミナミは、コムイと手を繋いだまま幽霊船の甲板へと勢いよく躍り出た!
『ヒヒヒ! 生身の人間が乗り込んで――』
「そこ動かないでくださーいッ!!」
ピコーーーーーンッ!!!
襲いかかってきた低級AKUMAの頭部へ、ミナミのイノセンス・ピコハンがクリーンヒット!
ピコーン!というド派手で情けない打球音が夜の海に響き渡り、イノセンスの眩い光とともにAKUMAの魂が「ありがとう……!」と笑顔で救済され、弾け飛んだ!
『な、なんだあの二人!? 手を繋いだままラブラブで殴り込んできたぞ!?』
『物理ダメージはゼロに近いのに、リア充の眩しさと打球音で魂が削られるーーッ!?』
「ついでにそこのガイコツ怨霊たちも、町の人たちのコーヒー豆を返しなさーい!」
ピコッ! パコッ! ピコーーーーーンッ!!
『ぎゃあああッ! 叩かれるたびに情けない音が頭に直接響くーーッ!?』
ミナミのピコハンによってAKUMAは一瞬で浄化され、怨霊たちも情けない音とともに次々と吹き飛ばされていく。
「ミナミちゃんナイススイング! でもミナミちゃんの手を汚すまでもない! 手を繋いだまま押せるスイッチ、コムリン改・対幽霊船用ほうき星ロケット発射ーーッ!!」
ピコっ!
ドガガガガガガガッ!!!
『ギャーーーッ!? 巨大なロボがいきなり現れて船を掃除し始めたぞ!?』
『どっちが化け物かわからん!!』
ホラー現象をイチャイチャとギャグの暴力で完膚なきまでに叩き潰し、掃き掃除していく二人。
「ふぅ……どうですかコムイさん! 結構片付きましたよ!」
「さすが僕のミナミちゃん! 手を繋いだまま無双する姿も最高に愛しいよ!」
「もうっ、お世辞はいいですから! ほら、船の奥へ続く階段がありますよ!」
「あそこだね……僕の『コピ・ルアク特大樽』と、二人でゆっくり飲むための甘い時間の気配がするよ……!」
繋いだ手を一度も離さないまま、二人は奪われたコーヒーが眠る最深部の大広間へと足を進めるのだった!
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
そして、階段を下り、船の最深部にある大広間へと辿り着いた二人。
そこには、街から強奪された酒樽と、コムイが愛してやまない高級コーヒー豆『コピ・ルアク』の特大樽が山積みにされていた。
そして、その樽の山の上に鎮座していたのは――
『ヒッヒッヒ……よくぞここまで来たな、愚かな生者どもよ……!』
おどろおどろしい黒いオーラを纏った、巨大な怨霊のボス!
……なのだが、その足元には街から奪ってきた酒の樽が転がっており、ボス自身も酒とコーヒーの匂いをプンプン漂わせている。
「ああっ! コムイさん見てください! 樽のフタが1部開いてます!」
「な、なんだってー!? 僕のコピ・ルアクになんてことを! 許さん、絶対に許さーーん!!」
『話を聞けええええッ!! 我は海の怨念……! 生者どもが美味そうに酒やコーヒーを飲んでいるのが許せなくて街から奪ってきたのだ! 生きているお前たちが羨ましかったんだよおおお!!』
怨霊のボスは悲しそうにシクシクと叫ぶ。
しかし、その様子をじっと見ていたミナミは、引きつった顔でずばりと指をさした。
「……あの、すみません」
『なんだ生者よ! 我の哀しき死者の叫びを聞いて怯えたか!』
「怯えてないです。っていうか……あなた、すでに街から奪ったお酒めちゃくちゃガブ飲みして満足してません??」
『……え?』
「足元に空になった酒樽転がってますよね!? 完全に酔っ払ってますよね!?『羨ましかった』とか被害者ぶってますけど、死んでる癖に奪ったお酒普通に美味しく召し上がってますよね!!??」
ミナミの鋭すぎる正論ツッコミが、不気味な大広間に響き渡る。
怨霊ボスはギクッと身体を強張らせ、赤くなった顔を手で覆った。
『ギクッ……! い、いや、これは……味見というか……その……』
「味見で樽一箱空にするかーーーッ!!」
ピコーーーーーンッ!!!
「コムイさんとの時間を返せーー!!」
ミナミの怒りのピコハンが、ボスの頭頂部へ容赦なく大炸裂!
ピコーン!という本日一番の情けない快音が響き渡り、怨霊のボスは『ぶはっ!?』と情けない声を上げてのけぞった。
「人の大切なコーヒー豆やお酒を泥棒しておいて、死者の悲哀を言い訳にするんじゃないです! 返しなさいッ!」
『ご、ごめんなさいいいいいッ!! だって酒もコーヒーも美味しそうだったんだもん!!』
「ミナミちゃんカッコいい……! 説得力と威力が凄まじいよ!!」
コムイが目を輝かせて拍手を送る横で、正義感あふれるミナミのピコハン連打が止まらない。
「南無南無南無南無!南無三!」
ピコッ! パコッ! ピコーーーーーンッ!!
『ぎゃあああごめんなさい成仏します! コーヒー豆もお酒も全部お返ししますから叩かないでーーッ!!』
ミナミの正論と物理ピコハンの前に完全敗北したボスの怨霊は、涙目になりながら奪った荷物を差し出し、そのまま光となって成仏していった。
こうして幽霊船は消滅し、無事にコピ・ルアク特大樽を取り戻した二人は、満足げに教団本部への帰路につくのだった。
……しかし。
成仏する間際に怨霊が放った余計な呪いの光が、こっそりコムイの頭上にまとわりついていたことに、二人はまだ気づいていなかった――。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
「ふぅ……! 無事に『コピ・ルアク特大樽』も取り戻せたし、一件落着だねミナミちゃん♡」
教団本部の室長室に戻ってきた頃には、東の空がうっすらと白み始めていた。
奪われた高級コーヒー豆を無事に奪還し、コムイは満足そうに胸を撫で下ろしている。
「本当ですよ。一時はどうなるかと思いましたけど……怪我もなく終わって良かったです」
ほっと一息ついたミナミが笑顔を見せると、コムイはニヤリと鼻の下を伸ばし、そっとミナミの肩を抱き寄せた。
「さあ、邪魔者はみーんな消えたよ! 街の人たちも喜んでるし、何より僕たちの"甘〜い時間"の続きを始めようか、ミナミちゃん……♡」
眼鏡をキュッと押し上げ、キザで男らしい笑みを浮かべるコムイ。
邪魔された二度目の深いキスの続きをしようと、甘い雰囲気を演出しながらミナミの頬へ顔を近づけていく。
(も、もう……コムイさんったら、すぐ調子に乗るんだから……)
ミナミも照れつつ、観念したようにそっと目を閉じようとした――まさに、その時!!
ポコッ。
奇妙な音とともに、コムイの頭の上に巨大な光るフキダシが突如として出現した!
そこには、極太の明朝体でデカデカと文字が刻まれている。
【ミナミちゃん超可愛い抱きしめたい持ち帰りたい今すぐ結婚したい挙式は本部でドレスは僕の手作りで新婚旅行はローマに行きたい好き好き好き大好き愛してるーーーーッ!!】
「……え?」
目を開けたミナミは、コムイの頭上に浮かぶ文字を二度見した。
「……コムイさん、頭の上……なんか浮いてますよ?」
「え? 何言ってるのミナミちゃん、僕の頭の上に浮かぶものなんて――」
チラッと自分の頭上を見上げたコムイの顔が、一瞬で引きつった。
「……は??? ななな、何コレ!?? 何で僕の思考が文字になって浮いてるの!???」
【うわあああ恥ずかしすぎて死ぬ!! ミナミちゃんに見られた!! 僕の頭の中のピンク色な欲望が全部丸見えだあああッ!!】
「うわあああ!? 増えた! 考えるたびに文字が増えるうううッ!?」
パニックを起こして頭の上の吹き出しを消そうとじたばたするコムイ。
しかし、焦れば焦るほど頭上のフキダシは巨大化し、本音が大音量の効果音とともに溢れ出していく!
【でもやっぱりミナミちゃん可愛すぎる触りたいキスしたい一生離したくない!】
【さっきの幽霊船で手を繋いでくれた時本当は嬉しすぎて心臓爆発しそうだった!】
「やめてぇぇぇッ! 思考を止めろ僕の脳みそーッ!!」
「ふ、ふふっ……」
必死に頭上のフキダシを手で振り払おうと暴れるコムイの姿に、ミナミは耐えきれずに吹き出した。
「ちょっとコムイさん! 心の声が全部ダダ漏れてますよ」
「笑わないでミナミちゃん! 怨霊の最後の呪いかなんかだよコレ! 科学班! 誰かこの呪いを解いてくれーっ!!」
バッゴォォォォン!!
「室長ー!呼ばなくても室長の心の声が廊下まで響いてますよーーッ!!」
「『新婚旅行はローマ』ってマジっスか室長」
「ミナミちゃん、早く結婚してあげなよー」
「見るな裏切り者どもーーーーッ!! コムリン改、出動!! 科学班を全員記憶喪失にしろーーーーッ!!」
【でも本音だから否定はしない!! ミナミちゃん大好きだーーーーッ!!】
「フキダシまで主張してくるんじゃないーーーーッ!!」
朝日が差し込む教団本部に、コムイの悲鳴と科学班の爆笑、そしてミナミの明るい笑い声がどこまでも響き渡るのだった。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
幽霊船の騒動から数日後。
怨霊の呪い(心の声だだ漏れフキダシ)は一向に解ける気配がなく、教団本部は日常的にシュールなギャグ空間へと変貌していた。
「――以上の理由から、今回のエリアでのAKUMAの動きは極めて不審だ。アレンくん、リナリー。くれぐれも警戒を怠らないように」
室長室のデスクで、メガネをキラリと光らせながら真面目な顔で作戦指示を出すコムイ。
威厳に満ちたその姿……のはずなのだが、二人の前線のエクソシストは、揃って全く同じ虚無の表情を浮かべていた。
ポコッ。
【はぁ〜……早く終わらせてミナミちゃんに会いたい……ミナミちゃんをぎゅーって抱きしめて充電したい……ミナミちゃんの膝枕でスヤスヤ寝たい……】
「……」
「……」
部屋を支配する重苦しい(?)沈黙。
コムイがゴホンと咳払いをして二人を見つめる。
「……な、なんだい二人とも。僕の顔に何か付いているかい?」
「兄さん。真面目な顔して指示出してるけど、仕事中に何考えてるの」
リナリーがジト目で深いため息をつき、冷ややかな視線を実の兄へと向ける。
「そうですよ。頭の上のフキダシがピンク色すぎて、作戦内容が全然頭に入ってこないんですけど」
アレンも苦笑いを通り越して呆れ顔だ。
当のコムイは「うぐっ」と胸を押さえながらも、必死にキリッとした顔を保とうと抵抗した。
「し、失礼だな二人とも! 僕は今、教団の室長として至極真面目に――」
ポコッ!
【昨日ミナミちゃんが焼いてくれたクッキー美味しかったなぁ……『はい、コムイさんあーん♡』ってされた時のあの笑顔、天使かな? いや女神だな! 今すぐミナミちゃんをローマに連れて行って結婚式を挙げたい!!】
「……」
「……」
「……アレンくん、行こっか」
「そうですねリナリー。これ以上ここにいたら僕たちまで変になりそうです」
「待ちなさい二人とも!! まだ話は終わってないよ!!」
バタバタと逃げるように室長室を去っていく二人。
廊下に出ると、ちょうど書類を抱えたミナミが向こうから歩いてくるところだった。
「あ、アレン君、リナリーちゃん! お疲れ様です。コムイさんとのお話終わりました?」
ニコッと可愛らしく微笑むミナミに、リナリーとアレンは察したような温かい(?)目線を送る。
「あ、ミナミ! お疲れ様。……あのね、兄さんが部屋で首を長くして待ってるわよ」
「ええ、ミナミさん。早く行ってあの室長の頭の上のフキダシを消してきてあげてください。うるさくて仕事にならないです」
「えっ? あ……コムイさん…呪い、まだ解けてないもんね……」
苦笑いしながらミナミが室長室のドアを開けた瞬間――
ポコポコポコポコッ!!
【ミナミちゃーーーーん!! 会いたかった! 会いたかったよぉぉぉ!! 充電させてぇぇぇ!!】
「うわあああ!? ミナミちゃんが来た途端にフキダシが部屋いっぱいまで巨大化したあぁぁぁッ!?」
「ちょっとコムイさん!? 文字で部屋が狭くなってますってばー!」
結局、呪いが解けるまでの間、教団内で一番苦労したのは(恥ずかしさで)顔を真っ赤にし続けるミナミであった――。
(おしまい)
2026/07/31
深夜2時。
教団本部の室長室は、重苦しい沈黙と山積みの書類に支配されていた。
「……うう、ミナミちゃん……僕、もうダメかもしれない……」
デスクの上に突っ伏した室長・コムイは、か細い声で泣き言を漏らしている。 連日の任務処理と科学班からのトラブル報告の嵐で、彼のHP(と精神力)は完全にゼロを叩き出していた。
「お疲れ様ですコムイさん。今日はもう休みましょう?」
呆れつつも愛おしさを込めて、ミナミは持参したトレイをデスクの端に置いた。 香ばしく深みのあるコーヒーの香りと、ほんのり甘いシナモン、そしてラム酒の芳醇な香気が室内にふわりと広がる。
「これ……アイリッシュ・コーヒー?」
「はい。カフェイン中毒のコムイさんのために特製です。少しだけラム酒を入れてあるから、身体が温まりますよ」
ふふ、と微笑むミナミに、コムイの黒の瞳が途端に輝きを取り戻した。
「ミナミちゃん……! 天使だ、君はやっぱり僕の女神さ……!」
ガタッと椅子を鳴らして立ち上がると、コムイは差し出されたカップを受け取るのもそこそこに、そのままミナミの腰に腕を回してギュッと抱きすくめてきた。
「ちょ、コムイさん!? カップ倒れますってば!」
「やだ、離さない。充電中なんだから静かにして……」
ミナミの首筋に顔を埋め、すりすりと頬を寄せてくる。
「コムイさん、くすぐったい⋯」
普段の仕事中のシャキッとした(?)顔とは違う、甘えモード全開のコムイ。その温もりと腕の力強さに、ミナミの胸もトクンと跳ねた。
熱いアイリッシュ・コーヒーを二人で一つのソファに並んで座り、交互に口をつける。
ほろ酔いとカフェインの覚醒感が心地よく混ざり合い、静かな部屋の中で二人の距離は急速に縮まっていき――。
「……ミナミちゃん」
ふと、コムイがカップをテーブルに置き、低く甘い声で名前を呼んだ。
眼鏡の奥の瞳が、いつもと違う真剣な色を宿してミナミを見つめている。
「いつも僕のワガママに付き合ってくれて、ありがとう」
「な、なんですか急に真面目な顔して……」
「本当だよ。きみとこうして過ごす、このわずかな時間だけが……僕の癒しなんだ」
コムイの大きな手が、ミナミの頬を優しく撫でる。
そのままそっと引き寄せられ、お互いの吐息がかかるほどの距離へ。
重なる唇の熱さに、ミナミはそっと目を閉じた――。
ラム酒の甘い香りとコーヒーの香気を孕んだ一回目の口付けは、小さく名残惜しそうに離れた。
「……んっ……コムイ、さん……」
吐息を漏らすミナミの頬は、アルコールのせいだけではない熱で真っ赤に染まっている。
眼鏡の奥、コムイの黒の瞳には、普段の軽快な室長としての顔は一切なく、ひとりの男としての濃厚な熱が宿っていた。
「……ミナミちゃん。こんなに可愛い顔されたら、僕……もう我慢できないよ」
「あっ……や、ずるいです……そんな顔で言われたら、私だって……っ」
まっすぐなミナミは、熱い瞳で見つめ返しながら、恥ずかしそうにコムイの首元へそっと細い腕を回す。
その健気で一途な仕草に、コムイの理性がわずかに軋む音を立てた。
「ミナミちゃん……僕の可愛い、愛しいミナミちゃん……」
二度目の口付けは、先ほどとは比べものにならないほど深く、甘く、ミナミの思考を溶かしていく。
何度も角度を変えて重ねられる熱い唇に、ミナミは「ん……っ、ぁ……」と小さく甘い声を漏らすことしかできない。
すっと、コムイの左手がミナミの華奢な腰を抱き寄せ、そのままゆっくりとお腹を伝って、上へ――胸元へと妖しく滑り上がってきた。
「……っ!? 」
肌に触れる熱さにドクンと心臓が跳ね、ミナミが甘い痺れるような快感に身を捩らせ、二人のボルテージが最高潮に達した――まさにその瞬間。
バッゴォォォォン!!!!
「室長ォォォォ!! 大変です大変です大変ですーーーッ!!!」
爆音とともに室長室の重厚なドアが吹っ飛んで砕け散り、煙とともに科学班のリーバーたちが猛ダッシュで雪崩れ込んでの乱入!
「きゃあああっ!?」
「うわああっ!?」
せっかくの甘い雰囲気と理性が物理的に吹っ飛んだあまりの驚愕に、ミナミの右手に眩いイノセンスの光が宿る。
キュインッと発動したのは――巨大なプラスチック製の「ピコピコハンマー」!!
ピコーーーーーンッ!!!
「入ってくるときはノックをしなさーーーーい!!!」
反射的に振り抜かれたミナミの怒りのピコハンが、先頭で飛び込んできたリーバーの頭にクリーンヒット!
「ピコーン!」と大音量の情けない快音が室長室に響き渡り、リーバーが星を飛ばしながら壁へと激突する。
「がはっ……ナ、ナイススイングミナミ……! じゃなくて室長! 港町で大変なことが――」
「……リーバーくん」
ぬっと立ち上がったコムイの全身からは、先ほどまでの甘い色気など影も形もなく、ドス黒いオーラ(殺気)がドバドバと溢れ出ていた。
「僕とミナミちゃんの……あと数ミリで最高の一線を越えられそうだった、一生に一度の黄金の甘々タイムを邪魔した理由……当然あるんだろうね……? なかったら即座にコムリン改の実験台になってもらうけど……」
「ひぃッ!? あ、あります! 港町の収穫祭に幽霊船が現れて、科学班特注の最高級コーヒー豆『コピ・ルアク(特大樽)』とヴィンテージ酒が全部強奪されました!!」
「……は?」
コムイの動きがピタリと止まる。
「僕の……僕の命の源である……最高級コーヒー豆を……強奪した……?」
「そ、そうです! 収穫祭の酒とコーヒーを片っ端から奪い去って海へ逃げたらしく――」
「許さんッッッ!!!!」
コムイがデスクを叩き割らんばかりの勢いで咆哮した。
「僕のコーヒー豆と!! ミナミちゃんとの甘い時間を踏みにじった罪は重いぞ幽霊船んんん!! リーバー君、ただちに現場へ急行だ! コムリン改、出動準備ーーーッ!!」
「おーッ!!」
「ええええええええ!? 待ってコムイさん! 幽霊船ってAKUMAかもしれないのに!? コーヒー豆のために行くの!?」
しかし、あれこれ慌ただしく出動準備を整え始めたその土壇場で、リーバーたちがすっと一歩後ろへ下がった。
「あ、室長。やっぱり俺らパスで」
「なに!? 裏切り者ーー!?」
目を吊り上げるコムイに、リーバーはニヤニヤとした生温かい笑みを浮かべながら肩をすくめる。
「だって、ミナミも行くんですよね? それなら俺たち邪魔したくないッス」
「そうですよ〜、二人でデートがてらどーぞーー」
「そんな不穏なデートがあるかーー!!」
怒号を飛ばすコムイの隣で、ミナミは「任せてくださいコムイさん!」と胸を張ってイノセンス(ピコハン)をバシッと構えた。
「幽霊船だろうがAKUMAだろうが、私がチャチャッとやっつけてコーヒー豆を取り返してあげますから! さあ行きましょう!」
「えっ、ミナミちゃんすっごく頼もしい……! 好き!!……じゃなくて、僕のコーヒーとミナミちゃんの安全のために僕も行くーーッ!!」
結局、科学班に温かい(?)目で見送られながら、張り切るミナミとデレデレのコムイによる「ふたりだけの現場突撃」が決まったのだった――。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
科学班に「デートがてらどーぞ〜」とニヤニヤ見送られ、教団本部を飛び出した二人。
港町に到着した頃には、夜の帳がすっかり降りていた。
本来なら色とりどりのランタンが灯り、甘い酒や香ばしい料理の香りで賑わうはずの収穫祭。
しかし今の港は、沖合から這い寄る不気味な濃霧のせいで、街灯の光もぽつんと霞んでいる。
「う〜……やっぱり夜の港って、ちょっと不気味ですね……」
不穏な空気にミナミが身を縮めると、すかさず隣からぬっと手が伸びてきた。
「大丈夫だよミナミちゃん! 怖かったらこの僕の胸にいつでも飛び込んできていいからね!! むしろ飛び込んで!!」
「ちょっとコムイさん! どさくさに紛れて抱きつこうとしないでください!」
ガバッと抱きついてこようとするコムイの顔面を、ミナミはペシッと手で押し返す。
「ひどいミナミちゃん! 僕は純粋に君を守ろうと――」
「顔がデレデレしてます! 全然純粋じゃないです!」
「だって二人きりの夜の港だよ!? 科学班もいない、仕事もない、実質ロマンチックなデートじゃないかー!」
コムイはぶーぶーと唇を尖らせながらも、押し返された手を滑らせて、ミナミの小さくて温かい手をぎゅっと握りしめてきた。
「……コムイさん?」
「……手、繋ぐくらいはいいでしょ? 暗くて足元危険だし。……それに、さっき本部で邪魔された分、ちょっとくらい充電させてよ」
少しだけ不服そうに、でも甘えるようにコムイに見つめられてしまう。
お人好しで純粋なミナミは、そんな顔をされると途端に弱かった。
「……もう。仕方ないですね」
顔を真っ赤にしながらも、ミナミはコムイの手をギュッと握り返す。
「ふふ、やっぱりミナミちゃんは優しいなぁ……♡ このまま幽霊船なんて無視して二人で駆け落ちしちゃう?」
「しません!! コーヒー豆取り返すんでしょ!」
「あ、そうだった! 僕のコピ・ルアク!!」
そんなバカな会話をしながら手を繋いで港の埠頭まで歩いていくと、霧の奥からボロボロの帆を掲げた巨大な幽霊船がぬっと姿を現した。
甲板には、死者の無念を纏った怨霊と低級AKUMAたちが蠢き、町から強奪した酒樽やコーヒー袋を嬉々として積み上げている。
『ヒヒヒ……酒だ、コーヒーだ……生者の歓楽を奪ってやれ……』
まさにガチのホラー空間。だが、手を繋いだままの二人のテンションは全くぶれない。
「よしっ、見つけましたよコムイさん! 悪党どもめ、私のピコハンで成敗してあげます!」
ミナミが気合十分で空いた方の右手を掲げると、イノセンスが眩く光り輝く。
キュインッと音を立てて実体化したのは――大きなプラスチック製のピンク色のピコピコハンマー!
「おおお! 繋いだ手はそのままでピコハンを構えるミナミちゃん凛々しいよ! カッコいいよ!」
パシャパシャ!
「どこからカメラ出してるんですか!? 繋いだ手は一度離してください! 戦いにくいです!」
「嫌だ! 絶対離さない! 僕はこの手とコーヒー豆を守るためにたたかうんだーーッ!!」
「もう、無茶苦茶なんですから……!」
呆れつつも嬉しさを隠せないミナミは、コムイと手を繋いだまま幽霊船の甲板へと勢いよく躍り出た!
『ヒヒヒ! 生身の人間が乗り込んで――』
「そこ動かないでくださーいッ!!」
ピコーーーーーンッ!!!
襲いかかってきた低級AKUMAの頭部へ、ミナミのイノセンス・ピコハンがクリーンヒット!
ピコーン!というド派手で情けない打球音が夜の海に響き渡り、イノセンスの眩い光とともにAKUMAの魂が「ありがとう……!」と笑顔で救済され、弾け飛んだ!
『な、なんだあの二人!? 手を繋いだままラブラブで殴り込んできたぞ!?』
『物理ダメージはゼロに近いのに、リア充の眩しさと打球音で魂が削られるーーッ!?』
「ついでにそこのガイコツ怨霊たちも、町の人たちのコーヒー豆を返しなさーい!」
ピコッ! パコッ! ピコーーーーーンッ!!
『ぎゃあああッ! 叩かれるたびに情けない音が頭に直接響くーーッ!?』
ミナミのピコハンによってAKUMAは一瞬で浄化され、怨霊たちも情けない音とともに次々と吹き飛ばされていく。
「ミナミちゃんナイススイング! でもミナミちゃんの手を汚すまでもない! 手を繋いだまま押せるスイッチ、コムリン改・対幽霊船用ほうき星ロケット発射ーーッ!!」
ピコっ!
ドガガガガガガガッ!!!
『ギャーーーッ!? 巨大なロボがいきなり現れて船を掃除し始めたぞ!?』
『どっちが化け物かわからん!!』
ホラー現象をイチャイチャとギャグの暴力で完膚なきまでに叩き潰し、掃き掃除していく二人。
「ふぅ……どうですかコムイさん! 結構片付きましたよ!」
「さすが僕のミナミちゃん! 手を繋いだまま無双する姿も最高に愛しいよ!」
「もうっ、お世辞はいいですから! ほら、船の奥へ続く階段がありますよ!」
「あそこだね……僕の『コピ・ルアク特大樽』と、二人でゆっくり飲むための甘い時間の気配がするよ……!」
繋いだ手を一度も離さないまま、二人は奪われたコーヒーが眠る最深部の大広間へと足を進めるのだった!
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
そして、階段を下り、船の最深部にある大広間へと辿り着いた二人。
そこには、街から強奪された酒樽と、コムイが愛してやまない高級コーヒー豆『コピ・ルアク』の特大樽が山積みにされていた。
そして、その樽の山の上に鎮座していたのは――
『ヒッヒッヒ……よくぞここまで来たな、愚かな生者どもよ……!』
おどろおどろしい黒いオーラを纏った、巨大な怨霊のボス!
……なのだが、その足元には街から奪ってきた酒の樽が転がっており、ボス自身も酒とコーヒーの匂いをプンプン漂わせている。
「ああっ! コムイさん見てください! 樽のフタが1部開いてます!」
「な、なんだってー!? 僕のコピ・ルアクになんてことを! 許さん、絶対に許さーーん!!」
『話を聞けええええッ!! 我は海の怨念……! 生者どもが美味そうに酒やコーヒーを飲んでいるのが許せなくて街から奪ってきたのだ! 生きているお前たちが羨ましかったんだよおおお!!』
怨霊のボスは悲しそうにシクシクと叫ぶ。
しかし、その様子をじっと見ていたミナミは、引きつった顔でずばりと指をさした。
「……あの、すみません」
『なんだ生者よ! 我の哀しき死者の叫びを聞いて怯えたか!』
「怯えてないです。っていうか……あなた、すでに街から奪ったお酒めちゃくちゃガブ飲みして満足してません??」
『……え?』
「足元に空になった酒樽転がってますよね!? 完全に酔っ払ってますよね!?『羨ましかった』とか被害者ぶってますけど、死んでる癖に奪ったお酒普通に美味しく召し上がってますよね!!??」
ミナミの鋭すぎる正論ツッコミが、不気味な大広間に響き渡る。
怨霊ボスはギクッと身体を強張らせ、赤くなった顔を手で覆った。
『ギクッ……! い、いや、これは……味見というか……その……』
「味見で樽一箱空にするかーーーッ!!」
ピコーーーーーンッ!!!
「コムイさんとの時間を返せーー!!」
ミナミの怒りのピコハンが、ボスの頭頂部へ容赦なく大炸裂!
ピコーン!という本日一番の情けない快音が響き渡り、怨霊のボスは『ぶはっ!?』と情けない声を上げてのけぞった。
「人の大切なコーヒー豆やお酒を泥棒しておいて、死者の悲哀を言い訳にするんじゃないです! 返しなさいッ!」
『ご、ごめんなさいいいいいッ!! だって酒もコーヒーも美味しそうだったんだもん!!』
「ミナミちゃんカッコいい……! 説得力と威力が凄まじいよ!!」
コムイが目を輝かせて拍手を送る横で、正義感あふれるミナミのピコハン連打が止まらない。
「南無南無南無南無!南無三!」
ピコッ! パコッ! ピコーーーーーンッ!!
『ぎゃあああごめんなさい成仏します! コーヒー豆もお酒も全部お返ししますから叩かないでーーッ!!』
ミナミの正論と物理ピコハンの前に完全敗北したボスの怨霊は、涙目になりながら奪った荷物を差し出し、そのまま光となって成仏していった。
こうして幽霊船は消滅し、無事にコピ・ルアク特大樽を取り戻した二人は、満足げに教団本部への帰路につくのだった。
……しかし。
成仏する間際に怨霊が放った余計な呪いの光が、こっそりコムイの頭上にまとわりついていたことに、二人はまだ気づいていなかった――。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
「ふぅ……! 無事に『コピ・ルアク特大樽』も取り戻せたし、一件落着だねミナミちゃん♡」
教団本部の室長室に戻ってきた頃には、東の空がうっすらと白み始めていた。
奪われた高級コーヒー豆を無事に奪還し、コムイは満足そうに胸を撫で下ろしている。
「本当ですよ。一時はどうなるかと思いましたけど……怪我もなく終わって良かったです」
ほっと一息ついたミナミが笑顔を見せると、コムイはニヤリと鼻の下を伸ばし、そっとミナミの肩を抱き寄せた。
「さあ、邪魔者はみーんな消えたよ! 街の人たちも喜んでるし、何より僕たちの"甘〜い時間"の続きを始めようか、ミナミちゃん……♡」
眼鏡をキュッと押し上げ、キザで男らしい笑みを浮かべるコムイ。
邪魔された二度目の深いキスの続きをしようと、甘い雰囲気を演出しながらミナミの頬へ顔を近づけていく。
(も、もう……コムイさんったら、すぐ調子に乗るんだから……)
ミナミも照れつつ、観念したようにそっと目を閉じようとした――まさに、その時!!
ポコッ。
奇妙な音とともに、コムイの頭の上に巨大な光るフキダシが突如として出現した!
そこには、極太の明朝体でデカデカと文字が刻まれている。
【ミナミちゃん超可愛い抱きしめたい持ち帰りたい今すぐ結婚したい挙式は本部でドレスは僕の手作りで新婚旅行はローマに行きたい好き好き好き大好き愛してるーーーーッ!!】
「……え?」
目を開けたミナミは、コムイの頭上に浮かぶ文字を二度見した。
「……コムイさん、頭の上……なんか浮いてますよ?」
「え? 何言ってるのミナミちゃん、僕の頭の上に浮かぶものなんて――」
チラッと自分の頭上を見上げたコムイの顔が、一瞬で引きつった。
「……は??? ななな、何コレ!?? 何で僕の思考が文字になって浮いてるの!???」
【うわあああ恥ずかしすぎて死ぬ!! ミナミちゃんに見られた!! 僕の頭の中のピンク色な欲望が全部丸見えだあああッ!!】
「うわあああ!? 増えた! 考えるたびに文字が増えるうううッ!?」
パニックを起こして頭の上の吹き出しを消そうとじたばたするコムイ。
しかし、焦れば焦るほど頭上のフキダシは巨大化し、本音が大音量の効果音とともに溢れ出していく!
【でもやっぱりミナミちゃん可愛すぎる触りたいキスしたい一生離したくない!】
【さっきの幽霊船で手を繋いでくれた時本当は嬉しすぎて心臓爆発しそうだった!】
「やめてぇぇぇッ! 思考を止めろ僕の脳みそーッ!!」
「ふ、ふふっ……」
必死に頭上のフキダシを手で振り払おうと暴れるコムイの姿に、ミナミは耐えきれずに吹き出した。
「ちょっとコムイさん! 心の声が全部ダダ漏れてますよ」
「笑わないでミナミちゃん! 怨霊の最後の呪いかなんかだよコレ! 科学班! 誰かこの呪いを解いてくれーっ!!」
バッゴォォォォン!!
「室長ー!呼ばなくても室長の心の声が廊下まで響いてますよーーッ!!」
「『新婚旅行はローマ』ってマジっスか室長」
「ミナミちゃん、早く結婚してあげなよー」
「見るな裏切り者どもーーーーッ!! コムリン改、出動!! 科学班を全員記憶喪失にしろーーーーッ!!」
【でも本音だから否定はしない!! ミナミちゃん大好きだーーーーッ!!】
「フキダシまで主張してくるんじゃないーーーーッ!!」
朝日が差し込む教団本部に、コムイの悲鳴と科学班の爆笑、そしてミナミの明るい笑い声がどこまでも響き渡るのだった。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
幽霊船の騒動から数日後。
怨霊の呪い(心の声だだ漏れフキダシ)は一向に解ける気配がなく、教団本部は日常的にシュールなギャグ空間へと変貌していた。
「――以上の理由から、今回のエリアでのAKUMAの動きは極めて不審だ。アレンくん、リナリー。くれぐれも警戒を怠らないように」
室長室のデスクで、メガネをキラリと光らせながら真面目な顔で作戦指示を出すコムイ。
威厳に満ちたその姿……のはずなのだが、二人の前線のエクソシストは、揃って全く同じ虚無の表情を浮かべていた。
ポコッ。
【はぁ〜……早く終わらせてミナミちゃんに会いたい……ミナミちゃんをぎゅーって抱きしめて充電したい……ミナミちゃんの膝枕でスヤスヤ寝たい……】
「……」
「……」
部屋を支配する重苦しい(?)沈黙。
コムイがゴホンと咳払いをして二人を見つめる。
「……な、なんだい二人とも。僕の顔に何か付いているかい?」
「兄さん。真面目な顔して指示出してるけど、仕事中に何考えてるの」
リナリーがジト目で深いため息をつき、冷ややかな視線を実の兄へと向ける。
「そうですよ。頭の上のフキダシがピンク色すぎて、作戦内容が全然頭に入ってこないんですけど」
アレンも苦笑いを通り越して呆れ顔だ。
当のコムイは「うぐっ」と胸を押さえながらも、必死にキリッとした顔を保とうと抵抗した。
「し、失礼だな二人とも! 僕は今、教団の室長として至極真面目に――」
ポコッ!
【昨日ミナミちゃんが焼いてくれたクッキー美味しかったなぁ……『はい、コムイさんあーん♡』ってされた時のあの笑顔、天使かな? いや女神だな! 今すぐミナミちゃんをローマに連れて行って結婚式を挙げたい!!】
「……」
「……」
「……アレンくん、行こっか」
「そうですねリナリー。これ以上ここにいたら僕たちまで変になりそうです」
「待ちなさい二人とも!! まだ話は終わってないよ!!」
バタバタと逃げるように室長室を去っていく二人。
廊下に出ると、ちょうど書類を抱えたミナミが向こうから歩いてくるところだった。
「あ、アレン君、リナリーちゃん! お疲れ様です。コムイさんとのお話終わりました?」
ニコッと可愛らしく微笑むミナミに、リナリーとアレンは察したような温かい(?)目線を送る。
「あ、ミナミ! お疲れ様。……あのね、兄さんが部屋で首を長くして待ってるわよ」
「ええ、ミナミさん。早く行ってあの室長の頭の上のフキダシを消してきてあげてください。うるさくて仕事にならないです」
「えっ? あ……コムイさん…呪い、まだ解けてないもんね……」
苦笑いしながらミナミが室長室のドアを開けた瞬間――
ポコポコポコポコッ!!
【ミナミちゃーーーーん!! 会いたかった! 会いたかったよぉぉぉ!! 充電させてぇぇぇ!!】
「うわあああ!? ミナミちゃんが来た途端にフキダシが部屋いっぱいまで巨大化したあぁぁぁッ!?」
「ちょっとコムイさん!? 文字で部屋が狭くなってますってばー!」
結局、呪いが解けるまでの間、教団内で一番苦労したのは(恥ずかしさで)顔を真っ赤にし続けるミナミであった――。
(おしまい)
2026/07/31
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