黒の教団、午後二時の密室裁判
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『黒の教団、午後二時の密室裁判』
コムイの部屋に、半ば強制的に集められた面々は、総じてやる気がなかった。
ソファにだらけるラビ。
腕を組んで壁にもたれる神田。
口元にまだ甘味の名残を残したアレン。
そして、状況をいまいち理解していない顔で立っているミナミ。
そんな中、コムイだけが一人、異様な熱量を帯びていた。
「いいかい諸君……これは聖戦だ」
びしり、と指を突きつける。
「リナリーが楽しみにしていた『限定お取り寄せタルト』が忽然と姿を消した!」
重々しい沈黙。
「ボクが直々に朝の10時!冷蔵庫にしまったのだよ。だが先程、14時に開けた時には――消えていた!」
誰も驚かない。
「犯人はこの中にいる!」
なおも誰も動じない。
「白状しなさい!さもなければ……コムリンⅡを起動するよ!」
「それはやめろ」
神田が即答した。
「ジュリーが間違ってランチに出したんじゃね?」
「ケッ。犯人はコイツで決まりだろ」
神田が親指でアレンを指す。
「ええっ!?ちょっと待ってください!」
アレンが慌てて一歩前に出る。
「僕は無罪です!この口のクリームはいちご大福のクリームです!」
その横で、ミナミがふわっと首を傾げた。
「私じゃないよー。だって私、リナリーとそのタルト一緒に食べるって約束してたのに、盗むわけないよ」
その一言に――
神田の視線が、ぴたりと止まる。
「……!」
ほんの一瞬だけ、わずかに驚いたような反応。
けれど、すぐにいつもの無表情へと戻った。
コムイが咳払いを一つ。
「まずはアレンくんから。10時から14時までのアリバイを話したまえ」
「ボクですか?」
アレンは胸に手を当て、堂々と言い切った。
「ボクは10時頃は、外でティムキャンピーと追いかけっこをしていました」
「遊んでるだけじゃないか」
「違います!あれは高度な運動です!」
「どこがだ」
「それから1時間ぐらいしてからかな、厨房の前に仁王立ちしている神田を見ました」
視線が一斉に神田へ向く。
「幻でも見たか」
「違いますよ?」
「はいはい、アレンくん続けて」
「……そのあと12時にランチでずっと食堂にいました。デザートのみたらし団子を食べる前に、いちご大福を食べていたら、コムイさんに呼び出されました」
「食ってばっかじゃねぇか」
「食べれる時に食べる!これ、鉄則です!」
「何のだよ」
アレンはぐっと拳を握った。
「ボクの目はみたらし団子の残数しかカウントできない仕様なんです!信じてください!」
ぐうぅ……と腹が鳴る。
「ボクの胃袋はまだ空っぽで、悲鳴を上げてるんです!」
「ケッ。コイツで決まりじゃねぇか」
「次!ジュニア!」
コムイが指を差し替える。
「オレはミナミと図書室に居たさ。そんでー窓から、中庭でティムと格闘してるアレンを見てたさ」
ラビが肩をすくめる。
「アレン、空腹で幻覚見てるのか、虚空掴もうとしてたよ」
「見えてましたよ!?ちゃんと!」
「で、そのあとミナミが食堂に行くって言ってスキップしていくのを見た。」
「ええ!?」
ミナミがびくっとする。
「鼻歌まじりで、なんだかすごく『甘いもの』を期待してる顔だったさ。記録係の目は誤魔化せないよ?」
「私じゃないよ!?」
「ミナミ!君って!」
「アレンに言われたくないよ?」
「次!ミナミ!」
「えっと……」
ミナミは少しだけ考えてから、ぽつりと話し始めた。
「確かに、ラビの言う通り食堂に行こうとしてました。鼻歌も歌いました」
「認めたな」
「違うよ!だって、リナリーとタルトを食べる約束してたから」
真っ直ぐな理由。
妙に納得感がある。
「でも、その時……食堂の中から声が聞こえて」
「声?」
「アレンくんが『うふふ、白いお粉……』って」
「それはいちご大福です!!」
「でもっ!入る前にコムイさんに捕まって、今こうしてここに居ます。厨房どころか食堂すら入ってません」
「その前は?」
「その前は……ラビと図書室にいました」
ラビが軽く手を上げる。
「それは本当さ」
コムイが最後の一人へ視線を向けた。
「次!神田君!」
「……俺が盗むわけねぇだろ」
その一言で、場の空気が妙に納得に傾く。
「まあな」
「ユウが甘いもん食べるとこ見たことねえしな……」
「むむ、確かに」
コムイが腕を組みつつも頷く。
「だが、一応アリバイを話してくれるかい?」
神田は露骨に顔をしかめた。
「……うぜェ」
一拍。
「昼まで鍛錬で汗流したあと、蕎麦のつゆの出汁の出具合を確認しに厨房へ行っただけだ」
「なんでそんなガチなんだよ」
「ミナミに食わせる約束してたんだよ。そんで、そのあと蕎麦を今の今まで打ってた」
「ずっと厨房にいたなら神田が犯人じゃないですか!」
神田は続ける。
「黙れもやし。俺は冷蔵庫は開けてねえ。怪しむなら調理部の奴らを怪しめ。あいつらひっきりなしに開けてたぞ」
「あ、確かに!ジェリーさん達に聞いた方が早そう」
とミナミ。
そして神田がアリバイ証言を続ける。
「その時、廊下から『ウサギが跳ねるような馬鹿でかい足音』が聞こえたぞ」
ぴたり、と空気が止まる。
神田の視線が、ゆっくりとラビに向く。
「……ウサギ、図書室に居たんじゃねぇのかよ」
「え?」
ラビが一瞬固まる。
全員の視線が、静かにラビに集まった。
「お、俺じゃないさーー!!」
コムイのメガネがキランと光る。
「フムフム……なるほど。一見、全員のアリバイが成立しているように見えるけれど……。
実は、この中に一人だけ『絶対にありえないこと』を言っている人物がいるよ!」
その瞬間、空気がぴたりと止まった。
コムイの視線が、ゆっくりと動く。
――アレン。
一瞬だけ息を呑んだ彼の顔が、ぐっと近づくように映る。
金の瞳が揺れ、何かを考えるように細められた。
「……僕じゃありませんよ」
小さく、しかしはっきりとした声。
視線が流れる。
――ラビ。
ニッと笑っていたはずの口元が、わずかに引きつる。
片目が細められ、探るようにコムイを見る。
「へぇ……俺だと思ってるんだとしたらハズレー」
軽口の裏に、わずかな緊張。
さらにコムイの視線は移る。
――ミナミ。
びくりと肩を揺らし、ぎゅっと手を握る。
困ったように、でもどこか不安げに視線を彷徨わせる。
「わ、私……違いますよ……?」
弱く揺れる声。
そして――
最後に、ゆっくりと止まる。
――神田。
表情は、変わらない。
ただ、わずかに目が細められた。
何も言わない。
だが、その沈黙だけが、やけに重く響く。
コムイが、ビシッと腕を伸ばした。
「犯人は君だよ、神田くん!」
コムイが突きつけた指の先で、神田の眉間がぴくりと跳ねた。
「「「ええーーっ!?」」」
アレンとラビ、そしてミナミの驚愕の声が重なる。当の神田は、低く地を這うような声で返した。
「……あぁん? 斬るぞ、コムイ」
「待ちたまえ! 証拠ならある。神田くん、君は自分のアリバイを『午前中は鍛錬場で汗を流していた』と言ったね? だが、それは物理的に不可能なんだよ」
「……何だと」
「君がさっきまで厨房で打っていた、あの蕎麦の山』が証拠さ!」
コムイが眼鏡をキラーンと光らせ、不敵に笑う。
「君の腕なら、2時間で10人前ほどの蕎麦は余裕で作れるだろう。だが、どうだい? 僕が君を呼びに行った時、それを上回る量が作業台にあったじゃないか!あれは30人前はあったね!」
「……っ」
神田の表情が、わずかに強張る。
「いいかい。30人前の蕎麦を一人で打つには、熟練の君でも最低3時間はかかる。 14時に僕が呼びに行った時にそれだけの量があったということは……君は11時、いや、10時過ぎにはすでに厨房に入って、蕎麦を打ち始めていなければ計算が合わないんだ!」
「…………」
「つまり、11時頃にアレンくんが厨房の前で君を見たのは、幻覚でもなんでもない。君は鍛錬場になんて行かず、ずっと厨房にいたんだよ! 蕎麦を打つ合間に冷蔵庫を開け、そこにリナリーが楽しみにしていたタルトを見つけた。……最近、根詰めていたミナミに食べさせてあげようと、出来心でそれを手に取ったんだろう?」
「……ちっ。それなら、廊下から聞こえた『馬鹿でかい足音』はどう説明するんだ。俺が厨房にいた時、確かにドタドタと聞こえたぞ。あいつ(ラビ)だろ」
神田が苦し紛れに放った言葉を、コムイは待ってましたと言わんばかりに切り捨てた。
「それが君の、第二の致命的なミスだよ! 君が厨房にいた12時過ぎ、アレンくんはすでに食堂の中で『2時間コースのランチ』に没頭していた。よってアレンくんは除外だ!
残るはジュニアとミナミ。だが、彼女は食堂に入る一歩手前のこの14時前後に、僕が直々に捕獲(ハグ)している。 それまではジュニアと図書室にいたと、ふたりが証言しているんだよ!」
コムイの視線が鋭く飛ぶ。
「一方、ジュニアは図書室から一歩も出ていない。そうだね? ミナミちゃん!」
「は、はい、私もラビもずっと本を読んでいました」
ミナミの真っ直ぐな証言に、神田はぐうの音も出ない。
「いいかい? 君が厨房で冷蔵庫を開けたその時間、廊下を走る人間なんてこの教団のどこにも存在しなかったんだよ! 君が聞いたという足音……。それは、誰のものでもない。リナリーのタルトを盗み出し、誰かに見つからないかという焦りから生まれた――君自身の心音だったんじゃないのかい、神田くん!」
沈黙が部屋を支配する。
コムイが最後の一押し、トドメの言葉を放つ。
「そして……君はそのタルトを、ミナミちゃんに食べさせようとして、とんでもないドジを踏んだんだろう?」
「なっ……!?」
神田の顔が、さらに赤くなる。
「タルトを切ろうと冷蔵庫から出したその時。君は足元の濡れた床に滑った……。あるいは、六幻を調理台にぶつけて引っかかったのかな?
その拍子に、君はタルトを箱ごと床にぶちまけてしまったんだ! 汚れたタルト生地、飛び散ったクリーム……。君は、その無惨な光景を見て、証拠隠滅のためにすべてを捨てた! 違うかい!?」
神田はフイッと顔を背けたが、その耳の先まで真っ赤に染まっているのは隠しようがなかった。
「……ああ、そうだ。ミナミが、最近ロクに飯も食わずに根詰めてたからな。甘いもんでも食えば、少しはマシな顔になると思っただけだ。……それがまさか、リナリーと食う約束だったなんて知るかよ!!」
吐き捨てるように叫んだ瞬間、神田の懐からクシャクシャになった銀紙がハラリと床に落ちた。
「ユウ……。私のために?」
ミナミが目を丸くして見つめると、神田は六幻をひっ掴んで出ていこうとする。
「……フン、蕎麦が伸びる。俺は行くぞ!」
嵐のように部屋を飛び出していく神田。その後ろ姿を、アレンが「あ、30人前の蕎麦、ボクが手伝いますよ!」と追いかけていく。
消えたタルトの謎は解けたけれど、教団の食堂には、それよりも少しだけ温かい蕎麦の香りが広がり始めていた。
後日、神田とミナミでタルトの弁償をしましたm(_ _)m
終わり
2026/04/01
コムイの部屋に、半ば強制的に集められた面々は、総じてやる気がなかった。
ソファにだらけるラビ。
腕を組んで壁にもたれる神田。
口元にまだ甘味の名残を残したアレン。
そして、状況をいまいち理解していない顔で立っているミナミ。
そんな中、コムイだけが一人、異様な熱量を帯びていた。
「いいかい諸君……これは聖戦だ」
びしり、と指を突きつける。
「リナリーが楽しみにしていた『限定お取り寄せタルト』が忽然と姿を消した!」
重々しい沈黙。
「ボクが直々に朝の10時!冷蔵庫にしまったのだよ。だが先程、14時に開けた時には――消えていた!」
誰も驚かない。
「犯人はこの中にいる!」
なおも誰も動じない。
「白状しなさい!さもなければ……コムリンⅡを起動するよ!」
「それはやめろ」
神田が即答した。
「ジュリーが間違ってランチに出したんじゃね?」
「ケッ。犯人はコイツで決まりだろ」
神田が親指でアレンを指す。
「ええっ!?ちょっと待ってください!」
アレンが慌てて一歩前に出る。
「僕は無罪です!この口のクリームはいちご大福のクリームです!」
その横で、ミナミがふわっと首を傾げた。
「私じゃないよー。だって私、リナリーとそのタルト一緒に食べるって約束してたのに、盗むわけないよ」
その一言に――
神田の視線が、ぴたりと止まる。
「……!」
ほんの一瞬だけ、わずかに驚いたような反応。
けれど、すぐにいつもの無表情へと戻った。
コムイが咳払いを一つ。
「まずはアレンくんから。10時から14時までのアリバイを話したまえ」
「ボクですか?」
アレンは胸に手を当て、堂々と言い切った。
「ボクは10時頃は、外でティムキャンピーと追いかけっこをしていました」
「遊んでるだけじゃないか」
「違います!あれは高度な運動です!」
「どこがだ」
「それから1時間ぐらいしてからかな、厨房の前に仁王立ちしている神田を見ました」
視線が一斉に神田へ向く。
「幻でも見たか」
「違いますよ?」
「はいはい、アレンくん続けて」
「……そのあと12時にランチでずっと食堂にいました。デザートのみたらし団子を食べる前に、いちご大福を食べていたら、コムイさんに呼び出されました」
「食ってばっかじゃねぇか」
「食べれる時に食べる!これ、鉄則です!」
「何のだよ」
アレンはぐっと拳を握った。
「ボクの目はみたらし団子の残数しかカウントできない仕様なんです!信じてください!」
ぐうぅ……と腹が鳴る。
「ボクの胃袋はまだ空っぽで、悲鳴を上げてるんです!」
「ケッ。コイツで決まりじゃねぇか」
「次!ジュニア!」
コムイが指を差し替える。
「オレはミナミと図書室に居たさ。そんでー窓から、中庭でティムと格闘してるアレンを見てたさ」
ラビが肩をすくめる。
「アレン、空腹で幻覚見てるのか、虚空掴もうとしてたよ」
「見えてましたよ!?ちゃんと!」
「で、そのあとミナミが食堂に行くって言ってスキップしていくのを見た。」
「ええ!?」
ミナミがびくっとする。
「鼻歌まじりで、なんだかすごく『甘いもの』を期待してる顔だったさ。記録係の目は誤魔化せないよ?」
「私じゃないよ!?」
「ミナミ!君って!」
「アレンに言われたくないよ?」
「次!ミナミ!」
「えっと……」
ミナミは少しだけ考えてから、ぽつりと話し始めた。
「確かに、ラビの言う通り食堂に行こうとしてました。鼻歌も歌いました」
「認めたな」
「違うよ!だって、リナリーとタルトを食べる約束してたから」
真っ直ぐな理由。
妙に納得感がある。
「でも、その時……食堂の中から声が聞こえて」
「声?」
「アレンくんが『うふふ、白いお粉……』って」
「それはいちご大福です!!」
「でもっ!入る前にコムイさんに捕まって、今こうしてここに居ます。厨房どころか食堂すら入ってません」
「その前は?」
「その前は……ラビと図書室にいました」
ラビが軽く手を上げる。
「それは本当さ」
コムイが最後の一人へ視線を向けた。
「次!神田君!」
「……俺が盗むわけねぇだろ」
その一言で、場の空気が妙に納得に傾く。
「まあな」
「ユウが甘いもん食べるとこ見たことねえしな……」
「むむ、確かに」
コムイが腕を組みつつも頷く。
「だが、一応アリバイを話してくれるかい?」
神田は露骨に顔をしかめた。
「……うぜェ」
一拍。
「昼まで鍛錬で汗流したあと、蕎麦のつゆの出汁の出具合を確認しに厨房へ行っただけだ」
「なんでそんなガチなんだよ」
「ミナミに食わせる約束してたんだよ。そんで、そのあと蕎麦を今の今まで打ってた」
「ずっと厨房にいたなら神田が犯人じゃないですか!」
神田は続ける。
「黙れもやし。俺は冷蔵庫は開けてねえ。怪しむなら調理部の奴らを怪しめ。あいつらひっきりなしに開けてたぞ」
「あ、確かに!ジェリーさん達に聞いた方が早そう」
とミナミ。
そして神田がアリバイ証言を続ける。
「その時、廊下から『ウサギが跳ねるような馬鹿でかい足音』が聞こえたぞ」
ぴたり、と空気が止まる。
神田の視線が、ゆっくりとラビに向く。
「……ウサギ、図書室に居たんじゃねぇのかよ」
「え?」
ラビが一瞬固まる。
全員の視線が、静かにラビに集まった。
「お、俺じゃないさーー!!」
コムイのメガネがキランと光る。
「フムフム……なるほど。一見、全員のアリバイが成立しているように見えるけれど……。
実は、この中に一人だけ『絶対にありえないこと』を言っている人物がいるよ!」
その瞬間、空気がぴたりと止まった。
コムイの視線が、ゆっくりと動く。
――アレン。
一瞬だけ息を呑んだ彼の顔が、ぐっと近づくように映る。
金の瞳が揺れ、何かを考えるように細められた。
「……僕じゃありませんよ」
小さく、しかしはっきりとした声。
視線が流れる。
――ラビ。
ニッと笑っていたはずの口元が、わずかに引きつる。
片目が細められ、探るようにコムイを見る。
「へぇ……俺だと思ってるんだとしたらハズレー」
軽口の裏に、わずかな緊張。
さらにコムイの視線は移る。
――ミナミ。
びくりと肩を揺らし、ぎゅっと手を握る。
困ったように、でもどこか不安げに視線を彷徨わせる。
「わ、私……違いますよ……?」
弱く揺れる声。
そして――
最後に、ゆっくりと止まる。
――神田。
表情は、変わらない。
ただ、わずかに目が細められた。
何も言わない。
だが、その沈黙だけが、やけに重く響く。
コムイが、ビシッと腕を伸ばした。
「犯人は君だよ、神田くん!」
コムイが突きつけた指の先で、神田の眉間がぴくりと跳ねた。
「「「ええーーっ!?」」」
アレンとラビ、そしてミナミの驚愕の声が重なる。当の神田は、低く地を這うような声で返した。
「……あぁん? 斬るぞ、コムイ」
「待ちたまえ! 証拠ならある。神田くん、君は自分のアリバイを『午前中は鍛錬場で汗を流していた』と言ったね? だが、それは物理的に不可能なんだよ」
「……何だと」
「君がさっきまで厨房で打っていた、あの蕎麦の山』が証拠さ!」
コムイが眼鏡をキラーンと光らせ、不敵に笑う。
「君の腕なら、2時間で10人前ほどの蕎麦は余裕で作れるだろう。だが、どうだい? 僕が君を呼びに行った時、それを上回る量が作業台にあったじゃないか!あれは30人前はあったね!」
「……っ」
神田の表情が、わずかに強張る。
「いいかい。30人前の蕎麦を一人で打つには、熟練の君でも最低3時間はかかる。 14時に僕が呼びに行った時にそれだけの量があったということは……君は11時、いや、10時過ぎにはすでに厨房に入って、蕎麦を打ち始めていなければ計算が合わないんだ!」
「…………」
「つまり、11時頃にアレンくんが厨房の前で君を見たのは、幻覚でもなんでもない。君は鍛錬場になんて行かず、ずっと厨房にいたんだよ! 蕎麦を打つ合間に冷蔵庫を開け、そこにリナリーが楽しみにしていたタルトを見つけた。……最近、根詰めていたミナミに食べさせてあげようと、出来心でそれを手に取ったんだろう?」
「……ちっ。それなら、廊下から聞こえた『馬鹿でかい足音』はどう説明するんだ。俺が厨房にいた時、確かにドタドタと聞こえたぞ。あいつ(ラビ)だろ」
神田が苦し紛れに放った言葉を、コムイは待ってましたと言わんばかりに切り捨てた。
「それが君の、第二の致命的なミスだよ! 君が厨房にいた12時過ぎ、アレンくんはすでに食堂の中で『2時間コースのランチ』に没頭していた。よってアレンくんは除外だ!
残るはジュニアとミナミ。だが、彼女は食堂に入る一歩手前のこの14時前後に、僕が直々に捕獲(ハグ)している。 それまではジュニアと図書室にいたと、ふたりが証言しているんだよ!」
コムイの視線が鋭く飛ぶ。
「一方、ジュニアは図書室から一歩も出ていない。そうだね? ミナミちゃん!」
「は、はい、私もラビもずっと本を読んでいました」
ミナミの真っ直ぐな証言に、神田はぐうの音も出ない。
「いいかい? 君が厨房で冷蔵庫を開けたその時間、廊下を走る人間なんてこの教団のどこにも存在しなかったんだよ! 君が聞いたという足音……。それは、誰のものでもない。リナリーのタルトを盗み出し、誰かに見つからないかという焦りから生まれた――君自身の心音だったんじゃないのかい、神田くん!」
沈黙が部屋を支配する。
コムイが最後の一押し、トドメの言葉を放つ。
「そして……君はそのタルトを、ミナミちゃんに食べさせようとして、とんでもないドジを踏んだんだろう?」
「なっ……!?」
神田の顔が、さらに赤くなる。
「タルトを切ろうと冷蔵庫から出したその時。君は足元の濡れた床に滑った……。あるいは、六幻を調理台にぶつけて引っかかったのかな?
その拍子に、君はタルトを箱ごと床にぶちまけてしまったんだ! 汚れたタルト生地、飛び散ったクリーム……。君は、その無惨な光景を見て、証拠隠滅のためにすべてを捨てた! 違うかい!?」
神田はフイッと顔を背けたが、その耳の先まで真っ赤に染まっているのは隠しようがなかった。
「……ああ、そうだ。ミナミが、最近ロクに飯も食わずに根詰めてたからな。甘いもんでも食えば、少しはマシな顔になると思っただけだ。……それがまさか、リナリーと食う約束だったなんて知るかよ!!」
吐き捨てるように叫んだ瞬間、神田の懐からクシャクシャになった銀紙がハラリと床に落ちた。
「ユウ……。私のために?」
ミナミが目を丸くして見つめると、神田は六幻をひっ掴んで出ていこうとする。
「……フン、蕎麦が伸びる。俺は行くぞ!」
嵐のように部屋を飛び出していく神田。その後ろ姿を、アレンが「あ、30人前の蕎麦、ボクが手伝いますよ!」と追いかけていく。
消えたタルトの謎は解けたけれど、教団の食堂には、それよりも少しだけ温かい蕎麦の香りが広がり始めていた。
後日、神田とミナミでタルトの弁償をしましたm(_ _)m
終わり
2026/04/01