ミジンコほどの嘘
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『ミジンコほどの嘘』
夜の教団内にて。
昼間の喧騒が嘘みたいに消えて、廊下には靴音の数が減った。
ついさっきまで、あんなに賑やかだったのに。
「……はぁ……楽しかったな」
思わず、ぽつりとこぼれる。
色とりどりの花。
温室のあたたかい空気。
ラビのうんちくと、アレンくんの穏やかな笑顔。
全部、まだ体に残っているみたいで――
「……いい匂い……」
自分の袖に顔を寄せる。
ほんのり甘い、花の香り。
その時だった。
――ガシッ。
「……っ!」
肩を強く掴まれて、息が止まる。
振り向く間もなく引き寄せられて――
「か、神田さん……!?」
目の前にいたのは、神田さんだった。
その目は、いつもより少しだけ鋭くて。
「……いつまでその花の匂いさせてやがる」
「え……?」
思わず自分の袖を見る。
「あー、これ、植物園で……」
言いかけた言葉を遮るように、神田さんの視線が深くなる。
「……浮かれやがって」
「浮かれてなんか……」
反射的に言い返したけど、声は少しだけ弱かった。
だって、楽しかったのは本当だから。
その表情を見た瞬間、神田さんの眉がわずかに動く。
「…………その顔やめろ」
「え……?」
自分がどんな顔をしているのか分からない。
ただ、胸がざわつく。
何か話を逸らさなきゃ·····そう思って神田さんのご機嫌を取ることにした。
「で、でもっ·····私は神田さんといる方が落ち着くよ?」
「……ふーん?」
「……う、うん……」
頷いた瞬間。
ぐっと距離を詰められる。
背中が、壁に触れた。
「……当たり前だ」
「っ……」
逃げ場がない。
でも――逃げたいわけじゃない。
「……お前の隣に立っていいのは、俺だけだ」
その言葉に、心臓が大きく跳ねる。
「……他のは、全部ノイズだろ」
「そ、そんなこと……」
否定しようとして、言葉が止まる。
ラビも、アレンくんも、大切で。
でも、この距離で見つめられると――
全部、どうでもよくなってしまいそうで。
「……〝 ノイズ〟だろ?」
「……あ……」
思わず声が漏れる。
「……置いてったこと……怒ってる?」
「……あぁ」
短い返事。
それだけで、逃げ道が塞がれる。
「……勝手に出かけやがって」
「……っ……」
何も言えない。
でも、目だけは逸らせない。
「……許さねえ……」
「ごめん……でも……」
「……お前、自分が何したか分かってんのか」
「……わかって、ます……」
小さく答えると、神田さんの指が私の顎に触れた。
逃がさないように、軽く持ち上げる。
「……ほら、言い訳してみろ」
「…………」
そのまま、見つめ合う。
息が重なる距離で。
「……だって、神田さん」
私はほんの少し迷って――
それでも、続けた。
「……神田さん、居なかったから……」
その瞬間。
神田さんの目の奥が、わずかに揺れた。
「……だからって、大人しく待って居られねぇのかよ。ほんと、手ぇかかるな……」
「え……?」
かすかに緩む口元。
でも次の瞬間には、また熱を帯びた目に戻る。
花の香りが、まだ残っている。
でも――
その上から、神田さんの気配が重なってくる。
上書きされるみたいに。
「……その匂い、全部消してやる」
「……っ、ちょ……!」
言い終わる前に、距離がゼロになる――
吸い込まれるような熱い口づけ。
花の香りを塗りつぶすような、神田さんの激しい気配に、頭の中が真っ白になる。
「……ん……っ、神田、さ……」
ようやく唇が離れた時、神田さんの指が私の頬を、壊れ物を扱うような手つきでなぞった。
その指先は、微かに震えているように見えて――
「……チッ、反抗しねぇのかよ」
バツが悪そうに目を逸らしながら、でも、腕の力は緩まない。
神田さんの額が、私の額にこつんと重なる。
「……逃げる必要、ありました?」
上目遣いで神田さんを睨んでみる。
「神田さんからのキスなら、いつでも……ウェルカムなのに」
その言葉の後。
神田さんの動きが、ぴたりと止まった。
「……お前……」
低く漏れた声。
次の瞬間、視界がぐらりと揺れる。
「え、ちょっ……神田さん!?」
抗議する間もなく、軽々と抱き上げられる。
「……自分で火つけといて、逃げられると思うなよ」
「えっ!?ええ!?」
そして神田さんの独り言のような、低くて、でも真っ直ぐな声。
「……花だの何だの、どうでもいいと思ってたが。……お前の隣に俺がいねぇのは、……癪に障る」
「神田さん……?」
「……。……隣にいるのが、当たり前なんだよ。……それを……あいつらに取られたかと思うと、……今でもぶった斬りてぇくらいだ」
神田さんの声色にはもう、そこには迷いなんて欠片もなくて。
不器用さが、剥き出しの独占欲に完全に塗り替えられていた。
「……今夜は、もう逃がさねぇぞ。……朝まで、俺の側から一歩も離れるな」
抱き抱えられたまま、私はぽつりと呟いた。
「……じゃあ、今夜は一緒に寝る?」
言った瞬間、自分で自分の言葉に少しだけ驚く。
(……あれ、私……何言ってるんだろ)
でも、引っ込める気にはならなかった。
神田さんとイチャイチャするのは嫌いじゃない。
神田さんの腕の中は、妙に安心してしまうから。
その瞬間。
腕の力が、わずかに強くなる。
「……〝 じゃあ〟、じゃねぇだろ」
低い声が、すぐ耳元に落ちてくる。
思わず、びくっと肩が揺れた。
「……言われなくても、そのつもりだ」
「え……」
即答だった。
一切の迷いも、戸惑いもない。
むしろ――決めていたみたいに。
(……ほんとに、連れていく気だ……)
足取りが速くなる。
抱えられているから、景色が流れていくのがやけに早く感じる。
「……自分から言ったな」
耳元で囁かれて、体がこわばる。
「……逃げ道、全部潰したって分かってんのか」
「……でも」
気づけば、口が動いていた。
「えっちは嫌。次の日、お腹が痛くなるから」
少しだけ、意地みたいに言い返す。
その瞬間。
腕の力が、さらに強くなる。
「……は?」
一拍。
「……何言ってんだお前」
低く落ちた声。
でも、さっきまでの一方的な熱とは少し違う。
一瞬だけ、“聞き返してる”。
けど――
すぐに、その温度が戻る。
「……だから止める、とでも思ったか」
ぐっと抱き直される。
逃げ場を完全に潰すみたいに。
「……安心しろ。加減くらい分かってる」
耳元に落ちる声は、少しだけ荒くて。
でもどこか、押し殺した優しさが混ざる。
「ウソだ!·····してる時は気持ちいいけど·····ほんと、アレ、次の日痛いんだよぅ·····アソコも痛くなるし·····」
「……っ、バカ!……んなこと、この場でデケェ声で言ってんじゃねぇ……っ!」
怒鳴られた瞬間、びくっと肩が揺れる。
「ご、ごめ……っ」
言い終わる前に、ぐっと引き寄せられて、
そのまま、顔を神田さんの胸元に押し込まれた。
「……。……分かった、分かったから……。……ったく、お前は……」
低くこぼれる声。
でも、その腕は離れない。
むしろ――さっきより強くなっている。
(……怒ってるのに、離してくれない)
そのまま、ほとんど引きずるみたいな勢いで廊下を進む。
景色が流れていく。
速い。
心臓も、同じくらい速い。
――バンッ。
扉が乱暴に開かれて、そのまま中へ。
気づいた時には、ベッドの縁に座らされていた。
「……っ」
そっと、降ろされる。
さっきまでの勢いとは違って、そこだけ妙に丁寧で。
そのギャップに、余計に胸がざわつく。
神田さんが、目の前に立つ。
逃げ場なんて、最初からないような距離で。
「……痛くなる、って言ったな」
低い声。
視線が、逸らせない。
「……う、うん……」
小さく頷くと、神田さんの目が少しだけ細くなる。
「……だったら、加減してやる」
一歩、近づいてくる。
思わず、息を止めた。
「……けどな」
頬に触れる指先が熱い。
「……全部俺に預ける覚悟がねぇなら、最初からあんなこと言うな」
「……っ」
言葉が出ない。
でも、目は逸らせない。
「……中途半端なのが一番タチ悪ぃ」
距離が、さらに縮まる。
額が、触れそうなほど近い。
呼吸が、混ざる。
「嫌じゃない·····わたし····神田さんと····イチャイチャするのは好き···。でも、それはキスしたり·····ハグしたり····手を繋いだり····お喋りしたり···そういうことが好きで·····。そりゃ、もちろん、神田さんに求められるのも好きだけど····」
言いながら、だんだん声が小さくなる。
「次の日の·····ダルさが·····ほんとに·····いや···」
神田さんから、そっと目を逸らす。
神田さんは大きな溜息をつくと、私の顎をそっと指先で掬い上げた。
さっきまでの強引さが嘘みたいに、触れるだけの優しい手つき。
そのまま、私の唇を親指の腹でゆっくりとなぞる。
「……分かった。……お前が嫌がるようなことは、……しねぇよ」
その声が、あまりにも低くて、甘くて。
ぎゅっと胸が締め付けられる。
「……〝 イチャイチャすんのは好き〟だと言ったな。……だったら、お前の気が済むまで……。……こうして、側にいてやる」
神田さんの腕が、今度は私を壊れ物を扱うみたいに、ゆっくりと立たせて引き寄せた。
さっきまでの嵐のような激しさはどこへ行ったんだろう。
今の神田さんの胸の中は、驚くほど静かで、安心できる温もりに満ちている。
「……。……。……キスして、ハグして……。……お喋りだの、何だの。……お前が言う好きなこと、……全部付き合ってやる」
私の髪に、神田さんの頬がそっと重なる。
花の香りを消し去るためじゃなく、ただ、自分の存在を私の中に染み込ませるみたいに。
「……その代わり。……今夜は、一歩も離さねぇぞ」
少しだけ、照れ隠しのようなぶっきらぼうな声。
でも、私を抱きしめる腕には、絶対に逃がさないという強い執着がこもっていた。
「……朝まで、俺の腕の中で……大人しく、捕まってろ」
「……うん」
私は神田さんの胸に顔を埋めて、小さく頷いた。
……聞こえてくる。
神田さんの心臓の音が、いつもより少しだけ早くて、力強い。
「……神田さん、心臓、うるさいよ?」
からかうように言ってみると、抱きしめる腕がびくん、と跳ねた。
「……っ、うるせぇ!……黙ってろ!」
真っ赤になって怒る神田さんの腕の中で、私は確信した。
……神田さん、これ、朝まで一睡もできないんじゃ·····。
でも、そんな神田さんの我慢が、私への何よりの愛情表現に思えて。
私はわざと神田さんの胸にぐりぐりと頭を押し付けて、その広い胸の中で、ゆっくりと微笑んだ。
そして、ぎゅっと、神田さんの広い背中に腕を回して抱きしめ返した。
トクン、トクン、と耳元で響く心臓の音が心地よくて、つい甘えたくなってしまう。
けれど、私の頭上から、低くて少し不満げな声が降ってきた。
「………上手いこと言いくるめられた気がする」
「ん……?」
どういうこと?と思って、もぞもぞと腕の中で動いて神田さんを見上げる。
すると、神田さんは眉間に皺を寄せたまま、私をじろりと睨み下ろしていた。
「元々、お前への躾だったんだがな……。……なぜ、俺が躾られてんだ?」
「……っ」
その言葉の裏にある我慢の熱量に気づいて、私は心臓が跳ねた。
やばい、これ以上目を合わせたら、さっきの約束(嫌がることはしない)が溶けて消えてしまう。
私は慌てて見上げるのをやめて、逃げ込むように神田さんの胸に顔を隠した。
「……なぜ俺が我慢しなきゃなんねぇんだ? おかしな話だよな。おい」
「……っ……」
頭上で、神田さんの低い声が鼓膜を震わせる。
……どうしよう。何されるんだろう。
ドキドキして、神田さんのシャツをぎゅっと握りしめることしかできない私に、彼は追い打ちをかけるように言い放った。
「お前がハグするのが好きなように、俺はお前とセックスするのが好きだぞ」
「……っ!! せ、せっくす……って言わないでぇ……!」
あまりにも直球すぎる単語に、頭から火が出そうになる。
恥ずかしくて死にそうな私を余計に追い詰めるように、神田さんは淡々と、でも確かな熱を持って続けた。
「何言ってんだ。セックスはセックスだろ。スケベなこともエロい事も、全部それじゃねぇか」
「……うぅ……っ」
恥ずかしさで顔が上げられない私を、神田さんの強い手が捉えた。
両肩をがっしりと掴まれて、強制的に抱擁を解かれる。
逃げ場を失った私の視線が、無理やり彼の方へと引き戻された。
そこには、射抜くような、鋭くて熱い眼差し。
「俺は、お前とセックスがしてぇ」
「…………っ!!」
目をまん丸にして、顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
心臓がうるさすぎて、何も考えられない。
……神田さん、さっき「嫌がることはしねぇ」って言ったのに。
その目は全然、諦めてなんていなかった――。
「……今夜は、逃がさねぇ」
その言葉に胸の奥が、きゅっと締まる。
怖い、はずなのに。
逃げたいはずなのに。
(……どうして)
私は、小さく息を吸って。
ほんの少しだけ、前に身体を寄せた。
「……挿れるの、無しなら……」
消え入りそうな声で、精一杯の条件を提示してみる。
けれど、神田さんは心底呆れたように、鼻で笑った。
「挿れねぇで、どうセックスするんだ……」
「……自家発電、するとか?」
「……舐めてんのか、お前」
神田さんの声が一段と低くなる。
冷たい拒絶。……そう思った次の瞬間、神田さんの目が、何かを閃いたように怪しく光った。
「ああ。……お前の『口』にやらせる手があったな」
「え……っ」
熱を帯びた親指が、私の唇をゆっくりとなぞる。
その感触だけで、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「わ、わたし……下手だから、無理だよ……っ!」
「いいぜ。……お前の喉奥に、出してやるよ」
「ちょっと、話聞いてる!? 神田さん!」
必死の抗議も、今の彼には届かない。
神田さんは不機嫌そうに腕を組むと、上から私を見下ろした。
「お前、我儘も大概にしろよ」
「我儘……って……ただの意見だよ……」
「二択だ」
言い訳を遮るように、逃げ場を断つ宣告が下る。
神田さんの瞳は、もう完全に狩人のものだった。
「上の口を使うか、下の口を使うか。……選べ」
「…………っ!!」
心臓が、耳元でうるさく脈打つ。
どちらを選んでも、待っているのは神田さんの熱に塗り潰される夜。
……神田さん、さっきの優しさはどこへ行ったの?
真っ赤になって震える私を、彼は一歩も引かずに見つめ続けていた――。
「わ、わかった…」
自分でも驚くくらい、ちゃんとした声だった。
「……普通にえっちする」
その瞬間、私を射抜いていた神田さんの目が、少しだけ丸くなった。
もっと嫌がって、泣きながら逃げ出すとでも思っていたんだろうか。
意外そうに瞬きをする彼を見て、私は顔が熱くなるのを通り越して、耳まで真っ赤になるのを感じた。
「……でもっ!」
追い討ちをかけるように、私は神田さんのシャツの胸元をぎゅっと掴んで、精一杯の条件を絞り出す。
「あまり、奥をグリグリしないで……、激しくしないで……。ゆっくり……して……」
最後の方は、自分でも何を言っているのか分からなくなるくらい小さな声だった。
恥ずかしすぎて、消えてしまいたい。
でも、伝えないと明日が本当に大変なことになってしまうから。
「………分かった。…だがよ」
縋り付くように見上げると、神田さんの瞳は、さっきまでの冷徹な二択を迫っていた時とは違う、もっと深い、どろりとした熱を帯びていて――。
「それ、俺だけのせいか?」
一呼吸置いて、降ってきたのは低く掠れた声。
「お前が“ もっと”とせがむからだろ?」
神田さんの大きな手が、私の後頭部を優しく、でも力強く引き寄せる。
「…しょうがないよ…。神田さんの事、大好きだから」
「………そうやって、素直に強請ってりゃいいのによ」
呆れたような、でもどこか嬉しさを隠しきれない吐息が混じる。
「神田さん、今、私のこと、可愛いとか思いました?」
……つい、勢いで口に出してしまった。
自分でも驚くほど、心臓の音がうるさい。
神田さんのシャツを掴む指先に、じわりと汗がにじむ。
期待と、少しのいたずら心。
見上げた先で、神田さんの動きがぴたりと止まった。
「……あ? 何言ってんだ?」
一瞬の沈黙。
神田さんはバツが悪そうに視線を泳がせると、低く、突き放すような声で言い放った。
「……ああ、どうだろうな。ミジンコぐらいは思ったかもな」
「ミジンコ……?」
思わず拍子抜けして、瞬きを繰り返す。
それって、目に見えないくらい小さいってことだよね?
でも――。
(……耳、赤い……)
神田さんの綺麗な黒髪の間から覗く耳の先が、隠しきれない熱を帯びて真っ赤になっている。
ミジンコなんて言いつつ、私を抱きしめる腕の力は、さっきよりもずっと、壊れ物を大切に抱えるみたいに強くなっていて。
なんだか、それがおかしくて、愛おしくて。
私はもっと神田さんに甘えたくなって、胸に顔を埋めたまま、心の中にあった本当の気持ちを全部伝えてみた。
「私は神田さんのこと、かっこいいと思ってるよ。……すごく、好き」
「……っ!!」
大きな体が、びくんと跳ねる。
さっきまで私を論破しようとしていた低い声が、今度は完全に喉の奥で詰まったのがわかった。
畳みかけるように、私は彼の服の裾をぎゅっと握りしめて、上目遣いに彼を見つめる。
「……神田さんも今度、植物園に行こうね?」
「…………っ……、お前……っ」
神田さんの顔が、一瞬で耳まで真っ赤に染まった。
心臓の音が、さっきの数倍の速さで私の耳に響いてくる。
ドクン、ドクン、と、まるで私の告白に、彼が全身で答えを返しているみたいに。
「……あぁ、分かった……。……行く。行くから……っ」
振り絞るような、掠れた声。
神田さんは逃げるように私の首筋に顔を埋めると、そのまま深く、深く溜息をついた。
「絶対だからね?」
……あんなに花の香りを嫌がっていたのに。
今はその香りの元を、誰にも渡さないと誓うみたいに、強く、強く抱きしめてくる。
「………ったく、お前は……」
そのまま、降ってきたのは、さっきよりもずっと優しくて、深い口づけ。
「……ミジンコから蟻ぐれぇにはしてやるよ」
口付けの後に耳元で囁かれた熱い吐息。
神田さんのミジンコという言葉に隠された、宇宙よりも広い独占欲に包まれて、私の理性も、花の香りも、全部――神田さんの熱に溶けて消えていった。
𝑶𝑾𝑨𝑹𝑰____2026/03/20
夜の教団内にて。
昼間の喧騒が嘘みたいに消えて、廊下には靴音の数が減った。
ついさっきまで、あんなに賑やかだったのに。
「……はぁ……楽しかったな」
思わず、ぽつりとこぼれる。
色とりどりの花。
温室のあたたかい空気。
ラビのうんちくと、アレンくんの穏やかな笑顔。
全部、まだ体に残っているみたいで――
「……いい匂い……」
自分の袖に顔を寄せる。
ほんのり甘い、花の香り。
その時だった。
――ガシッ。
「……っ!」
肩を強く掴まれて、息が止まる。
振り向く間もなく引き寄せられて――
「か、神田さん……!?」
目の前にいたのは、神田さんだった。
その目は、いつもより少しだけ鋭くて。
「……いつまでその花の匂いさせてやがる」
「え……?」
思わず自分の袖を見る。
「あー、これ、植物園で……」
言いかけた言葉を遮るように、神田さんの視線が深くなる。
「……浮かれやがって」
「浮かれてなんか……」
反射的に言い返したけど、声は少しだけ弱かった。
だって、楽しかったのは本当だから。
その表情を見た瞬間、神田さんの眉がわずかに動く。
「…………その顔やめろ」
「え……?」
自分がどんな顔をしているのか分からない。
ただ、胸がざわつく。
何か話を逸らさなきゃ·····そう思って神田さんのご機嫌を取ることにした。
「で、でもっ·····私は神田さんといる方が落ち着くよ?」
「……ふーん?」
「……う、うん……」
頷いた瞬間。
ぐっと距離を詰められる。
背中が、壁に触れた。
「……当たり前だ」
「っ……」
逃げ場がない。
でも――逃げたいわけじゃない。
「……お前の隣に立っていいのは、俺だけだ」
その言葉に、心臓が大きく跳ねる。
「……他のは、全部ノイズだろ」
「そ、そんなこと……」
否定しようとして、言葉が止まる。
ラビも、アレンくんも、大切で。
でも、この距離で見つめられると――
全部、どうでもよくなってしまいそうで。
「……〝 ノイズ〟だろ?」
「……あ……」
思わず声が漏れる。
「……置いてったこと……怒ってる?」
「……あぁ」
短い返事。
それだけで、逃げ道が塞がれる。
「……勝手に出かけやがって」
「……っ……」
何も言えない。
でも、目だけは逸らせない。
「……許さねえ……」
「ごめん……でも……」
「……お前、自分が何したか分かってんのか」
「……わかって、ます……」
小さく答えると、神田さんの指が私の顎に触れた。
逃がさないように、軽く持ち上げる。
「……ほら、言い訳してみろ」
「…………」
そのまま、見つめ合う。
息が重なる距離で。
「……だって、神田さん」
私はほんの少し迷って――
それでも、続けた。
「……神田さん、居なかったから……」
その瞬間。
神田さんの目の奥が、わずかに揺れた。
「……だからって、大人しく待って居られねぇのかよ。ほんと、手ぇかかるな……」
「え……?」
かすかに緩む口元。
でも次の瞬間には、また熱を帯びた目に戻る。
花の香りが、まだ残っている。
でも――
その上から、神田さんの気配が重なってくる。
上書きされるみたいに。
「……その匂い、全部消してやる」
「……っ、ちょ……!」
言い終わる前に、距離がゼロになる――
吸い込まれるような熱い口づけ。
花の香りを塗りつぶすような、神田さんの激しい気配に、頭の中が真っ白になる。
「……ん……っ、神田、さ……」
ようやく唇が離れた時、神田さんの指が私の頬を、壊れ物を扱うような手つきでなぞった。
その指先は、微かに震えているように見えて――
「……チッ、反抗しねぇのかよ」
バツが悪そうに目を逸らしながら、でも、腕の力は緩まない。
神田さんの額が、私の額にこつんと重なる。
「……逃げる必要、ありました?」
上目遣いで神田さんを睨んでみる。
「神田さんからのキスなら、いつでも……ウェルカムなのに」
その言葉の後。
神田さんの動きが、ぴたりと止まった。
「……お前……」
低く漏れた声。
次の瞬間、視界がぐらりと揺れる。
「え、ちょっ……神田さん!?」
抗議する間もなく、軽々と抱き上げられる。
「……自分で火つけといて、逃げられると思うなよ」
「えっ!?ええ!?」
そして神田さんの独り言のような、低くて、でも真っ直ぐな声。
「……花だの何だの、どうでもいいと思ってたが。……お前の隣に俺がいねぇのは、……癪に障る」
「神田さん……?」
「……。……隣にいるのが、当たり前なんだよ。……それを……あいつらに取られたかと思うと、……今でもぶった斬りてぇくらいだ」
神田さんの声色にはもう、そこには迷いなんて欠片もなくて。
不器用さが、剥き出しの独占欲に完全に塗り替えられていた。
「……今夜は、もう逃がさねぇぞ。……朝まで、俺の側から一歩も離れるな」
抱き抱えられたまま、私はぽつりと呟いた。
「……じゃあ、今夜は一緒に寝る?」
言った瞬間、自分で自分の言葉に少しだけ驚く。
(……あれ、私……何言ってるんだろ)
でも、引っ込める気にはならなかった。
神田さんとイチャイチャするのは嫌いじゃない。
神田さんの腕の中は、妙に安心してしまうから。
その瞬間。
腕の力が、わずかに強くなる。
「……〝 じゃあ〟、じゃねぇだろ」
低い声が、すぐ耳元に落ちてくる。
思わず、びくっと肩が揺れた。
「……言われなくても、そのつもりだ」
「え……」
即答だった。
一切の迷いも、戸惑いもない。
むしろ――決めていたみたいに。
(……ほんとに、連れていく気だ……)
足取りが速くなる。
抱えられているから、景色が流れていくのがやけに早く感じる。
「……自分から言ったな」
耳元で囁かれて、体がこわばる。
「……逃げ道、全部潰したって分かってんのか」
「……でも」
気づけば、口が動いていた。
「えっちは嫌。次の日、お腹が痛くなるから」
少しだけ、意地みたいに言い返す。
その瞬間。
腕の力が、さらに強くなる。
「……は?」
一拍。
「……何言ってんだお前」
低く落ちた声。
でも、さっきまでの一方的な熱とは少し違う。
一瞬だけ、“聞き返してる”。
けど――
すぐに、その温度が戻る。
「……だから止める、とでも思ったか」
ぐっと抱き直される。
逃げ場を完全に潰すみたいに。
「……安心しろ。加減くらい分かってる」
耳元に落ちる声は、少しだけ荒くて。
でもどこか、押し殺した優しさが混ざる。
「ウソだ!·····してる時は気持ちいいけど·····ほんと、アレ、次の日痛いんだよぅ·····アソコも痛くなるし·····」
「……っ、バカ!……んなこと、この場でデケェ声で言ってんじゃねぇ……っ!」
怒鳴られた瞬間、びくっと肩が揺れる。
「ご、ごめ……っ」
言い終わる前に、ぐっと引き寄せられて、
そのまま、顔を神田さんの胸元に押し込まれた。
「……。……分かった、分かったから……。……ったく、お前は……」
低くこぼれる声。
でも、その腕は離れない。
むしろ――さっきより強くなっている。
(……怒ってるのに、離してくれない)
そのまま、ほとんど引きずるみたいな勢いで廊下を進む。
景色が流れていく。
速い。
心臓も、同じくらい速い。
――バンッ。
扉が乱暴に開かれて、そのまま中へ。
気づいた時には、ベッドの縁に座らされていた。
「……っ」
そっと、降ろされる。
さっきまでの勢いとは違って、そこだけ妙に丁寧で。
そのギャップに、余計に胸がざわつく。
神田さんが、目の前に立つ。
逃げ場なんて、最初からないような距離で。
「……痛くなる、って言ったな」
低い声。
視線が、逸らせない。
「……う、うん……」
小さく頷くと、神田さんの目が少しだけ細くなる。
「……だったら、加減してやる」
一歩、近づいてくる。
思わず、息を止めた。
「……けどな」
頬に触れる指先が熱い。
「……全部俺に預ける覚悟がねぇなら、最初からあんなこと言うな」
「……っ」
言葉が出ない。
でも、目は逸らせない。
「……中途半端なのが一番タチ悪ぃ」
距離が、さらに縮まる。
額が、触れそうなほど近い。
呼吸が、混ざる。
「嫌じゃない·····わたし····神田さんと····イチャイチャするのは好き···。でも、それはキスしたり·····ハグしたり····手を繋いだり····お喋りしたり···そういうことが好きで·····。そりゃ、もちろん、神田さんに求められるのも好きだけど····」
言いながら、だんだん声が小さくなる。
「次の日の·····ダルさが·····ほんとに·····いや···」
神田さんから、そっと目を逸らす。
神田さんは大きな溜息をつくと、私の顎をそっと指先で掬い上げた。
さっきまでの強引さが嘘みたいに、触れるだけの優しい手つき。
そのまま、私の唇を親指の腹でゆっくりとなぞる。
「……分かった。……お前が嫌がるようなことは、……しねぇよ」
その声が、あまりにも低くて、甘くて。
ぎゅっと胸が締め付けられる。
「……〝 イチャイチャすんのは好き〟だと言ったな。……だったら、お前の気が済むまで……。……こうして、側にいてやる」
神田さんの腕が、今度は私を壊れ物を扱うみたいに、ゆっくりと立たせて引き寄せた。
さっきまでの嵐のような激しさはどこへ行ったんだろう。
今の神田さんの胸の中は、驚くほど静かで、安心できる温もりに満ちている。
「……。……。……キスして、ハグして……。……お喋りだの、何だの。……お前が言う好きなこと、……全部付き合ってやる」
私の髪に、神田さんの頬がそっと重なる。
花の香りを消し去るためじゃなく、ただ、自分の存在を私の中に染み込ませるみたいに。
「……その代わり。……今夜は、一歩も離さねぇぞ」
少しだけ、照れ隠しのようなぶっきらぼうな声。
でも、私を抱きしめる腕には、絶対に逃がさないという強い執着がこもっていた。
「……朝まで、俺の腕の中で……大人しく、捕まってろ」
「……うん」
私は神田さんの胸に顔を埋めて、小さく頷いた。
……聞こえてくる。
神田さんの心臓の音が、いつもより少しだけ早くて、力強い。
「……神田さん、心臓、うるさいよ?」
からかうように言ってみると、抱きしめる腕がびくん、と跳ねた。
「……っ、うるせぇ!……黙ってろ!」
真っ赤になって怒る神田さんの腕の中で、私は確信した。
……神田さん、これ、朝まで一睡もできないんじゃ·····。
でも、そんな神田さんの我慢が、私への何よりの愛情表現に思えて。
私はわざと神田さんの胸にぐりぐりと頭を押し付けて、その広い胸の中で、ゆっくりと微笑んだ。
そして、ぎゅっと、神田さんの広い背中に腕を回して抱きしめ返した。
トクン、トクン、と耳元で響く心臓の音が心地よくて、つい甘えたくなってしまう。
けれど、私の頭上から、低くて少し不満げな声が降ってきた。
「………上手いこと言いくるめられた気がする」
「ん……?」
どういうこと?と思って、もぞもぞと腕の中で動いて神田さんを見上げる。
すると、神田さんは眉間に皺を寄せたまま、私をじろりと睨み下ろしていた。
「元々、お前への躾だったんだがな……。……なぜ、俺が躾られてんだ?」
「……っ」
その言葉の裏にある我慢の熱量に気づいて、私は心臓が跳ねた。
やばい、これ以上目を合わせたら、さっきの約束(嫌がることはしない)が溶けて消えてしまう。
私は慌てて見上げるのをやめて、逃げ込むように神田さんの胸に顔を隠した。
「……なぜ俺が我慢しなきゃなんねぇんだ? おかしな話だよな。おい」
「……っ……」
頭上で、神田さんの低い声が鼓膜を震わせる。
……どうしよう。何されるんだろう。
ドキドキして、神田さんのシャツをぎゅっと握りしめることしかできない私に、彼は追い打ちをかけるように言い放った。
「お前がハグするのが好きなように、俺はお前とセックスするのが好きだぞ」
「……っ!! せ、せっくす……って言わないでぇ……!」
あまりにも直球すぎる単語に、頭から火が出そうになる。
恥ずかしくて死にそうな私を余計に追い詰めるように、神田さんは淡々と、でも確かな熱を持って続けた。
「何言ってんだ。セックスはセックスだろ。スケベなこともエロい事も、全部それじゃねぇか」
「……うぅ……っ」
恥ずかしさで顔が上げられない私を、神田さんの強い手が捉えた。
両肩をがっしりと掴まれて、強制的に抱擁を解かれる。
逃げ場を失った私の視線が、無理やり彼の方へと引き戻された。
そこには、射抜くような、鋭くて熱い眼差し。
「俺は、お前とセックスがしてぇ」
「…………っ!!」
目をまん丸にして、顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
心臓がうるさすぎて、何も考えられない。
……神田さん、さっき「嫌がることはしねぇ」って言ったのに。
その目は全然、諦めてなんていなかった――。
「……今夜は、逃がさねぇ」
その言葉に胸の奥が、きゅっと締まる。
怖い、はずなのに。
逃げたいはずなのに。
(……どうして)
私は、小さく息を吸って。
ほんの少しだけ、前に身体を寄せた。
「……挿れるの、無しなら……」
消え入りそうな声で、精一杯の条件を提示してみる。
けれど、神田さんは心底呆れたように、鼻で笑った。
「挿れねぇで、どうセックスするんだ……」
「……自家発電、するとか?」
「……舐めてんのか、お前」
神田さんの声が一段と低くなる。
冷たい拒絶。……そう思った次の瞬間、神田さんの目が、何かを閃いたように怪しく光った。
「ああ。……お前の『口』にやらせる手があったな」
「え……っ」
熱を帯びた親指が、私の唇をゆっくりとなぞる。
その感触だけで、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「わ、わたし……下手だから、無理だよ……っ!」
「いいぜ。……お前の喉奥に、出してやるよ」
「ちょっと、話聞いてる!? 神田さん!」
必死の抗議も、今の彼には届かない。
神田さんは不機嫌そうに腕を組むと、上から私を見下ろした。
「お前、我儘も大概にしろよ」
「我儘……って……ただの意見だよ……」
「二択だ」
言い訳を遮るように、逃げ場を断つ宣告が下る。
神田さんの瞳は、もう完全に狩人のものだった。
「上の口を使うか、下の口を使うか。……選べ」
「…………っ!!」
心臓が、耳元でうるさく脈打つ。
どちらを選んでも、待っているのは神田さんの熱に塗り潰される夜。
……神田さん、さっきの優しさはどこへ行ったの?
真っ赤になって震える私を、彼は一歩も引かずに見つめ続けていた――。
「わ、わかった…」
自分でも驚くくらい、ちゃんとした声だった。
「……普通にえっちする」
その瞬間、私を射抜いていた神田さんの目が、少しだけ丸くなった。
もっと嫌がって、泣きながら逃げ出すとでも思っていたんだろうか。
意外そうに瞬きをする彼を見て、私は顔が熱くなるのを通り越して、耳まで真っ赤になるのを感じた。
「……でもっ!」
追い討ちをかけるように、私は神田さんのシャツの胸元をぎゅっと掴んで、精一杯の条件を絞り出す。
「あまり、奥をグリグリしないで……、激しくしないで……。ゆっくり……して……」
最後の方は、自分でも何を言っているのか分からなくなるくらい小さな声だった。
恥ずかしすぎて、消えてしまいたい。
でも、伝えないと明日が本当に大変なことになってしまうから。
「………分かった。…だがよ」
縋り付くように見上げると、神田さんの瞳は、さっきまでの冷徹な二択を迫っていた時とは違う、もっと深い、どろりとした熱を帯びていて――。
「それ、俺だけのせいか?」
一呼吸置いて、降ってきたのは低く掠れた声。
「お前が“ もっと”とせがむからだろ?」
神田さんの大きな手が、私の後頭部を優しく、でも力強く引き寄せる。
「…しょうがないよ…。神田さんの事、大好きだから」
「………そうやって、素直に強請ってりゃいいのによ」
呆れたような、でもどこか嬉しさを隠しきれない吐息が混じる。
「神田さん、今、私のこと、可愛いとか思いました?」
……つい、勢いで口に出してしまった。
自分でも驚くほど、心臓の音がうるさい。
神田さんのシャツを掴む指先に、じわりと汗がにじむ。
期待と、少しのいたずら心。
見上げた先で、神田さんの動きがぴたりと止まった。
「……あ? 何言ってんだ?」
一瞬の沈黙。
神田さんはバツが悪そうに視線を泳がせると、低く、突き放すような声で言い放った。
「……ああ、どうだろうな。ミジンコぐらいは思ったかもな」
「ミジンコ……?」
思わず拍子抜けして、瞬きを繰り返す。
それって、目に見えないくらい小さいってことだよね?
でも――。
(……耳、赤い……)
神田さんの綺麗な黒髪の間から覗く耳の先が、隠しきれない熱を帯びて真っ赤になっている。
ミジンコなんて言いつつ、私を抱きしめる腕の力は、さっきよりもずっと、壊れ物を大切に抱えるみたいに強くなっていて。
なんだか、それがおかしくて、愛おしくて。
私はもっと神田さんに甘えたくなって、胸に顔を埋めたまま、心の中にあった本当の気持ちを全部伝えてみた。
「私は神田さんのこと、かっこいいと思ってるよ。……すごく、好き」
「……っ!!」
大きな体が、びくんと跳ねる。
さっきまで私を論破しようとしていた低い声が、今度は完全に喉の奥で詰まったのがわかった。
畳みかけるように、私は彼の服の裾をぎゅっと握りしめて、上目遣いに彼を見つめる。
「……神田さんも今度、植物園に行こうね?」
「…………っ……、お前……っ」
神田さんの顔が、一瞬で耳まで真っ赤に染まった。
心臓の音が、さっきの数倍の速さで私の耳に響いてくる。
ドクン、ドクン、と、まるで私の告白に、彼が全身で答えを返しているみたいに。
「……あぁ、分かった……。……行く。行くから……っ」
振り絞るような、掠れた声。
神田さんは逃げるように私の首筋に顔を埋めると、そのまま深く、深く溜息をついた。
「絶対だからね?」
……あんなに花の香りを嫌がっていたのに。
今はその香りの元を、誰にも渡さないと誓うみたいに、強く、強く抱きしめてくる。
「………ったく、お前は……」
そのまま、降ってきたのは、さっきよりもずっと優しくて、深い口づけ。
「……ミジンコから蟻ぐれぇにはしてやるよ」
口付けの後に耳元で囁かれた熱い吐息。
神田さんのミジンコという言葉に隠された、宇宙よりも広い独占欲に包まれて、私の理性も、花の香りも、全部――神田さんの熱に溶けて消えていった。
𝑶𝑾𝑨𝑹𝑰____2026/03/20