ジョジョ短編
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目の前の椅子に腰かける男に、静かにグラスを差し出す。男が注文したブランデー。すでに氷は半分以上溶けている。グラスの周りに付着した水滴がひとつ、彼の服に落ちて消えた。
男は決して、知人ではない。私たちが出会ったのはつい数分前、この場所でのことだった。
「オイオイ、ずいぶんと気が利かねえ店だな、マスター」
「と言うと?」
「いい女の隣には、いい男を置いとくモンだろ?」
男の来店とほぼ同時に始まった軽い調子の会話。どこか挑発的な視線は、バーのマスターを流れて私のほうへと向けられた。
(つまらないナンパ)
お国柄か、この国に来てから何度も男に声をかけられた。時には情熱的に、時にはスキンシップも交えて。ネイティブにしか理解できないであろう詩的な言い回しで誘い文句を並べる様にはいっそ感動すら覚えたが、こうも繰り返し口説かれれば嫌でも慣れるし、飽きる。確かに彼はこの旅一番の色男のような気もしたが、そもそも私の目的は男性との出会いではない。
「あいにく、そこはあなたの席じゃないの」
つい浮かべてしまいそうになった愛想笑いを引っ込めて、感情を潜めた声音を投げた。やわらかな光をともした金髪から視線を外し、名前も忘れたカクテルの、濁ったオレンジ色を見下ろす。曖昧な返答と表情はこの国では美徳にならないのだと、私はすでに学んでいた。
「手厳しいな。それじゃ、あんたを待たせてる罪づくりな野郎はどこに?」
「教えたら連れてきてくれるの?」
「そうだな、まずは聞いてみないことには始まらねえ。旅行中の女に嘘をつくなんて、人でなしのすることだ」
「……旅行?」
「違ったか?」
「……いいえ、合っているけれど……どうして?」
大きなトランクを連れているわけでもなければ友人とはしゃいでいたわけでもない。来店からずっと女一人、地元の人間しか訪れないであろうバーの片隅でグラスを黙々と干していた。旅行客には到底見えない自覚がある。それをピタリと言い当てられたことに驚きを隠せずにいると、男は右の口角を持ち上げて肩をすくめた。
「あんたの気を引きたくて……カマをかけた」
「……は?」
「やっと視線を捕まえられた」
「!」
「あんた、昨日からそこにいるだろ」
「え……」
「一晩どころか二晩もあんたを放っておくような男に、この席はもったいねえ。……座っても?」
私が座る椅子の背に、男の右手が置かれた。左手はテーブルの端へと伸び、気が付けば至近距離に丹精な顔が迫る。
真剣ながら、やはり挑発的な瞳。試されている。一夜限りの遊びに興じることができる女なのか。明日の朝には茶番と呼ぶしかないこの駆け引きを楽しめる女なのか。値踏みをされている。
ぴったり10秒。天井から吊るされたアンティーク調のランプが映り込む瞳と見つめあう。男と遊ぶために飛行機に飛び乗ったわけではない。けれど15cm先の瞳が、私を誘う。
「……二晩じゃないわ」
「ん?」
「10年よ。しかも逆。放っておいたのは私の方」
「……なるほど?」
「……ナンパはお断りだけど、情報提供なら大歓迎。どうぞ、座ってちょうだい。その席に見合うだけのヘビーな情報を持ってこられる自信があるならね」
意外そうにまたたいた瞳を、じっと見つめる。先刻の男のように、真剣に。けれど挑発的に見えるように。彼が私の探し人の情報など持っているわけがなかったが、それでも。一縷の望みをかけて、口角を上げてみせる。
今度は何秒、そうしていただろうか。先に表情を崩したのは男の方だった。
「思った以上の難題だな」
「怖じ気づいた?」
「女のおねだりを喜びこそすれ、ビビるような男は、イタリアにはいねえな」
「……」
「自分以外の野郎の話題ってのは気に食わねえが……あんたとの会話が少しでも長く続くなら悪くねえ」
男は迷いなく、空席に腰を下ろした。
「日は沈んだばかりだ。夜は長い。急ぐこともねえだろう」
言いながら差し出されたものを認識し、思わず眉根が寄る。ほの暗いバーの間接照明を受けて鈍く光る、くすんだ黄金色。日本ではあまりお目にかかる機会のないタイプの、古ぼけた鍵だ。どこの鍵かなんて、野暮な問いかけはしなかった。それを受け取ることの意味が分からないほど、子どもではない。
「一晩だけの宿とはいえ、自分のベッドにはとびきりいい女しか乗せねえ主義だ。だが、期待は裏切らねえ」
「……」
「怖じ気づいたか?」
数秒、迷う。彼は決して、この旅の目的ではない。見知らぬ男と一夜限りの関係を求めるほど、ロマンチストでも冒険家でもない。この誘いを断るのは簡単で、きっと彼は深追いをしては来ないだろうとも感じる。
けれど少し、ほんの少しだけ、惜しいと思った。
あと少しだけ、彼と言葉を交わしてみたい。
木製のテーブルの上で、使い込まれた金色が怪しく光った。琥珀色のブランデーが、男の手の中でくるりと回る。この一杯がタイムリミットなのだろう。促すような視線が頬に刺さる。オレンジがかった照明が作る男の影が、ゆらり、奇妙に揺らめいた。
「……ひとつ、聞きたいのだけれど」
「ん?」
「あなた、お名前は?」
「その質問は、ベッドまでとっておいた方が良い」
「そう、じゃあ、ご案内いただこうかしら」
ゆっくりと、鍵へと手を伸ばす。ほかの客が交わす会話が少し遠のく。しっとりと流れるジャズバラードは変わらず耳を楽しませていたが、男の目が細められるのに従って、やがてそれすら、聞こえなくなった。
これは賭けだ。もう降りることはできない。勝つか負けるか、ただそれだけ。私にとっての報酬は、きっと悪いものではない。彼にとっては、どうなのだろう。実際のところ、彼が私に求めるものはアバンチュールではないのだということは、とうに理解している。
では、彼にとっての報酬は。
そっと、指先でなでるように鍵を手に取る。
どこからか、つんざくような悲鳴が聞こえた。
「!」
「動かないで」
音もなく立ち上がろうとした男の首筋に、先ほどまで生ハムをつついていたフォークを突き付ける。悲鳴の持ち主はきっと、彼の仲間だ。口元だけの笑みはどこへやら、射貫くような獰猛な視線に怯まぬよう、ぐっと口角を持ち上げる。にわかにざわつき始めたバーのなかで、私と男の間には重苦しい静寂が落ちていた。
「……カタギにしては、いい女すぎると思ったぜ。うちのマンモーニに何してくれたんだ?」
「こっちのセリフ。お宅のお坊ちゃんは、いったい私に何をしてくれたの?」
「一人酒に酔うバンビーナを釣り上げるために、釣り針を垂らした。それだけだ」
「なら、あなたが“それ”でリールを回すの?」
「……」
男の後ろにうごめく、触手にも似た何か。私にはそれが見えている。はっきりと。悲鳴を合図に現れた、彼の分身。あるいは彼自身。私たちはあれを、スタンドと呼んでいる。
「……これは良心からの忠告だけれど、私に攻撃しようだなんて考えない方が良い。私に向けたのと同じ分だけの悪意が、あなたに跳ね返ることになる」
「……そりゃあいい。隙のねえ女を口説き落とすなんて、男冥利につきるじゃねえか」
「隙がないのは、私じゃないのだけれど」
視界の端に赤が入り込んだ。拳ほどの大きさのそれはぐるりと私の周りを一周すると、静かに胸元へ戻ってくる。体に触れたかと思うとゆっくりと姿を消した。
「てんとう虫……?」
「……これは私の能力じゃないの。みんなはこれを愛とも妄執とも呼ぶけれど……とにかく私から生まれたものじゃなければ、私の意志で動かせるものでもない。けれどとにかく、私のことを守ろうとするから……攻撃するのは、やめてちょうだい」
今こうして私が生きているのは、ひとえにこの能力のおかげだ。私に対する悪意ある行動はすべてあのてんとう虫が受け止め、跳ね返す。あるとき突然現れた、私のものではない、スタンドに似た能力。愛であるとも、妄執であるとも、呪いだとも言われたことがある。けれど結局、これの正体は分からなかった。
「……」
ゆっくりと、フォークを下ろす。目の前の色男は怪訝そうに眉を動かしたが、そもそも私に攻撃の意思はない。それに、きっちりと結われた金髪と、今にも噛みついてきそうな獰猛さを宿した瞳がきれいだった。傷つけたいとは、思わない。
「……私の名は名前・ブランドー。弟を探してパッショーネに入ったのだけれど……リゾット・ネエロはどこ? 私の手綱を握ることができるのは、彼かブローノ・ブチャラティだけだって言われたの」
「……いつ俺が、リゾットのつかいだと?」
「ああ、やっぱりそう? カマをかけたの」
「参ったぜ、これじゃペッシに示しがつかねえ」
「ふふ、色男が形無しね。けど、騙されたなんて思わないで。リゾットが二晩も私を待たせたことも、私が10年近く弟を待たせていることも、どちらも事実だから」
タイムリミットを告げるグラスを持ち上げ、持ち主たる男へと差し出す。当初よりだいぶ薄まったブランデーは、それでも芳醇な香りと琥珀の色で私を誘う。
「こういうときは、何に乾杯するものなの?」
「そりゃあもちろん、俺たちの出会いに、だ」
注文したきりカウンターの上に置いたままにしていたオールド・ファッションドに、男の無骨な手が伸びていく。まだ名前は知らないが、これからしばらく共に行動することになるのだろう、仮の仲間。もう一人、マンモーニと呼ばれる人物がいるようだが、そういえば彼を傷つけてしまったことを咎められやしないだろうか。さっと背筋に冷たいものが走ったが、軽く首を振ってマイナス思考を追い出す。ひとまずは、目的に一歩近づいたことを喜ぼう。合わせたグラスが軽快な音を立て、戻ってきたジャズバラードをかき消した。
***
ジョルノの姉とおつかいついでに新入りの様子見に来たプロシュート
男は決して、知人ではない。私たちが出会ったのはつい数分前、この場所でのことだった。
「オイオイ、ずいぶんと気が利かねえ店だな、マスター」
「と言うと?」
「いい女の隣には、いい男を置いとくモンだろ?」
男の来店とほぼ同時に始まった軽い調子の会話。どこか挑発的な視線は、バーのマスターを流れて私のほうへと向けられた。
(つまらないナンパ)
お国柄か、この国に来てから何度も男に声をかけられた。時には情熱的に、時にはスキンシップも交えて。ネイティブにしか理解できないであろう詩的な言い回しで誘い文句を並べる様にはいっそ感動すら覚えたが、こうも繰り返し口説かれれば嫌でも慣れるし、飽きる。確かに彼はこの旅一番の色男のような気もしたが、そもそも私の目的は男性との出会いではない。
「あいにく、そこはあなたの席じゃないの」
つい浮かべてしまいそうになった愛想笑いを引っ込めて、感情を潜めた声音を投げた。やわらかな光をともした金髪から視線を外し、名前も忘れたカクテルの、濁ったオレンジ色を見下ろす。曖昧な返答と表情はこの国では美徳にならないのだと、私はすでに学んでいた。
「手厳しいな。それじゃ、あんたを待たせてる罪づくりな野郎はどこに?」
「教えたら連れてきてくれるの?」
「そうだな、まずは聞いてみないことには始まらねえ。旅行中の女に嘘をつくなんて、人でなしのすることだ」
「……旅行?」
「違ったか?」
「……いいえ、合っているけれど……どうして?」
大きなトランクを連れているわけでもなければ友人とはしゃいでいたわけでもない。来店からずっと女一人、地元の人間しか訪れないであろうバーの片隅でグラスを黙々と干していた。旅行客には到底見えない自覚がある。それをピタリと言い当てられたことに驚きを隠せずにいると、男は右の口角を持ち上げて肩をすくめた。
「あんたの気を引きたくて……カマをかけた」
「……は?」
「やっと視線を捕まえられた」
「!」
「あんた、昨日からそこにいるだろ」
「え……」
「一晩どころか二晩もあんたを放っておくような男に、この席はもったいねえ。……座っても?」
私が座る椅子の背に、男の右手が置かれた。左手はテーブルの端へと伸び、気が付けば至近距離に丹精な顔が迫る。
真剣ながら、やはり挑発的な瞳。試されている。一夜限りの遊びに興じることができる女なのか。明日の朝には茶番と呼ぶしかないこの駆け引きを楽しめる女なのか。値踏みをされている。
ぴったり10秒。天井から吊るされたアンティーク調のランプが映り込む瞳と見つめあう。男と遊ぶために飛行機に飛び乗ったわけではない。けれど15cm先の瞳が、私を誘う。
「……二晩じゃないわ」
「ん?」
「10年よ。しかも逆。放っておいたのは私の方」
「……なるほど?」
「……ナンパはお断りだけど、情報提供なら大歓迎。どうぞ、座ってちょうだい。その席に見合うだけのヘビーな情報を持ってこられる自信があるならね」
意外そうにまたたいた瞳を、じっと見つめる。先刻の男のように、真剣に。けれど挑発的に見えるように。彼が私の探し人の情報など持っているわけがなかったが、それでも。一縷の望みをかけて、口角を上げてみせる。
今度は何秒、そうしていただろうか。先に表情を崩したのは男の方だった。
「思った以上の難題だな」
「怖じ気づいた?」
「女のおねだりを喜びこそすれ、ビビるような男は、イタリアにはいねえな」
「……」
「自分以外の野郎の話題ってのは気に食わねえが……あんたとの会話が少しでも長く続くなら悪くねえ」
男は迷いなく、空席に腰を下ろした。
「日は沈んだばかりだ。夜は長い。急ぐこともねえだろう」
言いながら差し出されたものを認識し、思わず眉根が寄る。ほの暗いバーの間接照明を受けて鈍く光る、くすんだ黄金色。日本ではあまりお目にかかる機会のないタイプの、古ぼけた鍵だ。どこの鍵かなんて、野暮な問いかけはしなかった。それを受け取ることの意味が分からないほど、子どもではない。
「一晩だけの宿とはいえ、自分のベッドにはとびきりいい女しか乗せねえ主義だ。だが、期待は裏切らねえ」
「……」
「怖じ気づいたか?」
数秒、迷う。彼は決して、この旅の目的ではない。見知らぬ男と一夜限りの関係を求めるほど、ロマンチストでも冒険家でもない。この誘いを断るのは簡単で、きっと彼は深追いをしては来ないだろうとも感じる。
けれど少し、ほんの少しだけ、惜しいと思った。
あと少しだけ、彼と言葉を交わしてみたい。
木製のテーブルの上で、使い込まれた金色が怪しく光った。琥珀色のブランデーが、男の手の中でくるりと回る。この一杯がタイムリミットなのだろう。促すような視線が頬に刺さる。オレンジがかった照明が作る男の影が、ゆらり、奇妙に揺らめいた。
「……ひとつ、聞きたいのだけれど」
「ん?」
「あなた、お名前は?」
「その質問は、ベッドまでとっておいた方が良い」
「そう、じゃあ、ご案内いただこうかしら」
ゆっくりと、鍵へと手を伸ばす。ほかの客が交わす会話が少し遠のく。しっとりと流れるジャズバラードは変わらず耳を楽しませていたが、男の目が細められるのに従って、やがてそれすら、聞こえなくなった。
これは賭けだ。もう降りることはできない。勝つか負けるか、ただそれだけ。私にとっての報酬は、きっと悪いものではない。彼にとっては、どうなのだろう。実際のところ、彼が私に求めるものはアバンチュールではないのだということは、とうに理解している。
では、彼にとっての報酬は。
そっと、指先でなでるように鍵を手に取る。
どこからか、つんざくような悲鳴が聞こえた。
「!」
「動かないで」
音もなく立ち上がろうとした男の首筋に、先ほどまで生ハムをつついていたフォークを突き付ける。悲鳴の持ち主はきっと、彼の仲間だ。口元だけの笑みはどこへやら、射貫くような獰猛な視線に怯まぬよう、ぐっと口角を持ち上げる。にわかにざわつき始めたバーのなかで、私と男の間には重苦しい静寂が落ちていた。
「……カタギにしては、いい女すぎると思ったぜ。うちのマンモーニに何してくれたんだ?」
「こっちのセリフ。お宅のお坊ちゃんは、いったい私に何をしてくれたの?」
「一人酒に酔うバンビーナを釣り上げるために、釣り針を垂らした。それだけだ」
「なら、あなたが“それ”でリールを回すの?」
「……」
男の後ろにうごめく、触手にも似た何か。私にはそれが見えている。はっきりと。悲鳴を合図に現れた、彼の分身。あるいは彼自身。私たちはあれを、スタンドと呼んでいる。
「……これは良心からの忠告だけれど、私に攻撃しようだなんて考えない方が良い。私に向けたのと同じ分だけの悪意が、あなたに跳ね返ることになる」
「……そりゃあいい。隙のねえ女を口説き落とすなんて、男冥利につきるじゃねえか」
「隙がないのは、私じゃないのだけれど」
視界の端に赤が入り込んだ。拳ほどの大きさのそれはぐるりと私の周りを一周すると、静かに胸元へ戻ってくる。体に触れたかと思うとゆっくりと姿を消した。
「てんとう虫……?」
「……これは私の能力じゃないの。みんなはこれを愛とも妄執とも呼ぶけれど……とにかく私から生まれたものじゃなければ、私の意志で動かせるものでもない。けれどとにかく、私のことを守ろうとするから……攻撃するのは、やめてちょうだい」
今こうして私が生きているのは、ひとえにこの能力のおかげだ。私に対する悪意ある行動はすべてあのてんとう虫が受け止め、跳ね返す。あるとき突然現れた、私のものではない、スタンドに似た能力。愛であるとも、妄執であるとも、呪いだとも言われたことがある。けれど結局、これの正体は分からなかった。
「……」
ゆっくりと、フォークを下ろす。目の前の色男は怪訝そうに眉を動かしたが、そもそも私に攻撃の意思はない。それに、きっちりと結われた金髪と、今にも噛みついてきそうな獰猛さを宿した瞳がきれいだった。傷つけたいとは、思わない。
「……私の名は名前・ブランドー。弟を探してパッショーネに入ったのだけれど……リゾット・ネエロはどこ? 私の手綱を握ることができるのは、彼かブローノ・ブチャラティだけだって言われたの」
「……いつ俺が、リゾットのつかいだと?」
「ああ、やっぱりそう? カマをかけたの」
「参ったぜ、これじゃペッシに示しがつかねえ」
「ふふ、色男が形無しね。けど、騙されたなんて思わないで。リゾットが二晩も私を待たせたことも、私が10年近く弟を待たせていることも、どちらも事実だから」
タイムリミットを告げるグラスを持ち上げ、持ち主たる男へと差し出す。当初よりだいぶ薄まったブランデーは、それでも芳醇な香りと琥珀の色で私を誘う。
「こういうときは、何に乾杯するものなの?」
「そりゃあもちろん、俺たちの出会いに、だ」
注文したきりカウンターの上に置いたままにしていたオールド・ファッションドに、男の無骨な手が伸びていく。まだ名前は知らないが、これからしばらく共に行動することになるのだろう、仮の仲間。もう一人、マンモーニと呼ばれる人物がいるようだが、そういえば彼を傷つけてしまったことを咎められやしないだろうか。さっと背筋に冷たいものが走ったが、軽く首を振ってマイナス思考を追い出す。ひとまずは、目的に一歩近づいたことを喜ぼう。合わせたグラスが軽快な音を立て、戻ってきたジャズバラードをかき消した。
***
ジョルノの姉とおつかいついでに新入りの様子見に来たプロシュート
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