FRYDAY NIGHT GAME → nightly night love(笹さに)
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笹貫という刀剣男士がいる。身も蓋もないことを言うと、他の刀剣男士と同様、とにかく顔がいい。声もいい。背も私から見ればかなり高い。フランクな口調や表面上は気安い性格も相まって、一部の審神者や政府職員からかなり人気を集めているそうだ。
実際の中身はさておき、見た目は超絶モテ男なこの刀剣男士ににナンパされ、一夜の過ちを犯し、なんやかんやあって同じ過ちをもう一度繰り返して頭を抱えたあの朝から、早数カ月。あれ以降も彼は元気に私の後ろを追いかけて回っていた。
「次の土曜日って空いてる?」
昼休み終了まであと15分。ランチを終えた職員が行き交う庁舎の廊下で長い足を悠々と動かしながら、笹貫は横目で私を見下ろした。彼が現れたのは45分程前のこと。例のごとくアポもなく突然カウンターに顔を出し、食堂に向かう私の隣に当然のように並んだ。一応言ってみた文句があっさりと聞き流されたのも、最近では最早当然のこと。そのまま食堂でランチタイムをご一緒し、デスクへの帰路にも当たり前の顔でついてきた。
「空いてません」
「用事?」
「そう」
「んー……1日空いてないの? 何時なら会える?」
きっぱりと告げたお断りが伝わっているのかいないのか、笹貫はけろりとした様子で食い下がってきた。この粘り強さと強引さに私がうんざりしているのは知っているはずなのに、何故この男は引き下がるということをしないのか――しかしこれが彼なりの私に好かれるためのアプローチなのだと分かっているから、なんとも複雑な気分でため息を吐くほかない。
結局のところあまり納得できていないままになっているが、笹貫は相変わらず私のことを好いてくれていた。どちらかといえば執着という表現の方が合っている気がするが、本人が「片思いってのも燃えるよね」などと周りに言いふらしているらしいから恋愛感情と呼ぶほかない。
(いい年した大人が言いふらすな、そんなこと)
最初の内はそう言って諫めていたものだが、そのたびに「ごめんごめん、浮かれちゃって」だの「この体じゃまだ赤ん坊の年齢だから」だのと、謝罪とも言い訳とも言えないような適当なことばかり返してくるから、嫌になってやめてしまった。最初からその辺りまで見越してやっていそうなところに、この男のタチの悪さを感じる。
(そんなだから、頷く気も失せるっていうか、素直に気持ちを受け取れないっていうか)
振る舞いが軽薄に見えていても、笹貫が本気なのは私も分かっている。私に向けてくれている好意自体は一応本物だし、彼なりに一生懸命アプローチしてくれている姿にぐっとこないわけでもない。だが笹貫がこのまま私を自分のペースに巻き込み、強引に話を押し進めてしまおうとしていることもまた明白で、どうにもそのやり方が気に入らない。あの夜の約束はどうなったと大声をあげそうになる。
「……忘れたことにしてるのかもしれないけど」
2度目のため息を飲み込んで、代わりに咎めるような低い声を吐き出す。
「私が嫌だって言ったことはしない。約束なしで会いに来ない。自分の気持ちを一方的に押しつけない。これが大事だって伝えたよね?」
「もちろん、これで鳥よりは頭いいつもりだよ」
「実行できてないなら鳥と同じだと思うんだけど」
「でも嫌だって言われてないし」
「う……」
「朝から晩まで毎日ずっと一緒にいたいけど、押し付けちゃダメだと思って我慢してるし。一生懸命お伺いたてて妥協点探してるし」
「うう……」
「オレってばほんとに賢くて真面目で健気だよねぇ」
肩をすくめて笑う笹貫に返す言葉が見つからず、小さなうめき声をのどの奥から絞り出した。確かに彼は私が提示したルールをしっかり守っている。今日の昼はアポなし訪問だったが、それは私が連絡先を教えていないことが原因だ。約束を取り付けるためには直接訪ねてくるほかないのだから仕方がない。
頭を抱えて自分の頭の悪さを嘆く私に、笹貫は小さく喉を鳴らした。
「あー、かわいい。なんであんたってそんなにかわいいの? お約束破る悪い子になっちゃいそう」
「ム、ムカつく……! 全然褒められてる感じしないし、かわいこぶるのやめて……!」
「はは、悪かったね、かわいくて」
「かわいくないって言ってんの! 大の男が、この、ほんと、なに……!? 腹立つな……!」
「そういうとこが魅力的でしょ?」
「いやまったく!」
「ほーんと、頑固だよね。認めちゃえば楽になることもあると思うんだけど……ま、そういうところも」
「ああ、やっと見つけた」
笹貫の言葉に被せるように聞こえた声に、反射的に正面を向いた。笹貫はこちらにかけられた言葉ではないと判断していたのだろう、そのまま中身がないおしゃべりを続けていたが、私はその低く落ち着いた声音に覚えがある。見れば行き交う職員たちの合間から、長身の男が片手を上げて私を呼んでいた。
「福島」
刀剣男士の名を呼べば、隣の男のおしゃべりがピタリとやんだ。それと時を同じくしてその刀・福島光忠は、私の前で立ち止まる。首を後ろに傾けて笹貫よりもいくらか高い位置にある目を見上げると、形が良い唇が薄く弧を描いた。
「良かったよ、行き違いにならなくて」
「ごめん、探してた?」
「情報管理室から電話。小豆くんが資料を閲覧したいから届けてほしいって言ってたよ」
手渡されたメモに記されていたのは過去の監査に関する情報だった。5年以上前のものらしく、記録簿は倉庫にしまわれている。私の戻りを待たずにやって来たということは急ぎの用事なのだろう。短く礼を言って踵を返そうとしたが、とうの福島がそれを止めた。
「まだ昼休みだろう? もう少し時間を潰してから行ったらどうかな」
「うーん……でもあと5分くらいで休憩終わるし」
「いや、10分はあるよ。仕事熱心なのは結構だけど、休憩も大切だ」
「でも急ぎなんじゃ」
「倉庫は食堂からの帰り道だろう? 休憩終わりにまっすぐ行ったらどうかと思って来ただけなんだ。小豆くんも午後一でいいって言ってたしね。……まあここからだと、結局戻ることになるけど」
「監査室からよりは近いよ。……お茶買ってから行こうかな。福島も行くよね?」
「もちろん。小豆くんにも差し入れ持っていこうか」
「そうだね」
「じゃあ行こうか、主」
「主?」
隣から降ってきた声にびくりと肩が揺れた。福島との会話と仕事のことで頭がいっぱいになっていたが、そういえば隣にはまだ笹貫がいたのだ。すっかり存在を忘れていたことに申し訳なくなりながら彼に視線を戻す。笹貫はいつもの薄ら笑いをなくし、目を見開いて福島を見ていた。
「どうしたの?」
「……彼、あんたの刀なの?」
「え、うん。福島光忠。長船派の太刀。……福島、こっちは笹貫。えっと……ただの知り合い」
「ああ、噂の」
「う、噂? 噂ってなに?」
「長義くんが教えてくれたよ、俺が留守にしてたときにいろいろあったって。……初めまして、俺は福島光忠。監査室所属で、新参者だけど彼女の刀だ。よろしく」
福島は一歩前に出て笹貫に手を差し出した。噂とやらの内容は気になるが、山姥切のことだ。私のプライベートを無断で広めるようなことはしていないと信じたい。事実、福島がすべてを知れば多少感情的になって禁酒を勧めてくることは容易に想像がついたが、声音にも表情にも刺々しさは感じなかった。
福島の態度に安堵しながら、笹貫の様子を覗き見る。笹貫は感情の見えない顔でじっと福島の手を見下ろしていたが、やがて右の口角を上げてその手をとった。
「どーも、オレは笹貫。本丸ナンバーは豊後の2650。あんたの主とは」
「知り合いね、ただの知り合い。本当にもうどうしようもなく知り合いでしかない」
「って本人は言ってるけど実際はもっとふかーい仲かな。いてっ」
にやりと笑う笹貫の腕をばしりと叩く。笹貫は福島の手を離すとまったく痛くなさそうに、わざとらしく腕をさすった。
「ひどいよな、本当のことしか言ってないのに」
「約束はどこにいったのかな……!?」
「嫌って言われてないと思うんだけど」
「口に出さないでって言った!」
「ええ? ちゃーんと心に秘めたままにしてるじゃん」
「ほんとに腹立つ男だな……!」
「……よく分からないけど、ずいぶんと仲が良さそうだね」
福島は私たちのやりとりを微笑ましげに眺めている。これのどこが仲良しだと口を引き結ぶも、文句を言う前に笹貫が「やっぱ分かっちゃう?」などと余計なことを返すから再び彼の腕を叩くことになった。
「痛い痛い。なんか容赦なくなってない? 気許してくれてるってこと?」
「ムカついてるってこと!」
「はは、なんだか本当に仲良しみたいだね。主がそんなにはしゃいでるの、初めてみたよ」
「はしゃいでないよ!?」
「うんうん、元気になったようで何よりだ。でも一応、はいこれ」
ニコニコと機嫌良さそうに福島が差し出したのは一輪の花だった。小さな赤い花びらが集まってひとつのドームのような形になっている。まじまじと見てみるも、覚えのない花だった。
「今日の花は天竺葵。ゼラニウム、の方が馴染みがあるかな? 赤いゼラニウムの花言葉は、君ありて幸福」
「……」
「誰が何を言おうとも、俺は君の刀であれることをいつも誇りに思っているよ」
「……ありがと」
赤い花を見つめながら、つぶやくようにお礼を口にする。昼休みに入った途端に姿を消したから不思議に思っていたが、どうやら彼はこれを準備するために外に出ていたらしい。きっと福島が席を外している間に上司に叱られたことを誰かから聞いたのだろう。
(こういうのは素直にうれしい)
そこまで落ち込んでいたつもりはなかったが、こうして励まされると胸の辺りがじんとあたたかくなる。涙がにじむほどではなかったが、少しだけ熱くなった目頭に力を入れて受け取ろうとした赤いゼラニウムは、横から伸びてきた手にさっとさらわれてしまった。
「おっと?」
「ちょっと!?」
せっかくの福島からのプレゼントを奪われたことにムッとして犯人をにらみつける。笹貫は指先でつまんだ花を自分の目線まで持ち上げ、つまらなさそうにそれを見ていた。興味がないのならば何故こんなことをするのか。いらだちが増したのは言うまでもない。
「返してよ」
声を低めて促すも、笹貫は私を見ようともしない。じっとゼラニウムを見たまま、淡々と口を上下させた。
「好きなの? 花」
「好きでも嫌いでもないけど、それは福島がくれたのだから」
「ふーん。……今度オレもあげよっか? でっかい花束」
「いらないからそれ返してってば」
「つれないねぇ」
ようやく視線を合わせてきた笹貫の顔には薄ら笑いが戻ってきていた。最近では確信の域に入ってきたが、彼のあの薄ら笑いは本心を隠そうとしているときに浮かべることが多い。何を隠しているのかは知らないが、笹貫は福島に対して表面上は朗らかに笑って見せた。
「まさか彼女が顕現させた刀がいるだなんて思いもしなかったよ」
「ああ、まだここに来て半年くらいでね。研修だなんだと不在にしていることが多いんだ。主が1人の間は長義くんが気にかけてくれてる」
「なるほど、彼も長船の系譜だっけ」
「若いけどしっかりした子だよ。仕事は的確だし、俺よりもよっぽど思慮深い。……さて主、俺は一足先に行ってるよ。倉庫で会おう」
「え、うん」
「差し入れとお茶は買っておくから、ゆっくりおいで」
ひらりと片手を上げて、福島は私たちが来た道をひとりで行ってしまった。通り過ぎるときに見えた横顔に少しだけ苦いものが混ざっていたのは気のせいではないだろう。どうしたのかとその背中を見つめていると、ふいに右肩にずしりと重たいものが乗っかってきた。笹貫が私の肩を肘置き代わりに使っているようだった。
「おっ、重い! さっきからなんなの……!?」
「ええ? それ聞いちゃう?」
「聞くけど何か!?」
「まあこういうのは言わぬが花ってね。……またあの上司に何か言われたの?」
「いつものお小言。気にするほどのことじゃないよ」
「あの人、なんであんなにあんたにつっかかってくんの? さすがにちょっと理不尽すぎない?」
「あー……私が、審神者だから?」
「なんだそりゃ」
政府に所属する審神者はそれほど珍しくない。各部署に数人ずつ配置されているし、これからはもう少し人数が増えていくだろう。どの部署でも審神者が携わる方がスムーズに処理できる案件は多く、審神者への適性を持つ人間自体もそれほど少なくないからだ。政府内での扱いは一般事務職とは区別され、専門職という扱いになっている。そのため重宝される場面もあれば、やり玉にあげられたり、嫉妬の対象になることも時折あった。
「……審神者になれる人は結構いるけど、ときどきまったく適性がない人もいるの。うちの上司、本当は審神者になりたかったんだよね」
「なるほどね、オレのかわいい子は妬まれてるってわけだ」
「その言い方すっごい気持ち悪いからやめて」
「それで、あんたの刀がいない隙を見計らってきついこと言ってくる、と。よくそんなんで出世できたもんだ」
「まだ年功序列の名残りがあるから」
「政府勤めも楽じゃないねぇ」
笹貫は心底私に同情しているような口ぶりで「ご愁傷様」と続けた。私はあまり気にしていなかったが、笹貫は未だに私が置かれている環境に対して思うところがあるらしい。定期的にわざわざ窓口までやってくるのも、おそらく私の状況を確認しようとしているのだろう。
(優しいところもあるのに、いつもの振る舞いがあんなだから……もったいない)
はあと吐いたため息を勘違いしたのだろう、笹貫は気づかわしげに私の顔を覗き込む。大丈夫だからと整った顔面を軽く押し返すと、眉を八の字にして笑いながら背筋を伸ばした。肩が一気に軽くなり、体のバランスが少し崩れたような心地になる。それを気取られないようなんでもないような顔で隣を見れば、やわらかく細められたアイスブルーと視線が重なった。
「ね、やっぱ土曜日、空いてない?」
「……どこか行きたいの?」
「どこかっていうか、あんたと出かけたいの。場所はどこでもいいよ」
「……夜、飲みに行くから。……その前までなら」
「ほんと? ありがと。じゃあ……14時にここの最寄駅の改札集合で」
「……これ聞くのすごく癪なんだけど、そんなに遅い時間でいいの?」
「お、もっとオレと一緒にいてくれんの? 気持ちはうれしいけど、夜遅くなるんでしょ? あんまり長く付き合わせんのはかわいそうだから、今回はオレが我慢するよ」
「……それはどうも」
「どういたしまして。じゃあ、土曜日に」
「待った」
帰るときはいつも意外なほどにあっさりと立ち去る笹貫を呼び止める。無言で右手を差し出せば、笹貫はしばらくそれを見つめたあとにへらりと笑って彼の左手をそこに乗せた。ついでと言わんばかりに「わん」と鳴いたのはなんの冗談か。イラっとしてその手を振り払い「花!」と半ば叫ぶように言うと、彼は口角を上げて右手の中に隠していたゼラニウムを素直に返却してくれた。
「危ない危ない。本丸に持って帰るところだった」
「白々しすぎるんですけど……?」
「冗談だよ、冗談。またね」
油断も隙もない刀に憤慨する私を置いて、笹貫はすたすたと本丸につながるゲートの方へ消えていった。しばらくその背を見つめていたが、廊下を歩く職員が極端に減っていることに気が付いて私も慌てて倉庫へ向かう。福島と合流するまでの間、午後の仕事の段取りを組むかたわら、頭の中では次の土曜日の約束の時間と集合場所を忘れないよう繰り返し反芻していた。
実際の中身はさておき、見た目は超絶モテ男なこの刀剣男士ににナンパされ、一夜の過ちを犯し、なんやかんやあって同じ過ちをもう一度繰り返して頭を抱えたあの朝から、早数カ月。あれ以降も彼は元気に私の後ろを追いかけて回っていた。
「次の土曜日って空いてる?」
昼休み終了まであと15分。ランチを終えた職員が行き交う庁舎の廊下で長い足を悠々と動かしながら、笹貫は横目で私を見下ろした。彼が現れたのは45分程前のこと。例のごとくアポもなく突然カウンターに顔を出し、食堂に向かう私の隣に当然のように並んだ。一応言ってみた文句があっさりと聞き流されたのも、最近では最早当然のこと。そのまま食堂でランチタイムをご一緒し、デスクへの帰路にも当たり前の顔でついてきた。
「空いてません」
「用事?」
「そう」
「んー……1日空いてないの? 何時なら会える?」
きっぱりと告げたお断りが伝わっているのかいないのか、笹貫はけろりとした様子で食い下がってきた。この粘り強さと強引さに私がうんざりしているのは知っているはずなのに、何故この男は引き下がるということをしないのか――しかしこれが彼なりの私に好かれるためのアプローチなのだと分かっているから、なんとも複雑な気分でため息を吐くほかない。
結局のところあまり納得できていないままになっているが、笹貫は相変わらず私のことを好いてくれていた。どちらかといえば執着という表現の方が合っている気がするが、本人が「片思いってのも燃えるよね」などと周りに言いふらしているらしいから恋愛感情と呼ぶほかない。
(いい年した大人が言いふらすな、そんなこと)
最初の内はそう言って諫めていたものだが、そのたびに「ごめんごめん、浮かれちゃって」だの「この体じゃまだ赤ん坊の年齢だから」だのと、謝罪とも言い訳とも言えないような適当なことばかり返してくるから、嫌になってやめてしまった。最初からその辺りまで見越してやっていそうなところに、この男のタチの悪さを感じる。
(そんなだから、頷く気も失せるっていうか、素直に気持ちを受け取れないっていうか)
振る舞いが軽薄に見えていても、笹貫が本気なのは私も分かっている。私に向けてくれている好意自体は一応本物だし、彼なりに一生懸命アプローチしてくれている姿にぐっとこないわけでもない。だが笹貫がこのまま私を自分のペースに巻き込み、強引に話を押し進めてしまおうとしていることもまた明白で、どうにもそのやり方が気に入らない。あの夜の約束はどうなったと大声をあげそうになる。
「……忘れたことにしてるのかもしれないけど」
2度目のため息を飲み込んで、代わりに咎めるような低い声を吐き出す。
「私が嫌だって言ったことはしない。約束なしで会いに来ない。自分の気持ちを一方的に押しつけない。これが大事だって伝えたよね?」
「もちろん、これで鳥よりは頭いいつもりだよ」
「実行できてないなら鳥と同じだと思うんだけど」
「でも嫌だって言われてないし」
「う……」
「朝から晩まで毎日ずっと一緒にいたいけど、押し付けちゃダメだと思って我慢してるし。一生懸命お伺いたてて妥協点探してるし」
「うう……」
「オレってばほんとに賢くて真面目で健気だよねぇ」
肩をすくめて笑う笹貫に返す言葉が見つからず、小さなうめき声をのどの奥から絞り出した。確かに彼は私が提示したルールをしっかり守っている。今日の昼はアポなし訪問だったが、それは私が連絡先を教えていないことが原因だ。約束を取り付けるためには直接訪ねてくるほかないのだから仕方がない。
頭を抱えて自分の頭の悪さを嘆く私に、笹貫は小さく喉を鳴らした。
「あー、かわいい。なんであんたってそんなにかわいいの? お約束破る悪い子になっちゃいそう」
「ム、ムカつく……! 全然褒められてる感じしないし、かわいこぶるのやめて……!」
「はは、悪かったね、かわいくて」
「かわいくないって言ってんの! 大の男が、この、ほんと、なに……!? 腹立つな……!」
「そういうとこが魅力的でしょ?」
「いやまったく!」
「ほーんと、頑固だよね。認めちゃえば楽になることもあると思うんだけど……ま、そういうところも」
「ああ、やっと見つけた」
笹貫の言葉に被せるように聞こえた声に、反射的に正面を向いた。笹貫はこちらにかけられた言葉ではないと判断していたのだろう、そのまま中身がないおしゃべりを続けていたが、私はその低く落ち着いた声音に覚えがある。見れば行き交う職員たちの合間から、長身の男が片手を上げて私を呼んでいた。
「福島」
刀剣男士の名を呼べば、隣の男のおしゃべりがピタリとやんだ。それと時を同じくしてその刀・福島光忠は、私の前で立ち止まる。首を後ろに傾けて笹貫よりもいくらか高い位置にある目を見上げると、形が良い唇が薄く弧を描いた。
「良かったよ、行き違いにならなくて」
「ごめん、探してた?」
「情報管理室から電話。小豆くんが資料を閲覧したいから届けてほしいって言ってたよ」
手渡されたメモに記されていたのは過去の監査に関する情報だった。5年以上前のものらしく、記録簿は倉庫にしまわれている。私の戻りを待たずにやって来たということは急ぎの用事なのだろう。短く礼を言って踵を返そうとしたが、とうの福島がそれを止めた。
「まだ昼休みだろう? もう少し時間を潰してから行ったらどうかな」
「うーん……でもあと5分くらいで休憩終わるし」
「いや、10分はあるよ。仕事熱心なのは結構だけど、休憩も大切だ」
「でも急ぎなんじゃ」
「倉庫は食堂からの帰り道だろう? 休憩終わりにまっすぐ行ったらどうかと思って来ただけなんだ。小豆くんも午後一でいいって言ってたしね。……まあここからだと、結局戻ることになるけど」
「監査室からよりは近いよ。……お茶買ってから行こうかな。福島も行くよね?」
「もちろん。小豆くんにも差し入れ持っていこうか」
「そうだね」
「じゃあ行こうか、主」
「主?」
隣から降ってきた声にびくりと肩が揺れた。福島との会話と仕事のことで頭がいっぱいになっていたが、そういえば隣にはまだ笹貫がいたのだ。すっかり存在を忘れていたことに申し訳なくなりながら彼に視線を戻す。笹貫はいつもの薄ら笑いをなくし、目を見開いて福島を見ていた。
「どうしたの?」
「……彼、あんたの刀なの?」
「え、うん。福島光忠。長船派の太刀。……福島、こっちは笹貫。えっと……ただの知り合い」
「ああ、噂の」
「う、噂? 噂ってなに?」
「長義くんが教えてくれたよ、俺が留守にしてたときにいろいろあったって。……初めまして、俺は福島光忠。監査室所属で、新参者だけど彼女の刀だ。よろしく」
福島は一歩前に出て笹貫に手を差し出した。噂とやらの内容は気になるが、山姥切のことだ。私のプライベートを無断で広めるようなことはしていないと信じたい。事実、福島がすべてを知れば多少感情的になって禁酒を勧めてくることは容易に想像がついたが、声音にも表情にも刺々しさは感じなかった。
福島の態度に安堵しながら、笹貫の様子を覗き見る。笹貫は感情の見えない顔でじっと福島の手を見下ろしていたが、やがて右の口角を上げてその手をとった。
「どーも、オレは笹貫。本丸ナンバーは豊後の2650。あんたの主とは」
「知り合いね、ただの知り合い。本当にもうどうしようもなく知り合いでしかない」
「って本人は言ってるけど実際はもっとふかーい仲かな。いてっ」
にやりと笑う笹貫の腕をばしりと叩く。笹貫は福島の手を離すとまったく痛くなさそうに、わざとらしく腕をさすった。
「ひどいよな、本当のことしか言ってないのに」
「約束はどこにいったのかな……!?」
「嫌って言われてないと思うんだけど」
「口に出さないでって言った!」
「ええ? ちゃーんと心に秘めたままにしてるじゃん」
「ほんとに腹立つ男だな……!」
「……よく分からないけど、ずいぶんと仲が良さそうだね」
福島は私たちのやりとりを微笑ましげに眺めている。これのどこが仲良しだと口を引き結ぶも、文句を言う前に笹貫が「やっぱ分かっちゃう?」などと余計なことを返すから再び彼の腕を叩くことになった。
「痛い痛い。なんか容赦なくなってない? 気許してくれてるってこと?」
「ムカついてるってこと!」
「はは、なんだか本当に仲良しみたいだね。主がそんなにはしゃいでるの、初めてみたよ」
「はしゃいでないよ!?」
「うんうん、元気になったようで何よりだ。でも一応、はいこれ」
ニコニコと機嫌良さそうに福島が差し出したのは一輪の花だった。小さな赤い花びらが集まってひとつのドームのような形になっている。まじまじと見てみるも、覚えのない花だった。
「今日の花は天竺葵。ゼラニウム、の方が馴染みがあるかな? 赤いゼラニウムの花言葉は、君ありて幸福」
「……」
「誰が何を言おうとも、俺は君の刀であれることをいつも誇りに思っているよ」
「……ありがと」
赤い花を見つめながら、つぶやくようにお礼を口にする。昼休みに入った途端に姿を消したから不思議に思っていたが、どうやら彼はこれを準備するために外に出ていたらしい。きっと福島が席を外している間に上司に叱られたことを誰かから聞いたのだろう。
(こういうのは素直にうれしい)
そこまで落ち込んでいたつもりはなかったが、こうして励まされると胸の辺りがじんとあたたかくなる。涙がにじむほどではなかったが、少しだけ熱くなった目頭に力を入れて受け取ろうとした赤いゼラニウムは、横から伸びてきた手にさっとさらわれてしまった。
「おっと?」
「ちょっと!?」
せっかくの福島からのプレゼントを奪われたことにムッとして犯人をにらみつける。笹貫は指先でつまんだ花を自分の目線まで持ち上げ、つまらなさそうにそれを見ていた。興味がないのならば何故こんなことをするのか。いらだちが増したのは言うまでもない。
「返してよ」
声を低めて促すも、笹貫は私を見ようともしない。じっとゼラニウムを見たまま、淡々と口を上下させた。
「好きなの? 花」
「好きでも嫌いでもないけど、それは福島がくれたのだから」
「ふーん。……今度オレもあげよっか? でっかい花束」
「いらないからそれ返してってば」
「つれないねぇ」
ようやく視線を合わせてきた笹貫の顔には薄ら笑いが戻ってきていた。最近では確信の域に入ってきたが、彼のあの薄ら笑いは本心を隠そうとしているときに浮かべることが多い。何を隠しているのかは知らないが、笹貫は福島に対して表面上は朗らかに笑って見せた。
「まさか彼女が顕現させた刀がいるだなんて思いもしなかったよ」
「ああ、まだここに来て半年くらいでね。研修だなんだと不在にしていることが多いんだ。主が1人の間は長義くんが気にかけてくれてる」
「なるほど、彼も長船の系譜だっけ」
「若いけどしっかりした子だよ。仕事は的確だし、俺よりもよっぽど思慮深い。……さて主、俺は一足先に行ってるよ。倉庫で会おう」
「え、うん」
「差し入れとお茶は買っておくから、ゆっくりおいで」
ひらりと片手を上げて、福島は私たちが来た道をひとりで行ってしまった。通り過ぎるときに見えた横顔に少しだけ苦いものが混ざっていたのは気のせいではないだろう。どうしたのかとその背中を見つめていると、ふいに右肩にずしりと重たいものが乗っかってきた。笹貫が私の肩を肘置き代わりに使っているようだった。
「おっ、重い! さっきからなんなの……!?」
「ええ? それ聞いちゃう?」
「聞くけど何か!?」
「まあこういうのは言わぬが花ってね。……またあの上司に何か言われたの?」
「いつものお小言。気にするほどのことじゃないよ」
「あの人、なんであんなにあんたにつっかかってくんの? さすがにちょっと理不尽すぎない?」
「あー……私が、審神者だから?」
「なんだそりゃ」
政府に所属する審神者はそれほど珍しくない。各部署に数人ずつ配置されているし、これからはもう少し人数が増えていくだろう。どの部署でも審神者が携わる方がスムーズに処理できる案件は多く、審神者への適性を持つ人間自体もそれほど少なくないからだ。政府内での扱いは一般事務職とは区別され、専門職という扱いになっている。そのため重宝される場面もあれば、やり玉にあげられたり、嫉妬の対象になることも時折あった。
「……審神者になれる人は結構いるけど、ときどきまったく適性がない人もいるの。うちの上司、本当は審神者になりたかったんだよね」
「なるほどね、オレのかわいい子は妬まれてるってわけだ」
「その言い方すっごい気持ち悪いからやめて」
「それで、あんたの刀がいない隙を見計らってきついこと言ってくる、と。よくそんなんで出世できたもんだ」
「まだ年功序列の名残りがあるから」
「政府勤めも楽じゃないねぇ」
笹貫は心底私に同情しているような口ぶりで「ご愁傷様」と続けた。私はあまり気にしていなかったが、笹貫は未だに私が置かれている環境に対して思うところがあるらしい。定期的にわざわざ窓口までやってくるのも、おそらく私の状況を確認しようとしているのだろう。
(優しいところもあるのに、いつもの振る舞いがあんなだから……もったいない)
はあと吐いたため息を勘違いしたのだろう、笹貫は気づかわしげに私の顔を覗き込む。大丈夫だからと整った顔面を軽く押し返すと、眉を八の字にして笑いながら背筋を伸ばした。肩が一気に軽くなり、体のバランスが少し崩れたような心地になる。それを気取られないようなんでもないような顔で隣を見れば、やわらかく細められたアイスブルーと視線が重なった。
「ね、やっぱ土曜日、空いてない?」
「……どこか行きたいの?」
「どこかっていうか、あんたと出かけたいの。場所はどこでもいいよ」
「……夜、飲みに行くから。……その前までなら」
「ほんと? ありがと。じゃあ……14時にここの最寄駅の改札集合で」
「……これ聞くのすごく癪なんだけど、そんなに遅い時間でいいの?」
「お、もっとオレと一緒にいてくれんの? 気持ちはうれしいけど、夜遅くなるんでしょ? あんまり長く付き合わせんのはかわいそうだから、今回はオレが我慢するよ」
「……それはどうも」
「どういたしまして。じゃあ、土曜日に」
「待った」
帰るときはいつも意外なほどにあっさりと立ち去る笹貫を呼び止める。無言で右手を差し出せば、笹貫はしばらくそれを見つめたあとにへらりと笑って彼の左手をそこに乗せた。ついでと言わんばかりに「わん」と鳴いたのはなんの冗談か。イラっとしてその手を振り払い「花!」と半ば叫ぶように言うと、彼は口角を上げて右手の中に隠していたゼラニウムを素直に返却してくれた。
「危ない危ない。本丸に持って帰るところだった」
「白々しすぎるんですけど……?」
「冗談だよ、冗談。またね」
油断も隙もない刀に憤慨する私を置いて、笹貫はすたすたと本丸につながるゲートの方へ消えていった。しばらくその背を見つめていたが、廊下を歩く職員が極端に減っていることに気が付いて私も慌てて倉庫へ向かう。福島と合流するまでの間、午後の仕事の段取りを組むかたわら、頭の中では次の土曜日の約束の時間と集合場所を忘れないよう繰り返し反芻していた。