FRYDAY NIGHT GAME → nightly night love(笹さに)
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先週の金曜日、人様には言えない悪い遊びをした。
ここのところ、仕事がまるでうまくいっていなかった。上司には無駄に叱られ、後輩にミスをなすりつけられ、会議の直前にコピー機がつまる。先輩の突然の体調不良により降ってわいた業務のせいで残業も続いていたし、なんなら休日出勤までしただろうか。とにかく本当にひとつも良いことがなかった。
せめて何か少しでもハッピーな出来事はないものかと足を踏み入れた万屋街は、休日を前にした審神者や刀剣男士たちで賑わっていた。さすが花の金曜日。私は明日も仕事だ。周囲の浮かれた雰囲気に反してまったく盛り上がらない自分にがっかりしながら、目的もなく1人で街をさ迷っていた、その最中。
「ずいぶんと凝り固まっているみたいだねぇ」
知らない声がそう言った。
最初は自分に向けられた声だと気が付かずスルーしたが、突如正面に現れた壁に、緩慢に視線を持ち上げる。その先でゆったりと口角を持ち上げたのは、見知らぬ刀剣男士だった。
「どうだい、そこらで一杯」
親指でくいと示されたのは、大勢の客で賑わう居酒屋だった。何度か前を通ったことがあるが、低価格でお酒とおつまみが楽しめる庶民的な居酒屋だったように思う。行き先は決まっていなかったし、この男士もひとりのようだ。少し一緒にお酒を楽しむくらいなら気分転換になるかもしれないと軽い気持ちで頷いたのが、すべての間違い――気が付けば翌朝、さわやかな日差しが入り込むベッドの上で、端正で無防備な寝顔を呆然と見下ろしていた。
いわゆる夜遊び。アバンチュール。一夜の過ち。つまりはそういうことだった。
彼が目覚める前に慌ててホテルから逃げ出してから、すでに1週間。結局あの刀剣男士がどこの誰なのかは未だに分からない。分かりたくもない。私にとっては消し去りたい記憶だ。この1週間は記憶の上書きをするために友人と遊びに出かけたり、朝から晩まで仕事に夢中になってみたりもした。おかげさまであれほどうまくいっていなかった仕事が急に上手に回せるようになり、同僚として働く山姥切長義が珍しく少しだけ褒めてくれた。心から喜べなかったのは言うまでもない。
それでも努力の甲斐あって少しは落ち着きを取り戻し、記憶を薄れさせることには成功していた。何せ一夜限りの関係だ。あちらだって深い意味はなかっただろうし、万屋街に近寄らなければ再会することもない。それほど若くもないけれど、若気の至りということにしてしまえばそれで終わりだ。そう考えれば幾分か足取りも軽くなるというもの。
書類の束を抱えて気合を入れなおした私に、山姥切長義は不思議そうな目を向けた。
「それほど気合が必要な会議だったかな」
「いや、全然」
「しばらく落ち込んでいたかと思えば仕事に夢中になってみたり、かと思えば無意味に気合を入れてみたり、情緒が不安定すぎやしないか?」
「べっ、べつに、そんなことないよ」
「それほど隠し事が下手で、よく政府に勤めようと思ったね」
「それとこれとは関係なくない?」
やれやれと偉そうに首を振る同僚に、人の気も知らないでと口をとがらせてみる。彼が何も知らないのは当然のことだし知られていたら非常にまずいのに、なんとなくつまらない気分になった。ジェットコースターのように変わりゆく感情に自分でもうんざりしながら書類を抱え直し、顔を上げる。ちょうど廊下の角から誰かが曲がってくるところで――覚えのある気配だと、考えた。
ゆるやかにくくった緑混じりの黒髪と青い着物、それから海のようなブルーの瞳。どこかこなれた雰囲気を感じさせるその刀剣男士を目にした瞬間、ひゅっと喉の奥から乾いた音が飛び出し、その拍子に盛大にむせた。
「げほ、げほっ! おえ」
「君に必要なのは気合じゃなくて品位だな」
いや、今の私に必要なのは逃走経路だ。事情を知っていれば誰しもが納得するはずの反論は、咳に飲まれて口にすることができなかった。
廊下のど真ん中。あまり美しくない感じでゲホゲホと咳込む私と、不信感丸出しで隣から私を見下ろす山姥切長義。真正面から歩いてきた男が見逃すにはあまりに目立つ状態。向こう側からやって来た刀剣男士の視線も、当然引いてしまったことだろう。数メートル先で、彼が足を止める気配がした。
「あれ、あんた……」
「人違いです!!!!! ぐえっ」
お腹の底から声を張り上げすたこらさっさと来た道を戻る。いや、戻ろうとした。戻ろうとしただけで戻れなかったのは、隣にいた同僚が容赦なく私の襟首を掴んだからだ。
「事情は知らないが、そちらから行くと会議に遅れる」
「君には人の心ってものがないのかな!?」
「ああ、知らなかったのかもしれないけど、俺は刀だからね。……君、見苦しいところを見せてすまない。政府の人間がこんなのばかりだとは思わないでくれ」
「それはいらない心配だ。彼女が真面目で仕事熱心なお役人だということは、なんとなく知ってるから」
「……あまり聞きたくないが、知人、ということでいいのかな?」
「いやいや、そんな大層なものじゃない。ただこの間の夜に」
「万屋街で一緒に飲んだだけ! それだけ! ねっ?」
余計なことを口に出すなと全身で圧をかけると、男は「……ということらしい」と肩をすくめた。山姥切長義はまったく納得した様子もなく、ものすごく不審そうな顔で私を見下ろしている。明後日の方を見ながら視線をやりすごしていると、どこからか「笹貫」という静かな声が聞こえた。彼が曲がってきた角に、審神者と思しき男性が立っていた。
「探したよ」
「ごめんごめん、おもしろそうなものが多くて、つい」
笹貫と呼ばれた刀剣男士は、ヘラヘラと笑いながら審神者に歩み寄る。壮年の男性はどうやら彼の主のようで、私たちを見ると軽く会釈をしてから窘めるような口調で言った。
「好きに過ごしていいとは言ったけれど、迷惑をかけてはいけないよ」
「オレって、誰彼構わず迷惑かけるような問題児だと思われてる感じ?」
たははと苦笑いを浮かべる男に、審神者の方も似たような笑みを返して再び私たちの方を向いた。ハッとして山姥切の手を振り払い、背筋を伸ばして会釈を返す。審神者は微笑ましげに口の端を緩めると、元来た廊下を戻っていった。それを見送ったブルーの瞳が、当然のように私を映して細められる。
「じゃ、また」
「永遠にさようなら!」
あからさまな作り笑いとともにはっきりと、二度と会うつもりはないと伝えてみる。しかしあの刀剣男士――笹貫は、ふっと息を漏らすように笑うだけで、余裕そうな表情を崩さないまま彼の主のあとに続いた。途端に静かになった廊下に少し安堵したのも束の間、今度は不躾すぎる視線が右半身にグサグサと突き刺さっていた。
「……何か?」
「いや、それほど隠し事が下手で、よく生きていられるな、と」
「うそつけなくても呼吸くらいできますよ……」
「……まあ俺は優しいから、この間の夜に万屋街で何があったのかは聞かないでおいてあげるけど」
「……けど?」
「あの手の輩と縁を切るのは簡単なことじゃないだろう、という助言だけはしておこうかな」
「それ助言? 脅しじゃなくて?」
「覚悟を決めろという意味さ」
「脅してるよね、それ」
山姥切は何も答えは寄越さず、呆れたように首を振って歩みを再開した。おそらく私と笹貫の間に何があったのか、薄々感づいているのだろう。ならば呆れる気持ちも分からんでもない。私の方もそれ以上の弁解はできず、黙って彼のあとに続いた。
ここのところ、仕事がまるでうまくいっていなかった。上司には無駄に叱られ、後輩にミスをなすりつけられ、会議の直前にコピー機がつまる。先輩の突然の体調不良により降ってわいた業務のせいで残業も続いていたし、なんなら休日出勤までしただろうか。とにかく本当にひとつも良いことがなかった。
せめて何か少しでもハッピーな出来事はないものかと足を踏み入れた万屋街は、休日を前にした審神者や刀剣男士たちで賑わっていた。さすが花の金曜日。私は明日も仕事だ。周囲の浮かれた雰囲気に反してまったく盛り上がらない自分にがっかりしながら、目的もなく1人で街をさ迷っていた、その最中。
「ずいぶんと凝り固まっているみたいだねぇ」
知らない声がそう言った。
最初は自分に向けられた声だと気が付かずスルーしたが、突如正面に現れた壁に、緩慢に視線を持ち上げる。その先でゆったりと口角を持ち上げたのは、見知らぬ刀剣男士だった。
「どうだい、そこらで一杯」
親指でくいと示されたのは、大勢の客で賑わう居酒屋だった。何度か前を通ったことがあるが、低価格でお酒とおつまみが楽しめる庶民的な居酒屋だったように思う。行き先は決まっていなかったし、この男士もひとりのようだ。少し一緒にお酒を楽しむくらいなら気分転換になるかもしれないと軽い気持ちで頷いたのが、すべての間違い――気が付けば翌朝、さわやかな日差しが入り込むベッドの上で、端正で無防備な寝顔を呆然と見下ろしていた。
いわゆる夜遊び。アバンチュール。一夜の過ち。つまりはそういうことだった。
彼が目覚める前に慌ててホテルから逃げ出してから、すでに1週間。結局あの刀剣男士がどこの誰なのかは未だに分からない。分かりたくもない。私にとっては消し去りたい記憶だ。この1週間は記憶の上書きをするために友人と遊びに出かけたり、朝から晩まで仕事に夢中になってみたりもした。おかげさまであれほどうまくいっていなかった仕事が急に上手に回せるようになり、同僚として働く山姥切長義が珍しく少しだけ褒めてくれた。心から喜べなかったのは言うまでもない。
それでも努力の甲斐あって少しは落ち着きを取り戻し、記憶を薄れさせることには成功していた。何せ一夜限りの関係だ。あちらだって深い意味はなかっただろうし、万屋街に近寄らなければ再会することもない。それほど若くもないけれど、若気の至りということにしてしまえばそれで終わりだ。そう考えれば幾分か足取りも軽くなるというもの。
書類の束を抱えて気合を入れなおした私に、山姥切長義は不思議そうな目を向けた。
「それほど気合が必要な会議だったかな」
「いや、全然」
「しばらく落ち込んでいたかと思えば仕事に夢中になってみたり、かと思えば無意味に気合を入れてみたり、情緒が不安定すぎやしないか?」
「べっ、べつに、そんなことないよ」
「それほど隠し事が下手で、よく政府に勤めようと思ったね」
「それとこれとは関係なくない?」
やれやれと偉そうに首を振る同僚に、人の気も知らないでと口をとがらせてみる。彼が何も知らないのは当然のことだし知られていたら非常にまずいのに、なんとなくつまらない気分になった。ジェットコースターのように変わりゆく感情に自分でもうんざりしながら書類を抱え直し、顔を上げる。ちょうど廊下の角から誰かが曲がってくるところで――覚えのある気配だと、考えた。
ゆるやかにくくった緑混じりの黒髪と青い着物、それから海のようなブルーの瞳。どこかこなれた雰囲気を感じさせるその刀剣男士を目にした瞬間、ひゅっと喉の奥から乾いた音が飛び出し、その拍子に盛大にむせた。
「げほ、げほっ! おえ」
「君に必要なのは気合じゃなくて品位だな」
いや、今の私に必要なのは逃走経路だ。事情を知っていれば誰しもが納得するはずの反論は、咳に飲まれて口にすることができなかった。
廊下のど真ん中。あまり美しくない感じでゲホゲホと咳込む私と、不信感丸出しで隣から私を見下ろす山姥切長義。真正面から歩いてきた男が見逃すにはあまりに目立つ状態。向こう側からやって来た刀剣男士の視線も、当然引いてしまったことだろう。数メートル先で、彼が足を止める気配がした。
「あれ、あんた……」
「人違いです!!!!! ぐえっ」
お腹の底から声を張り上げすたこらさっさと来た道を戻る。いや、戻ろうとした。戻ろうとしただけで戻れなかったのは、隣にいた同僚が容赦なく私の襟首を掴んだからだ。
「事情は知らないが、そちらから行くと会議に遅れる」
「君には人の心ってものがないのかな!?」
「ああ、知らなかったのかもしれないけど、俺は刀だからね。……君、見苦しいところを見せてすまない。政府の人間がこんなのばかりだとは思わないでくれ」
「それはいらない心配だ。彼女が真面目で仕事熱心なお役人だということは、なんとなく知ってるから」
「……あまり聞きたくないが、知人、ということでいいのかな?」
「いやいや、そんな大層なものじゃない。ただこの間の夜に」
「万屋街で一緒に飲んだだけ! それだけ! ねっ?」
余計なことを口に出すなと全身で圧をかけると、男は「……ということらしい」と肩をすくめた。山姥切長義はまったく納得した様子もなく、ものすごく不審そうな顔で私を見下ろしている。明後日の方を見ながら視線をやりすごしていると、どこからか「笹貫」という静かな声が聞こえた。彼が曲がってきた角に、審神者と思しき男性が立っていた。
「探したよ」
「ごめんごめん、おもしろそうなものが多くて、つい」
笹貫と呼ばれた刀剣男士は、ヘラヘラと笑いながら審神者に歩み寄る。壮年の男性はどうやら彼の主のようで、私たちを見ると軽く会釈をしてから窘めるような口調で言った。
「好きに過ごしていいとは言ったけれど、迷惑をかけてはいけないよ」
「オレって、誰彼構わず迷惑かけるような問題児だと思われてる感じ?」
たははと苦笑いを浮かべる男に、審神者の方も似たような笑みを返して再び私たちの方を向いた。ハッとして山姥切の手を振り払い、背筋を伸ばして会釈を返す。審神者は微笑ましげに口の端を緩めると、元来た廊下を戻っていった。それを見送ったブルーの瞳が、当然のように私を映して細められる。
「じゃ、また」
「永遠にさようなら!」
あからさまな作り笑いとともにはっきりと、二度と会うつもりはないと伝えてみる。しかしあの刀剣男士――笹貫は、ふっと息を漏らすように笑うだけで、余裕そうな表情を崩さないまま彼の主のあとに続いた。途端に静かになった廊下に少し安堵したのも束の間、今度は不躾すぎる視線が右半身にグサグサと突き刺さっていた。
「……何か?」
「いや、それほど隠し事が下手で、よく生きていられるな、と」
「うそつけなくても呼吸くらいできますよ……」
「……まあ俺は優しいから、この間の夜に万屋街で何があったのかは聞かないでおいてあげるけど」
「……けど?」
「あの手の輩と縁を切るのは簡単なことじゃないだろう、という助言だけはしておこうかな」
「それ助言? 脅しじゃなくて?」
「覚悟を決めろという意味さ」
「脅してるよね、それ」
山姥切は何も答えは寄越さず、呆れたように首を振って歩みを再開した。おそらく私と笹貫の間に何があったのか、薄々感づいているのだろう。ならば呆れる気持ちも分からんでもない。私の方もそれ以上の弁解はできず、黙って彼のあとに続いた。
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