本戦2:恋の悩みを知る君は
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しっかりと握りこんでいたディーノの手をあっさりと離すと、バジルは名前のそばまで体を寄せ、少しだけ背中を曲げて名前の顔を覗き込んだ。
「すみません、お待たせして」
思いのほか近い距離に迫ったアイスブルーにびくりとして、名前は少しだけ後ずさりそうになる。しかし設定上、彼は恋人にあたるのだと思い出し、ぐっと耐えて口角を持ち上げた。
「大丈夫。用事済んだ?」
「ええ、滞りなく。こちらのシニョールは? お知り合いですか?」
「ええっと……そうだね、知り合い」
言いながら、名前は内心で少しだけ違和感を抱いた。バジルはボンゴレの諜報機関に属している。同盟ファミリーであるディーノの顔など知っていそうなものだが、あえて知らないふりをしているのだろうか。
(……一応仕事中だし、ありえるか)
ならばこの場に留まり続けるのも得策ではないのかもしれない。名前は少し冷静さを取り戻し、バジルからディーノへ視線を移す。ディーノは、またしても彼には珍しく、目を丸くして名前を見ていた。
「えっ、なんですか……?」
「……いや、なんでも。まさかここで会うなんて、思わなかった」
「そうですね、私も驚きました」
「好きなのか? オペラ」
「今日、初めて見ました。思ってたよりおもしろかったです」
「お連れした甲斐がありました」
背筋を伸ばして名前を見下ろすバジルに、名前も少し笑って返す。バジルは恋人の演技を続けている。ならば名前もそれに合わせなければならないし、そもそもディーノとは恋人関係にあるわけではない――妙な気まずさや罪悪感など、感じる必要がないのだ。ざわざわと波打つ心臓を落ち着かせるように、小さく息を吐く。するとすかさずバジルが目の前に手を差し伸べた。
「朝から今までずっと連れ回してしまったからお疲れでしょう。まだ移動が残っていますし、そろそろ出ましょうか」
「……そうだね」
バジルからの助け舟に乗って、ひとまずの退散を試みる。しかしこの目の前の手を取るべきか否か、咄嗟に名前には判断ができなかった。なにせ目の前の男が、じいっと音が出そうなほどに強い視線を、名前に突き刺している。きっとバジルと名前の関係性を見極めようとしているのだろう。
(これは仕事。これは仕事)
できるだけディーノの存在を意識の外に外し、バジルの手を取ろうとする。しかしどうにも踏み切れない。そのくらい、ディーノの眼力は強かった。
「……まったく、何してるの、ディーノ」
もうひとつの助け舟が、思わぬ方から飛んできた。ディーノのパートナーを自称した女性だ。彼女は心底呆れたとでも言いたげに赤い唇を曲げ、それからカツカツとヒールを鳴らして名前とディーノの間に無理矢理割り込む。
「あなたのその肉食獣みたいな瞳を向けるべき相手は私だと思うのだけど?」
「お前、まだそんなこと言って……」
「まだってなによ、まだって! あなた、私のパートナーとしてここに来たんだから当然でしょ!?」
「それは……そうだけどな」
「分かった、あなたが煮えきらないなら交渉の相手を変える。ほら、エスカミーリョ。あなたもカルメンも邪魔だから、さっさと行ってちょうだい」
くるりとドレスの裾を翻し、彼女はバジルの胸元に人差し指を突き立てた。バジルは虚を突かれたようにわずかに目を開いたが、すぐにおもしろそうに笑って「Si.」と頷く。それから中途半端に浮いた名前の手を取ると、機嫌よさげに首を傾げてみせた。
「日本人は恥ずかしがり屋だというのは本当ですね。いつも迷わずこの手を取ってくれたのは2人きりだったから……そんな簡単なことに、今さら気が付いてしまいました」
「そ、そう……だったかな……?」
「あなたの恋人が言うんだからそうなんです。さあ、行きましょう。明日はお待ちかねの観光です。コロッセオから始まってフォロロマーノにサンタンジェロ城。あなたと見たい景色は山のようにある。それにサン・ピエトロ大聖堂のクーポラから見るローマの街の美しさを、ぜひあなたにも知ってほしい」
「そっか、それは、うん、興味ある……かも」
「そうでしょう? あなたをエスコートするプランは完璧です。このあとのドライブも含めて。……ではお二方、良い夜を」
「ええ、あなたたちも。……またね、カルメン」
「お、おやすみなさい……」
流れるように口説き文句めいた言葉を並べ立てたバジルに手を引かれ、名前は少し早足でオペラハウスの玄関へ向かった。いまいち状況をつかみきれずに、なんとなく後ろを振り返る。ニヤニヤと意地の悪い笑顔でしきりに口を動かしている女性と、それに受け答えするようなそぶりを見せるディーノが見えた。しかしその視線だけは、しっかりと名前の方に向いている。肩越しに視線が絡む。途端に居心地悪い気分になり、名前は会釈をしてすぐに顔を前に向けた。
どうやら4人のやりとりは帰路につく人々の視線を集めていたらしく、玄関にたどり着くまでの間に何人かがおもしろがるように名前やバジルに声をかけたり肩を叩いたりしていった。特にでっぷりと太った中年の男性は力強くバジルの背を叩いて彼を激励した。
「さっきの彼が色男だったのは間違いないが、最後にものを言うのはビジュアルじゃない。なあ、シニョリーナ。君の恋人はとびきり良い男だよ。さっき親切にも私の財布を拾って追いかけてくれたんだ」
決して逃がしてはいけないと片目をつぶった男性に、名前は曖昧に笑って頷いた。
人の波に乗って玄関を出ると、夏夜の風が顔をなでた。心を落ち着かせるように深呼吸すると肺の中が新鮮な空気で満たされ、すっきりとした気分になる。そのまま道路を歩き、駐車場で車に乗るまで、バジルは名前の手を離さなかった。
「すみません、急に」
名前を助手席に乗せて運転席に乗り込むやいなや、バジルは深く息を吐いてハンドルにもたれた。それから力なく謝罪の言葉を口にする。何のことかと考えかけ、しかしすぐに強引な恋人ごっこのことだろうと当たりをつける。気にしていないと伝えれば、バジルは安心したように笑ってみせた。
「現地人に絡まれていたように見えたので、慌ててしまって」
「ごめん、私もあの人がいるとはまったく思わず」
「ディーノ殿とお知り合いだったんですね」
「バジルくんも?」
「ええ、仕事で何度か」
先ほどはこちらに合わせて初対面のふりをしてくれたのだろうと続けるバジルの横顔は疲れきっていた。どうやら慣れない演技に相当気をつかっていたらしい。
「そんなに緊張してるようには見えなかった」
「ディーノ殿は鋭い方ですし、いつ見破られるかと気が気ではなかったです。やはり実践の場では気が抜けませんね……」
「運転代わろうか?」
「いえ、自分の任務は最後までまっとうします。……少しだけ気持ちが揺らいだことは秘密にしてくださいますか?」
「もちろん。でも疲れたら言ってね。2時間くらいだっけ?」
「2時間と少し。……ではもうひとつだけ、お願いをしても?」
「うん、なに?」
「居眠り運転阻止のため、会話を続けていただきたいのですが」
「できるだけがんばる」
バジルが車を発進させてからは、彼の希望通り話題を絶やさずに話し続けた。元来あまり会話が得意な方ではなかったが、オペラの感想やバジルの同僚の話、共通の知人であるボンゴレファミリーの面々に関するおしゃべりは決して苦痛ではない。 名前が退屈を持て余さないようにバジルが気をつかったのかもしれないと考えるほどには、名前は夜中にまで続くドライブを楽しむことができた。
「ディーノ殿とはどのようなご関係なのですか?」
都会的な街並みが近づいてきたころ、ふいにそんな話題が投げられた。名前は少しだけ斜め上に視線を動かし、ぐるりと思考を巡らせる。しかし今の関係にしっくりとくる言葉を見つけることはできなかった。
「よく分からない。前は憧れの人だった」
「今は違うのですか?」
「すごい人だとは思うよ」
「ディーノ殿は名前殿のことを、とても気にされていたようですが……」
「あー……なんだろうね、あれ。よく妹分って言われてたし、保護者気分なのかも」
「なるほど。面倒見がいい方なのは、拙者も存じています」
バジルは納得した様子でハンドルを切った。深追いされなかったことにほっと胸をなでおろし、今度は名前からバジルとディーノの思い出話をリクエストする。彼らがどの程度の仲であるのか知っておきたい気持ちがあった。バジルは喜んでそれに応じ、出会ってから今に至るまでのディーノとの記憶を詳細に語ってくれた。彼が見る「跳ね馬ディーノ」は非の打ちどころがない完璧なボスそのもので、名前が抱いていた認識と近い。ディーノという人間はいつでも名前が知るあのままの姿で生きているらしい――そう考えると、オペラハウスで見せた迷うような表情とあの重たい視線が、異質なものに思えて仕方がなかった。
「すみません、お待たせして」
思いのほか近い距離に迫ったアイスブルーにびくりとして、名前は少しだけ後ずさりそうになる。しかし設定上、彼は恋人にあたるのだと思い出し、ぐっと耐えて口角を持ち上げた。
「大丈夫。用事済んだ?」
「ええ、滞りなく。こちらのシニョールは? お知り合いですか?」
「ええっと……そうだね、知り合い」
言いながら、名前は内心で少しだけ違和感を抱いた。バジルはボンゴレの諜報機関に属している。同盟ファミリーであるディーノの顔など知っていそうなものだが、あえて知らないふりをしているのだろうか。
(……一応仕事中だし、ありえるか)
ならばこの場に留まり続けるのも得策ではないのかもしれない。名前は少し冷静さを取り戻し、バジルからディーノへ視線を移す。ディーノは、またしても彼には珍しく、目を丸くして名前を見ていた。
「えっ、なんですか……?」
「……いや、なんでも。まさかここで会うなんて、思わなかった」
「そうですね、私も驚きました」
「好きなのか? オペラ」
「今日、初めて見ました。思ってたよりおもしろかったです」
「お連れした甲斐がありました」
背筋を伸ばして名前を見下ろすバジルに、名前も少し笑って返す。バジルは恋人の演技を続けている。ならば名前もそれに合わせなければならないし、そもそもディーノとは恋人関係にあるわけではない――妙な気まずさや罪悪感など、感じる必要がないのだ。ざわざわと波打つ心臓を落ち着かせるように、小さく息を吐く。するとすかさずバジルが目の前に手を差し伸べた。
「朝から今までずっと連れ回してしまったからお疲れでしょう。まだ移動が残っていますし、そろそろ出ましょうか」
「……そうだね」
バジルからの助け舟に乗って、ひとまずの退散を試みる。しかしこの目の前の手を取るべきか否か、咄嗟に名前には判断ができなかった。なにせ目の前の男が、じいっと音が出そうなほどに強い視線を、名前に突き刺している。きっとバジルと名前の関係性を見極めようとしているのだろう。
(これは仕事。これは仕事)
できるだけディーノの存在を意識の外に外し、バジルの手を取ろうとする。しかしどうにも踏み切れない。そのくらい、ディーノの眼力は強かった。
「……まったく、何してるの、ディーノ」
もうひとつの助け舟が、思わぬ方から飛んできた。ディーノのパートナーを自称した女性だ。彼女は心底呆れたとでも言いたげに赤い唇を曲げ、それからカツカツとヒールを鳴らして名前とディーノの間に無理矢理割り込む。
「あなたのその肉食獣みたいな瞳を向けるべき相手は私だと思うのだけど?」
「お前、まだそんなこと言って……」
「まだってなによ、まだって! あなた、私のパートナーとしてここに来たんだから当然でしょ!?」
「それは……そうだけどな」
「分かった、あなたが煮えきらないなら交渉の相手を変える。ほら、エスカミーリョ。あなたもカルメンも邪魔だから、さっさと行ってちょうだい」
くるりとドレスの裾を翻し、彼女はバジルの胸元に人差し指を突き立てた。バジルは虚を突かれたようにわずかに目を開いたが、すぐにおもしろそうに笑って「Si.」と頷く。それから中途半端に浮いた名前の手を取ると、機嫌よさげに首を傾げてみせた。
「日本人は恥ずかしがり屋だというのは本当ですね。いつも迷わずこの手を取ってくれたのは2人きりだったから……そんな簡単なことに、今さら気が付いてしまいました」
「そ、そう……だったかな……?」
「あなたの恋人が言うんだからそうなんです。さあ、行きましょう。明日はお待ちかねの観光です。コロッセオから始まってフォロロマーノにサンタンジェロ城。あなたと見たい景色は山のようにある。それにサン・ピエトロ大聖堂のクーポラから見るローマの街の美しさを、ぜひあなたにも知ってほしい」
「そっか、それは、うん、興味ある……かも」
「そうでしょう? あなたをエスコートするプランは完璧です。このあとのドライブも含めて。……ではお二方、良い夜を」
「ええ、あなたたちも。……またね、カルメン」
「お、おやすみなさい……」
流れるように口説き文句めいた言葉を並べ立てたバジルに手を引かれ、名前は少し早足でオペラハウスの玄関へ向かった。いまいち状況をつかみきれずに、なんとなく後ろを振り返る。ニヤニヤと意地の悪い笑顔でしきりに口を動かしている女性と、それに受け答えするようなそぶりを見せるディーノが見えた。しかしその視線だけは、しっかりと名前の方に向いている。肩越しに視線が絡む。途端に居心地悪い気分になり、名前は会釈をしてすぐに顔を前に向けた。
どうやら4人のやりとりは帰路につく人々の視線を集めていたらしく、玄関にたどり着くまでの間に何人かがおもしろがるように名前やバジルに声をかけたり肩を叩いたりしていった。特にでっぷりと太った中年の男性は力強くバジルの背を叩いて彼を激励した。
「さっきの彼が色男だったのは間違いないが、最後にものを言うのはビジュアルじゃない。なあ、シニョリーナ。君の恋人はとびきり良い男だよ。さっき親切にも私の財布を拾って追いかけてくれたんだ」
決して逃がしてはいけないと片目をつぶった男性に、名前は曖昧に笑って頷いた。
人の波に乗って玄関を出ると、夏夜の風が顔をなでた。心を落ち着かせるように深呼吸すると肺の中が新鮮な空気で満たされ、すっきりとした気分になる。そのまま道路を歩き、駐車場で車に乗るまで、バジルは名前の手を離さなかった。
「すみません、急に」
名前を助手席に乗せて運転席に乗り込むやいなや、バジルは深く息を吐いてハンドルにもたれた。それから力なく謝罪の言葉を口にする。何のことかと考えかけ、しかしすぐに強引な恋人ごっこのことだろうと当たりをつける。気にしていないと伝えれば、バジルは安心したように笑ってみせた。
「現地人に絡まれていたように見えたので、慌ててしまって」
「ごめん、私もあの人がいるとはまったく思わず」
「ディーノ殿とお知り合いだったんですね」
「バジルくんも?」
「ええ、仕事で何度か」
先ほどはこちらに合わせて初対面のふりをしてくれたのだろうと続けるバジルの横顔は疲れきっていた。どうやら慣れない演技に相当気をつかっていたらしい。
「そんなに緊張してるようには見えなかった」
「ディーノ殿は鋭い方ですし、いつ見破られるかと気が気ではなかったです。やはり実践の場では気が抜けませんね……」
「運転代わろうか?」
「いえ、自分の任務は最後までまっとうします。……少しだけ気持ちが揺らいだことは秘密にしてくださいますか?」
「もちろん。でも疲れたら言ってね。2時間くらいだっけ?」
「2時間と少し。……ではもうひとつだけ、お願いをしても?」
「うん、なに?」
「居眠り運転阻止のため、会話を続けていただきたいのですが」
「できるだけがんばる」
バジルが車を発進させてからは、彼の希望通り話題を絶やさずに話し続けた。元来あまり会話が得意な方ではなかったが、オペラの感想やバジルの同僚の話、共通の知人であるボンゴレファミリーの面々に関するおしゃべりは決して苦痛ではない。 名前が退屈を持て余さないようにバジルが気をつかったのかもしれないと考えるほどには、名前は夜中にまで続くドライブを楽しむことができた。
「ディーノ殿とはどのようなご関係なのですか?」
都会的な街並みが近づいてきたころ、ふいにそんな話題が投げられた。名前は少しだけ斜め上に視線を動かし、ぐるりと思考を巡らせる。しかし今の関係にしっくりとくる言葉を見つけることはできなかった。
「よく分からない。前は憧れの人だった」
「今は違うのですか?」
「すごい人だとは思うよ」
「ディーノ殿は名前殿のことを、とても気にされていたようですが……」
「あー……なんだろうね、あれ。よく妹分って言われてたし、保護者気分なのかも」
「なるほど。面倒見がいい方なのは、拙者も存じています」
バジルは納得した様子でハンドルを切った。深追いされなかったことにほっと胸をなでおろし、今度は名前からバジルとディーノの思い出話をリクエストする。彼らがどの程度の仲であるのか知っておきたい気持ちがあった。バジルは喜んでそれに応じ、出会ってから今に至るまでのディーノとの記憶を詳細に語ってくれた。彼が見る「跳ね馬ディーノ」は非の打ちどころがない完璧なボスそのもので、名前が抱いていた認識と近い。ディーノという人間はいつでも名前が知るあのままの姿で生きているらしい――そう考えると、オペラハウスで見せた迷うような表情とあの重たい視線が、異質なものに思えて仕方がなかった。
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