本戦2:恋の悩みを知る君は
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
名前にとってディーノは憧れの人物だ。かつては幼稚な恋心を向ける相手として、近頃では彼の生き方や人となりに尊敬にも似た思いを抱いている――いずれにせよ、決して悪い感情を持っているわけではない。ただ、彼と恋人関係になりたいかと問われれば、否と即答するほかなかった。
「1月の時点ではまだ少し未練みたいなものもあったかもしれないけど、3月にはもう全部断ち切って清々した気分だったんだよ。やっとケリつけられたぞって。それをあとになってこんな猛アプローチされたって困る」
「タイミングって本当に大事だよね……」
ブツブツと文句とも愚痴ともつかないことを口にする名前に、沢田綱吉は苦く笑った。とてもボンゴレ10代目とは思えない表情に、少しだけ名前の気も抜ける。準備されてから手をつけていなかったスプーンをようやく手に取り、名前は少し早いティータイムを楽しむことにした。
不純な動機から承諾したイタリアへの長期出張が始まった。しばらくの間はディーノの電話から逃れられると、珍しく足取り軽く飛行機に飛び乗ったものの、よく考えてみればこれまでに経験したことのない仕事に取り組むことになる。重大な事実に気が付いた名前は草壁から渡されたマナー本を飛行機の中で熟読し、CEDEFに関する情報を記憶の底から掘り起こしながらイタリアへと降り立った。それが半日前の話だ。
まずはボンゴレ本部で沢田から概要の説明を受け、そのあと直接CEDEFへと向かう段取りとなっている。沢田は 名前を歓迎し、きんと冷えたアイスティーと屋敷のシェフ特製のティラミスを振る舞った。
「お土産に持って帰りたいくらいおいしい」
「伝えておくよ。今回の任務終わったら、バジルくんと食べに来て」
「そのバジルくんっていうのが、CEDEFのお友達? どういう人?」
「あー……ちょっと変わってるところもあるけど、基本的にはまじめで穏やかな感じかな」
「年は?」
「同い年。同年代の女子が周りにいないって困ってたんだ。最初は無理を承知で京子ちゃんかハルに協力をお願いできないかって言われたんだけど」
「大事な女子たちを巻き込みたくなくて私を売った、と。いい性格になったね」
「いやいや! 名前ちゃんなら条件に合ってるし、いやだと思ったら断ってくれるって信じてたから提案しただけで!」
「まあいいけどさ」
中学時代のクラスメイトだった笹川京子やその友人の三浦ハルは、裏社会とはほとんど関わりのない生活を送る一般人だ。下手に巻き込むわけにはいかないという判断は当然のことだし、沢田の言わんとすることもよく分かる。名前とて本心からの嫌味ではなく、冗談のつもりだった。
慌てた様子で名前の顔色を窺う沢田に今度は名前の方が苦笑を浮かべ、ティラミスの隣に広げた書類に視線を戻した。
「ざっと概要見た感じじゃ、うちとはほとんど関係ない仕事っぽいね。深いことは考えず、ただのパートナーとしてついて回るつもりでいるんだけど、それでいいかな」
「うん、大丈夫だと思う。とにかく10日後のパーティーに同行してほしいって話だから」
「? じゃあこの美術館訪問だのオペラ鑑賞だのはなに?」
「それが俺にもよく分からないんだよね」
ほとんど毎日午前中の時間帯には研修が予定されているが、午後のスケジュール表にはパラパラと予定が書きこまれていた。明日の美術館訪問から始まり、オペラや映画の鑑賞にディナーの予定、ただ「カフェ」や「ローマ」などと単語だけが綴られている日もある。予定を一通り確認し2人で首を傾げるも、明確な答えは出てこなかった。
「まあ門外顧問本人は置いといて……部下はみんなできた人たちだって聞くから、そんなに心配はいらないと思う」
「その辺りの心配はしてない。雲雀さんを越える人なんてそうそういないから」
「ああ、それは……うん。いつもおつかれさま」
「お気遣いどうも」
「今回はそんなに難しい任務じゃないし、名前ちゃんができる範囲で協力すればいいと思うから。……バカンスだと思って、楽しんで」
「イタリアに染まってきたね。当財団の夏季休暇は最大5日間となります」
「そう考えるとイタリアで働いててよかったかも。そういえば今、山本も夏季休暇中だよ」
「へー。何してるんだろ」
「相変わらず2人の間の報連相は最低限以下だね……並盛に戻ってるよ」
「え、そうなの? すれ違っちゃったな。元気?」
「元気元気。休暇直前まで獄寺くんともめにもめながら任務こなしてた」
「うちの武が迷惑かけてごめんなさいね……」
「いえいえ、俺も助けられてるので。……話戻るけど、本当にディーノさんと付き合う気、ないの?」
「ないよ」
きっぱりと断言してみせると、沢田は少し困ったように視線を斜め上にやった。どうやら彼はディーノのことを応援しているらしく、何故名前が頷かないのか、その理由を知りたいようだった。
「なんでそんなに気にするの」
「なんでって……あんなにかっこいい、しかも初恋の人からアプローチされてるのに拒否する理由が、分かるようで分からないなって思って。本当にタイミングだけの問題?」
「だけ、ではない。……逆に沢田くんには分かるの?」
「何が?」
「あの人が、私を好きになるということ」
「? それってどういう……」
名前の言葉の意味を掴み切れていない様子の沢田に、名前はぴしりとスプーンを向けた。
「沢田くんにとってディーノさんってどんな人?」
「え……見た目も中身もかっこよくて、おおらかで強くて、いつも輪の中心にいる、頼れる大人?」
「そんなすごい人が、本当に私みたいなの好きになると思う?」
「あー……そういう理由?」
「納得してもらえた?」
「理解はしたけど納得はどうかな。俺は2人の話聞いて、わりとしっくりきた方だから」
「超直感が聞いて呆れるね。ところでこのアイスティーもびっくりするほどおいしいんだけど何か特別な淹れ方でも」
しているのか、と続けようとした言葉を名前はすっと飲み込んだ。沢田の執務室のドアがノックされたからだ。乾いた音が2回、2人きりの室内に響き渡る。沢田は 名前に一言断りを入れると、部屋の外に向かって「どうぞ」と呼びかけた。ドアノブが回るのを横目に、名前はすっと背筋を伸ばし居住まいを正す。さすがに沢田の部下や客人を前に気の抜けた姿をさらす勇気はなかった。
(……客が来るなんて言ってなかった。急な来客かな)
それならば長居は無用だ。そもそも名前もこのあと、CEDEFの所有するビルまで移動し、顔合わせをする予定になっている。邪魔になる前にティラミスとアイスティーを片付けてしまわなければならない。
頭の中でこれからの段取りを組みながら、開かれるドアを何とはなしに見る。廊下に人の気配は少ない。どうやらSPを多くつけた要人というわけでなさそうだと冷静に考え――重厚なドアの隙間から見えた金色に、ピシリと全身の動きが止まった。
「悪い、ツナ。さっきの電話の件、直接話した方が……あれ、名前!?」
急な大声に名前を呼ばれ、びくりと肩が跳ねる。一瞬現実から逃避しかけた意識が目の前へと戻され、今度は口元が分かりやすく引きつる。真剣だったはずの面持ちをパッと綻ばせて歩み寄ってくるのは、渦中の男。キャバッローネファミリーのボス・ディーノだった。
「なんでここにいるんだ? 仕事ってボンゴレ絡みだったのか?」
ディーノは大股で執務室を横切ると断りもなく名前が座るソファに腰かけ、矢継ぎ早に質問を浴びせた。3人ほどが座れる大きなソファだから、狭さは感じない。しかしあまりに明るい声音とまるで周囲に花か星でも飛び散っていそうなほどの笑顔に圧され、名前は座ったまま少しだけあとずさった。ディーノは名前の反応など見えていないのか、身を乗り出すようにしてさらに言葉を続ける。
「今日の俺はツイてる。まさか偶然行った先で愛しい人に会えるなんて、今朝目覚めたときは思いもしなかった」
「はは……」
名前はさらにあとずさり、視線を隣の男からテーブルのティラミスへと移動させる。ディーノのこういった言動に対してどのような返答すべきなのか名前は未だに分からずにいた。ただ乾いた笑いだけを浮かべて、ディーノの言葉を受け流す。
「俺にとっておきのサプライズと幸運を運んでくれた天使は、ここで何してたんだ?」
「その天使とやらのことはまったく存じ上げませんが、私は仕事でここに。お邪魔になるのでもう出ます」
「気遣うなって。このあと、少しでいいから時間くれないか? 久しぶりに会えたし、うまいコーヒーでも飲みに行こうぜ」
「お気遣いなく。最高にすてきなティータイムは沢田くんがご用意してくれたので」
名前はなるべくディーノの方を見ないようにスプーンを手に取り、残りのティラミスを口に運んだ。なくなってしまうのがもったいないからと少しずつ食べ進めていたが、今はこの場所を離れることが先決だ。3口でティラミスを平らげ、半分以上残っていたアイスティーを惜しみつつ一気に飲み込み、立ち上がる。それからさっと片手を上げて、あっけにとられた様子の沢田を見下ろした。
「じゃ、またいつか」
「あ、うん……お元気で……」
「ディーノさんも、失礼します。早く病院行って治した方がいいですよ、頭」
「知ってるか? 恋の病を治せるのは医者じゃないんだ」
「知りませんね。さようなら」
感情をそぎ落とした声で淡々と別れを告げ、名前は振り返ることなく沢田の執務室、そしてボンゴレ本部をあとにした。ディーノが追ってくる気配がないことにほっと胸をなでおろし、大きなキャリーケースを引きずりながらタクシーを拾うべく大通りを目指す。
(誰だ、キャバッローネのシマに近寄らなきゃ大丈夫だなんて楽観的なこと考えてたのは)
まさかボンゴレ本部でディーノに出くわすとは夢にも思わなかったとはいえ、出張前の自分自身に悪態をつきたくなる。引きつっていたはずの口元は屋敷を出た辺りからへの字を描いており、急激に自分の機嫌が悪くなっていくのが分かった。
(……ダメだ。考え始めたらドツボにはまってしまう。深く考えるのはやめよう)
小さく息を吐き出し、気を取り直して視線を持ち上げる。いつかディーノが言っていた通り、日本と比べればイタリアの夏はいくらか過ごしやすいようだ。おそらく湿度が異なるのだろう。しかしそれでも首筋を伝う汗とじりじりと肌を焼かれるような感覚を不快に思いながら、名前は意を決して慣れない道を歩き始めた。
「1月の時点ではまだ少し未練みたいなものもあったかもしれないけど、3月にはもう全部断ち切って清々した気分だったんだよ。やっとケリつけられたぞって。それをあとになってこんな猛アプローチされたって困る」
「タイミングって本当に大事だよね……」
ブツブツと文句とも愚痴ともつかないことを口にする名前に、沢田綱吉は苦く笑った。とてもボンゴレ10代目とは思えない表情に、少しだけ名前の気も抜ける。準備されてから手をつけていなかったスプーンをようやく手に取り、名前は少し早いティータイムを楽しむことにした。
不純な動機から承諾したイタリアへの長期出張が始まった。しばらくの間はディーノの電話から逃れられると、珍しく足取り軽く飛行機に飛び乗ったものの、よく考えてみればこれまでに経験したことのない仕事に取り組むことになる。重大な事実に気が付いた名前は草壁から渡されたマナー本を飛行機の中で熟読し、CEDEFに関する情報を記憶の底から掘り起こしながらイタリアへと降り立った。それが半日前の話だ。
まずはボンゴレ本部で沢田から概要の説明を受け、そのあと直接CEDEFへと向かう段取りとなっている。沢田は 名前を歓迎し、きんと冷えたアイスティーと屋敷のシェフ特製のティラミスを振る舞った。
「お土産に持って帰りたいくらいおいしい」
「伝えておくよ。今回の任務終わったら、バジルくんと食べに来て」
「そのバジルくんっていうのが、CEDEFのお友達? どういう人?」
「あー……ちょっと変わってるところもあるけど、基本的にはまじめで穏やかな感じかな」
「年は?」
「同い年。同年代の女子が周りにいないって困ってたんだ。最初は無理を承知で京子ちゃんかハルに協力をお願いできないかって言われたんだけど」
「大事な女子たちを巻き込みたくなくて私を売った、と。いい性格になったね」
「いやいや! 名前ちゃんなら条件に合ってるし、いやだと思ったら断ってくれるって信じてたから提案しただけで!」
「まあいいけどさ」
中学時代のクラスメイトだった笹川京子やその友人の三浦ハルは、裏社会とはほとんど関わりのない生活を送る一般人だ。下手に巻き込むわけにはいかないという判断は当然のことだし、沢田の言わんとすることもよく分かる。名前とて本心からの嫌味ではなく、冗談のつもりだった。
慌てた様子で名前の顔色を窺う沢田に今度は名前の方が苦笑を浮かべ、ティラミスの隣に広げた書類に視線を戻した。
「ざっと概要見た感じじゃ、うちとはほとんど関係ない仕事っぽいね。深いことは考えず、ただのパートナーとしてついて回るつもりでいるんだけど、それでいいかな」
「うん、大丈夫だと思う。とにかく10日後のパーティーに同行してほしいって話だから」
「? じゃあこの美術館訪問だのオペラ鑑賞だのはなに?」
「それが俺にもよく分からないんだよね」
ほとんど毎日午前中の時間帯には研修が予定されているが、午後のスケジュール表にはパラパラと予定が書きこまれていた。明日の美術館訪問から始まり、オペラや映画の鑑賞にディナーの予定、ただ「カフェ」や「ローマ」などと単語だけが綴られている日もある。予定を一通り確認し2人で首を傾げるも、明確な答えは出てこなかった。
「まあ門外顧問本人は置いといて……部下はみんなできた人たちだって聞くから、そんなに心配はいらないと思う」
「その辺りの心配はしてない。雲雀さんを越える人なんてそうそういないから」
「ああ、それは……うん。いつもおつかれさま」
「お気遣いどうも」
「今回はそんなに難しい任務じゃないし、名前ちゃんができる範囲で協力すればいいと思うから。……バカンスだと思って、楽しんで」
「イタリアに染まってきたね。当財団の夏季休暇は最大5日間となります」
「そう考えるとイタリアで働いててよかったかも。そういえば今、山本も夏季休暇中だよ」
「へー。何してるんだろ」
「相変わらず2人の間の報連相は最低限以下だね……並盛に戻ってるよ」
「え、そうなの? すれ違っちゃったな。元気?」
「元気元気。休暇直前まで獄寺くんともめにもめながら任務こなしてた」
「うちの武が迷惑かけてごめんなさいね……」
「いえいえ、俺も助けられてるので。……話戻るけど、本当にディーノさんと付き合う気、ないの?」
「ないよ」
きっぱりと断言してみせると、沢田は少し困ったように視線を斜め上にやった。どうやら彼はディーノのことを応援しているらしく、何故名前が頷かないのか、その理由を知りたいようだった。
「なんでそんなに気にするの」
「なんでって……あんなにかっこいい、しかも初恋の人からアプローチされてるのに拒否する理由が、分かるようで分からないなって思って。本当にタイミングだけの問題?」
「だけ、ではない。……逆に沢田くんには分かるの?」
「何が?」
「あの人が、私を好きになるということ」
「? それってどういう……」
名前の言葉の意味を掴み切れていない様子の沢田に、名前はぴしりとスプーンを向けた。
「沢田くんにとってディーノさんってどんな人?」
「え……見た目も中身もかっこよくて、おおらかで強くて、いつも輪の中心にいる、頼れる大人?」
「そんなすごい人が、本当に私みたいなの好きになると思う?」
「あー……そういう理由?」
「納得してもらえた?」
「理解はしたけど納得はどうかな。俺は2人の話聞いて、わりとしっくりきた方だから」
「超直感が聞いて呆れるね。ところでこのアイスティーもびっくりするほどおいしいんだけど何か特別な淹れ方でも」
しているのか、と続けようとした言葉を名前はすっと飲み込んだ。沢田の執務室のドアがノックされたからだ。乾いた音が2回、2人きりの室内に響き渡る。沢田は 名前に一言断りを入れると、部屋の外に向かって「どうぞ」と呼びかけた。ドアノブが回るのを横目に、名前はすっと背筋を伸ばし居住まいを正す。さすがに沢田の部下や客人を前に気の抜けた姿をさらす勇気はなかった。
(……客が来るなんて言ってなかった。急な来客かな)
それならば長居は無用だ。そもそも名前もこのあと、CEDEFの所有するビルまで移動し、顔合わせをする予定になっている。邪魔になる前にティラミスとアイスティーを片付けてしまわなければならない。
頭の中でこれからの段取りを組みながら、開かれるドアを何とはなしに見る。廊下に人の気配は少ない。どうやらSPを多くつけた要人というわけでなさそうだと冷静に考え――重厚なドアの隙間から見えた金色に、ピシリと全身の動きが止まった。
「悪い、ツナ。さっきの電話の件、直接話した方が……あれ、名前!?」
急な大声に名前を呼ばれ、びくりと肩が跳ねる。一瞬現実から逃避しかけた意識が目の前へと戻され、今度は口元が分かりやすく引きつる。真剣だったはずの面持ちをパッと綻ばせて歩み寄ってくるのは、渦中の男。キャバッローネファミリーのボス・ディーノだった。
「なんでここにいるんだ? 仕事ってボンゴレ絡みだったのか?」
ディーノは大股で執務室を横切ると断りもなく名前が座るソファに腰かけ、矢継ぎ早に質問を浴びせた。3人ほどが座れる大きなソファだから、狭さは感じない。しかしあまりに明るい声音とまるで周囲に花か星でも飛び散っていそうなほどの笑顔に圧され、名前は座ったまま少しだけあとずさった。ディーノは名前の反応など見えていないのか、身を乗り出すようにしてさらに言葉を続ける。
「今日の俺はツイてる。まさか偶然行った先で愛しい人に会えるなんて、今朝目覚めたときは思いもしなかった」
「はは……」
名前はさらにあとずさり、視線を隣の男からテーブルのティラミスへと移動させる。ディーノのこういった言動に対してどのような返答すべきなのか名前は未だに分からずにいた。ただ乾いた笑いだけを浮かべて、ディーノの言葉を受け流す。
「俺にとっておきのサプライズと幸運を運んでくれた天使は、ここで何してたんだ?」
「その天使とやらのことはまったく存じ上げませんが、私は仕事でここに。お邪魔になるのでもう出ます」
「気遣うなって。このあと、少しでいいから時間くれないか? 久しぶりに会えたし、うまいコーヒーでも飲みに行こうぜ」
「お気遣いなく。最高にすてきなティータイムは沢田くんがご用意してくれたので」
名前はなるべくディーノの方を見ないようにスプーンを手に取り、残りのティラミスを口に運んだ。なくなってしまうのがもったいないからと少しずつ食べ進めていたが、今はこの場所を離れることが先決だ。3口でティラミスを平らげ、半分以上残っていたアイスティーを惜しみつつ一気に飲み込み、立ち上がる。それからさっと片手を上げて、あっけにとられた様子の沢田を見下ろした。
「じゃ、またいつか」
「あ、うん……お元気で……」
「ディーノさんも、失礼します。早く病院行って治した方がいいですよ、頭」
「知ってるか? 恋の病を治せるのは医者じゃないんだ」
「知りませんね。さようなら」
感情をそぎ落とした声で淡々と別れを告げ、名前は振り返ることなく沢田の執務室、そしてボンゴレ本部をあとにした。ディーノが追ってくる気配がないことにほっと胸をなでおろし、大きなキャリーケースを引きずりながらタクシーを拾うべく大通りを目指す。
(誰だ、キャバッローネのシマに近寄らなきゃ大丈夫だなんて楽観的なこと考えてたのは)
まさかボンゴレ本部でディーノに出くわすとは夢にも思わなかったとはいえ、出張前の自分自身に悪態をつきたくなる。引きつっていたはずの口元は屋敷を出た辺りからへの字を描いており、急激に自分の機嫌が悪くなっていくのが分かった。
(……ダメだ。考え始めたらドツボにはまってしまう。深く考えるのはやめよう)
小さく息を吐き出し、気を取り直して視線を持ち上げる。いつかディーノが言っていた通り、日本と比べればイタリアの夏はいくらか過ごしやすいようだ。おそらく湿度が異なるのだろう。しかしそれでも首筋を伝う汗とじりじりと肌を焼かれるような感覚を不快に思いながら、名前は意を決して慣れない道を歩き始めた。