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人の目を見ることがすこぶる苦手だ。他人と視線がぶつかると、途端にそわそわと落ち着かない気分になる。
自分の視線は相手にとって不快ではないか。相手は私の目を見て何を思うのか。私ですら自覚していない思いを悟られてしまうのではないか。瞬時に頭を巡るいくつもの不安によって体までもが緊張し、ぎこちなく、自分の手元に視線を移してしまう。
その行動が礼儀を欠くものだと分かっていても、どうしても目を合わせることができない。合わせられたとしても、せいぜい2秒。それ以上は不安や羞恥が勝って、相手の目を見ることができなかった。
幸い本丸の刀たちから指摘されたことはなかったが――ついに、真正面から、その癖を指摘する刀が現れた。
「主って、あんまり目が合わないよね」
なんのことはない世間話だったのだろう。お茶を飲みながら、後家兼光は軽い口調でそう言った。ぎくりとしたが、なんでもない風を装ってそろそろと視線を彼に向ける。後家は座卓の向こう側から、真っ直ぐに私を見ていた。
「は……恥ずかしくて」
言いながら、なんとか視線の位置を固定する。すぐに目をそらしては彼に失礼だし、それ見たことかと笑われてしまうかもしれない。今にも湯呑に逃げ出してしまいそうな双眸を必死になって正面に向けたが、意外にも、彼の方から青みがかった灰色の瞳をあらぬ方向に泳がせた。不快な思いでもさせたのかと背中がひやりとしたが、弧を描く薄い唇を見つけて胸をなでおろす。冷め始めたお茶を一口飲み込んでから、彼は「分かるな」と、思いがけないことを口にした。
「その気持ち、ボクも似たようなものだから」
「後家が……? 人見知りには、見えないけど」
「うん、自分のことは人見知りではないと認識しているよ。どちらかと言わずとも、誰と話すのも楽しめるタイプ」
「そう、だよね……。私と似てるところなんて、ないと思うけど」
後家兼光は社交的な刀だ。顕現初日から、顔なじみの上杉家の刀たち以外とも積極的にかかわり、そのうえでうまく立ち回っている。一言多い性質のようで、時折周囲がハラハラするときもあると聞いているが、それでも大きなトラブルにまでは発展していないから、ある程度の節度は守れているのだろう。事実、最も新入りであるはずなのに、何年も前から本丸にいたかのようにこの場所に馴染んでいた。
そんな彼が、私と似ているわけがない。
なるべく卑屈に聞こえないように返した本音に、彼は小さい笑い声を漏らした。
「いや、実はボクも、キミとはあまり目を合わせられずにいる」
「えっ? そうなの?」
「あ、気づいてなかった? ラッキーと言うべきか、空回りしてると言うべきか。でもまあ、つまりはボクも主と変わらないということだよ」
「……でも後家は人見知りとかじゃないよね? 目を合わせるのだけが苦手ってこと?」
「ううん、他の刀はへーき。キミに対してだけだよ」
「……」
それは、プラスにとるべきなのか、マイナスにとるべきなのか。
いまいち判断しかねて眉根を寄せると、小さかった笑い声が音量を増した。からかわれているらしいと気がつき口角を下げる。どうせ見えてはいないだろうと思ってのことだったが、とうとう後家は遠慮のない笑い声を上げて、座卓に突っ伏してしまった。プルプルと震える肩に、こちらも多少おもしろくない気持ちになる。
「……なに?」
「いやいや、かわいい人だなって思って」
「……長船の刀って、すぐそういうこと言うよね」
「そうなの? でも安心して、ボクのは本心だから」
「長船はみんな、そこまで言うのがセットだよ」
「みんな根は似てるのかな? はー、笑った笑った。君といると毎日楽しいよ。その愛らしい目を見れないことだけが、ちょっと残念だな」
「……ごめん」
「謝るようなことじゃない。今の時点では、このくらいでちょうどいいんだ」
先ほどから後家が言わんとすることがぼやけて分からず、視線も下に向いていく。後家は聡い刀だ、私が不完全燃焼状態であることには気がついているだろうに、きっとそのこと自体を楽しんでいる。趣味が良いは言えない。しかしうまく目を合わせることができないというある種の負い目があるために、深く突っ込むこともできない。モヤモヤとした思いばかりが増していくが、それを解消する術を私は有していなかった。
「……知りたい? ボクが主の目を見れない理由」
もったいぶった問いかけにそちらを見れば、挑戦的に細められた目が同じように私を見ていた。お腹の底が不快にざわめき、咄嗟に視界の中心を彼の湯呑に移動させる。今度は、後家が笑う気配はなかった。代わりと言わんばかりに続いた言葉は、普段の茶化すような声音とは少し違った。
「好きになっちゃうから」
「……というと?」
「うん? それ以上はないよ? キミの目を見ると好きになっちゃうから、あんまり見ることができない」
あっさりと言い切った男に、思わず視線が持ち上がった。再び視界の中心に戻ってきたグレーの双眸は、私の瞳を認めてうっとりと細められる。
「ほら、また好きになった」
やわらかいながらも真剣みを帯びた口調。決して冗談ではないのだと、ふたつの灰色が雄弁に語る。彼が訴えた思いは耳と目から長い時間をかけて脳内に到達し、さらに時間をかけてその意味を解析されていく。そもそも、解析するほどの難解さなどない。何せ彼は、とてつもなくストレートに言ったのだ。
私の目を見ると、好きになってしまうと。
彼自身が言う通り、その言葉に、それ以上の意味はないだろう。
唖然として動きを止めた私に追い打ちをかけるように、後家はさらに続ける。
「ちなみにだけど、ボクは別に女性と目を合わせるのが苦手というわけではないし、なんならキミの目だって見ようと思えばいくらでも見ていられるよ。ただ気持ちを抑えられなくなっちゃうのが分かってるから、行動をセーブしてるってだけ。本当なら、ずっとこうやって見つめ合っていたいと思ってるよ。……ま、キミが他の男とこうすることはないって分かってるから少しは悠長にしていられるし、我慢もきいてるけど」
かろうじて、言葉の意味は理解できる。
しかし彼の意図が、まったくもって理解できない。
これではまるで愛の告白だ。彼が私を特別に好いているように思えてくる。けれど今まで彼はそのような素振りを少しも見せなかった。今、こうして思いを吐露して、どうしたいのかも分からない。私のことを試しているのだろうか。そこまでの意図などなく、ただ言ってみたたけという可能性もある。
この現状を彼がどうしたいのか、まったくもって分からない。
「もう何秒くらい経ったかな、目が合ってから。最長記録だね」
「!」
あっけらかんとした指摘にハッとして、丸まっていた背筋が反射的に伸びる。それから急に、頭がカッと熱くなった。
なんだ、好きになっちゃうって。
なんだ、愛の告白って。
普通に受け入れかけていたが、まったくもって普通ではない。彼が私を好きになる理由などないし、どうせ長船流もしくは上杉流の冗談に決まっている。
真に受けてしまった恥ずかしさや自意識過剰な自分への嫌悪感、その他ごちゃごちゃと渦巻く思考と、未だ私のことを見つめているブルーグレーの瞳から逃れるように立ち上がり、慌ただしく部屋を出る。後家は私を引き留めはしなかったが――
「ざーんねん。逃げられちゃった。けどま、宣言しちゃったからにはもう、攻めるしかないよね」
――涼しげな声だけが私の背を追って、不穏な言葉を届けてくれた。
自分の視線は相手にとって不快ではないか。相手は私の目を見て何を思うのか。私ですら自覚していない思いを悟られてしまうのではないか。瞬時に頭を巡るいくつもの不安によって体までもが緊張し、ぎこちなく、自分の手元に視線を移してしまう。
その行動が礼儀を欠くものだと分かっていても、どうしても目を合わせることができない。合わせられたとしても、せいぜい2秒。それ以上は不安や羞恥が勝って、相手の目を見ることができなかった。
幸い本丸の刀たちから指摘されたことはなかったが――ついに、真正面から、その癖を指摘する刀が現れた。
「主って、あんまり目が合わないよね」
なんのことはない世間話だったのだろう。お茶を飲みながら、後家兼光は軽い口調でそう言った。ぎくりとしたが、なんでもない風を装ってそろそろと視線を彼に向ける。後家は座卓の向こう側から、真っ直ぐに私を見ていた。
「は……恥ずかしくて」
言いながら、なんとか視線の位置を固定する。すぐに目をそらしては彼に失礼だし、それ見たことかと笑われてしまうかもしれない。今にも湯呑に逃げ出してしまいそうな双眸を必死になって正面に向けたが、意外にも、彼の方から青みがかった灰色の瞳をあらぬ方向に泳がせた。不快な思いでもさせたのかと背中がひやりとしたが、弧を描く薄い唇を見つけて胸をなでおろす。冷め始めたお茶を一口飲み込んでから、彼は「分かるな」と、思いがけないことを口にした。
「その気持ち、ボクも似たようなものだから」
「後家が……? 人見知りには、見えないけど」
「うん、自分のことは人見知りではないと認識しているよ。どちらかと言わずとも、誰と話すのも楽しめるタイプ」
「そう、だよね……。私と似てるところなんて、ないと思うけど」
後家兼光は社交的な刀だ。顕現初日から、顔なじみの上杉家の刀たち以外とも積極的にかかわり、そのうえでうまく立ち回っている。一言多い性質のようで、時折周囲がハラハラするときもあると聞いているが、それでも大きなトラブルにまでは発展していないから、ある程度の節度は守れているのだろう。事実、最も新入りであるはずなのに、何年も前から本丸にいたかのようにこの場所に馴染んでいた。
そんな彼が、私と似ているわけがない。
なるべく卑屈に聞こえないように返した本音に、彼は小さい笑い声を漏らした。
「いや、実はボクも、キミとはあまり目を合わせられずにいる」
「えっ? そうなの?」
「あ、気づいてなかった? ラッキーと言うべきか、空回りしてると言うべきか。でもまあ、つまりはボクも主と変わらないということだよ」
「……でも後家は人見知りとかじゃないよね? 目を合わせるのだけが苦手ってこと?」
「ううん、他の刀はへーき。キミに対してだけだよ」
「……」
それは、プラスにとるべきなのか、マイナスにとるべきなのか。
いまいち判断しかねて眉根を寄せると、小さかった笑い声が音量を増した。からかわれているらしいと気がつき口角を下げる。どうせ見えてはいないだろうと思ってのことだったが、とうとう後家は遠慮のない笑い声を上げて、座卓に突っ伏してしまった。プルプルと震える肩に、こちらも多少おもしろくない気持ちになる。
「……なに?」
「いやいや、かわいい人だなって思って」
「……長船の刀って、すぐそういうこと言うよね」
「そうなの? でも安心して、ボクのは本心だから」
「長船はみんな、そこまで言うのがセットだよ」
「みんな根は似てるのかな? はー、笑った笑った。君といると毎日楽しいよ。その愛らしい目を見れないことだけが、ちょっと残念だな」
「……ごめん」
「謝るようなことじゃない。今の時点では、このくらいでちょうどいいんだ」
先ほどから後家が言わんとすることがぼやけて分からず、視線も下に向いていく。後家は聡い刀だ、私が不完全燃焼状態であることには気がついているだろうに、きっとそのこと自体を楽しんでいる。趣味が良いは言えない。しかしうまく目を合わせることができないというある種の負い目があるために、深く突っ込むこともできない。モヤモヤとした思いばかりが増していくが、それを解消する術を私は有していなかった。
「……知りたい? ボクが主の目を見れない理由」
もったいぶった問いかけにそちらを見れば、挑戦的に細められた目が同じように私を見ていた。お腹の底が不快にざわめき、咄嗟に視界の中心を彼の湯呑に移動させる。今度は、後家が笑う気配はなかった。代わりと言わんばかりに続いた言葉は、普段の茶化すような声音とは少し違った。
「好きになっちゃうから」
「……というと?」
「うん? それ以上はないよ? キミの目を見ると好きになっちゃうから、あんまり見ることができない」
あっさりと言い切った男に、思わず視線が持ち上がった。再び視界の中心に戻ってきたグレーの双眸は、私の瞳を認めてうっとりと細められる。
「ほら、また好きになった」
やわらかいながらも真剣みを帯びた口調。決して冗談ではないのだと、ふたつの灰色が雄弁に語る。彼が訴えた思いは耳と目から長い時間をかけて脳内に到達し、さらに時間をかけてその意味を解析されていく。そもそも、解析するほどの難解さなどない。何せ彼は、とてつもなくストレートに言ったのだ。
私の目を見ると、好きになってしまうと。
彼自身が言う通り、その言葉に、それ以上の意味はないだろう。
唖然として動きを止めた私に追い打ちをかけるように、後家はさらに続ける。
「ちなみにだけど、ボクは別に女性と目を合わせるのが苦手というわけではないし、なんならキミの目だって見ようと思えばいくらでも見ていられるよ。ただ気持ちを抑えられなくなっちゃうのが分かってるから、行動をセーブしてるってだけ。本当なら、ずっとこうやって見つめ合っていたいと思ってるよ。……ま、キミが他の男とこうすることはないって分かってるから少しは悠長にしていられるし、我慢もきいてるけど」
かろうじて、言葉の意味は理解できる。
しかし彼の意図が、まったくもって理解できない。
これではまるで愛の告白だ。彼が私を特別に好いているように思えてくる。けれど今まで彼はそのような素振りを少しも見せなかった。今、こうして思いを吐露して、どうしたいのかも分からない。私のことを試しているのだろうか。そこまでの意図などなく、ただ言ってみたたけという可能性もある。
この現状を彼がどうしたいのか、まったくもって分からない。
「もう何秒くらい経ったかな、目が合ってから。最長記録だね」
「!」
あっけらかんとした指摘にハッとして、丸まっていた背筋が反射的に伸びる。それから急に、頭がカッと熱くなった。
なんだ、好きになっちゃうって。
なんだ、愛の告白って。
普通に受け入れかけていたが、まったくもって普通ではない。彼が私を好きになる理由などないし、どうせ長船流もしくは上杉流の冗談に決まっている。
真に受けてしまった恥ずかしさや自意識過剰な自分への嫌悪感、その他ごちゃごちゃと渦巻く思考と、未だ私のことを見つめているブルーグレーの瞳から逃れるように立ち上がり、慌ただしく部屋を出る。後家は私を引き留めはしなかったが――
「ざーんねん。逃げられちゃった。けどま、宣言しちゃったからにはもう、攻めるしかないよね」
――涼しげな声だけが私の背を追って、不穏な言葉を届けてくれた。