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熱気がほんの少しだけ和らいだ夏の夜。自室の布団の上で恋人に手を取られる。
実休と特別な関係になってからそれなりに月日が過ぎた。最初のうちは目が合うだけで照れくさくなってお互い無意味に笑い合うようなこともあったが、最近では彼の体温にも慣れてきた。手をつないだりハグをしたり、時には唇を重ねたり、それ以上のことをしたり。世間の恋人同士がするような経験は一通りしたように思う。
今夜もまたふらりと私の部屋を訪れた実休を招き入れ、クーラーの冷気が逃げない程度に開けた障子の隙間から月を眺めながら、身を寄せ合って過ごしていた。すでに敷いていた布団の上。肩が触れ合い、戯れに指を絡め、熱っぽい視線に見下ろされれば、そういう雰囲気になるのも当然のこと。
「おいで」
障子越しにやわらかく差し込む月明かりを受けながら、実休はくらくらするほど甘い声音でささやき、そっと私の手を引いた。大きな手に込められた力は強くはない。そもそも拒否されることなど微塵も考えていないこの太刀は、自らが背中から布団に横たわり、その上に私を座らせた。浴衣越しでも鍛えていることがよく伝わるお腹をまたぐようにして、恋人を見下ろす。実休はそれだけでもどこか満足げに目を細めながら、傷だらけの腕を伸ばして私の後頭部に手を回した。
「ストップ」
「うん?」
いつもならばそのまま重なっていた唇に手のひらを押しつける。思いがけない感触にパチリとまたたいた実休の表情は幼い。声には出さずとも「どうしたの?」という疑問を呈する声が聞こえた気がした。
「これではキスができないけれど」
「ご、ごめん……じゃなくて」
眉尻を下げていかにも困ったと言いたげに小首を傾げる実休に危うくほだされそうになったが、ぶんぶんと首を振って理性を保つ。事が始まってさまざまなことが有耶無耶になる前に、今日こそは長らく抱いて来た疑問を解消させたかった。
「あのさ、毎回気になってたんだけど」
「毎回というのは、体を重ねるたびにということ?」
「そこはあんまり深堀しなくていいんだけど。その……なんか毎回、この体勢から始まってない?」
「肌を合わせるのが?」
「言葉変えればいいってわけでもないんだけど。……まあそうなんだけど」
先日、ふと気がついた。多くの場合、男性が女性を押し倒すというシチュエーションの方がポピュラーだ。しかし私と実休がそういう雰囲気になったとき、何故か私はいつも彼の上にいて、ぽやんとした紫色の瞳を見下ろしている。かといって彼が主導権を握らせてくれるわけでもなく、いつも私がいいようにされているわけだが、それはさておき。何故この恋人は私を上に乗せたがるのだろうかという、ものすごく単純な疑問が頭に浮かんだ。
「うん、そうだね」
多少の気恥ずかしさも感じながら返答を待っていると、実休は実にあっさりと頷いて見せた。
「この方が良いと思って」
「良いというのは……? その、本当は私に主導権握ってほしい的な、そういうこと……?」
「違うね」
「違うんかーい」
「うん。ただ君に、痛い思いとか怖い思いはしてほしくないというだけ」
「? どういうこと?」
「君はこんなに小さくて、やわいから」
常につけている手袋から解放された手が、そっと私の手首を握る。別に私の身長が特別低いわけでも、体つきが細いわけでもない。けれど人間の平均身長を大きく上回る肉体を持つ彼との間には、私の手首に親指と人差し指を回しても指が余ってしまうほどの体格差がある。
「押し倒した拍子にどこかにぶつけてしまうかもしれないし、僕のような大きな男が覆いかぶさったら恐怖だって感じるかもしれない。もちろん君に触れるときは細心の注意は払っているけれど、それでも頑丈な僕が君を受け止める方が、間違いがないと思うんだ」
そう言ってふんわりと笑って見せる刀に、じんわりと胸が熱くなる。
大切に扱ってくれているとは思っていた。彼が触れたいと思ったときには遠慮なくどんどん手を伸ばしてくるが、それでもいつも、私の肌や髪に触れる直前、この無骨な指は躊躇するように動きを止める。ほんの一瞬ためらって、それからそっと、衝撃を与えないように触れ始める。まるで、眠っている赤ん坊に触れるときのように。その一瞬だけの仕草が、彼の私に対する思いの表れのような気がして、好きだと思っていた。
けれどまさか、この体勢の答えまでもがそれだとは、少しも思っていなかった。
「……実休ってほんと私のこと好きだよね」
照れ隠しにわざと茶化すような言葉を投げる。それが通じているのかいないのか、当の実休はパッと表情を明るくさせて「うん」と子どものように頷く。
「好きだよ、とても。僕ね、君に触れるのが、いつも待ち遠しいんだ。出陣しても演練に行っても、ああ帰らなきゃって思う。君に会って、触れたいから」
「オッケーオッケー。もう分かった。もう大丈夫」
「疑問は解消された?」
「されたされた」
「じゃあ続きを……」
ふと言葉を止めた実休を不思議に思い、その名を呼ぶ。しかし返事は返らない。彼は何を考えているのか分からないぽやんとした表情のまま、何故か急に、体を起こした。
「うわっ……!?」
彼のお腹をまたいで座っていた私は当然のようにバランスを崩す。重心の位置がずれた体は後ろ向きに倒れ、視界が反転。このままでは背中も頭も布団にぶつかることだろう。衝撃を覚悟して、ぎゅっと目を閉じる。しかし思っていたような痛みはいつまで経っても訪れず、代わりに後頭部に、ゴツゴツとした骨ばった指の感触。恐る恐る目を開けば、よく見慣れた天井と、それをバックに私を見下ろす恋人が、そこにいた。
「びっくりしたー……」
「ごめん、ふと思い立ってしまって」
「別にいいけど……どうしたの?」
「僕は君を大事にするあまり、君の望みを叶えてあげられていなかったんだね」
「望み?」
「こうされたかったってことかと思ったんだけど」
「!?」
とんと軽い音とともに、顔の両脇に実休の腕が落とされた。彼は布団に肘をつき、両の手のひらで私の耳の辺りを包み込む。それからぐっと、穏やかな微笑みを携えた端正なお顔が、至近距離まで寄せられた。全身にずしりと心地良い重みを感じる。押し倒されたというよりは、覆いかぶさられたという表現が近い。押しつぶされるようにして重なったお互いの心臓が、鼓動を速めて何度も相手の胸に触れる。突然のことに、それも慣れない体勢に、平静を保つことができない。口を半開きにして動きを止めた私に、実休は唇の端だけを上げるようにして笑った。
「お気に召したみたいで良かった」
「え、いや」
「やってみて分かったけれど、僕も好きだな、この体勢。いつもは叶わない願いが叶ったみたいに思える」
「ね、願い?」
「うん。君を僕だけのものにして、閉じ込めてしまいたいっていう願い」
「ひええ……何か怖いこと言ってる……」
「ああ、ごめん。浮かれて余計なことを口に出してしまったみたいだ。怖い思いが薄れるように、がんばるね」
「がんばるんじゃなくて撤回をしてもらえればそれで……」
至極真っ当な私からのお願いは、お返事もなくあっさりと聞き流された。にこやかな笑顔がさらに距離をなくしてこちらに迫り、焦点がぼやける。確かに彼が言った通り、いざこうして組み敷かれてみると多少は不安な気持ちにもなる。だってどうやっても、彼の下からは逃げられない。
(いつもなら逃げ道が……逃げ道、が……?)
ふと、気がつく。
あっただろうか、逃げ道。
たとえ私が彼の上に乗っていようとも、こうしてキスをするときにはがっちり抱き込まれていたような、いなかったような。翌朝にはいつも腰の辺りに、赤い指のあとが残っていたような、いなかったような。どちらにしろ、特に逃げることはできなかったような、そうでもなかったような。そういえば、主導権は渡してはもらえなかったのだ。そう考えるとこれも、結局いつもとあまり変わりはしない。私にこだわりは特にないから、実休が望むのならばこの体勢をスタンダードにしてもらっても問題ないのかもしれない。まんざらでもない気分で、小さく笑みを零す。
「ね、僕に集中して」
こつんと、咎めるように軽く額をぶつけられる。ちゃんとあなたのことを考えていたのにとは口に出さず、苦笑しながら両手を首に回してやると、大きな恋人はほっと口元を緩めて唇を重ねてきた。少し丸みを帯びた目の奥でぼんやりと輝く紫は、陰の中でも美しい。わずかな月明かりを背に受けながら、実休はあくまで穏やかに、獰猛な願いをきれいに覆い隠して微笑んだ。
実休と特別な関係になってからそれなりに月日が過ぎた。最初のうちは目が合うだけで照れくさくなってお互い無意味に笑い合うようなこともあったが、最近では彼の体温にも慣れてきた。手をつないだりハグをしたり、時には唇を重ねたり、それ以上のことをしたり。世間の恋人同士がするような経験は一通りしたように思う。
今夜もまたふらりと私の部屋を訪れた実休を招き入れ、クーラーの冷気が逃げない程度に開けた障子の隙間から月を眺めながら、身を寄せ合って過ごしていた。すでに敷いていた布団の上。肩が触れ合い、戯れに指を絡め、熱っぽい視線に見下ろされれば、そういう雰囲気になるのも当然のこと。
「おいで」
障子越しにやわらかく差し込む月明かりを受けながら、実休はくらくらするほど甘い声音でささやき、そっと私の手を引いた。大きな手に込められた力は強くはない。そもそも拒否されることなど微塵も考えていないこの太刀は、自らが背中から布団に横たわり、その上に私を座らせた。浴衣越しでも鍛えていることがよく伝わるお腹をまたぐようにして、恋人を見下ろす。実休はそれだけでもどこか満足げに目を細めながら、傷だらけの腕を伸ばして私の後頭部に手を回した。
「ストップ」
「うん?」
いつもならばそのまま重なっていた唇に手のひらを押しつける。思いがけない感触にパチリとまたたいた実休の表情は幼い。声には出さずとも「どうしたの?」という疑問を呈する声が聞こえた気がした。
「これではキスができないけれど」
「ご、ごめん……じゃなくて」
眉尻を下げていかにも困ったと言いたげに小首を傾げる実休に危うくほだされそうになったが、ぶんぶんと首を振って理性を保つ。事が始まってさまざまなことが有耶無耶になる前に、今日こそは長らく抱いて来た疑問を解消させたかった。
「あのさ、毎回気になってたんだけど」
「毎回というのは、体を重ねるたびにということ?」
「そこはあんまり深堀しなくていいんだけど。その……なんか毎回、この体勢から始まってない?」
「肌を合わせるのが?」
「言葉変えればいいってわけでもないんだけど。……まあそうなんだけど」
先日、ふと気がついた。多くの場合、男性が女性を押し倒すというシチュエーションの方がポピュラーだ。しかし私と実休がそういう雰囲気になったとき、何故か私はいつも彼の上にいて、ぽやんとした紫色の瞳を見下ろしている。かといって彼が主導権を握らせてくれるわけでもなく、いつも私がいいようにされているわけだが、それはさておき。何故この恋人は私を上に乗せたがるのだろうかという、ものすごく単純な疑問が頭に浮かんだ。
「うん、そうだね」
多少の気恥ずかしさも感じながら返答を待っていると、実休は実にあっさりと頷いて見せた。
「この方が良いと思って」
「良いというのは……? その、本当は私に主導権握ってほしい的な、そういうこと……?」
「違うね」
「違うんかーい」
「うん。ただ君に、痛い思いとか怖い思いはしてほしくないというだけ」
「? どういうこと?」
「君はこんなに小さくて、やわいから」
常につけている手袋から解放された手が、そっと私の手首を握る。別に私の身長が特別低いわけでも、体つきが細いわけでもない。けれど人間の平均身長を大きく上回る肉体を持つ彼との間には、私の手首に親指と人差し指を回しても指が余ってしまうほどの体格差がある。
「押し倒した拍子にどこかにぶつけてしまうかもしれないし、僕のような大きな男が覆いかぶさったら恐怖だって感じるかもしれない。もちろん君に触れるときは細心の注意は払っているけれど、それでも頑丈な僕が君を受け止める方が、間違いがないと思うんだ」
そう言ってふんわりと笑って見せる刀に、じんわりと胸が熱くなる。
大切に扱ってくれているとは思っていた。彼が触れたいと思ったときには遠慮なくどんどん手を伸ばしてくるが、それでもいつも、私の肌や髪に触れる直前、この無骨な指は躊躇するように動きを止める。ほんの一瞬ためらって、それからそっと、衝撃を与えないように触れ始める。まるで、眠っている赤ん坊に触れるときのように。その一瞬だけの仕草が、彼の私に対する思いの表れのような気がして、好きだと思っていた。
けれどまさか、この体勢の答えまでもがそれだとは、少しも思っていなかった。
「……実休ってほんと私のこと好きだよね」
照れ隠しにわざと茶化すような言葉を投げる。それが通じているのかいないのか、当の実休はパッと表情を明るくさせて「うん」と子どものように頷く。
「好きだよ、とても。僕ね、君に触れるのが、いつも待ち遠しいんだ。出陣しても演練に行っても、ああ帰らなきゃって思う。君に会って、触れたいから」
「オッケーオッケー。もう分かった。もう大丈夫」
「疑問は解消された?」
「されたされた」
「じゃあ続きを……」
ふと言葉を止めた実休を不思議に思い、その名を呼ぶ。しかし返事は返らない。彼は何を考えているのか分からないぽやんとした表情のまま、何故か急に、体を起こした。
「うわっ……!?」
彼のお腹をまたいで座っていた私は当然のようにバランスを崩す。重心の位置がずれた体は後ろ向きに倒れ、視界が反転。このままでは背中も頭も布団にぶつかることだろう。衝撃を覚悟して、ぎゅっと目を閉じる。しかし思っていたような痛みはいつまで経っても訪れず、代わりに後頭部に、ゴツゴツとした骨ばった指の感触。恐る恐る目を開けば、よく見慣れた天井と、それをバックに私を見下ろす恋人が、そこにいた。
「びっくりしたー……」
「ごめん、ふと思い立ってしまって」
「別にいいけど……どうしたの?」
「僕は君を大事にするあまり、君の望みを叶えてあげられていなかったんだね」
「望み?」
「こうされたかったってことかと思ったんだけど」
「!?」
とんと軽い音とともに、顔の両脇に実休の腕が落とされた。彼は布団に肘をつき、両の手のひらで私の耳の辺りを包み込む。それからぐっと、穏やかな微笑みを携えた端正なお顔が、至近距離まで寄せられた。全身にずしりと心地良い重みを感じる。押し倒されたというよりは、覆いかぶさられたという表現が近い。押しつぶされるようにして重なったお互いの心臓が、鼓動を速めて何度も相手の胸に触れる。突然のことに、それも慣れない体勢に、平静を保つことができない。口を半開きにして動きを止めた私に、実休は唇の端だけを上げるようにして笑った。
「お気に召したみたいで良かった」
「え、いや」
「やってみて分かったけれど、僕も好きだな、この体勢。いつもは叶わない願いが叶ったみたいに思える」
「ね、願い?」
「うん。君を僕だけのものにして、閉じ込めてしまいたいっていう願い」
「ひええ……何か怖いこと言ってる……」
「ああ、ごめん。浮かれて余計なことを口に出してしまったみたいだ。怖い思いが薄れるように、がんばるね」
「がんばるんじゃなくて撤回をしてもらえればそれで……」
至極真っ当な私からのお願いは、お返事もなくあっさりと聞き流された。にこやかな笑顔がさらに距離をなくしてこちらに迫り、焦点がぼやける。確かに彼が言った通り、いざこうして組み敷かれてみると多少は不安な気持ちにもなる。だってどうやっても、彼の下からは逃げられない。
(いつもなら逃げ道が……逃げ道、が……?)
ふと、気がつく。
あっただろうか、逃げ道。
たとえ私が彼の上に乗っていようとも、こうしてキスをするときにはがっちり抱き込まれていたような、いなかったような。翌朝にはいつも腰の辺りに、赤い指のあとが残っていたような、いなかったような。どちらにしろ、特に逃げることはできなかったような、そうでもなかったような。そういえば、主導権は渡してはもらえなかったのだ。そう考えるとこれも、結局いつもとあまり変わりはしない。私にこだわりは特にないから、実休が望むのならばこの体勢をスタンダードにしてもらっても問題ないのかもしれない。まんざらでもない気分で、小さく笑みを零す。
「ね、僕に集中して」
こつんと、咎めるように軽く額をぶつけられる。ちゃんとあなたのことを考えていたのにとは口に出さず、苦笑しながら両手を首に回してやると、大きな恋人はほっと口元を緩めて唇を重ねてきた。少し丸みを帯びた目の奥でぼんやりと輝く紫は、陰の中でも美しい。わずかな月明かりを背に受けながら、実休はあくまで穏やかに、獰猛な願いをきれいに覆い隠して微笑んだ。