その他
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
冷えた外気から逃げるように玄関に入り、サンダルをそろえることもせず小走りに廊下を抜ける。春と呼んでも差し支えないような陽気が数日続いた反動か、今朝は真冬に逆戻りしたような寒さが空から降りてきたらしい。すっかり油断して薄着のまま庭に出てしまったため、ぬくもっていたはずの体はすっかり冷えていた。特に剥き出しの頬から耳にかけてが氷のように冷たい。ちぎれそうだ、などと非現実的なことをリアルに想像しながら、厨に駆け込む。途端にあたたかい空気が全身を覆い、寒さに縮こまっていた体から力が抜けたのが分かった。
「おや、めずらしいね、こんなじかんに」
ほうと息を吐いたのと同時に、やかんを火にかけていた小豆長光が振り向きかすかに目を丸くさせた。彼の反応は正しい。早起きを何よりも苦手とする私が早朝に厨にやって来ることなど、1年に1回あるかないかだ。どういう風の吹き回しかと問う視線に苦く笑いながら、コンロが発する熱を求めて小豆の隣に並んだ。
「なんか目覚めちゃって。たまには散歩でも行ってみようかなって外に出た、帰り道」
「なるほど。それで、けさになってはじめて、そうちょうがどれほどさむいのかをしったのだな」
「お恥ずかしながら……」
多少覚悟はしていたものの、まさか早朝がこれほど冷え込むものだとは、夢にも思わなかった。広げた両手をやかんのそばに寄せる私に、小豆も小さく笑いを漏らす。基本的に早起きを心がけているらしい彼にとっては、この程度の寒さは驚くほどのことでもないのだろう。暖房は入っているが設定温度はそれほど高くなく、内番着の上に何か羽織っているわけでもない。作業台に置かれた急須から、朝食づくりの前に起き抜けのお茶を淹れる余裕まである。ねぼすけな私には考えられない行動だった。
「軟弱な現代っ子だから寒いのはほんと無理……早起きはもっと無理……小豆も、他の早起きたちも、ほんと尊敬します……」
「なれてしまえば、どうということもない。これをきに、きみもよふかしをあらためればいいとおもうのだが」
「それはもう、自分でも常々思ってる……うう……寒い……耳ちぎれそう……」
かじかむ手のひらで耳を覆ってみるが、なけなしの体温はすぐに肌に吸い込まれて消えてしまった。それどころかぞっと背筋が震え、慌ててやかんの前に両手を戻す。
後悔先に立たずとはこのことだが、肌寒いかもしれないと思った時点で一度部屋に戻るべきだった。火元ギリギリまで手を寄せてみたり、指先をこすり合わせてみたり、必死になって暖を求める。慣れないことはするものではない。気まぐれを起こした30分前の自分を責めながら、本日2度目のため息を吐き出す。一向にあたたまらない体にいっそシャワーでも浴びてきた方が早いだろうかと遠くを見たのと、ほぼ同時。目の前をグレーのジャージに包まれた腕が横切り、両耳があたたかい何かに包まれた。
「!」
「ああ、ほんとうにつめたいな」
びくりと肩が跳ね、反射的に隣を見上げた。先ほど自分でやったように、小豆が手袋を外した両手で、私の耳を覆っていた。急な行動に驚き目を開く私に、小豆はやわらかく目を細めて見せる。
「けんしんがよくいうんだが、わたしのたいおんはたかいほうらしい」
「……確かに」
手のひらごしに聞こえるくぐもった声の通り、耳の辺りがみるみるうちにぬくもっていくのが分かった。私よりも高い体温は冷えた肌に触れてもぬくもりを失わず、その熱を私に移してくれる。小豆の手を外側から触れてもそれは変わらない。私の手では覆いきれないほど大きな手の心地良い熱に、思わず細い息が漏れていった。
「あったかー……」
「……」
「うらやましいなぁ。私の手っていっつも冷たいんだよね」
「……ふるいめいしんだが、てがつめたいひとは、こころがあたたかいらしいぞ」
「その理論でいくと、小豆は心が冷たいってことになるよ」
そんなまさかと笑い飛ばすも、小豆は口の端を持ち上げるばかりで言葉を返すことはない。どこかわざとらしい笑い方に、まさか冗談が通じなかったのかと嫌な予感が心をよぎる。だとしたら恥ずかしい限りだが――ふと、ずいぶんと高い位置から私を見下ろす瞳に違和感を感じた。
「わたしも、そうでなければいいとおもってはいるのだが」
常に穏やかさを携えて周囲を見守るやわらかい瞳が、少しだけ、暗い。朝日が届かない青色の奥に知らない色が、あるいは、熱が見える。
「こときみにかんしては、どうにもむずかしい」
冷えた鉄のような。研がれた牙のような。わずかにちらつく違和感を表現する言葉はいくつも浮かぶが、それが目の前の刀とうまく結びつかない。だって小豆長光は優しく穏やかな刀だ。私に敵意を向けることなどありえない。それなのになんだろう、この、威圧感は。切っ先を目の前に向けられたような、危機感は。こんな刀を、私は知らない。
混乱する私の頬をすりとなでる親指が、得体の知れない生き物のように思えて肩が跳ねた。
「ああ、そのはんのうがせいかいだぞ、あるじ」
「は……?」
「きみにどうみえているのかはしらないが……わたしも、おとこなのだから」
目だけに弧を描き、笑うような仕草をする男の低い声に、息をのむ。
「あんしんばかりは、あたえてやれない」
耳を覆っている両手が、あたたかいはずなのに、冷たい。何かひやりとしたものを突き付けられているような感覚。逃げたいと、咄嗟に思う。無意識のうちに、かかとがじりじりと後ろに下がる。小豆がそれに気が付かないはずがなく、かろうじて細められていた目からすっと感情めいたものが消え――サイレンにも似た甲高い音が、緊迫した空気を引き裂いた。
「!」
「おや、ようやくか」
ぎょっと目を剥いて横を見る私を置いて、小豆の手はあっけなく離れていった。それからコンロを捻り、ピイピイとお湯が沸いたことを知らせるやかんを止める。一連の行動を息をのんで見守る私に気が付くと、小豆は普段通りのやわらかい笑顔を顔に乗せた。普段通りすぎて、逆に猛烈な違和感を抱く。あれは作り物だと、頭の中で誰かが言った。
「せっかくおゆがわいたけれど、どうせならここあでもつくろうか。ちょうどすこしだけ、ぎゅうにゅうがのこっていたはずだ」
「い、いらない」
「それはざんねん。いや、よろこばしいととるべきか、むずかしいところだ」
「……な、なんなの、急に」
「いいのかい? きいてしまって」
「……良くない、気はしてる……」
「そうか。ならばいまは、ちんもくがきんということだな。まあたべものといくさにかんしてはわるさをするつもりはないから、そのてんだけはしんらいしてほしい」
「……だけ?」
「だけ」
にっこりと笑う刀にうすら寒いものを感じてじりじりと距離を取る。一目散に逃げ出さなかったのは、背中を見せた途端にばっさりと切って捨てられそうな恐怖を感じたからだ。コンロの前で佇み微笑み続ける男から1秒も目を離さず、なんとか厨の入り口までたどり着く。警戒が露骨すぎたのか、小豆もさすがに苦笑を浮かべてほおをかいた。
「くまじゃないんだから。せをみせたって、ぎょうぎわるくとってくったりはしないぞ」
「……怪しい」
「そうだな、つかまえるくらいは、するかもしれない」
「大般若ー!!! お宅の兄弟がおっかないこと言ってまーす!!!!」
大声を上げてだっと廊下を駆け出す。起き始めた他の朝食当番の刀たちが不思議そうにすれ違っていったが、今はまったくもってそれどころではない。とにかくとてつもない身の危険を感じる。別の意味で冷えた体と、それに見合わないほど激しく上下する心臓が気持ち悪い。何が何だか分からないことだらけだが、とにかくいろいろな意味で1人ではいられない。抱えきれない。
「起きて大般若! 起きて! 早く!」
勢いのまま大般若長光の部屋に飛び込み、布団にくるまる刀を叩き起こす。私と同じくねぼすけな彼が起きるまでの間に最早半泣きのような状態になっていたが、寝ぼけまなこで一通り私の話を聞いた大般若はあくびを噛み殺しながら「今日は馬当番から外してくれるかい。蹴られそうだから」と、彼の兄弟と並ぶ意味不明な寝言を返してきたものから、最早頭を抱えて唸るほかなかった。
「おや、めずらしいね、こんなじかんに」
ほうと息を吐いたのと同時に、やかんを火にかけていた小豆長光が振り向きかすかに目を丸くさせた。彼の反応は正しい。早起きを何よりも苦手とする私が早朝に厨にやって来ることなど、1年に1回あるかないかだ。どういう風の吹き回しかと問う視線に苦く笑いながら、コンロが発する熱を求めて小豆の隣に並んだ。
「なんか目覚めちゃって。たまには散歩でも行ってみようかなって外に出た、帰り道」
「なるほど。それで、けさになってはじめて、そうちょうがどれほどさむいのかをしったのだな」
「お恥ずかしながら……」
多少覚悟はしていたものの、まさか早朝がこれほど冷え込むものだとは、夢にも思わなかった。広げた両手をやかんのそばに寄せる私に、小豆も小さく笑いを漏らす。基本的に早起きを心がけているらしい彼にとっては、この程度の寒さは驚くほどのことでもないのだろう。暖房は入っているが設定温度はそれほど高くなく、内番着の上に何か羽織っているわけでもない。作業台に置かれた急須から、朝食づくりの前に起き抜けのお茶を淹れる余裕まである。ねぼすけな私には考えられない行動だった。
「軟弱な現代っ子だから寒いのはほんと無理……早起きはもっと無理……小豆も、他の早起きたちも、ほんと尊敬します……」
「なれてしまえば、どうということもない。これをきに、きみもよふかしをあらためればいいとおもうのだが」
「それはもう、自分でも常々思ってる……うう……寒い……耳ちぎれそう……」
かじかむ手のひらで耳を覆ってみるが、なけなしの体温はすぐに肌に吸い込まれて消えてしまった。それどころかぞっと背筋が震え、慌ててやかんの前に両手を戻す。
後悔先に立たずとはこのことだが、肌寒いかもしれないと思った時点で一度部屋に戻るべきだった。火元ギリギリまで手を寄せてみたり、指先をこすり合わせてみたり、必死になって暖を求める。慣れないことはするものではない。気まぐれを起こした30分前の自分を責めながら、本日2度目のため息を吐き出す。一向にあたたまらない体にいっそシャワーでも浴びてきた方が早いだろうかと遠くを見たのと、ほぼ同時。目の前をグレーのジャージに包まれた腕が横切り、両耳があたたかい何かに包まれた。
「!」
「ああ、ほんとうにつめたいな」
びくりと肩が跳ね、反射的に隣を見上げた。先ほど自分でやったように、小豆が手袋を外した両手で、私の耳を覆っていた。急な行動に驚き目を開く私に、小豆はやわらかく目を細めて見せる。
「けんしんがよくいうんだが、わたしのたいおんはたかいほうらしい」
「……確かに」
手のひらごしに聞こえるくぐもった声の通り、耳の辺りがみるみるうちにぬくもっていくのが分かった。私よりも高い体温は冷えた肌に触れてもぬくもりを失わず、その熱を私に移してくれる。小豆の手を外側から触れてもそれは変わらない。私の手では覆いきれないほど大きな手の心地良い熱に、思わず細い息が漏れていった。
「あったかー……」
「……」
「うらやましいなぁ。私の手っていっつも冷たいんだよね」
「……ふるいめいしんだが、てがつめたいひとは、こころがあたたかいらしいぞ」
「その理論でいくと、小豆は心が冷たいってことになるよ」
そんなまさかと笑い飛ばすも、小豆は口の端を持ち上げるばかりで言葉を返すことはない。どこかわざとらしい笑い方に、まさか冗談が通じなかったのかと嫌な予感が心をよぎる。だとしたら恥ずかしい限りだが――ふと、ずいぶんと高い位置から私を見下ろす瞳に違和感を感じた。
「わたしも、そうでなければいいとおもってはいるのだが」
常に穏やかさを携えて周囲を見守るやわらかい瞳が、少しだけ、暗い。朝日が届かない青色の奥に知らない色が、あるいは、熱が見える。
「こときみにかんしては、どうにもむずかしい」
冷えた鉄のような。研がれた牙のような。わずかにちらつく違和感を表現する言葉はいくつも浮かぶが、それが目の前の刀とうまく結びつかない。だって小豆長光は優しく穏やかな刀だ。私に敵意を向けることなどありえない。それなのになんだろう、この、威圧感は。切っ先を目の前に向けられたような、危機感は。こんな刀を、私は知らない。
混乱する私の頬をすりとなでる親指が、得体の知れない生き物のように思えて肩が跳ねた。
「ああ、そのはんのうがせいかいだぞ、あるじ」
「は……?」
「きみにどうみえているのかはしらないが……わたしも、おとこなのだから」
目だけに弧を描き、笑うような仕草をする男の低い声に、息をのむ。
「あんしんばかりは、あたえてやれない」
耳を覆っている両手が、あたたかいはずなのに、冷たい。何かひやりとしたものを突き付けられているような感覚。逃げたいと、咄嗟に思う。無意識のうちに、かかとがじりじりと後ろに下がる。小豆がそれに気が付かないはずがなく、かろうじて細められていた目からすっと感情めいたものが消え――サイレンにも似た甲高い音が、緊迫した空気を引き裂いた。
「!」
「おや、ようやくか」
ぎょっと目を剥いて横を見る私を置いて、小豆の手はあっけなく離れていった。それからコンロを捻り、ピイピイとお湯が沸いたことを知らせるやかんを止める。一連の行動を息をのんで見守る私に気が付くと、小豆は普段通りのやわらかい笑顔を顔に乗せた。普段通りすぎて、逆に猛烈な違和感を抱く。あれは作り物だと、頭の中で誰かが言った。
「せっかくおゆがわいたけれど、どうせならここあでもつくろうか。ちょうどすこしだけ、ぎゅうにゅうがのこっていたはずだ」
「い、いらない」
「それはざんねん。いや、よろこばしいととるべきか、むずかしいところだ」
「……な、なんなの、急に」
「いいのかい? きいてしまって」
「……良くない、気はしてる……」
「そうか。ならばいまは、ちんもくがきんということだな。まあたべものといくさにかんしてはわるさをするつもりはないから、そのてんだけはしんらいしてほしい」
「……だけ?」
「だけ」
にっこりと笑う刀にうすら寒いものを感じてじりじりと距離を取る。一目散に逃げ出さなかったのは、背中を見せた途端にばっさりと切って捨てられそうな恐怖を感じたからだ。コンロの前で佇み微笑み続ける男から1秒も目を離さず、なんとか厨の入り口までたどり着く。警戒が露骨すぎたのか、小豆もさすがに苦笑を浮かべてほおをかいた。
「くまじゃないんだから。せをみせたって、ぎょうぎわるくとってくったりはしないぞ」
「……怪しい」
「そうだな、つかまえるくらいは、するかもしれない」
「大般若ー!!! お宅の兄弟がおっかないこと言ってまーす!!!!」
大声を上げてだっと廊下を駆け出す。起き始めた他の朝食当番の刀たちが不思議そうにすれ違っていったが、今はまったくもってそれどころではない。とにかくとてつもない身の危険を感じる。別の意味で冷えた体と、それに見合わないほど激しく上下する心臓が気持ち悪い。何が何だか分からないことだらけだが、とにかくいろいろな意味で1人ではいられない。抱えきれない。
「起きて大般若! 起きて! 早く!」
勢いのまま大般若長光の部屋に飛び込み、布団にくるまる刀を叩き起こす。私と同じくねぼすけな彼が起きるまでの間に最早半泣きのような状態になっていたが、寝ぼけまなこで一通り私の話を聞いた大般若はあくびを噛み殺しながら「今日は馬当番から外してくれるかい。蹴られそうだから」と、彼の兄弟と並ぶ意味不明な寝言を返してきたものから、最早頭を抱えて唸るほかなかった。