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本丸の庭で花を育てることは、審神者になってからの唯一の趣味だった。
元々は、少しでも現世とのつながりを感じたくて始めたことだ。たまに赴く現世で本丸にあるのと同じ花を見かけるたび、自分もこの世界の中で同じように生きているのだと、妙に安心したのを覚えている。
最初は執務室の外側に置いた小さなプランターに、1つの季節、1つの花。それが徐々にプランターの数が増え、花の種類が増え、地植えに変わり――今では花壇と呼べるような場所になった。
ほとんどの刀剣男士は手伝うどころか興味すら示さなかったが、ここ数年の間に畑好きや季語好きの刀が現れ、最近ではついにフラワーアレンジメントを習得した刀まで顕現した。私1人の城だったこの花壇も、近頃はほんの少し、賑わいを見せていた。
「実は、もっとみんなの役に立つ趣味にすれば良かったって思ってたの」
花と花の間からたくましく葉を伸ばす草を優しく抜き取りながら言うと、パチンパチンと鳴っていた花鋏の音が止まった。それと同時、アレンジメントに使うカトレアを吟味していた福島光忠が顔を上げた気配がした。
「役に立つって?」
「例えば料理とか掃除とか……戦とか生活の足しになるもの? 趣味と実益を兼ねる、みたいな」
「俺には、これも実益を兼ねた趣味に見えるけれど」
「それは少数派の意見」
大多数の刀剣男士は、自分たちの食事にダイレクトにつながる畑当番にすら前向きではない。ましてや食べられない花を育てる意味など、きっとピンと来てはいないのだろう。きれいな花を咲かせようと躍起になっている私を、多くの刀は不思議そうな顔で見ていた。
「……歌仙はすばらしい趣味だって言ってくれたし、古今も喜んでくれた。短刀もまあ、比較的。桑名は畑のついでに手伝ってくれるし、五月雨は週に1回はこの辺でじっとしてる。でも、これが誰かの役に立ってるだなんて、思えなかった」
私は審神者として力がある方ではない。判断が遅く視野が狭い典型的な戦下手で、今でも時折、出陣した部隊を危機にさらしてしまう。家事だって、決して手際がよい方ではない。男士たちが一生懸命フォローしてくれているからなんとか成り立っている本丸だ。そのうえ唯一の趣味が誰の役にも立たない土いじりで、仕事もまともにできないのにそんなことを楽しんでいるなんてと考えては、羞恥と後悔に涙がにじむような日も、少なからずあった。
「情けなかったの、ずっと。役立たずな……自分が」
始めた動機は不純。なんとか続けはしたものの、自分に自信がないばかりに何の罪もない花々や園芸を卑下し、そのたびに罪悪感にさいなまれる。そんなつまらない自分が嫌だったし、役立たずな自分はもっと嫌いだった。
それが少し変わったのは、1年ほど前のこと。神妙な顔で私を見下ろす、この刀が現れてからだった。
「……たとえ役に立たないものだったとしても、意味はあると思うんだ」
福島が慎重に言葉を選んでいることが、わずかに固い声音とゆったりとした口調から読み取れた。私の心を傷つけないよう、できる限りやわらかく。後ろ向きな私の考えを否定せずに寄り添い、そのうえで彼自身の思いを口にする声が、心地よい。息を漏らすように笑うと福島は意外そうにまぶたを上下させたが、私の意地の悪い問いかけに、今度は眉を八の字にしてしまった。
「それって趣味の話? それとも、私の話?」
「……どちらも、と言ったら、傷つけてしまうかな」
「まさか」
首を横に振ってやれば、安堵したように口角が上向いた。気を取り直した様子で、福島は少し早口に続ける。
「確かにみんな花自体にはそれほど興味はないようだし、土いじりを手伝うことはないみたいだけど、ここを通ると必ず足を止める。花の間に君の姿を探して、見つければ声をかけるし、見つからなければ物足りない気分になって、君が育てた花をしばらく眺めるんだ」
「……うん、言われてみれば、そうかも」
「そこにどんな意味があるのかと聞かれるとうまく言葉にできないけれど、でも絶対に、無意味ではない。みんなが足を止めるだけの何かが、ここにはある。きっと君がこの花壇を潰そうと言い出したら、全員が反対するはずだよ。なんだかんだ、みんなここと君が好きなんだ」
「そうだといいな」
「そうに決まってるさ。それにアレンジメントを趣味にする身としては、これ以上に実益を兼ねた趣味はない、ということは覚えておいてほしいところだな」
「ふふ、そうだね。……それだけで、続ける価値があるよ」
冗談めかして片目をつぶる福島に、私も冗談のフリをして言葉を返す。
これが本心なのだと伝えるつもりはない。顕現してから今日に至るまで、ほとんど毎日私が育てた花を幸せそうに見つめ、その花々をさらに美しく飾り付けてくれたことがどれほどうれしかったか――そのたびに必ず私に声をかけ、優しく微笑んでくれたことが、どれだけ私の心を慰めたか。そんな思いを口に出すつもりは、毛頭ない。彼が1年後も同じようにここを訪れて私に笑いかけてくれるなら、それだけでこの、呆れるほど単純な心は満たされる。
今もまた、喉元まで迫る思いを自分でも驚くほどすんなりと飲み込んで、熱を帯びた心にふたをした。
「……まあ、冷静に考えれば歌仙とか古今とか五月雨にとっても実益は兼ねてるし。土いじりのおかげで桑名とは仲良くなれたし、福島以外も結構役立ててくれてるよね」
胸の辺りで渦巻く熱と少しの照れくささを誤魔化すようにそう言って、草むしりを再開する。今は寒さのピークだが、もう何週間か過ぎれば少しずつあたたかくなってくるだろう。そろそろ春咲きの花を仕込む時期だ。次の春はどんな花を育てようか――よこしまな心を頭をから追い出すべく、去年の花壇の様子を思い出しながらぼんやりと計画を考える。こういうときに具体的な相談をできる相手がいないのが毎シーズンごとの悩みだが、そういえば福島ならばアレンジメントに使いたい花があるかもしれないと思い至る。無意識に草を抜いていた手を止めて顔を上げれば、なんと福島は口をへの字に曲げて私を見ていた。いかにも不機嫌そうな圧のある表情に、ぎょっとして目を丸くする。
「ど、どうかした?」
「! いや、なんでも」
ハッとして取り繕ったような笑みを顔に貼り付けた福島を訝しく思うが、当の本人が聞いてくれるなと言わんばかりに隙がない笑顔を浮かべているものだから、それ以上言及もできない。戸惑いながらも次の春に向けたリクエストはないかと問うと、福島は少し考えるような仕草をしたあと「グラジオラス」と答えた。
「色は白と紫がいい」
「うーん……咲くのは6月よりもあとだと思うけど、それでもいい?」
「ああ、ちょうどいい頃合いかな。そのころには、俺も使いたくなってると思う」
「? なにそれ」
アレンジメントの構想でもあるのだろうか。首を傾げる私に、福島は「そのままの意味」と言ってから、さらによく分からないことを続ける。
「きっと君に贈りたい気持ちを抑えられなくなってるはずだ」
「私にくれるの?」
「そう。花言葉を教えておこうか?」
「じゃ、じゃあ一応」
「白は密会と勝利。紫は、情熱的な愛」
「……愛?」
「情熱的な、ね。それと、密会と勝利。後ろ2つも、忘れないでほしいな」
思いがけない言葉をオウム返しにする私に、福島はゆるやかに口の端を持ち上げた。少し前の貼りつけた笑みはどこへやら、余裕がにじむ微笑みが乗る頬は、わずかに紅潮している。まるで桜のようだ、などと考えたのは、きっと現実逃避だったのだろう。だって福島の言葉は、明らかに私のキャパを越えていた。それらの意味を持つ花を私に贈りたいということは、つまり。
「……その……福島、あの……その心を、聞いても……?」
「6月以降のお楽しみ」
しどろもどろになりながらなんとか言葉を絞り出すも、答えが返ることはない。福島はただにっこりと笑うと花鋏を握り直し、中断していたカトレア選びを再開した。中腰になってひとつひとつの花をじっと見つめる横顔は、耳まで桜色に染まっている。どんくさい私ではあるが、その意味が分からないほど鈍感ではなく――福島の言葉をすべて飲み込みきったとき、頬や耳どころか頭のてっぺんから爪先まで、全身が燃えるような熱に侵されていた。
元々は、少しでも現世とのつながりを感じたくて始めたことだ。たまに赴く現世で本丸にあるのと同じ花を見かけるたび、自分もこの世界の中で同じように生きているのだと、妙に安心したのを覚えている。
最初は執務室の外側に置いた小さなプランターに、1つの季節、1つの花。それが徐々にプランターの数が増え、花の種類が増え、地植えに変わり――今では花壇と呼べるような場所になった。
ほとんどの刀剣男士は手伝うどころか興味すら示さなかったが、ここ数年の間に畑好きや季語好きの刀が現れ、最近ではついにフラワーアレンジメントを習得した刀まで顕現した。私1人の城だったこの花壇も、近頃はほんの少し、賑わいを見せていた。
「実は、もっとみんなの役に立つ趣味にすれば良かったって思ってたの」
花と花の間からたくましく葉を伸ばす草を優しく抜き取りながら言うと、パチンパチンと鳴っていた花鋏の音が止まった。それと同時、アレンジメントに使うカトレアを吟味していた福島光忠が顔を上げた気配がした。
「役に立つって?」
「例えば料理とか掃除とか……戦とか生活の足しになるもの? 趣味と実益を兼ねる、みたいな」
「俺には、これも実益を兼ねた趣味に見えるけれど」
「それは少数派の意見」
大多数の刀剣男士は、自分たちの食事にダイレクトにつながる畑当番にすら前向きではない。ましてや食べられない花を育てる意味など、きっとピンと来てはいないのだろう。きれいな花を咲かせようと躍起になっている私を、多くの刀は不思議そうな顔で見ていた。
「……歌仙はすばらしい趣味だって言ってくれたし、古今も喜んでくれた。短刀もまあ、比較的。桑名は畑のついでに手伝ってくれるし、五月雨は週に1回はこの辺でじっとしてる。でも、これが誰かの役に立ってるだなんて、思えなかった」
私は審神者として力がある方ではない。判断が遅く視野が狭い典型的な戦下手で、今でも時折、出陣した部隊を危機にさらしてしまう。家事だって、決して手際がよい方ではない。男士たちが一生懸命フォローしてくれているからなんとか成り立っている本丸だ。そのうえ唯一の趣味が誰の役にも立たない土いじりで、仕事もまともにできないのにそんなことを楽しんでいるなんてと考えては、羞恥と後悔に涙がにじむような日も、少なからずあった。
「情けなかったの、ずっと。役立たずな……自分が」
始めた動機は不純。なんとか続けはしたものの、自分に自信がないばかりに何の罪もない花々や園芸を卑下し、そのたびに罪悪感にさいなまれる。そんなつまらない自分が嫌だったし、役立たずな自分はもっと嫌いだった。
それが少し変わったのは、1年ほど前のこと。神妙な顔で私を見下ろす、この刀が現れてからだった。
「……たとえ役に立たないものだったとしても、意味はあると思うんだ」
福島が慎重に言葉を選んでいることが、わずかに固い声音とゆったりとした口調から読み取れた。私の心を傷つけないよう、できる限りやわらかく。後ろ向きな私の考えを否定せずに寄り添い、そのうえで彼自身の思いを口にする声が、心地よい。息を漏らすように笑うと福島は意外そうにまぶたを上下させたが、私の意地の悪い問いかけに、今度は眉を八の字にしてしまった。
「それって趣味の話? それとも、私の話?」
「……どちらも、と言ったら、傷つけてしまうかな」
「まさか」
首を横に振ってやれば、安堵したように口角が上向いた。気を取り直した様子で、福島は少し早口に続ける。
「確かにみんな花自体にはそれほど興味はないようだし、土いじりを手伝うことはないみたいだけど、ここを通ると必ず足を止める。花の間に君の姿を探して、見つければ声をかけるし、見つからなければ物足りない気分になって、君が育てた花をしばらく眺めるんだ」
「……うん、言われてみれば、そうかも」
「そこにどんな意味があるのかと聞かれるとうまく言葉にできないけれど、でも絶対に、無意味ではない。みんなが足を止めるだけの何かが、ここにはある。きっと君がこの花壇を潰そうと言い出したら、全員が反対するはずだよ。なんだかんだ、みんなここと君が好きなんだ」
「そうだといいな」
「そうに決まってるさ。それにアレンジメントを趣味にする身としては、これ以上に実益を兼ねた趣味はない、ということは覚えておいてほしいところだな」
「ふふ、そうだね。……それだけで、続ける価値があるよ」
冗談めかして片目をつぶる福島に、私も冗談のフリをして言葉を返す。
これが本心なのだと伝えるつもりはない。顕現してから今日に至るまで、ほとんど毎日私が育てた花を幸せそうに見つめ、その花々をさらに美しく飾り付けてくれたことがどれほどうれしかったか――そのたびに必ず私に声をかけ、優しく微笑んでくれたことが、どれだけ私の心を慰めたか。そんな思いを口に出すつもりは、毛頭ない。彼が1年後も同じようにここを訪れて私に笑いかけてくれるなら、それだけでこの、呆れるほど単純な心は満たされる。
今もまた、喉元まで迫る思いを自分でも驚くほどすんなりと飲み込んで、熱を帯びた心にふたをした。
「……まあ、冷静に考えれば歌仙とか古今とか五月雨にとっても実益は兼ねてるし。土いじりのおかげで桑名とは仲良くなれたし、福島以外も結構役立ててくれてるよね」
胸の辺りで渦巻く熱と少しの照れくささを誤魔化すようにそう言って、草むしりを再開する。今は寒さのピークだが、もう何週間か過ぎれば少しずつあたたかくなってくるだろう。そろそろ春咲きの花を仕込む時期だ。次の春はどんな花を育てようか――よこしまな心を頭をから追い出すべく、去年の花壇の様子を思い出しながらぼんやりと計画を考える。こういうときに具体的な相談をできる相手がいないのが毎シーズンごとの悩みだが、そういえば福島ならばアレンジメントに使いたい花があるかもしれないと思い至る。無意識に草を抜いていた手を止めて顔を上げれば、なんと福島は口をへの字に曲げて私を見ていた。いかにも不機嫌そうな圧のある表情に、ぎょっとして目を丸くする。
「ど、どうかした?」
「! いや、なんでも」
ハッとして取り繕ったような笑みを顔に貼り付けた福島を訝しく思うが、当の本人が聞いてくれるなと言わんばかりに隙がない笑顔を浮かべているものだから、それ以上言及もできない。戸惑いながらも次の春に向けたリクエストはないかと問うと、福島は少し考えるような仕草をしたあと「グラジオラス」と答えた。
「色は白と紫がいい」
「うーん……咲くのは6月よりもあとだと思うけど、それでもいい?」
「ああ、ちょうどいい頃合いかな。そのころには、俺も使いたくなってると思う」
「? なにそれ」
アレンジメントの構想でもあるのだろうか。首を傾げる私に、福島は「そのままの意味」と言ってから、さらによく分からないことを続ける。
「きっと君に贈りたい気持ちを抑えられなくなってるはずだ」
「私にくれるの?」
「そう。花言葉を教えておこうか?」
「じゃ、じゃあ一応」
「白は密会と勝利。紫は、情熱的な愛」
「……愛?」
「情熱的な、ね。それと、密会と勝利。後ろ2つも、忘れないでほしいな」
思いがけない言葉をオウム返しにする私に、福島はゆるやかに口の端を持ち上げた。少し前の貼りつけた笑みはどこへやら、余裕がにじむ微笑みが乗る頬は、わずかに紅潮している。まるで桜のようだ、などと考えたのは、きっと現実逃避だったのだろう。だって福島の言葉は、明らかに私のキャパを越えていた。それらの意味を持つ花を私に贈りたいということは、つまり。
「……その……福島、あの……その心を、聞いても……?」
「6月以降のお楽しみ」
しどろもどろになりながらなんとか言葉を絞り出すも、答えが返ることはない。福島はただにっこりと笑うと花鋏を握り直し、中断していたカトレア選びを再開した。中腰になってひとつひとつの花をじっと見つめる横顔は、耳まで桜色に染まっている。どんくさい私ではあるが、その意味が分からないほど鈍感ではなく――福島の言葉をすべて飲み込みきったとき、頬や耳どころか頭のてっぺんから爪先まで、全身が燃えるような熱に侵されていた。