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目前にキラキラと輝く緑色が迫り、続けて唇にやわらかい何かを押し当てられた。ふにと軽く触れて離れていく感触は、決して初めてのものではない。それでもぎょっとして後ずさり、青くなって周りに人影がないか確認しまったのは、そこが公共のスペースだったから。
いつ、誰が現れてもおかしくない、本丸の廊下。
何の前触れもなく、当然のようにキスをしてはにかむ刀に少しだけ声を荒げてしまうのも、仕方がないことだった。
「ううう浦島くん!? こんなとこで何を……!?」
「え、キス? ……イヤだった?」
「うぐっ……かわ……」
「かわ?」
「……イヤとかじゃないけどさ!」
「もしかして今、かわいいって言おうとした?」
「ううん、カワセミって言おうとした」
「主さん、ほんとうそつくの下手なんだから」
不服そうに頬を膨らます大変かわいらしいこの脇差と恋人関係になってから、それなりに月日は過ぎた。見た目は自分よりも年下の彼とのお付き合いに最初は戸惑ったものの、時にかわいい顔で私にすりよって甘え、時に真剣な眼差しで手を握る浦島くんの波状攻撃とリードのおかげで、意外にもすんなりとこの距離感に馴染むことができた。私たちがお付き合いを始めたことは浦島くんを筆頭とした脇差たちによって徐々に本丸内に広められ、今ではみんなが微笑ましく見守ってくれている。
難点があるとすればどうやら浦島くんはかっこいい路線を目指しているらしくかわいいと言うとむくれること、それから、彼は良くも悪くも自分の心に素直であることだった。
「主さんがかわいい俺のこと好きなのは知ってるけどさ、俺だって努力してるんだから。もうちょっとくらい認めてくれてもいいのに」
不満を隠そうともせず口をとがらせる浦島くんに自然と口角が上向く。そういうところがかわいい、という本心はしっかり飲み込んでから、話を本題に戻すことにした。
「じゃあかっこいい浦島くん」
「なに? かわいい主さん」
「なんでこんなとこでキスしちゃったかな?」
「主さんがかわいいから」
「あ、主さんがかわいかったとしても、誰かに見られちゃうかもしれないじゃん……?」
「ダメ?」
「え……ダメじゃ……ないのかな……」
何がいけないのか分からないとでも言いたげにきょとんと首を傾ける浦島くんの圧に負け、声が小さくなっていく。何せ浦島くんはかわいい。よくよく考えると言っていることややっていることはあまりかわいくないが、それを補ってあまりあるかわいさを有している。もちろん、案外したたかだったり、強気だったりする面があることは知っている。それでもなんだかこのデフォルトの愛嬌によってすべてを許してしまいそうになることが非常に多く、今もまた――そこまで考えて、ハッと口を引き結んだ。
「いやいやいや、待って、違う、ダメだよ。人前でやることじゃないもの」
「うん、俺だって別に、わざとみんなに見せつけたいわけじゃないよ? でもさっきは主さんのこと見てたら、キスしたいなって思っちゃったんだ」
「ま、まあ、思うまではいいけどさ、せめて2人きりになるまで我慢しよ?」
「してるつもりなんだけどなぁ」
「ええー……さっきしてなかったじゃん……」
「だって誰もいなかったよ?」
「ひょこって角から出てきちゃう可能性はあるでしょ?」
「……もしかして主さん、やっぱり俺とキスするの、イヤ?」
「そそそそうじゃなくて! 違うからそんな目しないで!」
心なしかうるうると揺れる瞳に慌てて首を横に振る。「良かった」というつぶやきとともにこぼれた微笑みは、決して偽物ではない。やはり彼は素直なのだ。ある程度の分別はあるものの、したいと思えば行動に移すし、喜怒哀楽を隠そうともしない。そういうところが、浦島くんの魅力のひとつだ。
誤解が解けたことにほっと胸をなでおろし、しかし同時に議論が振り出しに戻ったことに気がついて頭を抱える。いつもこうだ。とにかく私は浦島くんに弱い。何か問題が起こったとしても、浦島くんのかわいさを目の当たりにするとそちらに気を取られ、すべて有耶無耶になってしまう。どれもこれも、浦島くんがかわいいのがいけない。浦島くんがかわいい路線でさえなければ、私ももっと強気に出られたはずなのだ。
「……浦島くん、主さんから大切なお願い」
「? なに?」
「もっとかっこよくなっていただける?」
「えーっと……やっぱり俺、かっこよくないってこと……?」
「ううん、今の浦島くんもかっこいいよ。最高にかっこいい。ほんと素敵。本丸で一番かっこいい。さすが私の特別な刀。でもたぶんもっともっとかっこよくなれると思うんだよね」
「えへへ、もしかして俺って、期待されちゃってる?」
「うわ、かわ」
「今、かわいいって言おうとした?」
「違うよ? 為替取引って言おうとした」
「主さんって『かわ』から始まる言葉のボキャブラリー、めちゃくちゃ多いよね」
「……とにかく、そのままかっこいい路線貫いてこ?」
「そしたら、したいなって思ったときにキスしてもいい?」
「いいか悪いかで言えば良くはないけども。でもどうせ、なにがなんでも絶対するでしょ?」
「さっすが主さん! お見通しだね」
「ならかっこいい方がまだいいかなーって」
「よーし、分かった。かわいい恋人の頼みだもんね。俺、がんばっちゃうよ!」
「楽しみに待ってるね」
「……あれ? でもさあ、それってつまり、今のかわいい俺とキスするのは、実はやっぱり微妙ってこと……?」
「そんなことないよ! かわいい浦島くん大好き!」
「へへ、俺も!」
頬を赤く染めながらとびきりの笑顔で抱きついてくる脇差をしっかりと受け止める。
(あー、かわいい)
溢れ出る思いを伝えるようにぎゅうぎゅうと腕に力をこめ、頬をすり合わせてくる浦島くんが、かわいくないわけがない。これが素直な愛情表現ではなく計算高い演技であったなら、ここまで私の心に響くこともないだろう。このままかわいい路線でいてもらってもいいのでは、などと、本末転倒極まりない願望が頭をよぎる。
(いけないいけない、流されないようにしなきゃ)
かわいい顔と言動にそぐわない、存外たくましい二の腕の存在感をあえて意識しながら、恋人のかわいさにゆるんだ口元を引き締める。未来の自分が彼のかわいさにおおいにほだされ、あれよあれよという間に思い通りにされていく様は容易に想像できたが、そのイヤな予感も心の底にしまいこみ、気を強く持ってすぐそばのぬくもりを受け入れた。
いつ、誰が現れてもおかしくない、本丸の廊下。
何の前触れもなく、当然のようにキスをしてはにかむ刀に少しだけ声を荒げてしまうのも、仕方がないことだった。
「ううう浦島くん!? こんなとこで何を……!?」
「え、キス? ……イヤだった?」
「うぐっ……かわ……」
「かわ?」
「……イヤとかじゃないけどさ!」
「もしかして今、かわいいって言おうとした?」
「ううん、カワセミって言おうとした」
「主さん、ほんとうそつくの下手なんだから」
不服そうに頬を膨らます大変かわいらしいこの脇差と恋人関係になってから、それなりに月日は過ぎた。見た目は自分よりも年下の彼とのお付き合いに最初は戸惑ったものの、時にかわいい顔で私にすりよって甘え、時に真剣な眼差しで手を握る浦島くんの波状攻撃とリードのおかげで、意外にもすんなりとこの距離感に馴染むことができた。私たちがお付き合いを始めたことは浦島くんを筆頭とした脇差たちによって徐々に本丸内に広められ、今ではみんなが微笑ましく見守ってくれている。
難点があるとすればどうやら浦島くんはかっこいい路線を目指しているらしくかわいいと言うとむくれること、それから、彼は良くも悪くも自分の心に素直であることだった。
「主さんがかわいい俺のこと好きなのは知ってるけどさ、俺だって努力してるんだから。もうちょっとくらい認めてくれてもいいのに」
不満を隠そうともせず口をとがらせる浦島くんに自然と口角が上向く。そういうところがかわいい、という本心はしっかり飲み込んでから、話を本題に戻すことにした。
「じゃあかっこいい浦島くん」
「なに? かわいい主さん」
「なんでこんなとこでキスしちゃったかな?」
「主さんがかわいいから」
「あ、主さんがかわいかったとしても、誰かに見られちゃうかもしれないじゃん……?」
「ダメ?」
「え……ダメじゃ……ないのかな……」
何がいけないのか分からないとでも言いたげにきょとんと首を傾ける浦島くんの圧に負け、声が小さくなっていく。何せ浦島くんはかわいい。よくよく考えると言っていることややっていることはあまりかわいくないが、それを補ってあまりあるかわいさを有している。もちろん、案外したたかだったり、強気だったりする面があることは知っている。それでもなんだかこのデフォルトの愛嬌によってすべてを許してしまいそうになることが非常に多く、今もまた――そこまで考えて、ハッと口を引き結んだ。
「いやいやいや、待って、違う、ダメだよ。人前でやることじゃないもの」
「うん、俺だって別に、わざとみんなに見せつけたいわけじゃないよ? でもさっきは主さんのこと見てたら、キスしたいなって思っちゃったんだ」
「ま、まあ、思うまではいいけどさ、せめて2人きりになるまで我慢しよ?」
「してるつもりなんだけどなぁ」
「ええー……さっきしてなかったじゃん……」
「だって誰もいなかったよ?」
「ひょこって角から出てきちゃう可能性はあるでしょ?」
「……もしかして主さん、やっぱり俺とキスするの、イヤ?」
「そそそそうじゃなくて! 違うからそんな目しないで!」
心なしかうるうると揺れる瞳に慌てて首を横に振る。「良かった」というつぶやきとともにこぼれた微笑みは、決して偽物ではない。やはり彼は素直なのだ。ある程度の分別はあるものの、したいと思えば行動に移すし、喜怒哀楽を隠そうともしない。そういうところが、浦島くんの魅力のひとつだ。
誤解が解けたことにほっと胸をなでおろし、しかし同時に議論が振り出しに戻ったことに気がついて頭を抱える。いつもこうだ。とにかく私は浦島くんに弱い。何か問題が起こったとしても、浦島くんのかわいさを目の当たりにするとそちらに気を取られ、すべて有耶無耶になってしまう。どれもこれも、浦島くんがかわいいのがいけない。浦島くんがかわいい路線でさえなければ、私ももっと強気に出られたはずなのだ。
「……浦島くん、主さんから大切なお願い」
「? なに?」
「もっとかっこよくなっていただける?」
「えーっと……やっぱり俺、かっこよくないってこと……?」
「ううん、今の浦島くんもかっこいいよ。最高にかっこいい。ほんと素敵。本丸で一番かっこいい。さすが私の特別な刀。でもたぶんもっともっとかっこよくなれると思うんだよね」
「えへへ、もしかして俺って、期待されちゃってる?」
「うわ、かわ」
「今、かわいいって言おうとした?」
「違うよ? 為替取引って言おうとした」
「主さんって『かわ』から始まる言葉のボキャブラリー、めちゃくちゃ多いよね」
「……とにかく、そのままかっこいい路線貫いてこ?」
「そしたら、したいなって思ったときにキスしてもいい?」
「いいか悪いかで言えば良くはないけども。でもどうせ、なにがなんでも絶対するでしょ?」
「さっすが主さん! お見通しだね」
「ならかっこいい方がまだいいかなーって」
「よーし、分かった。かわいい恋人の頼みだもんね。俺、がんばっちゃうよ!」
「楽しみに待ってるね」
「……あれ? でもさあ、それってつまり、今のかわいい俺とキスするのは、実はやっぱり微妙ってこと……?」
「そんなことないよ! かわいい浦島くん大好き!」
「へへ、俺も!」
頬を赤く染めながらとびきりの笑顔で抱きついてくる脇差をしっかりと受け止める。
(あー、かわいい)
溢れ出る思いを伝えるようにぎゅうぎゅうと腕に力をこめ、頬をすり合わせてくる浦島くんが、かわいくないわけがない。これが素直な愛情表現ではなく計算高い演技であったなら、ここまで私の心に響くこともないだろう。このままかわいい路線でいてもらってもいいのでは、などと、本末転倒極まりない願望が頭をよぎる。
(いけないいけない、流されないようにしなきゃ)
かわいい顔と言動にそぐわない、存外たくましい二の腕の存在感をあえて意識しながら、恋人のかわいさにゆるんだ口元を引き締める。未来の自分が彼のかわいさにおおいにほだされ、あれよあれよという間に思い通りにされていく様は容易に想像できたが、そのイヤな予感も心の底にしまいこみ、気を強く持ってすぐそばのぬくもりを受け入れた。