その他
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
政府での定例報告会から帰宅すると、広間はアルコールの匂いと喧騒に満ちていた。悲しきかな、これは丸きりいつものこと。主を待たずに早々に夕食を済ませ、日本酒だのワインだのあるだけのお酒を引っ張り出して乾杯する我が刀剣男士たちの姿は考えるまでもなく容易に目に浮かんだ。
呆れ半分羨ましさ半分でスーツのジャケットを隅の方に投げ捨てる。バラバラと聞こえる「おかえり」という声もふにゃふにゃと頼りなく、あるいは妙に陽気なものばかりで、今度は悔しさに似た感情が心の端ににじんだ。
頬を赤く染め上げながらも私の夕食を持ってきてくれたのは堀川国広だった。山盛りの白米と山盛りの唐揚げ、そして山盛りのキャベツ。宴会のためだけに作られる雑すぎるお食事は、月末の金曜日の定番だった。その習慣を作り上げたのは他でもない、私である。だから文句は言わないし、言えない。だけど不満なものは不満だ。
「いただきます」
最初から酒盛りに参加できず自分だけが素面でいることに疎外感を覚え、すねた気分でもそもそと白米を口に運ぶ。大口を開けて噛みついた唐揚げはそれはもうおいしい。堀川がしっかりと添えていったお猪口に熱燗でも注がれていればきっとよりおいしかっただろう。しかし我が本丸は完全手酌制度を採用している。わざわざ主のためにお酒を注ぐような刀剣男士は、この広間にはいなかった――酒瓶を片手にのしのしと広間を横切ってきた肥前忠広が、前触れもなく私の目の前にコップを置くまでは。
「おれは気が付いたことがある」
「お、おお……何事?」
肥前は普段からあまり私のそばには近寄ろうとしない。笑顔を向ければ舌打ちが返るし、あいさつは基本的に無視される。何か返ってきたとしても皮肉か拒絶か、あるいは皮肉。毛を逆立てて威嚇する動物のようだと思ったことは1度ではない。
その肥前があろうことか自ら私の隣に腰を下ろし、まだ片付いていない茶碗と皿の合間に結構な勢いでコップを置き、なみなみと焼酎を注ぐ。そのうえ「気が付いたことがある」などと自身の見解を述べようとするとは、これは間違いなく相当に酔っているだろう。案の定、彼の目はしっかりと据わっていた。
「だいぶ飲んだねえ」
「飲んでねえし酔ってねえ」
「典型的な酔っ払い……」
「おまえ、めしも食わねえでどこいたんだ」
「政府で会議って言ったじゃん」
「知らねえ。おまえがいないせいで、困っただろうが」
「ええ? 肥前が? 私がいなくて?」
「わりいかよ」
「別にいいけども……」
一体全体どうしたことか、口を開けば「うぜえ」「消えろ」「めし食わせろ」がデフォルトな肥前忠広くんが、私がいなくて困ったのだと言う。野良猫が懐いてくれたようなささやかなうれしさと、突然どうしたのかという困惑が心を割る。続きを促すも肥前は自分のコップにも焼酎を注ぎ、半分ほどを一気に胃の奥に流し込んだ。
「さすがにその飲み方は危ないのでは……?」
「人間と一緒にすんな。おまえが悪い」
「酔っ払ってわけわかんなくなってない? もうやめときな?」
「うるせえ。気が付いたんだよ、おれは」
「何に?」
「おまえといるときが、一番めしがうめえ」
「……んんん?」
思いがけないにもほどがあるお言葉に、思考の回転が一瞬鈍った。
(おまえといるときが、一番めしがうめえ)
意味を測りかねて、心の中でもう一度同じセリフを唱えてみる。
めしは食う専門と言ってはばからない肥前は、その宣言通りに食べることに関してはそれなりに意欲を見せている。食事もお酒も好んでいたようだし、よく食べるから作り甲斐があるとは厨当番になった男士がよく話すことだった。
そんな彼が、私といるときの食事が、一番おいしいのだと言う。
「普段のめしもまずかねえが、おまえがいると余計にうまく感じる。学がねえから仕組みは分からねえが、ちょっと前に気づいたんだよ。同じ机で食ってるとなおさら。めしはうめえし酒も進む」
「お、おお……?」
「今日、唐揚げだったろ」
「急な方向転換……」
「楽しみにしてたんだ、おれは。ただでさえうめえ唐揚げが、もっとうまくなんだぞ? すげえじゃねえか」
「う、うん……?」
「なのにおまえ、いねえし」
「会議だったので……」
「帰ってきたらきたで辛気くせえ面で背中向けてめし食ってるし」
「主ほっといて盛り上がってるみんなが悪くない……?」
「唐揚げはうまかったけどよ」
「良かったじゃん……」
「もっとうまく食いたかった」
「そ、それはご迷惑を……肥前?」
言っていることはよく分からないが責められていることは理解したのでなんとなく謝ろうとしたが、その前に肩口に、少しの重みを感じた。続けて聞こえた声はか細く、しかりはっきりと私の鼓膜を揺らす。
「わけ分かんねえのは、おまえだろ……」
「それはうそでしょ……絶対今の肥前の方がわけわかんないって……」
「おまえがいたらよ……」
「聞こえてますか……?」
「くだらねえ夢も、良いもんになんのかな……」
ほとんどうわごとのようなつぶやきを最後に、肥前は口を閉ざして小さな寝息を漏らし始めた。肩口に乗っていた丸い頭が重力に従って滑り落ちそうになり、慌てて体ごと支えながら、畳の上にゆっくりと肥前を転がす。あちこちに跳ねた髪の毛の隙間から見える眉間の皺は伸ばされ、普段の殺気だった鋭い視線が隠れた寝顔はことのほかあどけなかった。
「……」
皮肉と拒絶と食欲でできているはずのこの刀が隠していた、心の奥底にしまい込んでいたのであろう言葉たちを改めて反芻し、その意味を考える。おぼろげながら見えた肥前の心の輪郭に湧いて出た感情は、同情か、それとも別の何かか。自分ではあまり分からない。ただ、いつもささくれだっている彼の心が少しでもなだらかになるのならば、いつの間にかシャツの端を掴んでいた大きな手を無理矢理外す必要はないのだろうと、そんなことを考えた。
「……誰か毛布くださーい」
「はーい」
私の声に応じてくれた鯰尾が、広間の隅に積んであった毛布を運んでくれる。このまま雑魚寝が始まる宴会のときの必需品だ。気が利く脇差はお願いするまでもなく1枚を雑に肥前にかぶせ、1枚を私に手渡すとニッと口角を持ち上げる。
「肥前さん、夕食のときずっと機嫌悪かったんですよ。理由聞いたら、唐揚げはもっとうまいもんだろ、なんて言って」
「鯰尾、それだけで意味分かったの?」
「まさか。わけわかんないな~って思ってました。……機嫌直ったみたいで良かったです」
おやすみなさいと言いながら、彼はさりげなく私の前の皿とコップを回収して、厨のほうへと消えていった。その背を見送ってから、肥前を起こさないよう静かに畳に横になり、毛布にくるまる。
(よく分かんないけど、良い夢見られるといいね、肥前)
向かい合った寝顔をまじまじと見つめながら、心の中で語りかける。願わくばこの食いしん坊な刀が、私のそばでおいしい唐揚げをたらふく平らげるハッピーな夢でも見られますように――心の端に引っかかっていたコップいっぱいの焼酎への未練をささやかな願いに変えて、目の前の男の寝息だけが聞こえる静かな世界で、ゆっくりと、まぶたを下ろす。
呆れ半分羨ましさ半分でスーツのジャケットを隅の方に投げ捨てる。バラバラと聞こえる「おかえり」という声もふにゃふにゃと頼りなく、あるいは妙に陽気なものばかりで、今度は悔しさに似た感情が心の端ににじんだ。
頬を赤く染め上げながらも私の夕食を持ってきてくれたのは堀川国広だった。山盛りの白米と山盛りの唐揚げ、そして山盛りのキャベツ。宴会のためだけに作られる雑すぎるお食事は、月末の金曜日の定番だった。その習慣を作り上げたのは他でもない、私である。だから文句は言わないし、言えない。だけど不満なものは不満だ。
「いただきます」
最初から酒盛りに参加できず自分だけが素面でいることに疎外感を覚え、すねた気分でもそもそと白米を口に運ぶ。大口を開けて噛みついた唐揚げはそれはもうおいしい。堀川がしっかりと添えていったお猪口に熱燗でも注がれていればきっとよりおいしかっただろう。しかし我が本丸は完全手酌制度を採用している。わざわざ主のためにお酒を注ぐような刀剣男士は、この広間にはいなかった――酒瓶を片手にのしのしと広間を横切ってきた肥前忠広が、前触れもなく私の目の前にコップを置くまでは。
「おれは気が付いたことがある」
「お、おお……何事?」
肥前は普段からあまり私のそばには近寄ろうとしない。笑顔を向ければ舌打ちが返るし、あいさつは基本的に無視される。何か返ってきたとしても皮肉か拒絶か、あるいは皮肉。毛を逆立てて威嚇する動物のようだと思ったことは1度ではない。
その肥前があろうことか自ら私の隣に腰を下ろし、まだ片付いていない茶碗と皿の合間に結構な勢いでコップを置き、なみなみと焼酎を注ぐ。そのうえ「気が付いたことがある」などと自身の見解を述べようとするとは、これは間違いなく相当に酔っているだろう。案の定、彼の目はしっかりと据わっていた。
「だいぶ飲んだねえ」
「飲んでねえし酔ってねえ」
「典型的な酔っ払い……」
「おまえ、めしも食わねえでどこいたんだ」
「政府で会議って言ったじゃん」
「知らねえ。おまえがいないせいで、困っただろうが」
「ええ? 肥前が? 私がいなくて?」
「わりいかよ」
「別にいいけども……」
一体全体どうしたことか、口を開けば「うぜえ」「消えろ」「めし食わせろ」がデフォルトな肥前忠広くんが、私がいなくて困ったのだと言う。野良猫が懐いてくれたようなささやかなうれしさと、突然どうしたのかという困惑が心を割る。続きを促すも肥前は自分のコップにも焼酎を注ぎ、半分ほどを一気に胃の奥に流し込んだ。
「さすがにその飲み方は危ないのでは……?」
「人間と一緒にすんな。おまえが悪い」
「酔っ払ってわけわかんなくなってない? もうやめときな?」
「うるせえ。気が付いたんだよ、おれは」
「何に?」
「おまえといるときが、一番めしがうめえ」
「……んんん?」
思いがけないにもほどがあるお言葉に、思考の回転が一瞬鈍った。
(おまえといるときが、一番めしがうめえ)
意味を測りかねて、心の中でもう一度同じセリフを唱えてみる。
めしは食う専門と言ってはばからない肥前は、その宣言通りに食べることに関してはそれなりに意欲を見せている。食事もお酒も好んでいたようだし、よく食べるから作り甲斐があるとは厨当番になった男士がよく話すことだった。
そんな彼が、私といるときの食事が、一番おいしいのだと言う。
「普段のめしもまずかねえが、おまえがいると余計にうまく感じる。学がねえから仕組みは分からねえが、ちょっと前に気づいたんだよ。同じ机で食ってるとなおさら。めしはうめえし酒も進む」
「お、おお……?」
「今日、唐揚げだったろ」
「急な方向転換……」
「楽しみにしてたんだ、おれは。ただでさえうめえ唐揚げが、もっとうまくなんだぞ? すげえじゃねえか」
「う、うん……?」
「なのにおまえ、いねえし」
「会議だったので……」
「帰ってきたらきたで辛気くせえ面で背中向けてめし食ってるし」
「主ほっといて盛り上がってるみんなが悪くない……?」
「唐揚げはうまかったけどよ」
「良かったじゃん……」
「もっとうまく食いたかった」
「そ、それはご迷惑を……肥前?」
言っていることはよく分からないが責められていることは理解したのでなんとなく謝ろうとしたが、その前に肩口に、少しの重みを感じた。続けて聞こえた声はか細く、しかりはっきりと私の鼓膜を揺らす。
「わけ分かんねえのは、おまえだろ……」
「それはうそでしょ……絶対今の肥前の方がわけわかんないって……」
「おまえがいたらよ……」
「聞こえてますか……?」
「くだらねえ夢も、良いもんになんのかな……」
ほとんどうわごとのようなつぶやきを最後に、肥前は口を閉ざして小さな寝息を漏らし始めた。肩口に乗っていた丸い頭が重力に従って滑り落ちそうになり、慌てて体ごと支えながら、畳の上にゆっくりと肥前を転がす。あちこちに跳ねた髪の毛の隙間から見える眉間の皺は伸ばされ、普段の殺気だった鋭い視線が隠れた寝顔はことのほかあどけなかった。
「……」
皮肉と拒絶と食欲でできているはずのこの刀が隠していた、心の奥底にしまい込んでいたのであろう言葉たちを改めて反芻し、その意味を考える。おぼろげながら見えた肥前の心の輪郭に湧いて出た感情は、同情か、それとも別の何かか。自分ではあまり分からない。ただ、いつもささくれだっている彼の心が少しでもなだらかになるのならば、いつの間にかシャツの端を掴んでいた大きな手を無理矢理外す必要はないのだろうと、そんなことを考えた。
「……誰か毛布くださーい」
「はーい」
私の声に応じてくれた鯰尾が、広間の隅に積んであった毛布を運んでくれる。このまま雑魚寝が始まる宴会のときの必需品だ。気が利く脇差はお願いするまでもなく1枚を雑に肥前にかぶせ、1枚を私に手渡すとニッと口角を持ち上げる。
「肥前さん、夕食のときずっと機嫌悪かったんですよ。理由聞いたら、唐揚げはもっとうまいもんだろ、なんて言って」
「鯰尾、それだけで意味分かったの?」
「まさか。わけわかんないな~って思ってました。……機嫌直ったみたいで良かったです」
おやすみなさいと言いながら、彼はさりげなく私の前の皿とコップを回収して、厨のほうへと消えていった。その背を見送ってから、肥前を起こさないよう静かに畳に横になり、毛布にくるまる。
(よく分かんないけど、良い夢見られるといいね、肥前)
向かい合った寝顔をまじまじと見つめながら、心の中で語りかける。願わくばこの食いしん坊な刀が、私のそばでおいしい唐揚げをたらふく平らげるハッピーな夢でも見られますように――心の端に引っかかっていたコップいっぱいの焼酎への未練をささやかな願いに変えて、目の前の男の寝息だけが聞こえる静かな世界で、ゆっくりと、まぶたを下ろす。