小竜さに
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「もうちょっと素直になれないんですか」
「なんだい、藪から棒に」
「ほら! そういうとこ! もうちょっと素直になれないんですか!?」
ビシッと向けた人差し指の先で、小竜は「また何か始まったな」と露骨に面倒そうに眉根を寄せた。一応、本当に一応だが恋人関係にある人間に対して向ける顔ではないが、ひとまず今は目をつぶることにする。何せ本題はそこではない。私は重大な事実に気が付いてしまった。昨日の夜、燭台切と共に恋愛ドラマを見ていたとき――告白されたあの日からこのかた、一度も彼から「好き」と言われていないことに、気が付いてしまったのだ。
「素直ねえ……」
私の意図を探るように口の中で言葉を転がす小竜に、深く頷いて返す。
小竜景光が素直な刀ではないことは重々承知している。ミステリアスを自称する男だし、基本的には直接的な表現を避け、あれよあれよと煙に巻いてしまう。最早あれは癖のようなものだろう。思い返せば告白されたときですら、なんとなくふわっとした言い回しをされたような気がしないでもない。浮かれきっていたから半分くらいは忘れてしまった。
しかし何はともあれあの告白以降、小竜の口から「好き」というワードが出てきていないことはまぎれもない事実。こういうことを放置してはろくでもないことになるということは、昨夜のドラマからおおいに学んだ。燭台切は「君は好きのバーゲンセールをしてるから安心だね」と私の素直な振る舞いを半笑いで褒めてくれたが、しかし小竜から私への言葉での愛情表現が極端に少なすぎる。小竜は安心できているかもしれないが、私は大いに不安だ。昨夜から。正直、その前までは何とも思っていなかった。けれど今は不安だ。だからその不安を本人にぶつけることにしたわけだが、彼はいまいちピンときてはいないようだった。
「仮に俺が素直になったとして、キミは何を得るんだか」
こちらはこちらで半笑いを浮かべひねくれたことを言う小竜にムッと口をとがらせる。
「そりゃあいろいろ得られるよ。いっぱい得られる」
「例えば?」
「うれしい」
「ふうん? 俺のわがままが聞きたいってこと?」
「いやそれは別にいらない。寧ろ言わないでほしい。めんどいから」
「ならこの話はおしまいだね」
「何故!?」
「え? 素直ってそういうことだろ?」
「どういうこと!? わがまま言う以外でも素直になれるタイミングってたくさんあるよね!? 私を見てよ! 素直に生きてるなって思うでしょ!?」
「キミは素直と言うより……」
「なんだよ」
「……ま、俺が素直じゃない方が幸せなときもあるさ」
「素直になったら私を馬鹿にすることになるってか?」
「ハハ、自覚あったんだ」
「もー!」
憤慨する私を見てニヤリと上がった口角が憎たらしい。冗談だとは分かりつつも口を引き結ぶと、今度は吹き出すようにして小竜は笑った。ひとしきり笑ったあとに細められた紫の瞳が、私のことが好きだと語る。こうして穏やかに過ぎるひとときが愛おしいのだと、桜色の頬が教えてくれる。彼が私との何気ない日常に愛着を持ってくれていることは、私だってよく理解している。
けれど、それでも聞きたい。彼の口から、彼の心を語って聞かせてほしい。きっと胸の内にしまい込んでいるのだろうあたたかな思いを、言葉という形に変えて見せてほしい。素直で単純な私は、どうしようもなく分かりやすいものを求めてしまう。しかし直接その言葉をねだったところで、この皮肉屋な刀が応えてくれるとも思えなかった。
「……もういいよ。小竜はずっとミステリアスなままでいて。代わりに私が精一杯素直に生きるから」
いけないと思いつつ、深いため息が口をついて出ていった。嫌がっていることを強制するのは良くないと自分自身に言い聞かせ、丸まってしまった背中を無理矢理伸ばす。顔に乗せた笑顔は不自然ではなかっただろうか。へらりといつも通りに笑い、次の作戦を考えるべく一時撤退を試みる。しかし作り笑いを向けた先、素直ではない恋人が思いのほか真剣なまなざしで私を見ていたから、思わず動きを止めてしまった。
「な、なに?」
「……キミのその素直さは真似しようと思ってできることではないから、生涯大切にしていくといいとは思っているけれど」
「突然めちゃくちゃ褒められた」
「肝心なところで隠し事をする癖は、改めてもらいたいものだね」
「おわっ?」
立ち上がる前の中途半端な体勢は、腕を引かれたせいで簡単に崩れてしまった。一瞬の浮遊感に不安がなかったのは、彼が私を受け止めてくれるという確信があったからだ。案の定、重力に行方を任せた体は畳の上に転がることなく、気が付けば小竜の足の上に乗せられていた。真正面から向き合うように座ってもなお、彼の方が目線は高い。背中と腰に回った手のひらの温度にはすでに慣れていたが、目前に迫った透き通る紫色に、ドキリと胸が鳴った。
「よく分からないけれど、うれしいんだね? 俺が、素直になったら」
「う、うん、まあ……ちょっと近くない? 今はそっちの方が気になっちゃう」
「分かった、いいよ」
「ひえっ」
何も分かっていない小竜はさらに端正なお顔を寄せてきた。キスでもされるのかと緊張が走るが、お互いの鼻先はすれ違い、形の良い唇は私の耳元に寄せられる。何の意図もなく漏らされた吐息に耳をくすぐられ、身をよじった直後。
「好きだよ」
「!」
まるで息を吹き込むように、あるいはダイレクトに鼓膜を叩くように。わずかに低められた艶のある声が、待ち望んでいたその言葉を、ゆっくりと紡いだ。喜ぶべき、なのだろう。積極的に自分の本心を明かすことをしない男が、こんなにもストレートな一言を向けてくれたのだ。ここは素直に喜ぶ場面なのだと思う。
しかし事は、そう単純ではなかった。
「いつもキミのことを思ってる。戦場にいるときも、夜眠りにつくときも、いつだってキミのことで頭がいっぱいだ」
「ちょ、」
「いつでもキミが恋しくて、いつだって……キミに触れたいと思ってる。こうして腕の中に閉じ込めていたってまだ足りない。もっともっと、余すことなくキミに触れて、暴いて、染め上げて……キミにも俺に、同じようにしてほしいと思ってる」
「まって、こりゅう」
「許されるのならずっとこうしていたい……なんて、まったく俺らしくないだろう? 俺が一番そう思ってる。けれど止められない。キミが恋しい。愛しい。好きだ。どんな言葉を尽くしても表せないくらい、キミのそばにありたいと思う」
「ちょっと」
「今、もっとキミに触れたいと言ったら受け入れてくれる? まず間違いなく止められないと思うから、今まで我慢していたんだけれど……素直になってほしいんだろう? キミに覚悟があるのなら、俺は」
「っ、小竜……!」
毅然とした声を出したつもりが、妙にひっくり返った声が震えながら恋人の名を呼んだ。するとそれまでつらつらと言葉を並べ立てていた声がピタリとやむ。
息が上がっていた。爪先から頭のてっぺんまで、すべてが熱い。特に耳元など、炎にあぶられているのではないかと思うほどに熱っぽい。それなのに時折ひやりと冷える感覚がするのは、他ならぬこの恋人のせいだ。
「なんだ、もういいのかい?」
耳元でかすれた声が艶やかな笑いを漏らし、次いでもったいぶったリップ音と生ぬるい湿った感触が耳たぶを掠めた。本心なのか戯言なのか分からない言葉の合間に何度も落とされた感覚。回数も分からないほど繰り返されたそれのたびに、ぞわりぞわりと背筋が震え、強張っていた体にはすっかり力が入らなくなっていた。ぐったりと目の前の胸元にもたれかかると、今度は頭上にからかうような含み笑いが落とされた。
「残念だねえ。せっかく素直になったのに、主のお気に召さなかったらしい」
「そういう……そういうことじゃない……!」
未だ力が入らない手のひらで必死に拳を作り彼の胸元を叩いてみるが、とんと軽い音がしただけで終わってしまった。情けなくずるずると落ちていった拳に、小竜は先ほどまでの艶っぽさとは正反対のカラカラとした笑い声を上げた。
(くっそー……!)
息も絶え絶え。言葉にならない悔しさと動揺を胸に抱え、なんとか呼吸を整える。それでも一向に動悸は収まらない。全身が脈打っているかのように、心臓が熱い。
まさか耳元で愛をささやかれだけでこんなことになるとは、自分でも驚きだ。けれど仕方がない。こんなにも真剣に、私が望んでいた以上の重たい言葉を吹き込まれ続けたのだ。しかもあの小竜景光に。しかも耳にキスを、落としながら。
(キ、キスとか、するから……な、な、なめたり、するから……!)
想像していたよりもずっと私を思ってくれていたという事実は素直にうれしい。しかし内容が内容なだけに、そのうえ伝える方法が方法なだけに、どのような反応をすればいいのかが分からない。しかも今は完全にからかわれている。一方的に翻弄されているこの状況が悔しくてたまらないし――次を期待してしまっている自分がいることが、どうにも後ろめたい。
「これに懲りたら、安易に狼の尾は踏まないことだね」
「うう……うう~……!」
機嫌よく言いながらも腰と背中に回った手を離そうとしない小竜に、なんとも言えない気分になって唸り声を漏らす。それすらも軽い笑いだけで流され、これはいよいよ力いっぱい叩いても許されるのではないだろうかと思いかけたころ。ふと、頭上からハラハラと降ってきた桜色の花びらと――私を覆い隠すように抱きしめる体温の高さに気が付いた。しばしの逡巡と葛藤。ここで折れてはなんとなく負けたような気分になる。しかし素直で単純な私は素直になれない恋人にほだされてあげることにして、ほぼ上がっていた拳をゆっくりと下ろした。
「なんだい、藪から棒に」
「ほら! そういうとこ! もうちょっと素直になれないんですか!?」
ビシッと向けた人差し指の先で、小竜は「また何か始まったな」と露骨に面倒そうに眉根を寄せた。一応、本当に一応だが恋人関係にある人間に対して向ける顔ではないが、ひとまず今は目をつぶることにする。何せ本題はそこではない。私は重大な事実に気が付いてしまった。昨日の夜、燭台切と共に恋愛ドラマを見ていたとき――告白されたあの日からこのかた、一度も彼から「好き」と言われていないことに、気が付いてしまったのだ。
「素直ねえ……」
私の意図を探るように口の中で言葉を転がす小竜に、深く頷いて返す。
小竜景光が素直な刀ではないことは重々承知している。ミステリアスを自称する男だし、基本的には直接的な表現を避け、あれよあれよと煙に巻いてしまう。最早あれは癖のようなものだろう。思い返せば告白されたときですら、なんとなくふわっとした言い回しをされたような気がしないでもない。浮かれきっていたから半分くらいは忘れてしまった。
しかし何はともあれあの告白以降、小竜の口から「好き」というワードが出てきていないことはまぎれもない事実。こういうことを放置してはろくでもないことになるということは、昨夜のドラマからおおいに学んだ。燭台切は「君は好きのバーゲンセールをしてるから安心だね」と私の素直な振る舞いを半笑いで褒めてくれたが、しかし小竜から私への言葉での愛情表現が極端に少なすぎる。小竜は安心できているかもしれないが、私は大いに不安だ。昨夜から。正直、その前までは何とも思っていなかった。けれど今は不安だ。だからその不安を本人にぶつけることにしたわけだが、彼はいまいちピンときてはいないようだった。
「仮に俺が素直になったとして、キミは何を得るんだか」
こちらはこちらで半笑いを浮かべひねくれたことを言う小竜にムッと口をとがらせる。
「そりゃあいろいろ得られるよ。いっぱい得られる」
「例えば?」
「うれしい」
「ふうん? 俺のわがままが聞きたいってこと?」
「いやそれは別にいらない。寧ろ言わないでほしい。めんどいから」
「ならこの話はおしまいだね」
「何故!?」
「え? 素直ってそういうことだろ?」
「どういうこと!? わがまま言う以外でも素直になれるタイミングってたくさんあるよね!? 私を見てよ! 素直に生きてるなって思うでしょ!?」
「キミは素直と言うより……」
「なんだよ」
「……ま、俺が素直じゃない方が幸せなときもあるさ」
「素直になったら私を馬鹿にすることになるってか?」
「ハハ、自覚あったんだ」
「もー!」
憤慨する私を見てニヤリと上がった口角が憎たらしい。冗談だとは分かりつつも口を引き結ぶと、今度は吹き出すようにして小竜は笑った。ひとしきり笑ったあとに細められた紫の瞳が、私のことが好きだと語る。こうして穏やかに過ぎるひとときが愛おしいのだと、桜色の頬が教えてくれる。彼が私との何気ない日常に愛着を持ってくれていることは、私だってよく理解している。
けれど、それでも聞きたい。彼の口から、彼の心を語って聞かせてほしい。きっと胸の内にしまい込んでいるのだろうあたたかな思いを、言葉という形に変えて見せてほしい。素直で単純な私は、どうしようもなく分かりやすいものを求めてしまう。しかし直接その言葉をねだったところで、この皮肉屋な刀が応えてくれるとも思えなかった。
「……もういいよ。小竜はずっとミステリアスなままでいて。代わりに私が精一杯素直に生きるから」
いけないと思いつつ、深いため息が口をついて出ていった。嫌がっていることを強制するのは良くないと自分自身に言い聞かせ、丸まってしまった背中を無理矢理伸ばす。顔に乗せた笑顔は不自然ではなかっただろうか。へらりといつも通りに笑い、次の作戦を考えるべく一時撤退を試みる。しかし作り笑いを向けた先、素直ではない恋人が思いのほか真剣なまなざしで私を見ていたから、思わず動きを止めてしまった。
「な、なに?」
「……キミのその素直さは真似しようと思ってできることではないから、生涯大切にしていくといいとは思っているけれど」
「突然めちゃくちゃ褒められた」
「肝心なところで隠し事をする癖は、改めてもらいたいものだね」
「おわっ?」
立ち上がる前の中途半端な体勢は、腕を引かれたせいで簡単に崩れてしまった。一瞬の浮遊感に不安がなかったのは、彼が私を受け止めてくれるという確信があったからだ。案の定、重力に行方を任せた体は畳の上に転がることなく、気が付けば小竜の足の上に乗せられていた。真正面から向き合うように座ってもなお、彼の方が目線は高い。背中と腰に回った手のひらの温度にはすでに慣れていたが、目前に迫った透き通る紫色に、ドキリと胸が鳴った。
「よく分からないけれど、うれしいんだね? 俺が、素直になったら」
「う、うん、まあ……ちょっと近くない? 今はそっちの方が気になっちゃう」
「分かった、いいよ」
「ひえっ」
何も分かっていない小竜はさらに端正なお顔を寄せてきた。キスでもされるのかと緊張が走るが、お互いの鼻先はすれ違い、形の良い唇は私の耳元に寄せられる。何の意図もなく漏らされた吐息に耳をくすぐられ、身をよじった直後。
「好きだよ」
「!」
まるで息を吹き込むように、あるいはダイレクトに鼓膜を叩くように。わずかに低められた艶のある声が、待ち望んでいたその言葉を、ゆっくりと紡いだ。喜ぶべき、なのだろう。積極的に自分の本心を明かすことをしない男が、こんなにもストレートな一言を向けてくれたのだ。ここは素直に喜ぶ場面なのだと思う。
しかし事は、そう単純ではなかった。
「いつもキミのことを思ってる。戦場にいるときも、夜眠りにつくときも、いつだってキミのことで頭がいっぱいだ」
「ちょ、」
「いつでもキミが恋しくて、いつだって……キミに触れたいと思ってる。こうして腕の中に閉じ込めていたってまだ足りない。もっともっと、余すことなくキミに触れて、暴いて、染め上げて……キミにも俺に、同じようにしてほしいと思ってる」
「まって、こりゅう」
「許されるのならずっとこうしていたい……なんて、まったく俺らしくないだろう? 俺が一番そう思ってる。けれど止められない。キミが恋しい。愛しい。好きだ。どんな言葉を尽くしても表せないくらい、キミのそばにありたいと思う」
「ちょっと」
「今、もっとキミに触れたいと言ったら受け入れてくれる? まず間違いなく止められないと思うから、今まで我慢していたんだけれど……素直になってほしいんだろう? キミに覚悟があるのなら、俺は」
「っ、小竜……!」
毅然とした声を出したつもりが、妙にひっくり返った声が震えながら恋人の名を呼んだ。するとそれまでつらつらと言葉を並べ立てていた声がピタリとやむ。
息が上がっていた。爪先から頭のてっぺんまで、すべてが熱い。特に耳元など、炎にあぶられているのではないかと思うほどに熱っぽい。それなのに時折ひやりと冷える感覚がするのは、他ならぬこの恋人のせいだ。
「なんだ、もういいのかい?」
耳元でかすれた声が艶やかな笑いを漏らし、次いでもったいぶったリップ音と生ぬるい湿った感触が耳たぶを掠めた。本心なのか戯言なのか分からない言葉の合間に何度も落とされた感覚。回数も分からないほど繰り返されたそれのたびに、ぞわりぞわりと背筋が震え、強張っていた体にはすっかり力が入らなくなっていた。ぐったりと目の前の胸元にもたれかかると、今度は頭上にからかうような含み笑いが落とされた。
「残念だねえ。せっかく素直になったのに、主のお気に召さなかったらしい」
「そういう……そういうことじゃない……!」
未だ力が入らない手のひらで必死に拳を作り彼の胸元を叩いてみるが、とんと軽い音がしただけで終わってしまった。情けなくずるずると落ちていった拳に、小竜は先ほどまでの艶っぽさとは正反対のカラカラとした笑い声を上げた。
(くっそー……!)
息も絶え絶え。言葉にならない悔しさと動揺を胸に抱え、なんとか呼吸を整える。それでも一向に動悸は収まらない。全身が脈打っているかのように、心臓が熱い。
まさか耳元で愛をささやかれだけでこんなことになるとは、自分でも驚きだ。けれど仕方がない。こんなにも真剣に、私が望んでいた以上の重たい言葉を吹き込まれ続けたのだ。しかもあの小竜景光に。しかも耳にキスを、落としながら。
(キ、キスとか、するから……な、な、なめたり、するから……!)
想像していたよりもずっと私を思ってくれていたという事実は素直にうれしい。しかし内容が内容なだけに、そのうえ伝える方法が方法なだけに、どのような反応をすればいいのかが分からない。しかも今は完全にからかわれている。一方的に翻弄されているこの状況が悔しくてたまらないし――次を期待してしまっている自分がいることが、どうにも後ろめたい。
「これに懲りたら、安易に狼の尾は踏まないことだね」
「うう……うう~……!」
機嫌よく言いながらも腰と背中に回った手を離そうとしない小竜に、なんとも言えない気分になって唸り声を漏らす。それすらも軽い笑いだけで流され、これはいよいよ力いっぱい叩いても許されるのではないだろうかと思いかけたころ。ふと、頭上からハラハラと降ってきた桜色の花びらと――私を覆い隠すように抱きしめる体温の高さに気が付いた。しばしの逡巡と葛藤。ここで折れてはなんとなく負けたような気分になる。しかし素直で単純な私は素直になれない恋人にほだされてあげることにして、ほぼ上がっていた拳をゆっくりと下ろした。