小竜さに
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「サムシングフォーって知ってる?」
唐突な問いかけに対する答えは、当然のように持ち合わせてはいなかった。
反射的にわずかに開いた口を閉ざして、声の持ち主に視線を向ける。クリスマスとやらの影響で賑わう現世の様子をテレビ越しに眺めながら、主は少しだけ右の口端を持ち上げた。
「結婚式のときに身につけると幸せになれるっていうやつ」
「……へえ? 現世の……まじないみたいなものかい?」
「外国の風習? 私もよく分からない」
なにか古いもの。なにか新しいもの。なにか借りたもの。そしなにか、青いもの。それらを身につけた花嫁は、幸福な結婚生活を送ることができるのだという。
主は素っ気ない口振りで指折り「なにか」を挙げていく。いかにも興味がなさそうな様子だが、それがふりであることはすぐに察した。彼女は無関心なものまで記憶に留めておくような人間ではない。結婚という予想外の言葉にざわついた心の内を悟られぬよう、こちらも平常心を装って返す言葉を探す。
「……ふうん? それだけで幸福が訪れるっていうなら、悪くない。……近い将来、彼らもそれを準備するのかな」
闇夜の中で星のようにまたたくイルミネーションを背景に、インタビューに答えるカップルをちらりと見る。肩が触れ合うような距離で寄り添う彼らの頬も鼻も、冬の外気に触れ真っ赤に染まっている。それでもなお寒空の下に留まって身を寄せ合い、笑い合いながら熱と幸福を分け合う恋人たちに、主は何を思ったのだろうか。ニュースが始まってから彼女の顔に貼りついている笑みに羨望の色が混ざって見えたのは、きっと勘違いではないだろう。
冬の夜の寒さを知ってから、何度目かのクリスマス・イブ。
暦をめくり夜が深まるに従って人恋しさが増していく不思議な感覚は、俺も分からないでもなかった。
「どうだろうね。日本の昔からの習慣ってわけでもないし、気にしない人も多いんじゃない?」
「そういうものか」
じゃあキミは、と聞きかけて、静かに口を閉ざした。話題に出してくる時点で、答えは分かりきっている。サムシングフォーという言葉を知り、その意味を調べ、いつか自分もそのおまじないをと、ひとり夢を見た記憶は、きっと今の彼女の中にも鮮明に残されている。未だ訪れぬそのときを、彼女は今でも、ひっそりと待っているのだ。
(そういうところがいじらしくて、放っておけなくなる)
彼女の素っ気なく見える言動は本心の裏返しだ。大人びた振る舞いの裏に隠れた、まるで少女のような願い。それを叶えてやりたいと――自分こそがその夢を現実にしてやりたいと、ふと、そんな欲が心をよぎった。
「……」
畳の上に丸めて放ったままにしていた外套が目に入った。おもむろに持ち上げたそれを肩にふわりとかけてやれば、彼女はきょとんと眼を丸くする。急にどうしたのかと問う視線に持ち上げた口角が皮肉げに見えないよう、精一杯やわらかい表情を作り上げ、座卓の上に頬杖をついて主の顔を覗き込んだ。
「キミも、これで3つはそろってるね」
「え?」
「借りたもの、青いもの、古いもの」
極めて冗談に近い物言いで、けれどその合間に本心を潜ませて、ひとつずつ、指先を向けていく。
「俺から借りた外套。偶然にも、それは青い」
「あはは、確かに。じゃあ古いものは?」
「おや、目の前の刀は作刀から約900年の年代物なんだけれど」
1000年には多少足りないがと付け加えれば、主はくすくすと笑いを漏らした。すべて冗談だと捉えてくれたらしいことに、内心でわずかに安堵する。
「結婚式のときは、これを羽織って小竜を帯刀しなくちゃならないの?」
見せかけの笑みを消しておもしろがるように目を細める主に、こちらも自然と頬が緩んだ。
「キミの幸せのためなら安いものさ」
「じゃあ早く新しいものと……肝心の相手を探さなきゃね」
「ご所望ならば、それらを準備するのもやぶさかではないよ」
「ええ? どうやって?」
「俺と一緒に、新しいものを買いに行けばいい」
「? サムシングフォーだけそろっても意味ないよ?」
「ああ、俺もそう思うよ。だから一緒に、って言ったんだ」
「うん……? 出先でイケてる相手を探してくれるってこと……?」
「それはできかねると言っておくけれど……キミは幸運だね、主。俺という一石だけで五鳥も落とせるんだ」
「え? え? どういう意味?」
「幸せは存外近くにある、という話さ」
「急に青い鳥始まっちゃった?」
混乱しきった様子の主にニヤリと笑い、腰を上げる。このまま会話を続ければ、うっかり口を滑らせて本心を言葉にしてしまいそうだった。
「じゃあおやすみ」
「うそ……このまま置いていくの……? 青い鳥の話は……?」
「そんなおとぎ話、誰がしてたんだか」
「ええー……?」
消化不良だと訴える視線を受け流し、ひらひらと片手を揺らして共有スペースを出た。入れ違いに入ってきた他の男士たちによって一気ににぎやかさを増した空間を背に、振り返ることなく自室への道をたどる。
(じれったくはあるけれど……まだ、今のままでいい)
自分の思いを確認するように――あるいは、制するように。ゆっくりと息を吐き出し、斜め上に視線を泳がせる。宵闇に、白い雪は舞ってはいない。空を駆る聖人がいなければ、鼻で夜道を照らす獣がいるわけでもない。特別な夜でも普段と変わらず空に浮く星々が、ここにいるのだと主張するように、ただ静かにまたたいていた。
唐突な問いかけに対する答えは、当然のように持ち合わせてはいなかった。
反射的にわずかに開いた口を閉ざして、声の持ち主に視線を向ける。クリスマスとやらの影響で賑わう現世の様子をテレビ越しに眺めながら、主は少しだけ右の口端を持ち上げた。
「結婚式のときに身につけると幸せになれるっていうやつ」
「……へえ? 現世の……まじないみたいなものかい?」
「外国の風習? 私もよく分からない」
なにか古いもの。なにか新しいもの。なにか借りたもの。そしなにか、青いもの。それらを身につけた花嫁は、幸福な結婚生活を送ることができるのだという。
主は素っ気ない口振りで指折り「なにか」を挙げていく。いかにも興味がなさそうな様子だが、それがふりであることはすぐに察した。彼女は無関心なものまで記憶に留めておくような人間ではない。結婚という予想外の言葉にざわついた心の内を悟られぬよう、こちらも平常心を装って返す言葉を探す。
「……ふうん? それだけで幸福が訪れるっていうなら、悪くない。……近い将来、彼らもそれを準備するのかな」
闇夜の中で星のようにまたたくイルミネーションを背景に、インタビューに答えるカップルをちらりと見る。肩が触れ合うような距離で寄り添う彼らの頬も鼻も、冬の外気に触れ真っ赤に染まっている。それでもなお寒空の下に留まって身を寄せ合い、笑い合いながら熱と幸福を分け合う恋人たちに、主は何を思ったのだろうか。ニュースが始まってから彼女の顔に貼りついている笑みに羨望の色が混ざって見えたのは、きっと勘違いではないだろう。
冬の夜の寒さを知ってから、何度目かのクリスマス・イブ。
暦をめくり夜が深まるに従って人恋しさが増していく不思議な感覚は、俺も分からないでもなかった。
「どうだろうね。日本の昔からの習慣ってわけでもないし、気にしない人も多いんじゃない?」
「そういうものか」
じゃあキミは、と聞きかけて、静かに口を閉ざした。話題に出してくる時点で、答えは分かりきっている。サムシングフォーという言葉を知り、その意味を調べ、いつか自分もそのおまじないをと、ひとり夢を見た記憶は、きっと今の彼女の中にも鮮明に残されている。未だ訪れぬそのときを、彼女は今でも、ひっそりと待っているのだ。
(そういうところがいじらしくて、放っておけなくなる)
彼女の素っ気なく見える言動は本心の裏返しだ。大人びた振る舞いの裏に隠れた、まるで少女のような願い。それを叶えてやりたいと――自分こそがその夢を現実にしてやりたいと、ふと、そんな欲が心をよぎった。
「……」
畳の上に丸めて放ったままにしていた外套が目に入った。おもむろに持ち上げたそれを肩にふわりとかけてやれば、彼女はきょとんと眼を丸くする。急にどうしたのかと問う視線に持ち上げた口角が皮肉げに見えないよう、精一杯やわらかい表情を作り上げ、座卓の上に頬杖をついて主の顔を覗き込んだ。
「キミも、これで3つはそろってるね」
「え?」
「借りたもの、青いもの、古いもの」
極めて冗談に近い物言いで、けれどその合間に本心を潜ませて、ひとつずつ、指先を向けていく。
「俺から借りた外套。偶然にも、それは青い」
「あはは、確かに。じゃあ古いものは?」
「おや、目の前の刀は作刀から約900年の年代物なんだけれど」
1000年には多少足りないがと付け加えれば、主はくすくすと笑いを漏らした。すべて冗談だと捉えてくれたらしいことに、内心でわずかに安堵する。
「結婚式のときは、これを羽織って小竜を帯刀しなくちゃならないの?」
見せかけの笑みを消しておもしろがるように目を細める主に、こちらも自然と頬が緩んだ。
「キミの幸せのためなら安いものさ」
「じゃあ早く新しいものと……肝心の相手を探さなきゃね」
「ご所望ならば、それらを準備するのもやぶさかではないよ」
「ええ? どうやって?」
「俺と一緒に、新しいものを買いに行けばいい」
「? サムシングフォーだけそろっても意味ないよ?」
「ああ、俺もそう思うよ。だから一緒に、って言ったんだ」
「うん……? 出先でイケてる相手を探してくれるってこと……?」
「それはできかねると言っておくけれど……キミは幸運だね、主。俺という一石だけで五鳥も落とせるんだ」
「え? え? どういう意味?」
「幸せは存外近くにある、という話さ」
「急に青い鳥始まっちゃった?」
混乱しきった様子の主にニヤリと笑い、腰を上げる。このまま会話を続ければ、うっかり口を滑らせて本心を言葉にしてしまいそうだった。
「じゃあおやすみ」
「うそ……このまま置いていくの……? 青い鳥の話は……?」
「そんなおとぎ話、誰がしてたんだか」
「ええー……?」
消化不良だと訴える視線を受け流し、ひらひらと片手を揺らして共有スペースを出た。入れ違いに入ってきた他の男士たちによって一気ににぎやかさを増した空間を背に、振り返ることなく自室への道をたどる。
(じれったくはあるけれど……まだ、今のままでいい)
自分の思いを確認するように――あるいは、制するように。ゆっくりと息を吐き出し、斜め上に視線を泳がせる。宵闇に、白い雪は舞ってはいない。空を駆る聖人がいなければ、鼻で夜道を照らす獣がいるわけでもない。特別な夜でも普段と変わらず空に浮く星々が、ここにいるのだと主張するように、ただ静かにまたたいていた。