小竜さに
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ふと寒さを感じて、重たいまぶたをぼんやりと持ち上げた。まだ日が昇る前の時間帯なのだろう、薄暗い視界の中心で、金色の髪の毛がゆるやかに波打つ。少しだけはだけた寝間着から覗く胸元は、薄く見えて私よりもずっとたくましい。それが持つ熱も、私は知っている。ふるりと背中が震え、本能的に目の前の胸元にすり寄る。くすりと漏れた笑い声は、頭上から聞こえた。
「お目覚めには、まだ早いんじゃないかな?」
彼の方も目覚めて間もないらしく、早朝の無音の中に落とされたささやきは少しかすれていた。いつも私が覚醒するころにはすっかり身支度を整えている彼には珍しい声音。いくらか言葉を交わしてその声が普段の調子を取り戻していく様を楽しみたい気持ちもあったが、それ以上に今はとにかく寒い。眠っている間にあいた距離を埋めるようにもぞもぞと布団の間を進み、ぴったりと小竜に体を寄せる。
「さむい……」
「おや? 今日はどちらかと言えばあたたかいと思うけれど」
「でもさむい……」
「今さらそんな口実が必要な仲でもあるまいし、ひっきつきむしをしたいならもっと素直……に……」
からかうように笑いながら小竜は私の体に腕を回し、それからピタリと動きを止めた。かと思えば、私を布団の上に置き去りに、勢いよく体を起こす。掛布団がはがれ一気に外気にさらされた体が、今度は大きく震えた。背中のひやりとした感覚が不快で、ずいぶんと汗をかいていたことに気が付く。おやと思ったのも束の間、大きな手が恐る恐る額を覆い、次いで息をのむような音が室内に響いた。
「キミ……」
「はい……?」
「……」
「小竜……? うわ」
私自身もなんとなく嫌な予感はしていたが、とにかく寒いから布団をかけてほしい。心なしか重たい口元をなんとか動かそうとするも、小竜の行動の方が早かった。彼は引っ掴んだ掛布団をぐるりと私に巻き付けると、そのまま横抱きにして廊下へと駆け出した。突然のことに目を白黒させる。呆然と見上げた口元は引き結ばれているが、眉尻は少しだけ下がっている。音を立てて廊下を走る姿はまったく小竜らしくもなく、彼が心底焦っているらしいということは容易に想像がついた。
何を言うこともできないまま連れていかれた先は厨だった。その間も寒さは増していたし、気のせいでなければ体と頭の重さも増している。まぶたを持ち上げているのもつらくなってきた。息を切らして厨に飛び込んだ小竜と、ぐったりと布団にくるまれた私を出迎えたのは、偶然にも長船の刀たちだった。
「え、なにそれ」
一足早く朝食の下ごしらえを始めようとしていたのだろう燭台切が、私を見て片目を丸くした。おやつの仕込みに来たらしい小豆も砂糖の袋を片手に口を半開きにしていたし、早起きでもしてしまったのだろう大般若も似たような顔で湯呑を持ったまま固まっている。花瓶の花を換えている福島は首を傾げて私と小竜の顔を交互に見ていた。
「熱出した。主が」
燭台切の問いかけに対する小竜の答えはシンプルだった。そこで私も薄々感づいていた可能性を確信に変える。
どれだけ布団にくるまれていようが薄れない寒さも、ぞわぞわと何かが背中を這っているような不快な感覚も、じんわりと滲む汗の不快感や倦怠感も、覚えがある。体調不良のときのそれだ。
燭台切はさっと表情を変え、包丁をまな板の上に戻すと小豆に視線をやった。
「薬研くん起こしてきてくれる?」
「まかされた」
「大般若くんは体温計探してきて」
「はいよ」
「よし、光忠。お兄ちゃんは何しようか」
「……じゃあ、主のこと布団に戻してくれるかな」
「構わないが……彼の仕事を取るのは、野暮じゃないか?」
「まずは身だしなみくらい整えてもらわないと」
福島は小竜の頭から爪先まで視線を走らせると、とびきりの笑顔で両手を差し出した。改めて言われてみれば小竜は起き抜けの姿そのままだ。廊下を駆けてきたせいもあって私から見える範囲だけでも寝間着は乱れていたし、元々あちこちに飛び跳ねている髪の毛がより自由奔放な状態になっている。小竜も指摘されて初めて自覚したのだろう、迷うような間のあとに、バツが悪そうな顔で私を福島の腕の中へと移動させた。それから身を屈めて、布団の隙間から私の顔を覗き込む。
「すぐ戻るから」
「そ、そんなに心配しなくても……」
聞こえているのかいないのか、来たときよりはいくらか落ち着いた足取りで、小竜は廊下に戻っていった。ただ熱を出したというだけで大袈裟な、とは言えない。彼はあれでかなり情に厚い刀だ。主で、そのうえ恋人であったならばなおさら。くすぐったい気分になったのは私だけではないらしく、燭台切と福島も顔を見合わせて苦笑に近い笑みを浮かべた。
福島に自室に戻され、あるだけの布団をかけられてすぐ一度眠りに落ちた。目覚めたときにはすでに朝食は終わっており、ちょうど顔を出した薬研のすすめで現世の病院に連れていかれた。そのころになると咳も出始めており、医者からは風邪を言い渡された。本丸に戻って薬を薬研に渡すと、代わりに朝食兼昼食のお粥を差し出される。気だるい体や咳と格闘しながらなんとかそれを平らげ、薬を飲み込み、布団に戻ったのはおやつよりも早い時間。その間も、ずっと小竜がそばに寄り添っていた。
「いつから悪かったんだい、具合」
「分かんない……たぶん朝……」
朝よりもぼうとしてきた頭で、必死に思考と口を動かす。枕元に座る小竜は、当然ながらご機嫌には見えない。私への心配もさることながら、早くに体調不良を見抜けなかった自分にいらだっているようだった。しかし私にすら自覚がなかったことに、小竜が気づけるわけもない。どのような言葉をかけてやればいいのかと鈍い頭を回そうとするが、咳に邪魔され何の形をなすこともなかった。
「薬ってどのくらいで効くんだろうね」
重たい布団の合間から手を差し入れ、反射的に丸まった背中をさすりながら小竜がつぶやく。まだ服薬直後だ。そんなに早く効くわけがないだろうと言ってやりたいが、どうにも咳が収まらない。ゴホゴホと咳込んでいるうちに浮いた涙を、冷えた指先がそっとぬぐった。
「はー……しんど……」
「代わってやれたら良かったのに」
「気持ちだけもらっておく……そのうち止まるし……いつもそうだから……」
「いつも? キミ、どちらかと言えば健康優良児だろう?」
「昔はよく風邪ひいてた……毎回咳が止まらなくなって、最初のころ、みんなびっくりしてた……」
「ああ、だから燭台切は落ち着いてたのか」
「うん……別に死ぬようなことでもないしね……だから、そんな死にそうな顔しなくても大丈夫だよ……」
布団から引きずり出した右手で、深い皺が刻まれた眉間を指さす。
「朝からずっと、すごい顔してる……小竜って、ほんとに私のこと好きだよね……」
冗談混じりの本心だった。素っ気ない言動の裏側で、彼が心底から私を思ってくれていることはよく知っている。それも、少し私の体調が悪いくらいで表情を取り繕えなくなるくらい、心を割いてくれている。それが純粋にうれしい。こんなにも真っ直ぐな愛情は、照れくさくもある。それを誤魔化すための苦笑は彼の気に召さなかったようで、小竜はムッと口を曲げて「趣味が悪い」と私をなじった。
「苦しんでるキミを心配して、何が悪いのやら。俺には分かりかねるね」
「はは、ごめん。でも、自分の腕が吹っ飛んでも平気な顔してるのに……私のことになるとそんな顔して……」
「俺は刀で、折れない限りは手入れで戻る。キミもそうなら、ここまで心配しない……と言いきる自信は、今はないな」
「ないんだ……ふふ、げほっ」
「笑うのか咳するのか、どちらかにしなよ」
再び咳込んだ私に、小竜は今度は呆れたような顔をして見せる。大きな体を折り曲げて私の背を撫でるこの刀が、愛おしくて仕方がない。にじんだ視界にちらちらと写る、自分の不甲斐なさを悔いるような顔が切なくて、やはり、愛おしい。
(そばにいてくれるだけで、うれしいものだよ、小竜)
しかし、心にふわふわと浮かぶこの幸福感を口にしたところで、納得するような男ではないことは分かっていた。少しでも彼の心が軽くなればと、重い頭で一生懸命に考える。何か、お互いのためになるようなことはないだろうか――ふと、咳の合間にひとつの答えを得た。
「ねえ、ちょっと背もたれになって……?」
「は?」
「上半身起きてると、ちょっと楽だから……」
布団を持ち上げて体を起こすと、途端に寒気が全身を襲った。肩をすくめる私に慌てた様子で、小竜が後ろに回り込む。布団の上に胡坐をかいた彼の胸元に横向きになって体を預けると、いくらか呼吸が楽になった気がした。すぐさま引き上げられた布団が首元までをすっぽりと覆い、重たいぬくもりが戻ってくる。そのまままぶたを下ろすと、いつもよりもずっと弱い力で、けれどしっかりと、小竜は私の体に腕を回した。
「これでいい?」
「うん……ありがと……」
「このくらい、礼を言われるようなことでもないさ」
「優しい恋人を持てて幸せです……」
「そういうことは、元気なときに言ってもらいたいものだね」
「こういうときだから言えることもあるよ……」
お互いに、という言葉は飲み込み、口も閉じる。耳元で聞こえる規則的な心音が眠気を誘い、意識が端からほどけていく。やがて最後のひとかけらが形をなさなくなったころ、力が抜けきった体がひときわ強く抱き込まれるのを感じた。
「こんなところで置いていかれるのはごめんだよ、主」
暗い視界で、小さなつぶやきが鼓膜を打つ。大袈裟なと笑い飛ばすには切実な声音。ぎゅうぎゅうと私を抱きしめ、つむじの辺りに額を寄せて、祈るように本心を零す恋人に、心配するなと言ってやりたい。しかしすでに体は動かない。彼が私に抱く身に余るほど大きな感情は熱と共に、病に侵された体を巡る。
「お目覚めには、まだ早いんじゃないかな?」
彼の方も目覚めて間もないらしく、早朝の無音の中に落とされたささやきは少しかすれていた。いつも私が覚醒するころにはすっかり身支度を整えている彼には珍しい声音。いくらか言葉を交わしてその声が普段の調子を取り戻していく様を楽しみたい気持ちもあったが、それ以上に今はとにかく寒い。眠っている間にあいた距離を埋めるようにもぞもぞと布団の間を進み、ぴったりと小竜に体を寄せる。
「さむい……」
「おや? 今日はどちらかと言えばあたたかいと思うけれど」
「でもさむい……」
「今さらそんな口実が必要な仲でもあるまいし、ひっきつきむしをしたいならもっと素直……に……」
からかうように笑いながら小竜は私の体に腕を回し、それからピタリと動きを止めた。かと思えば、私を布団の上に置き去りに、勢いよく体を起こす。掛布団がはがれ一気に外気にさらされた体が、今度は大きく震えた。背中のひやりとした感覚が不快で、ずいぶんと汗をかいていたことに気が付く。おやと思ったのも束の間、大きな手が恐る恐る額を覆い、次いで息をのむような音が室内に響いた。
「キミ……」
「はい……?」
「……」
「小竜……? うわ」
私自身もなんとなく嫌な予感はしていたが、とにかく寒いから布団をかけてほしい。心なしか重たい口元をなんとか動かそうとするも、小竜の行動の方が早かった。彼は引っ掴んだ掛布団をぐるりと私に巻き付けると、そのまま横抱きにして廊下へと駆け出した。突然のことに目を白黒させる。呆然と見上げた口元は引き結ばれているが、眉尻は少しだけ下がっている。音を立てて廊下を走る姿はまったく小竜らしくもなく、彼が心底焦っているらしいということは容易に想像がついた。
何を言うこともできないまま連れていかれた先は厨だった。その間も寒さは増していたし、気のせいでなければ体と頭の重さも増している。まぶたを持ち上げているのもつらくなってきた。息を切らして厨に飛び込んだ小竜と、ぐったりと布団にくるまれた私を出迎えたのは、偶然にも長船の刀たちだった。
「え、なにそれ」
一足早く朝食の下ごしらえを始めようとしていたのだろう燭台切が、私を見て片目を丸くした。おやつの仕込みに来たらしい小豆も砂糖の袋を片手に口を半開きにしていたし、早起きでもしてしまったのだろう大般若も似たような顔で湯呑を持ったまま固まっている。花瓶の花を換えている福島は首を傾げて私と小竜の顔を交互に見ていた。
「熱出した。主が」
燭台切の問いかけに対する小竜の答えはシンプルだった。そこで私も薄々感づいていた可能性を確信に変える。
どれだけ布団にくるまれていようが薄れない寒さも、ぞわぞわと何かが背中を這っているような不快な感覚も、じんわりと滲む汗の不快感や倦怠感も、覚えがある。体調不良のときのそれだ。
燭台切はさっと表情を変え、包丁をまな板の上に戻すと小豆に視線をやった。
「薬研くん起こしてきてくれる?」
「まかされた」
「大般若くんは体温計探してきて」
「はいよ」
「よし、光忠。お兄ちゃんは何しようか」
「……じゃあ、主のこと布団に戻してくれるかな」
「構わないが……彼の仕事を取るのは、野暮じゃないか?」
「まずは身だしなみくらい整えてもらわないと」
福島は小竜の頭から爪先まで視線を走らせると、とびきりの笑顔で両手を差し出した。改めて言われてみれば小竜は起き抜けの姿そのままだ。廊下を駆けてきたせいもあって私から見える範囲だけでも寝間着は乱れていたし、元々あちこちに飛び跳ねている髪の毛がより自由奔放な状態になっている。小竜も指摘されて初めて自覚したのだろう、迷うような間のあとに、バツが悪そうな顔で私を福島の腕の中へと移動させた。それから身を屈めて、布団の隙間から私の顔を覗き込む。
「すぐ戻るから」
「そ、そんなに心配しなくても……」
聞こえているのかいないのか、来たときよりはいくらか落ち着いた足取りで、小竜は廊下に戻っていった。ただ熱を出したというだけで大袈裟な、とは言えない。彼はあれでかなり情に厚い刀だ。主で、そのうえ恋人であったならばなおさら。くすぐったい気分になったのは私だけではないらしく、燭台切と福島も顔を見合わせて苦笑に近い笑みを浮かべた。
福島に自室に戻され、あるだけの布団をかけられてすぐ一度眠りに落ちた。目覚めたときにはすでに朝食は終わっており、ちょうど顔を出した薬研のすすめで現世の病院に連れていかれた。そのころになると咳も出始めており、医者からは風邪を言い渡された。本丸に戻って薬を薬研に渡すと、代わりに朝食兼昼食のお粥を差し出される。気だるい体や咳と格闘しながらなんとかそれを平らげ、薬を飲み込み、布団に戻ったのはおやつよりも早い時間。その間も、ずっと小竜がそばに寄り添っていた。
「いつから悪かったんだい、具合」
「分かんない……たぶん朝……」
朝よりもぼうとしてきた頭で、必死に思考と口を動かす。枕元に座る小竜は、当然ながらご機嫌には見えない。私への心配もさることながら、早くに体調不良を見抜けなかった自分にいらだっているようだった。しかし私にすら自覚がなかったことに、小竜が気づけるわけもない。どのような言葉をかけてやればいいのかと鈍い頭を回そうとするが、咳に邪魔され何の形をなすこともなかった。
「薬ってどのくらいで効くんだろうね」
重たい布団の合間から手を差し入れ、反射的に丸まった背中をさすりながら小竜がつぶやく。まだ服薬直後だ。そんなに早く効くわけがないだろうと言ってやりたいが、どうにも咳が収まらない。ゴホゴホと咳込んでいるうちに浮いた涙を、冷えた指先がそっとぬぐった。
「はー……しんど……」
「代わってやれたら良かったのに」
「気持ちだけもらっておく……そのうち止まるし……いつもそうだから……」
「いつも? キミ、どちらかと言えば健康優良児だろう?」
「昔はよく風邪ひいてた……毎回咳が止まらなくなって、最初のころ、みんなびっくりしてた……」
「ああ、だから燭台切は落ち着いてたのか」
「うん……別に死ぬようなことでもないしね……だから、そんな死にそうな顔しなくても大丈夫だよ……」
布団から引きずり出した右手で、深い皺が刻まれた眉間を指さす。
「朝からずっと、すごい顔してる……小竜って、ほんとに私のこと好きだよね……」
冗談混じりの本心だった。素っ気ない言動の裏側で、彼が心底から私を思ってくれていることはよく知っている。それも、少し私の体調が悪いくらいで表情を取り繕えなくなるくらい、心を割いてくれている。それが純粋にうれしい。こんなにも真っ直ぐな愛情は、照れくさくもある。それを誤魔化すための苦笑は彼の気に召さなかったようで、小竜はムッと口を曲げて「趣味が悪い」と私をなじった。
「苦しんでるキミを心配して、何が悪いのやら。俺には分かりかねるね」
「はは、ごめん。でも、自分の腕が吹っ飛んでも平気な顔してるのに……私のことになるとそんな顔して……」
「俺は刀で、折れない限りは手入れで戻る。キミもそうなら、ここまで心配しない……と言いきる自信は、今はないな」
「ないんだ……ふふ、げほっ」
「笑うのか咳するのか、どちらかにしなよ」
再び咳込んだ私に、小竜は今度は呆れたような顔をして見せる。大きな体を折り曲げて私の背を撫でるこの刀が、愛おしくて仕方がない。にじんだ視界にちらちらと写る、自分の不甲斐なさを悔いるような顔が切なくて、やはり、愛おしい。
(そばにいてくれるだけで、うれしいものだよ、小竜)
しかし、心にふわふわと浮かぶこの幸福感を口にしたところで、納得するような男ではないことは分かっていた。少しでも彼の心が軽くなればと、重い頭で一生懸命に考える。何か、お互いのためになるようなことはないだろうか――ふと、咳の合間にひとつの答えを得た。
「ねえ、ちょっと背もたれになって……?」
「は?」
「上半身起きてると、ちょっと楽だから……」
布団を持ち上げて体を起こすと、途端に寒気が全身を襲った。肩をすくめる私に慌てた様子で、小竜が後ろに回り込む。布団の上に胡坐をかいた彼の胸元に横向きになって体を預けると、いくらか呼吸が楽になった気がした。すぐさま引き上げられた布団が首元までをすっぽりと覆い、重たいぬくもりが戻ってくる。そのまままぶたを下ろすと、いつもよりもずっと弱い力で、けれどしっかりと、小竜は私の体に腕を回した。
「これでいい?」
「うん……ありがと……」
「このくらい、礼を言われるようなことでもないさ」
「優しい恋人を持てて幸せです……」
「そういうことは、元気なときに言ってもらいたいものだね」
「こういうときだから言えることもあるよ……」
お互いに、という言葉は飲み込み、口も閉じる。耳元で聞こえる規則的な心音が眠気を誘い、意識が端からほどけていく。やがて最後のひとかけらが形をなさなくなったころ、力が抜けきった体がひときわ強く抱き込まれるのを感じた。
「こんなところで置いていかれるのはごめんだよ、主」
暗い視界で、小さなつぶやきが鼓膜を打つ。大袈裟なと笑い飛ばすには切実な声音。ぎゅうぎゅうと私を抱きしめ、つむじの辺りに額を寄せて、祈るように本心を零す恋人に、心配するなと言ってやりたい。しかしすでに体は動かない。彼が私に抱く身に余るほど大きな感情は熱と共に、病に侵された体を巡る。