珍しく、少し早く起きた朝だった。オーブントースターでパンを焼きながら、いつもは見ないテレビをつける。今朝のニュースは流行を取り上げていた。インタビューを受けている彼女は、大人気の恋愛小説家だ。

　インターネットのあらゆるサービスが普及し、皆それぞれが裏表の顔を上手に上手に使い分ける社会。心からの信頼も、根っからの善人も否定されてしまう悲しい世界。そういった他者との関わりの難しさの反動か、純愛モノの恋愛物語が大いに流行していた。

　『昔から友人と愛だの恋だのを語ることが好きだった』と答える。いまや彼女の活躍の場は小説に留まらない。作詞活動や漫画の原作、映画の脚本にも手を伸ばしているようだった。彼女の手掛けた最新映画のプロモーションが始まる。どこかで見た俳優が現れ彼女の書いたセリフが紹介される。

『人から人への思いは目に見えて伝わることはない。喜びも悲しみも、分かち合うとは言っても全く同じ感動が起きるわけではない。だとしても僕は、あなたの隣で同じように笑い、同じように傷つき、同じように生きていきたいんです。』

　僕にはその言葉を選んだ意味がよく理解できなかったが、あの俳優や彼女を支持する層にはこんな言葉たちが大ウケなのだろう。

　僕は大きくため息をついた。昇る朝日に煙たがられるような、とても陰気なため息だった。
　
　あんなふうに取り上げられる彼女に反吐が出る。彼女が純愛物語を書くことはビジネスなのだ。ピュアな人間からしかピュアな言葉が産まれないなんてことはない。なんせ婚約までした僕との関係を破棄し、あの俳優のもとへかけてゆくような女だ。

　さっきのあの言葉だって、僕のプロポーズのセリフ、そのまんまじゃないか。

　焼いていたパンに目をやると、すっかり焦げてしまっていた。