破鏡再び照らす
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同日 午後1時56分
総合病院 二階 休憩コーナー
「帰れって言われたけど……」
休憩コーナーの窓から外の様子を覗く。
紺色のベストや帽子の人だかりにため息をこぼした。
「……まさか帰れないとは……」
十六夜先生のことが気になりながらも、私は無間先生の言う通りに病院を出ようとした。
だが、受付まで戻ると、入口は警察官たちによって塞がれていた。
外へ出られず、あまり人の来ない二階の休憩コーナーで事態が落ち着くまで待機することにしたのだ。
休憩コーナーのテーブルで頬杖をついて、窓ガラスをぼーっと眺める。
「十六夜先生……」
彼女の姿が脳裏をよぎる。
十六夜先生のところに行ってみようとも思ったが、警官たちが集まっていてとても近づけなかった。
"救急隊員"ではなく、"警官"がいるということは……たぶんもう……。
別に親しい人物というわけではないが、入院中は色々とお世話になった人だった。
「……やっぱり……私のせいだよな……」
あのとき黙って立ち去っていれば、男とのトラブルが最悪な形になることもなかったのに。
太ももを強く殴る。
何度も何度も打ち付ける。
看護師さんの話をちらりと盗み聞きしたが、どうやら無間先生と椎名先生が重要参考人として警察に向かったらしい。
嫌な気持ちが胸に広がる。
何もできない。
原因をつくったのは私……なのに……。
もっとしっかりと考えれば、彼女が死ぬこともなかったのかもしれない。
モヤモヤと胸にわかだまりがあり、気持ちが鬱陶しかった。
それを紛らわすために、何度も拳で太ももを叩く。
なんで?なんで?なんで?
自分がいなくなってしまえばよかった。
碌なことをしない自分が死ねばよかった。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
振り上げた腕が止まった。
誰かに強く掴まれたのがわかり、私は振り返る。
地中海の潮風を思わせるような香りが鼻を撫でた。
金髪に、褐色の肌、そして、男にしてはキレイすぎる顔立ちが頭上にある。
優しげな青瞳と目が合った。
「キレイな手が台無しだよ。お嬢さん」
その男に声をかけられた瞬間、私はざーっと顔から血の気が引いた。
相手の顔を見て、改めて思い出す。
入口にいた金髪の人……!
イケメンに話しかけられるという人生であるかないかのイベントに、みぞおちが恐怖と緊張でどくどくと激しく脈打つのが感じられた。
私とてジョシモドキ、イケメンにときめかない訳ではないのだ。
ただ、小さいころからクラスカーストの下層に居た喪女としては、クラスカーストの頂点に居たであろうイケメンたちから碌なことをされた記憶がないのである。
その体験のせいか、イケメンと話そうとすると警戒心やら恐怖心やら緊張やらでフリーズしてしまうのだ。
あと、イケメンと少女漫画みたいな展開にならないかなぁという妄想が働いてるのも、この緊張に拍手をかけているのかもしれない。
"そんな展開死んでもねえからさっさと捨てろ"と内なる自分に吐き捨てる。
というか、なんでフェロモン垂れ流し系イケメンが私に話しかけてくるのさ!?
頼むから早くどっか行ってくれないかなぁ。
私は顔を梅干しのようにぎゅっとしわくちゃにしかめた。
「あっひゃっあっあの、にゃっかごごごごごよう?」
自分から発せられた言葉にならない台詞に顔が熱くなり、目に熱がじんわりと浮かびそうになる。
声の高低もおかしかったが、声も盛大にひきつった。
じわじわと全身に黒いもやもやとした自己嫌悪が広がる。
泣きそうになるのをぐっとこらえた。
だが、突然イケメンに手を取られる。
強く握ってた拳を彼の手が包み込んでいた。
え?え?
訳がわからない状況に、私の思考回路はオーバーヒートしてエラーしていた。
「あっえ?」
「はい」
手の中に温かいなにかが触れた。
ミルクティー?
「ミルクティー嫌い?」
首を横に振る。
「事件について、話を聴きたいんだ。飲みながら、話してくれて構わないから」
「あっ、あの、おっおかっこっこまっこま」
紡げない言葉の代わりに、首を必死に横に振って、受け取れないと意思表示をする。
「僕のおごりだよ。お金よりも事件の話を聞かせて欲しいんだ」
賄賂というわけか。
たかだが120円に賄賂もなにもないが。
「り、理由……」
「ん?」
「なななっなっん、で、事件、知りたい……お、おおおしえ、てっくだ、さい」
「それを言えば、話してくれるし、ミルクティーも受け取ってくれる?」
「みっミルクティー、いっいらない、りっりっ理由、教えて、くっさい。
そっそそっそしたら、いっいいいま、す」
「OK」
金髪のイケメンは向かい側の椅子に座りながら、口を開いた。
「僕は牙琉 響也。……ガリューウェーブって知ってる?」
「ご、め。わっわかっわかっら、な、いです」
テレビをあんまり見ないから有名人には疎い。
だから、この手の話題は苦手だ。
「わっわたっ私は、枯山実吹です。げっげげ、いの、じんですっか?」
「"元"ね」
「えっ」
「今は検察業に専念しているんだ」
検察……ってことは
「けっけけけけけけえ、けっん、じっ!?」
思わず相手の姿をじっくりと見てしまう。
だって、どっからどう見てもタレントや俳優さんとしか思えない綺麗な顔立ちしてるのに……。
「じゃじゃじゃっじゃっ、じっ事件を、しし調べて、るっのって」
「僕がこの事件の担当検事だからさ」
「えっと……その……」
大変失礼だが、これは告げなければいけない。
「しょ」
「しょ?」
「……ショーコ……は?」
牙琉さんはきょとんとした顔をしたあと、あっはははと顔を伏せて笑い声をあげた。
「なかなか用心深い人だね」
なんとなく気まずくて、視線を横にそらした。
いや、だって、口で言うのはタダだから、一応確認というか……。
牙琉さんはポケットからなにか取り出すと、白い十字形の小さなバッジを見せてきた。
「あっ」
それはドラマで見たことがある物だった。
「検察のバッジだよ。これでOK?」
白い十字のような花弁に金色の葉があしらってあり、その中央に紅色の丸がある。
シュウなんたらレツだっけ?
たしか、このバッジは“夏の暑い日差し”と“厳しい霜”を表しているとかドラマで言っていたような……。
とりあえず、思い出せやしない無駄な知識は置いておこう。
どうやら、彼は本物の検察官らしい。
「あっ、ししし失礼、な、こと言って、すすすみません」
バッジをしまい、改めて牙琉さんはあたしの方に向き直る。
「昼の事件のことで周りの人に色々と聴いているんだ。事件の証言をしてもらえる人を探すために」
「じっじけっ……んは…しっ死んだのは…おっ女、の、おっお医、者さっんの……」
「君の元主治医だったんだってね」
その言葉に、きゅっと胸が苦しくなる。
目を閉じて彼女の顔を思い浮かべながら、ゆっくり頷いた。
「がっがりゅっさん」
「ん?なんだい?」
彼の顔を見たが、すぐに目をそらしてしまう。
捜査のことを関係者以外が訊いてもいいのだろうか?
疑問のせいでためらったが、ダメ元で尋ねてみる。
「そっその、しょっしょぐえん、すっすすする人って?」
言葉足らずな私のセリフを、牙琉さんはすぐに理解してくれた。
「ここの医者二人が今のところの証人かな。
あとせめて一人、証人が必要なんだ。
事件に関係しているような人を知らない?」
「たたたっぶん、そのふふふ二人だだだけだだだだとおおおお思います」
二人の医者とは、無間先生と椎名先生のことかな。
あの二人以上に事件を知っている証人はいないだろう。
できれば、私も協力したいところだが、事件が起こったところや現場を直接見たわけではないから証言するのは無理だろう。
すっと牙琉さんが顔を近づけてきた。
拳一個分の距離にキレイな顔立ちがあり、息がかかるといけないと思い、私は呼吸を止めた。
「もう少し訊いていいかな。被告人に関係しているような人とか知ってる?」
「被告人……ですか?」
「"凶器"と"アリバイ"は揃ってるんだけど、"動機"に関してはまだ立証が不十分なんだ」
「どっ…うき……」
どっくんドクンと心臓が体を刺すように跳ねる。
「あっの!がっががががががりゅっさん!」
突然のあたしの大声にも、牙琉さんは涼し気な顔で微笑む。
「あのっそのっ……わっわたし、……」
ぎゅっと手を握りしめ、牙琉さんの顔を見上げる。
夏の青空のような瞳が優しげにこちらを向いていた。
その眼差しに嫌なものを感じなかったせいか、少しだけ緊張が抜ける。
「わっ私、じゃ、だっダメ、ですっか?」
回らない舌が
動かない口が
震えない声帯が
しゃべるのを妨害する。
けど、このままはイヤだ。
「そそっその、うっうまく、しゃっしゃしゃべしゃべっない、かもです、
けっ……ど
そのっ、こっこっこん、な、はっはなっし、かっかっ方、しっか、
でっで、ない、けっけっど」
じっと牙琉さんの青瞳を見た。
緊張で眩暈がしてきて、視界がぐらぐらと地震でも起きてるように揺れている。
私は足先に力を入れ、ぐっと踏みとどまった。
「どっう、き、証言……できるっかっかも……!」
そう言ってから、やっぱり自分の言葉に自信がなくて、目をそらしてしまう。
「構わないよ。証人に証言する意志があれば問題ないさ」
牙琉さんの言葉に、ホッと肩が楽になる。
そこで、肩を強張らせていたことに気付いた。
「あっあり、あり、あり、がっがが、がとっ、ござ、ござっいまっす」
私は彼に向かって頭を下げた。
「それじゃ、早急で申し訳ないけど、打ち合わせのためについて来てくれるかな。
君が被告人の“動機”となると思ったことについて教えて欲しいんだ」
「はっは、ぃ!」
総合病院 二階 休憩コーナー
「帰れって言われたけど……」
休憩コーナーの窓から外の様子を覗く。
紺色のベストや帽子の人だかりにため息をこぼした。
「……まさか帰れないとは……」
十六夜先生のことが気になりながらも、私は無間先生の言う通りに病院を出ようとした。
だが、受付まで戻ると、入口は警察官たちによって塞がれていた。
外へ出られず、あまり人の来ない二階の休憩コーナーで事態が落ち着くまで待機することにしたのだ。
休憩コーナーのテーブルで頬杖をついて、窓ガラスをぼーっと眺める。
「十六夜先生……」
彼女の姿が脳裏をよぎる。
十六夜先生のところに行ってみようとも思ったが、警官たちが集まっていてとても近づけなかった。
"救急隊員"ではなく、"警官"がいるということは……たぶんもう……。
別に親しい人物というわけではないが、入院中は色々とお世話になった人だった。
「……やっぱり……私のせいだよな……」
あのとき黙って立ち去っていれば、男とのトラブルが最悪な形になることもなかったのに。
太ももを強く殴る。
何度も何度も打ち付ける。
看護師さんの話をちらりと盗み聞きしたが、どうやら無間先生と椎名先生が重要参考人として警察に向かったらしい。
嫌な気持ちが胸に広がる。
何もできない。
原因をつくったのは私……なのに……。
もっとしっかりと考えれば、彼女が死ぬこともなかったのかもしれない。
モヤモヤと胸にわかだまりがあり、気持ちが鬱陶しかった。
それを紛らわすために、何度も拳で太ももを叩く。
なんで?なんで?なんで?
自分がいなくなってしまえばよかった。
碌なことをしない自分が死ねばよかった。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
振り上げた腕が止まった。
誰かに強く掴まれたのがわかり、私は振り返る。
地中海の潮風を思わせるような香りが鼻を撫でた。
金髪に、褐色の肌、そして、男にしてはキレイすぎる顔立ちが頭上にある。
優しげな青瞳と目が合った。
「キレイな手が台無しだよ。お嬢さん」
その男に声をかけられた瞬間、私はざーっと顔から血の気が引いた。
相手の顔を見て、改めて思い出す。
入口にいた金髪の人……!
イケメンに話しかけられるという人生であるかないかのイベントに、みぞおちが恐怖と緊張でどくどくと激しく脈打つのが感じられた。
私とてジョシモドキ、イケメンにときめかない訳ではないのだ。
ただ、小さいころからクラスカーストの下層に居た喪女としては、クラスカーストの頂点に居たであろうイケメンたちから碌なことをされた記憶がないのである。
その体験のせいか、イケメンと話そうとすると警戒心やら恐怖心やら緊張やらでフリーズしてしまうのだ。
あと、イケメンと少女漫画みたいな展開にならないかなぁという妄想が働いてるのも、この緊張に拍手をかけているのかもしれない。
"そんな展開死んでもねえからさっさと捨てろ"と内なる自分に吐き捨てる。
というか、なんでフェロモン垂れ流し系イケメンが私に話しかけてくるのさ!?
頼むから早くどっか行ってくれないかなぁ。
私は顔を梅干しのようにぎゅっとしわくちゃにしかめた。
「あっひゃっあっあの、にゃっかごごごごごよう?」
自分から発せられた言葉にならない台詞に顔が熱くなり、目に熱がじんわりと浮かびそうになる。
声の高低もおかしかったが、声も盛大にひきつった。
じわじわと全身に黒いもやもやとした自己嫌悪が広がる。
泣きそうになるのをぐっとこらえた。
だが、突然イケメンに手を取られる。
強く握ってた拳を彼の手が包み込んでいた。
え?え?
訳がわからない状況に、私の思考回路はオーバーヒートしてエラーしていた。
「あっえ?」
「はい」
手の中に温かいなにかが触れた。
ミルクティー?
「ミルクティー嫌い?」
首を横に振る。
「事件について、話を聴きたいんだ。飲みながら、話してくれて構わないから」
「あっ、あの、おっおかっこっこまっこま」
紡げない言葉の代わりに、首を必死に横に振って、受け取れないと意思表示をする。
「僕のおごりだよ。お金よりも事件の話を聞かせて欲しいんだ」
賄賂というわけか。
たかだが120円に賄賂もなにもないが。
「り、理由……」
「ん?」
「なななっなっん、で、事件、知りたい……お、おおおしえ、てっくだ、さい」
「それを言えば、話してくれるし、ミルクティーも受け取ってくれる?」
「みっミルクティー、いっいらない、りっりっ理由、教えて、くっさい。
そっそそっそしたら、いっいいいま、す」
「OK」
金髪のイケメンは向かい側の椅子に座りながら、口を開いた。
「僕は牙琉 響也。……ガリューウェーブって知ってる?」
「ご、め。わっわかっわかっら、な、いです」
テレビをあんまり見ないから有名人には疎い。
だから、この手の話題は苦手だ。
「わっわたっ私は、枯山実吹です。げっげげ、いの、じんですっか?」
「"元"ね」
「えっ」
「今は検察業に専念しているんだ」
検察……ってことは
「けっけけけけけけえ、けっん、じっ!?」
思わず相手の姿をじっくりと見てしまう。
だって、どっからどう見てもタレントや俳優さんとしか思えない綺麗な顔立ちしてるのに……。
「じゃじゃじゃっじゃっ、じっ事件を、しし調べて、るっのって」
「僕がこの事件の担当検事だからさ」
「えっと……その……」
大変失礼だが、これは告げなければいけない。
「しょ」
「しょ?」
「……ショーコ……は?」
牙琉さんはきょとんとした顔をしたあと、あっはははと顔を伏せて笑い声をあげた。
「なかなか用心深い人だね」
なんとなく気まずくて、視線を横にそらした。
いや、だって、口で言うのはタダだから、一応確認というか……。
牙琉さんはポケットからなにか取り出すと、白い十字形の小さなバッジを見せてきた。
「あっ」
それはドラマで見たことがある物だった。
「検察のバッジだよ。これでOK?」
白い十字のような花弁に金色の葉があしらってあり、その中央に紅色の丸がある。
シュウなんたらレツだっけ?
たしか、このバッジは“夏の暑い日差し”と“厳しい霜”を表しているとかドラマで言っていたような……。
とりあえず、思い出せやしない無駄な知識は置いておこう。
どうやら、彼は本物の検察官らしい。
「あっ、ししし失礼、な、こと言って、すすすみません」
バッジをしまい、改めて牙琉さんはあたしの方に向き直る。
「昼の事件のことで周りの人に色々と聴いているんだ。事件の証言をしてもらえる人を探すために」
「じっじけっ……んは…しっ死んだのは…おっ女、の、おっお医、者さっんの……」
「君の元主治医だったんだってね」
その言葉に、きゅっと胸が苦しくなる。
目を閉じて彼女の顔を思い浮かべながら、ゆっくり頷いた。
「がっがりゅっさん」
「ん?なんだい?」
彼の顔を見たが、すぐに目をそらしてしまう。
捜査のことを関係者以外が訊いてもいいのだろうか?
疑問のせいでためらったが、ダメ元で尋ねてみる。
「そっその、しょっしょぐえん、すっすすする人って?」
言葉足らずな私のセリフを、牙琉さんはすぐに理解してくれた。
「ここの医者二人が今のところの証人かな。
あとせめて一人、証人が必要なんだ。
事件に関係しているような人を知らない?」
「たたたっぶん、そのふふふ二人だだだけだだだだとおおおお思います」
二人の医者とは、無間先生と椎名先生のことかな。
あの二人以上に事件を知っている証人はいないだろう。
できれば、私も協力したいところだが、事件が起こったところや現場を直接見たわけではないから証言するのは無理だろう。
すっと牙琉さんが顔を近づけてきた。
拳一個分の距離にキレイな顔立ちがあり、息がかかるといけないと思い、私は呼吸を止めた。
「もう少し訊いていいかな。被告人に関係しているような人とか知ってる?」
「被告人……ですか?」
「"凶器"と"アリバイ"は揃ってるんだけど、"動機"に関してはまだ立証が不十分なんだ」
「どっ…うき……」
どっくんドクンと心臓が体を刺すように跳ねる。
「あっの!がっががががががりゅっさん!」
突然のあたしの大声にも、牙琉さんは涼し気な顔で微笑む。
「あのっそのっ……わっわたし、……」
ぎゅっと手を握りしめ、牙琉さんの顔を見上げる。
夏の青空のような瞳が優しげにこちらを向いていた。
その眼差しに嫌なものを感じなかったせいか、少しだけ緊張が抜ける。
「わっ私、じゃ、だっダメ、ですっか?」
回らない舌が
動かない口が
震えない声帯が
しゃべるのを妨害する。
けど、このままはイヤだ。
「そそっその、うっうまく、しゃっしゃしゃべしゃべっない、かもです、
けっ……ど
そのっ、こっこっこん、な、はっはなっし、かっかっ方、しっか、
でっで、ない、けっけっど」
じっと牙琉さんの青瞳を見た。
緊張で眩暈がしてきて、視界がぐらぐらと地震でも起きてるように揺れている。
私は足先に力を入れ、ぐっと踏みとどまった。
「どっう、き、証言……できるっかっかも……!」
そう言ってから、やっぱり自分の言葉に自信がなくて、目をそらしてしまう。
「構わないよ。証人に証言する意志があれば問題ないさ」
牙琉さんの言葉に、ホッと肩が楽になる。
そこで、肩を強張らせていたことに気付いた。
「あっあり、あり、あり、がっがが、がとっ、ござ、ござっいまっす」
私は彼に向かって頭を下げた。
「それじゃ、早急で申し訳ないけど、打ち合わせのためについて来てくれるかな。
君が被告人の“動機”となると思ったことについて教えて欲しいんだ」
「はっは、ぃ!」