破鏡再び照らす
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2月27日 午前11時26分
総合病院 エントランスホール
覚えてしまった消毒液の匂いと目の前に立ってる白い建物が、あたしの気持ちを憂鬱にさせる。
「……また来ることになるとは」
昨日の夜に免許証を病院に忘れたことに気づき、再び病院に来ることになってしまった。
あたしは何度目かになるため息を零した。
昨日のことがあったので、しばらく病院に行く気はなかったんだけどな。
いつものように病院内へと入る。
足を踏み入れた瞬間、いつもと様子が違った。
ヒソヒソと隣の連れと話している人たちや、向かい合って話しながら突然跳ねたりする人たちが目立つ。
なんだ?
周りの人たちの視線を辿ると、派手な紫のジャケットの背中が目に入る。
ジャケットから流れているブロンドの長髪に目を奪われた。
お月様みたいなキレイな金髪だな……。
女かと思ったが、体格や骨格ががっしりしているので、すぐに男だとわかった。
ちらっと見えた男の横顔は、息を呑むほどキレイだった。
顔ちっさ!何等身だよあの兄さんは!
男前というよりは美人という方が合ってるかもしれない。
よく見ると肌の色も日本人には珍しい褐色で、それがまた絶妙な色気を醸し出している。
そして、周りの空気がおかしかった理由もなんとなくわかった。
こんな男性がいれば、確かに周りも黙ってはいられないだろう。
あたしはすぐに金髪の男性から目をそらし、受付に向かう。
二次元にしか興味ないし、わざわざこんな喪女が近づいて不快な思いをさせるのも悪いだろう。
それに、今はキレイな男性よりも忘れ物の方が気がかりだった。
受付の女性に声をかけようとしたが、彼女は金髪の男性に見惚れている。
声かけづらい!!
いつもあちらから気付いてくれるのだが、今回は自分から行かないといけなくて胃がキリキリする。
もう少しあの金髪のイケメンを見たいんだろうけど、ごめんなさいあたしも用事があるので、声かけさせていただきます!!
いつも以上に緊張しながら、あさっての方向を向いてる受付の女性に声をかける。
「すっすっすっすっすみません!」
相手はこちらを見ない。
胃が痛む。
いや、気づいてないだけ。
凹むな凹むな凹むな。
もももももももう一度……!
「っすすすしゅみません!」
あっ噛んだ。
「あっはい!」
なんでこういうときに限って返事するんだよ!
さっきので返事してくれよ!
色々と言いたい事があるが、もちろん口にすることなんてできない。
胸の中に押し込んだまま、要件を告げる。
「あっあの、わ、忘れ、物、しっ、てしま、て」
「忘れ物?」
「めっめん、きょ、しょう、です」
「免許証?あぁ。それなら、ムマ先生が拾っていたので、先生が持っていると思います。
先生ならこの時間はちょうど仕事が終わる頃ですので、まだ診察にいるはずですよ」
「あっああありが、とう、ご、います」
受付の人に頭を下げて、ムマ先生の診察室へと向かった。
同日 午前11時43分
総合病院 診察室
廊下を歩いてる最中に、思わず顔の中心に力を入れる。
顔を元に戻し、こんこんと診察室の扉をノックする。
「ムマ先生、いますか?枯山実吹ですけど」
「あぁ、キミか。入りたまえ」
がらっと開けた瞬間、大げさに鼻をつまむ。
「なんだ?その顔は?」
「……また、タバコの匂いさせてますね」
え?とムマ先生は自分の白衣の匂いを嗅ぐ。
「はっ白衣は替えたぞ?」
「それでも匂いは消えてませんよ」
診察室の廊下に漂っていた匂いはやはり彼のタバコの匂いだった。
「君が匂いに敏感すぎるだけだろ」
「タバコの匂いだけですよ」
タバコの匂いは前の職場を思い出すからどうも好きになれない。
いつも上司に責め立てられるとき、上司からはタバコの匂いがした。
大勢の社員がいる前で、公開処刑のようにあたしの失敗を細かく提示してそれを延々と責め続ける。
責められる自分も悪いので何も言い返せず、ただバカみたいに謝りの言葉を吐き続けるしかなかった。
謝りの言葉を投げても「すみませんって言えばなんでも許されると思うなよ」と返され、じゃあなんて言えばいいんだよと内心毒を吐き出していた。
上司の言葉は正しくて、あたしの失敗なのだから、謝るのが当然なのに、その言葉を言わなかったらさらに怒るくせに。
上司はただなにか言いたいだけとわかっていたので、その瞬間だけは黙り、次の話題に移ったときには元に戻した。
タバコの匂いから記憶が呼び起こされて、みぞおちが重くなる。
ヘビースモーカーの多い職場だったから、タバコの匂いを嗅ぐと仕事を思い出して、いつも胃が痛くなる。
「病院自体が禁煙なんですから、もうそれをきっかけにやめたらどうですか?タバコ」
「ちゃんとこの病院にも喫煙所があったんだ!それをあの椎名という男が病院内をすべて禁煙に変えてしまったんだ!」
「椎名先生?あぁ、あの気の良い先生ですか」
昨日あたしを手当てしてくれた医者だ。
「気の良いだと?奴は悪魔の化身である非喫煙者だぞ!
奴の発案のせいで我々喫煙者は肩身の狭い思いをすることになったんだ!」
「むしろ、私にとっての悪魔の化身はあなたなんですけど」
あたしの言葉をスルーして、ムマ先生は熱弁を振るう。
「君にはわからないだろうな!病院内をすべて禁煙にされて、一か所でしか自由に吸えない辛さが!」
「禁煙しろよ」
というか、まだ生き残ってるスペースがあるのか。
そこも潰せばいいのに。
「鬼か貴様は!」
表情を読まれ、イラっとした。
だが、涙声で話す彼に、さすがに可哀想になってきたので、それ以上は言わないことにした。
中毒性があるものを絶つのはやっぱり難しいんだろう。
会話をして忘れていたが、本来の目的を思い出した。
「それより、免許証ありますか?」
「あぁ、そうだったね。これだろ」
「ありがとうございます。それじゃこれで……」
ふと、昨日の記憶が脳に蘇る。
さよならの言葉を出しかけて、口が止まった。
「あの、先生?」
「どうした?」
「……十六夜先生って……」
当たり障りのない言葉を選んで、核心に触れないように、話す。
「その、今日は、いらっしゃるんですか?」
「あぁ、いるよ」
「えっと、十六夜先生って、最近怪我をしたとか……」
途中で言葉の選択が大胆過ぎたと慌てて言葉を引っ込めた。
「やっや、なっなんでもないです!」
言葉を止めて、診察室を出ようとした。
「枯山」
呼ばれて、足を止めてしまう。
「昼食はまだだね?」
「あっはい」
「よければ、食堂で昼食を取りながら、話そう」
「えっでも、職員の食堂って患者は利用できないんじゃ……」
「"診察"だと言えば入れてくれるさ」
どうしようかと迷ったが、彼の時間を無駄に使わせるよりは、昼飯を取ってるときに話した方がいいかもしれないと思った。
「すみません、そうしてもらえると助かります」
そう言って、あたしは彼と食堂へと向かった。
「先生、しつこいかもしれませんが、やっぱタバコの匂い酷いですよ」
「嗅覚過敏なんだよ君は……」
「こんなにタバコの匂いがするなら、もうちょっと良いマスク着けてくるんだった」
「君も風邪ではないのか?」
「いや、違いますよ」
ふと、彼の言葉に引っかかりを覚えた。
君“も”……?
「ちょっと待ってください……えっまさか先生風邪引いてませんよね?」
まさか風邪引いてる人がタバコを吸うなんてことはないだろう。
……ないよね?
「くしゃみやせきは出ないのだが、吐血する回数が多くてな」
「それ風邪じゃなくて普段通りじゃないですか!早く診察受けろよ!
というか!風邪なのにタバコ吸ってたのかよ!」
否定しないということは、風邪を引いてると判断していいだろう。
もうやだこの人。
医者としても人間としてもおかし過ぎる。
「君に言われたくないんだが」
「私だってあなたに言われたくないです!」
「でっでも、私だけではないぞ!最近、病院内で風邪引きが多いんだ。
職業上、ウイルスを持ち込みやすい環境だからな。
院内感染に気を付けているつもりだったのだが……」
「それでも、風邪は流行ってしまったってわけで……」
彼と話していると、前の突き当りから女医が出てきた。
「あっ」
白衣の女性はこちらに気づくと、頭だけ下げてそのままUターンしてしまった。
声をかけようとして、口が開いたまま止まる。
予想していた通りのイザヨイ先生の態度に、思わずあたしは顔を伏せてしまった。
「それで?」
背後に居た中年の医者が声をかけた。
「昨日、彼女と何があったんだい?」
彼に問われ、言葉に詰まったが、あたしはゆっくりと慎重に言葉を選んで、ポツポツと話し始めた。
同日 午前12時02分
総合病院 職員食堂
「ふーん……そんなことが」
あたしは注文したコシのないうどんを箸で突きながら、喋る。
「二人の間の問題ですから、他人が首を突っ込むべきじゃないってのは、わかってますよ。
でも……」
あたしは箸を止めて、それをテーブルに置く。
ムマ先生が口を開く。
「相手の男がすぐに手を出す輩で、心配だと」
「……昨日も、その男に殴られました」
マスクで隠れているだろうけど、今も殴られた頬が赤く腫れている。
これも言うべきかと思ったが、言い出しづらかったのでやめた。
「裁判にすることもできるが?」
「先生が……十六夜先生が望んでません」
そして、今の気がかりを告げる。
「その、昨日の話だと、
今日の昼に、彼女の診察室で、
二人で話をするって言ってました。
せめて、なにか起きたらヤバイと思って……
それを止めたいと思って……」
でも、どうすればいいのかわからず、行動できずにいた。
「私も一緒に行こう」
「え?」
「君一人だと上手く話せないだろ?」
口下手なあたしからしたら心強い手助けだった。
「……お願いします」
あたしは素直に頭を下げた。
総合病院 エントランスホール
覚えてしまった消毒液の匂いと目の前に立ってる白い建物が、あたしの気持ちを憂鬱にさせる。
「……また来ることになるとは」
昨日の夜に免許証を病院に忘れたことに気づき、再び病院に来ることになってしまった。
あたしは何度目かになるため息を零した。
昨日のことがあったので、しばらく病院に行く気はなかったんだけどな。
いつものように病院内へと入る。
足を踏み入れた瞬間、いつもと様子が違った。
ヒソヒソと隣の連れと話している人たちや、向かい合って話しながら突然跳ねたりする人たちが目立つ。
なんだ?
周りの人たちの視線を辿ると、派手な紫のジャケットの背中が目に入る。
ジャケットから流れているブロンドの長髪に目を奪われた。
お月様みたいなキレイな金髪だな……。
女かと思ったが、体格や骨格ががっしりしているので、すぐに男だとわかった。
ちらっと見えた男の横顔は、息を呑むほどキレイだった。
顔ちっさ!何等身だよあの兄さんは!
男前というよりは美人という方が合ってるかもしれない。
よく見ると肌の色も日本人には珍しい褐色で、それがまた絶妙な色気を醸し出している。
そして、周りの空気がおかしかった理由もなんとなくわかった。
こんな男性がいれば、確かに周りも黙ってはいられないだろう。
あたしはすぐに金髪の男性から目をそらし、受付に向かう。
二次元にしか興味ないし、わざわざこんな喪女が近づいて不快な思いをさせるのも悪いだろう。
それに、今はキレイな男性よりも忘れ物の方が気がかりだった。
受付の女性に声をかけようとしたが、彼女は金髪の男性に見惚れている。
声かけづらい!!
いつもあちらから気付いてくれるのだが、今回は自分から行かないといけなくて胃がキリキリする。
もう少しあの金髪のイケメンを見たいんだろうけど、ごめんなさいあたしも用事があるので、声かけさせていただきます!!
いつも以上に緊張しながら、あさっての方向を向いてる受付の女性に声をかける。
「すっすっすっすっすみません!」
相手はこちらを見ない。
胃が痛む。
いや、気づいてないだけ。
凹むな凹むな凹むな。
もももももももう一度……!
「っすすすしゅみません!」
あっ噛んだ。
「あっはい!」
なんでこういうときに限って返事するんだよ!
さっきので返事してくれよ!
色々と言いたい事があるが、もちろん口にすることなんてできない。
胸の中に押し込んだまま、要件を告げる。
「あっあの、わ、忘れ、物、しっ、てしま、て」
「忘れ物?」
「めっめん、きょ、しょう、です」
「免許証?あぁ。それなら、ムマ先生が拾っていたので、先生が持っていると思います。
先生ならこの時間はちょうど仕事が終わる頃ですので、まだ診察にいるはずですよ」
「あっああありが、とう、ご、います」
受付の人に頭を下げて、ムマ先生の診察室へと向かった。
同日 午前11時43分
総合病院 診察室
廊下を歩いてる最中に、思わず顔の中心に力を入れる。
顔を元に戻し、こんこんと診察室の扉をノックする。
「ムマ先生、いますか?枯山実吹ですけど」
「あぁ、キミか。入りたまえ」
がらっと開けた瞬間、大げさに鼻をつまむ。
「なんだ?その顔は?」
「……また、タバコの匂いさせてますね」
え?とムマ先生は自分の白衣の匂いを嗅ぐ。
「はっ白衣は替えたぞ?」
「それでも匂いは消えてませんよ」
診察室の廊下に漂っていた匂いはやはり彼のタバコの匂いだった。
「君が匂いに敏感すぎるだけだろ」
「タバコの匂いだけですよ」
タバコの匂いは前の職場を思い出すからどうも好きになれない。
いつも上司に責め立てられるとき、上司からはタバコの匂いがした。
大勢の社員がいる前で、公開処刑のようにあたしの失敗を細かく提示してそれを延々と責め続ける。
責められる自分も悪いので何も言い返せず、ただバカみたいに謝りの言葉を吐き続けるしかなかった。
謝りの言葉を投げても「すみませんって言えばなんでも許されると思うなよ」と返され、じゃあなんて言えばいいんだよと内心毒を吐き出していた。
上司の言葉は正しくて、あたしの失敗なのだから、謝るのが当然なのに、その言葉を言わなかったらさらに怒るくせに。
上司はただなにか言いたいだけとわかっていたので、その瞬間だけは黙り、次の話題に移ったときには元に戻した。
タバコの匂いから記憶が呼び起こされて、みぞおちが重くなる。
ヘビースモーカーの多い職場だったから、タバコの匂いを嗅ぐと仕事を思い出して、いつも胃が痛くなる。
「病院自体が禁煙なんですから、もうそれをきっかけにやめたらどうですか?タバコ」
「ちゃんとこの病院にも喫煙所があったんだ!それをあの椎名という男が病院内をすべて禁煙に変えてしまったんだ!」
「椎名先生?あぁ、あの気の良い先生ですか」
昨日あたしを手当てしてくれた医者だ。
「気の良いだと?奴は悪魔の化身である非喫煙者だぞ!
奴の発案のせいで我々喫煙者は肩身の狭い思いをすることになったんだ!」
「むしろ、私にとっての悪魔の化身はあなたなんですけど」
あたしの言葉をスルーして、ムマ先生は熱弁を振るう。
「君にはわからないだろうな!病院内をすべて禁煙にされて、一か所でしか自由に吸えない辛さが!」
「禁煙しろよ」
というか、まだ生き残ってるスペースがあるのか。
そこも潰せばいいのに。
「鬼か貴様は!」
表情を読まれ、イラっとした。
だが、涙声で話す彼に、さすがに可哀想になってきたので、それ以上は言わないことにした。
中毒性があるものを絶つのはやっぱり難しいんだろう。
会話をして忘れていたが、本来の目的を思い出した。
「それより、免許証ありますか?」
「あぁ、そうだったね。これだろ」
「ありがとうございます。それじゃこれで……」
ふと、昨日の記憶が脳に蘇る。
さよならの言葉を出しかけて、口が止まった。
「あの、先生?」
「どうした?」
「……十六夜先生って……」
当たり障りのない言葉を選んで、核心に触れないように、話す。
「その、今日は、いらっしゃるんですか?」
「あぁ、いるよ」
「えっと、十六夜先生って、最近怪我をしたとか……」
途中で言葉の選択が大胆過ぎたと慌てて言葉を引っ込めた。
「やっや、なっなんでもないです!」
言葉を止めて、診察室を出ようとした。
「枯山」
呼ばれて、足を止めてしまう。
「昼食はまだだね?」
「あっはい」
「よければ、食堂で昼食を取りながら、話そう」
「えっでも、職員の食堂って患者は利用できないんじゃ……」
「"診察"だと言えば入れてくれるさ」
どうしようかと迷ったが、彼の時間を無駄に使わせるよりは、昼飯を取ってるときに話した方がいいかもしれないと思った。
「すみません、そうしてもらえると助かります」
そう言って、あたしは彼と食堂へと向かった。
「先生、しつこいかもしれませんが、やっぱタバコの匂い酷いですよ」
「嗅覚過敏なんだよ君は……」
「こんなにタバコの匂いがするなら、もうちょっと良いマスク着けてくるんだった」
「君も風邪ではないのか?」
「いや、違いますよ」
ふと、彼の言葉に引っかかりを覚えた。
君“も”……?
「ちょっと待ってください……えっまさか先生風邪引いてませんよね?」
まさか風邪引いてる人がタバコを吸うなんてことはないだろう。
……ないよね?
「くしゃみやせきは出ないのだが、吐血する回数が多くてな」
「それ風邪じゃなくて普段通りじゃないですか!早く診察受けろよ!
というか!風邪なのにタバコ吸ってたのかよ!」
否定しないということは、風邪を引いてると判断していいだろう。
もうやだこの人。
医者としても人間としてもおかし過ぎる。
「君に言われたくないんだが」
「私だってあなたに言われたくないです!」
「でっでも、私だけではないぞ!最近、病院内で風邪引きが多いんだ。
職業上、ウイルスを持ち込みやすい環境だからな。
院内感染に気を付けているつもりだったのだが……」
「それでも、風邪は流行ってしまったってわけで……」
彼と話していると、前の突き当りから女医が出てきた。
「あっ」
白衣の女性はこちらに気づくと、頭だけ下げてそのままUターンしてしまった。
声をかけようとして、口が開いたまま止まる。
予想していた通りのイザヨイ先生の態度に、思わずあたしは顔を伏せてしまった。
「それで?」
背後に居た中年の医者が声をかけた。
「昨日、彼女と何があったんだい?」
彼に問われ、言葉に詰まったが、あたしはゆっくりと慎重に言葉を選んで、ポツポツと話し始めた。
同日 午前12時02分
総合病院 職員食堂
「ふーん……そんなことが」
あたしは注文したコシのないうどんを箸で突きながら、喋る。
「二人の間の問題ですから、他人が首を突っ込むべきじゃないってのは、わかってますよ。
でも……」
あたしは箸を止めて、それをテーブルに置く。
ムマ先生が口を開く。
「相手の男がすぐに手を出す輩で、心配だと」
「……昨日も、その男に殴られました」
マスクで隠れているだろうけど、今も殴られた頬が赤く腫れている。
これも言うべきかと思ったが、言い出しづらかったのでやめた。
「裁判にすることもできるが?」
「先生が……十六夜先生が望んでません」
そして、今の気がかりを告げる。
「その、昨日の話だと、
今日の昼に、彼女の診察室で、
二人で話をするって言ってました。
せめて、なにか起きたらヤバイと思って……
それを止めたいと思って……」
でも、どうすればいいのかわからず、行動できずにいた。
「私も一緒に行こう」
「え?」
「君一人だと上手く話せないだろ?」
口下手なあたしからしたら心強い手助けだった。
「……お願いします」
あたしは素直に頭を下げた。