破鏡再び照らす
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2月26日 午前10時20分
総合病院 エントランスホール
ガラス扉に映る自分の姿を見て、虚像の自分が目を嫌そうに細めた。
顔の半分を立体マスクで覆い、陰気な女性の姿にいつものように自己嫌悪に陥る。
ゴンッ!
鼻骨に衝撃が走った。
鼻を両手で押さえて、その場にうずくまる。
入口の赤いマットを踏んだが扉が開く前に、ガラスの扉で鼻を打ってしまった。
ちょうど鼻の骨が出っ張ってるところがメガネの鼻かけをつたってぶつかったようだ。
鼻骨の振動が脳をグワングワン揺らしている。
「いってぇー」
幸いメガネは無事だったが、究極に痛い。
痛みが引き、はっと周りを見回した。
そのときに私の背後に立っていた男の子と目が合い、固まる。
うっわーとすごく残念な人を見るような目で、特徴的な髪形の男の子がこちらを見下ろしていた。
まる昆虫の触角のように、彼の二本の前髪がピンと上に向かって立っている。
彼と再び目が合うと、内側から体が燃えるような熱が発せられた。
彼の顔を見ないように視線を地面にサッと向け、顎を胸に張り付けるように俯く。
胸からせりあがってくる感情で染み出そうになる涙を、下唇を噛んで堪えた。
赤いマットの上に立ち、すぐさま走りだしてしまいたい気持ちを抑え、扉が完全に開いてから、一気に駆け出した。
どうか彼がもうあたしを見ていませんように、と願いながら。
…………。
いつものアルコールの涼しい匂いのなかを、速足に歩く。
足が覚えている通りに向かい、入って左手側にある受付へ迷わず進んだ。
受付の二歩か三歩手前のところで足を止め、じっと受付嬢を見るフリをして、紡ぎ出すセリフを考える。
要件を伝えるだけなのに、あたしの口はいちいち頭の中で言葉を組み立てなければしゃべることができない。
脳内で台詞を作り、それを喉に含ませる。
「あっあの、よっゃくっ、た、枯山っ、で、」
あたしが台詞を言い切る前に察した受付嬢は、診察券の提示をするように言ってくる。
財布から券を取り出し、受付嬢に渡す。
そのまま立っていると、受付嬢がふっとこちらに視線を向けた。
「それでは、お席でお待ちください」
背後にあるソファを手で示され、あたしはそちらに体を向けた。
しゃべるときに、喉が引きつる声、息を変に吸う音が入るが、受付嬢はあたしのこの喋り方に慣れているのか、特に気にせず対応してくれた。
ソファで待っていると、名前を呼ばれたので、右奥にあるエスカレーターで二階へあがり、いつもの診察室へと向かう。
はぁっとため息をこぼす。
「……散々だなぁー」
まさかドジなところを人にハッキリ見られてしまうとは。
先ほどの光景を思いだし、自己嫌悪に浸る。
ほんっと。ダメな奴だなぁー。
暗くなる気持ちを押さえながら、病院の廊下を歩く。
ふと、淀んだ空気が鼻をかすめて、思わず顔をしかめた。
あたしは足を止めて、不快な感情を眉間に詰めながら横にある扉を見る。
「うぼぇおえ」
扉越しに奇妙な声が聞こえてきた。
部屋の表示を見て、あたしはドアをノックする。
「先生?無間(ムマ)先生?」
返事がないので勝手に扉を開ける。
開けた部屋の中には床に倒れ伏す、白衣を着た男性がいた。
その人の口元からは赤い液体がこぼれている。
「むっ無間先生!」
あたしは彼に駆け寄り、相手の体を抱え起こす。
そして
大きなため息を一つ吐きだした。
「……まーた吐血したんですか?」
この医者の毎度毎度のことに、呆れ声が出てしまう。
口元を手で覆い、壮年の医者がうなった。
「ううう。そのようだ」
「薬は?」
「そんなもの飲まなくても人間には治癒能力が「ないから吐血してんでしょうが」
毎回毎回この医者は吐血する度に、同じ屁理屈をこねて飽きはしないのだろうか。
「医者なんですから薬ぐらい飲んでください」
「私は精神科医だから薬に頼ってはいけない」
「いや、お言葉はご立派ですが、あなたの場合は飲まなきゃダメですよ」
はぁとため息を吐きつつ、あたしは彼のそばにしゃがむ。
「ほらっ。肩を貸しますから、診察お願いします」
「うううっ。私は診察なんか受けんぞ……!」
「私の診察ですよ!予約してあったでしょ」
彼の腕を取り、肩に回す。
「あぁ、そうだったね。うぷ」
口元を手で押さえる医者を見て、うわっと顔をしかめた。
「ちょっと、吐血しないでくださいよ?汚いですから」
「きっ君は吐血してる病人に向かって、なんてことを……!鬼か貴様は!」
「だったらお医者さんに治療してもらいやがれです」
わからず屋の医者に肩を貸しながら、そのまま彼の診察室へと向かう。
じっと今にも死にそうな顔色の男の横顔を見つめる。
肩で切り揃えられた髪、血の気のない肌、青紫の唇、前髪で覆われてる右目。
外見はビジュアル系のイタイオジサンなのに、一応これでも医者なんだよなー。
先生の顔がむっとしたものになり、思わずギクッとする。
やっべ。と思ったときには遅い。
「……一応医者とはなんだ」
「……声に出てたましたか?」
どうもこの人の前だと気が緩むのか、思ったことが声に出るらしい。
「心を開いてくれているようでうれしいよ」
「あれ?また声に出てました?」
「顔に書いてあるぞ」
うっ。と顔をしかめてしまった。
言われ慣れない言葉に、少しショックだった。
この人は無間 魁人(ムマ カイト)。
あたしが世話になっている精神科の医者である。
『医者の不養生』とはこの人のことを現す言葉なのではないだろうか。
診察される度に、 いやお前が大丈夫かよ と思うぐらい吐血している虚弱体質な医者だ。
おまけに、病院嫌いという。
なんで……この人、医者なんかになったんだろう……。
いまだに不思議でたまらない。
初めて会ったときは吐血に慌てふためいたが、今じゃなんでこの医者生きてんだろと思うだけでとくに気にしていない。
自己管理ということで、あとは自分でなんとかしてもらおうとあきらめたのだ。
だが、こんな医者だが、無能というわけではない。
「先生の前だけですよ。私がこんなにおしゃべりになるのは。
他の人間からは"おまえ、何考えてるかわからない"って言われる方なんですからね」
精神科医なだけあって、観察力と洞察力に優れている人なのだ。
彼は相手の些細な仕草や動作から、言動や感情を読み取るのに長けている。
そのため、まるで本当に他人の心が見えてるのではないかと錯覚してしまうぐらい、他人の心をズバリと読み当ててしまう。
しかし、本人の性格か、この人は他人の読み取った心をハッキリと口に出してしまうのだ。
それが見当違いな答えならいいのだが、いかんせん見事に相手の"心"を当ててしまうため、対人関係でトラブルが絶えないらしい。
そういうあたしも彼と話をしていて、何度忌々しいと思ったことだろうか。
総合病院 エントランスホール
ガラス扉に映る自分の姿を見て、虚像の自分が目を嫌そうに細めた。
顔の半分を立体マスクで覆い、陰気な女性の姿にいつものように自己嫌悪に陥る。
ゴンッ!
鼻骨に衝撃が走った。
鼻を両手で押さえて、その場にうずくまる。
入口の赤いマットを踏んだが扉が開く前に、ガラスの扉で鼻を打ってしまった。
ちょうど鼻の骨が出っ張ってるところがメガネの鼻かけをつたってぶつかったようだ。
鼻骨の振動が脳をグワングワン揺らしている。
「いってぇー」
幸いメガネは無事だったが、究極に痛い。
痛みが引き、はっと周りを見回した。
そのときに私の背後に立っていた男の子と目が合い、固まる。
うっわーとすごく残念な人を見るような目で、特徴的な髪形の男の子がこちらを見下ろしていた。
まる昆虫の触角のように、彼の二本の前髪がピンと上に向かって立っている。
彼と再び目が合うと、内側から体が燃えるような熱が発せられた。
彼の顔を見ないように視線を地面にサッと向け、顎を胸に張り付けるように俯く。
胸からせりあがってくる感情で染み出そうになる涙を、下唇を噛んで堪えた。
赤いマットの上に立ち、すぐさま走りだしてしまいたい気持ちを抑え、扉が完全に開いてから、一気に駆け出した。
どうか彼がもうあたしを見ていませんように、と願いながら。
…………。
いつものアルコールの涼しい匂いのなかを、速足に歩く。
足が覚えている通りに向かい、入って左手側にある受付へ迷わず進んだ。
受付の二歩か三歩手前のところで足を止め、じっと受付嬢を見るフリをして、紡ぎ出すセリフを考える。
要件を伝えるだけなのに、あたしの口はいちいち頭の中で言葉を組み立てなければしゃべることができない。
脳内で台詞を作り、それを喉に含ませる。
「あっあの、よっゃくっ、た、枯山っ、で、」
あたしが台詞を言い切る前に察した受付嬢は、診察券の提示をするように言ってくる。
財布から券を取り出し、受付嬢に渡す。
そのまま立っていると、受付嬢がふっとこちらに視線を向けた。
「それでは、お席でお待ちください」
背後にあるソファを手で示され、あたしはそちらに体を向けた。
しゃべるときに、喉が引きつる声、息を変に吸う音が入るが、受付嬢はあたしのこの喋り方に慣れているのか、特に気にせず対応してくれた。
ソファで待っていると、名前を呼ばれたので、右奥にあるエスカレーターで二階へあがり、いつもの診察室へと向かう。
はぁっとため息をこぼす。
「……散々だなぁー」
まさかドジなところを人にハッキリ見られてしまうとは。
先ほどの光景を思いだし、自己嫌悪に浸る。
ほんっと。ダメな奴だなぁー。
暗くなる気持ちを押さえながら、病院の廊下を歩く。
ふと、淀んだ空気が鼻をかすめて、思わず顔をしかめた。
あたしは足を止めて、不快な感情を眉間に詰めながら横にある扉を見る。
「うぼぇおえ」
扉越しに奇妙な声が聞こえてきた。
部屋の表示を見て、あたしはドアをノックする。
「先生?無間(ムマ)先生?」
返事がないので勝手に扉を開ける。
開けた部屋の中には床に倒れ伏す、白衣を着た男性がいた。
その人の口元からは赤い液体がこぼれている。
「むっ無間先生!」
あたしは彼に駆け寄り、相手の体を抱え起こす。
そして
大きなため息を一つ吐きだした。
「……まーた吐血したんですか?」
この医者の毎度毎度のことに、呆れ声が出てしまう。
口元を手で覆い、壮年の医者がうなった。
「ううう。そのようだ」
「薬は?」
「そんなもの飲まなくても人間には治癒能力が「ないから吐血してんでしょうが」
毎回毎回この医者は吐血する度に、同じ屁理屈をこねて飽きはしないのだろうか。
「医者なんですから薬ぐらい飲んでください」
「私は精神科医だから薬に頼ってはいけない」
「いや、お言葉はご立派ですが、あなたの場合は飲まなきゃダメですよ」
はぁとため息を吐きつつ、あたしは彼のそばにしゃがむ。
「ほらっ。肩を貸しますから、診察お願いします」
「うううっ。私は診察なんか受けんぞ……!」
「私の診察ですよ!予約してあったでしょ」
彼の腕を取り、肩に回す。
「あぁ、そうだったね。うぷ」
口元を手で押さえる医者を見て、うわっと顔をしかめた。
「ちょっと、吐血しないでくださいよ?汚いですから」
「きっ君は吐血してる病人に向かって、なんてことを……!鬼か貴様は!」
「だったらお医者さんに治療してもらいやがれです」
わからず屋の医者に肩を貸しながら、そのまま彼の診察室へと向かう。
じっと今にも死にそうな顔色の男の横顔を見つめる。
肩で切り揃えられた髪、血の気のない肌、青紫の唇、前髪で覆われてる右目。
外見はビジュアル系のイタイオジサンなのに、一応これでも医者なんだよなー。
先生の顔がむっとしたものになり、思わずギクッとする。
やっべ。と思ったときには遅い。
「……一応医者とはなんだ」
「……声に出てたましたか?」
どうもこの人の前だと気が緩むのか、思ったことが声に出るらしい。
「心を開いてくれているようでうれしいよ」
「あれ?また声に出てました?」
「顔に書いてあるぞ」
うっ。と顔をしかめてしまった。
言われ慣れない言葉に、少しショックだった。
この人は無間 魁人(ムマ カイト)。
あたしが世話になっている精神科の医者である。
『医者の不養生』とはこの人のことを現す言葉なのではないだろうか。
診察される度に、 いやお前が大丈夫かよ と思うぐらい吐血している虚弱体質な医者だ。
おまけに、病院嫌いという。
なんで……この人、医者なんかになったんだろう……。
いまだに不思議でたまらない。
初めて会ったときは吐血に慌てふためいたが、今じゃなんでこの医者生きてんだろと思うだけでとくに気にしていない。
自己管理ということで、あとは自分でなんとかしてもらおうとあきらめたのだ。
だが、こんな医者だが、無能というわけではない。
「先生の前だけですよ。私がこんなにおしゃべりになるのは。
他の人間からは"おまえ、何考えてるかわからない"って言われる方なんですからね」
精神科医なだけあって、観察力と洞察力に優れている人なのだ。
彼は相手の些細な仕草や動作から、言動や感情を読み取るのに長けている。
そのため、まるで本当に他人の心が見えてるのではないかと錯覚してしまうぐらい、他人の心をズバリと読み当ててしまう。
しかし、本人の性格か、この人は他人の読み取った心をハッキリと口に出してしまうのだ。
それが見当違いな答えならいいのだが、いかんせん見事に相手の"心"を当ててしまうため、対人関係でトラブルが絶えないらしい。
そういうあたしも彼と話をしていて、何度忌々しいと思ったことだろうか。