焼け木杭に火がつく
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「…………。」
ギロッとユガミがにらみつけるが、証人は明後日の方向を向いていて口を噤んでいる。
オレンジの作務衣に赤い前掛けの少女――――緒花散子の姿があった。
肩に流れるサイドテールが不安げに揺れている。
「……証人って……あの人だったんだな」
「証人。名前と職業」
プイッと顔を横にそらし、つーんと黙っている。
その表情にまずいと弁護側が肝を冷やす。
夕神が刀に手をかけるが、すんでのところで手を止める。
目を閉じて、しばらく黙っていた。
そして、鋭い眼をゆっくりと開き、弁護側に視線を向ける。
「……月の字」
「えっ?」
夕神に呼ばれ、心音は目を瞬かせた。
彼は心音に向かって、くいっと顎で証人を示す。
「法律家で女性なのはおめえさんしかいないから、お前が質問しろ。」
「わっわたしですか?」
「この証人は……男性嫌いらしくてな……女性にしか返事をしねえ」
夕神は鋭く目を細め証言台を睨むが、少女は顔を合わせない。
「えっと、あなたのお名前とご職業は?」
弁護士がなぜか証人に尋問ではなく検察側の質問をするという奇妙な光景を、オドロキは胡乱な目で眺めた。
オドロキは夕神に尋ねる。
「ユガミ検事。刑事が変更をされたのはもしや……」
「……担当していた針の字……サハリ刑事がこの女給に近づいたら吹っ飛んじまってな。」
「ふっ吹っ飛んだ?」
サイバンチョが目を白黒させる。
夕神はへっと吊り上がった笑みを口元に浮かべる。
「ちっこい外見だが、気ぃつけなァ。近づいた野郎どもは黄金の右手で黙らせられるぜ」
ひぇええええ
オドロキは殴られたときのことを思い出し、全身から冷や汗を吹きだす。
「……希月さん。どうやら尋問も任せるしかないみたいだ」
「はいっ!任せてください」
「17時前頃にワタクシ、お嬢様を探しておりました。
しばらくすると屋敷の中にいらっしゃるのを見つけましたの。
でも、お嬢様の様子どこかがおかしかったのです。
声をかけようか迷っておりますと
見てしまったのです!
赤い着物の女性が小刀を握りしめている姿を!」
「ふむ。それは確かに恐ろしいですな。
うら若き乙女が物騒な物を持っていたのを見たなら。」
「あくまで被害者は刺されて死亡した。
小刀には指紋もついてる。
そして、目撃証言。
今度は問題ねえはずだ。」
ぐっとオドロキは拳に力を加える。
絶対に崩して見せる……!
だが、すべての証言をゆさぶるが、ムジュンを見つけることはできなかった。
この証言になにかあると思ったのだが。
「うーん……」
オドロキが横でそわそわしている心音を見た。
彼女は難しい顔をしながら、耳のイヤリングを指ではじいている。
「希月さん、どうかした?」
「……あの人の“ノイズ”……引っかかるんですよ」
心音は緒花を見据える。
もしかして……
彼女の“能力”がこの証言に反応している?
「センパイ、例のやっちゃっていいですか?」
オドロキはその言葉にピンときた。
「……"心理分析"だね」
心音はこくりっと首を振る。
「うん。頼むよ」
オドロキはその黒褐色の眸を証言台へと向けた。
「……彼女は何かを隠してる。それを探り出そう」
心音はパァンっと右手を左の手の平に打ち込む。
「まかせてください!」
心音は、ピッと首のペンダントの電源を入れる。
スマイリーのような形をしたモニタから淡いブルーの光が放たれた。
右手の手袋で空中に円を描く。
空中に浮かぶモニタの映像がウインクをすると、彼女の目の前で青い液晶画面を映し出した。
彼女の手が液晶画面に触れ、システムの起動のサインをする。
02%…19%…と起動準備の数値が表示され、100%と出る前にシステムが発動した。
心音はオハナの証言に慎重に耳を澄ました。
オハナのココロを聞き逃さないようにと。
「しばらく探していると屋敷の中にいらっしゃるのを見つけましたの」
緑の喜、黄色の驚、青の哀、赤の怒。
心音は彼女から光るはずのない感情を画面上で捉えた。
「オハナさん。ヤオヤさんを見つけたはずなのに、どうしてイライラしてるんですか?」
「へっ?」
心音が画面に映し出されたムジュンの感情……
それは“怒り”だった。
画面を見据えていた心音は、顔をあげた。
「あなたが怒るようなことをヤオヤさんがしたんですか?」
オハナは目をパチクリさせていたが、すぐにブルブルと激しく首を振った。
「いいえ!そんなことは……えっと、でも、ごめんなさい。記憶がちょっと混乱してるみたいで、1分ほど待ってくださいますか?」
うーんうーんと考えて、パンッと手を叩いた!
「そうです!思い出しました!お嬢様が小刀を握った姿を見た後に、すぐに姿が消えてしまったので、イライラしてましたの!」
「新しい情報ですね。証言を更新します」
心音はピッと情報を打ち込み、証言を新しくする。
「小刀を持ったお嬢様を見たあと、彼女はすぐにドアから出ていってしまいました!」
オドロキがその言葉にピクリッと反応した。
「ひぃいいいいい!」
「あっ。」
「オドロキ先輩、私を通さなきゃ話してくれませんよ」
オドロキは異議の内容を心音に耳打ちする。
「ふむ……あっわかりました!」
心音はオドロキから証拠品を受け取る。
「オハナさん!それはおかしいですね」
ふふんと頑張ってオドロキの真似をして胸の前で腕を組み、不敵な笑みを浮かべる。
「どういうことでしょう?」
「間取図をご覧ください」
証拠品を法廷に向かって見せる。
「もし、オハナさんがここから現場を見たとしたら……」
バンッと心音は机を手のひらで叩く。
「ドアを見ることはできないんです!」
オハナはきゃっ!と両手を胸の前で合わせて、身を縮ませた。
「そんなもん。近づいて窓を覗きこめば見えるはずだろ」
オドロキが異議を唱えた。
「それはありえません。」
ユガミに言われる前に、証拠品を出した。
「もしオハナさんが窓を覗くため屋敷に近づいたなら、タロウくんが吠えたはずです。
それに、ドアが見えるところまで窓に近づいていれば唐井さんが目撃しているはずです」
ダンッ!と女給が証言台を叩き、心音の方に憤怒の表情を向けながら言う。
「ふざけんじゃねえですよっ!黙って聞いてるからっていい気になりやがるなですわっ!
それじゃなんですの!?
ワタクシが見たのは全部幻だったといも言いやがるんですか!?」
心音はオハナの迫力に少しビビリ、涙目で先輩を睨む。
「センパイ!どうなんですか!?」
恨めしそうに睨む後輩に、苦笑いを受かべる。
「ええっと……そうなんだよな……」
「センパイ!」
非難する声に、オドロキはううっと冷や汗を垂らしながら口をへの字に曲げる。
オドロキは左腕にそっと触れるが、腕輪はなんの反応もなかった。
ドアを見たという証言に嘘はない。
けど、あの窓からドアを見ることはできない。
オハナさんの証言が真実だとしたら、なぜドアが見えたんだ?
「センパイ。こんなときこそ発想を逆転させてみるんです!」
「逆転……この場合は……」
オドロキは静かに目を閉じ、人差し指の腹で額をギュッと強く押す。
「"なぜドアが見えたのではなく、どうしたらドアが見えるのか。"……」
オドロキは目を開き、現場の見取り図をじっと見つめる。
だが、顔を歪め、冷や汗を顔から垂らす。
ダメだ……。全然わからない。
やっぱりこのメイドが見たドアはただの勘違いなのでは?
そんな思考が浮かび上がる。
「もしドアが見える位置に居たのなら、タロウくんが吠えなかったわけがないし
カライさんだって気づくはずだ。」
「うーん……天井裏に隠れて現場を見ていたとか」
「忍者じゃあるまいし、それになんのためにそんなことするんだよ。」
「それは、人に見つかるとまずいこと……悪い事をしてたから?」
「……もしそうだとしてもこの屋敷に天井はなかったよ。」
オドロキは試行錯誤しているつもりでも、自分たちが同じ発想に立ち続けている気がした。
「否定してばかりいないでセンパイも考えてくださいよ!」
両拳を握りきっと睨みながら、心音がオドロキに迫る。
その気迫にオドロキはぎょっと後ずさり、肘に証拠品リストをひっかけ書類が床に落ちた。
「やべっ」
床にバラバラと落ちた書類を慌てて拾う。
「悪かったよ。けど、オレだって考えて……」
オドロキは心音に言い返しながら、ある書類を拾い上げた。
だが、彼はその書類を見た瞬間、出口の見えなかった迷路に光の道が一瞬だけ浮かび上がる。
「オドロキセンパイ?」
書類を手に持ったまま、固まる先輩に心音は不思議そうに声をかける。
「……逆転……?」
その瞬間、鋭い衝撃が彼の頭を貫き、彼の凝り固まった思考は180度反転した。
「あぁあああああああ!」
オドロキの大声に、びくっと心音の肩が跳ねる。
「せ、先輩?」
いやっでも、けど、天井裏に隠れていたというよりはまだ可能性がある。
可能性があるなら、それに賭けるしかない。
オドロキは脳内でその可能性を確信しつつあった。
「どうした。やっぱりこの証人は夢を見てたとでも言いやがるのか?」
「いいえ!オハナさんは誰にも見られず、窓からドアを見ることは可能だったんです」
「そうおっしゃるなら弁護人。この女性はいったいどうやって窓からドアを見たのか
、その答えを教えてください。」
そう、彼女が嘘を吐いていなくて、あの証拠品が本物ならば、答えはひとつだ。
「ある場所から見ていたんです。」
「その場所を示してください」
黒褐色の瞳に強い確信の光を灯し、オドロキは見取り図を指し示した。
「そう、証人はこの場所から被告人を目撃したんです!」
自信満々に指を突き付けた場所に、は?と誰が漏らしたかわからぬ声が響く。
彼の指の位置に、法廷中の全ての動きと音が止まった。
無言と、無音と、不動の中で、サイバンチョウが動揺を抑えながら口を開く。
「べっ弁護人?気は確かですか……?」
「もちろん」
自信満々で首を縦に振る若き弁護人は、明らかに見取り図の"外"を指し示していた。
「しっしかし、そこは……」
言葉にするのを躊躇していたサイバンチョに我慢できず、バァンっと夕神が机を叩いた。
「"崖"じゃねえか!」
オドロキは南の部屋の窓ではなく、北の部屋の窓を指さしていた。
夕神の鋭い眼光に少しもひるまず、オドロキは平静なまま語りはじめる。
「ですが、見取り図をよくご覧ください。
この位置ならば窓からドアを見ることが可能です。」
「バカも休み休み言いやがれです!妄想言ってやがるなですよ!証拠もねえのにテキトーなこと言うなです!」
「……証拠ならありますよ」
「えっ」
オハナの表情が石のように固くなった。
オドロキは腕を組み、挑発的な黒瞳に、知的さを含んだ笑みを口元に浮かべる。
人を見透かすような青年の顔を見て、彼女は唇を固く結んだ。
「それでは弁護人、この女性が北の部屋の窓から覗いていた証拠品を提示してください」
「これは?花びら…ですか?」
「これは"ナナツバキ"と呼ばれる花で、北の部屋の窓の下の崖で赤い花を咲かせています。
この花はこの辺りでは屋敷の崖にしか存在しません。
そして、この花はある特徴があります。」
「特徴ですと?」
「"ナナツバキ"の花粉は例え風呂に入ったりしても
最低一週間は体から花粉が取れないそうです。
このLEDライトを当てると、"ナナツバキ"の花粉が付着していれば赤く光るようになっています。
そして、"ナナツバキ"はその花の下に居たら必ず花粉が付着します」
オドロキはじっとメイドに視線を向ける。
「なっなんですか」
オドロキは心音に無言でライトを渡す。
ライトを受け取り、心音はメイドに詰め寄る。
「……手を出してもらっていいですか?」
恐る恐るメイドは両手を差し出す。
「……カカリカン。電気を落としてこい」
夕神の指図により法廷が暗くなる。
青いLEDライトに照らされたメイドの両手は紅に輝いてた。
パッと法廷が明るくなる。
「どうやら、このメイドが崖の下にいたことが証明されましたな。
しかし、なぜこのメイドはそんなところにいたのでしょうか」
オドロキは先ほどの心理分析を思い出し、ある考えを告げる。
「オハナさんはあのとき、崖を登り窓から侵入しました。
そして、ヤオヤさんを見つけてイラ立ったのは
ヤオヤさんに見つかってはいけなかったから」
「まさか弁護人!
この証人を只野純殺害容疑で告発するつもりですか!?」
オドロキは首を振る。
「いいえ、彼女を殺人で告発するつもりはありません。別の罪を告発します。」
オハナチルコは殺人犯ではない。
しかし無罪ではないことは不自然な沈黙を見ればアキラカだ。
ダンッと机を両拳で叩き、ゆっくり双眸を開く。
「オハナさん!あなたの沈黙の"理由"……」
彼女の名前を強く呼び、人差し指をつきつけた。
「白状してください!あなたの口から!」
「…………」
だが、女性は頑なに口を開かない。
「こうなったらおめえさんが立証するしかねえようだな。
この女の罪ってやつを」
彼女が殺人以外に関わった罪に関連する証拠品を示すんだ。
「それでは弁護人にうかがいましょう。この証人が告発されるべき罪とは?」
オドロキはとある証拠品をつきつけた。
「そっそれは」
怯えてガタガタと震える女性をオドロキは冷ややかな目で見つめる。
「一週間前、この屋敷にカードが送りつけられました。」
弁護人が提示した一枚のカードに、法廷中がざわめきだす。
「……とある泥棒から」
オドロキがバンッと机を殴りつけた音に、オハナはびくっと体を跳ねさせた。
だが、オドロキの目は女性の様子に惑わされることはなく、彼女の本性を見透かしていた。
「そう、彼女は……いやっ"彼"は……予告状を送り付け、屋敷の宝である七姫を盗もうとした」
紅の弁護士が左の人差し指をつきつける。
「"怪盗鬼風"だったんです!」
きゃあああああああ!と叫び、オハナはふらっとよろけ、証言台によりかかる。
「もしこの証人が鬼風ならば、崖から屋敷の窓を登れたことも納得できます。
なんたって鬼風は過去に高層ビル80階建ての窓から侵入したことがある泥棒です。
その身体能力ならば崖を登ることなど容易いでしょう」
ざわざわと観衆が騒ぎ出す。
「静粛に!静粛に!静粛にぃいい!」
カンカンとサイバンチョが何度小槌を叩いてもなかなか声が静まらなかった。
やっと静まったところで法廷中の人々が、証言台の人物へ視線を向ける。
横から一房の髪が垂れて、下を向いているオハナの顔を隠す。
糸の切れた操り人形のように、オハナはピクリとも動かない。
ギロッとユガミがにらみつけるが、証人は明後日の方向を向いていて口を噤んでいる。
オレンジの作務衣に赤い前掛けの少女――――緒花散子の姿があった。
肩に流れるサイドテールが不安げに揺れている。
「……証人って……あの人だったんだな」
「証人。名前と職業」
プイッと顔を横にそらし、つーんと黙っている。
その表情にまずいと弁護側が肝を冷やす。
夕神が刀に手をかけるが、すんでのところで手を止める。
目を閉じて、しばらく黙っていた。
そして、鋭い眼をゆっくりと開き、弁護側に視線を向ける。
「……月の字」
「えっ?」
夕神に呼ばれ、心音は目を瞬かせた。
彼は心音に向かって、くいっと顎で証人を示す。
「法律家で女性なのはおめえさんしかいないから、お前が質問しろ。」
「わっわたしですか?」
「この証人は……男性嫌いらしくてな……女性にしか返事をしねえ」
夕神は鋭く目を細め証言台を睨むが、少女は顔を合わせない。
「えっと、あなたのお名前とご職業は?」
弁護士がなぜか証人に尋問ではなく検察側の質問をするという奇妙な光景を、オドロキは胡乱な目で眺めた。
オドロキは夕神に尋ねる。
「ユガミ検事。刑事が変更をされたのはもしや……」
「……担当していた針の字……サハリ刑事がこの女給に近づいたら吹っ飛んじまってな。」
「ふっ吹っ飛んだ?」
サイバンチョが目を白黒させる。
夕神はへっと吊り上がった笑みを口元に浮かべる。
「ちっこい外見だが、気ぃつけなァ。近づいた野郎どもは黄金の右手で黙らせられるぜ」
ひぇええええ
オドロキは殴られたときのことを思い出し、全身から冷や汗を吹きだす。
「……希月さん。どうやら尋問も任せるしかないみたいだ」
「はいっ!任せてください」
「17時前頃にワタクシ、お嬢様を探しておりました。
しばらくすると屋敷の中にいらっしゃるのを見つけましたの。
でも、お嬢様の様子どこかがおかしかったのです。
声をかけようか迷っておりますと
見てしまったのです!
赤い着物の女性が小刀を握りしめている姿を!」
「ふむ。それは確かに恐ろしいですな。
うら若き乙女が物騒な物を持っていたのを見たなら。」
「あくまで被害者は刺されて死亡した。
小刀には指紋もついてる。
そして、目撃証言。
今度は問題ねえはずだ。」
ぐっとオドロキは拳に力を加える。
絶対に崩して見せる……!
だが、すべての証言をゆさぶるが、ムジュンを見つけることはできなかった。
この証言になにかあると思ったのだが。
「うーん……」
オドロキが横でそわそわしている心音を見た。
彼女は難しい顔をしながら、耳のイヤリングを指ではじいている。
「希月さん、どうかした?」
「……あの人の“ノイズ”……引っかかるんですよ」
心音は緒花を見据える。
もしかして……
彼女の“能力”がこの証言に反応している?
「センパイ、例のやっちゃっていいですか?」
オドロキはその言葉にピンときた。
「……"心理分析"だね」
心音はこくりっと首を振る。
「うん。頼むよ」
オドロキはその黒褐色の眸を証言台へと向けた。
「……彼女は何かを隠してる。それを探り出そう」
心音はパァンっと右手を左の手の平に打ち込む。
「まかせてください!」
心音は、ピッと首のペンダントの電源を入れる。
スマイリーのような形をしたモニタから淡いブルーの光が放たれた。
右手の手袋で空中に円を描く。
空中に浮かぶモニタの映像がウインクをすると、彼女の目の前で青い液晶画面を映し出した。
彼女の手が液晶画面に触れ、システムの起動のサインをする。
02%…19%…と起動準備の数値が表示され、100%と出る前にシステムが発動した。
心音はオハナの証言に慎重に耳を澄ました。
オハナのココロを聞き逃さないようにと。
「しばらく探していると屋敷の中にいらっしゃるのを見つけましたの」
緑の喜、黄色の驚、青の哀、赤の怒。
心音は彼女から光るはずのない感情を画面上で捉えた。
「オハナさん。ヤオヤさんを見つけたはずなのに、どうしてイライラしてるんですか?」
「へっ?」
心音が画面に映し出されたムジュンの感情……
それは“怒り”だった。
画面を見据えていた心音は、顔をあげた。
「あなたが怒るようなことをヤオヤさんがしたんですか?」
オハナは目をパチクリさせていたが、すぐにブルブルと激しく首を振った。
「いいえ!そんなことは……えっと、でも、ごめんなさい。記憶がちょっと混乱してるみたいで、1分ほど待ってくださいますか?」
うーんうーんと考えて、パンッと手を叩いた!
「そうです!思い出しました!お嬢様が小刀を握った姿を見た後に、すぐに姿が消えてしまったので、イライラしてましたの!」
「新しい情報ですね。証言を更新します」
心音はピッと情報を打ち込み、証言を新しくする。
「小刀を持ったお嬢様を見たあと、彼女はすぐにドアから出ていってしまいました!」
オドロキがその言葉にピクリッと反応した。
「ひぃいいいいい!」
「あっ。」
「オドロキ先輩、私を通さなきゃ話してくれませんよ」
オドロキは異議の内容を心音に耳打ちする。
「ふむ……あっわかりました!」
心音はオドロキから証拠品を受け取る。
「オハナさん!それはおかしいですね」
ふふんと頑張ってオドロキの真似をして胸の前で腕を組み、不敵な笑みを浮かべる。
「どういうことでしょう?」
「間取図をご覧ください」
証拠品を法廷に向かって見せる。
「もし、オハナさんがここから現場を見たとしたら……」
バンッと心音は机を手のひらで叩く。
「ドアを見ることはできないんです!」
オハナはきゃっ!と両手を胸の前で合わせて、身を縮ませた。
「そんなもん。近づいて窓を覗きこめば見えるはずだろ」
オドロキが異議を唱えた。
「それはありえません。」
ユガミに言われる前に、証拠品を出した。
「もしオハナさんが窓を覗くため屋敷に近づいたなら、タロウくんが吠えたはずです。
それに、ドアが見えるところまで窓に近づいていれば唐井さんが目撃しているはずです」
ダンッ!と女給が証言台を叩き、心音の方に憤怒の表情を向けながら言う。
「ふざけんじゃねえですよっ!黙って聞いてるからっていい気になりやがるなですわっ!
それじゃなんですの!?
ワタクシが見たのは全部幻だったといも言いやがるんですか!?」
心音はオハナの迫力に少しビビリ、涙目で先輩を睨む。
「センパイ!どうなんですか!?」
恨めしそうに睨む後輩に、苦笑いを受かべる。
「ええっと……そうなんだよな……」
「センパイ!」
非難する声に、オドロキはううっと冷や汗を垂らしながら口をへの字に曲げる。
オドロキは左腕にそっと触れるが、腕輪はなんの反応もなかった。
ドアを見たという証言に嘘はない。
けど、あの窓からドアを見ることはできない。
オハナさんの証言が真実だとしたら、なぜドアが見えたんだ?
「センパイ。こんなときこそ発想を逆転させてみるんです!」
「逆転……この場合は……」
オドロキは静かに目を閉じ、人差し指の腹で額をギュッと強く押す。
「"なぜドアが見えたのではなく、どうしたらドアが見えるのか。"……」
オドロキは目を開き、現場の見取り図をじっと見つめる。
だが、顔を歪め、冷や汗を顔から垂らす。
ダメだ……。全然わからない。
やっぱりこのメイドが見たドアはただの勘違いなのでは?
そんな思考が浮かび上がる。
「もしドアが見える位置に居たのなら、タロウくんが吠えなかったわけがないし
カライさんだって気づくはずだ。」
「うーん……天井裏に隠れて現場を見ていたとか」
「忍者じゃあるまいし、それになんのためにそんなことするんだよ。」
「それは、人に見つかるとまずいこと……悪い事をしてたから?」
「……もしそうだとしてもこの屋敷に天井はなかったよ。」
オドロキは試行錯誤しているつもりでも、自分たちが同じ発想に立ち続けている気がした。
「否定してばかりいないでセンパイも考えてくださいよ!」
両拳を握りきっと睨みながら、心音がオドロキに迫る。
その気迫にオドロキはぎょっと後ずさり、肘に証拠品リストをひっかけ書類が床に落ちた。
「やべっ」
床にバラバラと落ちた書類を慌てて拾う。
「悪かったよ。けど、オレだって考えて……」
オドロキは心音に言い返しながら、ある書類を拾い上げた。
だが、彼はその書類を見た瞬間、出口の見えなかった迷路に光の道が一瞬だけ浮かび上がる。
「オドロキセンパイ?」
書類を手に持ったまま、固まる先輩に心音は不思議そうに声をかける。
「……逆転……?」
その瞬間、鋭い衝撃が彼の頭を貫き、彼の凝り固まった思考は180度反転した。
「あぁあああああああ!」
オドロキの大声に、びくっと心音の肩が跳ねる。
「せ、先輩?」
いやっでも、けど、天井裏に隠れていたというよりはまだ可能性がある。
可能性があるなら、それに賭けるしかない。
オドロキは脳内でその可能性を確信しつつあった。
「どうした。やっぱりこの証人は夢を見てたとでも言いやがるのか?」
「いいえ!オハナさんは誰にも見られず、窓からドアを見ることは可能だったんです」
「そうおっしゃるなら弁護人。この女性はいったいどうやって窓からドアを見たのか
、その答えを教えてください。」
そう、彼女が嘘を吐いていなくて、あの証拠品が本物ならば、答えはひとつだ。
「ある場所から見ていたんです。」
「その場所を示してください」
黒褐色の瞳に強い確信の光を灯し、オドロキは見取り図を指し示した。
「そう、証人はこの場所から被告人を目撃したんです!」
自信満々に指を突き付けた場所に、は?と誰が漏らしたかわからぬ声が響く。
彼の指の位置に、法廷中の全ての動きと音が止まった。
無言と、無音と、不動の中で、サイバンチョウが動揺を抑えながら口を開く。
「べっ弁護人?気は確かですか……?」
「もちろん」
自信満々で首を縦に振る若き弁護人は、明らかに見取り図の"外"を指し示していた。
「しっしかし、そこは……」
言葉にするのを躊躇していたサイバンチョに我慢できず、バァンっと夕神が机を叩いた。
「"崖"じゃねえか!」
オドロキは南の部屋の窓ではなく、北の部屋の窓を指さしていた。
夕神の鋭い眼光に少しもひるまず、オドロキは平静なまま語りはじめる。
「ですが、見取り図をよくご覧ください。
この位置ならば窓からドアを見ることが可能です。」
「バカも休み休み言いやがれです!妄想言ってやがるなですよ!証拠もねえのにテキトーなこと言うなです!」
「……証拠ならありますよ」
「えっ」
オハナの表情が石のように固くなった。
オドロキは腕を組み、挑発的な黒瞳に、知的さを含んだ笑みを口元に浮かべる。
人を見透かすような青年の顔を見て、彼女は唇を固く結んだ。
「それでは弁護人、この女性が北の部屋の窓から覗いていた証拠品を提示してください」
「これは?花びら…ですか?」
「これは"ナナツバキ"と呼ばれる花で、北の部屋の窓の下の崖で赤い花を咲かせています。
この花はこの辺りでは屋敷の崖にしか存在しません。
そして、この花はある特徴があります。」
「特徴ですと?」
「"ナナツバキ"の花粉は例え風呂に入ったりしても
最低一週間は体から花粉が取れないそうです。
このLEDライトを当てると、"ナナツバキ"の花粉が付着していれば赤く光るようになっています。
そして、"ナナツバキ"はその花の下に居たら必ず花粉が付着します」
オドロキはじっとメイドに視線を向ける。
「なっなんですか」
オドロキは心音に無言でライトを渡す。
ライトを受け取り、心音はメイドに詰め寄る。
「……手を出してもらっていいですか?」
恐る恐るメイドは両手を差し出す。
「……カカリカン。電気を落としてこい」
夕神の指図により法廷が暗くなる。
青いLEDライトに照らされたメイドの両手は紅に輝いてた。
パッと法廷が明るくなる。
「どうやら、このメイドが崖の下にいたことが証明されましたな。
しかし、なぜこのメイドはそんなところにいたのでしょうか」
オドロキは先ほどの心理分析を思い出し、ある考えを告げる。
「オハナさんはあのとき、崖を登り窓から侵入しました。
そして、ヤオヤさんを見つけてイラ立ったのは
ヤオヤさんに見つかってはいけなかったから」
「まさか弁護人!
この証人を只野純殺害容疑で告発するつもりですか!?」
オドロキは首を振る。
「いいえ、彼女を殺人で告発するつもりはありません。別の罪を告発します。」
オハナチルコは殺人犯ではない。
しかし無罪ではないことは不自然な沈黙を見ればアキラカだ。
ダンッと机を両拳で叩き、ゆっくり双眸を開く。
「オハナさん!あなたの沈黙の"理由"……」
彼女の名前を強く呼び、人差し指をつきつけた。
「白状してください!あなたの口から!」
「…………」
だが、女性は頑なに口を開かない。
「こうなったらおめえさんが立証するしかねえようだな。
この女の罪ってやつを」
彼女が殺人以外に関わった罪に関連する証拠品を示すんだ。
「それでは弁護人にうかがいましょう。この証人が告発されるべき罪とは?」
オドロキはとある証拠品をつきつけた。
「そっそれは」
怯えてガタガタと震える女性をオドロキは冷ややかな目で見つめる。
「一週間前、この屋敷にカードが送りつけられました。」
弁護人が提示した一枚のカードに、法廷中がざわめきだす。
「……とある泥棒から」
オドロキがバンッと机を殴りつけた音に、オハナはびくっと体を跳ねさせた。
だが、オドロキの目は女性の様子に惑わされることはなく、彼女の本性を見透かしていた。
「そう、彼女は……いやっ"彼"は……予告状を送り付け、屋敷の宝である七姫を盗もうとした」
紅の弁護士が左の人差し指をつきつける。
「"怪盗鬼風"だったんです!」
きゃあああああああ!と叫び、オハナはふらっとよろけ、証言台によりかかる。
「もしこの証人が鬼風ならば、崖から屋敷の窓を登れたことも納得できます。
なんたって鬼風は過去に高層ビル80階建ての窓から侵入したことがある泥棒です。
その身体能力ならば崖を登ることなど容易いでしょう」
ざわざわと観衆が騒ぎ出す。
「静粛に!静粛に!静粛にぃいい!」
カンカンとサイバンチョが何度小槌を叩いてもなかなか声が静まらなかった。
やっと静まったところで法廷中の人々が、証言台の人物へ視線を向ける。
横から一房の髪が垂れて、下を向いているオハナの顔を隠す。
糸の切れた操り人形のように、オハナはピクリとも動かない。