賽は投げられた
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3月22日 午後6時33分
黒谷杏里の家 玄関
「ここは?」
「私らのアジトの一つだ。警察に話さない限りはここを調べられることはないだろう。
ここの書斎に毒の資料が置いてある」
成歩堂が中を見回す。
「……アジトというより、隠れ家と言った感じだね」
日の当たらない住宅街に隠れるように建てられた家にそう感じた成歩堂。
「間違いではないよ。警察に調べられるとまずいものが多いからな。この家は。
あっ調べてもいいけど……命の保障はしないぞ」
「いったいなにがあるんだい……」
3月22日 午後11時08分
黒谷杏里の家 書斎
「くそっ。手がかりゼロ」
棚から引っ張り出してきた資料を床に積み上げていく。
「ナルホドくん、そっちは?」
成歩堂は首を横に振ってみせる。
鬼風は顔を仰ぐ。
「はぁー……どうなってんだよ……これだけ調べてそれっぽい毒が出てこないなんて……」
「毒の種類について色々と調べていたけど、どれもそう簡単に手に入らないものばかりで事件に関係があるとは思えないよ」
「そうなんだよなぁー」
ガシガシと頭を掻き回しながら、鬼風がうなる。
「毒は力のない女子どもでも容易に人が殺せる。だけど、入手方法が問題なんだよな」
「明日の裁判でリシン以外の毒が検出されると良いんだけど」
その可能性は限りなく低いから、期待はしないが……。
成歩堂はそう考えながら調べ終えた資料を新たに床に積み上げる。
「仮にだぞ。杏里が殺人をしたとしてだ。
毒を飲ませるにしたって、杏里はあんな証拠が残る方法で飲ませたりしない。
もっとあいつなら姑息な手を使って飲ませる」
「……それもどうなんだろう」
うーんっと成歩堂が考え込んでから、ぽつりと言葉を零す。
「……前提が間違ってるとか……」
鬼風が大きく目を開きながら、成歩堂に振り向く。
「殺害方法がちがうっていうのか?」
「いや、毒で殺されたのは間違いない。体内に毒物反応があったんだから」
「まぁ、そうだよな。じゃあ、前提が違うってどういうことだよ?」
「事件の“なにか”が間違ってるんじゃないかな。そうでなければ、これだけ毒に関する資料を探して、それらしい毒が出てこないのはおかしい」
「事件の中の情報のどれかが間違ってるってことか」
鬼風がこめかみをガシガシと人差し指でかきむしる。
「でも、あんたと検事が調べたモノなんだろう?そんな簡単に情報を間違うモノなのか」
「色々と事件に関わってきたけど、そういうモノも中にはあったよ。
ただ、今のところはまったくわからないよ。どれが間違ってる情報かだなんて」
「殺した方法は合ってるとすれば……やっぱり“時間”か?」
鬼風は目をギュッと閉じ、人差し指でこめかみを押す。
「リシンが使われたっていう検視官の主張が仮に正しいとして、時間のズレがやっぱり問題になるのか。
まっ、あのじいさんの体格を考えてもおかしいしな」
「そういえば、カプセルにすれば薬が胃で溶ける時間を遅らせられると聞いたような」
「1日も胃の中で消化されずに残ることはねえよ。その前に排泄されるだろ」
「けど、それ以外に時間を遅らせる方法なんて思いつかないよ」
はぁーと二人を重い重いため息を吐き出し合った。
あぐらをかいた片膝の上で頬杖をつきながら、鬼風はぼやく。
「……これが“逆”だったら簡単なんだけどなー」
成歩堂が鬼風のほうに振り向いた。
「“逆”っていうと……」
ぼりぼりと耳の後ろをかきながら、鬼風はしゃべる。
「もっと“速く”毒が出る方法なら説明できるんだよ」
「その方法って?」
「でも、今回の事件は“遅い”方法が証明できないといけないんだろ?聞いても参考にならんと思うぞ?」
「今はなんでもいいから情報が欲しい。聞かせてくれ。毒が速く回る方法を」
「そうか?なら話すが、リシンの毒に限らず、毒の侵入経路は大まかに三つある」
鬼風が成歩堂の前に指を三本立てて突きつける。
「①の経口摂取、②の吸入そして③の注射。
リシンの中毒症状はどの経路で体内に入ったかで、大きく異なるんだ。
経口摂取が一番遅い発症で、その逆が注射だ。
注射で直接血管にリシンを打ちこまれた場合、量にもよるが最悪その日の内に死亡する」
「……注射か」
「けど、注射なんて経口以上に無茶な方法だぞ。なんたって毒が発現する時間内に被害者に注射を打てるような人物は存在しなかったんだからな。
今回は侵入経路は経口と見て間違いないだろう」
ガリガリと鬼風が頭を掻き回す。
「あーー。もうちょい調べてみるか?」
積み上げた資料を持ち上げ、本棚へと向かう。
泥棒のポケットから白い箱が落ちたのを見て、成歩堂はそれを拾い上げる。
「落としたよ」
「あっわりぃ。さんきゅ」
箱のパッケージを見ると、成歩堂には見慣れない物だった。
「タバコを吸うのかい?」
「んー?まぁ、たまにな。けど、これは私のじゃなくて相方が吸ってるタバコ。
……よくコンビニに買いに行かされるんだよなぁ」
視線を本に向けページを捲りながら、鬼風が愚痴り始める。
「事件の三日前か?そんときも夜中の二時に叩き叩き起こされて
ヘブンズブラックっていう、その銘柄をコンビニに買いに行かされてね。
そんときにもらったんだけど……あんた吸う?」
「僕は吸わないよ」
成歩堂も資料に目を向けたまま、そっけなく返答した。
眉間に皺をよせながら鬼風はそのまま愚痴を続ける。
「……あのときは眼鏡叩き割ってやろうかと思ったよ。
とにかくあいつは人使いが荒くて荒くて仕方ない」
はぁーとため息を零す。
「そう言う割には、仲がよさそうに見えるけど」
「嫌いな奴と一緒にいるわけねえだろ」
「杏里さんはどんな人なんだい」
「知りたかったら本人に聞きな」
「……杏里さんは君に聞けと言っていたよ」
パンと本を閉じ、鬼風は成歩堂に険しい目を向ける。
だが、頭をかきまわしながら口を開いた。
「……組織が育てた。
“試験管ベイビー”ってやつなんだよ。杏里は」
「しけんかんべいびー?」
聞き慣れない言葉に思わず成歩堂は資料から顔を上げてしまった。
「優秀な人間の遺伝子を人工授精で交配させてつくられた存在だ」
「っ!?」
成歩堂は言葉を失う。
「組織で働くためだけに作られた人工的な子ども……それがあいつだ。
DNAを提供した人物は優秀な頭脳を持った者から採取された、としか本人も聞かされていないらしい。
より完璧な頭脳の持ち主にするために色々とあいつも体を弄られて……」
成歩堂の顔を見て、鬼風が数回瞬きをする。
「怖い顔だな」
「組織はなぜそんなことをするんだい」
まるで子どもが玩具や道具のように扱われている。
それを淡々と語る鬼風や杏里を見るたびに、成歩堂は腹の底が煮えたぎるような感覚がした。
「目的のためとしか言いようがない……社会から見れば許されない組織なんだろうけど、私たちにとっちゃ最後の居場所だったんだよ」
「最後の、」
秋の夜のような眼差しを遠い過去に向けながら鬼風は口を再び開く。
「私たちは親や親戚から捨てられた奴らで集められた。その生まれ持った凶暴な性格や特異な能力のせいで大人から見放された子どもだった。組織だけは存在を認めてくれた。それが道具としてしか見ていなかったとしてもだ」
「……それなら、どうして君は組織と争うようなことをしてるんだい」
「復讐するためだ」
ひやりとするような冷たい声に成歩堂は息を呑む。
茶髪の女性の瞳に剣呑な光が浮かんでいた。
冷ややかな表情の向こう側に底知れない怒気を感じる。
成歩堂がなにか言おうとする前に、鬼風が続けた。
「私は許さない。組織の連中も組織の駒に成り下がったあいつらも……あいつらだけは絶対に……!」
そう語る相手の顔は鬼風がいつもつけている般若の面にそっくりだった。
鬼の泥棒に殺気を向けられたときも恐ろしいと感じたが、今はなにかに憑りつかれているように瞳を欝々と光らせているこの姿の方がより恐ろしいと感じた。
この泥棒の奥深くに潜む鬼の姿を垣間見てしまった気がして、成歩堂の全身にうすら寒いものがまとわりついていた。
「それなら、なぜ杏里さんと一緒に居るんだい。彼女も組織の人間……しかも組織に生み出された子どもなんだろう?」
組織への憎しみをあらわにする鬼風が、組織の人間である杏里といるのが疑問だった。
「……あいつに救われたからだ」
「救われた?」
「……私はあいつを“裏切った”」
「!」
さきほどとは変わり、夕立ちの空のような暗い表情で鬼風がぽつぽつと語りはじめる。
「けど、あいつは。そんな私を“許した”
私があいつのために行動する理由なんてそれで十分だ。
罪を憎んで、人を憎まず。
耳触りの良い、素晴らしい言葉だね。
反吐が出るほどに。
この世は、罪=人だ。
罪を犯した限り、それが許されることなんて絶対にない」
顔を俯かせ、淡々とした声でそう語った。
「……少なくとも、
罪を償うことさえ許してくれない奴らがこの世にはたくさんいるってことだよ。
あいつは許してくれた。けど、杏里を裏切った罪は決して消えない。
償いをさせてもらえる。
果たしてそれが罪なのかと疑問に思うぐらい、
それは私にとって感謝しきれないぐらいの慈悲なんだ」
噛みしめるように心から最後の言葉を穏やかな表情で鬼の泥棒は告げる。
鬼の泥棒がふっと片頬に笑みを浮かべる。
「“意味がわからない”って顔してるな。
まぁ、それが普通だ」
そう言って鬼風は成歩堂に真剣な面持ちを向ける。
「繰り返しになっちまうが。
本当の罪人ってのは、“償うこと”さえ許してくれないんだよ。
けど、あいつだけは“許し”をくれた。
だから、私は、私のできうる限りの最善の方法であいつを助ける。
どんな手を使ってでも、最後まであいつを守る。
あいつをありもしない罪で牢屋になんか入れさせない」
そう言い切ってから、鬼の泥棒はハッと我に返る。
「悪い。無駄に語っちまった……忘れてくれ……」
鬼の泥棒は罰が悪そうにそっぽを向く。
突如、鬼風が立ち上がり、キッチンへと向かう。
その途中で成歩堂に振り返りながら、口を開く。
「眠気覚ましに茶でも入れてくる、お茶でいいな」
足音を立てずドアまで向かう茶髪女性の泥棒を視線だけで見送る。
「復讐……」
いつも飄々として道化のような振る舞いしか見てこなかった泥棒が、組織のことを語るときだけ暗然とした闇が漂う不気味な表情を見せた。
それはまさに、“鬼”だった。
復讐に憑りつかれ異形の者に成り果ててしまった……。
成歩堂は自分の考えを振り払うように首を大きく振る。
「今は、事件のことを考えよう……」
彼のことが気になるが、今はこの事件の依頼人をなんとかしなければ。
成歩堂は大きくのびをする。
首を回し、肩を回す。
コキコキと骨と筋肉が小さな悲鳴をあげる。
「この年になると、資料読むのもきつくなってくるな」
若いころはもっと長い時間机で参考書を読んでいても、平気だったのにな。
ふと、成歩堂はとある本の間から紙を発見する。
「なんだこれ?」
ところどころ汚れていて字が読めないが、なにかのメモらしい。
『●が愛し●●だけ●、鬼の●●奪う●と●でき●』
「鬼……・」
なんとなく、先ほど出て行った“鬼”風の方へ首を回す。
「……小説の一部でもメモしたのかな」
成歩堂はその紙を元の位置に戻した。