賽は投げられた
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3月22日 午前9時50分
地方裁判所 第二控え室
成歩堂の頭は昨日の杏里の言葉でいっぱいだった。
“「……アタシを“信じるな”。絶対に」”
(“信じるな”……か。一体どういうことなんだ?
それに、彼女はなにを隠している?
もしそうなら……)
成歩堂はポケットの中から翡翠色に光る勾玉を取り出す。
ぎゅっと握りつぶすように、手の中に固くそれを閉じ込める。
“依頼人を最後まで信じる”
それが成歩堂の弁護の信念であり師匠の教えでもあった。
その教えを依頼人から否定され、どうすればいいのか迷っていた。
(“千尋さん”ならどうしただろう)
師匠の姿が成歩堂の脳裏に浮かぶ。
(調査をしたはずなのに、わからないことが増えてる)
彼は勾玉をポケットにしまい、壁の時計を見上げる。
「しかし、遅いな。もう開廷の時間だぞ」
時計の針はすでに残り五分を切っていたが、一向に杏里の姿は見えなかった。
「もしかして、逃げたとか?」
「いや、ここにいるんだけど」
「うわぁあああああああ」
成歩堂は背後から聞こえた声に、その場に飛び上がった。
「いっいつからそこに!?」
「ずっとだがな!?なに?マジで気づいてなかったのかよ!?」
杏里は声を荒げながら成歩堂に訊いた。
「全然気づかなかった」
杏里は肩をすくめてはぁとため息を吐く。
「……いくら、手を抜いてもいい弁護だからって、依頼人を認識できねえのはどうかと思うぞ」
「君の影が薄いだけだろ」
ヒクッと彼女の片頬が引き攣る。
「っ。ククッ。言うじゃねえの」
「それより、先ほどの言葉は訂正してください。
ボクは手を抜いて弁護するつもりはありません」
成歩堂の言葉を聞き、杏里の表情がきつくなる。
「……それが、信用できない依頼人でもか?」
彼は今の結論を相手に伝える。
「悪いですけど、昨日のあなたの忠告は聞けません。
ボクはあなたを信じて弁護します」
「……そうかよ。だがな、忠告はした。それ以上は痛い目に遭っても知らねえよ」
同日 午前10時
地方裁判所 第二法廷
「これより、黒谷杏里の裁判をはじめます」
「弁護側、準備完了しています」
「検察側、準備完了しております」
成歩堂は相対する相手の検察官をじっと見つめる。
髪を後ろになでつけ、オールバックに決めた恰幅の良い男性だった。
裁判長が検事席の方に声をかける。
「あなたは御水検事……御水長志検事でしたな。
あなたと会うのは久しぶりだったかと。
確か……田舎の検察局の方に飛ばされたと聞きましたぞ」
「そうです。わたしは若手の女弁護士に負け、ド田舎の検察局に左遷されました。
だが、私は帰ってきた!
あんたを倒すためにな!」
そう言って成歩堂を指さす御水検事
「ぼっボク!?
……あれ?でも、ボクはあなたと対決したことはなかったはずですよ?」
目の敵にされる理由がよくわからず、成歩堂は頭をかきながら苦笑いを浮かべる。
「確かに!あんたと対決はしていない!
だが、“あんたの後輩”には負けたんだ!
そして、そのせいで、わたしは給与は減らされ地方に左遷されたんだ!」
成歩堂の脳内に、とある女性弁護士の姿が浮かび上がる。
ポンッと成歩堂は手を叩く。
「あぁ!思い出した。そうか。あなたがあの“事件”の相手検事だったんですね!」
あの事件とは、成歩堂の後輩弁護士が担当した有名ミュージシャン殺人事件のことである。(※参照:逆転への挑戦in ジョイポリス)
「わたしはパワーアップして帰ってきたのです」
御水検事は不敵な笑みを浮かべる。
「パワーアップ?」
成歩堂が机に手を置き、思わず前のめりになる。
「ふふふふっ」
ドンッ!!
検察席の机に置かれていたペットボトルの隣に、もう一本ペットボトルが置かれる。
「2Lのペットボトルしか飲めなかったが、4Lも飲めるようになったのだ!」
(トイレが近くなるだけじゃないのか……)
裁判に負けたあと、2Lペットボトルをがぶ飲みしてトイレに駆け込んでいく御水検事の姿を、後輩弁護士が話していたなぁとぼんやり成歩堂は思い出していた。
「それでは、御水検事、冒頭弁論をお願いします」
書類を取り出し、御水検事が読み上げ始めた。
「事件は3月20日の午後4時50分に起こりました。
被告人が被害者の藪下 壮太を線路に突き落とし
線路に落下した被害者は駅に入ってきた電車と接触。
そのまま、電車に轢かれ、死亡。
ほぼ即死だったと記録に記されています。
そして、被害者を突き落とした被告人はすぐさま身柄を拘束された。
以上が、大まかな流れです」
書類を置き、御水検事はペットボトルを手に取った。
水を喉に流してから、口を開く。
「その光景を見ていた目撃証人を召喚いたします」
モヒカン頭の青年が入ってきて、証言台に立つ。
「証人。名前と職業を」
「半田 東四郎(はんだ とうしろう)。産竜大学の2回生っす」
半田という青年は長い身長を丸めて、ポケットに手を突っ込みながらそう答えた。
「あなたは事件発生する直前に、被告人が被害者に暴言を吐きながら突き飛ばしたところを見たそうですな」
御水の言葉に半田は目をきつく細める。
「あぁ、オレぁは見たぜ。
あの白衣の女がじいさんを線路に突き飛ばしてた」
「どうやら、被告人が突き落としたのは間違いないようですな」
御水検事はゴクッとペットボトルの水を飲んだ。
証人はさらに証言を続ける。
「あの女がこう手を突き出して、あのじいさんは胸を押さえながら、線路に落ちていったんだ」
「こちらがそのときの監視カメラの映像です」
御水検事が法廷のモニターを操作して、事件当時の映像を流した。
「被害者の背中が見えます。その被害者の前には……被告人がいるようです」
「証言の内容となんら問題はないでしょう」
「ふむ。確かにそうですね。カメラにもそう映っていますな」
サイバンチョが頷いた瞬間、成歩堂が鋭く指を突きつけ異議を唱えた。
「カメラの映像をよく見てください。
被害者の背後で見づらいですが、動きの“順番”をもう一度確認してみてください」
「ん?」
サイバンチョが目を細めて、モニターをじっと見る。
「この映像では被害者が“胸を押さえた動作”が“先”なんですよ。
そのあとに、被告人が手を伸ばしているのが、かがんだ被害者の向こう側に見えます」
「順番が逆だからなんだと言うんだ。結局、手を出しているじゃないか!」
御水検事がダンッとペットボトルを机に叩きつける。
成歩堂は首を横に振ってみせる。
「皆さんは、もし目の前の人が胸を押さえて苦しがっていたら、どうしますか?」
「私だったら、『どうしましたか?』と声をかけますね」
「それですよ」
「え」
「被告人は具合が悪くなった被害者を心配して手を伸ばしたんです!」
「だが、実際は落ちているじゃないか!胸を押さえる前に突き落とした可能性がある!」
「このカメラに残っている映像は、被害者の背中しか映っていない!突き落としたかどうかまではハッキリ見えていません!よってこのカメラの映像が、証言の内容と合っているかどうかの判定にはならない。」
「だが、落としていないというのも見えていない!もし、落としていないというなら証拠を見せろ!」
「もちろんあります」
「なんだと!?」
成歩堂は法廷に証拠品を突きつけた。
「それは……“解剖記録”ですか」
成歩堂は左手の書類を右手の甲でパシパシと軽く叩く。
「被害者の衣服からは『被告人の指紋は一切出なかった』と書かれています」
御水検事はペットボトルの蓋を開け、ごくごくっと勢いよく飲む。
ダンッと半分になったペットボトルを机に置く。
「それで?」
「え?」
「カメラの映像をもう一度確認することだ」
成歩堂は御水検事に言われ、サッとモニターに視線を向ける。
「あっ!」
その映像から、自分の主張の穴を見つけてしまった。
「そう!そのフシ穴だらけの目でよく見るがいい。成歩堂弁護士!
被告人はこのとき、“手袋”をはめていたんだよ!」
「ぐっ!」
成歩堂は奥歯を噛みしめる。
「解剖記録ばかりに囚われ、他の証拠品のことをおろそかにするからこうなるんだ!
このっ三流弁護士が!」
「ぐっぐおおおおおおお」
成歩堂はショックで体をピーンと伸ばすが、すぐに態勢を直す。
いや、今はこの解剖記録にこだわるべきだ。
なぜなら
「残念ですけど。今回ばかりは解剖記録をおろそかにできませんよ。
なぜなら、被害者の死因は電車の衝突によるものではないのですから」
「ハッ!なにを寝ぼけたことを!」
成歩堂はゆっくりと頭を振る。
「殺害の方法が、突き落とす以外だったとしたら、どうしますか?」
「なんだと?」
成歩堂はもう一度解剖記録をつきつけた。
「解剖記録には毒を飲んだことにより中毒症状が出たと書かれています。
彼は駅のホームに落ちる前日に、薬を飲んでいたんですよ。
だが、その薬は毒にすり替えられていた可能性があります。
その証拠に、彼の所持品から水と空の薬袋が見つかりました。
薬袋の中に、肝心の薬がなかったんです」
「ちょっ。ちょっと待て!なんだその記録は!」
御水検事はダンッと机を拳で叩きながら、前のめりに問い質す。
「そんな記録はわたしの解剖記録に書かれていないぞ!」
「これは検視官の北李さんからもらった最新のモノです」
「あぁあいつかぁああああ!」
「それではこれは正式なものなんですね」
「検視官の北李さんに聞いてみればわかることです」
「くそっ!最新の解剖記録を弁護士に渡す奴がどこにいる!」
「残念ながら居たようですな」
「(日頃からよほど恨みが深かったんだな)」
成歩堂は流れが変わったのを肌で感じとる。
突き落としによる殺害ではなく、毒物による殺害だったとなれば、彼女は犯人から除外される。
弁護側にとって有利な方向に裁判の内容が流れている。
御水検事はチョロッと出てきた前髪を後ろに撫でつけ、サイバンチョに顔を向けた。
「サイバンチョ!10分ほど休廷をお願いします!薬袋について担当の者と確認いたします。そして、それがどこの病院のモノだったか調査させます」
目を瞑り、サイバンチョが思考すると、目を開ける。
「それでは、検察側の主張を受理します。これより10分間の休廷に入ります」
カンとサイバンチョが木槌を叩く。
同日 午前10時45分
地方裁判所 第二法廷
「それで、検察側はその薬を提供したのはどこの病院なのか判明したのですかな」
御水検事は部下らしき人物を証言台に立たせ、説明を促す。
「はい。病院は……“黒谷”医院です」
「えっ」
名前からして成歩堂は嫌な予感がした。
「この薬を渡したのは、被告人が経営する黒谷医院だったようです」
「ええええええ!?」
成歩堂は白目になりながら大口を開けて、絶叫した。
「どうやら。これで、証明されてしまったようですな。被告人が犯人だと」
先ほどと打って変わり、ふふんっと勝ち誇った笑みを浮かべる御水検事。
「あの、いっいえ、それが……」
証言台に立つ部下の視線が、被告人と検事の間を行ったり来たりしている。
「なんだ?まだなにかあるのか?」
「それがですね」
言いにくそうに部下が口を開く。
「その黒谷医院に、被告人である“黒谷杏里”が居まして……」
「は?」
御水検事は手に持ったペットボトルを傾けた。
机に水をこぼれているのも気づかず、御水検事は目を点にしている。
「今……彼女を連行しているところです」
「なっ」
成歩堂は目を大きく開き
「なっ」
サイバンチョが大きく口を開き
「なっなにぃいいいいいいいい!?」
ボトボトボトとペットボトルから水を大量にこぼしながら、御水検事が声をあげた。
「どういうことですかな!御水検事!」
「チャン刑事どういうことだ!」
御水検事は法廷内で控えていたロン毛の髭男をきっと睨みつける。
「えっそっえええ?ワタシむつかしいことわからないネ!」
「じゃあ!お前が連れてきたこの被告人はいったい誰なんだ!」
被告席に腰かけている人物を指さしながら、御水検事が怒鳴る。
観衆たちがざわざわと大きく騒ぎ出す。
「静粛に!静粛に!静粛にぃ!!」
訳がわからずざわつく法廷の中、ただ一人成歩堂だけは怪訝な表情をしていた。
(今、被告席にいる人物の“正体”をボクは知っている。けど、それでは、“ムジュン”してしまう。
彼なはずがない。でも、彼しかありえない
じゃあ、ボクのところに来た“彼”は一体?)
「黒谷さん」
成歩堂は被告席に座っているメガネの女性に呼びかける。
「いいえ。……あなたは、一体“ダレ”ですか?」
杏里?は顔を俯かせると、メガネがきらりと逆光になり彼女の表情を隠した。
彼女が顔を上げると、片方だけを釣り上げたイヤな笑いを浮かべている。
「アタシはアタシだ」
「だから!黒谷医院に本物が居たと言っているだろうが!」
御水検事が杏理?の言葉に食ってかかる。
「誰が本物だって?」
「なに!?」
眉間に皺をよせながら、御水検事が被告人を睨みつける。
「普通に考えて、この法廷にいるアタシが本物だろ。
それに、アンタ証明できるのか?
アタシが“ニセ者”だってことを」
御水検事が答えようと口を開く。
「……できると言ったら、どうするんですか」
検事を遮って成歩堂が静かに答えた。
杏里?が言葉を発した成歩堂の方を睨みつける。
「今、なんて言ったんだ?」
「あなたが“ニセ者だと証明できる”と言ったんですよ」
「なっ!?」
成歩堂は証拠品リストからある証拠品をつきつける。
サイバンチョがそれに目を通す。
「これは“証言書”ですか?」
「岡本眼科に勤めている医療事務員の女性が証言したものです。
彼女は言っていました。
黒谷さんは“変わった視力”の持ち主だと」
「変わった視力?」
サイバンチョは首を傾げる。
「本来は、目が悪いというと遠くのモノが見えづらくなる“近視”のことを言います。
ですが、彼女の場合はその逆で近くのモノが見えづらくなる“遠視”だったのです」
「ふむ。老眼みたいなものですかな」
「少し違いますが……今は置いておきます。
さて、黒谷さん」
杏里?は緊張した面持ちで、成歩堂を睨む。
「黒谷さん。
あなたのそのメガネは特注品だと伺いました。
そのメガネ。見せてもらえませんか」
杏里?はなかなかメガネを外そうとしない。
「カカリカン」
サイバンチョの指示で、カカリカンが彼女の顔からメガネを外す。
カカリカンが試しにメガネのレンズを覗く。
「度が……ない!」
「やっぱり伊達眼鏡でしたか」
成歩堂の言葉に、杏里?は慌てて言い返す。
「そっそれが、どうした。近くのものならそこまでキケンなことはないからかける必要がないだけで……」
見苦しい言い訳を成歩堂がバッサリ切り捨てようとするのを、
「クーックックック」
背中に寒気がするような嫌な笑い声がそれを遮った。
「あっあなたは!」
「なんかおかしな奴がいると思ったら、こいつか」
法廷の扉に黒谷杏里が立っていた。
「黒谷杏里は。アタシだ。ニセモノさん」
「では、あなたが本物だと」
「あぁ、正真正銘アタシがクリニックの院長の黒谷杏里だ」
本物の杏里はコツコツと靴音を響かせながら、証言台まで歩いてきた。
「では、あれは?」
「ははっ。好都合だな」
被告席に座っていた女の喉から、低い声が出てきた。
「え」
「あんたに罪をかぶせるつもりだったんだが、真犯人が出てきたなら好都合」
「では、あなたは!」
杏里だったニセ者は勢いよく席から立ち上がる。
「あぁ、知らざぁ言って聞かせやしょう!
闇に浮かびし 紅葉がしとつ
紅き楓に 魅せられし
異形の者なり
山の大金 積まれても
手には入らぬ お宝を
この手の内に 奪いやしょう!」
バッと肩の白衣に手をかける。
白衣とメガネを宙に脱ぎ捨てると、そこに黒い装束の鬼の面の人物が現れる。
「悪党鬼風とは 俺のことだぁ!」
(やっぱり……だけど、一体どういうことなんだ?)
驚きで法廷がざわめく中、成歩堂の脳内は混乱していた。
(今ここにいる彼が本物の“鬼風”なら、僕に“依頼してきた彼”はダレだって言うんだ!)
「なにが目的で被害者に近づいたんだ!」
「私の目的はただヒトツ。“お宝”のためだ。
あの男から人形を盗むつもりだったんだよ。
そのために下調べをしている最中だったんだが、
あのじいさんが死んじまって、いやぁ焦った焦った」
カラカラと笑う鬼風。
「わざわざ近くにいた使えそうな根暗女に変装して、奴に近づいたんだが。
まさかあの女が犯人だったとは
私もついてないな」
「だっ、だが、ボディチェックは万全なはずだぞ!どうやって変装していたんだ!」
御水検事がペットボトルを叩きつけながら、問い質す。
「それで見逃してやがるんだからざまぁねえなぁ」
鬼風はやれやれと肩をすくめる。
「それじゃ、私、鬼風の犯行は無実だと証明されたわけだ。
もう出ていってもいいよな?」
「そうはいくか!指名手配犯が逃げられると思うなよ!」
「おっ奥沢警部!?」
チャン刑事が驚きで、彼の名を口にした。
どこに隠れていたのか、突如現れた奥沢警部が身を乗り出す。
「おいおい。警部さん、なんでいるんだよ」
鬼風にも想定外だったらしく、警部の登場に驚きの表情が浮かんでいた。
「藪下は歌舞伎人形シリーズの持ち主の一人だったから、密かにマークしていたんだ。
どうやら正解だったようだな。
さぁ、大人しくお縄につけ!」
「やーなこった♪」
鬼風は鬼面を外し、パチンコ玉のような赤い玉をべっと舌の上に出す。
取り出した玉を掴み床にたたきつけた。
目が眩む閃光が、その場に居た者たちの視界を封じる。
チカチカと視界が真っ白で、法廷にいる人々の目は何も見えなくなる。
「くそっ追えっ!!逃がすなっ!!」
警部が叫ぶが、鬼風はすでに姿が消えたあとだった。
~To be continued~