なんとか気合いを振り絞り、動揺を隠しつつ牙琉のファンの演技を続ける。

「けど、アタシの心はとっくに牙琉ちゃんに捕まってるよ」

茶色い猫撫で声を出しながら、うっとりと牙琉に熱い眼差しを送る。

このおばちゃんの態度を見て某ヒラヒラ検事ならば、ぬおおおおおと雄叫びをあげながら下唇をブルブル震わせて白目をむいていただろう。

しかし、粋なロックスターはそんなおばちゃんの反応にも、爽やかな微笑みを崩すことはなかった。

むしろ、余裕の笑みを浮かべたまま、顔を近づけるように前かがみになる。

その読めない表情に、鬼風は内心冷や汗をだらだら流していた。

おいおい。なんの冗談だよ。

まさか、こいつ実は超熟女趣味なんじゃ！？

「桜羽 佐久夜さん。……いや、怪盗鬼風くん」

鬼の呼吸が確実に一瞬止まった。

「なっなにいってんだい！牙琉ちゃん！あたしゃただの清掃のパート社員だよ。

そんなふざけた名前のコソ泥なんかにしないでおくれ！」

「はい。そうですかと認めはしないか。でもね、君はひとつ間違いを犯してるんだ。」

「間違いだって！？いくら大好きな牙琉ちゃんでもあたしも怒るよ！」

そんな反応にもどこ吹く風で、牙琉はさらにおばちゃんへと顔を近づけた。

「さっき君がボロキレと言った旗は、記念物でね。もし、僕のファンならすぐに反応するはず。それなのに、君はとくに反応をしめさなかった。おまけに、この旗をボロ布呼ばわり。」

「それは最近ハマったから知らなかっただけなんだよ！」

「それは通らない。なぜなら、この旗はごく最近のものだからさ。君が新参者だから知らないという理由は通らないんだよ」

「たったまたま知らなかっただけなんだよぉ。信じておくれよ。私は鬼なんたらじゃなくて長年ここの清掃員をやってる桜羽さんなんだから」

「……演技を続けるのはいいけどさ。何を言っても説得力ないよ。だって、……顔の皮めくれてるから」

「ぃっ」

鬼風は声をあげて頬に手をやってしまう。

それを見て、牙琉はニヤッと口元に笑みを浮かべる、

しまっ。

鬼風は自分の無意識の行動に、顔を青ざめさせた。

「ビンゴ！」

牙琉はパチンッと指を鳴らした。

「くっ！」

鬼風は煙玉を地面に投げて、変装の皮をはがす。

そして、鬼風は男へと姿を変える。

カチャッカチャッと手錠を外すと、牙琉のもとから駆け出す。

牙琉の前に切れ長の色男の顔が現れた。

「待て！」

「うおっ」

伸ばされた手を避けようとして、誤って壁にかかっていたフックに頬が当たる。

鬼風の頬から赤い線が浮かぶ。

「いってぇ」

切れた頬を鬼は押さえる。

「それが君の素顔かい？

泥棒にしとくのはもったいない顔立ちだ」

「ちっ！とりあえず、逃げるが勝ちっ！」

「逃がすかっ！」