「ほほう。これが例の泥棒が狙っているお宝ですか」

中年の警部―――奥沢警部は展示室のガラスケースに飾られている人形に感銘の声をあげた。

その警部を見て、中年―――ささやき美術館の館長は満足気に頷く。

「これは金山がつくりあげた作品の一つ。≪紅葉姫≫

歌舞伎の演目である紅葉狩りの更科姫をモデルに作られたと言われていましてな。

金山がつくった中でも一、二を争う作品とも呼ばれております。」

「いやぁー、すごく綺麗な人形ですね」

警部は間抜けな若い男の声に眉間に深い皺を刻む。

「ただの人形なのに、不思議な色気みたいな……」

ガラスケースに張り付いていた男のつむじに、ゴッツンと警部が拳を振り下ろす。

いでっと声をあげ、男は頭を抱えながら床に沈み込む。

「紗針 悟志(サハリ サトシ)刑事！！持ち場を離れるなと言っただろうが！！」

「ずっずびばぜん……」

紗針はプルプルと拳骨の痛みに震えている。

「紅葉姫を見てる暇があるならホテルの警備をもう一度確認してこい！」

「はっ！」

彼は勢いよく敬礼して、エレベーターへと向かう。

その途中、自分の足にひっかかり転んだ。

それを見て、奥沢は不安が胸に広がった。

「……では、私ももう一度警備の確認をしてまいります」

「どうか紅葉姫を守ってください」

館長は部下のもとへ歩いていく警部の背中に頭をさげた。

それから顔をあげ、美術館のお宝を見据える。