神様と私
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私は二宮匡貴が好きだ。
というよりは神様みたいに崇めている。
恵まれたトリオン量、個人総合2位という強さに加え端正な姿、クールな性格、正に神だ。
それに比べて私は同期入隊、同い歳なのにトリオン量が足りず早々にオペに転向して大学に通いながら中央オペレーター室勤めをしている。つまり2人はそれ程多く接点はない。
だけど遠くからあの御尊顔を拝見出来るだけで私は満足なのだ。
近付くなんてとんでもないし、ましてや話すなんて無理だ。
絶対まともに会話にならない。
好きというよう気持ちや憧れや神的存在として崇めている気持ちが強いと言っても間違いない。それでいいとずっと思っていた。
ただ、神には貢物をしたくなる。
だから彼の誕生日とバレンタインにはこっそり贈り物をする。
メッセージカードもつけないし、ましてや差出人なんて書いてない。
いつもその日誰もいないのを見計らって二宮隊の作戦室の前にそっと置くのだ。
それで充分だ。一方的に渡して、それだけでいい。
彼がその後使おうが食べようが捨てようが構わない。
神様とはそんなものだ。
でもプレゼントは毎回きちんと考えてはいる。
彼が使うかはともかく、喜んでくれそうな物をあれこれ考えるのは楽しい。
もうすぐ二宮くんの誕生日、今年はなにを上げようかと少し遅めのお昼を食べながら食堂でぼんやりしているとふいに声をかけられた。
「よお、苗字。今昼か?」
「太刀川くんも今から?」
太刀川くんも同い歳で同じ大学ということもあり、よく話をする。
というかよく課題を手伝ってくれと泣き付かれる。
太刀川くんは相変わらず力うどんと磯部餅のセットという太刀川くんの為だけにありそうなセットをお盆に載せていた。
「なあなあ苗字さー」
私の前の席に座りながらこう話し出した太刀川くんはきっとなにか頼みがあるのだろう。
「この間の課題見せてくれねぇ?」
餅をにょいんと咥えながら、いつものようにお願いされた。ほら、やっぱりそうだ。
「ホント太刀川くんさー、たまには自分でやんなよね」
なんて、そう話していた時だった。
うどんを啜っていた太刀川くんが私の後ろの方を見て「あ、二宮だ」と呟いた。
「えっ!?」
慌てて太刀川くんの視線の先を追えば、確かに二宮くんがいた。
その姿をこの目に納めることが出来るなんて、今日はなんていい日だろうか。
目の前の男にはバレないように1人心の中で拝んだ。
二宮くんはお昼に何食べたのかな、なんて想像していたら後ろから足音が近付いてきた。
「おい、太刀川」
その声に、私は思わずビクッと身体を震わせてしまった。
「おー、なんだ?」
呑気に受け答えしてる太刀川くんとは対照的に私は顔を上げることが出来ない。
すぐ側に二宮くんがいると思うだけで、動悸はしてくるし脇も手も汗でびっしょりだ。
「お前また苗字に課題頼ってんのか」
ひー!!神様が私の存在を認識している!その事実だけでもう私はいっぱいいっぱいだった。
「お前に頼ってる訳じゃないし、別にいいじゃんか」
私の心境を他所に、あっけらかんと答える太刀川くんは悪びれる様子もない。
「そういう問題じゃないだろう。おい苗字」
へっ?今私の名前呼びました?え?嘘、私の名前呼んだ!?
「えっ、は、ひゃい!!」
思わず声がひっくり返った私に二宮くんは眉間に皺を寄せながらこう言った。
「お前が甘やかすから太刀川も自分でやらないんだぞ」
「は、はい……」
二宮くんは言いたい事だけ言うと、その場をさっていった。
その背中を見送りながら太刀川くんはボソッと「こえーなー」と全く怖そうには感じてない声音で呟いた。
神様に、怒られてしまった。
その事実に、頭をゴンと机に打ち付けた。
「二宮こえーよなー、な?苗字気にすんなよ」
誰のせいで怒られたと言うのか。
しかし二宮くんの顔を近くで見れた事、声を聞けた事、私の存在を知っていた事は私を浮かれさせるには十分だった。
近くに寄ってくれた二宮くんからいい香りが漂っていた。
色んな事が綯い交ぜになって、その後はお昼ご飯はろくに喉を通らなかった。
あの食堂の一件以来、いつもにもまして頭の中は二宮くんでいっぱいになってしまってプレゼントが決められていなかった。
そんな時、廊下を歩いていると声を掛けられた。
「苗字さーん」
人好きのするこの明るい声は……
「犬飼くん」
二宮くんの部下の犬飼くんだった。
二宮くんとは対照的に愛想もよくコミュニケーション能力も高い彼は二宮隊の潤滑剤だ。
「今年もプレゼントあげるんでしょ?」
ニヤッと笑うその顔は、面白い物を見つけた子供みたいだ。
そう、唯一彼にだけは見つかってしまったのだ、私が二宮くんにプレゼントを供えているのを。
去年のバレンタインに、作戦室の前にそっと置こうとしたら丁度運悪く作戦室から犬飼くんが出てきたのだ。
もちろん頼み込んで二宮くんには伝えないように言ってある。
「なんで?名乗るくらいすればいいのに」と心底不思議そうな顔で言われたがそんなのとんでもない。
だから犬飼くんは全てを知った上でプレゼントはあげるのかと私に聞いてきてるのだ。
「もちろん、あげるよ。でも今年はなにを上げようか考えてて……」
「ふーん、じゃあ本人になにが欲しいか聞いてみたら?」
「えっ、とんでもない!なんで本人に聞くのよ!?」
「でもさあ、ほら」
と犬飼くんが指差した先にはまさかの本人がいた。
思わぬ本人登場に私は「ひぃ」と小さく息を飲んだ。
「なんだ」
二宮くんは隊服のポケットに両手を突っ込んでThe二宮くんといった出で立ちで私の後ろに立っていた。さすが神様、気配がなかった。
「いや、苗字さんが……」
「い、犬飼くん!!」
慌てて私が制止すればてへっといたずらな笑みを浮かべている。
「絶対その方が早いのに」
「絶対だめ!!」
「なにがだめなんだ」
この間からの二宮くんとのエンカウント率はなんなのだろうか。しかも2回続けて話し掛けられている。
「いえ……あの……その……」
顔はきっと真っ赤だろう。二宮くんを前にして吃る私をケラケラと笑った犬飼くんは非情にも「じゃ俺はこれで」と去っていってしまった。
一体どうしろというのだ。私もここから立ち去ってあの廊下の角の向こうから二宮くんを眺めたい。
「犬飼となんの話をしてたんだ?」
まさかそんな事を聞かれるとは思っておらず、私の口からはただ「あ……」とか「う……」といった言葉しか出てこなかった。
そんな私に二宮くんは大きくため息をつくとこちらに一歩ずいっと寄ってきた。
「言いたい事があるならはっきり言え」
それはそうだろう。目の前で意味のない言葉しか吐かない女がいたらそう言いたくもなる。
でも私にはこの距離が既にキャパオーバーだった。
「……です」
「なに?」
「ちょっともう無理です!!」
私はそれだけ辛うじて叫ぶとその場から逃走した。
本当に無理だったのだ、あんな距離にあんな美しい顔があるなんて。
いっぱいいっぱいになった私は後ろを振り返らず全力で走った。
残された二宮くんが見た事もないくらい虚をつかれた顔をしていたのは知る由もなかった。
逃走してからはたと気づいた。
めちゃくちゃ失礼な事をしたのではないかと。
いきなり無理ですと叫んで逃げ出すなんて……きっと怒っているかもしれない。
しかし謝りに行く事も出来ず、ただ私は時間が過ぎていくのを見る事しか出来なかった。
そうして迎えた二宮くんの誕生日。
プレゼントは迷いに迷った末用意はしたが、今年で終わりにしようと決めた。
神とも思う相手に失礼な態度を取ってしまったのだ、好きでいる資格などない。
よし!部屋の前に置いたら二宮くんへのこの想いもキッパリ忘れよう。
そう決意して二宮隊の作戦室の前へと立つ。
入念に辺りを見回して誰もいないことを確認してそっとプレゼントを置いて、なんとなく今までの習慣でプレゼントに向かって目をつぶって手を合わせる。
完全にお供え物扱いではあるが、気持ちは同じだ。
好きな人にただ喜んでもらえたら、それだけで見返りなどいらないと思っている。
「今までありがとうございました。失礼な態度を取って申し訳ありませんでした。さようなら」
そう呟いて目を開いた時だった。
二宮隊の作戦室の扉が開いて、二宮くんが出てきた。
作戦室の前にしゃがんでいる私とばっちり目があい、そうして時が止まった。
お互い見つめたまま固まっている。
先に沈黙を破ったのは二宮くんだった。
「そこでなにをしている」と至極当たり前の疑問を口にした。
それはそうだろう。
自分の作戦室の前でなにかの紙袋に向かって拝む不審な女。
その女は数日前に「無理です」と言い捨てて逃亡した失礼な女である。
「えっと、いや、その……」
しどろもどろになって慌てて立ち上がった私から足元の紙袋に二宮くんは視線を移した。
「それはなんだ」
「うっ、あ、これは……」
なんて伝えればいいのだろうか。馬鹿正直にあなたへの誕生日プレゼントですというべきだろうか。
拾ったから届けたというのは無理があるだろうか。
しかしいつまでも廊下に直置きしている事が気になってさっと紙袋を取って二宮くんへと押し付けた。
「あ、あげますっ!!」
それだけ言って私はその場を逃走しようとしたのだが、今回はそうもいかなかった。
走り出しそうとした瞬間、くんっと身体が後ろへと引っ張られる。
恐る恐る振り返れば二宮くんが私の手を掴んでいた。
二宮くんが、私の手を、掴んでいる。
その事実は私を固まらせるのに十分だった。
紙袋をしげしげと見ていた二宮くんは何かに思い至ったようで私を見た。
「苗字お前だったのか、毎年名前も書かずに置いていってたのは」
バレてしまった。顔から血の気が引いていくのを感じる。
どうしよう、どうしよう、バレてしまった。
その事だけが頭の中を占領する。
冷や汗をダラダラ掻きながら固まる私にかけた二宮くんの言葉はまた私の思考を止めるのに十分な効果を持っていた。
「ちょっと付き合え」
はい?なんですって?
そうして気がつけば、私は二宮くんと焼肉屋に来ていたのだ。
辺りは肉を焼くいい匂いで充満している。
目の前では私の好きな人が黙って網で肉を焼いていた。
何故こんな事に……。
私は焼かれている肉を見つめながら考えた。
二宮くんが焼けたお肉を私のお皿にどんどん載せていく。
しかしとてもじゃないが喉を通りそうもない。
神とも崇める好きな相手が目の前にいるのだ。焼肉は好きとは言え飲み込めない。
「なんだ食べないのか」
お肉に手をつけない私を不思議に思ったのか手を止めてこちらを見ている。
今日は二宮くんのお誕生日なのだ。
きっと自分の誕生日は自分の好きな物を食べたいから来たのだろう。
たまたま焼肉屋に行く所に同級生の不審な女が立っていたから声を掛けてくれたに違いない。
そんな二宮くんの気持ちは無碍には出来ない。
「い、いただきます……」
意を決してお肉に箸を伸ばす。
その様子を見ていた二宮くんは満足そうな顔をして自分もお肉を食べ出した。
機械的に飲み込むお肉は全然味がしないし、緊張し過ぎて味わう事どころではない。
元々二宮くんはおしゃべりではないし、私はそもそも二宮くん相手に話はまともにできない。
2人で黙々と焼肉を食べる不思議な誕生日の夜となっている。
あらかた食事が終わった頃、沈黙に耐えかねて私は恐る恐る聞いてみた。
「あの……なんで、私と……?」
すると二宮くんはさも当然という顔でこう言ったのだ。
「今までの礼だ」
礼?礼ってなんの?思わずぽかんと口が開いてしまった。
「今までの誕生日とバレンタインの礼だ」
わからないといった顔をしていた私のために二宮くんが補足してくれたが、それよりも私は今までのプレゼントが全て私だったという事が分かってしまったのが謎だった。
するとまたしても私の考えを読み取ったのか溜息を1つついた二宮くんが続けた。
「他にあんな事をするやつはいない」
うっ、と思わず息が詰まった。
それはそうかもしれない。あんな奇行をするのは自分位のものだと薄々気付いてはいた。
そうして、はたと気付いた。
今日二宮くんはお誕生日だし、一緒に食事までしたのになにも言わないのは失礼ではないかと。
「あの、二宮くん……お誕生日おめでとうございます」
その言葉に二宮くんは目を丸くした。
二宮くんってこんな顔も出来るんだな、というのが正直な感想だ。
3年も彼を見ていたが初めて見る表情だった。
「今日はご飯連れてきてもらってありがとう。あの今後はもうご迷惑をおかけするような事はないように……」
「何の話だ?」
「あ、えーとプレゼント上げたりとか、あの私二宮くんと話すと緊張しちゃって……失礼な事したり言ったりしちゃうからなるべく近付かないように……」
「迷惑だなとど言ってないが」
私の言葉に被せるようにそう言っている二宮くんは少し怒っているようにも見える。
やっぱり迷惑なのでは?焦る私に二宮くんはびっくりするような事を告げた。
「それにまだ礼は返し終わってない」
「へ?でも、今日……」
「今日は一番最初にもらった物の分だ」
二宮くんは一体なにを言っているのか。今日の焼肉は今までのプレゼントの総合的なお礼ではなかったのか。
「あと6回分礼は残ってる。行きたい場所を考えておけ」
あと6回?行きたい場所?
呆然とする私と、それを見て満足そうにする二宮くん。
一体なにが起こっているのか。
答えを知る事になるのは、6回目に2人で出掛けた時になる。
今はただ、混乱するのみだ。
二宮くんへの想いは今日ですっぱり諦めようと思っていたのに、その日はもう少し先どころか一生来る事はないとはこの時の私は思いもよらなかった。
神様から恋人へと変わるなんて思うわけないのだ。
というよりは神様みたいに崇めている。
恵まれたトリオン量、個人総合2位という強さに加え端正な姿、クールな性格、正に神だ。
それに比べて私は同期入隊、同い歳なのにトリオン量が足りず早々にオペに転向して大学に通いながら中央オペレーター室勤めをしている。つまり2人はそれ程多く接点はない。
だけど遠くからあの御尊顔を拝見出来るだけで私は満足なのだ。
近付くなんてとんでもないし、ましてや話すなんて無理だ。
絶対まともに会話にならない。
好きというよう気持ちや憧れや神的存在として崇めている気持ちが強いと言っても間違いない。それでいいとずっと思っていた。
ただ、神には貢物をしたくなる。
だから彼の誕生日とバレンタインにはこっそり贈り物をする。
メッセージカードもつけないし、ましてや差出人なんて書いてない。
いつもその日誰もいないのを見計らって二宮隊の作戦室の前にそっと置くのだ。
それで充分だ。一方的に渡して、それだけでいい。
彼がその後使おうが食べようが捨てようが構わない。
神様とはそんなものだ。
でもプレゼントは毎回きちんと考えてはいる。
彼が使うかはともかく、喜んでくれそうな物をあれこれ考えるのは楽しい。
もうすぐ二宮くんの誕生日、今年はなにを上げようかと少し遅めのお昼を食べながら食堂でぼんやりしているとふいに声をかけられた。
「よお、苗字。今昼か?」
「太刀川くんも今から?」
太刀川くんも同い歳で同じ大学ということもあり、よく話をする。
というかよく課題を手伝ってくれと泣き付かれる。
太刀川くんは相変わらず力うどんと磯部餅のセットという太刀川くんの為だけにありそうなセットをお盆に載せていた。
「なあなあ苗字さー」
私の前の席に座りながらこう話し出した太刀川くんはきっとなにか頼みがあるのだろう。
「この間の課題見せてくれねぇ?」
餅をにょいんと咥えながら、いつものようにお願いされた。ほら、やっぱりそうだ。
「ホント太刀川くんさー、たまには自分でやんなよね」
なんて、そう話していた時だった。
うどんを啜っていた太刀川くんが私の後ろの方を見て「あ、二宮だ」と呟いた。
「えっ!?」
慌てて太刀川くんの視線の先を追えば、確かに二宮くんがいた。
その姿をこの目に納めることが出来るなんて、今日はなんていい日だろうか。
目の前の男にはバレないように1人心の中で拝んだ。
二宮くんはお昼に何食べたのかな、なんて想像していたら後ろから足音が近付いてきた。
「おい、太刀川」
その声に、私は思わずビクッと身体を震わせてしまった。
「おー、なんだ?」
呑気に受け答えしてる太刀川くんとは対照的に私は顔を上げることが出来ない。
すぐ側に二宮くんがいると思うだけで、動悸はしてくるし脇も手も汗でびっしょりだ。
「お前また苗字に課題頼ってんのか」
ひー!!神様が私の存在を認識している!その事実だけでもう私はいっぱいいっぱいだった。
「お前に頼ってる訳じゃないし、別にいいじゃんか」
私の心境を他所に、あっけらかんと答える太刀川くんは悪びれる様子もない。
「そういう問題じゃないだろう。おい苗字」
へっ?今私の名前呼びました?え?嘘、私の名前呼んだ!?
「えっ、は、ひゃい!!」
思わず声がひっくり返った私に二宮くんは眉間に皺を寄せながらこう言った。
「お前が甘やかすから太刀川も自分でやらないんだぞ」
「は、はい……」
二宮くんは言いたい事だけ言うと、その場をさっていった。
その背中を見送りながら太刀川くんはボソッと「こえーなー」と全く怖そうには感じてない声音で呟いた。
神様に、怒られてしまった。
その事実に、頭をゴンと机に打ち付けた。
「二宮こえーよなー、な?苗字気にすんなよ」
誰のせいで怒られたと言うのか。
しかし二宮くんの顔を近くで見れた事、声を聞けた事、私の存在を知っていた事は私を浮かれさせるには十分だった。
近くに寄ってくれた二宮くんからいい香りが漂っていた。
色んな事が綯い交ぜになって、その後はお昼ご飯はろくに喉を通らなかった。
あの食堂の一件以来、いつもにもまして頭の中は二宮くんでいっぱいになってしまってプレゼントが決められていなかった。
そんな時、廊下を歩いていると声を掛けられた。
「苗字さーん」
人好きのするこの明るい声は……
「犬飼くん」
二宮くんの部下の犬飼くんだった。
二宮くんとは対照的に愛想もよくコミュニケーション能力も高い彼は二宮隊の潤滑剤だ。
「今年もプレゼントあげるんでしょ?」
ニヤッと笑うその顔は、面白い物を見つけた子供みたいだ。
そう、唯一彼にだけは見つかってしまったのだ、私が二宮くんにプレゼントを供えているのを。
去年のバレンタインに、作戦室の前にそっと置こうとしたら丁度運悪く作戦室から犬飼くんが出てきたのだ。
もちろん頼み込んで二宮くんには伝えないように言ってある。
「なんで?名乗るくらいすればいいのに」と心底不思議そうな顔で言われたがそんなのとんでもない。
だから犬飼くんは全てを知った上でプレゼントはあげるのかと私に聞いてきてるのだ。
「もちろん、あげるよ。でも今年はなにを上げようか考えてて……」
「ふーん、じゃあ本人になにが欲しいか聞いてみたら?」
「えっ、とんでもない!なんで本人に聞くのよ!?」
「でもさあ、ほら」
と犬飼くんが指差した先にはまさかの本人がいた。
思わぬ本人登場に私は「ひぃ」と小さく息を飲んだ。
「なんだ」
二宮くんは隊服のポケットに両手を突っ込んでThe二宮くんといった出で立ちで私の後ろに立っていた。さすが神様、気配がなかった。
「いや、苗字さんが……」
「い、犬飼くん!!」
慌てて私が制止すればてへっといたずらな笑みを浮かべている。
「絶対その方が早いのに」
「絶対だめ!!」
「なにがだめなんだ」
この間からの二宮くんとのエンカウント率はなんなのだろうか。しかも2回続けて話し掛けられている。
「いえ……あの……その……」
顔はきっと真っ赤だろう。二宮くんを前にして吃る私をケラケラと笑った犬飼くんは非情にも「じゃ俺はこれで」と去っていってしまった。
一体どうしろというのだ。私もここから立ち去ってあの廊下の角の向こうから二宮くんを眺めたい。
「犬飼となんの話をしてたんだ?」
まさかそんな事を聞かれるとは思っておらず、私の口からはただ「あ……」とか「う……」といった言葉しか出てこなかった。
そんな私に二宮くんは大きくため息をつくとこちらに一歩ずいっと寄ってきた。
「言いたい事があるならはっきり言え」
それはそうだろう。目の前で意味のない言葉しか吐かない女がいたらそう言いたくもなる。
でも私にはこの距離が既にキャパオーバーだった。
「……です」
「なに?」
「ちょっともう無理です!!」
私はそれだけ辛うじて叫ぶとその場から逃走した。
本当に無理だったのだ、あんな距離にあんな美しい顔があるなんて。
いっぱいいっぱいになった私は後ろを振り返らず全力で走った。
残された二宮くんが見た事もないくらい虚をつかれた顔をしていたのは知る由もなかった。
逃走してからはたと気づいた。
めちゃくちゃ失礼な事をしたのではないかと。
いきなり無理ですと叫んで逃げ出すなんて……きっと怒っているかもしれない。
しかし謝りに行く事も出来ず、ただ私は時間が過ぎていくのを見る事しか出来なかった。
そうして迎えた二宮くんの誕生日。
プレゼントは迷いに迷った末用意はしたが、今年で終わりにしようと決めた。
神とも思う相手に失礼な態度を取ってしまったのだ、好きでいる資格などない。
よし!部屋の前に置いたら二宮くんへのこの想いもキッパリ忘れよう。
そう決意して二宮隊の作戦室の前へと立つ。
入念に辺りを見回して誰もいないことを確認してそっとプレゼントを置いて、なんとなく今までの習慣でプレゼントに向かって目をつぶって手を合わせる。
完全にお供え物扱いではあるが、気持ちは同じだ。
好きな人にただ喜んでもらえたら、それだけで見返りなどいらないと思っている。
「今までありがとうございました。失礼な態度を取って申し訳ありませんでした。さようなら」
そう呟いて目を開いた時だった。
二宮隊の作戦室の扉が開いて、二宮くんが出てきた。
作戦室の前にしゃがんでいる私とばっちり目があい、そうして時が止まった。
お互い見つめたまま固まっている。
先に沈黙を破ったのは二宮くんだった。
「そこでなにをしている」と至極当たり前の疑問を口にした。
それはそうだろう。
自分の作戦室の前でなにかの紙袋に向かって拝む不審な女。
その女は数日前に「無理です」と言い捨てて逃亡した失礼な女である。
「えっと、いや、その……」
しどろもどろになって慌てて立ち上がった私から足元の紙袋に二宮くんは視線を移した。
「それはなんだ」
「うっ、あ、これは……」
なんて伝えればいいのだろうか。馬鹿正直にあなたへの誕生日プレゼントですというべきだろうか。
拾ったから届けたというのは無理があるだろうか。
しかしいつまでも廊下に直置きしている事が気になってさっと紙袋を取って二宮くんへと押し付けた。
「あ、あげますっ!!」
それだけ言って私はその場を逃走しようとしたのだが、今回はそうもいかなかった。
走り出しそうとした瞬間、くんっと身体が後ろへと引っ張られる。
恐る恐る振り返れば二宮くんが私の手を掴んでいた。
二宮くんが、私の手を、掴んでいる。
その事実は私を固まらせるのに十分だった。
紙袋をしげしげと見ていた二宮くんは何かに思い至ったようで私を見た。
「苗字お前だったのか、毎年名前も書かずに置いていってたのは」
バレてしまった。顔から血の気が引いていくのを感じる。
どうしよう、どうしよう、バレてしまった。
その事だけが頭の中を占領する。
冷や汗をダラダラ掻きながら固まる私にかけた二宮くんの言葉はまた私の思考を止めるのに十分な効果を持っていた。
「ちょっと付き合え」
はい?なんですって?
そうして気がつけば、私は二宮くんと焼肉屋に来ていたのだ。
辺りは肉を焼くいい匂いで充満している。
目の前では私の好きな人が黙って網で肉を焼いていた。
何故こんな事に……。
私は焼かれている肉を見つめながら考えた。
二宮くんが焼けたお肉を私のお皿にどんどん載せていく。
しかしとてもじゃないが喉を通りそうもない。
神とも崇める好きな相手が目の前にいるのだ。焼肉は好きとは言え飲み込めない。
「なんだ食べないのか」
お肉に手をつけない私を不思議に思ったのか手を止めてこちらを見ている。
今日は二宮くんのお誕生日なのだ。
きっと自分の誕生日は自分の好きな物を食べたいから来たのだろう。
たまたま焼肉屋に行く所に同級生の不審な女が立っていたから声を掛けてくれたに違いない。
そんな二宮くんの気持ちは無碍には出来ない。
「い、いただきます……」
意を決してお肉に箸を伸ばす。
その様子を見ていた二宮くんは満足そうな顔をして自分もお肉を食べ出した。
機械的に飲み込むお肉は全然味がしないし、緊張し過ぎて味わう事どころではない。
元々二宮くんはおしゃべりではないし、私はそもそも二宮くん相手に話はまともにできない。
2人で黙々と焼肉を食べる不思議な誕生日の夜となっている。
あらかた食事が終わった頃、沈黙に耐えかねて私は恐る恐る聞いてみた。
「あの……なんで、私と……?」
すると二宮くんはさも当然という顔でこう言ったのだ。
「今までの礼だ」
礼?礼ってなんの?思わずぽかんと口が開いてしまった。
「今までの誕生日とバレンタインの礼だ」
わからないといった顔をしていた私のために二宮くんが補足してくれたが、それよりも私は今までのプレゼントが全て私だったという事が分かってしまったのが謎だった。
するとまたしても私の考えを読み取ったのか溜息を1つついた二宮くんが続けた。
「他にあんな事をするやつはいない」
うっ、と思わず息が詰まった。
それはそうかもしれない。あんな奇行をするのは自分位のものだと薄々気付いてはいた。
そうして、はたと気付いた。
今日二宮くんはお誕生日だし、一緒に食事までしたのになにも言わないのは失礼ではないかと。
「あの、二宮くん……お誕生日おめでとうございます」
その言葉に二宮くんは目を丸くした。
二宮くんってこんな顔も出来るんだな、というのが正直な感想だ。
3年も彼を見ていたが初めて見る表情だった。
「今日はご飯連れてきてもらってありがとう。あの今後はもうご迷惑をおかけするような事はないように……」
「何の話だ?」
「あ、えーとプレゼント上げたりとか、あの私二宮くんと話すと緊張しちゃって……失礼な事したり言ったりしちゃうからなるべく近付かないように……」
「迷惑だなとど言ってないが」
私の言葉に被せるようにそう言っている二宮くんは少し怒っているようにも見える。
やっぱり迷惑なのでは?焦る私に二宮くんはびっくりするような事を告げた。
「それにまだ礼は返し終わってない」
「へ?でも、今日……」
「今日は一番最初にもらった物の分だ」
二宮くんは一体なにを言っているのか。今日の焼肉は今までのプレゼントの総合的なお礼ではなかったのか。
「あと6回分礼は残ってる。行きたい場所を考えておけ」
あと6回?行きたい場所?
呆然とする私と、それを見て満足そうにする二宮くん。
一体なにが起こっているのか。
答えを知る事になるのは、6回目に2人で出掛けた時になる。
今はただ、混乱するのみだ。
二宮くんへの想いは今日ですっぱり諦めようと思っていたのに、その日はもう少し先どころか一生来る事はないとはこの時の私は思いもよらなかった。
神様から恋人へと変わるなんて思うわけないのだ。
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