欲しい物/太刀川
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大学の食堂。外はカンカンに日が照っていて眩しい。窓辺はブラインドを下げていても外の暑さが伝わるのか座っている人が少ない。
そもそももう夏休み直前で大学自体に来ている人が少ないのかもしれない。
そんな食堂で暑さも気にせず窓際のテーブルで1人暖かいうどんを啜っている男がいる。
「太刀川~」
呼びかけるとうどんを口に咥えたままの顔で「よっ」とばかりに片手を上げて答えた。せめて飲み込んでからにしなさいよ。
向かいの席の椅子を引く私を見ながらうどんを飲み込むボーダー隊員A級1位の髭面男は私のボーダー同期権大学の同級生でもある。
「なんだよ、この間借りたレポートならまだ移し終わってないぞ」
またうどんをズルズル啜りながら話している。汁飛んで来そうだからやめて。
「レポート提出3日後なんだから早く返して。じゃなくてそれじゃない」
「んじゃなんだ?」
今度は付け合せのコロッケを齧りながら聞いてくる。
「今月末太刀川誕生日でしょ?なんか欲しいものある?」
するとちょっとだけ驚いた顔でこちらを見てきた。
「なんか欲しい物?なんでもいいのか?」
不思議な格子状の瞳がキラキラと期待に輝いている。
「いや、なんでもは無理だけど参考までに聞かせて」
私の答えに太刀川はちょっと不服そうに口を突き出した。
「なんだよーそうだな、じゃあ単位!」
「却下!次」
私は光の速さで回答した。
「ちぇっ、じゃあ餅」
「いつでも食べてるでしょ、次」
「うーん、じゃうどん」
「今食べてるよね?次コロッケって言わないでね」
先手を打って答えた私に太刀川はますます不満げだ。
「そしたら別に俺ないぞ、欲しい物なんて」
「なんかないの?興味あるものとか食べ物以外で好きな物とか」
うどんの汁をゴクゴク飲み干していた太刀川にダメ押しで聞いてみる。
うどんの器をガチャリと置いた太刀川はうーんと唸って腕を組んだ。
「ない事もないんだけどなー……」
と私の方をチラリと伺う。なんだろう、その目は。
そこで私は閃いた。
「あ!そうだ!ランク戦!ランク戦は!?太刀川ランク戦好きでしょ!?」
私は名案とばかりに立ち上がって太刀川の方に身を乗り出す。そんな勢いにさすがの太刀川も驚いたらしい。落ち着けとばかりに両手を体の前に出す。
「いや確かにランク戦は好きだけどよ、お前が相手してくれるって事?」
「違うよ!みんなで太刀川に順番で挑むの!そしたら太刀川思う存分戦えるでしょ?攻撃手総出でやろう!」
「はあ?いや、そりゃ楽しそうだけどさ……」
「いいじゃんいいじゃん!私いい事思いついたじゃーん!トーナメントじゃ太刀川最後しか出番ないから総当り戦でいいよね?さながら太刀川杯ってか?あ、いいじゃーん決まり!」
妙案が浮かんではしゃぐ私に
「俺が欲しいのはそういうものじゃないんだけどなー……」とぼやいた太刀川の声は届かなかった。
「太刀川杯?なんだそれは」
私の思いついた企画を風間さんに話したら思いっきり顔を顰めて聞き返されてしまった。そんな顔しなくてもいいじゃないですか。
「ですから、太刀川のお誕生日お祝い企画でみんなと太刀川でランク戦って事で!風間さんもぜひ参加して下さいよ!任務の合間を縫って!5本でいいですから!」
私の勢いに気圧されたのかひとつため息をつくと風間さんは「わかった」とだけ答えて去っていった。その背に「その日の任務の時間教えてくださいねー!試合の時間調整するんでー!」と声を掛けた。
その後も私はありとあらゆる攻撃主に声を掛け参加者を募った。なかなかの参加者数だ。でも参加して欲しい一番大事な相手がいる。
「じーんーくーん!」
本部にふらっと顔を出した時を逃さず太刀川のライバルでもある迅に声を掛ける。
「おっと、来ましたね」
「うふふ、どうせもうSEで分かってるんでしょ?もちろん参加してくれるよね?太刀川杯」
「あなたの頼みとあらば参加しますよ、もちろん」
快い返事に浮かれた私に迅は意味深な顔で
「うまくいくといいね」と声を掛けたようだけど私はウキウキと太刀川杯の事を考えていて耳には届かなかった。
そんな私達を見ていた男達がいた。風間さんと太刀川だった。
「ずいぶんと大事になってるみたいだがいいのか」
「んまぁ、楽しそうなんでいいですかねー」
「そんなんでいいのか、お前」
「いやまあ俺もランク戦思う存分出来るのは楽しいですけどね」
風間さんは大きなため息をつくしかなかったようだ。
太刀川杯当日。
個人ランク戦のブースには大勢の人が詰め掛けていた。大半は単なる見物のC級隊員達だが任務に入っている隊以外はほとんど来ているのではないだろうか。これも宣伝しまくった私のお陰だ。
ちなみに上層部にはきちんと許可を取った。忍田さんに頭を抱えられた事は内緒だけれど。
「えー、本日お集まりいただきました皆様!いよいよこの日がやってまいりました!太刀川慶による太刀川慶の為の太刀川杯開幕でーす!」
防衛任務との兼ね合いでまずは風間さんとのランク戦で始まった太刀川杯。
辻くん影浦くん、米屋くんにとみんな都合をつけて集まってくれた。
途中で現れた迅との勝負は白熱したいい試合だったし、シークレットゲストとして忍田さんに呼んだらさすがの太刀川も驚いていたし久々の師匠との戦いに喜んでいた。
私は進行表を確認しつつ見たそれぞれの試合。どれも太刀川は心のそこから楽しそうだ。
普段そこら辺で餅を食べてる姿からは想像もつかないくらい生き生きとした表情。こうして戦う姿はちょっぴりカッコイイとは思う。思うけど、普段の姿があんまりにもあんまりだから意識した事は、ない。
それでもあんな風に楽しそうにしている姿を見れたのなら開催して良かったな、とそんな風に思った。
「いやー楽しかったね!太刀川杯!来年もやっちゃう?」
全員の戦いが終わり達成感いっぱいの爽快な気分で太刀川にそう話しかけたらニヤッと笑った太刀川がいた。
「まだ残ってるだろ?」
「え?あ!お誕生日おめでとう!って言って欲しかった?違うの?全員参加者は出たけど……」
進行表目を落とした私に太刀川はケロッとした声で告げる。
「お前だよ」
「へっ?」
進行表からノロノロと顔を上げた私に太刀川は続けた。
「お前も攻撃主だろうが。5本勝負でいいぞ。ほら行くぞ」
そういうと太刀川はブースへと入っていく。ギャラリーはまだ大勢いてなんだなんだとこちらを見ている。いきなりの展開に驚いたが確かに私も攻撃主だ。太刀川とは最近やっていなかったがやるからには本気でやらなければ!正直私はいままで太刀川に勝ち越した事はない。それでも断る理由もないので私はブースへ向かった。
ブースに入り設定しようとすると太刀川の声がスピーカーから聞こえた。
『お前との勝負には特別な賞品つけようぜ』
『いいけど、どんな?』
『負けた方が勝った方に欲しい物をやる』
『えーいやなんだけど。ていうか私分が悪過ぎない?』
『いいだろ、俺誕生日なんだし』
『わかったよ、仕方ないな』
『よし、お前も何して欲しいか考えておけよ』
そこで会話は終わり私は仮想空間に転送された。
孤月を構えた太刀川が距離を置いてこちらに向き合っている。もう普段のヘラヘラした太刀川はいない。それにちょっとドキリとした。今までだって何回も剣を合わせたはずなのに。
「ねえ、そういや私からの誕生日プレゼントってこのランク戦なんだけどなんで負けたらなんかしなきゃいけないの?」
一応揺さぶりをかけてみた。
「何言ってんだよ、ランク戦はみんなからの俺の誕生日のお祝いだろ?俺はお前から貰いたいんだよ」
「はぁ!?なんなのよそれ、何言っての?」
「俺が勝ったら欲しい物貰うからな」
「よくわからないけど、ぜっっったい負けない!!」
私はスコーピオンを構えて太刀川に向かって踏み出した。
勝ち越した事はないが、一本一本では勝った事はある。なにせボーダーに入った時からずっとこの男とランク戦をしてきたのだ。動きの癖などはもう熟知している。太刀川は今日トータル何戦してきたのか。いくらトリオン体とはいえ疲れも溜まっているだろう。ならばチャンスはある。
そう読んだ通りなかなかいい勝負になった。お互い2本ずつ取り、ラストの1本となった。
もちろんお互い後がないので勝負はいい感じに拮抗していた。
打ち合いの最中不意に私は疑問に思った事を聞いた。
「欲しい物ってなに?」
「なんだと思う?」ニィっと太刀川は笑っている。
「もったいぶってないで教えなさいよ!」
その時だった。太刀川が急に距離を詰めてきた。そんな事はお見通しで私はガードをする。これを待っていたのだ。チャンスだ。
そう思ったのに距離を詰めた太刀川に耳元で囁かれた言葉に動揺した。
「欲しいのはお前」
「えっ!?」と思った時には私の身体に孤月が突き刺さっていた。
気がついたらブースの緊急脱出マットの上にいた。
太刀川はなんと言った?欲しいのはお前?私って事?ぼんやり天井をみつめ考えてみる。考えてみても単純な私はあんな時に言うの、卑怯じゃない!?という結論に至った。
もちろんあんな時に聞いた自分の事は棚に上げた。
勢い良くブースから飛び出すとそこに待っていたのは勝利してニヤニヤ私を待ち構えている太刀川だった。もちろん周りには先程からのギャラリー達が私達を見ている。とは言ってもブースに入ってからの会話は一切周りには聞かれていない。
ただ5本勝負の冒頭になにやら2人で話していたのと、最後の勝負で組み合った時に私が急にぽかんとした瞬間やられた事しかわかっていないはずだ。
ニヤニヤこちらを見下ろす太刀川を見ていたらますます怒りが湧いてくる。
「ちょっと太刀川!!あんなの卑怯よっ!!」
周りは私の剣幕にポカーンとしている。太刀川は変わらずニヤニヤとしている。
「お前が聞いたから答えただけだろ」
「だからってねぇ!」
「約束は約束だからな。もらうぜ」
そう言って私に近付いてきたかと思うと私の後頭部をその大きな手で押さえて上を向かせ私の唇を自身の唇で塞いできた。
固まる私と観衆たちを他所に、満足した太刀川は私をひょいっと肩に米袋のように担ぐと
「じゃ!賞品だからもらっていくわ。みんなもありがとうなー」と手を振りながらその場を後にする。
固まっていた私がはっと我に返り
「ちょ、なっ!太刀川!下ろせ!どこに連れていく気よ!下ろしてー!」
と暴れたが、あはは暴れると落ちるぞーと何処吹く風で私を抱えたまま歩いていった。
後に残された観衆たちはお互い顔を見合わせただただ私達を見送っていた。
「おい迅、お前この未来見えてたんだろ」
「見えてましたよ、まああの2人らしくていいかなって」
「残された俺たちの身にもなれ」
あははと乾いた笑いを返した迅と風間さんがいたとかいなかったとか……。
そもそももう夏休み直前で大学自体に来ている人が少ないのかもしれない。
そんな食堂で暑さも気にせず窓際のテーブルで1人暖かいうどんを啜っている男がいる。
「太刀川~」
呼びかけるとうどんを口に咥えたままの顔で「よっ」とばかりに片手を上げて答えた。せめて飲み込んでからにしなさいよ。
向かいの席の椅子を引く私を見ながらうどんを飲み込むボーダー隊員A級1位の髭面男は私のボーダー同期権大学の同級生でもある。
「なんだよ、この間借りたレポートならまだ移し終わってないぞ」
またうどんをズルズル啜りながら話している。汁飛んで来そうだからやめて。
「レポート提出3日後なんだから早く返して。じゃなくてそれじゃない」
「んじゃなんだ?」
今度は付け合せのコロッケを齧りながら聞いてくる。
「今月末太刀川誕生日でしょ?なんか欲しいものある?」
するとちょっとだけ驚いた顔でこちらを見てきた。
「なんか欲しい物?なんでもいいのか?」
不思議な格子状の瞳がキラキラと期待に輝いている。
「いや、なんでもは無理だけど参考までに聞かせて」
私の答えに太刀川はちょっと不服そうに口を突き出した。
「なんだよーそうだな、じゃあ単位!」
「却下!次」
私は光の速さで回答した。
「ちぇっ、じゃあ餅」
「いつでも食べてるでしょ、次」
「うーん、じゃうどん」
「今食べてるよね?次コロッケって言わないでね」
先手を打って答えた私に太刀川はますます不満げだ。
「そしたら別に俺ないぞ、欲しい物なんて」
「なんかないの?興味あるものとか食べ物以外で好きな物とか」
うどんの汁をゴクゴク飲み干していた太刀川にダメ押しで聞いてみる。
うどんの器をガチャリと置いた太刀川はうーんと唸って腕を組んだ。
「ない事もないんだけどなー……」
と私の方をチラリと伺う。なんだろう、その目は。
そこで私は閃いた。
「あ!そうだ!ランク戦!ランク戦は!?太刀川ランク戦好きでしょ!?」
私は名案とばかりに立ち上がって太刀川の方に身を乗り出す。そんな勢いにさすがの太刀川も驚いたらしい。落ち着けとばかりに両手を体の前に出す。
「いや確かにランク戦は好きだけどよ、お前が相手してくれるって事?」
「違うよ!みんなで太刀川に順番で挑むの!そしたら太刀川思う存分戦えるでしょ?攻撃手総出でやろう!」
「はあ?いや、そりゃ楽しそうだけどさ……」
「いいじゃんいいじゃん!私いい事思いついたじゃーん!トーナメントじゃ太刀川最後しか出番ないから総当り戦でいいよね?さながら太刀川杯ってか?あ、いいじゃーん決まり!」
妙案が浮かんではしゃぐ私に
「俺が欲しいのはそういうものじゃないんだけどなー……」とぼやいた太刀川の声は届かなかった。
「太刀川杯?なんだそれは」
私の思いついた企画を風間さんに話したら思いっきり顔を顰めて聞き返されてしまった。そんな顔しなくてもいいじゃないですか。
「ですから、太刀川のお誕生日お祝い企画でみんなと太刀川でランク戦って事で!風間さんもぜひ参加して下さいよ!任務の合間を縫って!5本でいいですから!」
私の勢いに気圧されたのかひとつため息をつくと風間さんは「わかった」とだけ答えて去っていった。その背に「その日の任務の時間教えてくださいねー!試合の時間調整するんでー!」と声を掛けた。
その後も私はありとあらゆる攻撃主に声を掛け参加者を募った。なかなかの参加者数だ。でも参加して欲しい一番大事な相手がいる。
「じーんーくーん!」
本部にふらっと顔を出した時を逃さず太刀川のライバルでもある迅に声を掛ける。
「おっと、来ましたね」
「うふふ、どうせもうSEで分かってるんでしょ?もちろん参加してくれるよね?太刀川杯」
「あなたの頼みとあらば参加しますよ、もちろん」
快い返事に浮かれた私に迅は意味深な顔で
「うまくいくといいね」と声を掛けたようだけど私はウキウキと太刀川杯の事を考えていて耳には届かなかった。
そんな私達を見ていた男達がいた。風間さんと太刀川だった。
「ずいぶんと大事になってるみたいだがいいのか」
「んまぁ、楽しそうなんでいいですかねー」
「そんなんでいいのか、お前」
「いやまあ俺もランク戦思う存分出来るのは楽しいですけどね」
風間さんは大きなため息をつくしかなかったようだ。
太刀川杯当日。
個人ランク戦のブースには大勢の人が詰め掛けていた。大半は単なる見物のC級隊員達だが任務に入っている隊以外はほとんど来ているのではないだろうか。これも宣伝しまくった私のお陰だ。
ちなみに上層部にはきちんと許可を取った。忍田さんに頭を抱えられた事は内緒だけれど。
「えー、本日お集まりいただきました皆様!いよいよこの日がやってまいりました!太刀川慶による太刀川慶の為の太刀川杯開幕でーす!」
防衛任務との兼ね合いでまずは風間さんとのランク戦で始まった太刀川杯。
辻くん影浦くん、米屋くんにとみんな都合をつけて集まってくれた。
途中で現れた迅との勝負は白熱したいい試合だったし、シークレットゲストとして忍田さんに呼んだらさすがの太刀川も驚いていたし久々の師匠との戦いに喜んでいた。
私は進行表を確認しつつ見たそれぞれの試合。どれも太刀川は心のそこから楽しそうだ。
普段そこら辺で餅を食べてる姿からは想像もつかないくらい生き生きとした表情。こうして戦う姿はちょっぴりカッコイイとは思う。思うけど、普段の姿があんまりにもあんまりだから意識した事は、ない。
それでもあんな風に楽しそうにしている姿を見れたのなら開催して良かったな、とそんな風に思った。
「いやー楽しかったね!太刀川杯!来年もやっちゃう?」
全員の戦いが終わり達成感いっぱいの爽快な気分で太刀川にそう話しかけたらニヤッと笑った太刀川がいた。
「まだ残ってるだろ?」
「え?あ!お誕生日おめでとう!って言って欲しかった?違うの?全員参加者は出たけど……」
進行表目を落とした私に太刀川はケロッとした声で告げる。
「お前だよ」
「へっ?」
進行表からノロノロと顔を上げた私に太刀川は続けた。
「お前も攻撃主だろうが。5本勝負でいいぞ。ほら行くぞ」
そういうと太刀川はブースへと入っていく。ギャラリーはまだ大勢いてなんだなんだとこちらを見ている。いきなりの展開に驚いたが確かに私も攻撃主だ。太刀川とは最近やっていなかったがやるからには本気でやらなければ!正直私はいままで太刀川に勝ち越した事はない。それでも断る理由もないので私はブースへ向かった。
ブースに入り設定しようとすると太刀川の声がスピーカーから聞こえた。
『お前との勝負には特別な賞品つけようぜ』
『いいけど、どんな?』
『負けた方が勝った方に欲しい物をやる』
『えーいやなんだけど。ていうか私分が悪過ぎない?』
『いいだろ、俺誕生日なんだし』
『わかったよ、仕方ないな』
『よし、お前も何して欲しいか考えておけよ』
そこで会話は終わり私は仮想空間に転送された。
孤月を構えた太刀川が距離を置いてこちらに向き合っている。もう普段のヘラヘラした太刀川はいない。それにちょっとドキリとした。今までだって何回も剣を合わせたはずなのに。
「ねえ、そういや私からの誕生日プレゼントってこのランク戦なんだけどなんで負けたらなんかしなきゃいけないの?」
一応揺さぶりをかけてみた。
「何言ってんだよ、ランク戦はみんなからの俺の誕生日のお祝いだろ?俺はお前から貰いたいんだよ」
「はぁ!?なんなのよそれ、何言っての?」
「俺が勝ったら欲しい物貰うからな」
「よくわからないけど、ぜっっったい負けない!!」
私はスコーピオンを構えて太刀川に向かって踏み出した。
勝ち越した事はないが、一本一本では勝った事はある。なにせボーダーに入った時からずっとこの男とランク戦をしてきたのだ。動きの癖などはもう熟知している。太刀川は今日トータル何戦してきたのか。いくらトリオン体とはいえ疲れも溜まっているだろう。ならばチャンスはある。
そう読んだ通りなかなかいい勝負になった。お互い2本ずつ取り、ラストの1本となった。
もちろんお互い後がないので勝負はいい感じに拮抗していた。
打ち合いの最中不意に私は疑問に思った事を聞いた。
「欲しい物ってなに?」
「なんだと思う?」ニィっと太刀川は笑っている。
「もったいぶってないで教えなさいよ!」
その時だった。太刀川が急に距離を詰めてきた。そんな事はお見通しで私はガードをする。これを待っていたのだ。チャンスだ。
そう思ったのに距離を詰めた太刀川に耳元で囁かれた言葉に動揺した。
「欲しいのはお前」
「えっ!?」と思った時には私の身体に孤月が突き刺さっていた。
気がついたらブースの緊急脱出マットの上にいた。
太刀川はなんと言った?欲しいのはお前?私って事?ぼんやり天井をみつめ考えてみる。考えてみても単純な私はあんな時に言うの、卑怯じゃない!?という結論に至った。
もちろんあんな時に聞いた自分の事は棚に上げた。
勢い良くブースから飛び出すとそこに待っていたのは勝利してニヤニヤ私を待ち構えている太刀川だった。もちろん周りには先程からのギャラリー達が私達を見ている。とは言ってもブースに入ってからの会話は一切周りには聞かれていない。
ただ5本勝負の冒頭になにやら2人で話していたのと、最後の勝負で組み合った時に私が急にぽかんとした瞬間やられた事しかわかっていないはずだ。
ニヤニヤこちらを見下ろす太刀川を見ていたらますます怒りが湧いてくる。
「ちょっと太刀川!!あんなの卑怯よっ!!」
周りは私の剣幕にポカーンとしている。太刀川は変わらずニヤニヤとしている。
「お前が聞いたから答えただけだろ」
「だからってねぇ!」
「約束は約束だからな。もらうぜ」
そう言って私に近付いてきたかと思うと私の後頭部をその大きな手で押さえて上を向かせ私の唇を自身の唇で塞いできた。
固まる私と観衆たちを他所に、満足した太刀川は私をひょいっと肩に米袋のように担ぐと
「じゃ!賞品だからもらっていくわ。みんなもありがとうなー」と手を振りながらその場を後にする。
固まっていた私がはっと我に返り
「ちょ、なっ!太刀川!下ろせ!どこに連れていく気よ!下ろしてー!」
と暴れたが、あはは暴れると落ちるぞーと何処吹く風で私を抱えたまま歩いていった。
後に残された観衆たちはお互い顔を見合わせただただ私達を見送っていた。
「おい迅、お前この未来見えてたんだろ」
「見えてましたよ、まああの2人らしくていいかなって」
「残された俺たちの身にもなれ」
あははと乾いた笑いを返した迅と風間さんがいたとかいなかったとか……。