奇跡と輝石/嵐山
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7月29日。それはちょっとしたお祭りである。
SNSでは専用のハッシュタグが出来る位の騒ぎようだ。
ボーダー広報部では全国各地から送られてくるプレゼントの確認作業で忙しい。
その日はボーダーの顔、嵐山隊隊長嵐山准の誕生日である。
私は毎年暗澹たる思いでアイドルのように祝われている光景を眺めていた。
嵐山准は私の想い人である。
4年前の記者会見を見て、自分と同い年の子があの異世界からの侵略者と戦う為にボーダーに入ったと言っていて驚いたと同時に尊敬した。
キラキラ輝く瞳はなんの迷いもないように見えた。
一目惚れだった。
あの子をもっと知りたい、あの子と一緒に戦いとその日のうちにボーダーに入隊届を出した。
が、無事入隊出来たものの嵐山准は既に有名人。私のようなC級隊員がお目にかかれることはなかった。
月日は流れ、私はボーダーが提携している三門市立第一高校に入学したのだがそこで奇跡が起きた。
同じクラスに嵐山准がいたのだ!
その時の興奮といったらなかった。
しかしそれはクラスメイトも一緒で。
あっという間に嵐山准の周りにはクラスメイトで出来た人だかり。色々質問されてもそれをにこやかに返す彼を私はただこっそり見つめるしかなかった。
ただのクラスメイト兼同じボーダー隊員である以上の関係にはなれない日々を過ごしていたある日、
嵐山君の誕生日が7月29日だと知った。
今まで以上の関係に少しでもなれたらとプレゼントを用意する事を決意した私。
学校の嵐山准ファン達は夏休みに入ってる事を嘆いていたが、私にはボーダーがある。
ボーダーに行った時にプレゼントを渡せるじゃないかと意気込んでいたが、ボーダーでだって彼は人気者だった。女子隊員にキャイキャイ囲まれていたのを見て怖気付いてしまった。
どさくさに紛れてプレゼントを渡せば良かったのにどうしても渡す事が出来なかった。
結局そのプレゼントは部屋のクローゼットの奥底にしまってしまった。
翌年、今年の誕生日こそは!と私は意気込んでいた。プレゼントは犬のキーホルダーにした。あまり豪華な物だと萎縮されそうだし今の間柄を思えばこれくらいの方がいいだろうという熟考した結果だった。
ちなみに今の間柄と言えば学校で会えば笑顔で会話も出来るし彼が防衛任務で出れなかった授業のノートを貸してあげたり放課後ボーダーに行く時間が合えば一緒に行く関係にはなっていた。ただしそこには迅や柿崎君も一緒だったりするが。この一年アイドルのような扱いの嵐山君相手に対してこの関係を築けた私は頑張ったと思う。
が、この年もあえなくプレゼントを渡す事は断念した。いや渡したは渡したが直接は渡せなかった。
なにせ今年から嵐山隊は広報部隊になってしまったから前以上に忙しくしていた。誕生日当日はテレビの向こうからの嵐山君の輝く笑顔を堪能して仕方なくメディア対策室に設置された嵐山君行きプレゼントボックスにそっと入れた。
しかし奇跡が起きた!人生2度目の奇跡だ。差出人は書かかなかったにも関わらず私がプレゼントしたキーホルダーを嵐山君がリュックにつけていてくれたのだ。
思わず声を掛けてしまった私に
「プレゼントでいただいたんだ。コロに似てて可愛いくてさ」と大事そうに見せてくれた。
私が選んだ物を嵐山君がつけてくれている!その事実が嬉しすぎて実は自分が上げたものだと名乗るのを忘れてしまった。
後日後悔したことは言うまでもない。
更に翌年の高校3年の夏。
相変わらずの友達関係に嫌気がさし、いい加減一歩踏み出さなければ!高校生の夏は今年で最後だぞ!と自分を奮い立たせ気合いを入れたプレゼント選び。
しかしあれやこれや考えても全て持っているんじゃないか好みに合わないんじゃないかといい物が思い浮かばない。
悩んだ末に少しいいボールペンにした。
嵐山隊の隊服の赤いカラーに嵐山君のイニシャルを入れた物だ。
一緒に添えるメッセージカードには差出人には書かなかった。今年こそは直接渡すのだから名前は不要だ。
その日の任務や予定を事前に確認して万事準備オッケーだと思っていたのに、まさかの当日私が風邪を引いて高熱を出した。なぜこのタイミングで!?小さい子じゃあるまいしと自分の体を呪った。次の日治ればワンチャンと思っていたが悲しいかな熱は3日下がらなかった。
3日後の8月1日、学校は登校日だった。
嵐山君が来るかどうかわからなかったが、とりあえずプレゼントを学校に持っていった。
しかし案の定というかなんというか嵐山君は来なかった。
諦めきれない私は、放課後誰もいない教室で嵐山君のロッカーにプレゼントをそっと忍ばせた。
いつ嵐山君がここを開けるのかもわからないのに。
その帰り道、なんだか無性に悲しくなって泣けてしまった。
嵐山君とはこのまま永久にすれ違ったまま私の想いを告げる事も出来ないのではないかと悲観した。
新学期が始まって何日も経った頃。
本部に行くと今日はどうも新人隊員の入隊日だったようだ。真っ白な隊服を着たワクワクと不安を綯い交ぜにした表情の隊員達で溢れている。
入隊日ということは嵐山君達がオリエンテーションに当たっているじゃないか。
会いたいような会いたくないような複雑な気持ちで廊下を進むと、そういう時に限って会ってしまうのだ嵐山君に。
「苗字!風邪引いたんだって?もう大丈夫なのか?」
まさか嵐山君が私の風邪の事を知っていたなんて。
それだけで会いたくないなんて気持ちは吹き飛んでいった。
「うん、もう大丈夫!元気だよー。嵐山君は今日はオリエンテーション?」
「そうなんだ。今回もたくさん入隊希望者がいるよ。有難い事だな」
そんな会話をしている時ふと嵐山君が持っているファイルに目が入った。正確にはファイルに刺してあるボールペンに。
そこに刺してあったのは私が選んだあの赤いボールペンだった。
こんな奇跡が何回も続くだろうか。
急に黙った私に嵐山君が不思議そうに声を掛ける。
「苗字?どうかしたか?」
「えっ、あー…えーとっ」
今年もプレゼントに差出人は書かなかった。だから今年も知らずに使ってくれているのだろう。直接渡す予定だったのだからそれは実は私からのプレゼントだと告げればいい。そう思ったのだがなかなか言葉が出てこない。
「苗字?」
もだもだ迷っているうちに嵐山君の後ろから声が掛かる。
「嵐山さん、どうかしました?」
時枝君だった。
「あ、苗字さんこんにちは」
しっかり者の時枝君は私に気付くとちゃんと挨拶してくれた。そこで完全に名乗り出す勇気がなくなってしまった。
「時枝君こんにちは。まだオリエンテーションの途中で忙しいよね?また今度ね!」
嵐山君はなにか言いたげにこちらを見ていたけれど時枝君に促されて戻っていった。
2人に手を振って見送ったあと私は深い深いため息をついた。
そうして迎えた今年。
私も嵐山君も大学生になってしまった。関係は相変わらずであくまで良い友達関係だと周りから見たら思われるだろう。
ますます忙しくしている嵐山君はどんどん人気者になっていく。もう一生彼に思いは届かないのかもしれないと悩む日々に私もそろそろ蹴りを付けたい。
今年直接プレゼントを渡せなかったらスッパリ諦めよう。
プレゼントを渡した時に想いも告げて振られたってそこでちゃんとこの恋を終わりにしよう、そう決めた。
いざ当日。複雑な思いでその日を迎えた。前日にトリートメントもしたし入念に顔や足をマッサージしたしパックもした。ネイルも頑張った。朝は髪も綺麗にセットしたし化粧も派手にはならない程度に施した。服だってお気に入りの可愛い物を選んだ。
今回は絶対に直接渡す!と意気込んだ私はとうとう本人に約束を取り付けたのだ。少し時間を貰えないかと。
プレゼントを渡すことはさすがに今日の今日だ。バレているだろう。
それでも私はやらねばならない!この長年の想いに終止符を打つ。
本部で会う顔見知り一様に「今日どうしたの?」と聞かれてしまった。やり過ぎただろうか心配になってきた。いや普段本部に来る時どうせ換装するしと気を抜いていたせいだと思いたい。
と、今日一番会いたくない相手が廊下の向こうから歩いてきた。迅だ。
「ストーップ!迅、だめ!こっち来ないで!私を見ないで!」
悲惨な未来を見られて同情の目で見られたらとてもじゃないが渡す勇気も告白する勇気も失ってしまう。
私の大声に慌てて後ろを向く迅に忠告する。
「今私そこ通るから絶対目を瞑っててよ!絶対だよ!」
「はいはい、わかったわかった」
迅は降参とばかりに両手をあげ目を瞑って立ち止まった。その迅の側を大急ぎで駆け抜けて行く。
未来視されたら堪らない!
でもそんな駆け抜けて行く私をニヤニヤしながら迅が見つめている事など知る由もなかった。
本部でなかなか他に人に会わない場所がないので自分の隊の作戦室で渡す事にした。
嵐山君の作戦室は常に誰かいるから無理だ。だから今日は隊のみんなにお願いしてこの時間はどうか違う所へ行っていてくれと頼みこんだ。
嵐山君が来るまでソワソワと待つ。さっき走ってしまったから髪型おかしくなかってないかなとか、メイク崩れてないかな、と鏡を見てみたり意味もなく部屋の中をウロウロしたり。
と、作戦室の扉が開いて嵐山君が入ってきた。その姿に胸がキュンと高鳴る。
私の姿を見ると一瞬動きが止まったように見えた。でもそれは一瞬でいつもの嵐山君にすぐ戻った。
「すまない、待ったか?」
「嵐山君!ううん、全然大丈夫。ごめんね、忙しいのに呼び出しちゃって」
彼が部屋に入ってきただけで爽やかな風が吹いた気がする。多分気のせいなのだが。でもふわりとシトラスの香りが鼻腔をくすぐった。その香りに目眩がしそうだ。
躊躇ったらきっと渡せなくなってしまう。私は意を決して嵐山君の方へ一歩踏み出す。
「あのね…」
そこで1度深呼吸をする。もう絶対後悔したくない。
やると決めたらやる!
「嵐山君お誕生日おめでとう!これ良かったら受け取って!」
一息に言ってずいっとプレゼントが入った紙袋を嵐山君に差し出した。
ちょっと驚いた顔を最初していたけど、すぐにはにかんだ顔で私が差し出した袋を受け取ってくれた。
「ありがとう…やっと直接受け取れたな」
やった!受け取ってもらえた!第1関門突破だ。次は告白だ、と思ったけど嵐山君が言った言葉が引っかかる。
「直接…?え…?」
「去年も一昨年もくれただろう?メディア対策室経由だったりロッカーに入ってたりしてたけど。勘違いだったら恥ずかしいな」
照れ臭そうに笑う嵐山君を見つめてながら私の頭の中は混乱を極めていた。
なぜ?差出人は書いてなかった筈だ。なぜ私だと思ったのだろう。
「一昨年はキーホルダーで去年はボールペンをくれただろう?違ったかな」
ポカンとしている私に嵐山君は言葉を続けた。
「え?なんで?どうして…どうして私からだってわかったの?」
「良かった!やっぱり苗字からだったんだな」
破顔したその顔に心臓を撃ち抜かれる。いやそれどころではない。
「メッセージカードつけてくれてただろう?」
「メッセージカード…」
あまりの事態にオウム返ししてしまう。頭の処理が追いつかない。
「一昨年プレゼントを貰った時メッセージカードが目に入って、見覚えのある綺麗な字だなと思ったんだ。あの時授業のノートを苗字から借りていただろう?」
ノート…確かにあの頃には良く貸していたかもしれない。
「苗字のノート、すごく綺麗な字で見やすくて…いつも感心していたんだ。そしたらメッセージカードの字が見覚えある字だったからついノートと見比べてしまったんだがやっぱり同じ字でな。苗字からだと思ったんだ」
そう照れ臭そうに語る嵐山君にドキドキしてしまう。これは…私の勘違いだろうか…期待してしまっていいのだろうか。
「去年は学校のロッカーに入ってただろう?だからますます苗字からだと思ったんだ。メッセージカードの字も変わらずそうだと思ったし」
そこで私の方を見た嵐山君と目があった。エメラルドの瞳に熱が篭ったように見える。全身熱くなるのを感じる。
「だから今年苗字から直接貰えて凄く嬉しいんだ」
指の先まで火が点ったように熱い。喉がカラカラなになりそうだ。
「それに今日、オシャレしてきてくれてるだろ。あ、いや普段も可愛いんだが。俺は期待してもいいんだろうか?」
私は夢を見ているのだろうか。嵐山君はなんて?聞き間違いではないと思う。期待するって…
「あの…期待って…私こそそんな事言われたら勘違いしちゃうけど…いいの?」
こんな奇跡何度も続いていいのだろうか。チラリと嵐山君を見上げる。さっきから私の心臓はドクドクと早鐘を鳴らしている。これ以上ドキドキさせられたら死んでしまう。いや、それより今日私は絶対に告白すると決めてきたのだ。私から言わないでどうするのだ。
「俺は…」「待って!」
言いかけた嵐山君の言葉を遮った。
「私から言わせて。私は嵐山君が好き!ずっとずっと好きだった。だからもし良かったら付き合って下さい!」
勢いに任せて嵐山君から目を逸らさないで言い切った。だから嵐山君の顔が赤く染るのも見逃さなかった。
「俺も苗字が好きだよ」
そう笑う彼の顔はあの日見た記者会見の時のようにキラキラとなんの迷いもなく輝いていた。
SNSでは専用のハッシュタグが出来る位の騒ぎようだ。
ボーダー広報部では全国各地から送られてくるプレゼントの確認作業で忙しい。
その日はボーダーの顔、嵐山隊隊長嵐山准の誕生日である。
私は毎年暗澹たる思いでアイドルのように祝われている光景を眺めていた。
嵐山准は私の想い人である。
4年前の記者会見を見て、自分と同い年の子があの異世界からの侵略者と戦う為にボーダーに入ったと言っていて驚いたと同時に尊敬した。
キラキラ輝く瞳はなんの迷いもないように見えた。
一目惚れだった。
あの子をもっと知りたい、あの子と一緒に戦いとその日のうちにボーダーに入隊届を出した。
が、無事入隊出来たものの嵐山准は既に有名人。私のようなC級隊員がお目にかかれることはなかった。
月日は流れ、私はボーダーが提携している三門市立第一高校に入学したのだがそこで奇跡が起きた。
同じクラスに嵐山准がいたのだ!
その時の興奮といったらなかった。
しかしそれはクラスメイトも一緒で。
あっという間に嵐山准の周りにはクラスメイトで出来た人だかり。色々質問されてもそれをにこやかに返す彼を私はただこっそり見つめるしかなかった。
ただのクラスメイト兼同じボーダー隊員である以上の関係にはなれない日々を過ごしていたある日、
嵐山君の誕生日が7月29日だと知った。
今まで以上の関係に少しでもなれたらとプレゼントを用意する事を決意した私。
学校の嵐山准ファン達は夏休みに入ってる事を嘆いていたが、私にはボーダーがある。
ボーダーに行った時にプレゼントを渡せるじゃないかと意気込んでいたが、ボーダーでだって彼は人気者だった。女子隊員にキャイキャイ囲まれていたのを見て怖気付いてしまった。
どさくさに紛れてプレゼントを渡せば良かったのにどうしても渡す事が出来なかった。
結局そのプレゼントは部屋のクローゼットの奥底にしまってしまった。
翌年、今年の誕生日こそは!と私は意気込んでいた。プレゼントは犬のキーホルダーにした。あまり豪華な物だと萎縮されそうだし今の間柄を思えばこれくらいの方がいいだろうという熟考した結果だった。
ちなみに今の間柄と言えば学校で会えば笑顔で会話も出来るし彼が防衛任務で出れなかった授業のノートを貸してあげたり放課後ボーダーに行く時間が合えば一緒に行く関係にはなっていた。ただしそこには迅や柿崎君も一緒だったりするが。この一年アイドルのような扱いの嵐山君相手に対してこの関係を築けた私は頑張ったと思う。
が、この年もあえなくプレゼントを渡す事は断念した。いや渡したは渡したが直接は渡せなかった。
なにせ今年から嵐山隊は広報部隊になってしまったから前以上に忙しくしていた。誕生日当日はテレビの向こうからの嵐山君の輝く笑顔を堪能して仕方なくメディア対策室に設置された嵐山君行きプレゼントボックスにそっと入れた。
しかし奇跡が起きた!人生2度目の奇跡だ。差出人は書かかなかったにも関わらず私がプレゼントしたキーホルダーを嵐山君がリュックにつけていてくれたのだ。
思わず声を掛けてしまった私に
「プレゼントでいただいたんだ。コロに似てて可愛いくてさ」と大事そうに見せてくれた。
私が選んだ物を嵐山君がつけてくれている!その事実が嬉しすぎて実は自分が上げたものだと名乗るのを忘れてしまった。
後日後悔したことは言うまでもない。
更に翌年の高校3年の夏。
相変わらずの友達関係に嫌気がさし、いい加減一歩踏み出さなければ!高校生の夏は今年で最後だぞ!と自分を奮い立たせ気合いを入れたプレゼント選び。
しかしあれやこれや考えても全て持っているんじゃないか好みに合わないんじゃないかといい物が思い浮かばない。
悩んだ末に少しいいボールペンにした。
嵐山隊の隊服の赤いカラーに嵐山君のイニシャルを入れた物だ。
一緒に添えるメッセージカードには差出人には書かなかった。今年こそは直接渡すのだから名前は不要だ。
その日の任務や予定を事前に確認して万事準備オッケーだと思っていたのに、まさかの当日私が風邪を引いて高熱を出した。なぜこのタイミングで!?小さい子じゃあるまいしと自分の体を呪った。次の日治ればワンチャンと思っていたが悲しいかな熱は3日下がらなかった。
3日後の8月1日、学校は登校日だった。
嵐山君が来るかどうかわからなかったが、とりあえずプレゼントを学校に持っていった。
しかし案の定というかなんというか嵐山君は来なかった。
諦めきれない私は、放課後誰もいない教室で嵐山君のロッカーにプレゼントをそっと忍ばせた。
いつ嵐山君がここを開けるのかもわからないのに。
その帰り道、なんだか無性に悲しくなって泣けてしまった。
嵐山君とはこのまま永久にすれ違ったまま私の想いを告げる事も出来ないのではないかと悲観した。
新学期が始まって何日も経った頃。
本部に行くと今日はどうも新人隊員の入隊日だったようだ。真っ白な隊服を着たワクワクと不安を綯い交ぜにした表情の隊員達で溢れている。
入隊日ということは嵐山君達がオリエンテーションに当たっているじゃないか。
会いたいような会いたくないような複雑な気持ちで廊下を進むと、そういう時に限って会ってしまうのだ嵐山君に。
「苗字!風邪引いたんだって?もう大丈夫なのか?」
まさか嵐山君が私の風邪の事を知っていたなんて。
それだけで会いたくないなんて気持ちは吹き飛んでいった。
「うん、もう大丈夫!元気だよー。嵐山君は今日はオリエンテーション?」
「そうなんだ。今回もたくさん入隊希望者がいるよ。有難い事だな」
そんな会話をしている時ふと嵐山君が持っているファイルに目が入った。正確にはファイルに刺してあるボールペンに。
そこに刺してあったのは私が選んだあの赤いボールペンだった。
こんな奇跡が何回も続くだろうか。
急に黙った私に嵐山君が不思議そうに声を掛ける。
「苗字?どうかしたか?」
「えっ、あー…えーとっ」
今年もプレゼントに差出人は書かなかった。だから今年も知らずに使ってくれているのだろう。直接渡す予定だったのだからそれは実は私からのプレゼントだと告げればいい。そう思ったのだがなかなか言葉が出てこない。
「苗字?」
もだもだ迷っているうちに嵐山君の後ろから声が掛かる。
「嵐山さん、どうかしました?」
時枝君だった。
「あ、苗字さんこんにちは」
しっかり者の時枝君は私に気付くとちゃんと挨拶してくれた。そこで完全に名乗り出す勇気がなくなってしまった。
「時枝君こんにちは。まだオリエンテーションの途中で忙しいよね?また今度ね!」
嵐山君はなにか言いたげにこちらを見ていたけれど時枝君に促されて戻っていった。
2人に手を振って見送ったあと私は深い深いため息をついた。
そうして迎えた今年。
私も嵐山君も大学生になってしまった。関係は相変わらずであくまで良い友達関係だと周りから見たら思われるだろう。
ますます忙しくしている嵐山君はどんどん人気者になっていく。もう一生彼に思いは届かないのかもしれないと悩む日々に私もそろそろ蹴りを付けたい。
今年直接プレゼントを渡せなかったらスッパリ諦めよう。
プレゼントを渡した時に想いも告げて振られたってそこでちゃんとこの恋を終わりにしよう、そう決めた。
いざ当日。複雑な思いでその日を迎えた。前日にトリートメントもしたし入念に顔や足をマッサージしたしパックもした。ネイルも頑張った。朝は髪も綺麗にセットしたし化粧も派手にはならない程度に施した。服だってお気に入りの可愛い物を選んだ。
今回は絶対に直接渡す!と意気込んだ私はとうとう本人に約束を取り付けたのだ。少し時間を貰えないかと。
プレゼントを渡すことはさすがに今日の今日だ。バレているだろう。
それでも私はやらねばならない!この長年の想いに終止符を打つ。
本部で会う顔見知り一様に「今日どうしたの?」と聞かれてしまった。やり過ぎただろうか心配になってきた。いや普段本部に来る時どうせ換装するしと気を抜いていたせいだと思いたい。
と、今日一番会いたくない相手が廊下の向こうから歩いてきた。迅だ。
「ストーップ!迅、だめ!こっち来ないで!私を見ないで!」
悲惨な未来を見られて同情の目で見られたらとてもじゃないが渡す勇気も告白する勇気も失ってしまう。
私の大声に慌てて後ろを向く迅に忠告する。
「今私そこ通るから絶対目を瞑っててよ!絶対だよ!」
「はいはい、わかったわかった」
迅は降参とばかりに両手をあげ目を瞑って立ち止まった。その迅の側を大急ぎで駆け抜けて行く。
未来視されたら堪らない!
でもそんな駆け抜けて行く私をニヤニヤしながら迅が見つめている事など知る由もなかった。
本部でなかなか他に人に会わない場所がないので自分の隊の作戦室で渡す事にした。
嵐山君の作戦室は常に誰かいるから無理だ。だから今日は隊のみんなにお願いしてこの時間はどうか違う所へ行っていてくれと頼みこんだ。
嵐山君が来るまでソワソワと待つ。さっき走ってしまったから髪型おかしくなかってないかなとか、メイク崩れてないかな、と鏡を見てみたり意味もなく部屋の中をウロウロしたり。
と、作戦室の扉が開いて嵐山君が入ってきた。その姿に胸がキュンと高鳴る。
私の姿を見ると一瞬動きが止まったように見えた。でもそれは一瞬でいつもの嵐山君にすぐ戻った。
「すまない、待ったか?」
「嵐山君!ううん、全然大丈夫。ごめんね、忙しいのに呼び出しちゃって」
彼が部屋に入ってきただけで爽やかな風が吹いた気がする。多分気のせいなのだが。でもふわりとシトラスの香りが鼻腔をくすぐった。その香りに目眩がしそうだ。
躊躇ったらきっと渡せなくなってしまう。私は意を決して嵐山君の方へ一歩踏み出す。
「あのね…」
そこで1度深呼吸をする。もう絶対後悔したくない。
やると決めたらやる!
「嵐山君お誕生日おめでとう!これ良かったら受け取って!」
一息に言ってずいっとプレゼントが入った紙袋を嵐山君に差し出した。
ちょっと驚いた顔を最初していたけど、すぐにはにかんだ顔で私が差し出した袋を受け取ってくれた。
「ありがとう…やっと直接受け取れたな」
やった!受け取ってもらえた!第1関門突破だ。次は告白だ、と思ったけど嵐山君が言った言葉が引っかかる。
「直接…?え…?」
「去年も一昨年もくれただろう?メディア対策室経由だったりロッカーに入ってたりしてたけど。勘違いだったら恥ずかしいな」
照れ臭そうに笑う嵐山君を見つめてながら私の頭の中は混乱を極めていた。
なぜ?差出人は書いてなかった筈だ。なぜ私だと思ったのだろう。
「一昨年はキーホルダーで去年はボールペンをくれただろう?違ったかな」
ポカンとしている私に嵐山君は言葉を続けた。
「え?なんで?どうして…どうして私からだってわかったの?」
「良かった!やっぱり苗字からだったんだな」
破顔したその顔に心臓を撃ち抜かれる。いやそれどころではない。
「メッセージカードつけてくれてただろう?」
「メッセージカード…」
あまりの事態にオウム返ししてしまう。頭の処理が追いつかない。
「一昨年プレゼントを貰った時メッセージカードが目に入って、見覚えのある綺麗な字だなと思ったんだ。あの時授業のノートを苗字から借りていただろう?」
ノート…確かにあの頃には良く貸していたかもしれない。
「苗字のノート、すごく綺麗な字で見やすくて…いつも感心していたんだ。そしたらメッセージカードの字が見覚えある字だったからついノートと見比べてしまったんだがやっぱり同じ字でな。苗字からだと思ったんだ」
そう照れ臭そうに語る嵐山君にドキドキしてしまう。これは…私の勘違いだろうか…期待してしまっていいのだろうか。
「去年は学校のロッカーに入ってただろう?だからますます苗字からだと思ったんだ。メッセージカードの字も変わらずそうだと思ったし」
そこで私の方を見た嵐山君と目があった。エメラルドの瞳に熱が篭ったように見える。全身熱くなるのを感じる。
「だから今年苗字から直接貰えて凄く嬉しいんだ」
指の先まで火が点ったように熱い。喉がカラカラなになりそうだ。
「それに今日、オシャレしてきてくれてるだろ。あ、いや普段も可愛いんだが。俺は期待してもいいんだろうか?」
私は夢を見ているのだろうか。嵐山君はなんて?聞き間違いではないと思う。期待するって…
「あの…期待って…私こそそんな事言われたら勘違いしちゃうけど…いいの?」
こんな奇跡何度も続いていいのだろうか。チラリと嵐山君を見上げる。さっきから私の心臓はドクドクと早鐘を鳴らしている。これ以上ドキドキさせられたら死んでしまう。いや、それより今日私は絶対に告白すると決めてきたのだ。私から言わないでどうするのだ。
「俺は…」「待って!」
言いかけた嵐山君の言葉を遮った。
「私から言わせて。私は嵐山君が好き!ずっとずっと好きだった。だからもし良かったら付き合って下さい!」
勢いに任せて嵐山君から目を逸らさないで言い切った。だから嵐山君の顔が赤く染るのも見逃さなかった。
「俺も苗字が好きだよ」
そう笑う彼の顔はあの日見た記者会見の時のようにキラキラとなんの迷いもなく輝いていた。