恋に気付く時/辻
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私は男の人が苦手だ。いや小学生以上の男の子が苦手だ。これは全て小学生の頃同級生の男子に酷くからかわれていたせいだ。それで男の子相手にはビクビクしちゃうし上手く話せない。
このままじゃいけないなと思って高校は女子校ではなく敢えて共学にした。高校入学を期にボーダーに入隊してみて自分を変えようと努力した。
でも全然ダメだった。やっぱり男の子は怖いしビクビクしちゃう。
隊も結局女の子だけの隊に入った。
トリオン量がそこそこあったから射手になってあまり相手に近付かない戦い方をしているからランク戦ではなんとか男の子相手にも戦える。だけどやっぱり日常生活ではダメだ。
そんな時同じクラスになったひゃみちゃんが「女の子苦手な男子なら上手く喋れるんじゃない?」と辻君を紹介してくれた。
紹介されてお互い「初めまして…」とおずおずと挨拶を交わしたけれど私は一方的に辻君を知っていた。
高校も同じだから廊下ですれ違った事もあるけれど、そうではない。
ボーダーに入隊して初めて見たランク戦で戦っていたのが二宮隊だ。
辻君が孤月を操り戦う姿を見てあまりに綺麗で見とれた。男の子を見て綺麗だと感想を抱いたのは初めてだった。
対戦相手も孤月を使っていたはずなのに、辻君とは違った。ただ辻君が戦う姿から目が離せなかった。
でもそれだけ。学校やボーダーですれ違ってもあの綺麗な戦い方の人だと心の中で思いながらもなにかする訳でもなく、ランク戦で戦っているのをただ見つめるばかりだった。
そんな時ひゃみちゃんに辻君を紹介されたのだった。対面するまで辻君が女の子が苦手なのを知らなかったから直接会ってみて戦っている姿とは随分違うんだな、と思った。
私はひゃみちゃんの後ろに隠れながら、辻君はひゃみちゃんから(私から)距離を少し取りながらのなんとも不思議な初対面だった。
そんな初対面から学校やボーダーですれ違うと顔を真っ赤にしながらも会釈し合う仲になった。ひゃみちゃんに会いに二宮隊の作戦室に行きそこで辻君と会えばたどたどしくも会話出来るようにはなった。
「あ…こんにちは…」
「あの…お邪魔してます…」
始終こんな調子だけれど。それでも同じ隊の二宮さんや犬飼先輩に比べれば全然マシだ。
まず二宮さんは怖い。いつもポケットに手を突っ込んでて辛うじて挨拶してもチラッとこちらを一瞥して「ああ…」とかしか返してくれない。怖い。
犬飼先輩は揶揄ってくる。
「あれ?苗字ちゃん来てたんだー。何してるの?」
にこにこしながらこちらにやたらに近付いてきて私の反応を見て楽しんでる。何となく目の奥が笑ってない気がするし…。苦手だ…。
やっぱり男の人は怖いし緊張する。でも辻君だけはどこか違う。なんでだろう。
ある日ひゃみちゃんと帰ろうと二宮隊の作戦室を訪ねると辻君しかいなかった。
「あの…ひゃみちゃんは…」
「あ… 苗字さん…えっと…あの…ひゃみさんは弟さんが熱を出したとかで急いで帰っちゃったんだ…」
辻君と二人きりで話をするのは実は今が初めてだった。
「そうなんだ…そっか、あの…ありがとう辻君」
思いの外二人でも話が出来たと(これでも)内心喜んでいた私に辻君が驚く提案をしてくれた。
「えっと…その苗字さん…今から帰るんでしょ…? 時間も遅いし…あの…」
「良かったら…送っていく…よ…」
最後の方はもう尻すぼみになっていたし顔も真っ赤だし私の方は見れないのか目もギュッと瞑ってしまっている。そんな言葉と様子にこちらが今度は赤くなる番だった。顔が熱い。汗が吹き出そうだ。
「え…あの…うん…お願い…します」
どうにかそう告げると辻君は瞑っていた目をパッと開いた。と、同時に辻君の様子を伺っていた私と目が合ってしまった。慌ててどちらからともなく目を逸らす。
「じゃ…じゃあ…行こうか…」
基地から出ると空には白く輝く丸い月が頭上にあった。
一緒に帰るとは行ったもののお互いの距離は二メートルは離れているし会話もない。
生まれて初めて男の子と二人きりで歩いてる…! 私は内心ドキドキだ。手に汗もかいてる。でもドキドキしてるけど嫌な気分じゃない。それは辻君が纏う雰囲気のせいだろうか。ちらりと辻君の方を盗み見ると綺麗な横顔。黙っているとあんな風に女の子にワタワタしてるようには見えない。その時ふと辻君のカバンに恐竜のキーホルダーが付いているのを見つけた。
「あ…あの…それ…恐竜…好きなの?」
思い切って聞いたもののやっぱりつっかえてしまう。すんなり話せない。それでも恐る恐る見つけたキーホルダーに指を指す。
「あ…うん…好き…」
「あのね…うちのお父さんも恐竜好きで…よく小さい頃話してくれたの…」
「えっ…ホント!? お父さん、なんの恐竜好きなの?」
辻君はパッと顔を綻ばすと恐竜についてスラスラと話しだした。今までのたどたどしい辻君からは想像も出来ない位。そんな辻君につられて私もお父さんから教わった恐竜の知識を披露して思いの外話が弾んだ。
まさか男の子とこんなに話す日がくるなんて…。その相手が辻君なのがどこか嬉しい。胸の当たりが擽ったい。
気がつけばあっという間に私の家に着いていた。
「辻君…送ってくれてありがとう…」
「ううん…どういたしまして…」
目を合わす事は出来ないけれど少し男の子への苦手意識が薄れた気がしてふわふわした気分だ。
「それじゃあ…またね…」
「うん…辻君も気をつけて帰ってね…あの…おやすみなさい」
帰っていく辻君の背中を見送る私はなんだか不思議な気分だ。
男の子と一緒に帰ってお話もして、おやすみまで言ってしまった。
布団に入っても興奮してしまってその日はなかなか眠れなかった。
次の日、学校でひゃみちゃんに私はいそいそと報告した。
「おはよーひゃみちゃん! あっ、弟くん熱大丈夫? あのね昨日ね…」
「おはようって待って待って! ちょっと落ち着いて。とりあえず弟はもう大丈夫だよ。ありがとう」
なんでこんなに気持ちが逸るのだろう。ひゃみちゃんに早く聞いて欲しい。
「あのねっ! 昨日ひゃみちゃんと帰ろうと二宮隊の所行ったらね辻君がいてね、ひゃみちゃん先に帰ったから良かった家まで送るよって!」
「えっ!? 辻くんが!? 名前ちゃんを家まで送った!?」
今まで見た事ないくらい驚いてるひゃみちゃんだ。確かに私も驚いたしね。
「今日これから大雪でも降るかな…あの辻くんが…女の子を家まで…えっそれで名前ちゃん大丈夫だったの?」
「うん! あのね恐竜の話で盛り上がって、楽しく帰れたの!」
にこにこと報告する私に信じられないと言った顔をしてる。
「辻くんと…話が盛り上がる…?」
「うん。だから少し男の子苦手なの克服出来たかなって! これもひゃみちゃんと辻君のお陰だよ!」
「うーん…そんな単純な話かなぁ? じゃあさあ、奈良坂君から英語の辞書借りてきてみて?」
急なひゃみちゃんの提案に驚くけれど私ちょっとは男の子苦手なの平気になったはず!
「…よし! 私やってみる」
奈良坂君なら同じボーダー隊員だし穏やそうな彼ならきっと平気。そう自分に言い聞かせて隣のクラスのドアの前に立つ。
「あれ? 名前ちゃんどうしたの?」
私に気付いた歌歩ちゃんが声を掛けてくれた。
「あのね、奈良坂君呼んでくれるかな?」
「えっ!? 奈良坂君… 名前ちゃん…どうしたの? 大丈夫?」
そんなリアクションされる!? いやでも今までの私だったらそう思われても仕方ない。
「大丈夫だから、お願いします!」
そうだ、私は生まれ変わったんだ! 辞書借りるくらいなんて事ない!
鼻息荒く奈良坂君を待っていたが、いざ奈良坂君が私の前に立つとどっと顔から汗が吹き出る。
「苗字…? どうしたんだお前が俺に用事なんて」
「あっ…えっと…あの…」
さっきまでの勢いはどこへやら。心臓はドキドキするし手が震える。顔を見ることは疎か上手く言葉が出てこない。
「うっ…あの…」
ジリジリと体が後ろへ下がっていく。
「苗字?」
「えっと………ごめんなさい!!」
気が付いたら私は奈良坂君に背を向け駆け出していた。
後に残された歌歩ちゃんと奈良坂君はきっと呆気に取られていただろう。
クラスに戻ってきた私の様子を見てひゃみちゃんはやっぱりね、と呟いた。
「ひゃみちゃん…ダメだった…」
「見ればわかるよ。そんな事だろうとは思った」
「なんで…だって昨日は…」
辻君と楽しくお話出来たのに…。手も震えなかったし、顔から汗も吹きでなかった。
ドキドキはしたけどもっと温かい気持ちになるドキドキだった。
「それは辻君だったからじゃない?」
「辻君だったから?」
思わず私はぽかんと同じ言葉を繰り返す。
「辻君に慣れただけで他の男の子慣れた訳じゃないんだよ」
そう言われればそうだ…。たった一晩で苦手が克服出来るなんてそんな上手くいく訳ない。
でも辻君と話してる時は楽しかったのだ。緊張は確かにしたけどフワフワとした気持ちになった。
はにかみながら話をしてくれる辻君。辻君がたくさん話してくれて嬉しかった。
男の子を克服出来た訳じゃなくて辻君だけに慣れた…?
「そっか…」
「それか、辻君を好きとか?」
ひゃみちゃんの思わぬ発言に思考が止まる。
私が…辻君を好き?
「確か名前ちゃん言ってたよね? ランク戦の時の辻君綺麗って。実は名前ちゃん辻君の事好きなんじゃない?」
ひゃみちゃんは何を言っているんだろう? 私が男の子を好き? 苦手なのに?
確かに辻君は他の男の子とは違う。怖くないし揶揄ったりしないし優しい。
でもそれが好きって事になるの? 今まで男の子を好きになった事がない私にはわからない。
結局その日はひゃみちゃんの言葉が頭を支配して授業は全く手につかなかった。
辻君を好き。
ずっとグルグル考えている。人を好きになるってどういう事だろう。友達を好きとは違うよね。
今まで男の子が苦手でそういう事を考えた事がなかった私には答えが出ない。
少女漫画でよく見るようなキュンとするとかって事? 男の子に常にドキドキする私にはわからないかもしれない。
そんな事が考えながら防衛任務にあたっていた私が悪かった。
気がついた時には目の前にモールモッドがいた。
近付いていたらオペレーターから内部通話があるはずなのに。それに気付かないほどぼんやりしていたのだろうか。
モールモッドはすでにブレード状の脚をこちら目掛けて振り上げている。あ、シールドが間に合わない、と思ってただ目をギュッと瞑るしかなかった。
しかしいくら待っても衝撃は訪れない。そっと目を開けるとそこにいたのは孤月を片手に持つスーツの隊服姿の人とモールモッドの残骸だった。
それは私がいつもランク戦で見つめていたあの人で。
「辻君…」
「苗字さん! 大丈夫!?」
こちらを振り返ると私の元へ駆け寄ってきてくれた。どこかホッとした顔を見せてくれる辻君。その時私の胸は確かにトクンと鳴った。緊張ではない。苦しいような嬉しいような初めての感じ。
「ありがとう…辻君。ちょっと考え事してて… 反応が遅れちゃった…本当にありがとう」
「良かった… 苗字さん無事で…」
いつも赤面ばかりの辻君がふわっと微笑んだ。
その時私は全身がカーッと熱くなるのを感じた。なんだろうこれ。今まで感じた事のない状態に戸惑う私と下を向いて黙ったままの私に
「えっ…どうかしたの…大丈夫…?」と戸惑う辻君と私の元に新たな声がする。
「辻君急にいなくなるからどこ行ったのかと思ったら苗字ちゃん助けてたの」
犬飼先輩がやたらニコニコとしながらやってきた。
『名前ちゃんにモールモッドが近づいてるって言ったら辻君走り出しちゃったんだよ』
内部通話からはひゃみちゃんの声がした。その時うちのオペレーターから通信障害で接近の報告が遅れた事を詫びられた。
防衛任務後、辻君にお礼を言わなきゃと二宮隊の作戦室の扉の前に立つ。
何度も来てるはずなのになんだかソワソワする。
スーハー深呼吸していると急に扉が開いてビクッとしてしまった。
「あれ苗字ちゃんお疲れ様ー。辻君なら中にいるよ。じゃあねー」
犬飼先輩はヒラヒラと手を降って行ってしまった。それに続いて二宮さんも出てきたが私が会釈するとこちらを一瞥して去っていった。
そんな二人を見送っていると「名前ちゃん~! 大丈夫? お疲れ様!」と今度はひゃみちゃんが出てきた。
「あ、ひゃみちゃんお疲れ様。さっきはありがとう。あの…辻君…いるかな」
なんだか聞いていて恥ずかしくなってきてしまった。いつもとはきっと様子が違ったであろう私にひゃみちゃんはクスッと笑った。
「もしかして、答えは出た?」
その言葉に顔が燃えるように熱くなった。答え…答えは…
「まあ、本人と話せばわかるんじゃない。じゃあ頑張ってね」
ひゃみちゃんも手を振りつつ去っていってしまう。
頑張るってなにを? 途方に暮れている私におずおずと部屋の中から声が掛かった。
「あ… 苗字さん…」
会いに来た人の声。いるのはわかっていたのにドキドキする。部屋からひょっこり顔を出した辻君に胸が高鳴る。今まで辻君と話していた時には感じなかったこの高鳴りは一体なに? いや、もうその正体には気付いてる。
「辻君…あの…! さっきはありがとう…」
躊躇ったら言えなくなってしまいそうだから一気にお礼を伝える。顔は見て言えなかったけど。
「ううん…無事で良かったよ」
辻君の返事にチラリと顔を覗く。と目があってしまった。
顔から火を吹かんばかりに熱くなるのを感じるけど、嫌な気持ちにはならない。本当はもっと辻君を見たい。
この気持ちが、きっと恋なのだ。
男の子が怖い気持ちを克服したのではなく、私は辻君にいつの間にか恋に落ちていたのだった。
このままじゃいけないなと思って高校は女子校ではなく敢えて共学にした。高校入学を期にボーダーに入隊してみて自分を変えようと努力した。
でも全然ダメだった。やっぱり男の子は怖いしビクビクしちゃう。
隊も結局女の子だけの隊に入った。
トリオン量がそこそこあったから射手になってあまり相手に近付かない戦い方をしているからランク戦ではなんとか男の子相手にも戦える。だけどやっぱり日常生活ではダメだ。
そんな時同じクラスになったひゃみちゃんが「女の子苦手な男子なら上手く喋れるんじゃない?」と辻君を紹介してくれた。
紹介されてお互い「初めまして…」とおずおずと挨拶を交わしたけれど私は一方的に辻君を知っていた。
高校も同じだから廊下ですれ違った事もあるけれど、そうではない。
ボーダーに入隊して初めて見たランク戦で戦っていたのが二宮隊だ。
辻君が孤月を操り戦う姿を見てあまりに綺麗で見とれた。男の子を見て綺麗だと感想を抱いたのは初めてだった。
対戦相手も孤月を使っていたはずなのに、辻君とは違った。ただ辻君が戦う姿から目が離せなかった。
でもそれだけ。学校やボーダーですれ違ってもあの綺麗な戦い方の人だと心の中で思いながらもなにかする訳でもなく、ランク戦で戦っているのをただ見つめるばかりだった。
そんな時ひゃみちゃんに辻君を紹介されたのだった。対面するまで辻君が女の子が苦手なのを知らなかったから直接会ってみて戦っている姿とは随分違うんだな、と思った。
私はひゃみちゃんの後ろに隠れながら、辻君はひゃみちゃんから(私から)距離を少し取りながらのなんとも不思議な初対面だった。
そんな初対面から学校やボーダーですれ違うと顔を真っ赤にしながらも会釈し合う仲になった。ひゃみちゃんに会いに二宮隊の作戦室に行きそこで辻君と会えばたどたどしくも会話出来るようにはなった。
「あ…こんにちは…」
「あの…お邪魔してます…」
始終こんな調子だけれど。それでも同じ隊の二宮さんや犬飼先輩に比べれば全然マシだ。
まず二宮さんは怖い。いつもポケットに手を突っ込んでて辛うじて挨拶してもチラッとこちらを一瞥して「ああ…」とかしか返してくれない。怖い。
犬飼先輩は揶揄ってくる。
「あれ?苗字ちゃん来てたんだー。何してるの?」
にこにこしながらこちらにやたらに近付いてきて私の反応を見て楽しんでる。何となく目の奥が笑ってない気がするし…。苦手だ…。
やっぱり男の人は怖いし緊張する。でも辻君だけはどこか違う。なんでだろう。
ある日ひゃみちゃんと帰ろうと二宮隊の作戦室を訪ねると辻君しかいなかった。
「あの…ひゃみちゃんは…」
「あ… 苗字さん…えっと…あの…ひゃみさんは弟さんが熱を出したとかで急いで帰っちゃったんだ…」
辻君と二人きりで話をするのは実は今が初めてだった。
「そうなんだ…そっか、あの…ありがとう辻君」
思いの外二人でも話が出来たと(これでも)内心喜んでいた私に辻君が驚く提案をしてくれた。
「えっと…その苗字さん…今から帰るんでしょ…? 時間も遅いし…あの…」
「良かったら…送っていく…よ…」
最後の方はもう尻すぼみになっていたし顔も真っ赤だし私の方は見れないのか目もギュッと瞑ってしまっている。そんな言葉と様子にこちらが今度は赤くなる番だった。顔が熱い。汗が吹き出そうだ。
「え…あの…うん…お願い…します」
どうにかそう告げると辻君は瞑っていた目をパッと開いた。と、同時に辻君の様子を伺っていた私と目が合ってしまった。慌ててどちらからともなく目を逸らす。
「じゃ…じゃあ…行こうか…」
基地から出ると空には白く輝く丸い月が頭上にあった。
一緒に帰るとは行ったもののお互いの距離は二メートルは離れているし会話もない。
生まれて初めて男の子と二人きりで歩いてる…! 私は内心ドキドキだ。手に汗もかいてる。でもドキドキしてるけど嫌な気分じゃない。それは辻君が纏う雰囲気のせいだろうか。ちらりと辻君の方を盗み見ると綺麗な横顔。黙っているとあんな風に女の子にワタワタしてるようには見えない。その時ふと辻君のカバンに恐竜のキーホルダーが付いているのを見つけた。
「あ…あの…それ…恐竜…好きなの?」
思い切って聞いたもののやっぱりつっかえてしまう。すんなり話せない。それでも恐る恐る見つけたキーホルダーに指を指す。
「あ…うん…好き…」
「あのね…うちのお父さんも恐竜好きで…よく小さい頃話してくれたの…」
「えっ…ホント!? お父さん、なんの恐竜好きなの?」
辻君はパッと顔を綻ばすと恐竜についてスラスラと話しだした。今までのたどたどしい辻君からは想像も出来ない位。そんな辻君につられて私もお父さんから教わった恐竜の知識を披露して思いの外話が弾んだ。
まさか男の子とこんなに話す日がくるなんて…。その相手が辻君なのがどこか嬉しい。胸の当たりが擽ったい。
気がつけばあっという間に私の家に着いていた。
「辻君…送ってくれてありがとう…」
「ううん…どういたしまして…」
目を合わす事は出来ないけれど少し男の子への苦手意識が薄れた気がしてふわふわした気分だ。
「それじゃあ…またね…」
「うん…辻君も気をつけて帰ってね…あの…おやすみなさい」
帰っていく辻君の背中を見送る私はなんだか不思議な気分だ。
男の子と一緒に帰ってお話もして、おやすみまで言ってしまった。
布団に入っても興奮してしまってその日はなかなか眠れなかった。
次の日、学校でひゃみちゃんに私はいそいそと報告した。
「おはよーひゃみちゃん! あっ、弟くん熱大丈夫? あのね昨日ね…」
「おはようって待って待って! ちょっと落ち着いて。とりあえず弟はもう大丈夫だよ。ありがとう」
なんでこんなに気持ちが逸るのだろう。ひゃみちゃんに早く聞いて欲しい。
「あのねっ! 昨日ひゃみちゃんと帰ろうと二宮隊の所行ったらね辻君がいてね、ひゃみちゃん先に帰ったから良かった家まで送るよって!」
「えっ!? 辻くんが!? 名前ちゃんを家まで送った!?」
今まで見た事ないくらい驚いてるひゃみちゃんだ。確かに私も驚いたしね。
「今日これから大雪でも降るかな…あの辻くんが…女の子を家まで…えっそれで名前ちゃん大丈夫だったの?」
「うん! あのね恐竜の話で盛り上がって、楽しく帰れたの!」
にこにこと報告する私に信じられないと言った顔をしてる。
「辻くんと…話が盛り上がる…?」
「うん。だから少し男の子苦手なの克服出来たかなって! これもひゃみちゃんと辻君のお陰だよ!」
「うーん…そんな単純な話かなぁ? じゃあさあ、奈良坂君から英語の辞書借りてきてみて?」
急なひゃみちゃんの提案に驚くけれど私ちょっとは男の子苦手なの平気になったはず!
「…よし! 私やってみる」
奈良坂君なら同じボーダー隊員だし穏やそうな彼ならきっと平気。そう自分に言い聞かせて隣のクラスのドアの前に立つ。
「あれ? 名前ちゃんどうしたの?」
私に気付いた歌歩ちゃんが声を掛けてくれた。
「あのね、奈良坂君呼んでくれるかな?」
「えっ!? 奈良坂君… 名前ちゃん…どうしたの? 大丈夫?」
そんなリアクションされる!? いやでも今までの私だったらそう思われても仕方ない。
「大丈夫だから、お願いします!」
そうだ、私は生まれ変わったんだ! 辞書借りるくらいなんて事ない!
鼻息荒く奈良坂君を待っていたが、いざ奈良坂君が私の前に立つとどっと顔から汗が吹き出る。
「苗字…? どうしたんだお前が俺に用事なんて」
「あっ…えっと…あの…」
さっきまでの勢いはどこへやら。心臓はドキドキするし手が震える。顔を見ることは疎か上手く言葉が出てこない。
「うっ…あの…」
ジリジリと体が後ろへ下がっていく。
「苗字?」
「えっと………ごめんなさい!!」
気が付いたら私は奈良坂君に背を向け駆け出していた。
後に残された歌歩ちゃんと奈良坂君はきっと呆気に取られていただろう。
クラスに戻ってきた私の様子を見てひゃみちゃんはやっぱりね、と呟いた。
「ひゃみちゃん…ダメだった…」
「見ればわかるよ。そんな事だろうとは思った」
「なんで…だって昨日は…」
辻君と楽しくお話出来たのに…。手も震えなかったし、顔から汗も吹きでなかった。
ドキドキはしたけどもっと温かい気持ちになるドキドキだった。
「それは辻君だったからじゃない?」
「辻君だったから?」
思わず私はぽかんと同じ言葉を繰り返す。
「辻君に慣れただけで他の男の子慣れた訳じゃないんだよ」
そう言われればそうだ…。たった一晩で苦手が克服出来るなんてそんな上手くいく訳ない。
でも辻君と話してる時は楽しかったのだ。緊張は確かにしたけどフワフワとした気持ちになった。
はにかみながら話をしてくれる辻君。辻君がたくさん話してくれて嬉しかった。
男の子を克服出来た訳じゃなくて辻君だけに慣れた…?
「そっか…」
「それか、辻君を好きとか?」
ひゃみちゃんの思わぬ発言に思考が止まる。
私が…辻君を好き?
「確か名前ちゃん言ってたよね? ランク戦の時の辻君綺麗って。実は名前ちゃん辻君の事好きなんじゃない?」
ひゃみちゃんは何を言っているんだろう? 私が男の子を好き? 苦手なのに?
確かに辻君は他の男の子とは違う。怖くないし揶揄ったりしないし優しい。
でもそれが好きって事になるの? 今まで男の子を好きになった事がない私にはわからない。
結局その日はひゃみちゃんの言葉が頭を支配して授業は全く手につかなかった。
辻君を好き。
ずっとグルグル考えている。人を好きになるってどういう事だろう。友達を好きとは違うよね。
今まで男の子が苦手でそういう事を考えた事がなかった私には答えが出ない。
少女漫画でよく見るようなキュンとするとかって事? 男の子に常にドキドキする私にはわからないかもしれない。
そんな事が考えながら防衛任務にあたっていた私が悪かった。
気がついた時には目の前にモールモッドがいた。
近付いていたらオペレーターから内部通話があるはずなのに。それに気付かないほどぼんやりしていたのだろうか。
モールモッドはすでにブレード状の脚をこちら目掛けて振り上げている。あ、シールドが間に合わない、と思ってただ目をギュッと瞑るしかなかった。
しかしいくら待っても衝撃は訪れない。そっと目を開けるとそこにいたのは孤月を片手に持つスーツの隊服姿の人とモールモッドの残骸だった。
それは私がいつもランク戦で見つめていたあの人で。
「辻君…」
「苗字さん! 大丈夫!?」
こちらを振り返ると私の元へ駆け寄ってきてくれた。どこかホッとした顔を見せてくれる辻君。その時私の胸は確かにトクンと鳴った。緊張ではない。苦しいような嬉しいような初めての感じ。
「ありがとう…辻君。ちょっと考え事してて… 反応が遅れちゃった…本当にありがとう」
「良かった… 苗字さん無事で…」
いつも赤面ばかりの辻君がふわっと微笑んだ。
その時私は全身がカーッと熱くなるのを感じた。なんだろうこれ。今まで感じた事のない状態に戸惑う私と下を向いて黙ったままの私に
「えっ…どうかしたの…大丈夫…?」と戸惑う辻君と私の元に新たな声がする。
「辻君急にいなくなるからどこ行ったのかと思ったら苗字ちゃん助けてたの」
犬飼先輩がやたらニコニコとしながらやってきた。
『名前ちゃんにモールモッドが近づいてるって言ったら辻君走り出しちゃったんだよ』
内部通話からはひゃみちゃんの声がした。その時うちのオペレーターから通信障害で接近の報告が遅れた事を詫びられた。
防衛任務後、辻君にお礼を言わなきゃと二宮隊の作戦室の扉の前に立つ。
何度も来てるはずなのになんだかソワソワする。
スーハー深呼吸していると急に扉が開いてビクッとしてしまった。
「あれ苗字ちゃんお疲れ様ー。辻君なら中にいるよ。じゃあねー」
犬飼先輩はヒラヒラと手を降って行ってしまった。それに続いて二宮さんも出てきたが私が会釈するとこちらを一瞥して去っていった。
そんな二人を見送っていると「名前ちゃん~! 大丈夫? お疲れ様!」と今度はひゃみちゃんが出てきた。
「あ、ひゃみちゃんお疲れ様。さっきはありがとう。あの…辻君…いるかな」
なんだか聞いていて恥ずかしくなってきてしまった。いつもとはきっと様子が違ったであろう私にひゃみちゃんはクスッと笑った。
「もしかして、答えは出た?」
その言葉に顔が燃えるように熱くなった。答え…答えは…
「まあ、本人と話せばわかるんじゃない。じゃあ頑張ってね」
ひゃみちゃんも手を振りつつ去っていってしまう。
頑張るってなにを? 途方に暮れている私におずおずと部屋の中から声が掛かった。
「あ… 苗字さん…」
会いに来た人の声。いるのはわかっていたのにドキドキする。部屋からひょっこり顔を出した辻君に胸が高鳴る。今まで辻君と話していた時には感じなかったこの高鳴りは一体なに? いや、もうその正体には気付いてる。
「辻君…あの…! さっきはありがとう…」
躊躇ったら言えなくなってしまいそうだから一気にお礼を伝える。顔は見て言えなかったけど。
「ううん…無事で良かったよ」
辻君の返事にチラリと顔を覗く。と目があってしまった。
顔から火を吹かんばかりに熱くなるのを感じるけど、嫌な気持ちにはならない。本当はもっと辻君を見たい。
この気持ちが、きっと恋なのだ。
男の子が怖い気持ちを克服したのではなく、私は辻君にいつの間にか恋に落ちていたのだった。