炎のゴブレット
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医務室の窓から、やわらかな昼の光が差し込んでいた。空には薄い雲が浮かび、ときおり木の葉の影がカーテン越しに揺れている。
ナツキは、薄い毛布の下で静かに目を開けた。時計を見ると、もう昼を過ぎている。
右手に、ぬくもりがあった。見ると、小さな手がしっかりとナツキの指を握っている。
「ナツキ様!お目覚めですか?」
ピブルの声が弾けたように響いた。大きな目をうるませて、喜びと安堵が一度にあふれ出る。
ナツキはかすかに微笑み、乾いた唇をゆっくりと開いた。
「ピブル・・・ずっと、そばにいてくれたの・・・?」
「はい、はいとも!ピブルは一晩中、ナツキ様の手を握っておりました!」
胸の奥にじんわりと熱いものが広がってきた。
「ピブル、お礼を言ってなかったね。昨夜は本当にありがとう。私、あなたがいなかったら・・・・」
するとピブルは、目をまんまるに見開き、耳をピンと立てて、叫んだ。
「ああ!なんと勿体無いお言葉!!ピブルは!お役に立てて光栄なのです!!」
そのとき、カーテンの向こうから足音が近づき、やがてマダム・ポンフリーが顔をのぞかせた。
「まあ、目が覚めたのね。顔色も随分よくなってるわ。もう大丈夫かしら?」
そう言って、マダム・ポンフリーはにっこりと微笑んだ。
「はい、だいぶ、良くなった気がします。」
「無理はしないでね。」
ナツキは医務室の扉を静かに閉め、ピブルとはそこで一度別れた。小さな手をぎゅっと握ると、ピブルは名残惜しそうに深くお辞儀をしてから、音もなく姿を消した。
廊下には、しんとした静けさが漂っている。ハリーの姿はすでになく、きっともう回復して談話室かどこかへ行ったのだろう。
そのまま、ふと引き寄せられるようにナツキは西塔へ向かった。
階段をひとつ、またひとつと上っていく。回転扉のライオンのレリーフがある階へ差しかかったそのとき、
「ナツキ、」
「ジョージ!」
そこには、少し息を切らしたジョージが立っていた。彼の瞳は安堵と心配の色を宿している。
「医務室に様子を見にいったらいないし、談話室にもいないから・・・・・。よかった、見つけられて・・・・」
「あ、えっと、大丈夫だよ。よく、寝れたし・・・・」
ナツキはぎこちなく笑って答えるが、ジョージはじっと彼女の顔を見つめたまま、首を小さく横に振った。
「・・・そうかな。あんまり俺にはそうは見えないな。」
静かに言ったその声には、冗談めいた響きはなかった。だが次の瞬間、彼は口元をほころばせる。
「ふわふわの友達にでも会いに行くのか?」
ナツキはその言葉の意味に一瞬ぽかんとしたが、すぐにそれがライオンのサイラスを示す言葉と気づいて、思わずふっと笑みがこぼれた。
「うん。」
「俺もついていっていいかな?離れたくないんだ。」
その言葉は、いつもの軽口とは違っていた。まっすぐで、どこか切実だった。
ナツキは少し驚いた。ジョージがグリフィンドールの秘密の部屋の存在を知っているのは以前からだったが、彼はそれを誰にも話さず、これまで一度も積極的に足を踏み入れようとしなかったからだ。
「サイラスが、嫌がらなければ。」
「うん、それでいいよ。」
ふたりは並んで、回転扉の前へと歩き出す。サイラスからの拒絶は感じられなかった。ナツキがそっと手を伸ばすと、ライオンの牙に指先が触れる。
ちくりとした痛みが走り、それを合図にしたかのように、扉がぐるりと回り始めた。そして奥に続く細い通路が姿を現す。
ジョージは黙ってその様子を見守り、ナツキの後に続いた。扉が閉まると、外の光と音はすっかり遮断され、ひんやりとした静寂が二人を包み込む。
やがて通路の先がふっと開け、奥にひっそりと広がる書斎へと足を踏み入れた。
「・・・ナツキ、久しいな。」
暖炉の前に寝そべっていたサイラスが、ゆっくりと立ち上がり、低く、落ち着いた声で言った。ジョージには一瞥をくれただけで、まるで空気のように扱っている。ジョージはそれに気づいて苦笑し、肩をすくめた。
「これなかったの。でもこなくて正解だった。忍びの地図を死喰い人に預けちゃってたんだから。ここがバレていたかもしれない。」
「それは休暇前にもかかわらず、お前の気配がホグワーツから消えたことと関係があるのか?」
その言葉に、ナツキの表情が一瞬だけぴくりと動いた。
「・・・・サイラスには、話す必要があると思って・・・ハリーのことも・・・・全部。」
静かな決意を込めてそう呟いたナツキに、隣のジョージが少し身を乗り出した。
「あー、俺、やっぱりいない方がよかった?部屋の外で待ってようか?」
彼の声には気遣いと、不安がにじんでいた。ジョージはナツキの顔を覗き込み、困ったように笑みを浮かべてみせた。
ナツキは言葉をすぐに返せなかった。
あんなことがあったと知れたら、ジョージは私のことをどう思うだろうか。
「・・・ナツキはお前に嫌われることを恐れている・・・」
一瞬、時間が止まったように感じた。ナツキの感情がサイラスに筒抜けていることを思い出した。
「サイラス!!」
ナツキは顔を赤くして振り返り、思わず叫んでいた。だがサイラスは悪びれる様子もなく、金の瞳を静かに瞬かせた。
「私は、ただ事実を述べただけだ。」
「いや、うん、なんとなく、そうかなとは思ってた。」
ジョージの声が意外にも穏やかに響いた。
ナツキがはっとして彼の方を見ると、ジョージは困ったように笑っていた。
「全く、どうしてまだ信じられないんだ?俺がナツキのこと嫌いになるなんて、あるわけないだろ。」
ジョージはナツキの頬に手を当てた。
「たとえ、例のあの人と何があっても、だ。」
その声はまっすぐで迷いがなかった。胸の奥で張り詰めていた何かがほどけていくのを感じた。
少しだけ息を整え、ナツキは静かに口を開いた。
「ヴォルデモートは、ハリーの血で復活したの。完全に。」
言葉を発するたびに、昨日の記憶が蘇る。
「それで、ハリーがなんとか逃げたあと・・・私、ムーディ・・・ううん、バーティ・クラウチ・ジュニアに、騙されて・・・ポートキーで、ヴォルデモートの前に飛ばされたの。」
その場の空気が重くなった。
ジョージは言葉を挟まず、ただナツキの横顔を見守りながら、そっと彼女の手を握っていた。
ナツキの声はしだいにかすれ始めた。それでも、止まるわけにはいかなかった。
「杖もなくて、ただ立ち尽くすしかなくて・・・ヴォルデモートは、私と二人きりになって取引を持ちかけてきたの。『お前が俺様のものになるなら、ハリーには手を出さない』って。」
ジョージの指がぴくりと動いた。サイラスが大きく息を吐いた。
「・・・・それは、ただの仲間になれという意味ではなかったんだな、ナツキ。あの下劣な者は、お前の大切な友人を盾に・・・」
ナツキは黙って頷いた。
「どういう意味だ?」
「わからぬのか阿呆。要はナツキに自分の女になるようにと言ったのだ。あいつの考えそうなことだ・・・・。」
その言葉に、ジョージの全身がぴたりと止まった。
「は?」
低く、絞り出すような声だった。ナツキはジョージの顔が見れなかった。
「でも、私は逃げた。うちの屋敷しもべ妖精のピブルに付き添い姿現しで、ダンブルドア先生のところに連れてきてもらったの。」
ナツキの声は震えていた。ハリーへの罪悪感が胸を締めつける。けれどそのとき、サイラスが静かに言った。
「俺はお前が無事に戻ってきてくれたことだけで十分だ。何も恥じることなんてない。よく、帰ってきてくれた。」
その声は落ち着いていた。しかしジョージは、そうではなかった。
ナツキの前に立ち、両肩をぐっと掴む。その指先にこめられた力は、彼の感情を物語っていた。
「何をされたんだ?」
声が低く震えていた。
「あの人に、触られたのか?」
ナツキは息を呑んだ。サイラスが唸り声を上げた。
「ナツキを責めるな。杖もなく、奴の前に放り出された、こうして戻っただけでも、どれだけの奇跡だと思っている。」
「責めてなんかない!」
声を張り上げた後、ジョージは拳をぎゅっと握りしめた。
「責めてなんか、ない・・・!ただ、寄り添いたいんだ。どれほど怖かったか、どんな思いをしたか・・・その全部を・・・俺が、知っておきたいだけなんだ・・・!」
彼の声は震えていたが、その瞳は真っすぐにナツキを見つめていた。
「そうじゃないと、ナツキはまた、俺に嫌われるんじゃないかって・・・勝手に、勘違いしちまうだろ?」
ナツキは驚いたように目を見開き、胸がきゅっと締めつけられるのを感じた。
そのとき、暖炉の前にいたサイラスが、わざとらしく大きなあくびをひとつした。
「ならば二人で話すが良い。私は奥で眠ってくる。」
そう言うと、彼は尾をゆらりと揺らしながら、書斎の奥にある扉へと歩いていった。
扉が静かに閉まると、部屋の中は急にしんと静まりかえった。ジョージはその背中を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「・・・・あいつ、案外気使えるんだな。」
ナツキは、少しだけ笑った。そして書斎の片隅に置かれた、柔らかな赤いソファに目を向けた。
「座ろうか。」
ジョージは頷き、ナツキと並ぶように腰を下ろした。ソファはほどよく沈み込み、身体の緊張を優しく吸い取ってくれる。
「さっきは、ごめん。取り乱した。」
ジョージがぽつりと呟いた。
「ナツキ、こっち向いて。」
その言葉に、ナツキはゆっくりとジョージへ顔を向けた。
「俺、お前が何を抱えてても、何があっても、絶対に嫌いになんてなれない。こんなに好きなのに、一体、どうやったら伝わるんだ?」
そのまま彼は、ためらうことなくナツキの頬に手を添え、そっと顔を近づけた。
ナツキの鼓動が、一瞬にして速くなる。唇が重なった瞬間、ナツキの中にあった恐れや不安が、ふっとほどけていくようだった。
ジョージは唇を離すと、そのままそっと額をナツキの額に重ね囁いた。
「あの人に何されたんだ?・・・こんなふうに、キスもされたのか?なあ、ナツキ、何があったか、全部話してくれ。辛いなら、少しずつでいい。・・・でも、俺は知っていたい。全部、全部・・・俺が、上書きしてやるから。」
その言葉に、ナツキの目にまた、じんわりと涙がにじんだ。
「キスはされてない・・・」
「うん。」
「ベッドに、押し倒されたけど、」
その瞬間、ジョージの肩が小さく震えたのが伝わってきた。
「すぐに離れていった。いなくなった隙に、逃げたから、それ以上は、何もされてない。」
ジョージはナツキの手を強く握った。そのぬくもりが、ナツキの心の奥の冷えた場所をゆっくりと温めた。
「ありがとう。話してくれて。怖かったよな、よく逃げてくれた。よかった・・・・ナツキが無事で・・・・!!」
そう言った途端、ジョージはナツキを力いっぱい抱きしめた。
ナツキはその胸に顔を埋めるように身を預け、そっと背中に手を回した。しばらくの間、ふたりは言葉もなく抱き合った。
ジョージの肩は微かに震えていた。
やがて、深く息を吐くと、ジョージはそっとナツキから身を離した。そして、顔を上げたときには、もういつもの、いたずらっぽい笑みが戻っていた。
「・・・さーて、押し倒されたんだったな。」
「え?」
ナツキがきょとんとした顔を見せたその瞬間、ジョージはニヤリと笑みを深めた。
「上書きしてやんなくちゃな。」
「ちょ、何言って・・・」
ナツキが言い終わるより先に、ジョージはやわらかくナツキの肩に手を添え、そっとソファへ背中を預けさせた。目を丸くして固まったナツキの頬は、見る見るうちに真っ赤になった。
「俺なら怖くないだろ?」
顔の両脇にはジョージの腕が置かれ、あの時と同じような体勢にもかかわらず、胸の奥を締めつけていたのは恐怖では全くなかった。
ゼロ距離の彼の瞳が真っ直ぐにナツキを映している。
「ま、まって、ジョージ・・・・!」
「ナツキが可愛すぎるのが悪い。」
そうささやくと、彼はナツキの戸惑いもろとも、そっと唇を重ねた。
ナツキは目をぎゅっと閉じた。頬はますます熱くなり、心臓が痛いほど高鳴っていた。
ジョージはその様子に満足げに微笑むと、優しく何度も角度を変えてキスを落とした。
「っ!待って、待って・・・!」
ナツキが肩を震わせながら声をあげると、ジョージは唇を離し、いたずらっぽく囁いた。
「んー?嫌だった?」
「ち、違う・・けど・・!」
「ならいいだろ?」
ジョージは再びナツキの額に、頬に、まるで宝物を扱うようにキスを落としていった。
「ナツキ、口開けて?」
「な、なんで・・・!?」
抗議の声を上げるためだったが、ナツキは図らずしもジョージの言う通りにしてしまった。
その隙を逃すジョージではなく、口の中に、彼の温かい舌が入り込んできた。
「っ!」
そっと探るように、ジョージの舌が歯列をなぞり、ナツキの舌を捕まえようとする。
「ん・・・」
「・・・・ナツキ、返してくんねーの?」
「む、無理・・・・!」
息がかかるほどの距離で残念そうな顔をするジョージに、そう返すのが精一杯だった。
「まあ、今日はこれくらいにしてやるか。十分上書きできたろ?」
「やりすぎだよ!」
ジョージが悪戯っぽく微笑みながら、わざとらしく肩をすくめて言うと、ナツキは思わず頬を膨らませた。
ジョージはそんなナツキの頭を軽く撫でると、にやりと笑って言った。
「早くその真っ赤な顔なんとかしてくれ。寮に戻れないだろ?」
「だ、誰のせいだと・・・」
「俺みたいなのを好きになっちまったナツキが悪いんだ。」
その一言に、ナツキはますます顔を真っ赤にして、手元のクッションでジョージの肩をぺしりと叩いた。
ナツキは、薄い毛布の下で静かに目を開けた。時計を見ると、もう昼を過ぎている。
右手に、ぬくもりがあった。見ると、小さな手がしっかりとナツキの指を握っている。
「ナツキ様!お目覚めですか?」
ピブルの声が弾けたように響いた。大きな目をうるませて、喜びと安堵が一度にあふれ出る。
ナツキはかすかに微笑み、乾いた唇をゆっくりと開いた。
「ピブル・・・ずっと、そばにいてくれたの・・・?」
「はい、はいとも!ピブルは一晩中、ナツキ様の手を握っておりました!」
胸の奥にじんわりと熱いものが広がってきた。
「ピブル、お礼を言ってなかったね。昨夜は本当にありがとう。私、あなたがいなかったら・・・・」
するとピブルは、目をまんまるに見開き、耳をピンと立てて、叫んだ。
「ああ!なんと勿体無いお言葉!!ピブルは!お役に立てて光栄なのです!!」
そのとき、カーテンの向こうから足音が近づき、やがてマダム・ポンフリーが顔をのぞかせた。
「まあ、目が覚めたのね。顔色も随分よくなってるわ。もう大丈夫かしら?」
そう言って、マダム・ポンフリーはにっこりと微笑んだ。
「はい、だいぶ、良くなった気がします。」
「無理はしないでね。」
ナツキは医務室の扉を静かに閉め、ピブルとはそこで一度別れた。小さな手をぎゅっと握ると、ピブルは名残惜しそうに深くお辞儀をしてから、音もなく姿を消した。
廊下には、しんとした静けさが漂っている。ハリーの姿はすでになく、きっともう回復して談話室かどこかへ行ったのだろう。
そのまま、ふと引き寄せられるようにナツキは西塔へ向かった。
階段をひとつ、またひとつと上っていく。回転扉のライオンのレリーフがある階へ差しかかったそのとき、
「ナツキ、」
「ジョージ!」
そこには、少し息を切らしたジョージが立っていた。彼の瞳は安堵と心配の色を宿している。
「医務室に様子を見にいったらいないし、談話室にもいないから・・・・・。よかった、見つけられて・・・・」
「あ、えっと、大丈夫だよ。よく、寝れたし・・・・」
ナツキはぎこちなく笑って答えるが、ジョージはじっと彼女の顔を見つめたまま、首を小さく横に振った。
「・・・そうかな。あんまり俺にはそうは見えないな。」
静かに言ったその声には、冗談めいた響きはなかった。だが次の瞬間、彼は口元をほころばせる。
「ふわふわの友達にでも会いに行くのか?」
ナツキはその言葉の意味に一瞬ぽかんとしたが、すぐにそれがライオンのサイラスを示す言葉と気づいて、思わずふっと笑みがこぼれた。
「うん。」
「俺もついていっていいかな?離れたくないんだ。」
その言葉は、いつもの軽口とは違っていた。まっすぐで、どこか切実だった。
ナツキは少し驚いた。ジョージがグリフィンドールの秘密の部屋の存在を知っているのは以前からだったが、彼はそれを誰にも話さず、これまで一度も積極的に足を踏み入れようとしなかったからだ。
「サイラスが、嫌がらなければ。」
「うん、それでいいよ。」
ふたりは並んで、回転扉の前へと歩き出す。サイラスからの拒絶は感じられなかった。ナツキがそっと手を伸ばすと、ライオンの牙に指先が触れる。
ちくりとした痛みが走り、それを合図にしたかのように、扉がぐるりと回り始めた。そして奥に続く細い通路が姿を現す。
ジョージは黙ってその様子を見守り、ナツキの後に続いた。扉が閉まると、外の光と音はすっかり遮断され、ひんやりとした静寂が二人を包み込む。
やがて通路の先がふっと開け、奥にひっそりと広がる書斎へと足を踏み入れた。
「・・・ナツキ、久しいな。」
暖炉の前に寝そべっていたサイラスが、ゆっくりと立ち上がり、低く、落ち着いた声で言った。ジョージには一瞥をくれただけで、まるで空気のように扱っている。ジョージはそれに気づいて苦笑し、肩をすくめた。
「これなかったの。でもこなくて正解だった。忍びの地図を死喰い人に預けちゃってたんだから。ここがバレていたかもしれない。」
「それは休暇前にもかかわらず、お前の気配がホグワーツから消えたことと関係があるのか?」
その言葉に、ナツキの表情が一瞬だけぴくりと動いた。
「・・・・サイラスには、話す必要があると思って・・・ハリーのことも・・・・全部。」
静かな決意を込めてそう呟いたナツキに、隣のジョージが少し身を乗り出した。
「あー、俺、やっぱりいない方がよかった?部屋の外で待ってようか?」
彼の声には気遣いと、不安がにじんでいた。ジョージはナツキの顔を覗き込み、困ったように笑みを浮かべてみせた。
ナツキは言葉をすぐに返せなかった。
あんなことがあったと知れたら、ジョージは私のことをどう思うだろうか。
「・・・ナツキはお前に嫌われることを恐れている・・・」
一瞬、時間が止まったように感じた。ナツキの感情がサイラスに筒抜けていることを思い出した。
「サイラス!!」
ナツキは顔を赤くして振り返り、思わず叫んでいた。だがサイラスは悪びれる様子もなく、金の瞳を静かに瞬かせた。
「私は、ただ事実を述べただけだ。」
「いや、うん、なんとなく、そうかなとは思ってた。」
ジョージの声が意外にも穏やかに響いた。
ナツキがはっとして彼の方を見ると、ジョージは困ったように笑っていた。
「全く、どうしてまだ信じられないんだ?俺がナツキのこと嫌いになるなんて、あるわけないだろ。」
ジョージはナツキの頬に手を当てた。
「たとえ、例のあの人と何があっても、だ。」
その声はまっすぐで迷いがなかった。胸の奥で張り詰めていた何かがほどけていくのを感じた。
少しだけ息を整え、ナツキは静かに口を開いた。
「ヴォルデモートは、ハリーの血で復活したの。完全に。」
言葉を発するたびに、昨日の記憶が蘇る。
「それで、ハリーがなんとか逃げたあと・・・私、ムーディ・・・ううん、バーティ・クラウチ・ジュニアに、騙されて・・・ポートキーで、ヴォルデモートの前に飛ばされたの。」
その場の空気が重くなった。
ジョージは言葉を挟まず、ただナツキの横顔を見守りながら、そっと彼女の手を握っていた。
ナツキの声はしだいにかすれ始めた。それでも、止まるわけにはいかなかった。
「杖もなくて、ただ立ち尽くすしかなくて・・・ヴォルデモートは、私と二人きりになって取引を持ちかけてきたの。『お前が俺様のものになるなら、ハリーには手を出さない』って。」
ジョージの指がぴくりと動いた。サイラスが大きく息を吐いた。
「・・・・それは、ただの仲間になれという意味ではなかったんだな、ナツキ。あの下劣な者は、お前の大切な友人を盾に・・・」
ナツキは黙って頷いた。
「どういう意味だ?」
「わからぬのか阿呆。要はナツキに自分の女になるようにと言ったのだ。あいつの考えそうなことだ・・・・。」
その言葉に、ジョージの全身がぴたりと止まった。
「は?」
低く、絞り出すような声だった。ナツキはジョージの顔が見れなかった。
「でも、私は逃げた。うちの屋敷しもべ妖精のピブルに付き添い姿現しで、ダンブルドア先生のところに連れてきてもらったの。」
ナツキの声は震えていた。ハリーへの罪悪感が胸を締めつける。けれどそのとき、サイラスが静かに言った。
「俺はお前が無事に戻ってきてくれたことだけで十分だ。何も恥じることなんてない。よく、帰ってきてくれた。」
その声は落ち着いていた。しかしジョージは、そうではなかった。
ナツキの前に立ち、両肩をぐっと掴む。その指先にこめられた力は、彼の感情を物語っていた。
「何をされたんだ?」
声が低く震えていた。
「あの人に、触られたのか?」
ナツキは息を呑んだ。サイラスが唸り声を上げた。
「ナツキを責めるな。杖もなく、奴の前に放り出された、こうして戻っただけでも、どれだけの奇跡だと思っている。」
「責めてなんかない!」
声を張り上げた後、ジョージは拳をぎゅっと握りしめた。
「責めてなんか、ない・・・!ただ、寄り添いたいんだ。どれほど怖かったか、どんな思いをしたか・・・その全部を・・・俺が、知っておきたいだけなんだ・・・!」
彼の声は震えていたが、その瞳は真っすぐにナツキを見つめていた。
「そうじゃないと、ナツキはまた、俺に嫌われるんじゃないかって・・・勝手に、勘違いしちまうだろ?」
ナツキは驚いたように目を見開き、胸がきゅっと締めつけられるのを感じた。
そのとき、暖炉の前にいたサイラスが、わざとらしく大きなあくびをひとつした。
「ならば二人で話すが良い。私は奥で眠ってくる。」
そう言うと、彼は尾をゆらりと揺らしながら、書斎の奥にある扉へと歩いていった。
扉が静かに閉まると、部屋の中は急にしんと静まりかえった。ジョージはその背中を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「・・・・あいつ、案外気使えるんだな。」
ナツキは、少しだけ笑った。そして書斎の片隅に置かれた、柔らかな赤いソファに目を向けた。
「座ろうか。」
ジョージは頷き、ナツキと並ぶように腰を下ろした。ソファはほどよく沈み込み、身体の緊張を優しく吸い取ってくれる。
「さっきは、ごめん。取り乱した。」
ジョージがぽつりと呟いた。
「ナツキ、こっち向いて。」
その言葉に、ナツキはゆっくりとジョージへ顔を向けた。
「俺、お前が何を抱えてても、何があっても、絶対に嫌いになんてなれない。こんなに好きなのに、一体、どうやったら伝わるんだ?」
そのまま彼は、ためらうことなくナツキの頬に手を添え、そっと顔を近づけた。
ナツキの鼓動が、一瞬にして速くなる。唇が重なった瞬間、ナツキの中にあった恐れや不安が、ふっとほどけていくようだった。
ジョージは唇を離すと、そのままそっと額をナツキの額に重ね囁いた。
「あの人に何されたんだ?・・・こんなふうに、キスもされたのか?なあ、ナツキ、何があったか、全部話してくれ。辛いなら、少しずつでいい。・・・でも、俺は知っていたい。全部、全部・・・俺が、上書きしてやるから。」
その言葉に、ナツキの目にまた、じんわりと涙がにじんだ。
「キスはされてない・・・」
「うん。」
「ベッドに、押し倒されたけど、」
その瞬間、ジョージの肩が小さく震えたのが伝わってきた。
「すぐに離れていった。いなくなった隙に、逃げたから、それ以上は、何もされてない。」
ジョージはナツキの手を強く握った。そのぬくもりが、ナツキの心の奥の冷えた場所をゆっくりと温めた。
「ありがとう。話してくれて。怖かったよな、よく逃げてくれた。よかった・・・・ナツキが無事で・・・・!!」
そう言った途端、ジョージはナツキを力いっぱい抱きしめた。
ナツキはその胸に顔を埋めるように身を預け、そっと背中に手を回した。しばらくの間、ふたりは言葉もなく抱き合った。
ジョージの肩は微かに震えていた。
やがて、深く息を吐くと、ジョージはそっとナツキから身を離した。そして、顔を上げたときには、もういつもの、いたずらっぽい笑みが戻っていた。
「・・・さーて、押し倒されたんだったな。」
「え?」
ナツキがきょとんとした顔を見せたその瞬間、ジョージはニヤリと笑みを深めた。
「上書きしてやんなくちゃな。」
「ちょ、何言って・・・」
ナツキが言い終わるより先に、ジョージはやわらかくナツキの肩に手を添え、そっとソファへ背中を預けさせた。目を丸くして固まったナツキの頬は、見る見るうちに真っ赤になった。
「俺なら怖くないだろ?」
顔の両脇にはジョージの腕が置かれ、あの時と同じような体勢にもかかわらず、胸の奥を締めつけていたのは恐怖では全くなかった。
ゼロ距離の彼の瞳が真っ直ぐにナツキを映している。
「ま、まって、ジョージ・・・・!」
「ナツキが可愛すぎるのが悪い。」
そうささやくと、彼はナツキの戸惑いもろとも、そっと唇を重ねた。
ナツキは目をぎゅっと閉じた。頬はますます熱くなり、心臓が痛いほど高鳴っていた。
ジョージはその様子に満足げに微笑むと、優しく何度も角度を変えてキスを落とした。
「っ!待って、待って・・・!」
ナツキが肩を震わせながら声をあげると、ジョージは唇を離し、いたずらっぽく囁いた。
「んー?嫌だった?」
「ち、違う・・けど・・!」
「ならいいだろ?」
ジョージは再びナツキの額に、頬に、まるで宝物を扱うようにキスを落としていった。
「ナツキ、口開けて?」
「な、なんで・・・!?」
抗議の声を上げるためだったが、ナツキは図らずしもジョージの言う通りにしてしまった。
その隙を逃すジョージではなく、口の中に、彼の温かい舌が入り込んできた。
「っ!」
そっと探るように、ジョージの舌が歯列をなぞり、ナツキの舌を捕まえようとする。
「ん・・・」
「・・・・ナツキ、返してくんねーの?」
「む、無理・・・・!」
息がかかるほどの距離で残念そうな顔をするジョージに、そう返すのが精一杯だった。
「まあ、今日はこれくらいにしてやるか。十分上書きできたろ?」
「やりすぎだよ!」
ジョージが悪戯っぽく微笑みながら、わざとらしく肩をすくめて言うと、ナツキは思わず頬を膨らませた。
ジョージはそんなナツキの頭を軽く撫でると、にやりと笑って言った。
「早くその真っ赤な顔なんとかしてくれ。寮に戻れないだろ?」
「だ、誰のせいだと・・・」
「俺みたいなのを好きになっちまったナツキが悪いんだ。」
その一言に、ナツキはますます顔を真っ赤にして、手元のクッションでジョージの肩をぺしりと叩いた。