炎のゴブレット
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騒然とするスタンドの中で、ナツキは呆然と立ち尽くしていた。遠くでハリーが、誰かに肩を抱かれながら何かを叫んでいる。何を言っているのかは聞こえないが、その顔には恐怖と混乱が刻まれていた。
その時、不意に低くしゃがれた声が彼女の耳元に届いた。
「ナツキ、来い。」
スタンドの下から、ムーディ先生がこちらを向いて行った。
「来い。ハリーのそばについてやれ。あいつには、今、お前が必要だ。」
ナツキは次の瞬間には席を立っていた。ジョージが何か言いかけたが、それにも気づかずに一気にスタンドを降りて、ムーディ先生の後ろからついていった。
「どけ、ちょっと通してくれ。」
そう言って教師たちの輪の中から、ムーディ先生は顔色の悪いハリーを引き出した。ハリーは何かを訴えようとしていたが、声はかすれ、目はどこか遠くを見ているようだった。
「ナツキ、こいつをわしの部屋に連れてくぞ。手伝え。」
ムーディ先生とナツキでハリーの肩を支える。ハリーの足元はふらつき、まるで力が抜けた人形のようだった。
ナツキは震える彼の右手を両手でしっかりと包み込んだ。
「ハリー、ハリー・・・!!もう大丈夫だよ・・・!!」
「ナツキ、ナツキ・・・セドリックが・・・!!あいつが・・!」
声は息を切らすように途切れ途切れで、目はどこか焦点が合っていない。それでもナツキの名を繰り返すその声に、ナツキは胸を締めつけられる思いがした。
「ハリー、何があったのだ?」
ハリーを支え、石段を登りながらムーディ先生が訊ねた。
「優勝杯はポートキーでした。」
玄関ホールを横切りながら、ハリーが言った。ナツキは息を呑んだ。
「僕とセドリックを墓場に連れて行って、そして、そこにヴォルデモートがいた。」
ナツキは足を止めそうになるのをこらえて、なおも彼の右手をしっかりと握り続けた。
「闇の帝王がそこにいたと?それからどうした?」
「セドリックを殺して、あの連中がセドリックを殺したんだ・・・」
喉を裂くようなその声に、ナツキの胸が締めつけられる。だが、ムーディ先生は一瞬も立ち止まることなく、淡々と尋ねた。
「それで?」
ナツキは部屋に向かいながら、普通にハリーに問答を続けるムーディ先生に驚愕した。
「薬を作って・・・身体を取り戻した・・・それに、死喰い人達もきた・・・そして僕、決闘をして・・・」
「お前が、闇の帝王と決闘した?」
「逃れた・・・僕の杖が・・・何か不思議なことをして・・・僕、父さんと母さんを見た・・・ヴィルデモートの杖から出てきたんだ・・・・」
ハリーの声はひどく掠れていて、その目は何かを遠くに見ているようだった。それでも、彼の手を包むナツキの手は、決して離れなかった。痛いほどの真実を、彼女は黙って受け止めようとしていた。
「さあ、ハリー、ここに・・・。」
ムーディ先生の部屋についた。
「ナツキ、そこに茶器があるから、ハリーに茶を入れてやってくれ・・・落ち着くだろう。・・・ハリー、ここに来て、座って。もう大丈夫だ・・」
ナツキは頷いて、ムーディ先生が視線を送った棚からティーポットと茶葉を取り出した。
「さあ、ハリー、一体何が起こったのか、わしは正確に知っておきたい・・・」
ハリーは椅子に座ったものの、目は宙を漂い、声はかすれていた。ナツキは茶葉をポットに入れながら、ちらりと彼の横顔を見た。
「ヴォルデモートが戻ったのか?ハリー?それは確かか?どうやって戻ったのだ?」
「あいつの父親の墓からと、ワームテールと僕から材料をとった。」
ナツキは黙って耳を傾けながら、震え出した手で、杖を握ってポットにお湯を注いだ。
「闇の帝王はお前から何をとったのだ?」
「血を。」
その一言に、ナツキの心臓が跳ねた。お湯がティーポットの中で静かに渦を巻き、茶葉が開いていく。
「それで、死喰い人は?奴らは戻ってきたのか?」
「はい、大勢・・・」
「あの方は死喰い人をどんなふうに扱ったかね?許したか?」
ナツキは、蒸らしていたお茶の香りが立ちのぼるのを感じながら、棚のカップに手を伸ばした。
・・・・あの方?
ムーディ先生の言葉に違和感を感じた時だった。心の奥底で、警鐘のようなものが鳴り始めたそのとき。
「ああ、時間だ。」
ムーディ先生がぼそりと呟いた。そして彼は杖をこちらに向け、ナツキの腰にさしていたグリフィンドールの杖が、ぼとりと床に落ちた。
「なっ!?」
驚いて振り返る間もなく、ナツキの左手が触れていたティーカップから、突如として青白い閃光が迸った。
空気が揺らぎ、重力が反転するような感覚が身体を貫く。
「ハリー!?」
「ナツキ!?」
互いに叫び合った声は、ねじれるような空間に飲み込まれた。
最後にナツキの目に映ったのは口元を歪め、不気味にニヤリと笑うムーディ先生の顔だった。
その男は、ムーディの皮をかぶった何者かだった。そしてナツキの姿は、青白い光と共に完全にその場から消え去った。
足元が地面をとらえた瞬間、ナツキは膝から崩れ落ちそうになった。空気が重く、冷たい。身体の芯が凍るような冷気が這い寄ってくる。荒れ果てた草地と、傾いた墓石が視界に広がっていた。
「・・・・・ここは・・・・」
息を呑みながら立ち上がったナツキの前に、ひとりの影が、墓石の陰から、まるで闇からにじみ出すように、ゆっくりと現れた。
ナツキの心臓が、ドクンと大きく脈打った。
黒いローブをまとい、蝋のように青白い顔。蛇のように細い鼻。赤い目だけが、異様に光っている。
「これはこれは、ナツキ・ゴドリクソン!久しいな。」
その声は、底冷えするような冷たさとねっとりとした嘲りを含んでいた。
「・・・ヴォルデモート・・・・!!!」
ナツキの喉から漏れたのは、呪いのような名だった。全身が恐怖で硬直するのを必死にこらえ、震える足で後ずさろうとする。
右手がポケットを探ったその瞬間、ナツキはギクリとした。
杖が、ない。
先ほどのあの一瞬、きっとあのムーディもどきが「呼び寄せ呪文」で自分の杖を抜き取ったのだ。まんまと、だ。
これほどまでに絶体絶命という言葉を実感する瞬間があるだろうか、とナツキは思った。
どこかもわからない墓場。目の前には蘇った闇の帝王。杖すら持たず、味方もいない。
それでもナツキは目を逸らさなかった。ほんのわずかに、唇を引き結ぶ。震えていても、戦う意思だけは手放していなかった。
「・・・死喰い人は・・・?」
「ククク、今はいない。お前と二人で静かに語り合おうと思ってな。」
その冷たい声に背筋が凍える。それでもナツキは呼吸を整えようと、意識的に大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。恐怖に飲まれるわけにはいかない。
「ムーディ先生は・・・誰だったの?」
すると、ヴォルデモートの口元が、にやりと歪んだ。
「気づいたか。あれは、我が忠実なる僕、バーティ・クラウチ・ジュニアだ。」
ナツキの心臓がドクリと跳ねた。
「その人は・・・死んだはず。アズカバンで。」
「愚かなお前らがそう思っているだけだ。あいつはアラスター・ムーディに姿を奪い、ホグワーツでこの1年、準備を整えてくれた。」
背筋が凍るような寒気が襲う中、それでもナツキは言葉を絞り出した。
「じゃあなぜ、すぐにハリーを殺させなかったの。」
ヴォルデモートは満足げに笑みを深めた。
「ああ、ナツキ。お前は気づいているのだろう。わざわざ訊ねなくても。だが、親切な俺様が直々に答えてやろう。」
彼は一歩、ナツキに近づいた。足音すら音を吸われるような静寂の中で、不気味な存在感だけがじわじわと迫ってくる。
「ハリー・ポッターは、俺様が殺さねば意味がない。十三年前、俺様を打ち破った唯一の存在・・・・力を奪い、この名を地に落としたあの赤ん坊に、決着をつけるのは俺様自身でなければならん。」
ヴォルデモートの赤い瞳がぎらりと輝いた。
「俺様の手で、やつを倒す。それだけが、世界に俺様の復活を告げる証となるのだ。そう思わないか?」
ナツキは、息を呑んで、近づいてくるヴォルデモートを避けるべく後ずさった。
ハリーは生きて戻ってきた。
その事実を口に出そうとしたが、間違いなく逆鱗に触れるだろう。ナツキは口を注ぐんだ。しかし、そこでふと、ハリーが戻ってきた時のことを思い出した。
・・・・ポートキーだ・・・・
ナツキはなるべく視線を向けず自身が現れたあたりを探ろうとした。ポートキーは、ティーカップだ。
あのとき左手に持っていたはずだ。ここに転がっている可能性が高い。
「ハリーを殺さなくても、復活を示す方法はいくらでもあると思うけど?」
ナツキはあえて話題を切り替えることで時間を稼ごうとした。声は震えていたが、表情には出さないように努めた。
「そうか、そうか・・・」
ヴォルデモートがゆっくりと笑った、その刹那。
「ところで、何か探しているな、ナツキ・ゴドリクソン?」
その声音が、空気を一変させた。
ゾクリと背中を凍らせたナツキが反応する間もなく、ヴォルデモートの杖が音もなく振り上げられる。
そして、少し離れたところで、パリンと音がし、そちらを見るとティーカップが粉々になっていた。
「残念だったな。逃げ道など、最初から用意していない。」
ヴォルデモートがゆっくりと歩を進める。その赤い瞳がナツキを射抜いていた。
「ひっ、」
ナツキの喉から、押し殺した悲鳴が漏れる。後ずさろうとする足が震えて言うことをきかない。気づけば、その恐ろしい姿が目の前に迫っていた。
「さて、ここにいてはすぐにダンブルドアに気づかれてしまう。場所を変えようか。」
ヴォルデモートはナツキの腕をものすごい力で掴んだ。
ぐにゃりと景色がねじれる。ナツキは再び、重力が消えたような感覚に襲われた。この感覚には覚えがある。「姿現し」だ。
次に目を開けたとき、そこは墓場ではなかった。
古びた壁紙。重く閉ざされたカーテン。冷えきった空気が漂う、埃にまみれた部屋の中央には、年代物の四柱式ベッドが置かれている。
ヴォルデモートが静かに言った。
「ようこそ、リドルの館へ。」
ナツキは震える息を整えながら、薄暗い部屋を見回した。
「そこに座れ。」
低く、冷たい声が室内に響いた。
ナツキは初め床に座れと言われたのかと思った、しかし、ヴォルデモートの視線の先は違う。
「え?」
「そっちだ。」
突然見えない力がナツキの肩を押した。ぐらりと身体のバランスを崩し、抵抗する暇もなく、ベッドの端に尻餅をつくように座らされてしまった。
ヴォルデモートは、まるで満足げにその様子を見下ろしながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「こ、来ないで・・・」
ナツキは身を固くした。
その時あの、ねっとりと絡みつくような気配が、肌の表面を這った。
二年前、スリザリンの秘密の部屋のトム・リドルの記憶が、まざまざと甦る。あのときも、彼の眼差しは不気味で、冷たく、ぞっとするほど執拗だった。
「来ないで!!」
ナツキは思わず叫んだ。しかし、その叫びは冷たく広い寝室の中で虚しく反響するだけだった。
ヴォルデモートは、その反応をまるで楽しむかのように喉の奥でくぐもった笑い声を漏らすと、すっと、ナツキのすぐ隣に腰を下ろした。
あまりに自然な動作だった。まるで、長年の知己にでも向き合うような気安さで。
だがその隣に座られるだけで、ナツキの全身から血の気が引いていく。低く、冷たく、それでいてどこか楽しげな声が耳元でささやかれた。
「怖がらずとも、殺しはしない。」
「っ!?」
ヴォルデモートの手が、ゆっくりとナツキの腰に触れた。ナツキの喉が詰まり、小さく息を呑む音が漏れた。
「反応までも、アルバに似ているな。」
ヴォルデモートはそのまま手を離すことなく、赤い目を細めて満足げにナツキを覗き込んだ。
逃げたいのに、足が地面に縫い止められたように動かない。
「・・・何が目的なの・・・・?」
ナツキはかすれる声で、喉の奥から搾り出すように問いかけた。震える唇からこぼれたその一言を、ヴォルデモートはまるで待っていたかのように、不気味に口角をつり上げた。
「ナツキ・ゴドリクソン、ハリー・ポッターを助けたいか?」
ナツキは目を見開いた。そしてヴォルデモートを睨みつけるように、静かに頷いた。
ヴォルデモートの唇がゆっくりと吊り上がる。まるで期待通りの反応に満足したかのように。
「お前が、俺様のものになるのであれば、ハリー・ポッターには手を出さないでやってもいい・・・」
「・・・死喰い人に、なれってこと・・・?」
震える声で、ナツキは問い返した。
絶対に、そんなものにはなりたくない。心の奥で強くそう叫びながらも、ナツキは歯を食いしばった。
ヴォルデモートはくつくつと笑う。
「いや、死喰い人などという言葉では足りぬ。お前にはもっと、特別な立場を与えてやる。我が傍に仕える、唯一の者としてな。」
ナツキの背に、ぞわりと悪寒が走った。
「・・・何を・・言ってるの・・・」
再び恐ろしい笑みを浮かべてヴォルデモートはナツキを見た。次の瞬間、ナツキの上半身はベッドに押し付けられていた。
「!?」
突然、顔の両脇に置かれた不気味な腕、目の前に蛇のような恐ろしい顔、そして体にかかる重み。
「やめて・・・!!」
ナツキは初めて全力で抵抗しようとした。しかし、大の男、それも闇の帝王に押し倒された体はピクリとも動かない。
「やめてっっ!!!」
「クックック・・・さあ、ナツキ、ガキのお前でも意味がわかったか?」
「わ、私はアルバ・ゴドリクソンじゃない!」
「知っている。だがお前にはゴドリクソンの血が流れている。」
狂っている!!嫌だ!絶対に嫌だ!!!
「さあ、選べ、ナツキ・ゴドリクソン。貴様の身ひとつで、あの少年の命が救われる。」
嫌がるナツキを目前にしてもなお、冷たくねじれた悦びが滲んでいた。
するとふっとヴォルデモートの力が緩んだ。
「慈悲をやろう。5分だ。」
赤い瞳が笑っていた。
「一人で、ゆっくりと考えるがいい。お前に残された選択肢と、それを誤った時に何が失われるかをな。」
ナツキは、その場に取り残されたまま、恐怖で呼吸すらままならず、胸がきしむほどに高鳴る鼓動を押さえようと必死だった。
「ああ、逃げ出すことは、勧めない。」
部屋を出る直前、ヴォルデモートはふと振り返り、いつもの不気味な微笑を浮かべて言った。
「この部屋には保護の呪文がかけられているし、姿くらましも禁じてある。まあお前の年齢と力では、どうやっても無理だろうがな。」
そして、黒いローブを翻しながら、ばたりと重い扉を閉めて、闇の中へと消えていった。
ヴォルデモートが出ていったあとも、ナツキはしばらく動けなかった。全身の力が抜け、心臓の音だけが耳に響いていた。
・・・誰か・・・誰か助けて・・・
無意識に唇が震え、心の中で必死に呼びかけた。
ダンブルドア先生・・・お父さん・・・アブ・・・・・ジョージ・・・・!!
しかし、返事はない。魔法も、杖も、何ひとつ残されていない。
–––姿くらましも禁じてある
「・・・あ、」
ナツキは一つの希望を見出した。
頼む。お願いだ。うまくいってくれ・・・・!
「・・・ピブル・・・・」
涙混じりの声でそう囁いた瞬間、目の前で、小さなパチンという音が響いた。
目の前にピブルが現れて、目を見開き声を上げようとした。
「っふご!」
「しっ!」
ナツキは反射的にピブルの口を手でふさいだ。
「黙って・・・。ダンブルドア先生のところへ連れてって。」
途端、景色が一瞬でねじれ、全身を強く引っ張られるような感覚が襲った。
その時、不意に低くしゃがれた声が彼女の耳元に届いた。
「ナツキ、来い。」
スタンドの下から、ムーディ先生がこちらを向いて行った。
「来い。ハリーのそばについてやれ。あいつには、今、お前が必要だ。」
ナツキは次の瞬間には席を立っていた。ジョージが何か言いかけたが、それにも気づかずに一気にスタンドを降りて、ムーディ先生の後ろからついていった。
「どけ、ちょっと通してくれ。」
そう言って教師たちの輪の中から、ムーディ先生は顔色の悪いハリーを引き出した。ハリーは何かを訴えようとしていたが、声はかすれ、目はどこか遠くを見ているようだった。
「ナツキ、こいつをわしの部屋に連れてくぞ。手伝え。」
ムーディ先生とナツキでハリーの肩を支える。ハリーの足元はふらつき、まるで力が抜けた人形のようだった。
ナツキは震える彼の右手を両手でしっかりと包み込んだ。
「ハリー、ハリー・・・!!もう大丈夫だよ・・・!!」
「ナツキ、ナツキ・・・セドリックが・・・!!あいつが・・!」
声は息を切らすように途切れ途切れで、目はどこか焦点が合っていない。それでもナツキの名を繰り返すその声に、ナツキは胸を締めつけられる思いがした。
「ハリー、何があったのだ?」
ハリーを支え、石段を登りながらムーディ先生が訊ねた。
「優勝杯はポートキーでした。」
玄関ホールを横切りながら、ハリーが言った。ナツキは息を呑んだ。
「僕とセドリックを墓場に連れて行って、そして、そこにヴォルデモートがいた。」
ナツキは足を止めそうになるのをこらえて、なおも彼の右手をしっかりと握り続けた。
「闇の帝王がそこにいたと?それからどうした?」
「セドリックを殺して、あの連中がセドリックを殺したんだ・・・」
喉を裂くようなその声に、ナツキの胸が締めつけられる。だが、ムーディ先生は一瞬も立ち止まることなく、淡々と尋ねた。
「それで?」
ナツキは部屋に向かいながら、普通にハリーに問答を続けるムーディ先生に驚愕した。
「薬を作って・・・身体を取り戻した・・・それに、死喰い人達もきた・・・そして僕、決闘をして・・・」
「お前が、闇の帝王と決闘した?」
「逃れた・・・僕の杖が・・・何か不思議なことをして・・・僕、父さんと母さんを見た・・・ヴィルデモートの杖から出てきたんだ・・・・」
ハリーの声はひどく掠れていて、その目は何かを遠くに見ているようだった。それでも、彼の手を包むナツキの手は、決して離れなかった。痛いほどの真実を、彼女は黙って受け止めようとしていた。
「さあ、ハリー、ここに・・・。」
ムーディ先生の部屋についた。
「ナツキ、そこに茶器があるから、ハリーに茶を入れてやってくれ・・・落ち着くだろう。・・・ハリー、ここに来て、座って。もう大丈夫だ・・」
ナツキは頷いて、ムーディ先生が視線を送った棚からティーポットと茶葉を取り出した。
「さあ、ハリー、一体何が起こったのか、わしは正確に知っておきたい・・・」
ハリーは椅子に座ったものの、目は宙を漂い、声はかすれていた。ナツキは茶葉をポットに入れながら、ちらりと彼の横顔を見た。
「ヴォルデモートが戻ったのか?ハリー?それは確かか?どうやって戻ったのだ?」
「あいつの父親の墓からと、ワームテールと僕から材料をとった。」
ナツキは黙って耳を傾けながら、震え出した手で、杖を握ってポットにお湯を注いだ。
「闇の帝王はお前から何をとったのだ?」
「血を。」
その一言に、ナツキの心臓が跳ねた。お湯がティーポットの中で静かに渦を巻き、茶葉が開いていく。
「それで、死喰い人は?奴らは戻ってきたのか?」
「はい、大勢・・・」
「あの方は死喰い人をどんなふうに扱ったかね?許したか?」
ナツキは、蒸らしていたお茶の香りが立ちのぼるのを感じながら、棚のカップに手を伸ばした。
・・・・あの方?
ムーディ先生の言葉に違和感を感じた時だった。心の奥底で、警鐘のようなものが鳴り始めたそのとき。
「ああ、時間だ。」
ムーディ先生がぼそりと呟いた。そして彼は杖をこちらに向け、ナツキの腰にさしていたグリフィンドールの杖が、ぼとりと床に落ちた。
「なっ!?」
驚いて振り返る間もなく、ナツキの左手が触れていたティーカップから、突如として青白い閃光が迸った。
空気が揺らぎ、重力が反転するような感覚が身体を貫く。
「ハリー!?」
「ナツキ!?」
互いに叫び合った声は、ねじれるような空間に飲み込まれた。
最後にナツキの目に映ったのは口元を歪め、不気味にニヤリと笑うムーディ先生の顔だった。
その男は、ムーディの皮をかぶった何者かだった。そしてナツキの姿は、青白い光と共に完全にその場から消え去った。
足元が地面をとらえた瞬間、ナツキは膝から崩れ落ちそうになった。空気が重く、冷たい。身体の芯が凍るような冷気が這い寄ってくる。荒れ果てた草地と、傾いた墓石が視界に広がっていた。
「・・・・・ここは・・・・」
息を呑みながら立ち上がったナツキの前に、ひとりの影が、墓石の陰から、まるで闇からにじみ出すように、ゆっくりと現れた。
ナツキの心臓が、ドクンと大きく脈打った。
黒いローブをまとい、蝋のように青白い顔。蛇のように細い鼻。赤い目だけが、異様に光っている。
「これはこれは、ナツキ・ゴドリクソン!久しいな。」
その声は、底冷えするような冷たさとねっとりとした嘲りを含んでいた。
「・・・ヴォルデモート・・・・!!!」
ナツキの喉から漏れたのは、呪いのような名だった。全身が恐怖で硬直するのを必死にこらえ、震える足で後ずさろうとする。
右手がポケットを探ったその瞬間、ナツキはギクリとした。
杖が、ない。
先ほどのあの一瞬、きっとあのムーディもどきが「呼び寄せ呪文」で自分の杖を抜き取ったのだ。まんまと、だ。
これほどまでに絶体絶命という言葉を実感する瞬間があるだろうか、とナツキは思った。
どこかもわからない墓場。目の前には蘇った闇の帝王。杖すら持たず、味方もいない。
それでもナツキは目を逸らさなかった。ほんのわずかに、唇を引き結ぶ。震えていても、戦う意思だけは手放していなかった。
「・・・死喰い人は・・・?」
「ククク、今はいない。お前と二人で静かに語り合おうと思ってな。」
その冷たい声に背筋が凍える。それでもナツキは呼吸を整えようと、意識的に大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。恐怖に飲まれるわけにはいかない。
「ムーディ先生は・・・誰だったの?」
すると、ヴォルデモートの口元が、にやりと歪んだ。
「気づいたか。あれは、我が忠実なる僕、バーティ・クラウチ・ジュニアだ。」
ナツキの心臓がドクリと跳ねた。
「その人は・・・死んだはず。アズカバンで。」
「愚かなお前らがそう思っているだけだ。あいつはアラスター・ムーディに姿を奪い、ホグワーツでこの1年、準備を整えてくれた。」
背筋が凍るような寒気が襲う中、それでもナツキは言葉を絞り出した。
「じゃあなぜ、すぐにハリーを殺させなかったの。」
ヴォルデモートは満足げに笑みを深めた。
「ああ、ナツキ。お前は気づいているのだろう。わざわざ訊ねなくても。だが、親切な俺様が直々に答えてやろう。」
彼は一歩、ナツキに近づいた。足音すら音を吸われるような静寂の中で、不気味な存在感だけがじわじわと迫ってくる。
「ハリー・ポッターは、俺様が殺さねば意味がない。十三年前、俺様を打ち破った唯一の存在・・・・力を奪い、この名を地に落としたあの赤ん坊に、決着をつけるのは俺様自身でなければならん。」
ヴォルデモートの赤い瞳がぎらりと輝いた。
「俺様の手で、やつを倒す。それだけが、世界に俺様の復活を告げる証となるのだ。そう思わないか?」
ナツキは、息を呑んで、近づいてくるヴォルデモートを避けるべく後ずさった。
ハリーは生きて戻ってきた。
その事実を口に出そうとしたが、間違いなく逆鱗に触れるだろう。ナツキは口を注ぐんだ。しかし、そこでふと、ハリーが戻ってきた時のことを思い出した。
・・・・ポートキーだ・・・・
ナツキはなるべく視線を向けず自身が現れたあたりを探ろうとした。ポートキーは、ティーカップだ。
あのとき左手に持っていたはずだ。ここに転がっている可能性が高い。
「ハリーを殺さなくても、復活を示す方法はいくらでもあると思うけど?」
ナツキはあえて話題を切り替えることで時間を稼ごうとした。声は震えていたが、表情には出さないように努めた。
「そうか、そうか・・・」
ヴォルデモートがゆっくりと笑った、その刹那。
「ところで、何か探しているな、ナツキ・ゴドリクソン?」
その声音が、空気を一変させた。
ゾクリと背中を凍らせたナツキが反応する間もなく、ヴォルデモートの杖が音もなく振り上げられる。
そして、少し離れたところで、パリンと音がし、そちらを見るとティーカップが粉々になっていた。
「残念だったな。逃げ道など、最初から用意していない。」
ヴォルデモートがゆっくりと歩を進める。その赤い瞳がナツキを射抜いていた。
「ひっ、」
ナツキの喉から、押し殺した悲鳴が漏れる。後ずさろうとする足が震えて言うことをきかない。気づけば、その恐ろしい姿が目の前に迫っていた。
「さて、ここにいてはすぐにダンブルドアに気づかれてしまう。場所を変えようか。」
ヴォルデモートはナツキの腕をものすごい力で掴んだ。
ぐにゃりと景色がねじれる。ナツキは再び、重力が消えたような感覚に襲われた。この感覚には覚えがある。「姿現し」だ。
次に目を開けたとき、そこは墓場ではなかった。
古びた壁紙。重く閉ざされたカーテン。冷えきった空気が漂う、埃にまみれた部屋の中央には、年代物の四柱式ベッドが置かれている。
ヴォルデモートが静かに言った。
「ようこそ、リドルの館へ。」
ナツキは震える息を整えながら、薄暗い部屋を見回した。
「そこに座れ。」
低く、冷たい声が室内に響いた。
ナツキは初め床に座れと言われたのかと思った、しかし、ヴォルデモートの視線の先は違う。
「え?」
「そっちだ。」
突然見えない力がナツキの肩を押した。ぐらりと身体のバランスを崩し、抵抗する暇もなく、ベッドの端に尻餅をつくように座らされてしまった。
ヴォルデモートは、まるで満足げにその様子を見下ろしながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「こ、来ないで・・・」
ナツキは身を固くした。
その時あの、ねっとりと絡みつくような気配が、肌の表面を這った。
二年前、スリザリンの秘密の部屋のトム・リドルの記憶が、まざまざと甦る。あのときも、彼の眼差しは不気味で、冷たく、ぞっとするほど執拗だった。
「来ないで!!」
ナツキは思わず叫んだ。しかし、その叫びは冷たく広い寝室の中で虚しく反響するだけだった。
ヴォルデモートは、その反応をまるで楽しむかのように喉の奥でくぐもった笑い声を漏らすと、すっと、ナツキのすぐ隣に腰を下ろした。
あまりに自然な動作だった。まるで、長年の知己にでも向き合うような気安さで。
だがその隣に座られるだけで、ナツキの全身から血の気が引いていく。低く、冷たく、それでいてどこか楽しげな声が耳元でささやかれた。
「怖がらずとも、殺しはしない。」
「っ!?」
ヴォルデモートの手が、ゆっくりとナツキの腰に触れた。ナツキの喉が詰まり、小さく息を呑む音が漏れた。
「反応までも、アルバに似ているな。」
ヴォルデモートはそのまま手を離すことなく、赤い目を細めて満足げにナツキを覗き込んだ。
逃げたいのに、足が地面に縫い止められたように動かない。
「・・・何が目的なの・・・・?」
ナツキはかすれる声で、喉の奥から搾り出すように問いかけた。震える唇からこぼれたその一言を、ヴォルデモートはまるで待っていたかのように、不気味に口角をつり上げた。
「ナツキ・ゴドリクソン、ハリー・ポッターを助けたいか?」
ナツキは目を見開いた。そしてヴォルデモートを睨みつけるように、静かに頷いた。
ヴォルデモートの唇がゆっくりと吊り上がる。まるで期待通りの反応に満足したかのように。
「お前が、俺様のものになるのであれば、ハリー・ポッターには手を出さないでやってもいい・・・」
「・・・死喰い人に、なれってこと・・・?」
震える声で、ナツキは問い返した。
絶対に、そんなものにはなりたくない。心の奥で強くそう叫びながらも、ナツキは歯を食いしばった。
ヴォルデモートはくつくつと笑う。
「いや、死喰い人などという言葉では足りぬ。お前にはもっと、特別な立場を与えてやる。我が傍に仕える、唯一の者としてな。」
ナツキの背に、ぞわりと悪寒が走った。
「・・・何を・・言ってるの・・・」
再び恐ろしい笑みを浮かべてヴォルデモートはナツキを見た。次の瞬間、ナツキの上半身はベッドに押し付けられていた。
「!?」
突然、顔の両脇に置かれた不気味な腕、目の前に蛇のような恐ろしい顔、そして体にかかる重み。
「やめて・・・!!」
ナツキは初めて全力で抵抗しようとした。しかし、大の男、それも闇の帝王に押し倒された体はピクリとも動かない。
「やめてっっ!!!」
「クックック・・・さあ、ナツキ、ガキのお前でも意味がわかったか?」
「わ、私はアルバ・ゴドリクソンじゃない!」
「知っている。だがお前にはゴドリクソンの血が流れている。」
狂っている!!嫌だ!絶対に嫌だ!!!
「さあ、選べ、ナツキ・ゴドリクソン。貴様の身ひとつで、あの少年の命が救われる。」
嫌がるナツキを目前にしてもなお、冷たくねじれた悦びが滲んでいた。
するとふっとヴォルデモートの力が緩んだ。
「慈悲をやろう。5分だ。」
赤い瞳が笑っていた。
「一人で、ゆっくりと考えるがいい。お前に残された選択肢と、それを誤った時に何が失われるかをな。」
ナツキは、その場に取り残されたまま、恐怖で呼吸すらままならず、胸がきしむほどに高鳴る鼓動を押さえようと必死だった。
「ああ、逃げ出すことは、勧めない。」
部屋を出る直前、ヴォルデモートはふと振り返り、いつもの不気味な微笑を浮かべて言った。
「この部屋には保護の呪文がかけられているし、姿くらましも禁じてある。まあお前の年齢と力では、どうやっても無理だろうがな。」
そして、黒いローブを翻しながら、ばたりと重い扉を閉めて、闇の中へと消えていった。
ヴォルデモートが出ていったあとも、ナツキはしばらく動けなかった。全身の力が抜け、心臓の音だけが耳に響いていた。
・・・誰か・・・誰か助けて・・・
無意識に唇が震え、心の中で必死に呼びかけた。
ダンブルドア先生・・・お父さん・・・アブ・・・・・ジョージ・・・・!!
しかし、返事はない。魔法も、杖も、何ひとつ残されていない。
–––姿くらましも禁じてある
「・・・あ、」
ナツキは一つの希望を見出した。
頼む。お願いだ。うまくいってくれ・・・・!
「・・・ピブル・・・・」
涙混じりの声でそう囁いた瞬間、目の前で、小さなパチンという音が響いた。
目の前にピブルが現れて、目を見開き声を上げようとした。
「っふご!」
「しっ!」
ナツキは反射的にピブルの口を手でふさいだ。
「黙って・・・。ダンブルドア先生のところへ連れてって。」
途端、景色が一瞬でねじれ、全身を強く引っ張られるような感覚が襲った。