炎のゴブレット
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それからの日々は薔薇色だった。
・・・というわけには全く行かなかった。相変わらず、廊下の影や食堂の隅では、ナツキのことをヒソヒソと噂する声が聞こえてきたし、すれ違いざまに何かを言われることもあった。
けれどナツキ自身が、そうした声にいちいち傷つかなくなったのは確かだった。
それはジョージの存在のおかげだった。そしてもうひとつ、そうした雑音にかまっていられない理由があった。
三大魔法学校対抗試合、第2の課題が、目前に迫っていたのだ。
ハリーの様子は明らかに焦っていた。図書館で本の山に埋もれる日々が続いているにもかかわらず、決定的な解決策はまだ見つかっていない。課題の当日まで、残り二日。
ナツキもできるかぎりの手伝いをしていたが、水中で1時間過ごす方法という難題に、皆が頭を抱えていた。
ある朝、ハリーのスプーンが止まったままなのに気づいて、ナツキは眉をひそめた。食欲がなくなり始めたな、とナツキが思ったちょうどその時の朝食で、シリウスからの手紙が届いた。
「お父さんはなんて?」
「・・・・次のホグズミード行きの日を知らせよ、ってだけだ。」
それは来週の週末だった。
なぜそんなものを知りたいのだろうと不思議に思ったが、日付を書いたメモを手早くフクロウの足に結びつけて飛ばした。
その日の最初の授業は『魔法生物飼育学』だったが、幸いにも今回はスクリュートの世話ではなかった。
ハーマイオニーの熱意ある激励によって、ハグリッドはすっかり元気を取り戻し、グラブリー・プランク先生が教えていたユニコーンの授業をそのまま引き継いでいた。今日は淡い金色の毛並みをした小さな赤ちゃんユニコーンを2頭も連れてきていた。
みんながユニコーンに群がっている傍らで、ハグリッドはナツキと緊張しているハリーに近づいた。
ハグリッドはハリーを精一杯激励した。
「お前さんは勝つぞ、ハリー。」
「・・・う、うん。」
そういってハリーは誤魔化したような笑みを浮かべた。
ナツキはそっと視線を落とし、それから明るい声を装って言った。
「ハリー、ユニコーンを見に行こう?赤ちゃんなら私も嫌われないかも。」
その言葉にハグリッドはうんうんと嬉しそうに頷いた。
ナツキがあからさまに話題を逸らしたことに、ハグリッドは気づいていないようだった。しかし、ハリーは少しだけ目を細めてナツキを見つめ、その意図に気づいたらしく、微妙な笑みを浮かべた。
「ありがとう。」
その時、ハグリッドが赤ちゃんユニコーンのたてがみを撫でながら、にっこりと笑って言った。
「ほれ、ハリー。お前さんも、触ってみい。おとなしい子らだぞ。」
ハリーはナツキと顔を見合わせてから、そっと手を伸ばした。
ハリーはユニコーンに触ることに成功したが、その緊張が癒やされるというわけにはいかなかった。
「ナツキ、お前さんも、」
「う、うん。」
ハグリッドに促されナツキもユニコーンに手を伸ばした。すると小さなユニコーンは身を震わせ、短く高い鳴き声をあげて後ずさった。まるでナツキの手が恐ろしいものであるかのようだ。
「え・・・・・」
ナツキは大変ショックを受けた。もしかすると、ジョージとキスしてしまったのがバレているのではないかと、恥ずかしく思った。
「ナツキ、おまえさん、まさか・・・」
ハグリッドが訝しげな顔でじっとこちらを見つめる。その視線にナツキは思わず身構えた。
ああ、なんだか無神経なことを言われる気がする。
そう思った瞬間、ハグリッドの口から出た言葉は、あまりにも予想外だった。
「家でグリフィンでも飼い始めたか?」
「・・・・・・は?」
ナツキはあまりの意外さに、ぽかんと口を開けたまま返すしかなかった。
「あいつらはユニコーンと相性最悪だからなぁ。それかライオンだな。どっちもユニコーンにとっては天敵みてぇなもんだ。」
「・・・・あ。」
まさか、そういうことだったのか。
思い当たる節がありすぎる。西塔の大きなライオン、サイラスの匂いが、ナツキに染み付いていたのだ。
「それはものすごく心当たりがある。」
ナツキは呆然と呟いた。
「そりゃあ、ナツキ、怖がられんのも無理はねぇ。赤ん坊なら尚更だ。」
「・・・かわいそうだから、私、離れとくね。」
ユニコーンの小さな鼻が、こちらの匂いを警戒するようにひくひくしているのが見えて、ナツキはそっと後ずさった。
「おう、すまんな。」
ハグリッドは申し訳なさそうに言っていたが、ナツキの心は晴れやかだった。
ほら、やっぱり!汚れてなんかない!!!
全部全部サイラスのせいだったのかと、ナツキはひどく安堵した。ナツキは胸に残っていた小さな棘がすっと抜けていくのを感じた。あれだけ心をえぐられた言葉の数々も、いよいよどうでも良くなっていった。
ナツキの悩みが解消していく一方で、ハリーの方は逼迫していた。
第2の課題前夜、ナツキもロンもハーマイオニーも本を高く高く積み上げて、ハリーのために奮闘していた。
「ああ、これは役に立たないわ。」
ハーマイオニーは手に取った本を閉じながら言った。
「鼻毛を伸ばして小さな輪を作るですって。どこのどなたがそんなことしたがるって言うの?」
「俺やってもいいよ。話の種になるじゃないか。」
突然聞こえたのはフレッドの声だった。ナツキたちが顔を上げると、本棚の影からジョージとフレッドが現れた。
ナツキは咄嗟にジョージの顔を見て、胸がどきりと高鳴るのを感じた。
その瞬間、視線をそらしてしまったが、たぶんその挙動だけでジョージはもちろん、隣にいたフレッドにも、変に意識してしまったことを悟られてしまった。
そちらを見なくても、二人がちょっとニヤついた気配がする。
「こんなところで、二人で何してるんだ?」
幸いなことに、ロンが声を上げた。それにジョージが答えた。
「お前たちを探してたのさ。マクゴナガルが呼んでるぞ、ロン。ハーマイオニー、君もだ。」
ロンもハーマイオニーも不思議な顔をした。少なくとも優等生のハーマイオニーに心当たりはなかった。
「俺たちが、二人をマクゴナガルの部屋に連れていくことになってる。」
ジョージがそういった。ハーマイオニーとロンは不安げにハリーを見た。
「大丈夫、ハリーには私がついてる。」
そうは言ったが、強がりだった。正直、見つからないのでは、と思った。
「だってよ、相棒、妬けるねえ。」
フレッドがニマニマしてそう言った。
「ナツキを困らせてやるなよ。」
ジョージが肩をすくめて冗談めかしてそう言った。
「そんなわけでハリー君、俺の代わりに、ちゃんとナツキを談話室まで送ってくれよ?」
「え、あ、うん。」
フレッドとジョージのやり取りで、ハーマイオニーが顔を輝かせたのがわかった。絶対に、ジョージとの関係に気づかれた。おそらく、隣のハリーにも。
ハーマイオニーとロンがフレッドたちに連れられて図書室をあとにすると、ナツキはハリーと二人になった。
図書室の中は相変わらず静かで、周囲のページをめくる音やペンの走る音だけが耳に残った。
「どうしてジョージと付き合ったって、教えてくれなかったんだい?」
不意にハリーが、やや不満げな声で言った。ナツキは一瞬言葉を詰まらせ、それから目を伏せた。
「・・・恥ずかしくて・・・なんか、どう言えばいいのかわかんなくて・・・・」
するとハリーは、すぐにバツが悪そうに目を丸くした。
「あ・・・そっか。それは、そうだよね。ごめん。」
そして、少し照れくさそうに笑った。
「えっと、おめでとう。僕、ずっと、そうなるといいなって、思ってた。」
ナツキは驚いて、思わずハリーを見た。
「ありがとう。ハリー。」
ナツキの胸に、ほっとするようなぬくもりが広がった。
「さ、気合い入れて探すぞー!!」
「図書館ではお静かに!!!」
ナツキがつい大きな声をあげてしまい、ピシャッと鋭く飛んできたのは、マダム・ピンスの怒声だった。二人は慌てて背筋を伸ばし、声を潜めながら顔を見合わせて笑った。
8時になるとマダム・ピンスに二人は図書室から追い出された。
図書室から大量の本を借り、談話室に二人はそれを持ち込んだ。ナツキもハリーも黙々と調べた。談話室からも段々と人がいなくなり、真夜中になる。
「・・・ロンと、ハーマイオニー、帰ってこないね。」
「うん。」
そこでハリーは突然立ち上がった。
「僕、図書室に忍び込んで、もう少し調べてくる。徹夜でもなんでもやってやるんだ!ナツキはもう寝て。僕がジョージに、怒られちゃう。」
ハリーの言葉にナツキは苦笑した。
「ジョージはそんなことで怒らないよ。私はここの本を、もう少し調べるから、ハリーはそっちで頑張って。大丈夫。今までだって、私たち、なんとかしてきたでしょ?今回もなんとかなるよ。」
「・・・うん。ナツキ、いつもありがとう。」
そう言ってハリーは透明マントを持って、図書室へ向かった。
「・・・そうは言ったけどピンチだな・・・・クルックシャンクスは何か知らない?」
ナツキの膝の上で丸くなるクルックシャンクスはニャアと鳴くだけだった。
午前1時。
午前2時。
午前3時――。
ページをめくる指がだんだんと重くなる。何度も目をこすりながら、「水の中で・・・1時間・・・頑張れ私・・・」と小声でつぶやいていた。
いつのまにか、意識はふわふわと浮かび上がり、まるで水中を漂うような夢の中へと落ちていった。
遠くから誰かが呼んでいる。ああ、なんて優しい声。なんだか、幸せだなあ・・・・。
「ナツキ!」
次の瞬間、鼓膜を打つような大声が現実に引き戻した。
「起きろ!もう、試合、始まっちまう!」
「へ?」
ナツキは目をぱちぱちと瞬かせながら顔を上げた。見上げた先には、焦った様子のジョージがいた。
「え?あ?へ?」
「スタンド行くぞ。飯、持ってきてやった。」
そう言って、ジョージは片手にトーストをひらひらさせた。
段々とナツキの意識も現実に戻ってくる。あたりを見渡すと、談話室にはもう誰の姿もなかった。
「は、ハリーは!?」
「とっくに会場入りしてるだろ。ほらナツキ、あと10分で始まっちまう。行くぞ!」
ジョージに半ば引きずられるようにして、ナツキは湖へと続く道を走った。まだ頭はぼんやりしていたが、時間が迫っていることはわかる。
「なんでもっと早く起こしてくれなかったの!?」
「起こしたさ。三回も声かけて、揺すって、肩も叩いたぞ。それでも起きないから、いったん諦めて朝食とってから戻ってきたんだよ。」
「う、ごめん・・・。」
トーストをくわえたままナツキはペコリと頭を下げた。兎にも角にも、ギリギリで間に合ったのは確かだった。
スタンドにはすでに観客がぎっしり詰めかけており、審査員席の前方には、湖の前に立つ選手たちの姿が見えた。ハリーはその中にいた。顔にはどう見ても不安の色が滲んでいる。
「・・・見つからなかったんだ・・・・・!」
ナツキは頭を抱えた。
そして無情にも、バグマンがホイッスルを鳴らした。その時、ハリーが何かを口にしたのが見えた。
「あれ、なんだろう?」
「さあ・・・魚になる魔法薬とか?」
ジョージはそう言ったが、そんなものが都合よくあるのだろうか。しかし、ここでハリーがそうしたということは何か意味のある行動なのだ。
ハリーは湖の中に消えていった。
ナツキの胸に不安が押し寄せてきた。ドラゴンの時と違って、ハリーに何が起こっているのか、さっぱりわからないと気づいた。
ただここで待つことしかできないのかとナツキは絶望した。さらに、いつもと違うことに気づいた。
「・・・・・ねえ、ジョージ、ロンとハーマイオニーは?」
「昨夜マクゴナガルのところに行ってから、見てないな。戻ってきてないのか?」
ナツキは首を縦に振った。ジョージは少し考えて、ナツキを見た。
「・・・ハーマイオニーはクラムと親しかったよな?」
「うん。」
「課題は選手が奪われたものを奪い返すんだろ?もしかして、ハリーはロンを、クラムはハーマイオニーを奪われたんじゃないのか?」
「・・・そうなのかな・・・?それだったら、多分、安全は保証されてるんだよね・・・・?」
「そう言ってたはずだぜ。そんな顔すんな。ハリーも上手くやるさ。」
そう言って、ジョージはナツキの頭に軽く手を置いて、ぽんぽんと優しく叩いた。
ナツキはそのぬくもりに、小さくうなずいた。
恐ろしく長い1時間が過ぎた。
ハリーは、最後の最後、本当にギリギリのタイミングで水面に姿を現した。
ナツキは、息を呑むほどヒヤヒヤしながら見守っていたので、その姿を確認した瞬間、全身の力が抜けた。
「なんにせよ、ハリーが無事ならそれでいいや・・・」
結局、ハリーは奪われたものを余計に救おうとして時間を使いすぎたらしい。けれど、その道徳的な選択が評価されて、結果はセドリックと同点の1位だった。
次の課題は6月。しかも、1ヶ月前には課題の内容が知らされるという。
談話室に戻ったナツキは、全身から疲れがにじみ出ているのが自分でもわかった。徹夜明けの頭は重く、体もふらつく。
「ナツキ、大丈夫か?」
心配そうな声でそう言ったのはジョージだった。ナツキは彼の顔を見上げて、少しだけ笑った。
「うん。ものすごく眠いだけ。・・・ハリーが戻ってきたら、私がとびきり喜んでたって、伝えといて。」
「了解。伝えとくよ、お姫様。」
そう言って、ジョージは軽くウインクして見せた。
ナツキはそのひと言に思わず顔を赤らめたが、なにも言わず、ふにゃりと笑った。
「おやすみ、ジョージ。」
そう言って階段を上り、自分のベッドへと向かった。
・・・というわけには全く行かなかった。相変わらず、廊下の影や食堂の隅では、ナツキのことをヒソヒソと噂する声が聞こえてきたし、すれ違いざまに何かを言われることもあった。
けれどナツキ自身が、そうした声にいちいち傷つかなくなったのは確かだった。
それはジョージの存在のおかげだった。そしてもうひとつ、そうした雑音にかまっていられない理由があった。
三大魔法学校対抗試合、第2の課題が、目前に迫っていたのだ。
ハリーの様子は明らかに焦っていた。図書館で本の山に埋もれる日々が続いているにもかかわらず、決定的な解決策はまだ見つかっていない。課題の当日まで、残り二日。
ナツキもできるかぎりの手伝いをしていたが、水中で1時間過ごす方法という難題に、皆が頭を抱えていた。
ある朝、ハリーのスプーンが止まったままなのに気づいて、ナツキは眉をひそめた。食欲がなくなり始めたな、とナツキが思ったちょうどその時の朝食で、シリウスからの手紙が届いた。
「お父さんはなんて?」
「・・・・次のホグズミード行きの日を知らせよ、ってだけだ。」
それは来週の週末だった。
なぜそんなものを知りたいのだろうと不思議に思ったが、日付を書いたメモを手早くフクロウの足に結びつけて飛ばした。
その日の最初の授業は『魔法生物飼育学』だったが、幸いにも今回はスクリュートの世話ではなかった。
ハーマイオニーの熱意ある激励によって、ハグリッドはすっかり元気を取り戻し、グラブリー・プランク先生が教えていたユニコーンの授業をそのまま引き継いでいた。今日は淡い金色の毛並みをした小さな赤ちゃんユニコーンを2頭も連れてきていた。
みんながユニコーンに群がっている傍らで、ハグリッドはナツキと緊張しているハリーに近づいた。
ハグリッドはハリーを精一杯激励した。
「お前さんは勝つぞ、ハリー。」
「・・・う、うん。」
そういってハリーは誤魔化したような笑みを浮かべた。
ナツキはそっと視線を落とし、それから明るい声を装って言った。
「ハリー、ユニコーンを見に行こう?赤ちゃんなら私も嫌われないかも。」
その言葉にハグリッドはうんうんと嬉しそうに頷いた。
ナツキがあからさまに話題を逸らしたことに、ハグリッドは気づいていないようだった。しかし、ハリーは少しだけ目を細めてナツキを見つめ、その意図に気づいたらしく、微妙な笑みを浮かべた。
「ありがとう。」
その時、ハグリッドが赤ちゃんユニコーンのたてがみを撫でながら、にっこりと笑って言った。
「ほれ、ハリー。お前さんも、触ってみい。おとなしい子らだぞ。」
ハリーはナツキと顔を見合わせてから、そっと手を伸ばした。
ハリーはユニコーンに触ることに成功したが、その緊張が癒やされるというわけにはいかなかった。
「ナツキ、お前さんも、」
「う、うん。」
ハグリッドに促されナツキもユニコーンに手を伸ばした。すると小さなユニコーンは身を震わせ、短く高い鳴き声をあげて後ずさった。まるでナツキの手が恐ろしいものであるかのようだ。
「え・・・・・」
ナツキは大変ショックを受けた。もしかすると、ジョージとキスしてしまったのがバレているのではないかと、恥ずかしく思った。
「ナツキ、おまえさん、まさか・・・」
ハグリッドが訝しげな顔でじっとこちらを見つめる。その視線にナツキは思わず身構えた。
ああ、なんだか無神経なことを言われる気がする。
そう思った瞬間、ハグリッドの口から出た言葉は、あまりにも予想外だった。
「家でグリフィンでも飼い始めたか?」
「・・・・・・は?」
ナツキはあまりの意外さに、ぽかんと口を開けたまま返すしかなかった。
「あいつらはユニコーンと相性最悪だからなぁ。それかライオンだな。どっちもユニコーンにとっては天敵みてぇなもんだ。」
「・・・・あ。」
まさか、そういうことだったのか。
思い当たる節がありすぎる。西塔の大きなライオン、サイラスの匂いが、ナツキに染み付いていたのだ。
「それはものすごく心当たりがある。」
ナツキは呆然と呟いた。
「そりゃあ、ナツキ、怖がられんのも無理はねぇ。赤ん坊なら尚更だ。」
「・・・かわいそうだから、私、離れとくね。」
ユニコーンの小さな鼻が、こちらの匂いを警戒するようにひくひくしているのが見えて、ナツキはそっと後ずさった。
「おう、すまんな。」
ハグリッドは申し訳なさそうに言っていたが、ナツキの心は晴れやかだった。
ほら、やっぱり!汚れてなんかない!!!
全部全部サイラスのせいだったのかと、ナツキはひどく安堵した。ナツキは胸に残っていた小さな棘がすっと抜けていくのを感じた。あれだけ心をえぐられた言葉の数々も、いよいよどうでも良くなっていった。
ナツキの悩みが解消していく一方で、ハリーの方は逼迫していた。
第2の課題前夜、ナツキもロンもハーマイオニーも本を高く高く積み上げて、ハリーのために奮闘していた。
「ああ、これは役に立たないわ。」
ハーマイオニーは手に取った本を閉じながら言った。
「鼻毛を伸ばして小さな輪を作るですって。どこのどなたがそんなことしたがるって言うの?」
「俺やってもいいよ。話の種になるじゃないか。」
突然聞こえたのはフレッドの声だった。ナツキたちが顔を上げると、本棚の影からジョージとフレッドが現れた。
ナツキは咄嗟にジョージの顔を見て、胸がどきりと高鳴るのを感じた。
その瞬間、視線をそらしてしまったが、たぶんその挙動だけでジョージはもちろん、隣にいたフレッドにも、変に意識してしまったことを悟られてしまった。
そちらを見なくても、二人がちょっとニヤついた気配がする。
「こんなところで、二人で何してるんだ?」
幸いなことに、ロンが声を上げた。それにジョージが答えた。
「お前たちを探してたのさ。マクゴナガルが呼んでるぞ、ロン。ハーマイオニー、君もだ。」
ロンもハーマイオニーも不思議な顔をした。少なくとも優等生のハーマイオニーに心当たりはなかった。
「俺たちが、二人をマクゴナガルの部屋に連れていくことになってる。」
ジョージがそういった。ハーマイオニーとロンは不安げにハリーを見た。
「大丈夫、ハリーには私がついてる。」
そうは言ったが、強がりだった。正直、見つからないのでは、と思った。
「だってよ、相棒、妬けるねえ。」
フレッドがニマニマしてそう言った。
「ナツキを困らせてやるなよ。」
ジョージが肩をすくめて冗談めかしてそう言った。
「そんなわけでハリー君、俺の代わりに、ちゃんとナツキを談話室まで送ってくれよ?」
「え、あ、うん。」
フレッドとジョージのやり取りで、ハーマイオニーが顔を輝かせたのがわかった。絶対に、ジョージとの関係に気づかれた。おそらく、隣のハリーにも。
ハーマイオニーとロンがフレッドたちに連れられて図書室をあとにすると、ナツキはハリーと二人になった。
図書室の中は相変わらず静かで、周囲のページをめくる音やペンの走る音だけが耳に残った。
「どうしてジョージと付き合ったって、教えてくれなかったんだい?」
不意にハリーが、やや不満げな声で言った。ナツキは一瞬言葉を詰まらせ、それから目を伏せた。
「・・・恥ずかしくて・・・なんか、どう言えばいいのかわかんなくて・・・・」
するとハリーは、すぐにバツが悪そうに目を丸くした。
「あ・・・そっか。それは、そうだよね。ごめん。」
そして、少し照れくさそうに笑った。
「えっと、おめでとう。僕、ずっと、そうなるといいなって、思ってた。」
ナツキは驚いて、思わずハリーを見た。
「ありがとう。ハリー。」
ナツキの胸に、ほっとするようなぬくもりが広がった。
「さ、気合い入れて探すぞー!!」
「図書館ではお静かに!!!」
ナツキがつい大きな声をあげてしまい、ピシャッと鋭く飛んできたのは、マダム・ピンスの怒声だった。二人は慌てて背筋を伸ばし、声を潜めながら顔を見合わせて笑った。
8時になるとマダム・ピンスに二人は図書室から追い出された。
図書室から大量の本を借り、談話室に二人はそれを持ち込んだ。ナツキもハリーも黙々と調べた。談話室からも段々と人がいなくなり、真夜中になる。
「・・・ロンと、ハーマイオニー、帰ってこないね。」
「うん。」
そこでハリーは突然立ち上がった。
「僕、図書室に忍び込んで、もう少し調べてくる。徹夜でもなんでもやってやるんだ!ナツキはもう寝て。僕がジョージに、怒られちゃう。」
ハリーの言葉にナツキは苦笑した。
「ジョージはそんなことで怒らないよ。私はここの本を、もう少し調べるから、ハリーはそっちで頑張って。大丈夫。今までだって、私たち、なんとかしてきたでしょ?今回もなんとかなるよ。」
「・・・うん。ナツキ、いつもありがとう。」
そう言ってハリーは透明マントを持って、図書室へ向かった。
「・・・そうは言ったけどピンチだな・・・・クルックシャンクスは何か知らない?」
ナツキの膝の上で丸くなるクルックシャンクスはニャアと鳴くだけだった。
午前1時。
午前2時。
午前3時――。
ページをめくる指がだんだんと重くなる。何度も目をこすりながら、「水の中で・・・1時間・・・頑張れ私・・・」と小声でつぶやいていた。
いつのまにか、意識はふわふわと浮かび上がり、まるで水中を漂うような夢の中へと落ちていった。
遠くから誰かが呼んでいる。ああ、なんて優しい声。なんだか、幸せだなあ・・・・。
「ナツキ!」
次の瞬間、鼓膜を打つような大声が現実に引き戻した。
「起きろ!もう、試合、始まっちまう!」
「へ?」
ナツキは目をぱちぱちと瞬かせながら顔を上げた。見上げた先には、焦った様子のジョージがいた。
「え?あ?へ?」
「スタンド行くぞ。飯、持ってきてやった。」
そう言って、ジョージは片手にトーストをひらひらさせた。
段々とナツキの意識も現実に戻ってくる。あたりを見渡すと、談話室にはもう誰の姿もなかった。
「は、ハリーは!?」
「とっくに会場入りしてるだろ。ほらナツキ、あと10分で始まっちまう。行くぞ!」
ジョージに半ば引きずられるようにして、ナツキは湖へと続く道を走った。まだ頭はぼんやりしていたが、時間が迫っていることはわかる。
「なんでもっと早く起こしてくれなかったの!?」
「起こしたさ。三回も声かけて、揺すって、肩も叩いたぞ。それでも起きないから、いったん諦めて朝食とってから戻ってきたんだよ。」
「う、ごめん・・・。」
トーストをくわえたままナツキはペコリと頭を下げた。兎にも角にも、ギリギリで間に合ったのは確かだった。
スタンドにはすでに観客がぎっしり詰めかけており、審査員席の前方には、湖の前に立つ選手たちの姿が見えた。ハリーはその中にいた。顔にはどう見ても不安の色が滲んでいる。
「・・・見つからなかったんだ・・・・・!」
ナツキは頭を抱えた。
そして無情にも、バグマンがホイッスルを鳴らした。その時、ハリーが何かを口にしたのが見えた。
「あれ、なんだろう?」
「さあ・・・魚になる魔法薬とか?」
ジョージはそう言ったが、そんなものが都合よくあるのだろうか。しかし、ここでハリーがそうしたということは何か意味のある行動なのだ。
ハリーは湖の中に消えていった。
ナツキの胸に不安が押し寄せてきた。ドラゴンの時と違って、ハリーに何が起こっているのか、さっぱりわからないと気づいた。
ただここで待つことしかできないのかとナツキは絶望した。さらに、いつもと違うことに気づいた。
「・・・・・ねえ、ジョージ、ロンとハーマイオニーは?」
「昨夜マクゴナガルのところに行ってから、見てないな。戻ってきてないのか?」
ナツキは首を縦に振った。ジョージは少し考えて、ナツキを見た。
「・・・ハーマイオニーはクラムと親しかったよな?」
「うん。」
「課題は選手が奪われたものを奪い返すんだろ?もしかして、ハリーはロンを、クラムはハーマイオニーを奪われたんじゃないのか?」
「・・・そうなのかな・・・?それだったら、多分、安全は保証されてるんだよね・・・・?」
「そう言ってたはずだぜ。そんな顔すんな。ハリーも上手くやるさ。」
そう言って、ジョージはナツキの頭に軽く手を置いて、ぽんぽんと優しく叩いた。
ナツキはそのぬくもりに、小さくうなずいた。
恐ろしく長い1時間が過ぎた。
ハリーは、最後の最後、本当にギリギリのタイミングで水面に姿を現した。
ナツキは、息を呑むほどヒヤヒヤしながら見守っていたので、その姿を確認した瞬間、全身の力が抜けた。
「なんにせよ、ハリーが無事ならそれでいいや・・・」
結局、ハリーは奪われたものを余計に救おうとして時間を使いすぎたらしい。けれど、その道徳的な選択が評価されて、結果はセドリックと同点の1位だった。
次の課題は6月。しかも、1ヶ月前には課題の内容が知らされるという。
談話室に戻ったナツキは、全身から疲れがにじみ出ているのが自分でもわかった。徹夜明けの頭は重く、体もふらつく。
「ナツキ、大丈夫か?」
心配そうな声でそう言ったのはジョージだった。ナツキは彼の顔を見上げて、少しだけ笑った。
「うん。ものすごく眠いだけ。・・・ハリーが戻ってきたら、私がとびきり喜んでたって、伝えといて。」
「了解。伝えとくよ、お姫様。」
そう言って、ジョージは軽くウインクして見せた。
ナツキはそのひと言に思わず顔を赤らめたが、なにも言わず、ふにゃりと笑った。
「おやすみ、ジョージ。」
そう言って階段を上り、自分のベッドへと向かった。