炎のゴブレット
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「卵の謎はもう解いたって言ったじゃない!」
呪文学の授業中、ハーマイオニーはぷりぷりと怒っていた。けれど、ハリーは上の空で、どうにも卵のことどころではない様子だった。
ムーディ先生がスネイプ先生を怪しんでいるらしいとのことだった。それに、なぜか病気で療養中のクラウチ氏を「忍びの地図」で見つけたと言うのだ。
「スネイプ先生は、昔よほどのことをしたってことでしょ?なんだろう・・・・・でも、ムーディ先生、ずっといてくれたらいいのに。そしたら、スネイプ先生の理不尽も収まるでしょ?今年だけなんて寂しいね。」
ナツキはちょっと怖いが、ムーディ先生のことを信頼し始めていた。
「お父さんにそのことは知らせた?」
「ううん、まだ。今夜にでも手紙を出そうと思う。」
翌日からは、ついに第2の課題の準備に取り組み始めた。水中で1時間過ごす方法を見つけなければならない。
ナツキはこのところ、ヒソヒソ声を避けてグリフィンドール塔に篭っていたが、ハリーのために図書室に篭った。
しかし、なかなか見つからないものだ。
「あ、」
ナツキが本棚の一角から顔を出すと、そこに、セドリックがいた。
彼もまた、何冊かの本を脇に抱えていた。宿題だろうか、それとも彼も、第2の課題の準備だろうか。
向こうもナツキに気づいたらしく、一瞬だけ視線が交差する。
「やあ。」
セドリックが先に声をかけてきた。少しだけ、ぎこちない笑みを浮かべて。
「ナツキ、元気にしてた?」
「うん。」
ナツキも小さく答えたけれど、その声は自分でも驚くほどかすれていた。二人の間に、気まずい沈黙が落ちる。かつてなら、自然に交わせたはずの言葉が、今は喉の奥で絡まる。
「・・・気まずいね。僕のせいだ。・・・・ごめんね、ナツキ。でも、もう気にしないで。」
「え?」
セドリックは少しだけ視線を伏せて、言葉を続けた。
「僕、チョウ・チャンと付き合うことに決めたんだ。」
「あ、そうなんだ・・・・。」
それは誰だ、という言葉は飲み込んで、ナツキはひとまず「おめでとう」と返した。何だか、不思議な気持ちだった。
「だから、これからは友達として、仲良くしてくれたら嬉しい。」
そう言ってセドリックは右手を差し出した。
「うん。そうだね。これからも、友達。」
手のひらに伝わるあたたかさは、少しだけ懐かしくて、そしてほんの少しだけ切なかった。
けれどナツキは、自分の胸の奥にあった小さなつかえが、ひとつふわりとほどけていくのを感じていた。
「じゃあ、またね。」
セドリックが軽く手を振って去っていくのを見送りながら、ナツキはふと肩の力を抜いた。
「あ、第2の課題のこと聞けばよかったかな・・・・」
いや、流石に卑怯か、と思って考え直した。ナツキは小さく息を吸って、また図書館の静けさの中へと歩き出した。
次の日、朝食のデザートにチョコレートが出て、ナツキは今日がバレンタインデーだと気づいた。
「ハリー?どうかした?」
「あ、ううん。いや、なんでもないよ。」
ハリーはそう言って、急に皿のスクランブルエッグに視線を落とし、もくもくと食べ始めた。何かを気にして、どこか落ち着かない様子だ。
気になって先ほどのハリーの視線の先を追うと、レイブンクローのテーブルの一角に目が止まった。女の子たちが数人集まり、なにやらざわざわしている。
そしてそれが何だったのかは、食事を終えて広間を出ようとしたときにはっきりとわかった。
一人の女の子が泣きながら座っており、その周囲を数人の女子たちが囲んでなだめている。その中の何人かが、ナツキが近くを通りかかった瞬間、ぴたりと会話を止め、鋭い視線をこちらに向けた。
その目は、まるでナツキが何かとんでもないことをしたかのように、冷たく、敵意に満ちていた。
何が起きているのか分からないまま、ナツキは足早にその場を離れたのだった。
その日最初の授業は「マグル学」だった。
マグル学の授業が終わり、ナツキはノートを鞄にしまい、ひと息つくように廊下へ出た。
そのときだった。後ろから足音がいくつも近づいてくる。
振り返ると、レイブンクローの制服を着た女子生徒たちが、廊下の真ん中にずらりと並んでいた。
名前は知らなかったが、見覚えはあった。休み時間に廊下の端でコソコソとナツキの陰口を言っていた子たち。そして、今朝、こちらを思いっきり睨んできた子たちもいた。
先頭に立つ一人の少女が、腕を組んで一歩前へ出る。
「あなた、いい加減にしてくれないかしら?」
彼女の口調には明らかな敵意がこもっていた。
「え?」
ナツキは意味がわからず立ち止まったまま聞き返す。
「とぼけないで。あなた、またセドリックに話しかけてたわよね?昨日、図書館で。」
「・・・・それが、何?友達同士で話すのが、そんなに不思議?・・・あなたたち、セドリックのファンなの?そんなことしても、セドリックは、」
バチンッ!
乾いた音が廊下に響いた。世界が一瞬止まったように感じた。
「黙りなさい!穢らわしい!」
ナツキは何が起きたのかすぐには理解できなかった。ただ、左の頬にじわじわと熱が広がっていく。鈍い痛みとともに、ようやく叩かれたのだと気づいた。
目の前のレイブンクローの少女は、まだ手を振り下ろしたままの姿勢で睨みつけていた。その目は、まるで何か汚れたものを見るようだった。
「セドリックにはチョウがいるの。チョウはずっとセドリックが好きだったのよ!あんたがみたいなのが横からセドリックに汚い手で触るんじゃないわよ!」
別の女子が嘲笑交じりに続ける。
「いろんな男に媚び売ってあんたが純粋な乙女じゃないのは、ユニコーンが証明済みでしょ?」
「一体何人と寝たのかしらね。」
冷笑が何人かから漏れた。
ナツキは言葉を失って立ち尽くした。喉が詰まって、何も返せなかった。何もしていないのに、何も悪いことをしていないのに、どうしてここまで言われているのか、理解ができなかった。
「──おい。」
鋭く、しかしどこか低く押し殺したような声がその場を切り裂いた。
振り返ると、そこにジョージが立っていた。その双眸には、明らかな怒りの火が灯っていた。
「今の、もう一度言ってみろよ。」
一瞬で空気が変わった。レイブンクローの女子たちは怯んだように身を引いた。
道化者の双子のウィーズリーの片割れが、こんなにも怒気をはらんだ声を上げたことに、彼女たちは衝撃を受けたらしい。
「な、なによ。私たちは事実を言っただけよ。」
「事実?へぇ、じゃあ俺からも事実を突きつけてやるよ。」
ジョージの口調は冷静だったが、その語尾にははっきりと怒りが滲んでいた。
「お前らが今やってることは、何もしてないナツキを、集団で囲んで、寄ってたかって責め立ててるってことだ。それがどれだけ卑怯で下劣か、わかってねぇのか?」
女子たちは口をつぐみ、気まずそうに視線を逸らす。
「くだらない嫉妬でしかないくせに、正義面してんじゃねぇよ。つーかさ、お前らみたいなのがナツキに嫉妬してんの、正直、烏滸がましいぜ。」
沈黙が落ちた。その場にいた誰もが、ジョージの一言に何も言い返せなかった。
「で?なんだよ次は。『ゴドリクソンはウィーズリーに乗り換えた』って吹聴するのか?」
そう言い終えると、ジョージは静かにナツキのそばへ歩み寄り、震える彼女の肩にそっと手を添えた。
「行こう、ナツキ。」
ナツキはジョージに導かれるように、大広間近くの階段を一段一段、ゆっくりと登っていった。言葉は交わさなかった。けれど、ジョージの手はずっとナツキの手をそっと握っていて、そのぬくもりが、彼女の震える指先を少しずつ落ち着かせていった。
ふたりは人気のない廊下を曲がり、開いていた古びた扉を見つけると、中に入った。そこはかつて使われていた教室のようだったが、今は埃っぽい机がいくつか残るだけの静かな空間だった。
ジョージは扉を閉めて、ふうっと小さく息をついた。そしてナツキの正面に立ち、そっと顔を覗き込んだ。
「痛む?」
彼の指先が、ナツキの頬に優しく触れる。ひんやりとした指先が、痛む肌にふれて、ナツキは思わず小さく息をのんだ。
「っと、悪い。今、治すから・・・・動かないでくれよ・・・」
そう言って、ジョージはおもむろに杖を取り出し、「エピスキー」と唱えた。ひりついていた皮膚の痛みが、すっと引いていくのがわかった。
「・・・ありがとう。上手なんだね。」
「フレッドとバカやるには必須の呪文だからな。」
いつもならその言葉に吹き出していただろうけど、ナツキの顔の筋肉はこの時ばかりはうまく動いてくれなかった。
ほんの少しうつむいたナツキを見て、ジョージがそっと椅子を引いた。
「座れよ。立ちっぱなしはしんどいだろ。」
ナツキが静かに頷いて腰を下ろすと、ジョージも隣に腰を下ろした。そして、少しの沈黙のあと、彼はそっと腕を伸ばし、ためらいがちにナツキの肩に触れた。
「・・・いいか?」
その問いに、ナツキはわずかに頷いた。次の瞬間、ジョージはゆっくりと、だが確かな腕の力でナツキを自分の胸元に引き寄せた。
「怖かったろ。」
その低くて優しい声が、ナツキの耳元で囁く。
ナツキは目を閉じた。ジョージの声に、ぬくもりに、涙があふれてくるのを止められなかった。泣きたいのに泣けなかった涙が、氷のように溶けて、頬を静かに伝った。
「ごめんな。俺がもっと早くナツキを見つけてればよかった。」
ジョージの言葉は、ただの謝罪ではなかった。それは、自分を責めるような、切実な後悔のにじんだ声だった。
ナツキはそっと首を横に振った。
「ジョージは何も悪くない・・・きてくれて・・よかった・・・ジョージがいてくれて、よかった・・・・」
肩を震わせながらそう言うナツキを、ジョージは何も言わず抱きしめ直した。まるで壊れ物を扱うように、丁寧に、優しく。
しばらくの静寂のあと、ジョージが低く、息を吐くように言った。
「こんなときに言うのは、ずるいかもしれないけどさ、」
ナツキはジョージの胸の中で顔を上げた。彼の瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。
「ナツキのこと、俺に守らせて。」
ナツキは少しだけ瞬きをして、戸惑いながらも答える。
「・・・ジョージは、いつも守ってくれてるよ・・・・?」
ジョージは、困ったように小さく笑った。
「うーん、そうだけどそうじゃなくて、一番近くで、守りたいんだ。」
ジョージの心臓の音がドクン、ドクンと、ナツキの胸にも響いてきた。
「え、っと・・・?」
戸惑いで眉根を寄せるナツキを見て苦笑しながら、ジョージは少し息を吸い込んだ。そしてまっすぐに彼を見上げるナツキを見て、口を開いた。
「好きだよ、ナツキ。」
その言葉は、静かにゆっくりと、まるで魔法のようにナツキの心に染み渡った。
「・・・・え、と・・・・」
言葉がうまく出てこない。そんなナツキに、ジョージはふっと口元をゆるめた。
「なんだよ、そんな可愛い顔しやがって。」
少しだけふざけた口調だが、優しくて真剣な眼差しが、ナツキをじっと見つめていた。
ナツキは胸の鼓動を感じながら、小さく頷いた。
すると、ジョージはニヤリと笑った。
「それって『はい、私は可愛い顔です』って意味か?」
「ち、違うよ!」
ナツキは真っ赤になって抗議したが、その反応さえも、ジョージの笑みを深くさせた。
「じゃあどう言う意味?」
囁くようにそう言うと、ジョージは額をそっとナツキの額に重ねた。
「っ!!」
彼の質問と距離の近さに、ナツキは思わず息を呑む。視線を動かせば、すぐそこにあるのは、彼の睫毛、彼の瞳、そして温かい息づかい。
「ナツキ?俺は、ちゃんと聞きたいんだけどな。」
心臓の音がうるさいくらいに響いた。
「・・・・・き・・」
「ん?」
ナツキは唇をきゅっと結び、目もぎゅっと閉じた。
「・・・私も・・好き・・・」
その小さな声に、ジョージの息が少しだけ揺れた。
頬に指先が添えられた瞬間、柔らかくてあたたかいものが、そっと唇に触れた。
キスをされたのだと気付くのに、少しだけ時間がかかった。
「んわっ!?」
ナツキは目を見開いて、驚きのあまり思わず体をのけぞらせる。椅子から落ちかけたその肩を、ジョージがあわてて支えた。
「おっとっと、大丈夫か?」
ナツキが赤くなった顔で口をぱくぱくさせていると、ジョージは悪びれることなくニヤッと笑った。
「そんな顔して目まで瞑ってたら、いいのかと思うだろ?」
「ち、ちが、そういう意味じゃ・・・」
ナツキは慌てて否定しようとしたが、その様子がどういうわけか、ジョージのお気に召したらしい。
「はあ、可愛いな・・・。なあみんなに『ナツキは俺の』って言いふらしていい?じゃないと、誰かに取られちまいそうだ。」
「は、恥ずかしいし、取られないから、あんまり、その、言いふらしたりとかは・・・・」
ナツキが顔を真っ赤にしながらそう言った瞬間、ジョージの目が細められた。
「じゃあ、フレッドとリーだけ。」
「・・・・わ、わかった。二人にだけね。」
そう答えながらも、ナツキは心の中で、それって多分、言いふらすのとあんまり変わらないな、と思ってしまった。
「ナツキ、この後は?」
「あ!『変身術』!そろそろ行かないと。」
「待って、時間割持ってるか?」
「うん。」
ナツキは制服のポケットを探りながら、折りたたまれた時間割表を取り出した。ジョージがそれを覗き込む。
「一人になるのはマグル学だけ?」
その質問で彼の意図がわかって、ナツキは静かに頷いた。
その仕草を確認すると、ジョージはふっと笑い、ほんの少しだけ顔を近づけた。
「了解。じゃあ、お守りしますよ。俺だけの子猫ちゃん。」
次の瞬間、ジョージの唇がそっと、優しく額に触れた。
驚きで声も出せずにいるナツキを見て、彼はいたずらっぽく微笑む。
「おっと、顔が真っ赤。かわいいな。」
「そ、そういうの、突然するのどうかと思う!」
ジョージはまた何かを思いついたように口角を上げた。
「じゃあ、次からは大声でキスしますって言ってあげるぜ。」
「それもダメ!!!」
ナツキは赤くなりながらもそう言って、くるりと背を向けた。
「もう!授業遅れちゃう。ジョージ!『変身術』の教室まで急ぐよ。送ってくれるんでしょ!?」
ナツキがせかすように言うと、ジョージは軽く笑って後を追った。
「承知しました、お姫さま。」
ジョージはふざけた調子でそう言いながら、さりげなくナツキの肩に手を添えた。ナツキは少し眉をひそめつつも、文句は言わなかった。
ほんの少し前まで、あんなことがあったとは思えないくらい、二人の間には柔らかい空気が流れていた。
ジョージの隣は、あたたかくて心強かった。
呪文学の授業中、ハーマイオニーはぷりぷりと怒っていた。けれど、ハリーは上の空で、どうにも卵のことどころではない様子だった。
ムーディ先生がスネイプ先生を怪しんでいるらしいとのことだった。それに、なぜか病気で療養中のクラウチ氏を「忍びの地図」で見つけたと言うのだ。
「スネイプ先生は、昔よほどのことをしたってことでしょ?なんだろう・・・・・でも、ムーディ先生、ずっといてくれたらいいのに。そしたら、スネイプ先生の理不尽も収まるでしょ?今年だけなんて寂しいね。」
ナツキはちょっと怖いが、ムーディ先生のことを信頼し始めていた。
「お父さんにそのことは知らせた?」
「ううん、まだ。今夜にでも手紙を出そうと思う。」
翌日からは、ついに第2の課題の準備に取り組み始めた。水中で1時間過ごす方法を見つけなければならない。
ナツキはこのところ、ヒソヒソ声を避けてグリフィンドール塔に篭っていたが、ハリーのために図書室に篭った。
しかし、なかなか見つからないものだ。
「あ、」
ナツキが本棚の一角から顔を出すと、そこに、セドリックがいた。
彼もまた、何冊かの本を脇に抱えていた。宿題だろうか、それとも彼も、第2の課題の準備だろうか。
向こうもナツキに気づいたらしく、一瞬だけ視線が交差する。
「やあ。」
セドリックが先に声をかけてきた。少しだけ、ぎこちない笑みを浮かべて。
「ナツキ、元気にしてた?」
「うん。」
ナツキも小さく答えたけれど、その声は自分でも驚くほどかすれていた。二人の間に、気まずい沈黙が落ちる。かつてなら、自然に交わせたはずの言葉が、今は喉の奥で絡まる。
「・・・気まずいね。僕のせいだ。・・・・ごめんね、ナツキ。でも、もう気にしないで。」
「え?」
セドリックは少しだけ視線を伏せて、言葉を続けた。
「僕、チョウ・チャンと付き合うことに決めたんだ。」
「あ、そうなんだ・・・・。」
それは誰だ、という言葉は飲み込んで、ナツキはひとまず「おめでとう」と返した。何だか、不思議な気持ちだった。
「だから、これからは友達として、仲良くしてくれたら嬉しい。」
そう言ってセドリックは右手を差し出した。
「うん。そうだね。これからも、友達。」
手のひらに伝わるあたたかさは、少しだけ懐かしくて、そしてほんの少しだけ切なかった。
けれどナツキは、自分の胸の奥にあった小さなつかえが、ひとつふわりとほどけていくのを感じていた。
「じゃあ、またね。」
セドリックが軽く手を振って去っていくのを見送りながら、ナツキはふと肩の力を抜いた。
「あ、第2の課題のこと聞けばよかったかな・・・・」
いや、流石に卑怯か、と思って考え直した。ナツキは小さく息を吸って、また図書館の静けさの中へと歩き出した。
次の日、朝食のデザートにチョコレートが出て、ナツキは今日がバレンタインデーだと気づいた。
「ハリー?どうかした?」
「あ、ううん。いや、なんでもないよ。」
ハリーはそう言って、急に皿のスクランブルエッグに視線を落とし、もくもくと食べ始めた。何かを気にして、どこか落ち着かない様子だ。
気になって先ほどのハリーの視線の先を追うと、レイブンクローのテーブルの一角に目が止まった。女の子たちが数人集まり、なにやらざわざわしている。
そしてそれが何だったのかは、食事を終えて広間を出ようとしたときにはっきりとわかった。
一人の女の子が泣きながら座っており、その周囲を数人の女子たちが囲んでなだめている。その中の何人かが、ナツキが近くを通りかかった瞬間、ぴたりと会話を止め、鋭い視線をこちらに向けた。
その目は、まるでナツキが何かとんでもないことをしたかのように、冷たく、敵意に満ちていた。
何が起きているのか分からないまま、ナツキは足早にその場を離れたのだった。
その日最初の授業は「マグル学」だった。
マグル学の授業が終わり、ナツキはノートを鞄にしまい、ひと息つくように廊下へ出た。
そのときだった。後ろから足音がいくつも近づいてくる。
振り返ると、レイブンクローの制服を着た女子生徒たちが、廊下の真ん中にずらりと並んでいた。
名前は知らなかったが、見覚えはあった。休み時間に廊下の端でコソコソとナツキの陰口を言っていた子たち。そして、今朝、こちらを思いっきり睨んできた子たちもいた。
先頭に立つ一人の少女が、腕を組んで一歩前へ出る。
「あなた、いい加減にしてくれないかしら?」
彼女の口調には明らかな敵意がこもっていた。
「え?」
ナツキは意味がわからず立ち止まったまま聞き返す。
「とぼけないで。あなた、またセドリックに話しかけてたわよね?昨日、図書館で。」
「・・・・それが、何?友達同士で話すのが、そんなに不思議?・・・あなたたち、セドリックのファンなの?そんなことしても、セドリックは、」
バチンッ!
乾いた音が廊下に響いた。世界が一瞬止まったように感じた。
「黙りなさい!穢らわしい!」
ナツキは何が起きたのかすぐには理解できなかった。ただ、左の頬にじわじわと熱が広がっていく。鈍い痛みとともに、ようやく叩かれたのだと気づいた。
目の前のレイブンクローの少女は、まだ手を振り下ろしたままの姿勢で睨みつけていた。その目は、まるで何か汚れたものを見るようだった。
「セドリックにはチョウがいるの。チョウはずっとセドリックが好きだったのよ!あんたがみたいなのが横からセドリックに汚い手で触るんじゃないわよ!」
別の女子が嘲笑交じりに続ける。
「いろんな男に媚び売ってあんたが純粋な乙女じゃないのは、ユニコーンが証明済みでしょ?」
「一体何人と寝たのかしらね。」
冷笑が何人かから漏れた。
ナツキは言葉を失って立ち尽くした。喉が詰まって、何も返せなかった。何もしていないのに、何も悪いことをしていないのに、どうしてここまで言われているのか、理解ができなかった。
「──おい。」
鋭く、しかしどこか低く押し殺したような声がその場を切り裂いた。
振り返ると、そこにジョージが立っていた。その双眸には、明らかな怒りの火が灯っていた。
「今の、もう一度言ってみろよ。」
一瞬で空気が変わった。レイブンクローの女子たちは怯んだように身を引いた。
道化者の双子のウィーズリーの片割れが、こんなにも怒気をはらんだ声を上げたことに、彼女たちは衝撃を受けたらしい。
「な、なによ。私たちは事実を言っただけよ。」
「事実?へぇ、じゃあ俺からも事実を突きつけてやるよ。」
ジョージの口調は冷静だったが、その語尾にははっきりと怒りが滲んでいた。
「お前らが今やってることは、何もしてないナツキを、集団で囲んで、寄ってたかって責め立ててるってことだ。それがどれだけ卑怯で下劣か、わかってねぇのか?」
女子たちは口をつぐみ、気まずそうに視線を逸らす。
「くだらない嫉妬でしかないくせに、正義面してんじゃねぇよ。つーかさ、お前らみたいなのがナツキに嫉妬してんの、正直、烏滸がましいぜ。」
沈黙が落ちた。その場にいた誰もが、ジョージの一言に何も言い返せなかった。
「で?なんだよ次は。『ゴドリクソンはウィーズリーに乗り換えた』って吹聴するのか?」
そう言い終えると、ジョージは静かにナツキのそばへ歩み寄り、震える彼女の肩にそっと手を添えた。
「行こう、ナツキ。」
ナツキはジョージに導かれるように、大広間近くの階段を一段一段、ゆっくりと登っていった。言葉は交わさなかった。けれど、ジョージの手はずっとナツキの手をそっと握っていて、そのぬくもりが、彼女の震える指先を少しずつ落ち着かせていった。
ふたりは人気のない廊下を曲がり、開いていた古びた扉を見つけると、中に入った。そこはかつて使われていた教室のようだったが、今は埃っぽい机がいくつか残るだけの静かな空間だった。
ジョージは扉を閉めて、ふうっと小さく息をついた。そしてナツキの正面に立ち、そっと顔を覗き込んだ。
「痛む?」
彼の指先が、ナツキの頬に優しく触れる。ひんやりとした指先が、痛む肌にふれて、ナツキは思わず小さく息をのんだ。
「っと、悪い。今、治すから・・・・動かないでくれよ・・・」
そう言って、ジョージはおもむろに杖を取り出し、「エピスキー」と唱えた。ひりついていた皮膚の痛みが、すっと引いていくのがわかった。
「・・・ありがとう。上手なんだね。」
「フレッドとバカやるには必須の呪文だからな。」
いつもならその言葉に吹き出していただろうけど、ナツキの顔の筋肉はこの時ばかりはうまく動いてくれなかった。
ほんの少しうつむいたナツキを見て、ジョージがそっと椅子を引いた。
「座れよ。立ちっぱなしはしんどいだろ。」
ナツキが静かに頷いて腰を下ろすと、ジョージも隣に腰を下ろした。そして、少しの沈黙のあと、彼はそっと腕を伸ばし、ためらいがちにナツキの肩に触れた。
「・・・いいか?」
その問いに、ナツキはわずかに頷いた。次の瞬間、ジョージはゆっくりと、だが確かな腕の力でナツキを自分の胸元に引き寄せた。
「怖かったろ。」
その低くて優しい声が、ナツキの耳元で囁く。
ナツキは目を閉じた。ジョージの声に、ぬくもりに、涙があふれてくるのを止められなかった。泣きたいのに泣けなかった涙が、氷のように溶けて、頬を静かに伝った。
「ごめんな。俺がもっと早くナツキを見つけてればよかった。」
ジョージの言葉は、ただの謝罪ではなかった。それは、自分を責めるような、切実な後悔のにじんだ声だった。
ナツキはそっと首を横に振った。
「ジョージは何も悪くない・・・きてくれて・・よかった・・・ジョージがいてくれて、よかった・・・・」
肩を震わせながらそう言うナツキを、ジョージは何も言わず抱きしめ直した。まるで壊れ物を扱うように、丁寧に、優しく。
しばらくの静寂のあと、ジョージが低く、息を吐くように言った。
「こんなときに言うのは、ずるいかもしれないけどさ、」
ナツキはジョージの胸の中で顔を上げた。彼の瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。
「ナツキのこと、俺に守らせて。」
ナツキは少しだけ瞬きをして、戸惑いながらも答える。
「・・・ジョージは、いつも守ってくれてるよ・・・・?」
ジョージは、困ったように小さく笑った。
「うーん、そうだけどそうじゃなくて、一番近くで、守りたいんだ。」
ジョージの心臓の音がドクン、ドクンと、ナツキの胸にも響いてきた。
「え、っと・・・?」
戸惑いで眉根を寄せるナツキを見て苦笑しながら、ジョージは少し息を吸い込んだ。そしてまっすぐに彼を見上げるナツキを見て、口を開いた。
「好きだよ、ナツキ。」
その言葉は、静かにゆっくりと、まるで魔法のようにナツキの心に染み渡った。
「・・・・え、と・・・・」
言葉がうまく出てこない。そんなナツキに、ジョージはふっと口元をゆるめた。
「なんだよ、そんな可愛い顔しやがって。」
少しだけふざけた口調だが、優しくて真剣な眼差しが、ナツキをじっと見つめていた。
ナツキは胸の鼓動を感じながら、小さく頷いた。
すると、ジョージはニヤリと笑った。
「それって『はい、私は可愛い顔です』って意味か?」
「ち、違うよ!」
ナツキは真っ赤になって抗議したが、その反応さえも、ジョージの笑みを深くさせた。
「じゃあどう言う意味?」
囁くようにそう言うと、ジョージは額をそっとナツキの額に重ねた。
「っ!!」
彼の質問と距離の近さに、ナツキは思わず息を呑む。視線を動かせば、すぐそこにあるのは、彼の睫毛、彼の瞳、そして温かい息づかい。
「ナツキ?俺は、ちゃんと聞きたいんだけどな。」
心臓の音がうるさいくらいに響いた。
「・・・・・き・・」
「ん?」
ナツキは唇をきゅっと結び、目もぎゅっと閉じた。
「・・・私も・・好き・・・」
その小さな声に、ジョージの息が少しだけ揺れた。
頬に指先が添えられた瞬間、柔らかくてあたたかいものが、そっと唇に触れた。
キスをされたのだと気付くのに、少しだけ時間がかかった。
「んわっ!?」
ナツキは目を見開いて、驚きのあまり思わず体をのけぞらせる。椅子から落ちかけたその肩を、ジョージがあわてて支えた。
「おっとっと、大丈夫か?」
ナツキが赤くなった顔で口をぱくぱくさせていると、ジョージは悪びれることなくニヤッと笑った。
「そんな顔して目まで瞑ってたら、いいのかと思うだろ?」
「ち、ちが、そういう意味じゃ・・・」
ナツキは慌てて否定しようとしたが、その様子がどういうわけか、ジョージのお気に召したらしい。
「はあ、可愛いな・・・。なあみんなに『ナツキは俺の』って言いふらしていい?じゃないと、誰かに取られちまいそうだ。」
「は、恥ずかしいし、取られないから、あんまり、その、言いふらしたりとかは・・・・」
ナツキが顔を真っ赤にしながらそう言った瞬間、ジョージの目が細められた。
「じゃあ、フレッドとリーだけ。」
「・・・・わ、わかった。二人にだけね。」
そう答えながらも、ナツキは心の中で、それって多分、言いふらすのとあんまり変わらないな、と思ってしまった。
「ナツキ、この後は?」
「あ!『変身術』!そろそろ行かないと。」
「待って、時間割持ってるか?」
「うん。」
ナツキは制服のポケットを探りながら、折りたたまれた時間割表を取り出した。ジョージがそれを覗き込む。
「一人になるのはマグル学だけ?」
その質問で彼の意図がわかって、ナツキは静かに頷いた。
その仕草を確認すると、ジョージはふっと笑い、ほんの少しだけ顔を近づけた。
「了解。じゃあ、お守りしますよ。俺だけの子猫ちゃん。」
次の瞬間、ジョージの唇がそっと、優しく額に触れた。
驚きで声も出せずにいるナツキを見て、彼はいたずらっぽく微笑む。
「おっと、顔が真っ赤。かわいいな。」
「そ、そういうの、突然するのどうかと思う!」
ジョージはまた何かを思いついたように口角を上げた。
「じゃあ、次からは大声でキスしますって言ってあげるぜ。」
「それもダメ!!!」
ナツキは赤くなりながらもそう言って、くるりと背を向けた。
「もう!授業遅れちゃう。ジョージ!『変身術』の教室まで急ぐよ。送ってくれるんでしょ!?」
ナツキがせかすように言うと、ジョージは軽く笑って後を追った。
「承知しました、お姫さま。」
ジョージはふざけた調子でそう言いながら、さりげなくナツキの肩に手を添えた。ナツキは少し眉をひそめつつも、文句は言わなかった。
ほんの少し前まで、あんなことがあったとは思えないくらい、二人の間には柔らかい空気が流れていた。
ジョージの隣は、あたたかくて心強かった。