炎のゴブレット
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ナツキはハーマイオニーと並んで階段を下り、談話室へと向かった。談話室ではすでに何人かの生徒たちが出発の準備を整え、笑い声や話し声が暖炉の炎に混じっていた。
ナツキとハーマイオニーが姿を現した瞬間、その空気が一瞬止まった。
ソファに腰かけていた上級生の女の子が目を丸くし、本を読んでいた男子生徒がページをめくる手を止めた。数人が無意識にナツキを振り返り、そのままあっけにとられたように見つめていた。
「ナツキ?」
彼女の名を呼んだのは、暖炉のそばに立っていたジョージだった。
最初の一歩を踏み出しかけた彼の足が、わずかに止まる。
赤いドレスローブは、彼女の白い肌を際立たせ、揺れるピアスがほんのりと光を返している。
その姿に、ジョージはほんの数秒、言葉をなくしてしまった。
「あ、えっと、」
彼は言いかけて言葉に詰まり、ようやく少しだけかすれた声で続けた。
「すごく、きれいだな。」
ナツキは照れくさそうに笑った。
「ありがとう。似合ってる?」
「うん、似合ってる。っていうか、なんか、うん。」
言いながら、彼は自分でも何を言っているのかよくわからないような顔をしていた。普段の軽口もどこかへ飛んでしまったらしい。
ナツキはその様子が少しおかしくて、けれどどこかうれしくて、そっと彼の横に並んだ。
すると、ジョージは得意げな顔で、片手を差し出した。
「さーて、子猫ちゃん。迷子になる前に、お手をどうぞ。」
「はいはい、ありがとう。」
ナツキは苦笑して、素直に手を取った。
談話室を後にするふたりを、まだ数人の視線が追っていた。彼女のローブの裾が揺れるたび、ひそひそと声が交わされる。
「ゴドリクソン、やっぱりめちゃめちゃ綺麗だな。」
「今日はまた一段とな。」
ジョージはその気配に気づきながらも、視線はまっすぐ前を向いていた。隣にいるナツキが、あまりにまぶしかったから。
2人はゆっくりと大広間へ向かった。
「代表選手はこちらへ!」
マクゴナガル先生の声が響いた。クリスマスの装飾に彩られた広間は、まるで魔法の舞踏会そのもの。たくさんの生徒たちが、笑顔で着飾った姿を見せていた。
前のテーブルに向かって進んでいくのは、ハリーとそのパートナーのパーバティ。続いて現れたのはクラムと、隣に立つハーマイオニー。
彼女は髪をきれいにまとめ、淡い水色のドレスローブを身にまとっていた。クラムと並んで堂々と歩くその姿に、ナツキは思わず拍手を送りたくなった。
「わあ!ハーマイオニー素敵!!」
隣にいたジョージがちらりと彼女を横目で見て、ふっと口角を上げた。
「そういえば、こんな素敵なパートナーがいるのに、お褒めの言葉はひとつもなしか?」
ナツキがきょとんとした顔で見上げると、ジョージはすぐに視線を外して、前を向いたまま続けた。
「まあいいけどな。今日はハーマイオニーが主役ってことにしといてやるさ。」
軽口のようでいて、その声の中にほんの少しだけ、拗ねたような気配が混じっていた。
「私の中では今日の主役はジョージだよ。」
自分でも驚くほど自然に出た言葉だった。言った直後、はっとなって両手で口を覆った。
「えっ、ちが、いや、なんでもない!うん!なんでも!」
ジョージは目を瞬き、ぽかんとナツキを見たが、すぐに口元をにやりとゆがめた。
ナツキは顔を赤らめながら、あわてて話題をずらす。
「ジョージってば、今日も素敵。うん。ウィーズリーおじさんのドレスローブも、すっごく着こなしてるし!」
「へえ? 今日もってことは、普段も俺は素敵ってことか?」
「・・・調子に乗らないの。」
ナツキがふくれっ面でそっぽを向くと、ジョージは喉の奥でくくっと笑いを漏らした。
にぎやかな笑い声の広がる大広間。その中でふたりの距離だけが、ほんの少し近づいた気がした。
だから、セドリックがこちらを見ていることになんて、ちっとも気づかなかったんだ。
それよりも、目の前の食事と、隣にいるジョージとの会話に夢中だった。
「ねえ、ジョージ、見て!審査員席にパーシーがいる!」
ナツキはフォークを手にしたまま、指さすように身を乗り出して言った。
「ああ、確かにウェーザビー氏だ。」
「ぶっ!」
ナツキは思いきり口に入れていた料理を吹き出して、恨みがましくジョージを見ながら、綺麗にする呪文を唱えたのだった。
食事を食べつくしてしまうと、ダンブルドア先生が立ち上がり、大広間からテーブルがはけ、そこはダンスホールになった。「妖女シスターズ」がステージに上がり、スローな物悲しい曲を奏でた。
灯りが少し落とされ、静まり返ったフロアに、代表選手達とそのパートナーが緊張した面持ちで進み出た。
ナツキはハリーの動きがぎこちないのを見て、思わず心の中で「がんばって」と呟く。
やがて、曲が転調し、代表選手たちが一斉に優雅なステップを踏み始めると、大広間には歓声と拍手が沸き起こった。演奏のクライマックスとともに、先導のダンスが終わり、観客にも踊りの誘いが投げかけられる。
歓声の中、ジョージはナツキの前にすっと立ち、軽く一礼をした。
「レディ、よろしければ一曲お付き合いいただけますか?」
「ふふっ、もちろんです。」
ナツキが差し出された手をそっと取ると、ジョージは優雅に彼女の手を引いて、フロアの中央へと導いた。
「いち、にー、さん、次は左足、っと・・・」
「おいおい、ナツキ、それじゃまるでフリットウィックのテストじゃないか。ダンスはもっと、適当でいいんだよ。」
「う、うん、でも、あっ!」
グニッと何かを踏んだ。まず間違いなく、ジョージの足だ。
「いてっ、うーん、できれば俺の足を標的にしないでくれると助かるぜ。でも、まあ、重くは、うーん、ギリギリ、セーフってとこか。」
ジョージはわざとらしく顔をしかめて見せたあと、ふっと笑った。
「そこは、羽のように軽いお嬢さんって言ってくれてもいいんだよ?」
ナツキが膨れっ面でそう返すと、ジョージは楽しげに肩をすくめた。
「おっと、それは失礼。羽のように軽いお嬢さん、今夜のあなたは、誰よりもまぶしい。」
「本当にそう思ってる?」
「思ってるよ。」
その口調はどう聞いてもふざけていた。
ダンスがひと段落し、ナツキは広間の端の椅子に腰掛けた。
「なんか飲むか?」
「うん。そうだね。少し休憩しよう?」
ナツキが微笑むと、ジョージは軽くうなずいて立ち上がった。と、そのとき、近くの談笑の輪にルード・バグマンの姿を見つける。
「バグマン・・・・」
どこかうらめしそうに言うジョージ。その声に、ちょうど別の方向から近づいてきたフレッドがすばやく反応した。
「お、あいつ今、ひとりじゃん。今のうちにかまかけようぜ、ジョージ。」
「ああ、そうだな。」
ジョージは少し名残惜しそうにナツキの方を振り返り、そっと彼女の肩に手を置いた。
「ナツキ、すぐ戻る。ちょっとだけ待っててくれよ。」
「うん。行ってらっしゃい。」
ナツキが頷くと、ジョージはフレッドと並んで足早にバグマンの元へと向かった。あの賭けの件について、少し話をしに行くつもりらしい。
ジョージとフレッドの背中が人混みに紛れて見えなくなったころ、ナツキは一人で椅子に腰掛けたまま辺りをぼんやりと眺めていた。
そのときだった。
「今夜の君は一段と綺麗だね。」
少し低めの、けれど穏やかな声が背後から届いた。振り向くと、そこにはセドリック・ディゴリーが立っていた。やわらかい微笑みを浮かべ、ドレスローブを品よく着こなしている。
「・・・ありがとう。セドリックも素敵だよ。パートナーの子は?」
ナツキは少し戸惑いながらも、にこやかに返した。
「友達と話してる。ね、少し、広間の外で話せない?」
「え?あの・・・でも、ジョージを待ってるの。」
ナツキが視線を泳がせると、セドリックは真剣なまなざしで言葉を重ねた。
「ほんの少しでいい。どうしても、今、話したいんだ。」
ナツキは迷った。けれど意志の強そうな眼に押されて頷くと、セドリックはほっとしたように微笑み、彼女を静かに誘導した。
ふたりは広間を抜け、廊下の片隅、ツリーの影に入った。楽団の演奏と人々のざわめきが遠くに響くなか、セドリックは深く息をついた。
「綺麗だね。」
セドリックは空を見上げ、穏やかにそう言った。
「・・・今日は、君と一緒に踊りたかった。僕の隣にいる君を、みんなに見せびらかしたかったんだ。」
「え、っと・・・」
ナツキは、思わず言葉に詰まった。何を言ったら良いのか、よくわからなかったのだ。
「僕がウィーズリーより早く君を誘えてたらなぁ。そしたら、それが叶ったのに。」
ナツキは、ほんの少し前の出来事を思い出す。ジョージより数秒だけでも早くセドリックが声をかけていたら・・・。
でも、果たしてそのとき、自分はセドリックの手を取ったのだろうか。
その問いが、ふと心に浮かんで、答えが出せないまま言葉を飲み込んだ。
「先着順なんかで、選ばないで欲しかったよ。」
セドリックが困ったように、だけど優しい顔でナツキの目を見た。
「僕を、選んで欲しかった。たとえ誰より遅く君に申し込んだとしても、それまでずっと、僕の誘いを待っていて欲しかった。」
「セドリック・・・・・?」
ナツキがそっと名を呼ぶと、彼は一歩、近づいた。そして、その目を逸らさずに言った。
「好きだよ。ナツキ。ずっと、君のことが好きだった。」
ナツキは返事をしようと口を開いたが、言葉が出てこなかった。どう言っていいか分からない。
何も言えずにいるナツキを見て、セドリックは小さく息をついた。
「今、答えをくれなくてもいいんだ。」
彼は優しく微笑んだ。けれどその笑みの奥には、少しだけ傷ついた色が混じっていた。
「君が僕のことをどう思っているのか、ゆっくり考えてみてほしい。」
ナツキは、うなずくことすらできなかった。ただ、視線を落とし、指先をぎゅっと握りしめるだけだった。
けれど、セドリックはそれ以上は求めなかった。「じゃあ、また」と、静かに一言だけ残し、背を向けて去っていった。
その背中を、ナツキは見送ることさえできなかった。
どうやら体が勝手に動いてくれたらしく、ナツキはいつの間にか、大広間のジョージと別れた場所へ戻っていた。
「ああ、ナツキ、悪い。待たせたな。」」
弾むような声とともに、ジョージが戻ってきた。手にはふたつのグラス。そのうちのひとつを、ナツキの前に差し出す。
ナツキの好きなかぼちゃフィズだった。
「・・・・ありがとう。」
その瞬間、ナツキの胸が、ぎゅっと締めつけられるような感覚に襲われた。
パーティが終わりを迎えると、生徒たちは三々五々、大広間を後にしていった。笑い声とおしゃべりが廊下にあふれ、皆が談話室へと戻っていく。
「行こうぜ、ジョージ!」
「またな、ゴドリクソン!」
仲間たちが声をかけていく中、ジョージは軽く手を上げて応えながらも、ナツキの腕をそっと引いた。
「なあ、ナツキ。ちょっと寄り道していかないか?」
「え?」
「プレゼント、まだ渡してないだろ?今年も、天文台は貸切だぜ?」
その言葉に、ナツキの胸がふわりと温かくなる。去年の記憶がよみがえった。星明かりの下で、ふたりきりで過ごした楽しい時間。
「だって、授業以外は入っちゃいけないもんね。」
囁くように言うと、ジョージはおどけたようにウインクしてみせた。
ふたりは他の生徒に見つからないように、そっと階段を上っていく。天文台に続く階段を上りきると、重い扉の向こうに、澄んだ冬の夜空が広がっていた。
ナツキが「うわぁ」と小さく息を漏らすと、ジョージはにやりと笑った。
「な?言っただろ。貸切だって。」
ナツキが塔の縁に近づいて夜空を見上げると、背後からジョージがそっと近づき、ポケットから小さな箱を取り出した。もちろんそれは、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズのとんでも悪戯グッズではない。
「メリークリスマス。」
箱には、繊細な銀のネックレスが入っていた。中央には小さな赤い石がひと粒だけ埋め込まれている。
「・・・綺麗・・・・」
ナツキがそっと指で触れると、ジョージは少し照れたように鼻をこすった。
「去年はブレスレットだったろ?だから、今年は首輪だ。」
「首輪?」
「そう。ナツキは方向音痴だから、ちゃんとリードをつけとかないとな。」
「なにそれ・・・!」
ナツキは頬を膨らませて、けれど笑った。そんな理由でも、なぜだか嬉しくて仕方なかった。
「俺がつけていい?」
ジョージが近づき、ネックレスをそっと首にかける。
銀のチェーンを持つ指先が、ナツキの首元へと伸びる。
肌に触れるか触れないかの距離で、彼の指が首筋にかかった。
「!」
ナツキの心臓が、どくんと跳ねた。
「・・・こっち、向いて。」
言われるまま顔をあげると、ジョージはほんの少しだけ目を細めて、静かに言った。
「うん。似合うな。」
ぽつりと落ちた低くて優しい声が、ナツキの胸に染み込む。
「・・・・俺のブレスレットに、今日のネックレスはばっちりだけどさ。」
ふと、ジョージの視線がナツキの耳元へ向かう。
「そのピアス、もしかして・・・」
言い終える前に、彼の指先がそっとナツキの耳に触れた。
「わっ!」
ナツキの肩がびくんと跳ねる。反射的にのけぞりそうになって、思わず顔を真っ赤にした。
「ディゴリーから?」
「は?」
ナツキは思わず間の抜けた声を出した。
「いや、これは、お父さん・・・あ。」
「お父さん?ダンブルドアの弟の?」
ナツキはジョージに、実の父親がシリウス・ブラックかもしれないと昨年度打ち明けていた。しかし、本当に彼が父親で、しかも無実なのだということを、彼はまだ知らないことに気づいた。どうしよう。言ってしまおうか?
「あのね、えーっと、信じられないかもしれないけど・・・」
逆転時計のことは隠して、父親がやっぱりシリウスであったこと、でも彼は無実で、大切な家族なのだと、ジョージに打ち明けた。
「お父さんが、ピアスをくれたの。ほら、ジョージにくれたブレスレットとも、合うでしょ?同じ色だよ。」
「・・・・なるほど、ナツキの親父は、お前のことをよーくわかってるってことだ。」
「?」
ジョージの目が優しく、でも悪戯っぽく細められた。
「ナツキのことを真剣に考えたら、こういうのを選んじゃうんだよな。」
ナツキは何も言えず、ただ胸の奥がじんとあたたかくなるのを感じた。
ふと、ジョージが覗き込むように言った。
「なあ、俺がバグマンと話している間、何かあったか?」
「え?」
「寂しくなっちまったのか?俺がいなくて。」
ニヤニヤとジョージは笑った。でもその目の奥は、心配そうにしていた。
ナツキはセドリックの告白と、その時の言葉が不意に頭をよぎった。
ーーー僕がウィーズリーより早く君を誘えてたらなぁ。
セドリックの方が、ずっと早く誘ってくれたら?そうしたら私はどうしただろうか?私はすぐにその誘いを引き受けるのだろうか。
「ううん。なんでもないよ。踊り疲れちゃってただけ。」
精一杯の笑顔を浮かべてそう言うと、ジョージは安心したように、肩の力を抜いた。
「そっか。それなら、いいんだけどさ。」
私はダンスパーティがあるって聞いたとき、どこかで「誰か」が私を誘ってくれるのを、無意識に待っていた。
だから、自分からは動かなかった。でも、心のどこかでは、わかってた。
「ねえ、ジョージ、」
「ん?」
私は、ジョージが誘ってくれるのを、待っていたんだ。
「メリークリスマス!プレゼントありがとう!」
照れ隠しでそう言うと、ジョージはそのことには気づかずふっと目を細めて笑った。
「喜んでくれたのなら、何よりだぜ。」
いつからだったんだろう。
気づけば、彼の何気ない言葉や、からかうような笑顔が、特別なものになっていた。思い返せば、きっともっとずっと前から。
私は、ジョージのことが好きなんだ。
からかわれても、呆れられても、私のことを一番に見てくれる、優しいこの人が、どうしようもなく好きなんだ。
ナツキとハーマイオニーが姿を現した瞬間、その空気が一瞬止まった。
ソファに腰かけていた上級生の女の子が目を丸くし、本を読んでいた男子生徒がページをめくる手を止めた。数人が無意識にナツキを振り返り、そのままあっけにとられたように見つめていた。
「ナツキ?」
彼女の名を呼んだのは、暖炉のそばに立っていたジョージだった。
最初の一歩を踏み出しかけた彼の足が、わずかに止まる。
赤いドレスローブは、彼女の白い肌を際立たせ、揺れるピアスがほんのりと光を返している。
その姿に、ジョージはほんの数秒、言葉をなくしてしまった。
「あ、えっと、」
彼は言いかけて言葉に詰まり、ようやく少しだけかすれた声で続けた。
「すごく、きれいだな。」
ナツキは照れくさそうに笑った。
「ありがとう。似合ってる?」
「うん、似合ってる。っていうか、なんか、うん。」
言いながら、彼は自分でも何を言っているのかよくわからないような顔をしていた。普段の軽口もどこかへ飛んでしまったらしい。
ナツキはその様子が少しおかしくて、けれどどこかうれしくて、そっと彼の横に並んだ。
すると、ジョージは得意げな顔で、片手を差し出した。
「さーて、子猫ちゃん。迷子になる前に、お手をどうぞ。」
「はいはい、ありがとう。」
ナツキは苦笑して、素直に手を取った。
談話室を後にするふたりを、まだ数人の視線が追っていた。彼女のローブの裾が揺れるたび、ひそひそと声が交わされる。
「ゴドリクソン、やっぱりめちゃめちゃ綺麗だな。」
「今日はまた一段とな。」
ジョージはその気配に気づきながらも、視線はまっすぐ前を向いていた。隣にいるナツキが、あまりにまぶしかったから。
2人はゆっくりと大広間へ向かった。
「代表選手はこちらへ!」
マクゴナガル先生の声が響いた。クリスマスの装飾に彩られた広間は、まるで魔法の舞踏会そのもの。たくさんの生徒たちが、笑顔で着飾った姿を見せていた。
前のテーブルに向かって進んでいくのは、ハリーとそのパートナーのパーバティ。続いて現れたのはクラムと、隣に立つハーマイオニー。
彼女は髪をきれいにまとめ、淡い水色のドレスローブを身にまとっていた。クラムと並んで堂々と歩くその姿に、ナツキは思わず拍手を送りたくなった。
「わあ!ハーマイオニー素敵!!」
隣にいたジョージがちらりと彼女を横目で見て、ふっと口角を上げた。
「そういえば、こんな素敵なパートナーがいるのに、お褒めの言葉はひとつもなしか?」
ナツキがきょとんとした顔で見上げると、ジョージはすぐに視線を外して、前を向いたまま続けた。
「まあいいけどな。今日はハーマイオニーが主役ってことにしといてやるさ。」
軽口のようでいて、その声の中にほんの少しだけ、拗ねたような気配が混じっていた。
「私の中では今日の主役はジョージだよ。」
自分でも驚くほど自然に出た言葉だった。言った直後、はっとなって両手で口を覆った。
「えっ、ちが、いや、なんでもない!うん!なんでも!」
ジョージは目を瞬き、ぽかんとナツキを見たが、すぐに口元をにやりとゆがめた。
ナツキは顔を赤らめながら、あわてて話題をずらす。
「ジョージってば、今日も素敵。うん。ウィーズリーおじさんのドレスローブも、すっごく着こなしてるし!」
「へえ? 今日もってことは、普段も俺は素敵ってことか?」
「・・・調子に乗らないの。」
ナツキがふくれっ面でそっぽを向くと、ジョージは喉の奥でくくっと笑いを漏らした。
にぎやかな笑い声の広がる大広間。その中でふたりの距離だけが、ほんの少し近づいた気がした。
だから、セドリックがこちらを見ていることになんて、ちっとも気づかなかったんだ。
それよりも、目の前の食事と、隣にいるジョージとの会話に夢中だった。
「ねえ、ジョージ、見て!審査員席にパーシーがいる!」
ナツキはフォークを手にしたまま、指さすように身を乗り出して言った。
「ああ、確かにウェーザビー氏だ。」
「ぶっ!」
ナツキは思いきり口に入れていた料理を吹き出して、恨みがましくジョージを見ながら、綺麗にする呪文を唱えたのだった。
食事を食べつくしてしまうと、ダンブルドア先生が立ち上がり、大広間からテーブルがはけ、そこはダンスホールになった。「妖女シスターズ」がステージに上がり、スローな物悲しい曲を奏でた。
灯りが少し落とされ、静まり返ったフロアに、代表選手達とそのパートナーが緊張した面持ちで進み出た。
ナツキはハリーの動きがぎこちないのを見て、思わず心の中で「がんばって」と呟く。
やがて、曲が転調し、代表選手たちが一斉に優雅なステップを踏み始めると、大広間には歓声と拍手が沸き起こった。演奏のクライマックスとともに、先導のダンスが終わり、観客にも踊りの誘いが投げかけられる。
歓声の中、ジョージはナツキの前にすっと立ち、軽く一礼をした。
「レディ、よろしければ一曲お付き合いいただけますか?」
「ふふっ、もちろんです。」
ナツキが差し出された手をそっと取ると、ジョージは優雅に彼女の手を引いて、フロアの中央へと導いた。
「いち、にー、さん、次は左足、っと・・・」
「おいおい、ナツキ、それじゃまるでフリットウィックのテストじゃないか。ダンスはもっと、適当でいいんだよ。」
「う、うん、でも、あっ!」
グニッと何かを踏んだ。まず間違いなく、ジョージの足だ。
「いてっ、うーん、できれば俺の足を標的にしないでくれると助かるぜ。でも、まあ、重くは、うーん、ギリギリ、セーフってとこか。」
ジョージはわざとらしく顔をしかめて見せたあと、ふっと笑った。
「そこは、羽のように軽いお嬢さんって言ってくれてもいいんだよ?」
ナツキが膨れっ面でそう返すと、ジョージは楽しげに肩をすくめた。
「おっと、それは失礼。羽のように軽いお嬢さん、今夜のあなたは、誰よりもまぶしい。」
「本当にそう思ってる?」
「思ってるよ。」
その口調はどう聞いてもふざけていた。
ダンスがひと段落し、ナツキは広間の端の椅子に腰掛けた。
「なんか飲むか?」
「うん。そうだね。少し休憩しよう?」
ナツキが微笑むと、ジョージは軽くうなずいて立ち上がった。と、そのとき、近くの談笑の輪にルード・バグマンの姿を見つける。
「バグマン・・・・」
どこかうらめしそうに言うジョージ。その声に、ちょうど別の方向から近づいてきたフレッドがすばやく反応した。
「お、あいつ今、ひとりじゃん。今のうちにかまかけようぜ、ジョージ。」
「ああ、そうだな。」
ジョージは少し名残惜しそうにナツキの方を振り返り、そっと彼女の肩に手を置いた。
「ナツキ、すぐ戻る。ちょっとだけ待っててくれよ。」
「うん。行ってらっしゃい。」
ナツキが頷くと、ジョージはフレッドと並んで足早にバグマンの元へと向かった。あの賭けの件について、少し話をしに行くつもりらしい。
ジョージとフレッドの背中が人混みに紛れて見えなくなったころ、ナツキは一人で椅子に腰掛けたまま辺りをぼんやりと眺めていた。
そのときだった。
「今夜の君は一段と綺麗だね。」
少し低めの、けれど穏やかな声が背後から届いた。振り向くと、そこにはセドリック・ディゴリーが立っていた。やわらかい微笑みを浮かべ、ドレスローブを品よく着こなしている。
「・・・ありがとう。セドリックも素敵だよ。パートナーの子は?」
ナツキは少し戸惑いながらも、にこやかに返した。
「友達と話してる。ね、少し、広間の外で話せない?」
「え?あの・・・でも、ジョージを待ってるの。」
ナツキが視線を泳がせると、セドリックは真剣なまなざしで言葉を重ねた。
「ほんの少しでいい。どうしても、今、話したいんだ。」
ナツキは迷った。けれど意志の強そうな眼に押されて頷くと、セドリックはほっとしたように微笑み、彼女を静かに誘導した。
ふたりは広間を抜け、廊下の片隅、ツリーの影に入った。楽団の演奏と人々のざわめきが遠くに響くなか、セドリックは深く息をついた。
「綺麗だね。」
セドリックは空を見上げ、穏やかにそう言った。
「・・・今日は、君と一緒に踊りたかった。僕の隣にいる君を、みんなに見せびらかしたかったんだ。」
「え、っと・・・」
ナツキは、思わず言葉に詰まった。何を言ったら良いのか、よくわからなかったのだ。
「僕がウィーズリーより早く君を誘えてたらなぁ。そしたら、それが叶ったのに。」
ナツキは、ほんの少し前の出来事を思い出す。ジョージより数秒だけでも早くセドリックが声をかけていたら・・・。
でも、果たしてそのとき、自分はセドリックの手を取ったのだろうか。
その問いが、ふと心に浮かんで、答えが出せないまま言葉を飲み込んだ。
「先着順なんかで、選ばないで欲しかったよ。」
セドリックが困ったように、だけど優しい顔でナツキの目を見た。
「僕を、選んで欲しかった。たとえ誰より遅く君に申し込んだとしても、それまでずっと、僕の誘いを待っていて欲しかった。」
「セドリック・・・・・?」
ナツキがそっと名を呼ぶと、彼は一歩、近づいた。そして、その目を逸らさずに言った。
「好きだよ。ナツキ。ずっと、君のことが好きだった。」
ナツキは返事をしようと口を開いたが、言葉が出てこなかった。どう言っていいか分からない。
何も言えずにいるナツキを見て、セドリックは小さく息をついた。
「今、答えをくれなくてもいいんだ。」
彼は優しく微笑んだ。けれどその笑みの奥には、少しだけ傷ついた色が混じっていた。
「君が僕のことをどう思っているのか、ゆっくり考えてみてほしい。」
ナツキは、うなずくことすらできなかった。ただ、視線を落とし、指先をぎゅっと握りしめるだけだった。
けれど、セドリックはそれ以上は求めなかった。「じゃあ、また」と、静かに一言だけ残し、背を向けて去っていった。
その背中を、ナツキは見送ることさえできなかった。
どうやら体が勝手に動いてくれたらしく、ナツキはいつの間にか、大広間のジョージと別れた場所へ戻っていた。
「ああ、ナツキ、悪い。待たせたな。」」
弾むような声とともに、ジョージが戻ってきた。手にはふたつのグラス。そのうちのひとつを、ナツキの前に差し出す。
ナツキの好きなかぼちゃフィズだった。
「・・・・ありがとう。」
その瞬間、ナツキの胸が、ぎゅっと締めつけられるような感覚に襲われた。
パーティが終わりを迎えると、生徒たちは三々五々、大広間を後にしていった。笑い声とおしゃべりが廊下にあふれ、皆が談話室へと戻っていく。
「行こうぜ、ジョージ!」
「またな、ゴドリクソン!」
仲間たちが声をかけていく中、ジョージは軽く手を上げて応えながらも、ナツキの腕をそっと引いた。
「なあ、ナツキ。ちょっと寄り道していかないか?」
「え?」
「プレゼント、まだ渡してないだろ?今年も、天文台は貸切だぜ?」
その言葉に、ナツキの胸がふわりと温かくなる。去年の記憶がよみがえった。星明かりの下で、ふたりきりで過ごした楽しい時間。
「だって、授業以外は入っちゃいけないもんね。」
囁くように言うと、ジョージはおどけたようにウインクしてみせた。
ふたりは他の生徒に見つからないように、そっと階段を上っていく。天文台に続く階段を上りきると、重い扉の向こうに、澄んだ冬の夜空が広がっていた。
ナツキが「うわぁ」と小さく息を漏らすと、ジョージはにやりと笑った。
「な?言っただろ。貸切だって。」
ナツキが塔の縁に近づいて夜空を見上げると、背後からジョージがそっと近づき、ポケットから小さな箱を取り出した。もちろんそれは、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズのとんでも悪戯グッズではない。
「メリークリスマス。」
箱には、繊細な銀のネックレスが入っていた。中央には小さな赤い石がひと粒だけ埋め込まれている。
「・・・綺麗・・・・」
ナツキがそっと指で触れると、ジョージは少し照れたように鼻をこすった。
「去年はブレスレットだったろ?だから、今年は首輪だ。」
「首輪?」
「そう。ナツキは方向音痴だから、ちゃんとリードをつけとかないとな。」
「なにそれ・・・!」
ナツキは頬を膨らませて、けれど笑った。そんな理由でも、なぜだか嬉しくて仕方なかった。
「俺がつけていい?」
ジョージが近づき、ネックレスをそっと首にかける。
銀のチェーンを持つ指先が、ナツキの首元へと伸びる。
肌に触れるか触れないかの距離で、彼の指が首筋にかかった。
「!」
ナツキの心臓が、どくんと跳ねた。
「・・・こっち、向いて。」
言われるまま顔をあげると、ジョージはほんの少しだけ目を細めて、静かに言った。
「うん。似合うな。」
ぽつりと落ちた低くて優しい声が、ナツキの胸に染み込む。
「・・・・俺のブレスレットに、今日のネックレスはばっちりだけどさ。」
ふと、ジョージの視線がナツキの耳元へ向かう。
「そのピアス、もしかして・・・」
言い終える前に、彼の指先がそっとナツキの耳に触れた。
「わっ!」
ナツキの肩がびくんと跳ねる。反射的にのけぞりそうになって、思わず顔を真っ赤にした。
「ディゴリーから?」
「は?」
ナツキは思わず間の抜けた声を出した。
「いや、これは、お父さん・・・あ。」
「お父さん?ダンブルドアの弟の?」
ナツキはジョージに、実の父親がシリウス・ブラックかもしれないと昨年度打ち明けていた。しかし、本当に彼が父親で、しかも無実なのだということを、彼はまだ知らないことに気づいた。どうしよう。言ってしまおうか?
「あのね、えーっと、信じられないかもしれないけど・・・」
逆転時計のことは隠して、父親がやっぱりシリウスであったこと、でも彼は無実で、大切な家族なのだと、ジョージに打ち明けた。
「お父さんが、ピアスをくれたの。ほら、ジョージにくれたブレスレットとも、合うでしょ?同じ色だよ。」
「・・・・なるほど、ナツキの親父は、お前のことをよーくわかってるってことだ。」
「?」
ジョージの目が優しく、でも悪戯っぽく細められた。
「ナツキのことを真剣に考えたら、こういうのを選んじゃうんだよな。」
ナツキは何も言えず、ただ胸の奥がじんとあたたかくなるのを感じた。
ふと、ジョージが覗き込むように言った。
「なあ、俺がバグマンと話している間、何かあったか?」
「え?」
「寂しくなっちまったのか?俺がいなくて。」
ニヤニヤとジョージは笑った。でもその目の奥は、心配そうにしていた。
ナツキはセドリックの告白と、その時の言葉が不意に頭をよぎった。
ーーー僕がウィーズリーより早く君を誘えてたらなぁ。
セドリックの方が、ずっと早く誘ってくれたら?そうしたら私はどうしただろうか?私はすぐにその誘いを引き受けるのだろうか。
「ううん。なんでもないよ。踊り疲れちゃってただけ。」
精一杯の笑顔を浮かべてそう言うと、ジョージは安心したように、肩の力を抜いた。
「そっか。それなら、いいんだけどさ。」
私はダンスパーティがあるって聞いたとき、どこかで「誰か」が私を誘ってくれるのを、無意識に待っていた。
だから、自分からは動かなかった。でも、心のどこかでは、わかってた。
「ねえ、ジョージ、」
「ん?」
私は、ジョージが誘ってくれるのを、待っていたんだ。
「メリークリスマス!プレゼントありがとう!」
照れ隠しでそう言うと、ジョージはそのことには気づかずふっと目を細めて笑った。
「喜んでくれたのなら、何よりだぜ。」
いつからだったんだろう。
気づけば、彼の何気ない言葉や、からかうような笑顔が、特別なものになっていた。思い返せば、きっともっとずっと前から。
私は、ジョージのことが好きなんだ。
からかわれても、呆れられても、私のことを一番に見てくれる、優しいこの人が、どうしようもなく好きなんだ。