炎のゴブレット
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その日は朝から激しい雨だった。ウィーズリーおじさんはいつにも増して慌ただしく、家の中をバタバタと駆け回っていた。どうやら、元闇祓いのマッドアイ・ムーディーが何かトラブルを起こしたらしい。
ナツキは、トーストをかじりながら、幼い頃の記憶をふと思い出した。まだ小さかった自分がホッグズ・ヘッドに連れて行かれたとき、たまたま居合わせたムーディーを一目見て、あまりの怖さに泣き出してしまったことがあったのだ。
やがて駅に向かう時間になると、ウィーズリーおばさんがマグルのタクシーを三台呼んだ。どうやら、魔法省から車を借りる許可が下りなかったらしい。
ナツキにとって、それはむしろ興味深い出来事だった。マグルのタクシーに乗るのは初めてだ。
「ねえ、なんで運転手さん、あんな微妙な顔してるの?」
ナツキが小声で尋ねると、ハリーが同じく小声で答えた。
「・・・おばさんには言わないでね。マグルのタクシー運転手って、普通フクロウを乗せることなんてないからさ。不思議がってるんだと思う。」
実際、運転手のひとりは、後部座席で動き回るヘドウィグやピッグウィジョンをチラチラと気にしていた。さらに悪いことに、フレッドの荷物に仕込まれていた魔法の花火が突然炸裂して煙が上がったり、クルックシャンクスが花火に驚いて爪を立てたりと、ナツキの目から見ても、運転手たちはずいぶん気の毒だった。
ナツキはフレッドとジョージと三人、マグルのタクシーの後部座席に荷物と一緒に押し込められていた。座るというより「はめ込まれている」と言った方が正確だ。ナツキの荷物はレオーネだけなので、他の車よりは幾分かマシではあった。
レオーネはナツキが飼っているフクロウで、濡れた羽をふくらませながら、籠の中で落ち着かない様子を見せていた。どうやら雨と車の振動でストレスを感じているらしく、カゴの隙間から器用に嘴を出して、ナツキの指をコツコツと軽くつついてくる。
「レオーネ、それは甘えてるの?怒ってるの?」
ナツキが小声で囁くと、レオーネは「フルルッ」と鼻にかかったような短い鳴き声を返した。
「ねえ、フレッド、ゴソゴソポケット漁るのやめてよ。心臓に悪い。」
ナツキが半分あきれた声で言うと、フレッドは片方の眉をぴくりと上げて、わざとらしく手を止めた。
「おや?見てた?いやあ、ちょっとだけ、旅のお供を取り出そうかとね。」
「だめだよ。どうせまた爆発する何かでしょ。」
「まさか。俺がそんな危険なもの、持ち込むと思う?」
「思う。」
ナツキは溜息をついて、そっとレオーネの籠を膝に抱え直した。目的地に着くまで、何事も起きませんように。
キングズ・クロス駅に着くと、一行はマグルに見つからないよう、手際よく9と3/4番線ホームへ向かった。見慣れた赤い列車――ホグワーツ特急はすでに入線しており、蒸気を上げながら待機している。
「ハリー、先に席取っててくれる? 私、アブ探してくる。」
ナツキが言うと、ハリーは頷いてレオーネの籠を受け取った。
「うん。じゃあ、レオーネも預かるよ。」
ナツキは列車から少し離れたホームの端へと歩き出した。アバーフォースはいつも人混みを避けるようにしている。探すなら端、それが鉄則だ。・・・いた。
「アブ!」
ナツキの声に、アバーフォースがちらりと顔を上げた。彼はいつも通り不機嫌そうな顔で、小ぶりなトランクを足元に置いて立っていた。“検知不可能拡大呪文付き”のトランクである。
「ワールドカップは災難だったな。」
口調はそっけないが、彼なりの挨拶だとナツキはわかっている。
「色々あって魔法省から手紙もらっちゃったよ。」
ナツキはポケットから折りたたんだ手紙を取り出して差し出した。アバーフォースは一瞥するなり、無言で杖をひと振りし、手紙を炎に変えてしまった。
「放っておけ。」
「荷物ありがとう。なんかドレスローブがリストにあったって聞いたんだけど。」
その言葉に、アバーフォースは明らかに「面倒くさい」という表情を浮かべた。
「ああ。ゴドリクソン邸の衣装部屋にあったやつを、何着か突っ込んでおいた。」
ゴドリクソン邸――ナツキがよく分からない法的経緯で所有している、祖母アルバが少女時代を過ごした屋敷だ。確かに衣装部屋があった。しかし数年誰も手を入れておらず、服はたしか、厚く積もった埃の中に埋もれていたはず。
「きれいにしてくれた?」
ナツキが恐る恐る聞くと、アバーフォースは片眉を上げた。
「それは自分でやれ。」
「えー。・・・・うー、まあいいや。ありがとう、アブ。」
その時、汽笛が鳴った。蒸気が大きく噴き出し、出発の時が迫っていることを知らせている。
「もう行かないと!」
ナツキは焦りながらも、立ち去りがたくアバーフォースの顔を見上げた。
「・・・ホグズミード休暇になったら、会いに行ってもいい?」
アバーフォースは一瞬だけ視線をナツキに向け、それからそっぽを向いてぼそりと呟いた。
「勝手にしろ。」
「うん!」
それは彼なりの「歓迎する」という意思表示だと、ナツキはちゃんとわかっていた。
「じゃあね、アブ! 行ってきます!」
ナツキは思いきって、アバーフォースのお腹のあたりに顔を押しつけた。ゴワゴワしたローブと、ほんのりヤギの匂い。懐かしくて、少しだけ安心する。
「風邪ひくなよ。」
アバーフォースは短く言うと、大きな手でナツキの背中を一度だけ、ぽんと叩いた。
それだけの動作なのに、不思議と背中が温かくなる。
ナツキは名残惜しさを胸に残しながらも、くるりと身を翻し、蒸気の中へと走り出した。
ホグワーツ特急が汽笛を鳴らしながらホームを離れると、ナツキはハリーたちのコンパートメントを探しに、通路をゆっくり歩き出した。窓の外には相変わらず激しい雨。水滴が絶え間なく車窓を叩き、景色は灰色のベールに包まれている。
そんな中、名前を呼ぶ声が後ろから聞こえた。
「ナツキ!」
振り返ると、ハッフルパフのセドリック・ディゴリーがいた。ワールドカップ以来の再会だ。セドリックは制服の襟元を少し指でつまみながら、どこか気恥ずかしそうに笑った。
「席がまだなら、一緒にどうかな?」
頬がほんのり赤い。……今日、そんなに暑かったっけ?
「ううん、大丈夫。ハリーに席を取ってもらってるし、レオーネも預けちゃったから。」
ナツキがそう答えると、セドリックの後ろに見えたハッフルパフの生徒たちがこちらをちらりと見ていた。どちらも面識はなく、話しかける勇気もいまのところ出ない。セドリックは嫌いじゃないけれど、その輪に入っていく気分でもなかった。
「ああ、ハリーね。そう・・・。えーと、そうだ、父さんが、ワールドカップで君にきついことを言ってしまったって嘆いていたよ。僕からもごめんね。悪い人じゃないんだ。」
セドリックは間違いなく最上級にいい人だけど、お父さんのエイモス・ディゴリーはナツキにとってちょっとだけ悪い人だった。しかし目の前のセドリックがこうやって丁寧に謝ってくれるのなら、水に流してもいい気になった。
「いいよ。別に。私のことは気にしてないし。」
とりあえずそう返しといた。私に言ったことは本当に気にしていないが、ハリーをちょくちょく傷つける発言をするのはいただけないが。
「僕がおわびにできるのなんて、勉強を手伝ってあげるくらいだけど、何か困ったことがあったらすぐに頼って。」
お詫びなんて関係なく、頼ったらセドリックは手伝ってくれるだろう。だって、セドリックはそこぬけのいい人だからだ。
「うん。ありがとう、セドリック。」
ナツキはセドリックと別れ再び車内を進み、ようやくハリーたちのコンパートメントを見つけた。
ドアの窓越しに、見知った顔が見える。ロンとハーマイオニー、それからハリー。レオーネは籠の中で静かにしていた。ナツキがノブに手をかけようとしたその時、ふと横のコンパートメントを見やると、ドラコ・マルフォイの姿があった。
彼もまた、視線をこちらに向けていたのかもしれないが、ナツキはそれを確認する前に目を逸らした。見なかったことにする、それが最も平和的な処理方法だと、これまでの経験でわかっている。
扉を開けて中に入ると、ちょうどハーマイオニーが何か語っていた。
「でも、私、ダームストラングって、どこかずーっと北の方にあるに違いないって思ってるの。」
ハリーが振り向いてナツキに笑いかけた。
「ナツキ、ちょうどいいタイミング。マルフォイがさ、自分はダームストラングに行ってたかもしれない、なんて言ってて。」
「へぇ、それならピッタリじゃない?あっちのほうが、ほとんどのスリザリンに合ってると思う。」
ナツキがあっさりと言い放つと、ロンが机の上でキャンディの包みをいじりながら、悪戯っぽく笑った。
「ダームストラングだったらマルフォイたちを氷河から突き落として事故に見せ掛けたり、簡単にできただろうなぁ。残念だ・・・・・」
「ロン!」
ハーマイオニーが呆れた声をあげた。
ホグワーツが近づくにつれ、雨はさらに勢いを増していた。昼間だというのに空は真っ暗で、列車の窓を伝う雨粒が視界を濁らせる。
午後になると、顔を見せにきた同級生たちと、クィディッチ・ワールドカップの話題でコンパートメント内は賑やかになった。
「僕たち、クラムをすぐそばで見たんだぞ。貴賓席だったんだ。」
ロンが得意げに話す。相手はワールドカップに行けなかったネビルだった。だがそのとき、耳障りな声が背後から割って入った。
「君の人生最初で最後のな。ウィーズリー。」
ドラコマルフォイだ。後ろにはいつものでかい腰巾着がいる。マルフォイはめざとくロンのドレスローブに目につけた。
「ウィーズリー、こんなのを本当に着るつもりじゃないだろうな?言っとくけど、1890年代に流行した代物だ。」
「糞食らえ!」
ロンは怒ってローブをマルフォイの手からひったくった。
ナツキは、冷静にそれを観察しながら、ある使命を思い出す。ロンのフリルまみれのローブを何とか見られるようにしてやる――その参考になるなら、たとえマルフォイの言葉でも聞く価値はある。
「今はどんなのが流行っているの?」
ナツキがそう言うとマルフォイはニヤリと口元を歪めた。
「そんなことも知らないとはね。高名なゴドリクソン家の末裔も地に堕ちたもんだ。まあ、祖父がマグルで、父親は大犯罪者って噂もあるし仕方ないか。」
「それ以上、ナツキの家族を侮辱したら許さないぞ、マルフォイ。」
ハリーが静かに立ち上がり、杖をマルフォイに向けた。だがナツキは、ひとつ息を吐いてその手をそっと制した。
「いいよ、ハリー。この人に、私の家族の良さをわかってほしいなんて思ってないから。」
その一言にマルフォイは肩をすくめ、つまらなそうに視線をロンへ移した。
「それで、エントリーするのか、ウィーズリー?賞金もかかっているしねぇ。勝てば少しはマシなローブが買えるだろうよ。」
「何を言ってるんだ?」
ロンが噛み付いた。
「君はするだろうねぇ、ポッター・見せびらかすチャンスは逃さない君のことだし?ああ、誇り高きゴドリクソンも家名を再び上げるチャンスだ。もちろんエントリーするんだろうねぇ。」
「何が言いたいのか、はっきりしなさい。じゃなきゃ出て行ってよ、マルフォイ。」
我慢できずにそう言ったのは、「基本呪文集・4学年用」を読んでいたハーマイオニーだった。
「まさか君たちは知らないとでも?父親も兄貴も魔法省にいるのに、まるで知らないのか?驚いたね。父上なんか、もうとっくに僕に教えてくれたのに。コーネリウス・ファッジから聞いたんだ。君の父親は、ウィーズリー、下っぱだから知らないのかもしれないな。そうだ、おそらく、危機の父親の前では重要事項は離さないのだろう。」
そう言って高笑いすると、マルフォイはコンパートメントを出て行った。ロンはドアを力任せに閉め、その勢いでガラスが割れた。
「気にすることないよ、ロン。」
ハーマイオニーがガラスを直す傍ら、ナツキは呆れながらそういった。
「あいつ、僕の家族を馬鹿にしたんだぞ!」
「私、マルフォイが言いたいことに思い至ることがあるの。ほら、おじさんたちがなんか隠してるでしょ?パーシーが機密事項だから言えないって言ってたやつ。でもふにゃふにゃの口のルシウス・マルフォイはドラコに言ってしまったの。・・・さあ、これが正しければ、誰に密告するのがいいかな。」
ナツキの目が怪しく光り、ニヤリと口角を上げた。
「ハリーを気に入っているファッジがいいと思うよ。私は。」
「ナツキ、兄貴たちに似てきたな。年々、ワルになってくぜ。」
ロンはそういった。ほんの少しだけ、機嫌は直ったようだった。
ホグワーツに到着しても、天気は一向に回復する気配がなかった。雷が空を引き裂くように鳴り響き、黒い雲が城を覆っている。まるでこの先に待ち受けるものを予感させるような、重たい空だった。
「ワンダブレラ。」
ナツキは杖の先から透明な傘を出し、レオーネと自分をその中に入れた。
雨に打たれるホームの向こう側、薄暗い霧の中に巨大な影が見えた。ハグリッドだ。彼の輪郭は雨に滲んでいるが、あの堂々たる体格は一目で分かる。
「歓迎会で会おう。みんな溺れっちまわなかったらの話だがなぁー!」
ハグリッドがずぶ濡れのまま陽気に笑って手を振った。彼の後ろでは、小柄な一年生たちが、緊張と不安の入り混じった顔でボートへと案内されていく。ホグワーツの伝統通り、新入生は湖をボートで渡っていくのだ。
「今年の一年生、かわいそうだね。防水の呪文をかけてあげればよかった。」
馬のいない、しかしひとりでに動く馬車のステップを上がりながら、ナツキはそうつぶやいた。
レオーネが静かに羽を膨らませ、籠の中で身を丸める。馬車が動き出すと、ホグワーツの尖塔がぼんやりと霧の向こうに浮かび上がった。
ナツキは、トーストをかじりながら、幼い頃の記憶をふと思い出した。まだ小さかった自分がホッグズ・ヘッドに連れて行かれたとき、たまたま居合わせたムーディーを一目見て、あまりの怖さに泣き出してしまったことがあったのだ。
やがて駅に向かう時間になると、ウィーズリーおばさんがマグルのタクシーを三台呼んだ。どうやら、魔法省から車を借りる許可が下りなかったらしい。
ナツキにとって、それはむしろ興味深い出来事だった。マグルのタクシーに乗るのは初めてだ。
「ねえ、なんで運転手さん、あんな微妙な顔してるの?」
ナツキが小声で尋ねると、ハリーが同じく小声で答えた。
「・・・おばさんには言わないでね。マグルのタクシー運転手って、普通フクロウを乗せることなんてないからさ。不思議がってるんだと思う。」
実際、運転手のひとりは、後部座席で動き回るヘドウィグやピッグウィジョンをチラチラと気にしていた。さらに悪いことに、フレッドの荷物に仕込まれていた魔法の花火が突然炸裂して煙が上がったり、クルックシャンクスが花火に驚いて爪を立てたりと、ナツキの目から見ても、運転手たちはずいぶん気の毒だった。
ナツキはフレッドとジョージと三人、マグルのタクシーの後部座席に荷物と一緒に押し込められていた。座るというより「はめ込まれている」と言った方が正確だ。ナツキの荷物はレオーネだけなので、他の車よりは幾分かマシではあった。
レオーネはナツキが飼っているフクロウで、濡れた羽をふくらませながら、籠の中で落ち着かない様子を見せていた。どうやら雨と車の振動でストレスを感じているらしく、カゴの隙間から器用に嘴を出して、ナツキの指をコツコツと軽くつついてくる。
「レオーネ、それは甘えてるの?怒ってるの?」
ナツキが小声で囁くと、レオーネは「フルルッ」と鼻にかかったような短い鳴き声を返した。
「ねえ、フレッド、ゴソゴソポケット漁るのやめてよ。心臓に悪い。」
ナツキが半分あきれた声で言うと、フレッドは片方の眉をぴくりと上げて、わざとらしく手を止めた。
「おや?見てた?いやあ、ちょっとだけ、旅のお供を取り出そうかとね。」
「だめだよ。どうせまた爆発する何かでしょ。」
「まさか。俺がそんな危険なもの、持ち込むと思う?」
「思う。」
ナツキは溜息をついて、そっとレオーネの籠を膝に抱え直した。目的地に着くまで、何事も起きませんように。
キングズ・クロス駅に着くと、一行はマグルに見つからないよう、手際よく9と3/4番線ホームへ向かった。見慣れた赤い列車――ホグワーツ特急はすでに入線しており、蒸気を上げながら待機している。
「ハリー、先に席取っててくれる? 私、アブ探してくる。」
ナツキが言うと、ハリーは頷いてレオーネの籠を受け取った。
「うん。じゃあ、レオーネも預かるよ。」
ナツキは列車から少し離れたホームの端へと歩き出した。アバーフォースはいつも人混みを避けるようにしている。探すなら端、それが鉄則だ。・・・いた。
「アブ!」
ナツキの声に、アバーフォースがちらりと顔を上げた。彼はいつも通り不機嫌そうな顔で、小ぶりなトランクを足元に置いて立っていた。“検知不可能拡大呪文付き”のトランクである。
「ワールドカップは災難だったな。」
口調はそっけないが、彼なりの挨拶だとナツキはわかっている。
「色々あって魔法省から手紙もらっちゃったよ。」
ナツキはポケットから折りたたんだ手紙を取り出して差し出した。アバーフォースは一瞥するなり、無言で杖をひと振りし、手紙を炎に変えてしまった。
「放っておけ。」
「荷物ありがとう。なんかドレスローブがリストにあったって聞いたんだけど。」
その言葉に、アバーフォースは明らかに「面倒くさい」という表情を浮かべた。
「ああ。ゴドリクソン邸の衣装部屋にあったやつを、何着か突っ込んでおいた。」
ゴドリクソン邸――ナツキがよく分からない法的経緯で所有している、祖母アルバが少女時代を過ごした屋敷だ。確かに衣装部屋があった。しかし数年誰も手を入れておらず、服はたしか、厚く積もった埃の中に埋もれていたはず。
「きれいにしてくれた?」
ナツキが恐る恐る聞くと、アバーフォースは片眉を上げた。
「それは自分でやれ。」
「えー。・・・・うー、まあいいや。ありがとう、アブ。」
その時、汽笛が鳴った。蒸気が大きく噴き出し、出発の時が迫っていることを知らせている。
「もう行かないと!」
ナツキは焦りながらも、立ち去りがたくアバーフォースの顔を見上げた。
「・・・ホグズミード休暇になったら、会いに行ってもいい?」
アバーフォースは一瞬だけ視線をナツキに向け、それからそっぽを向いてぼそりと呟いた。
「勝手にしろ。」
「うん!」
それは彼なりの「歓迎する」という意思表示だと、ナツキはちゃんとわかっていた。
「じゃあね、アブ! 行ってきます!」
ナツキは思いきって、アバーフォースのお腹のあたりに顔を押しつけた。ゴワゴワしたローブと、ほんのりヤギの匂い。懐かしくて、少しだけ安心する。
「風邪ひくなよ。」
アバーフォースは短く言うと、大きな手でナツキの背中を一度だけ、ぽんと叩いた。
それだけの動作なのに、不思議と背中が温かくなる。
ナツキは名残惜しさを胸に残しながらも、くるりと身を翻し、蒸気の中へと走り出した。
ホグワーツ特急が汽笛を鳴らしながらホームを離れると、ナツキはハリーたちのコンパートメントを探しに、通路をゆっくり歩き出した。窓の外には相変わらず激しい雨。水滴が絶え間なく車窓を叩き、景色は灰色のベールに包まれている。
そんな中、名前を呼ぶ声が後ろから聞こえた。
「ナツキ!」
振り返ると、ハッフルパフのセドリック・ディゴリーがいた。ワールドカップ以来の再会だ。セドリックは制服の襟元を少し指でつまみながら、どこか気恥ずかしそうに笑った。
「席がまだなら、一緒にどうかな?」
頬がほんのり赤い。……今日、そんなに暑かったっけ?
「ううん、大丈夫。ハリーに席を取ってもらってるし、レオーネも預けちゃったから。」
ナツキがそう答えると、セドリックの後ろに見えたハッフルパフの生徒たちがこちらをちらりと見ていた。どちらも面識はなく、話しかける勇気もいまのところ出ない。セドリックは嫌いじゃないけれど、その輪に入っていく気分でもなかった。
「ああ、ハリーね。そう・・・。えーと、そうだ、父さんが、ワールドカップで君にきついことを言ってしまったって嘆いていたよ。僕からもごめんね。悪い人じゃないんだ。」
セドリックは間違いなく最上級にいい人だけど、お父さんのエイモス・ディゴリーはナツキにとってちょっとだけ悪い人だった。しかし目の前のセドリックがこうやって丁寧に謝ってくれるのなら、水に流してもいい気になった。
「いいよ。別に。私のことは気にしてないし。」
とりあえずそう返しといた。私に言ったことは本当に気にしていないが、ハリーをちょくちょく傷つける発言をするのはいただけないが。
「僕がおわびにできるのなんて、勉強を手伝ってあげるくらいだけど、何か困ったことがあったらすぐに頼って。」
お詫びなんて関係なく、頼ったらセドリックは手伝ってくれるだろう。だって、セドリックはそこぬけのいい人だからだ。
「うん。ありがとう、セドリック。」
ナツキはセドリックと別れ再び車内を進み、ようやくハリーたちのコンパートメントを見つけた。
ドアの窓越しに、見知った顔が見える。ロンとハーマイオニー、それからハリー。レオーネは籠の中で静かにしていた。ナツキがノブに手をかけようとしたその時、ふと横のコンパートメントを見やると、ドラコ・マルフォイの姿があった。
彼もまた、視線をこちらに向けていたのかもしれないが、ナツキはそれを確認する前に目を逸らした。見なかったことにする、それが最も平和的な処理方法だと、これまでの経験でわかっている。
扉を開けて中に入ると、ちょうどハーマイオニーが何か語っていた。
「でも、私、ダームストラングって、どこかずーっと北の方にあるに違いないって思ってるの。」
ハリーが振り向いてナツキに笑いかけた。
「ナツキ、ちょうどいいタイミング。マルフォイがさ、自分はダームストラングに行ってたかもしれない、なんて言ってて。」
「へぇ、それならピッタリじゃない?あっちのほうが、ほとんどのスリザリンに合ってると思う。」
ナツキがあっさりと言い放つと、ロンが机の上でキャンディの包みをいじりながら、悪戯っぽく笑った。
「ダームストラングだったらマルフォイたちを氷河から突き落として事故に見せ掛けたり、簡単にできただろうなぁ。残念だ・・・・・」
「ロン!」
ハーマイオニーが呆れた声をあげた。
ホグワーツが近づくにつれ、雨はさらに勢いを増していた。昼間だというのに空は真っ暗で、列車の窓を伝う雨粒が視界を濁らせる。
午後になると、顔を見せにきた同級生たちと、クィディッチ・ワールドカップの話題でコンパートメント内は賑やかになった。
「僕たち、クラムをすぐそばで見たんだぞ。貴賓席だったんだ。」
ロンが得意げに話す。相手はワールドカップに行けなかったネビルだった。だがそのとき、耳障りな声が背後から割って入った。
「君の人生最初で最後のな。ウィーズリー。」
ドラコマルフォイだ。後ろにはいつものでかい腰巾着がいる。マルフォイはめざとくロンのドレスローブに目につけた。
「ウィーズリー、こんなのを本当に着るつもりじゃないだろうな?言っとくけど、1890年代に流行した代物だ。」
「糞食らえ!」
ロンは怒ってローブをマルフォイの手からひったくった。
ナツキは、冷静にそれを観察しながら、ある使命を思い出す。ロンのフリルまみれのローブを何とか見られるようにしてやる――その参考になるなら、たとえマルフォイの言葉でも聞く価値はある。
「今はどんなのが流行っているの?」
ナツキがそう言うとマルフォイはニヤリと口元を歪めた。
「そんなことも知らないとはね。高名なゴドリクソン家の末裔も地に堕ちたもんだ。まあ、祖父がマグルで、父親は大犯罪者って噂もあるし仕方ないか。」
「それ以上、ナツキの家族を侮辱したら許さないぞ、マルフォイ。」
ハリーが静かに立ち上がり、杖をマルフォイに向けた。だがナツキは、ひとつ息を吐いてその手をそっと制した。
「いいよ、ハリー。この人に、私の家族の良さをわかってほしいなんて思ってないから。」
その一言にマルフォイは肩をすくめ、つまらなそうに視線をロンへ移した。
「それで、エントリーするのか、ウィーズリー?賞金もかかっているしねぇ。勝てば少しはマシなローブが買えるだろうよ。」
「何を言ってるんだ?」
ロンが噛み付いた。
「君はするだろうねぇ、ポッター・見せびらかすチャンスは逃さない君のことだし?ああ、誇り高きゴドリクソンも家名を再び上げるチャンスだ。もちろんエントリーするんだろうねぇ。」
「何が言いたいのか、はっきりしなさい。じゃなきゃ出て行ってよ、マルフォイ。」
我慢できずにそう言ったのは、「基本呪文集・4学年用」を読んでいたハーマイオニーだった。
「まさか君たちは知らないとでも?父親も兄貴も魔法省にいるのに、まるで知らないのか?驚いたね。父上なんか、もうとっくに僕に教えてくれたのに。コーネリウス・ファッジから聞いたんだ。君の父親は、ウィーズリー、下っぱだから知らないのかもしれないな。そうだ、おそらく、危機の父親の前では重要事項は離さないのだろう。」
そう言って高笑いすると、マルフォイはコンパートメントを出て行った。ロンはドアを力任せに閉め、その勢いでガラスが割れた。
「気にすることないよ、ロン。」
ハーマイオニーがガラスを直す傍ら、ナツキは呆れながらそういった。
「あいつ、僕の家族を馬鹿にしたんだぞ!」
「私、マルフォイが言いたいことに思い至ることがあるの。ほら、おじさんたちがなんか隠してるでしょ?パーシーが機密事項だから言えないって言ってたやつ。でもふにゃふにゃの口のルシウス・マルフォイはドラコに言ってしまったの。・・・さあ、これが正しければ、誰に密告するのがいいかな。」
ナツキの目が怪しく光り、ニヤリと口角を上げた。
「ハリーを気に入っているファッジがいいと思うよ。私は。」
「ナツキ、兄貴たちに似てきたな。年々、ワルになってくぜ。」
ロンはそういった。ほんの少しだけ、機嫌は直ったようだった。
ホグワーツに到着しても、天気は一向に回復する気配がなかった。雷が空を引き裂くように鳴り響き、黒い雲が城を覆っている。まるでこの先に待ち受けるものを予感させるような、重たい空だった。
「ワンダブレラ。」
ナツキは杖の先から透明な傘を出し、レオーネと自分をその中に入れた。
雨に打たれるホームの向こう側、薄暗い霧の中に巨大な影が見えた。ハグリッドだ。彼の輪郭は雨に滲んでいるが、あの堂々たる体格は一目で分かる。
「歓迎会で会おう。みんな溺れっちまわなかったらの話だがなぁー!」
ハグリッドがずぶ濡れのまま陽気に笑って手を振った。彼の後ろでは、小柄な一年生たちが、緊張と不安の入り混じった顔でボートへと案内されていく。ホグワーツの伝統通り、新入生は湖をボートで渡っていくのだ。
「今年の一年生、かわいそうだね。防水の呪文をかけてあげればよかった。」
馬のいない、しかしひとりでに動く馬車のステップを上がりながら、ナツキはそうつぶやいた。
レオーネが静かに羽を膨らませ、籠の中で身を丸める。馬車が動き出すと、ホグワーツの尖塔がぼんやりと霧の向こうに浮かび上がった。