アズカバンの囚人
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クリスマス休暇の最後の日、ナツキはその日図書館でバックビークの裁判に使えそうな資料をまとめていた。
「・・・1740年、グリフィンがべファポド卿に対して傷害事件を起こした。・・・・グリフィンは裁判の末・・・・無罪になった・・・・」
心臓がどくどくと音を立てる。これは、とても使えそうだ。ナツキはグリフィンについて調べてみることにした。棚の中に「グリフィンについての覚書」という本があり、手を取った。ページを捲ると、羊皮紙に細いインクで描かれたその絵は、猛禽の頭と獅子の体を持つ幻獣だった。ヒッポグリフによくにている。
「・・・大変危険だが・・・敬意と誠実さを持つ勇者であれば・・・応えてくれる・・・・・」
「新学期も始まってないうちから何を勉強しているんだい?」
「わあっ!!」
ナツキが驚いて大きな声をあげると、マダム・ピンスが「お静かに!」と注意した。
「ごめん。驚かすつもりはなかったんだ。」
「セドリック・・・・あー、休暇はどうだった?」
「家族でのんびりしてただけさ。ナツキは?・・・・グリフィン?君、魔法生物に興味があるの?」
ナツキはハグリッドとバックビークの話をセドリックに伝えた。
「ああ、なるほど。力になれるかわからないけど、僕も何か探してみるよ。」
「本当?ありがとう!セドリック!」
夜にグリフィンドールの部屋にナツキが戻り、ハリー、ロンと絶賛喧嘩中のハーマイオニーにそのことを伝えると彼女はとても喜んだ。
「彼ってとても優秀だって聞くわ。・・・ナツキがディゴリーと友達でよかった。」
新学期が始まると、ついにルーピン先生の個人指導の日を迎えた。ナツキとハリーはルーピン先生の部屋に来ていた。先生の部屋にはまた「まね妖怪」がいた。
「ハリー、ナツキ、私がこれから君に教えようと思っている呪文は、非常に高度な魔法だ。いわゆる『普通魔法レベル』資格をはるかに超える。『守護霊の呪文』と呼ばれるものだ。」
守護霊の呪文、非常に高度な呪文の一つとしてナツキは本で見たことがあった。しかしその本は、かなり高度な防衛術の本で、まだ習得できると思っていたなかったからチラリと見ただけだ。それが吸魂鬼に効くとは知らなかった。
「守護霊は一種のプラスのエネルギーで、吸魂鬼はまさにそれを貪り食らって生きる。しかし守護霊は本物の人間なら感じる絶望というものを感じることができない。だから吸魂鬼は守護霊を傷つけることもできない。ただし、ハリー、ナツキ、一言言っておかねばならないが、この呪文は君達にはまだ高度すぎるかもしれない。一人前の魔法使いでさえ、この魔法にはてこずるほどだ。」
「守護霊ってどんな姿をしているのですか?」
ハリーが尋ねた。確かにどんな形をしているのだろう。
「それを創り出す魔法使いによって、一つひとつが違うものになる。」
「どうやって創り出すのですか?」
またハリーが尋ねた。
「呪文を唱えるんだ。何か一つ、一番幸せだった想い出を、渾身の力で思いつめたときに、初めてその呪文が効く。」
幸せな思い出、と言われてナツキが真っ先に思い出したのは、フローリアン・モンテスキューでアイスを5個も食べた時だった。
「呪文はこうだ。エクスペクト・パトローナム!」
「「エクスペクト・パトローナム」」
ナツキとハリーは小声で繰り返した。
「幸せな想い出に神経を集中してるかい?」
ナツキとハリーはそれぞれの幸せだった時を考えて呪文を唱えてみた。ハリーの杖先から銀色の煙のようなものがシュウーっと吹き出した。ナツキの方は、何も起こらない。ナツキはもう一度呪文を唱えた。アイスの味と香りを一生懸命思い出した。
「エクスペクト・パトローナム!」
今度はほんのちょっぴり、フシュっと銀色の何かが出た。ハリーより力は弱そうだが、失敗ではなさそうだ。
「二人とも、よくできた。よーし、それじゃ、吸魂鬼で練習してもいいかい?ハリーが前に立てば『まね妖怪』は吸魂鬼になるはずだ。」
「はい。」
ハリーが先頭に立ち、ナツキはその後ろに並んだ。ナツキは一生懸命目の前に並ぶたくさんのアイスを思い出す。
ルーピン先生が箱のふたに手をかけ、引っ張った。ゆらり、と吸魂鬼が箱の中から立ち上がった。フードに覆われた顔がハリーのほうを向いた。身を刺すような寒気がハリーとナツキを襲った。
「「エクスペクト・パトローナム!!」」
ナツキとハリーは何度も叫んだ。しかし二人とも集中できていないのか、杖に変化はない。それどころか、ナツキの頭に、また母親の悲鳴が流れ込んだ。
『アバダ・ケダブラ』
『キャアアアア!!』
『このガキさえいれば闇の帝王も他の死喰い人も・・・・』
お母さん!お母さん!助けて・・・助けて・・・・お父さん・・・・・
「ハリー!ナツキ!」
ナツキとハリーはハッと我に帰った。二人とも床に倒れている。何があったのかはすぐに理解した。
ルーピン先生は蛙チョコレートを手渡した。
「これを食べるといい。それからもう一度やろう。一回でできるなんて期待してなかったよ。むしろ、もしできたら、びっくり仰天だ。」
「ますますひどくなるんです。」
蛙チョコレートの頭をかじりながら、ハリーがつぶやいた。
「母さんの声がますます強く聞こえたんです・・・それに、あの人・・・ヴォルデモート・・・・・・」
ルーピン先生はハリーのその言葉が、続けたくないという意思なのだと勘違いをした。ナツキはハリーの気持ちが痛いほどわかった。はっきりと聞こえる母親の悲鳴、そして、小さな私は必死に父親に助けを求めていた。小さな私はなんて愚かなのか。あんな、父親なんかを。
「別な想い出を選んだほうがいいかもしれない。つまり、気持を集中できるような幸福なものを・・・さっきのは十分な強さじゃなかったようだ・・・・」
ナツキは必死で思い出そうとした。その時、ふと目の前のハリーが気になった。そうだ。最も幸福な時はアイスを食べたことなんかじゃなかったんだ。
またルーピン先生は箱を開けた。再び吸魂鬼が現れ、ナツキとハリーは守護霊の呪文を唱えた。
『見つけたぞ!お前・・・リリーとジェームズを・・・・待て、何を持っている・・・・その手に抱いているのは何だ!!?』
男の怒号が聞こえた。
『ナツキなのか!?エリザベスはどうした!?・・・お前、まさかエリザベスにまで手をかけたのか・・・・・!?ナツキを放せ!!その子だけは・・・!救ってみせる・・・・!』
大きな爆発音がした。・・・助けて・・・助けて・・・お父さん・・・・・
ルーピン先生がハリーとナツキの顔をピシャピシャ叩いていた。なぜ埃っぽい床に倒れているのか、今度はそれがわかるまで少し時間がかかった。
「父さんの声が聞こえた。父さんの声は初めて聞いた。・・・・母さんが逃げる時間を作るのに、独りでヴォルデモートと対決しようとしたんだ・・・・・」
「・・・私は・・・私を一生懸命助けようとする人の声が聞こえた・・・・。い、命がけで、救おうとしてくれた・・・・・!」
きっと、あれがペティグリューの声なんだ。
「ジェームズの声を聞いた?」
ルーピン先生の声に不思議な響きがあった。先生は、ハリーのお父さんと友達だったというのだ。
「さあ、ハリー、ナツキ、今夜はこのぐらいでやめよう。この呪文はとてつもなく高度だ・・・・言うんじゃなかった。君達にこんなことをさせるなんて・・・・」
「僕、もう一度やってみます!僕の考えたことは、十分に幸せなことじゃなかったんです。きっとそうです・・・ちょっと待って・・・」
「わ、私もまだやれます。集中し切れていなかったんです。」
–––––僕は、君と友達であることを誇りに思う。今までも。これからも。何があったって、永遠にそうだ。
ナツキはクリスマス休暇初日のハリーの言葉を一生懸命反芻した。きっと、あれ以上に幸せなことなんてないはずだ。ハリーを守れるようになりたい。闇を怖がりたくない。ずっと、ハリーが誇れる友達でいたい・・・!!
「気持を集中させたね?行くよ・・・それ!」
ルーピン先生は三度、箱のふたを開けた。吸魂鬼が中から現れた。部屋が冷たく暗くなった・・・。
「「エクスペクト・パトローナム!」」
ナツキとハリーは声を張りあげた。ナツキとハリーの杖の先から、これまでよりもずっと濃い銀色の何かが出てきた。悲鳴は聞こえる。でもこれまでほど鮮明じゃなく、何かノイズがかかった遠くの出来事のようだ。
「リディクラス!」
ルーピン先生が唱えるとバチンと大きな音がして、吸魂鬼が消え、もやもやした守護霊も消えた。ナツキとハリーの足は震え、何キロも走ったあとのように疲れきっていた。
気づくとルーピン先生が自分の杖で、まね妖怪を箱に押し戻しているところだった。まね妖怪は、また銀色の玉に変わっていた。
・・・ルーピン先生が怖がっているあの銀色の玉は何なのだろう。絶対にどこかでみたことがあるんだけど・・・・。
「よくやった!よくできたよ、ハリー!ナツキ!立派なスタートだ!」
ルーピン先生は、これで今日は終わりだと、チョコレートを手渡してきた。
「ルーピン先生?」
ハリーがあることを思いついた。そしてナツキをチラリと見た。
「僕の父をご存知なら、シリウス・ブラックのこともご存知なのでしょう?」
「どうしてそう思うんだね?」
「別に。ただ、僕、父とブラックがホグワーツで友達だったって知ってるだけです。」
「ああ、知っていた。知っていると思っていた、と言うべきかな。ハリー、ナツキ、もう帰ったほうがいい。だいぶ遅くなった。」
ハリーとナツキは教室を出て、廊下を歩き、角を曲がり、そこで寄り道をして甲冑の陰に座った。
「・・・ブラックの話、避けてたよね。僕、言わなければよかった・・・」
「ルーピン先生もきっと、裏切られたんだ。ブラックは、きっと、先生のの心も傷つけたんだよ。」
ハリーはチョコレートを齧りながら、ボソッと話し始めた。
「僕・・・ちょっとだけ、父さんと母さんの声を聞きたいって思っちゃった。だから、守護霊の呪文に集中できないんだ・・・・」
「・・・わかるよ・・・その気持ち。・・・すごく、すごく・・・・」
二人はチョコレートの最後のひと欠けらを口に押し込み、グリフィンドール塔に向かった。
時間はあっという間に過ぎていた。ハーマイオニーはなんだか物凄くピリピリしていて、毎日山のような課題と談話室で睨めっこしていた。
「ハーマイオニー、グリフィンのまとめてきたよ。」
「ありがとう。その辺りに置いておいて。後で目を通すわ。」
「・・・・ねえハーマイオニー、ちょっとその・・・・頑張りすぎじゃないかな?」
ハーマイオニーは聞く耳を持たなかった。
一方で守護霊の呪文の訓練は、ナツキの方はそれなりに順調だった。ナツキの杖からでた銀色のもやが何か4本足の動物のように動いたのだ。
「僕、守護霊が、吸魂鬼を追い払うか、それとも・・・連中を消してくれるかと・・・そう思っていました。」
「本当の守護霊ならそうする。しかし、君は短い間にずいぶんできるようになった。次のクィディッチ試合に吸魂鬼が現れたとしても、しばらく遠ざけておいて、その間に地上に下りることができるはずだ。」
「あいつらがたくさんいたら、もっと難しくなるって、先生がおっしゃいました。」
「そしたら私も追い払うのを手伝うよ!」
「ハリーなら絶対大丈夫だ。ナツキだって頼りになる。」
ルーピン先生が微笑んだ。
「さあ、ご褒美に飲むといい。『三本の箒』のだよ。ハリーはいままで飲んだことがないはずだ。」
ルーピン先生ははカバンから瓶を三本取り出した。つい最近飲んだことがあると、ハリーもナツキもいえなかった。
「吸魂鬼の頭巾の下には何があるんですか?」
ハリーが尋ねると、ルーピン先生は考え込むように、手にしたビール瓶を置いた。
「うーん、本当のことを知っている者は、もう口が利けない状態になっている。つまり、吸魂鬼が頭巾をとるときは、最後の最悪の武器を使うときなんだ。」
「どんな武器ですか?」
「キスだよ。吸魂鬼の接吻。」
ナツキが答えるとハリーは不思議そうな顔をした。その問いに応えるように、ルーピン先生は話した。
「吸魂鬼は、徹底的に破滅させたい者に対してこれを実行する。たぶんあの下には口のようなものがあるのだろう。やつらは獲物の口を自分の上下の顎で挟み、そして、餌食の魂を吸い取る。」
「えっ・・・殺す?」
「いや、そうじゃない。もっとひどい。魂がなくても生きられる。脳や心臓がまだ動いていればね。しかし、もはや自分が誰なのかわからない。記憶もない、まったく・・・何にもない。回復の見込みもない。ただ存在するだけだ。空っぽの抜け殻となって。魂は永遠に戻らず・・・・失われる。シリウス・ブラックを待ち受ける運命がそれだ。今朝の『日刊予言者新聞』に載っていたよ。魔法省が吸魂鬼に対して、ブラックを見つけたらそれを執行することを許可したようだ。」
ナツキとハリーは目を見開いた。ナツキはそれを当然だと思った。ハリーも「当然の報いだ」と口に出した。
「そう思うかい?それを当然の報いと言える人間が本当にいると思うかい?」
その日はその会話を最後に、ルーピン先生の教室を後にした。談話室に戻る途中で、二人はマクゴナガル先生に出会った。すると先生がハリーにファイアボルトを返してくれたのだ。
「たぶん、土曜日の試合までに乗り心地を試す必要があるでしょう?それに、ポッター、がんばって、勝つんですよ。いいですね?さもないと、わが寮は八年連続で優勝戦から脱落となります。つい昨夜、スネイプ先生が、ご親切にもそのことを思い出させてくださいましたしね・・・・・・」
マクゴナガル先生は物凄く真剣にそうハリーに言い聞かせた。ナツキは笑ってしまうのを必死で堪えた。
ファイアボルトが帰ってきたことで、ハリー、ロン、ハーマイオニーが久しぶりに会話をしたところをナツキは見て安心した。
しかし、それはほんの一瞬のことだった。
押し殺したような叫び声が男子寮の階段を伝って響いてきた。
談話室がいっせいにしーんとなり、慌ただしい足音が聞こえてきた。だんだん大きくなる。やがて、ロンが飛び込んできた。ベッドのシーツを引きずっている。
「見ろ!見ろよ!」
ハーマイオニーの目の前でシーツを激しく振り、ロンが叫んだ。
「ロン、どうしたの?」
「スキャバーズが!見ろ!スキャバーズが!」
ナツキとハリーはロンのつかんでいるシーツを見下ろした。何か赤いものがついている。恐ろしいことに、それはまるで、
「血だ!」
呆然として言葉もない部屋に、ロンの叫びだけが響いた。
「スキャバーズがいなくなった!それで、床に何があったかわかるか?」
「い、いいえ。」
ハーマイオニーの声は震えていた。ロンはハーマイオニーの翻訳文の上に何かを投げつけた。ハーマイオニー、ナツキ、ハリーが覗き込んだ。奇妙な刺々した文字の上に、落ちていたのは、数本の長いオレンジ色の猫の毛だった。
「・・・1740年、グリフィンがべファポド卿に対して傷害事件を起こした。・・・・グリフィンは裁判の末・・・・無罪になった・・・・」
心臓がどくどくと音を立てる。これは、とても使えそうだ。ナツキはグリフィンについて調べてみることにした。棚の中に「グリフィンについての覚書」という本があり、手を取った。ページを捲ると、羊皮紙に細いインクで描かれたその絵は、猛禽の頭と獅子の体を持つ幻獣だった。ヒッポグリフによくにている。
「・・・大変危険だが・・・敬意と誠実さを持つ勇者であれば・・・応えてくれる・・・・・」
「新学期も始まってないうちから何を勉強しているんだい?」
「わあっ!!」
ナツキが驚いて大きな声をあげると、マダム・ピンスが「お静かに!」と注意した。
「ごめん。驚かすつもりはなかったんだ。」
「セドリック・・・・あー、休暇はどうだった?」
「家族でのんびりしてただけさ。ナツキは?・・・・グリフィン?君、魔法生物に興味があるの?」
ナツキはハグリッドとバックビークの話をセドリックに伝えた。
「ああ、なるほど。力になれるかわからないけど、僕も何か探してみるよ。」
「本当?ありがとう!セドリック!」
夜にグリフィンドールの部屋にナツキが戻り、ハリー、ロンと絶賛喧嘩中のハーマイオニーにそのことを伝えると彼女はとても喜んだ。
「彼ってとても優秀だって聞くわ。・・・ナツキがディゴリーと友達でよかった。」
新学期が始まると、ついにルーピン先生の個人指導の日を迎えた。ナツキとハリーはルーピン先生の部屋に来ていた。先生の部屋にはまた「まね妖怪」がいた。
「ハリー、ナツキ、私がこれから君に教えようと思っている呪文は、非常に高度な魔法だ。いわゆる『普通魔法レベル』資格をはるかに超える。『守護霊の呪文』と呼ばれるものだ。」
守護霊の呪文、非常に高度な呪文の一つとしてナツキは本で見たことがあった。しかしその本は、かなり高度な防衛術の本で、まだ習得できると思っていたなかったからチラリと見ただけだ。それが吸魂鬼に効くとは知らなかった。
「守護霊は一種のプラスのエネルギーで、吸魂鬼はまさにそれを貪り食らって生きる。しかし守護霊は本物の人間なら感じる絶望というものを感じることができない。だから吸魂鬼は守護霊を傷つけることもできない。ただし、ハリー、ナツキ、一言言っておかねばならないが、この呪文は君達にはまだ高度すぎるかもしれない。一人前の魔法使いでさえ、この魔法にはてこずるほどだ。」
「守護霊ってどんな姿をしているのですか?」
ハリーが尋ねた。確かにどんな形をしているのだろう。
「それを創り出す魔法使いによって、一つひとつが違うものになる。」
「どうやって創り出すのですか?」
またハリーが尋ねた。
「呪文を唱えるんだ。何か一つ、一番幸せだった想い出を、渾身の力で思いつめたときに、初めてその呪文が効く。」
幸せな思い出、と言われてナツキが真っ先に思い出したのは、フローリアン・モンテスキューでアイスを5個も食べた時だった。
「呪文はこうだ。エクスペクト・パトローナム!」
「「エクスペクト・パトローナム」」
ナツキとハリーは小声で繰り返した。
「幸せな想い出に神経を集中してるかい?」
ナツキとハリーはそれぞれの幸せだった時を考えて呪文を唱えてみた。ハリーの杖先から銀色の煙のようなものがシュウーっと吹き出した。ナツキの方は、何も起こらない。ナツキはもう一度呪文を唱えた。アイスの味と香りを一生懸命思い出した。
「エクスペクト・パトローナム!」
今度はほんのちょっぴり、フシュっと銀色の何かが出た。ハリーより力は弱そうだが、失敗ではなさそうだ。
「二人とも、よくできた。よーし、それじゃ、吸魂鬼で練習してもいいかい?ハリーが前に立てば『まね妖怪』は吸魂鬼になるはずだ。」
「はい。」
ハリーが先頭に立ち、ナツキはその後ろに並んだ。ナツキは一生懸命目の前に並ぶたくさんのアイスを思い出す。
ルーピン先生が箱のふたに手をかけ、引っ張った。ゆらり、と吸魂鬼が箱の中から立ち上がった。フードに覆われた顔がハリーのほうを向いた。身を刺すような寒気がハリーとナツキを襲った。
「「エクスペクト・パトローナム!!」」
ナツキとハリーは何度も叫んだ。しかし二人とも集中できていないのか、杖に変化はない。それどころか、ナツキの頭に、また母親の悲鳴が流れ込んだ。
『アバダ・ケダブラ』
『キャアアアア!!』
『このガキさえいれば闇の帝王も他の死喰い人も・・・・』
お母さん!お母さん!助けて・・・助けて・・・・お父さん・・・・・
「ハリー!ナツキ!」
ナツキとハリーはハッと我に帰った。二人とも床に倒れている。何があったのかはすぐに理解した。
ルーピン先生は蛙チョコレートを手渡した。
「これを食べるといい。それからもう一度やろう。一回でできるなんて期待してなかったよ。むしろ、もしできたら、びっくり仰天だ。」
「ますますひどくなるんです。」
蛙チョコレートの頭をかじりながら、ハリーがつぶやいた。
「母さんの声がますます強く聞こえたんです・・・それに、あの人・・・ヴォルデモート・・・・・・」
ルーピン先生はハリーのその言葉が、続けたくないという意思なのだと勘違いをした。ナツキはハリーの気持ちが痛いほどわかった。はっきりと聞こえる母親の悲鳴、そして、小さな私は必死に父親に助けを求めていた。小さな私はなんて愚かなのか。あんな、父親なんかを。
「別な想い出を選んだほうがいいかもしれない。つまり、気持を集中できるような幸福なものを・・・さっきのは十分な強さじゃなかったようだ・・・・」
ナツキは必死で思い出そうとした。その時、ふと目の前のハリーが気になった。そうだ。最も幸福な時はアイスを食べたことなんかじゃなかったんだ。
またルーピン先生は箱を開けた。再び吸魂鬼が現れ、ナツキとハリーは守護霊の呪文を唱えた。
『見つけたぞ!お前・・・リリーとジェームズを・・・・待て、何を持っている・・・・その手に抱いているのは何だ!!?』
男の怒号が聞こえた。
『ナツキなのか!?エリザベスはどうした!?・・・お前、まさかエリザベスにまで手をかけたのか・・・・・!?ナツキを放せ!!その子だけは・・・!救ってみせる・・・・!』
大きな爆発音がした。・・・助けて・・・助けて・・・お父さん・・・・・
ルーピン先生がハリーとナツキの顔をピシャピシャ叩いていた。なぜ埃っぽい床に倒れているのか、今度はそれがわかるまで少し時間がかかった。
「父さんの声が聞こえた。父さんの声は初めて聞いた。・・・・母さんが逃げる時間を作るのに、独りでヴォルデモートと対決しようとしたんだ・・・・・」
「・・・私は・・・私を一生懸命助けようとする人の声が聞こえた・・・・。い、命がけで、救おうとしてくれた・・・・・!」
きっと、あれがペティグリューの声なんだ。
「ジェームズの声を聞いた?」
ルーピン先生の声に不思議な響きがあった。先生は、ハリーのお父さんと友達だったというのだ。
「さあ、ハリー、ナツキ、今夜はこのぐらいでやめよう。この呪文はとてつもなく高度だ・・・・言うんじゃなかった。君達にこんなことをさせるなんて・・・・」
「僕、もう一度やってみます!僕の考えたことは、十分に幸せなことじゃなかったんです。きっとそうです・・・ちょっと待って・・・」
「わ、私もまだやれます。集中し切れていなかったんです。」
–––––僕は、君と友達であることを誇りに思う。今までも。これからも。何があったって、永遠にそうだ。
ナツキはクリスマス休暇初日のハリーの言葉を一生懸命反芻した。きっと、あれ以上に幸せなことなんてないはずだ。ハリーを守れるようになりたい。闇を怖がりたくない。ずっと、ハリーが誇れる友達でいたい・・・!!
「気持を集中させたね?行くよ・・・それ!」
ルーピン先生は三度、箱のふたを開けた。吸魂鬼が中から現れた。部屋が冷たく暗くなった・・・。
「「エクスペクト・パトローナム!」」
ナツキとハリーは声を張りあげた。ナツキとハリーの杖の先から、これまでよりもずっと濃い銀色の何かが出てきた。悲鳴は聞こえる。でもこれまでほど鮮明じゃなく、何かノイズがかかった遠くの出来事のようだ。
「リディクラス!」
ルーピン先生が唱えるとバチンと大きな音がして、吸魂鬼が消え、もやもやした守護霊も消えた。ナツキとハリーの足は震え、何キロも走ったあとのように疲れきっていた。
気づくとルーピン先生が自分の杖で、まね妖怪を箱に押し戻しているところだった。まね妖怪は、また銀色の玉に変わっていた。
・・・ルーピン先生が怖がっているあの銀色の玉は何なのだろう。絶対にどこかでみたことがあるんだけど・・・・。
「よくやった!よくできたよ、ハリー!ナツキ!立派なスタートだ!」
ルーピン先生は、これで今日は終わりだと、チョコレートを手渡してきた。
「ルーピン先生?」
ハリーがあることを思いついた。そしてナツキをチラリと見た。
「僕の父をご存知なら、シリウス・ブラックのこともご存知なのでしょう?」
「どうしてそう思うんだね?」
「別に。ただ、僕、父とブラックがホグワーツで友達だったって知ってるだけです。」
「ああ、知っていた。知っていると思っていた、と言うべきかな。ハリー、ナツキ、もう帰ったほうがいい。だいぶ遅くなった。」
ハリーとナツキは教室を出て、廊下を歩き、角を曲がり、そこで寄り道をして甲冑の陰に座った。
「・・・ブラックの話、避けてたよね。僕、言わなければよかった・・・」
「ルーピン先生もきっと、裏切られたんだ。ブラックは、きっと、先生のの心も傷つけたんだよ。」
ハリーはチョコレートを齧りながら、ボソッと話し始めた。
「僕・・・ちょっとだけ、父さんと母さんの声を聞きたいって思っちゃった。だから、守護霊の呪文に集中できないんだ・・・・」
「・・・わかるよ・・・その気持ち。・・・すごく、すごく・・・・」
二人はチョコレートの最後のひと欠けらを口に押し込み、グリフィンドール塔に向かった。
時間はあっという間に過ぎていた。ハーマイオニーはなんだか物凄くピリピリしていて、毎日山のような課題と談話室で睨めっこしていた。
「ハーマイオニー、グリフィンのまとめてきたよ。」
「ありがとう。その辺りに置いておいて。後で目を通すわ。」
「・・・・ねえハーマイオニー、ちょっとその・・・・頑張りすぎじゃないかな?」
ハーマイオニーは聞く耳を持たなかった。
一方で守護霊の呪文の訓練は、ナツキの方はそれなりに順調だった。ナツキの杖からでた銀色のもやが何か4本足の動物のように動いたのだ。
「僕、守護霊が、吸魂鬼を追い払うか、それとも・・・連中を消してくれるかと・・・そう思っていました。」
「本当の守護霊ならそうする。しかし、君は短い間にずいぶんできるようになった。次のクィディッチ試合に吸魂鬼が現れたとしても、しばらく遠ざけておいて、その間に地上に下りることができるはずだ。」
「あいつらがたくさんいたら、もっと難しくなるって、先生がおっしゃいました。」
「そしたら私も追い払うのを手伝うよ!」
「ハリーなら絶対大丈夫だ。ナツキだって頼りになる。」
ルーピン先生が微笑んだ。
「さあ、ご褒美に飲むといい。『三本の箒』のだよ。ハリーはいままで飲んだことがないはずだ。」
ルーピン先生ははカバンから瓶を三本取り出した。つい最近飲んだことがあると、ハリーもナツキもいえなかった。
「吸魂鬼の頭巾の下には何があるんですか?」
ハリーが尋ねると、ルーピン先生は考え込むように、手にしたビール瓶を置いた。
「うーん、本当のことを知っている者は、もう口が利けない状態になっている。つまり、吸魂鬼が頭巾をとるときは、最後の最悪の武器を使うときなんだ。」
「どんな武器ですか?」
「キスだよ。吸魂鬼の接吻。」
ナツキが答えるとハリーは不思議そうな顔をした。その問いに応えるように、ルーピン先生は話した。
「吸魂鬼は、徹底的に破滅させたい者に対してこれを実行する。たぶんあの下には口のようなものがあるのだろう。やつらは獲物の口を自分の上下の顎で挟み、そして、餌食の魂を吸い取る。」
「えっ・・・殺す?」
「いや、そうじゃない。もっとひどい。魂がなくても生きられる。脳や心臓がまだ動いていればね。しかし、もはや自分が誰なのかわからない。記憶もない、まったく・・・何にもない。回復の見込みもない。ただ存在するだけだ。空っぽの抜け殻となって。魂は永遠に戻らず・・・・失われる。シリウス・ブラックを待ち受ける運命がそれだ。今朝の『日刊予言者新聞』に載っていたよ。魔法省が吸魂鬼に対して、ブラックを見つけたらそれを執行することを許可したようだ。」
ナツキとハリーは目を見開いた。ナツキはそれを当然だと思った。ハリーも「当然の報いだ」と口に出した。
「そう思うかい?それを当然の報いと言える人間が本当にいると思うかい?」
その日はその会話を最後に、ルーピン先生の教室を後にした。談話室に戻る途中で、二人はマクゴナガル先生に出会った。すると先生がハリーにファイアボルトを返してくれたのだ。
「たぶん、土曜日の試合までに乗り心地を試す必要があるでしょう?それに、ポッター、がんばって、勝つんですよ。いいですね?さもないと、わが寮は八年連続で優勝戦から脱落となります。つい昨夜、スネイプ先生が、ご親切にもそのことを思い出させてくださいましたしね・・・・・・」
マクゴナガル先生は物凄く真剣にそうハリーに言い聞かせた。ナツキは笑ってしまうのを必死で堪えた。
ファイアボルトが帰ってきたことで、ハリー、ロン、ハーマイオニーが久しぶりに会話をしたところをナツキは見て安心した。
しかし、それはほんの一瞬のことだった。
押し殺したような叫び声が男子寮の階段を伝って響いてきた。
談話室がいっせいにしーんとなり、慌ただしい足音が聞こえてきた。だんだん大きくなる。やがて、ロンが飛び込んできた。ベッドのシーツを引きずっている。
「見ろ!見ろよ!」
ハーマイオニーの目の前でシーツを激しく振り、ロンが叫んだ。
「ロン、どうしたの?」
「スキャバーズが!見ろ!スキャバーズが!」
ナツキとハリーはロンのつかんでいるシーツを見下ろした。何か赤いものがついている。恐ろしいことに、それはまるで、
「血だ!」
呆然として言葉もない部屋に、ロンの叫びだけが響いた。
「スキャバーズがいなくなった!それで、床に何があったかわかるか?」
「い、いいえ。」
ハーマイオニーの声は震えていた。ロンはハーマイオニーの翻訳文の上に何かを投げつけた。ハーマイオニー、ナツキ、ハリーが覗き込んだ。奇妙な刺々した文字の上に、落ちていたのは、数本の長いオレンジ色の猫の毛だった。