秘密の部屋
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ハリーとナツキは細長く奥へと延びる、薄明りの部屋の端に立っていた。やけに高い天井と、蛇の柱が並ぶぞっとするような部屋だった。
バジリスクがどこかにいるかもしれない。
二人は杖を構え、慎重に前進した。
最後の一対の柱のところまで来ると、燃えるような赤毛の、黒いローブの小さな姿が、うつ伏せに横たわっていた。
「「ジニー!」」
ナツキとハリーはその姿のそばに駆け寄り、膝をついて名を呼んだ。
「ジニー!死んじゃだめだ!お願いだから生きていて!」
「エピスキー!・・・・・どうして効かないの?ジニー!」
ナツキは絶望した。せっかく覚えた治癒の呪文が効く様子はない。
「ジニー、お願いだ。目を覚まして。」
ハリーはジニーを揺さぶり、必死でつぶやいた。ジニーの頭はだらりと空しく垂れ、ぐらぐらと揺すられるままに動いた。
「その子は目を覚ましはしない。」
物静かな声がした。背の高い、黒髪の少年が、すぐそばの柱にもたれてこちらを見ていた。
「トム・・・・トム・リドル?」
「・・・・え?日記の・・・・?」
ハリーの言葉を理解するのに時間がかかった。トム・リドルは50年前のホグワーツ声だ。ならば彼は、ゴーストなのだろうか。ハリーも同じことを思ったらしく、「君はゴーストなの?」と尋ねていた。
「記憶だよ。日記の中に、五十年間残されていた記憶だ。」
リドルがそういって指差した場所には、小さな黒い日記が、開かれたまま置いてあった。
「トム、助けてくれないか。ここからジニーを運び出さなけりゃ。バジリスクがいるんだ・・・・。どこにいるかはわからないけど、いまにも出てくるかもしれない。お願い、手伝って・・・・・」
リドルは動かない。ナツキはなんだか怖くなった。バジリスクがではない。この目の前のリドルがだ。
リドルはハリーからナツキに目を向けると、蛇のように絡みつく、ねっとりとした目をした。整っている顔なのに、ひどく気持ち悪いもののように見えた。そんな気がしたのだ。
気づけばリドルはすらりとした指でハリーの杖をくるくるもてあそんでいた。
「ありがとう。」
ハリーは手を、杖のほうに伸ばした。リドルが落とした杖を拾ってくれたと思ったのだ。リドルは微笑んだ。
「ハリー、なんか変だよ。あの人、」
ナツキの警告をよそにハリーはリドルを説得しようとした。
「ここを出なきゃいけないんだよ!もしもバジリスクが来たら・・・」
「呼ばれるまでは、来やしない。」
その発言でナツキは確信した。彼は、味方では無い。一方、ハリーは戸惑っていた。
「僕はこの時をずっと待っていたんだ。ハリー・ポッター。君に会えるチャンスをね。君と話すのをね。」
「いい加減にしてくれ。いま、僕たちは『秘密の部屋』の中にいるんだよ。話ならあとでできる。」
「いま、話すんだよ。」
リドルは相変わらず笑いを浮かべたまま、ハリーの杖をポケットにしまい込んだ。
「ハリー、あの人、悪い人だよ。」
「・・・ジニーはどうしてこんなふうになったの?」
ナツキの言葉はようやくハリーに伝わった。
「そう、それはおもしろい質問だ。ジニー・ウィーズリーがこんなふうになった本当の原因は、誰なのかわからない目に見えない人物に心を開き、自分の秘密を洗いざらい打ち明けたことだ。」
リドルの言葉の意味は、初め、全く理解できなかった。次第に日記の彼に、日々の悩みをジニーが打ち明けていたことが、まずかったらしい。
「ジニー・ウィーズリーが『秘密の部屋』を開けた。ただし、ジニーは初めのうち、自分がやっていることをまったく自覚していなかった。おかげで、なかなかおもしろかった。」
リドルは恐怖に怯えていたであろうジニーの日記を滑稽だと言わんばかりに読み上げた。
「バカなジニーのチビが、日記を信用しなくなるまでに、ずいぶん時間がかかった。しかし、とうとう変だと疑いはじめ、捨てようとした。そこへ、ハリー、君が登場した。君が日記を見つけたんだ。僕は最高にうれしかったよ。こともあろうに、君が拾ってくれた。僕が会いたいと思っていた君が・・・・」
「それじゃ、どうして僕に会いたかったんだ?」
「そうだな。ジニーがハリー、君のことをいろいろ聞かせてくれたからね。君のすばらしい経歴をだ。君のことをもっと知らなければ、できれば会って話をしなければならないと、僕にはわかっていた。だから君を信用させるため、あのウドの大木のハグリッドを捕まえた有名な場面を見せてやろうと決めた。」
ハリーもナツキもハグリッドを侮辱する言葉に怒りが湧いた。「ハグリッドは僕の友達だ」と言うハリーの声は、ついにわなわなと震えだした。
「あなたは勘違いをしたんじゃなかった。ハグリッドを嵌めたんだね。」
リドルはまた甲高い笑い声をあげた。
「僕の言うことを信じるか、ハグリッドのを信じるか、二つに一つだった。一人はトム・リドルという、貧しいが優秀な生徒。孤児だが勇敢そのものの監督生で模範生。もう一人は、図体ばかりでかくて、ドジなハグリッド。「変身術」のダンブルドア先生だけが、ハグリッドは無実だと考えたらしい。」
「きっとダンブルドアは、君のことをとっくにお見通しだったんだ。」
ハリーはぎゅっと歯を食いしばった。
「そうだな。ハグリッドが退学になってから、ダンブルドアは、たしかに僕をしつこく監視するようになった。そして、君の血縁だろう、アルバ・ゴドリクソン。彼女も僕に不信感を抱くようになった。僕は親友だと思っていたのに。」
リドルは寂しそうにそう言った。しかし、ナツキを見てニヤリと不気味に口角を上げた。
こんな男と、自分の祖母が親友のはずがない。
「僕の在学中に『秘密の部屋』を再び開けるのは危険だと、僕にはわかっていた。しかし、探索に費した長い年月をむだにするつもりはない。日記を残して、十六歳の自分をその中に保存しようと決心した。いつか、時が巡ってくれば、誰かに僕の足跡を追わせて、サラザール・スリザリンの、崇高な仕事を成し遂げることができるだろうと。」
「君はそれを成し遂げてはいないじゃないか。」
ハリーは勝ち誇ったように言った。そうだ。結局誰も死んではいない。それにもうすぐマンドレイク薬ができる。
「この数ヵ月間、僕の新しい狙いは・・・・君だった」
ハリーは目を見張ってリドルを見た。
「それからしばらくして、僕の日記をまた開いて書き込んだのが、君ではなくジニーだった。僕はどんなに怒ったか。しかし、僕には自分が何をすべきかがわかっていた。君がスリザリンの継承者の足跡を確実に追跡していると、僕にははっきりわかっていた。そこで僕は、ジニーに自分の遺書を壁に書かせ、ここに下りてきて待つように仕向けた。この子の命はもうあまり残されてはいない。あまりにも日記に注ぎ込んでしまった。つまりこの僕に。僕は、おかげでついに日記を抜け出すまでになった。僕とジニーとで、君が現れるのをここで待っていた。君が来ることはわかっていたよ。」
そしてリドルはナツキを見た。
「君が来ることは知らなかった。ジニーは君については書いてくれなかったからね。でも、僕にとっては僥倖だ。」
ナツキはまた背筋がゾクっとした。
「ハリー・ポッター、僕は君にいろいろ聞きたいことがある。これといって特別な魔力も持たない赤ん坊が、不世出の偉大な魔法使いをどうやって破った?ヴォルデモート卿の力が打ち砕かれたのに、君のほうは、たった一つの傷痕だけで逃れたのはなぜか?」
むさぼるような目に、奇妙な赤い光がチラチラと漂っている。
「僕がなぜ逃れたのか、どうして君が気にするんだ?ヴォルデモート卿は君よりあとに出てきた人だろう。」
「ヴォルデモートは・・・・僕の過去であり、現在であり、未来なのだ・・・ハリー・ポッターよ。」
ポケットからハリーの杖を取り出し、リドルは空中に文字を書いた。三つの言葉が揺らめきながら淡く光った。
TOM MARVOLO RIDDLE
もう一度杖をひと振りした。名前の文字が並び方を変えた。
I AM LORD VOLDEMORT
「・・・・なんてこと・・・!!あなたが、ヴォルデモート!!?」
ナツキは用心に用心を重ね彼に杖を向けた。昨年度の記憶が蘇る。この彼が、後に、自分の家族を殺すのだ。
「この名前はホグワーツ在学中にすでに使っていた。僕は自分の名前を自分でつけた。ある日必ずや、魔法界のすべてが口にすることを恐れる名前を。その日が来ることを僕は知っていた。僕が世界一偉大な魔法使いになるその日が!」
しばらくしてハリーはやっと口を開いた。
「違うな。」
「何が?」
「君は世界一偉大な魔法使いじゃない。世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ。みんながそう言っている。君が強大だった時でさえ、ホグワーツを乗っ取ることはおろか、手出しさえできなかった。ダンブルドアは、君が在学中は君のことをお見通しだったし、君がどこに隠れていようと、いまだに君はダンブルドアを恐れている。」
ハリーの言う通りだ。ナツキは近くにダンブルドア先生がいるわけでも無いのに、なぜか勇気が湧き上がった気がした。ダンブルドア先生が、日記に込められた記憶なんかに負けるはずがないのだ。
ハリーの言葉で微笑が消え、リドルの顔が醜悪になった。
「ダンブルドアは僕の記憶にすぎないものによって追放され、この城からいなくなった!」
「ダンブルドアは、君の思っているほど、遠くに行ってはいないぞ!」
ハリーが言い返した。リドルは口を開いたが、その顔が凍りついた。どこからともなく音楽が聞こえてきたのだ。白鳥ほどの大きさの深紅の鳥が、ドーム型の天井に、その不思議な旋律を響かせながら姿を現した。孔雀の羽のように長い金色の尾羽を輝かせ、まばゆい金色の爪にボロボロの包みをつかんでいる。
「・・・あれは、不死鳥・・・・」
図鑑で見たことのある不死鳥の美しい姿そのものだった。きっと、ダンブルドア先生のフォークスだ。
フォークスはハリーのほうにまっすぐに飛んできた。運んできたボロボロのものをハリーの足元に落とし、その肩にずしりと止まった。
「それは古い『組分け帽子』だ。ダンブルドアが味方に送ってきたのはそんなものか!歌い鳥に古帽子じゃないか!ハリー・ポッター、さぞかし心強いだろう? もう安心だと思うか?」
リドルはガンガンと響くような高笑いをしてそう言った。ハリーは答えなかった。
「ハリー、本題に入ろうか。二回も君の過去に、僕たちは出会った。そして二回とも僕は君を殺し損ねた。君はどうやって生き残った? すべて聞かせてもらおうか。」
「君が僕を襲った時、どうして君が力を失ったのか、誰にもわからない。僕自身もわからない。でも、なぜ君が僕を殺せなかったか、僕にはわかる。母が、僕をかばって死んだからだ。母は普通の、マグル生まれの母だ。君が僕を殺すのを、母が食い止めたんだ。僕とナツキは本当の君を見たぞ。去年のことだ。落ちぶれた残骸だ。辛うじて生きている。君の力のなれの果てだ。君は逃げ隠れしている!醜い!汚らわしい!」
リドルの顔が歪んだ。それから無理やり、ぞっとするような笑顔を取りつくろった。
「そうか。母親が君を救うために死んだ。なるほど。それは呪いに対する強力な反対呪文だ。わかったぞ。結局君自身には特別なものは何もないわけだ。実は何かあるのかと思っていたんだ。しかし、僕の手から逃れられたのは、結局幸運だったからにすぎないのか。それだけわかれば十分だ。」
ハリーは、いまにもリドルが杖を振り上げるだろうと、体を固くした。しかし、リドルの歪んだ笑いはまたもや広がった。
「さて、ハリー。少し揉んでやろう。サラザール・スリザリンの継承者、ヴォルデモート卿の力と、有名なハリー・ポッターと、ダンブルドアがくださった精一杯の武器とを、お手合わせ願おうか。」
ナツキは杖を振り上げた。今しかない。
「エクスペリアームス!」
「よせ。」
武装解除呪文を唱えたのに、なぜかリドルの手に杖は握られたままだ。的を外したのかとナツキは思った。そして再度同じ呪文を唱えた。
「・・・・なんで・・・・!?」
「言ったろう。記憶なんだよ。僕は。あまり呪文は効かないよ。」
そう言ってリドルは杖を振り上げた。
「ナツキ!!逃げろ!」
ハリーの声が聞こえた時には遅かった。体がグイッと引っ張られる感覚がした。気づくとナツキはリドルの左腕の中にいた。
「離して!!」
「おいで。暴れてはいけないよ。」
優しく囁かれたその声が、恐ろしくて恐ろしくてナツキは体が凍ったような感覚を覚えた。グッと顔が彼の体に引き寄せられ、視界を塞がれた。
すると頭の上から、シューシューと彼が言っているのが分かった。蛇語だ。意味はわからないが、バジリスクを呼んでいるのだとすぐに分かった。
何か巨大なものが蠢く音が聞こえた。
「んんー!!」
ハリーの名を叫んだが、口は彼の体に押し付けられていて、その声は言葉にはならなかった。
その後もナツキは身動きが取れずに、何かシューシューとリドルが起こったように蛇語を話すのが聞こえた。
「さて、ナツキと呼ばれていたね。名前はナツキ・ゴドリクソンかな?」
緩められた腕の中で、周りを見渡すと、ハリーの姿はそこにはない。蛇の尾のようなものがちらりと見えた。ハリーが戦っている。
「僕を見ろ!!!」
「っ!!」
「・・・そうだ。それでいい。」
ねっとりとした視線をリドルは腕の中のナツキに向けた。ナツキは離れようとしたが、何か呪文をつかわれているのか、体を離すことができなかった。
「ああ、アルバにそっくりだ・・・・」
「・・・あなたとお祖母さんは、一体どんな関係だったの・・・」
ナツキは恐怖と戦い、疑問に思っていたことを尋ねた。ダンブルドア先生のことは憎々しげに離すのに、同様に彼の本質を見破っていたであろうアルバ・ゴドリクソンについては、どこかうっとりとするような態度を示していたのだ。
「言ったろう。親友だ。同じ年にホグワーツに入学した。寮こそ違ったが、他の脳なしとは違って彼女だけが僕と対等に話ができた。親しくなるのに時間はかからなかった。・・・・・ハグリッドが退学になるあの日までは。」
優しい声色が、突然ドス黒いものに変わった。一瞬の怒りを見せた後、スッとリドルは怒りを収め、また微笑みを浮かべ、ナツキの髪を梳き始めた。
「そのことで彼女を憎んだこともあったが・・・・杞憂だったみたいだ。」
ナツキは全く意味がわからなかった。ただどうやら、リドルが祖母に並々ならぬ執着を見せていることだけは感じた。
「察しがいいと思っていたけど、分からないかな?まあまだ子供なんだね。」
「・・・何?何が言いたいの・・・!?」
ねっとりとした優しい声色にナツキは言葉に表せられない感情を抱いた。怖いとか不気味とか、気持ち悪いとか、そんな言葉では片付けられない気持ちだった。
「祖父の名前は知らないんだろう?」
「え・・・・?」
ナツキは混乱した。ナツキが知らないのは父親の名前だ。父方の、と言う意味なら確かに祖父が誰かはわからないが。
「アルバの相手だ。知りたいと思ったことはないかい?」
ナツキは頭を箒で殴られたようだった。リドルの言いたいことがわかってしまったような気がした。でも、そんなわけはない。
「・・・ック・・・・・ム・・」
「ん?」
「・・・エリック・アッシュコーム・・・」
祖父の名前だった。婿入りしたらしいが、旧姓はアッシュコームだったはずだ。
「・・・いたな。そんな奴も。なぜそいつの名前を出した。・・・・ハッフルパフの、穢れた血だ。出来損ないのスクイブ並に落ちこぼれた奴だった。」
途端、ナツキにはよくわからない力が湧き上がったような気がした。恐怖より、怒りが勝った。ようやくリドルの腕から抜け出したのだ。
「祖父を馬鹿にするな!!!」
無駄なのだとわかっていても杖を向けた。きっと、きっと何か手があるはずだ。あちらが攻撃できるのに、こっちはできないなんて、そんなことあるはずがないんだ。
「アルバがあいつを選ぶわけがない!!!!!」
恐ろしい声で、リドルが大声を上げた。ナツキは自分の足が震えているのがわかった。
「父は!?母は!?どんなやつだ!髪は?目の色は!?」
「・・・父は知らない・・・・母は、金髪に緑の・・」
「アルバと同じだ!お前と同じ色の奴は近親にいるのか!?」
先ほどまであれほど優しい声を発していたのに、激昂するリドルに足だけではなく、身体中がすくんだ。それでも杖はおろさなかった。
「い、いない。でも、知らないだけで・・・・」
「僕を見ろ!!!」
リドルの髪は黒く、ナツキと同じような色だった。瞳の色は違うが、でも同系統の色だ。
「ゴドリクソンにも、クズのエリックにも黒髪の家族はいなかったはずだ!!君のその色は僕のものだ!!」
「違う!!絶対に違う!!私は、ヴォルデモートなんかの血は引き継いでない!!!」
ガタガタと体が震え、杖を落としそうになる。でも、今これを離したら終わりだ。
その時、大きなドサッと言う音が聞こえた。
ナツキとリドルはそちらを見た。バジリスクが倒れていた。ハリーが勝ったのだとすぐにわかった。
「ハリー!!」
ハリーは壁にもたれていた。ナツキがハリーのそばに駆け寄ろうとした時、リドルは杖を振り上げ、ナツキを拘束した。
「っ!」
「・・・待っていろ。そして、現実に向き合うんだ。アルバが僕以外を選ぶはずがないんだ。それくらい僕らは親しかった。」
ナツキは頭が働かなくなっていた。体も動かない。でも動かないとハリーが死んでしまう。バジリスクの毒を受けたようなのだ。
そう思った時だった。フォークスがハリーの元に降り立った。
「ハリー・ポッター、君は死んだ。ダンブルドアの鳥にさえそれがわかるらしい。鳥が何をしているか、見えるかい?泣いているよ。」
恐怖から少し解き放たれ、ナツキは、ハリーの無事を予感した。不死鳥の涙には、癒しの力がある。もしかしたら、バジリスクの毒でさえも浄化できるかもしれない。そしてやはり、ハリーの傷は癒やされたのだ。
「しかし、結果は同じだ。むしろこのほうがいい。一対一だ。ハリー・ポッター。」
リドルが杖を振り上げるとフォークスが頭上に舞い戻って、ハリーの膝に何かをポトリと落とした。日記だ。
ハリーは何かを直感したように、そばに落ちていたバジリスクの牙をつかみ、日記帳にズブリと突き立てた。
「!」
その時、ナツキとハリーの耳に、恐ろしい悲鳴が長々と続いた。リドルのものだった。
「そうか・・・日記の・・・記憶・・・・」
リドルは身を捩り、悶え、悲鳴をあげながらのたうち回って消えた。ハリーの杖が床に落ちてカタカタと音をたてると、ナツキを拘束していた呪文の効力も切れた。
「ハリー!!!」
力が抜けた足を必死に動かして、ナツキはハリーに駆け寄り抱きしめた。
「・・・よかった・・・・!!」
「ナツキは?怪我はない?」
「ない・・・ないよ・・・」
隅のほうから微かな呻き声が聞こえてきた。ジニーが動いていた。二人が駆け寄ると、ジニーは身を起こした。とろんとした目で、ジニーはバジリスクの巨大な死骸を見、ナツキを見、ハリーを見、血に染まったハリーのローブに目をやった。そしてハリーの手にある日記を見た。とたんにジニーは身震いして大きく息を呑んだ。それから涙がどっと溢れた。
「ハリー、ナツキ・・・・あぁ、あたし、朝食の時あなた達に打ち明けようとしたの。でも、パーシーの前では、い、言えなかった。」
「もう大丈夫だよ。リドルはおしまいだ。見てごらん!リドル、それにバジリスクもだ。おいで、ジニー。早くここを出よう。」
退学を恐れるジニーをナツキとハリーは両側から支え、出口へ向かって歩き出した。しばらく歩くと、ロンとロックハートがいた。
秘密の部屋を出て、一行はフォークスに導かれ、マクゴナガル先生の部屋のドアを開いた。
ここまでナツキがほとんど喋っていないことを、ハリーとロンは気にする余裕がなかった。
バジリスクがどこかにいるかもしれない。
二人は杖を構え、慎重に前進した。
最後の一対の柱のところまで来ると、燃えるような赤毛の、黒いローブの小さな姿が、うつ伏せに横たわっていた。
「「ジニー!」」
ナツキとハリーはその姿のそばに駆け寄り、膝をついて名を呼んだ。
「ジニー!死んじゃだめだ!お願いだから生きていて!」
「エピスキー!・・・・・どうして効かないの?ジニー!」
ナツキは絶望した。せっかく覚えた治癒の呪文が効く様子はない。
「ジニー、お願いだ。目を覚まして。」
ハリーはジニーを揺さぶり、必死でつぶやいた。ジニーの頭はだらりと空しく垂れ、ぐらぐらと揺すられるままに動いた。
「その子は目を覚ましはしない。」
物静かな声がした。背の高い、黒髪の少年が、すぐそばの柱にもたれてこちらを見ていた。
「トム・・・・トム・リドル?」
「・・・・え?日記の・・・・?」
ハリーの言葉を理解するのに時間がかかった。トム・リドルは50年前のホグワーツ声だ。ならば彼は、ゴーストなのだろうか。ハリーも同じことを思ったらしく、「君はゴーストなの?」と尋ねていた。
「記憶だよ。日記の中に、五十年間残されていた記憶だ。」
リドルがそういって指差した場所には、小さな黒い日記が、開かれたまま置いてあった。
「トム、助けてくれないか。ここからジニーを運び出さなけりゃ。バジリスクがいるんだ・・・・。どこにいるかはわからないけど、いまにも出てくるかもしれない。お願い、手伝って・・・・・」
リドルは動かない。ナツキはなんだか怖くなった。バジリスクがではない。この目の前のリドルがだ。
リドルはハリーからナツキに目を向けると、蛇のように絡みつく、ねっとりとした目をした。整っている顔なのに、ひどく気持ち悪いもののように見えた。そんな気がしたのだ。
気づけばリドルはすらりとした指でハリーの杖をくるくるもてあそんでいた。
「ありがとう。」
ハリーは手を、杖のほうに伸ばした。リドルが落とした杖を拾ってくれたと思ったのだ。リドルは微笑んだ。
「ハリー、なんか変だよ。あの人、」
ナツキの警告をよそにハリーはリドルを説得しようとした。
「ここを出なきゃいけないんだよ!もしもバジリスクが来たら・・・」
「呼ばれるまでは、来やしない。」
その発言でナツキは確信した。彼は、味方では無い。一方、ハリーは戸惑っていた。
「僕はこの時をずっと待っていたんだ。ハリー・ポッター。君に会えるチャンスをね。君と話すのをね。」
「いい加減にしてくれ。いま、僕たちは『秘密の部屋』の中にいるんだよ。話ならあとでできる。」
「いま、話すんだよ。」
リドルは相変わらず笑いを浮かべたまま、ハリーの杖をポケットにしまい込んだ。
「ハリー、あの人、悪い人だよ。」
「・・・ジニーはどうしてこんなふうになったの?」
ナツキの言葉はようやくハリーに伝わった。
「そう、それはおもしろい質問だ。ジニー・ウィーズリーがこんなふうになった本当の原因は、誰なのかわからない目に見えない人物に心を開き、自分の秘密を洗いざらい打ち明けたことだ。」
リドルの言葉の意味は、初め、全く理解できなかった。次第に日記の彼に、日々の悩みをジニーが打ち明けていたことが、まずかったらしい。
「ジニー・ウィーズリーが『秘密の部屋』を開けた。ただし、ジニーは初めのうち、自分がやっていることをまったく自覚していなかった。おかげで、なかなかおもしろかった。」
リドルは恐怖に怯えていたであろうジニーの日記を滑稽だと言わんばかりに読み上げた。
「バカなジニーのチビが、日記を信用しなくなるまでに、ずいぶん時間がかかった。しかし、とうとう変だと疑いはじめ、捨てようとした。そこへ、ハリー、君が登場した。君が日記を見つけたんだ。僕は最高にうれしかったよ。こともあろうに、君が拾ってくれた。僕が会いたいと思っていた君が・・・・」
「それじゃ、どうして僕に会いたかったんだ?」
「そうだな。ジニーがハリー、君のことをいろいろ聞かせてくれたからね。君のすばらしい経歴をだ。君のことをもっと知らなければ、できれば会って話をしなければならないと、僕にはわかっていた。だから君を信用させるため、あのウドの大木のハグリッドを捕まえた有名な場面を見せてやろうと決めた。」
ハリーもナツキもハグリッドを侮辱する言葉に怒りが湧いた。「ハグリッドは僕の友達だ」と言うハリーの声は、ついにわなわなと震えだした。
「あなたは勘違いをしたんじゃなかった。ハグリッドを嵌めたんだね。」
リドルはまた甲高い笑い声をあげた。
「僕の言うことを信じるか、ハグリッドのを信じるか、二つに一つだった。一人はトム・リドルという、貧しいが優秀な生徒。孤児だが勇敢そのものの監督生で模範生。もう一人は、図体ばかりでかくて、ドジなハグリッド。「変身術」のダンブルドア先生だけが、ハグリッドは無実だと考えたらしい。」
「きっとダンブルドアは、君のことをとっくにお見通しだったんだ。」
ハリーはぎゅっと歯を食いしばった。
「そうだな。ハグリッドが退学になってから、ダンブルドアは、たしかに僕をしつこく監視するようになった。そして、君の血縁だろう、アルバ・ゴドリクソン。彼女も僕に不信感を抱くようになった。僕は親友だと思っていたのに。」
リドルは寂しそうにそう言った。しかし、ナツキを見てニヤリと不気味に口角を上げた。
こんな男と、自分の祖母が親友のはずがない。
「僕の在学中に『秘密の部屋』を再び開けるのは危険だと、僕にはわかっていた。しかし、探索に費した長い年月をむだにするつもりはない。日記を残して、十六歳の自分をその中に保存しようと決心した。いつか、時が巡ってくれば、誰かに僕の足跡を追わせて、サラザール・スリザリンの、崇高な仕事を成し遂げることができるだろうと。」
「君はそれを成し遂げてはいないじゃないか。」
ハリーは勝ち誇ったように言った。そうだ。結局誰も死んではいない。それにもうすぐマンドレイク薬ができる。
「この数ヵ月間、僕の新しい狙いは・・・・君だった」
ハリーは目を見張ってリドルを見た。
「それからしばらくして、僕の日記をまた開いて書き込んだのが、君ではなくジニーだった。僕はどんなに怒ったか。しかし、僕には自分が何をすべきかがわかっていた。君がスリザリンの継承者の足跡を確実に追跡していると、僕にははっきりわかっていた。そこで僕は、ジニーに自分の遺書を壁に書かせ、ここに下りてきて待つように仕向けた。この子の命はもうあまり残されてはいない。あまりにも日記に注ぎ込んでしまった。つまりこの僕に。僕は、おかげでついに日記を抜け出すまでになった。僕とジニーとで、君が現れるのをここで待っていた。君が来ることはわかっていたよ。」
そしてリドルはナツキを見た。
「君が来ることは知らなかった。ジニーは君については書いてくれなかったからね。でも、僕にとっては僥倖だ。」
ナツキはまた背筋がゾクっとした。
「ハリー・ポッター、僕は君にいろいろ聞きたいことがある。これといって特別な魔力も持たない赤ん坊が、不世出の偉大な魔法使いをどうやって破った?ヴォルデモート卿の力が打ち砕かれたのに、君のほうは、たった一つの傷痕だけで逃れたのはなぜか?」
むさぼるような目に、奇妙な赤い光がチラチラと漂っている。
「僕がなぜ逃れたのか、どうして君が気にするんだ?ヴォルデモート卿は君よりあとに出てきた人だろう。」
「ヴォルデモートは・・・・僕の過去であり、現在であり、未来なのだ・・・ハリー・ポッターよ。」
ポケットからハリーの杖を取り出し、リドルは空中に文字を書いた。三つの言葉が揺らめきながら淡く光った。
TOM MARVOLO RIDDLE
もう一度杖をひと振りした。名前の文字が並び方を変えた。
I AM LORD VOLDEMORT
「・・・・なんてこと・・・!!あなたが、ヴォルデモート!!?」
ナツキは用心に用心を重ね彼に杖を向けた。昨年度の記憶が蘇る。この彼が、後に、自分の家族を殺すのだ。
「この名前はホグワーツ在学中にすでに使っていた。僕は自分の名前を自分でつけた。ある日必ずや、魔法界のすべてが口にすることを恐れる名前を。その日が来ることを僕は知っていた。僕が世界一偉大な魔法使いになるその日が!」
しばらくしてハリーはやっと口を開いた。
「違うな。」
「何が?」
「君は世界一偉大な魔法使いじゃない。世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ。みんながそう言っている。君が強大だった時でさえ、ホグワーツを乗っ取ることはおろか、手出しさえできなかった。ダンブルドアは、君が在学中は君のことをお見通しだったし、君がどこに隠れていようと、いまだに君はダンブルドアを恐れている。」
ハリーの言う通りだ。ナツキは近くにダンブルドア先生がいるわけでも無いのに、なぜか勇気が湧き上がった気がした。ダンブルドア先生が、日記に込められた記憶なんかに負けるはずがないのだ。
ハリーの言葉で微笑が消え、リドルの顔が醜悪になった。
「ダンブルドアは僕の記憶にすぎないものによって追放され、この城からいなくなった!」
「ダンブルドアは、君の思っているほど、遠くに行ってはいないぞ!」
ハリーが言い返した。リドルは口を開いたが、その顔が凍りついた。どこからともなく音楽が聞こえてきたのだ。白鳥ほどの大きさの深紅の鳥が、ドーム型の天井に、その不思議な旋律を響かせながら姿を現した。孔雀の羽のように長い金色の尾羽を輝かせ、まばゆい金色の爪にボロボロの包みをつかんでいる。
「・・・あれは、不死鳥・・・・」
図鑑で見たことのある不死鳥の美しい姿そのものだった。きっと、ダンブルドア先生のフォークスだ。
フォークスはハリーのほうにまっすぐに飛んできた。運んできたボロボロのものをハリーの足元に落とし、その肩にずしりと止まった。
「それは古い『組分け帽子』だ。ダンブルドアが味方に送ってきたのはそんなものか!歌い鳥に古帽子じゃないか!ハリー・ポッター、さぞかし心強いだろう? もう安心だと思うか?」
リドルはガンガンと響くような高笑いをしてそう言った。ハリーは答えなかった。
「ハリー、本題に入ろうか。二回も君の過去に、僕たちは出会った。そして二回とも僕は君を殺し損ねた。君はどうやって生き残った? すべて聞かせてもらおうか。」
「君が僕を襲った時、どうして君が力を失ったのか、誰にもわからない。僕自身もわからない。でも、なぜ君が僕を殺せなかったか、僕にはわかる。母が、僕をかばって死んだからだ。母は普通の、マグル生まれの母だ。君が僕を殺すのを、母が食い止めたんだ。僕とナツキは本当の君を見たぞ。去年のことだ。落ちぶれた残骸だ。辛うじて生きている。君の力のなれの果てだ。君は逃げ隠れしている!醜い!汚らわしい!」
リドルの顔が歪んだ。それから無理やり、ぞっとするような笑顔を取りつくろった。
「そうか。母親が君を救うために死んだ。なるほど。それは呪いに対する強力な反対呪文だ。わかったぞ。結局君自身には特別なものは何もないわけだ。実は何かあるのかと思っていたんだ。しかし、僕の手から逃れられたのは、結局幸運だったからにすぎないのか。それだけわかれば十分だ。」
ハリーは、いまにもリドルが杖を振り上げるだろうと、体を固くした。しかし、リドルの歪んだ笑いはまたもや広がった。
「さて、ハリー。少し揉んでやろう。サラザール・スリザリンの継承者、ヴォルデモート卿の力と、有名なハリー・ポッターと、ダンブルドアがくださった精一杯の武器とを、お手合わせ願おうか。」
ナツキは杖を振り上げた。今しかない。
「エクスペリアームス!」
「よせ。」
武装解除呪文を唱えたのに、なぜかリドルの手に杖は握られたままだ。的を外したのかとナツキは思った。そして再度同じ呪文を唱えた。
「・・・・なんで・・・・!?」
「言ったろう。記憶なんだよ。僕は。あまり呪文は効かないよ。」
そう言ってリドルは杖を振り上げた。
「ナツキ!!逃げろ!」
ハリーの声が聞こえた時には遅かった。体がグイッと引っ張られる感覚がした。気づくとナツキはリドルの左腕の中にいた。
「離して!!」
「おいで。暴れてはいけないよ。」
優しく囁かれたその声が、恐ろしくて恐ろしくてナツキは体が凍ったような感覚を覚えた。グッと顔が彼の体に引き寄せられ、視界を塞がれた。
すると頭の上から、シューシューと彼が言っているのが分かった。蛇語だ。意味はわからないが、バジリスクを呼んでいるのだとすぐに分かった。
何か巨大なものが蠢く音が聞こえた。
「んんー!!」
ハリーの名を叫んだが、口は彼の体に押し付けられていて、その声は言葉にはならなかった。
その後もナツキは身動きが取れずに、何かシューシューとリドルが起こったように蛇語を話すのが聞こえた。
「さて、ナツキと呼ばれていたね。名前はナツキ・ゴドリクソンかな?」
緩められた腕の中で、周りを見渡すと、ハリーの姿はそこにはない。蛇の尾のようなものがちらりと見えた。ハリーが戦っている。
「僕を見ろ!!!」
「っ!!」
「・・・そうだ。それでいい。」
ねっとりとした視線をリドルは腕の中のナツキに向けた。ナツキは離れようとしたが、何か呪文をつかわれているのか、体を離すことができなかった。
「ああ、アルバにそっくりだ・・・・」
「・・・あなたとお祖母さんは、一体どんな関係だったの・・・」
ナツキは恐怖と戦い、疑問に思っていたことを尋ねた。ダンブルドア先生のことは憎々しげに離すのに、同様に彼の本質を見破っていたであろうアルバ・ゴドリクソンについては、どこかうっとりとするような態度を示していたのだ。
「言ったろう。親友だ。同じ年にホグワーツに入学した。寮こそ違ったが、他の脳なしとは違って彼女だけが僕と対等に話ができた。親しくなるのに時間はかからなかった。・・・・・ハグリッドが退学になるあの日までは。」
優しい声色が、突然ドス黒いものに変わった。一瞬の怒りを見せた後、スッとリドルは怒りを収め、また微笑みを浮かべ、ナツキの髪を梳き始めた。
「そのことで彼女を憎んだこともあったが・・・・杞憂だったみたいだ。」
ナツキは全く意味がわからなかった。ただどうやら、リドルが祖母に並々ならぬ執着を見せていることだけは感じた。
「察しがいいと思っていたけど、分からないかな?まあまだ子供なんだね。」
「・・・何?何が言いたいの・・・!?」
ねっとりとした優しい声色にナツキは言葉に表せられない感情を抱いた。怖いとか不気味とか、気持ち悪いとか、そんな言葉では片付けられない気持ちだった。
「祖父の名前は知らないんだろう?」
「え・・・・?」
ナツキは混乱した。ナツキが知らないのは父親の名前だ。父方の、と言う意味なら確かに祖父が誰かはわからないが。
「アルバの相手だ。知りたいと思ったことはないかい?」
ナツキは頭を箒で殴られたようだった。リドルの言いたいことがわかってしまったような気がした。でも、そんなわけはない。
「・・・ック・・・・・ム・・」
「ん?」
「・・・エリック・アッシュコーム・・・」
祖父の名前だった。婿入りしたらしいが、旧姓はアッシュコームだったはずだ。
「・・・いたな。そんな奴も。なぜそいつの名前を出した。・・・・ハッフルパフの、穢れた血だ。出来損ないのスクイブ並に落ちこぼれた奴だった。」
途端、ナツキにはよくわからない力が湧き上がったような気がした。恐怖より、怒りが勝った。ようやくリドルの腕から抜け出したのだ。
「祖父を馬鹿にするな!!!」
無駄なのだとわかっていても杖を向けた。きっと、きっと何か手があるはずだ。あちらが攻撃できるのに、こっちはできないなんて、そんなことあるはずがないんだ。
「アルバがあいつを選ぶわけがない!!!!!」
恐ろしい声で、リドルが大声を上げた。ナツキは自分の足が震えているのがわかった。
「父は!?母は!?どんなやつだ!髪は?目の色は!?」
「・・・父は知らない・・・・母は、金髪に緑の・・」
「アルバと同じだ!お前と同じ色の奴は近親にいるのか!?」
先ほどまであれほど優しい声を発していたのに、激昂するリドルに足だけではなく、身体中がすくんだ。それでも杖はおろさなかった。
「い、いない。でも、知らないだけで・・・・」
「僕を見ろ!!!」
リドルの髪は黒く、ナツキと同じような色だった。瞳の色は違うが、でも同系統の色だ。
「ゴドリクソンにも、クズのエリックにも黒髪の家族はいなかったはずだ!!君のその色は僕のものだ!!」
「違う!!絶対に違う!!私は、ヴォルデモートなんかの血は引き継いでない!!!」
ガタガタと体が震え、杖を落としそうになる。でも、今これを離したら終わりだ。
その時、大きなドサッと言う音が聞こえた。
ナツキとリドルはそちらを見た。バジリスクが倒れていた。ハリーが勝ったのだとすぐにわかった。
「ハリー!!」
ハリーは壁にもたれていた。ナツキがハリーのそばに駆け寄ろうとした時、リドルは杖を振り上げ、ナツキを拘束した。
「っ!」
「・・・待っていろ。そして、現実に向き合うんだ。アルバが僕以外を選ぶはずがないんだ。それくらい僕らは親しかった。」
ナツキは頭が働かなくなっていた。体も動かない。でも動かないとハリーが死んでしまう。バジリスクの毒を受けたようなのだ。
そう思った時だった。フォークスがハリーの元に降り立った。
「ハリー・ポッター、君は死んだ。ダンブルドアの鳥にさえそれがわかるらしい。鳥が何をしているか、見えるかい?泣いているよ。」
恐怖から少し解き放たれ、ナツキは、ハリーの無事を予感した。不死鳥の涙には、癒しの力がある。もしかしたら、バジリスクの毒でさえも浄化できるかもしれない。そしてやはり、ハリーの傷は癒やされたのだ。
「しかし、結果は同じだ。むしろこのほうがいい。一対一だ。ハリー・ポッター。」
リドルが杖を振り上げるとフォークスが頭上に舞い戻って、ハリーの膝に何かをポトリと落とした。日記だ。
ハリーは何かを直感したように、そばに落ちていたバジリスクの牙をつかみ、日記帳にズブリと突き立てた。
「!」
その時、ナツキとハリーの耳に、恐ろしい悲鳴が長々と続いた。リドルのものだった。
「そうか・・・日記の・・・記憶・・・・」
リドルは身を捩り、悶え、悲鳴をあげながらのたうち回って消えた。ハリーの杖が床に落ちてカタカタと音をたてると、ナツキを拘束していた呪文の効力も切れた。
「ハリー!!!」
力が抜けた足を必死に動かして、ナツキはハリーに駆け寄り抱きしめた。
「・・・よかった・・・・!!」
「ナツキは?怪我はない?」
「ない・・・ないよ・・・」
隅のほうから微かな呻き声が聞こえてきた。ジニーが動いていた。二人が駆け寄ると、ジニーは身を起こした。とろんとした目で、ジニーはバジリスクの巨大な死骸を見、ナツキを見、ハリーを見、血に染まったハリーのローブに目をやった。そしてハリーの手にある日記を見た。とたんにジニーは身震いして大きく息を呑んだ。それから涙がどっと溢れた。
「ハリー、ナツキ・・・・あぁ、あたし、朝食の時あなた達に打ち明けようとしたの。でも、パーシーの前では、い、言えなかった。」
「もう大丈夫だよ。リドルはおしまいだ。見てごらん!リドル、それにバジリスクもだ。おいで、ジニー。早くここを出よう。」
退学を恐れるジニーをナツキとハリーは両側から支え、出口へ向かって歩き出した。しばらく歩くと、ロンとロックハートがいた。
秘密の部屋を出て、一行はフォークスに導かれ、マクゴナガル先生の部屋のドアを開いた。
ここまでナツキがほとんど喋っていないことを、ハリーとロンは気にする余裕がなかった。