秘密の部屋
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わしが本当にこの学校を離れるのは、わしに忠実な者が、ここに一人もいなくなった時だけじゃ・・・。ホグワーツでは助けを求める者には必ずそれが与えられる。
ナツキは何度もその言葉を反芻した。しかしどうすればよいのかさっぱり見当がつかなかった。
その後の「薬草学」のクラスは沈んだ雰囲気だった。仲間が二人も欠けている。ジャスティンとハーマイオニーだ。ナツキはハーマイオニーとあーだこーだ討論しながら授業を受けるのが好きだったことに、初めて気がついて、泣きそうになった。
作業がひと段落した時、ハリーとアーニーが握手をしているのが目に入った。よかった、仲直りしたのだとナツキが安心する傍らで、何か動いているのが目に入った。
「あ、」
蜘蛛だ。
ハリーとロンも気がついたようだった。しかし、授業を突然抜け出すわけにはいかない。
その後の闇の魔術に対する防衛術の授業は最悪だった。ロックハートがハグリッドが逮捕されたことで能天気にもウキウキと授業をしたのだ。
ハリーは夕食後すぐに「透明マント」をトランクから取り出してきて、談話室に誰もいなくなるまでマントの上に座って時を待った。ナツキもその脇で同じように皆が寝静まるのを待った。フレッド、ジョージ、ジニーがやっと寝室に戻った時には、とうに十二時を過ぎていた。
ナツキ、ハリーとロンは男子寮、女子寮に通じるドアが、二つとも遠くのほうで閉まる音を確かめ、それから「マント」を取り出して羽織り、肖像画の裏の穴を這い登った。やっと玄関ホールにたどり着き、樫の扉の閂を外し、蝶番が軋んだ音をたてないよう、そーっと扉を細く開けて、その隙間を通り、三人は月明りに照らされた校庭に踏み出した。ロンはものすごく行きたくなさそうだった。
ハグリッドの小屋にたどり着いた。真っ暗な窓がいかにももの悲しく、寂しかった。ハリーが入口の戸を開けると、三人の姿を見つけたファングが狂ったように喜んだ。
「ファングを連れて行くの?危ないかもしれないよ。」
「うん。でもファングがいた方が安全かもしれない。ファング、おいで。散歩に行くよ。」
ファングは喜んで跳びはねながら森の入口までダッシュし、楓の大木の下で脚を上げ、用をたした。
ハリーとナツキがそれぞれ杖を取り出し「ルーモス!」と唱えると、杖の先に小さな灯りが点った。そして蜘蛛を見つけたのだ。
ナツキは森に入るのは初めてだった。初めての森で、深夜で、しかも、道を外れて蜘蛛を追いかけるなんて。そう思うと、ブルっと寒気がした。しかし、もう逃げるタイミングは失った。
クモの素早い影を追いかけて、森の茂みの中に入り込んだ。行く手を遮る木の根や切り株も、ほとんど見えない真っ暗闇だ。三人は何度か立ち止まって、杖灯りに照らされたクモの群れを確認しなければならなかった。
しばらくすると、相変わらずうっそうとした茂みだったが、地面が下り坂になっているのに気づいた。ふいに、ファングが大きく吠える声がこだまし、ナツキもハリーもロンも飛び上がった。
「なんだ?」
ロンは大声をあげ、真っ暗闇を見回し、ナツキの肘をしっかりつかんだ。
「向こうで何かが動いている。」
「大きいよ。ロン、静かに・・・・」
ハリーもナツキも息をひそめた。少し離れたところで、何か大きなものが、木立の間を枝をバキバキ折りながら道をつけて進んでくる。
「もうだめだ。」
ロンが思わず声を漏らした。ナツキも流石に恐怖に凍りついて立ちすくんだ。ゴロゴロというという奇妙な音がしたかと思うと、急に静かになった。ナツキは杖を構えた。
突然右のほうにカッと閃光が走った。暗闇の中での眩しい光に、二人は反射的に手をかざして目を覆った。ファングはキャンと鳴いて逃げようとしたが、荊に絡まってますますキャンキャン鳴いた。
「ハリー!」僕たちの車だ!」
「「えっ?」」
ハリーとナツキはまごまごとロンのあとについて、滑ったり、転んだりしながら光のほうに向かった。まもなく開けた場所に出た。ウィーズリーおじさんの車がヘッドライトをギラつかせている
「こいつ、ずっとここにいたんだ!ご覧よ。森の中で野生化しちゃってる・・・」
ロンが嬉しそうに言った。車の泥よけは傷だらけで泥んこだった。勝手に森の中をゴロゴロ動き回っていたようだ。ファングは車がお気に召さないようだ。すねっ子のようにハリーにぴったりくっついている。
ナツキは喜ぶロンを尻目に蜘蛛を再び探し始めた。しかし車の近くで蜘蛛を見つけることはできなかった。
「蜘蛛、いないね。」
「見失っちゃった。」
ハリーが言った。ロンは何も言わなかった。身動きもしなかった。ハリーのすぐ後ろ、地面から二、三メートル上の一点に、目が釘づけになっている。顔が恐怖で土気色だ。ナツキも同じところに目を向けた。
ハリーとロンが何かに持ち上げられた。まさか、とナツキは思うと同時に、ハグリッドをかなり恨んだ。
蜘蛛の怪物だ。
そう気づいた時には、ナツキも二人と同じように持ち上げられ、森の奥へと連れて行かれた。
ファングがクィンクィン、ワォンワォン鳴き喚いているのが聞こえた。どのぐらいの間、怪物に挟まれていたのだろうか、真っ暗闇が突然薄明るくなり、地面を覆う木の葉の上に、クモがうじゃうじゃいるのが見えた。
小さな蜘蛛や中くらいの蜘蛛ではなた、恐ろしく大きな蜘蛛も何匹もいた。つらられた先には、窪地のど真ん中にある靄のようなドーム型の蜘蛛の巣があった。
ナツキ、ハリー、ロンはどさっと地面に落とされた。ハリーやロンとは違って、ナツキは杖をしっかり握っていた。
ファングはもう鳴くことさえできず、黙ってその場にすくみ上がっていた。
「アラゴグ!」「アラゴグ!」
蜘蛛たちが狂ったようにそう叫んだ。すると、小型の象ほどもある蜘蛛がゆらりと現れた。これがアラゴグなのだとナツキはわかった。胴体と脚を覆う黒い毛に白いものが混じり、鋏のついた醜い頭に、八つの白濁した目があった。盲目なのだろう。
「何の用だ?」
鋏を激しく鳴らしながら、盲目の蜘蛛が言った。「人間です」ハリーを捕まえた巨大蜘蛛が答えた。
「ハグリッドか?」
「知らない人間です。」
ロンを運んだ蜘蛛が、カシャカシャ言った。「殺せ」アラゴグはイライラと鋏を鳴らした。
絶望の中に一つだけ希望があった。間違いない。彼らはハグリッドの友達なのだ。
「待って。私たち、ハグリッドの友達なの。」
ナツキは勇気を振り絞って、アラゴグを真っ直ぐ見て叫んだ。
「ハグリッドは一度もこの窪地に人を寄こしたことはない。」
ゆっくりとアラゴグが言った。それに答えたのはハリーだった。
「ハグリッドが大変なんです。それで、僕たちが来たんです。」
「大変?しかし、なぜおまえらを寄こした?」
「学校のみんなは、ハグリッドがけしかけて・・・か、か」
ハリーがどもった。ナツキは代わりに言葉を紡いだ。
「ハグリッドが秘密の部屋を開けて、怪物に学生を襲わせたと思われているの。それで・・・アズカバンに送られてしまった・・・・・!!」
ナツキは恐怖よりも、ハグリッドが行ってしまった悲しみを思い出した。それを聞いてアラゴグをはじめとする蜘蛛たちは怒り狂って鋏を鳴らした。
「しかし、それは昔の話だ。何年も何年も前のことだ。よく覚えている。それでハグリッドは退学させられた。みんながわしのことを、いわゆる『秘密の部屋』に住む怪物だと信じ込んだ。ハグリッドが『部屋』を開けて、わしを自由にしたのだと考えた。」
「それじゃ、あなたは、あなたが『秘密の部屋』から出てきたのではないのですか?」
「わしはこの城で生まれたのではない。遠いところからやってきた。まだ卵だった時に、旅人がわしをハグリッドに与えた。ハグリッドはまだ少年だったが、わしの面倒を見てくれた。城の物置に隠し、食事の残り物を集めて食べさせてくれた。ハグリッドはわしの親友だ。いいやつだ。わしが見つかってしまい、女の子を殺した罪を着せられた時、ハグリッドはわしを護ってくれた。その時以来、わしはこの森に住み続けた。ハグリッドはいまでも時々訪ねてきてくれる。妻も探してきてくれた。モサグを。見ろ。わしらの家族はこんなに大きくなった。みんなハグリッドのおかげだ・・・・・・」
ハリーの問いに答えたアラゴグの言葉を聞いて、ナツキは歓喜した。
「・・・じゃあ、ハグリッドは・・・・ハグリッドは・・・冤罪なんだ・・・・!!」
「それじゃ、一度も、誰も襲ったことはないのですか?」
ハリーの質問にアラゴグは否定を返した。
「襲うのはわしの本能だ。しかし、ハグリッドの名誉のために、わしはけっして人間を傷つけはしなかった。殺された女の子の死体は、トイレで発見された。わしは自分の育った物置の中以外、城のほかの場所はどこも見たことがない。わしらの仲間は、暗くて静かなところを好む・・・・・」
ここで当然の疑問が生まれる。女の子を殺したのは誰なのかとハリーが聞いても、蜘蛛たちは明確な答えを返さなかった。
「わしらはその名前さえ口にしない!ハグリッドに何度も聞かれたが、わしはその恐ろしい生き物の名前を、けっしてハグリッドに教えはしなかっなかった。」
ハリーもナツキもそれ以上追及しなかった。巨大蜘蛛が、四方八方から詰め寄ってきている。いまはだめだ。アラゴグは話すのに疲れた様子だった。ゆっくりとまた蜘蛛の巣のドームへと戻っていった。しかし仲間の蜘蛛は、じりっじりっと少しずつ三人に詰め寄ってくる。
「それじゃ、僕たちは帰ります。」
木の葉をガサゴソいわせる音を背後に聞きながら、ハリーはそう言った。ナツキもその提案には大賛成だった。
「帰る?」
アラゴグがゆっくりと言った。
「わしの命令で、娘や息子たちはハグリッドを傷つけはしない。しかし、わしらのまっただ中に、進んでのこのこ迷い込んできた新鮮な肉を、おあずけにはできまい。さらば、ハグリッドの友人よ。」
「私たちに何かあったら、ハグリッドは怒るよ。断言できる!」
ナツキは即座に杖をアラゴグに向け、そう叫んだ。
「私にハグリッドの友達を攻撃させないで!!!」
ナツキの言葉に襲い掛かろうとしていた蜘蛛たちは一瞬怯んだ。しかしそれも束の間で、結局襲い掛かろうとしてきた。
「ナツキ!逃げるぞ!!」
ハリーがそう叫んだと思ったら、窪地に眩い光が射し込んだ。ウィーズリーおじさんの車が、荒々しく斜面を走り下りてくる。ヘッドライトを輝かせ、クラクションを高々と鳴らし、蜘蛛をなぎ倒した。車はナツキたちの前でキキーッと停まり、ドアがパッと開いた。ナツキは反射的に後ろの座席に飛び込んだ。
「ファングを!」
ハリーは、前の座席に飛び込みながら叫んだ。ロンは、ファングの胴のあたりをむんずと抱きかかえ、キャンキャン鳴いているのを、後ろの座席に放り込んだ。ドアがバタンと閉まり、ロンがアクセルに触りもしないのに、車はロンの助けも借りず、エンジンを唸らせ、またまた蜘蛛を引き倒しながら発進した。車は坂を猛スピードで駆け上がり、窪地を抜け出し、まもなく森の中へと突っ込んだ。車は勝手に走った。太い木の枝が窓を叩きはしたが、車はどうやら自分の知っている道らしく、巧みに空間の広く空いているところを通った。
ガタガタと騒々しい凸凹の十分間が過ぎたころ、木立がややまばらになり、茂みの間から、再び空を垣間見ることができた。車が急停車し、ハリーとロンはフロントガラスにぶつかりそうになった。ナツキは後部座席にいたため無事だった。森の入口にたどり着いたのだ。
ファングは一目散にハグリッドの小屋をめざして、木立の中をダッシュしていった。三人も車を降りた。そしてハグリッドの小屋へ向かった。深夜だと言うのに眠気は吹っ飛んでいた。
ファングは寝床のバスケットで毛布をかぶって震えていた。小屋の外に出ると、ロンがかぼちゃ畑でゲーゲー吐いていた。
「クモの跡をつけろだって。ハグリッドを許さないぞ。僕たち、生きてるのが不思議だよ。」
「きっと、アラゴグなら自分の友達を傷つけないと思ったんだよ。」
「・・・・そうだね。一瞬だけためらってくれたけど、本当に一瞬だったね・・・・・・。」
「僕たちをあんなところに追いやって、いったい何の意味があった?何がわかった? 教えてもらいたいよ。」
「ハグリッドが『秘密の部屋』を開けたんじゃないってことだ。」
ハリーはマントをロンにかけてやった。ナツキとハリーとでロンを支えながら、ホグワーツ城へ向かった。
「・・・よかった。本当に。ハグリッドのは濡れ衣だったんだ・・・・。でも、じゃあ、結局振り出しだ・・・・・。蜘蛛たちは何を怖がっていたんだろう。」
ナツキの問いに二人が答える間も無く、玄関ホールへたどり着いた。もう喋ってはいけない。玄関ホールをこっそりと横切り、大理石の階段を上り、見張り番が目を光らせている廊下を、息を殺して通り過ぎた。ようやく安全地帯のグリフィンドールの談話室にたどり着いた。
三人はマントを脱ぎ、それぞれ寝室に向かった。
ハーマイオニーのいない女子の部屋で、ナツキはアラゴグの言葉を一言一言思い出そうとしていた。
ふと「トイレで見つかった女の子」を思い出した。
「・・・・まさか・・・・・・」
ナツキの頭に浮かんだのは嘆きのマートルだった。
ナツキは何度もその言葉を反芻した。しかしどうすればよいのかさっぱり見当がつかなかった。
その後の「薬草学」のクラスは沈んだ雰囲気だった。仲間が二人も欠けている。ジャスティンとハーマイオニーだ。ナツキはハーマイオニーとあーだこーだ討論しながら授業を受けるのが好きだったことに、初めて気がついて、泣きそうになった。
作業がひと段落した時、ハリーとアーニーが握手をしているのが目に入った。よかった、仲直りしたのだとナツキが安心する傍らで、何か動いているのが目に入った。
「あ、」
蜘蛛だ。
ハリーとロンも気がついたようだった。しかし、授業を突然抜け出すわけにはいかない。
その後の闇の魔術に対する防衛術の授業は最悪だった。ロックハートがハグリッドが逮捕されたことで能天気にもウキウキと授業をしたのだ。
ハリーは夕食後すぐに「透明マント」をトランクから取り出してきて、談話室に誰もいなくなるまでマントの上に座って時を待った。ナツキもその脇で同じように皆が寝静まるのを待った。フレッド、ジョージ、ジニーがやっと寝室に戻った時には、とうに十二時を過ぎていた。
ナツキ、ハリーとロンは男子寮、女子寮に通じるドアが、二つとも遠くのほうで閉まる音を確かめ、それから「マント」を取り出して羽織り、肖像画の裏の穴を這い登った。やっと玄関ホールにたどり着き、樫の扉の閂を外し、蝶番が軋んだ音をたてないよう、そーっと扉を細く開けて、その隙間を通り、三人は月明りに照らされた校庭に踏み出した。ロンはものすごく行きたくなさそうだった。
ハグリッドの小屋にたどり着いた。真っ暗な窓がいかにももの悲しく、寂しかった。ハリーが入口の戸を開けると、三人の姿を見つけたファングが狂ったように喜んだ。
「ファングを連れて行くの?危ないかもしれないよ。」
「うん。でもファングがいた方が安全かもしれない。ファング、おいで。散歩に行くよ。」
ファングは喜んで跳びはねながら森の入口までダッシュし、楓の大木の下で脚を上げ、用をたした。
ハリーとナツキがそれぞれ杖を取り出し「ルーモス!」と唱えると、杖の先に小さな灯りが点った。そして蜘蛛を見つけたのだ。
ナツキは森に入るのは初めてだった。初めての森で、深夜で、しかも、道を外れて蜘蛛を追いかけるなんて。そう思うと、ブルっと寒気がした。しかし、もう逃げるタイミングは失った。
クモの素早い影を追いかけて、森の茂みの中に入り込んだ。行く手を遮る木の根や切り株も、ほとんど見えない真っ暗闇だ。三人は何度か立ち止まって、杖灯りに照らされたクモの群れを確認しなければならなかった。
しばらくすると、相変わらずうっそうとした茂みだったが、地面が下り坂になっているのに気づいた。ふいに、ファングが大きく吠える声がこだまし、ナツキもハリーもロンも飛び上がった。
「なんだ?」
ロンは大声をあげ、真っ暗闇を見回し、ナツキの肘をしっかりつかんだ。
「向こうで何かが動いている。」
「大きいよ。ロン、静かに・・・・」
ハリーもナツキも息をひそめた。少し離れたところで、何か大きなものが、木立の間を枝をバキバキ折りながら道をつけて進んでくる。
「もうだめだ。」
ロンが思わず声を漏らした。ナツキも流石に恐怖に凍りついて立ちすくんだ。ゴロゴロというという奇妙な音がしたかと思うと、急に静かになった。ナツキは杖を構えた。
突然右のほうにカッと閃光が走った。暗闇の中での眩しい光に、二人は反射的に手をかざして目を覆った。ファングはキャンと鳴いて逃げようとしたが、荊に絡まってますますキャンキャン鳴いた。
「ハリー!」僕たちの車だ!」
「「えっ?」」
ハリーとナツキはまごまごとロンのあとについて、滑ったり、転んだりしながら光のほうに向かった。まもなく開けた場所に出た。ウィーズリーおじさんの車がヘッドライトをギラつかせている
「こいつ、ずっとここにいたんだ!ご覧よ。森の中で野生化しちゃってる・・・」
ロンが嬉しそうに言った。車の泥よけは傷だらけで泥んこだった。勝手に森の中をゴロゴロ動き回っていたようだ。ファングは車がお気に召さないようだ。すねっ子のようにハリーにぴったりくっついている。
ナツキは喜ぶロンを尻目に蜘蛛を再び探し始めた。しかし車の近くで蜘蛛を見つけることはできなかった。
「蜘蛛、いないね。」
「見失っちゃった。」
ハリーが言った。ロンは何も言わなかった。身動きもしなかった。ハリーのすぐ後ろ、地面から二、三メートル上の一点に、目が釘づけになっている。顔が恐怖で土気色だ。ナツキも同じところに目を向けた。
ハリーとロンが何かに持ち上げられた。まさか、とナツキは思うと同時に、ハグリッドをかなり恨んだ。
蜘蛛の怪物だ。
そう気づいた時には、ナツキも二人と同じように持ち上げられ、森の奥へと連れて行かれた。
ファングがクィンクィン、ワォンワォン鳴き喚いているのが聞こえた。どのぐらいの間、怪物に挟まれていたのだろうか、真っ暗闇が突然薄明るくなり、地面を覆う木の葉の上に、クモがうじゃうじゃいるのが見えた。
小さな蜘蛛や中くらいの蜘蛛ではなた、恐ろしく大きな蜘蛛も何匹もいた。つらられた先には、窪地のど真ん中にある靄のようなドーム型の蜘蛛の巣があった。
ナツキ、ハリー、ロンはどさっと地面に落とされた。ハリーやロンとは違って、ナツキは杖をしっかり握っていた。
ファングはもう鳴くことさえできず、黙ってその場にすくみ上がっていた。
「アラゴグ!」「アラゴグ!」
蜘蛛たちが狂ったようにそう叫んだ。すると、小型の象ほどもある蜘蛛がゆらりと現れた。これがアラゴグなのだとナツキはわかった。胴体と脚を覆う黒い毛に白いものが混じり、鋏のついた醜い頭に、八つの白濁した目があった。盲目なのだろう。
「何の用だ?」
鋏を激しく鳴らしながら、盲目の蜘蛛が言った。「人間です」ハリーを捕まえた巨大蜘蛛が答えた。
「ハグリッドか?」
「知らない人間です。」
ロンを運んだ蜘蛛が、カシャカシャ言った。「殺せ」アラゴグはイライラと鋏を鳴らした。
絶望の中に一つだけ希望があった。間違いない。彼らはハグリッドの友達なのだ。
「待って。私たち、ハグリッドの友達なの。」
ナツキは勇気を振り絞って、アラゴグを真っ直ぐ見て叫んだ。
「ハグリッドは一度もこの窪地に人を寄こしたことはない。」
ゆっくりとアラゴグが言った。それに答えたのはハリーだった。
「ハグリッドが大変なんです。それで、僕たちが来たんです。」
「大変?しかし、なぜおまえらを寄こした?」
「学校のみんなは、ハグリッドがけしかけて・・・か、か」
ハリーがどもった。ナツキは代わりに言葉を紡いだ。
「ハグリッドが秘密の部屋を開けて、怪物に学生を襲わせたと思われているの。それで・・・アズカバンに送られてしまった・・・・・!!」
ナツキは恐怖よりも、ハグリッドが行ってしまった悲しみを思い出した。それを聞いてアラゴグをはじめとする蜘蛛たちは怒り狂って鋏を鳴らした。
「しかし、それは昔の話だ。何年も何年も前のことだ。よく覚えている。それでハグリッドは退学させられた。みんながわしのことを、いわゆる『秘密の部屋』に住む怪物だと信じ込んだ。ハグリッドが『部屋』を開けて、わしを自由にしたのだと考えた。」
「それじゃ、あなたは、あなたが『秘密の部屋』から出てきたのではないのですか?」
「わしはこの城で生まれたのではない。遠いところからやってきた。まだ卵だった時に、旅人がわしをハグリッドに与えた。ハグリッドはまだ少年だったが、わしの面倒を見てくれた。城の物置に隠し、食事の残り物を集めて食べさせてくれた。ハグリッドはわしの親友だ。いいやつだ。わしが見つかってしまい、女の子を殺した罪を着せられた時、ハグリッドはわしを護ってくれた。その時以来、わしはこの森に住み続けた。ハグリッドはいまでも時々訪ねてきてくれる。妻も探してきてくれた。モサグを。見ろ。わしらの家族はこんなに大きくなった。みんなハグリッドのおかげだ・・・・・・」
ハリーの問いに答えたアラゴグの言葉を聞いて、ナツキは歓喜した。
「・・・じゃあ、ハグリッドは・・・・ハグリッドは・・・冤罪なんだ・・・・!!」
「それじゃ、一度も、誰も襲ったことはないのですか?」
ハリーの質問にアラゴグは否定を返した。
「襲うのはわしの本能だ。しかし、ハグリッドの名誉のために、わしはけっして人間を傷つけはしなかった。殺された女の子の死体は、トイレで発見された。わしは自分の育った物置の中以外、城のほかの場所はどこも見たことがない。わしらの仲間は、暗くて静かなところを好む・・・・・」
ここで当然の疑問が生まれる。女の子を殺したのは誰なのかとハリーが聞いても、蜘蛛たちは明確な答えを返さなかった。
「わしらはその名前さえ口にしない!ハグリッドに何度も聞かれたが、わしはその恐ろしい生き物の名前を、けっしてハグリッドに教えはしなかっなかった。」
ハリーもナツキもそれ以上追及しなかった。巨大蜘蛛が、四方八方から詰め寄ってきている。いまはだめだ。アラゴグは話すのに疲れた様子だった。ゆっくりとまた蜘蛛の巣のドームへと戻っていった。しかし仲間の蜘蛛は、じりっじりっと少しずつ三人に詰め寄ってくる。
「それじゃ、僕たちは帰ります。」
木の葉をガサゴソいわせる音を背後に聞きながら、ハリーはそう言った。ナツキもその提案には大賛成だった。
「帰る?」
アラゴグがゆっくりと言った。
「わしの命令で、娘や息子たちはハグリッドを傷つけはしない。しかし、わしらのまっただ中に、進んでのこのこ迷い込んできた新鮮な肉を、おあずけにはできまい。さらば、ハグリッドの友人よ。」
「私たちに何かあったら、ハグリッドは怒るよ。断言できる!」
ナツキは即座に杖をアラゴグに向け、そう叫んだ。
「私にハグリッドの友達を攻撃させないで!!!」
ナツキの言葉に襲い掛かろうとしていた蜘蛛たちは一瞬怯んだ。しかしそれも束の間で、結局襲い掛かろうとしてきた。
「ナツキ!逃げるぞ!!」
ハリーがそう叫んだと思ったら、窪地に眩い光が射し込んだ。ウィーズリーおじさんの車が、荒々しく斜面を走り下りてくる。ヘッドライトを輝かせ、クラクションを高々と鳴らし、蜘蛛をなぎ倒した。車はナツキたちの前でキキーッと停まり、ドアがパッと開いた。ナツキは反射的に後ろの座席に飛び込んだ。
「ファングを!」
ハリーは、前の座席に飛び込みながら叫んだ。ロンは、ファングの胴のあたりをむんずと抱きかかえ、キャンキャン鳴いているのを、後ろの座席に放り込んだ。ドアがバタンと閉まり、ロンがアクセルに触りもしないのに、車はロンの助けも借りず、エンジンを唸らせ、またまた蜘蛛を引き倒しながら発進した。車は坂を猛スピードで駆け上がり、窪地を抜け出し、まもなく森の中へと突っ込んだ。車は勝手に走った。太い木の枝が窓を叩きはしたが、車はどうやら自分の知っている道らしく、巧みに空間の広く空いているところを通った。
ガタガタと騒々しい凸凹の十分間が過ぎたころ、木立がややまばらになり、茂みの間から、再び空を垣間見ることができた。車が急停車し、ハリーとロンはフロントガラスにぶつかりそうになった。ナツキは後部座席にいたため無事だった。森の入口にたどり着いたのだ。
ファングは一目散にハグリッドの小屋をめざして、木立の中をダッシュしていった。三人も車を降りた。そしてハグリッドの小屋へ向かった。深夜だと言うのに眠気は吹っ飛んでいた。
ファングは寝床のバスケットで毛布をかぶって震えていた。小屋の外に出ると、ロンがかぼちゃ畑でゲーゲー吐いていた。
「クモの跡をつけろだって。ハグリッドを許さないぞ。僕たち、生きてるのが不思議だよ。」
「きっと、アラゴグなら自分の友達を傷つけないと思ったんだよ。」
「・・・・そうだね。一瞬だけためらってくれたけど、本当に一瞬だったね・・・・・・。」
「僕たちをあんなところに追いやって、いったい何の意味があった?何がわかった? 教えてもらいたいよ。」
「ハグリッドが『秘密の部屋』を開けたんじゃないってことだ。」
ハリーはマントをロンにかけてやった。ナツキとハリーとでロンを支えながら、ホグワーツ城へ向かった。
「・・・よかった。本当に。ハグリッドのは濡れ衣だったんだ・・・・。でも、じゃあ、結局振り出しだ・・・・・。蜘蛛たちは何を怖がっていたんだろう。」
ナツキの問いに二人が答える間も無く、玄関ホールへたどり着いた。もう喋ってはいけない。玄関ホールをこっそりと横切り、大理石の階段を上り、見張り番が目を光らせている廊下を、息を殺して通り過ぎた。ようやく安全地帯のグリフィンドールの談話室にたどり着いた。
三人はマントを脱ぎ、それぞれ寝室に向かった。
ハーマイオニーのいない女子の部屋で、ナツキはアラゴグの言葉を一言一言思い出そうとしていた。
ふと「トイレで見つかった女の子」を思い出した。
「・・・・まさか・・・・・・」
ナツキの頭に浮かんだのは嘆きのマートルだった。