おまけ
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――私はサタン、西洋地獄の王だ。
――今日は日本の地獄へやって来た。
今時見ない、ステロタイプな悪魔の様相である。
ユダヤ教・キリスト教及びイスラム教における最大級の悪魔……それがサタンであった。
――いずれは東洋も、このサタンの傘下 に収めてやろう。
そして今日、魔界の王の名を持つ悪魔はここ、日本の地獄界を訪れ、同じ地獄の王である閻魔と対面する。
「よろしくどうぞ」
「これはご丁寧に」
手土産を差し出すと、閻魔は朗らかに笑って受け取った。
――何、アジアの小国など平和ボケしているに決まっている。
魔界の支配者であり全悪魔の王は東方の地を制覇するため、はるばる島国の日本までやって来たのだ。
――コイツが閻魔だ。
「遠いところをようこそ」
ニコニコと笑いながら接する閻魔の人柄をお人好しと判断し、内心で嘲弄する。
――ホラ見ろ、いかにも人がよさそうだ。
「いえいえ、こちらこそ急にお邪魔しまして……」
自分の勘が見事に当たって、サタンはほくそ笑んだ。
だが、閻魔に向ける表情はあくまで和やかなままだ。
――こりゃ、肩すかしなくらいだな。
「いや、ゆっくり話したいところですが、私も忙しい身でしてな。案内は部下にさせましょう」
――ふん、目的は偵察だ。
――案内は誰だろうと構わん。
「是非ご自由に見て回ってください」
――そうするつもりだ。
「私の補佐官の鬼灯です。優秀な部下です、ご安心ください」
閻魔の紹介を受けて、傍に控えていた補佐官の鬼はぺこりと頭を下げる。
――ほう。
「鬼灯君、くれぐれもそそうのないようにな」
「はい」
すると、今まで控えめに沈黙を保っていた鬼灯は初めて口を開き、頷いてみせた。
――うむ……治国 に有能な片腕はつきものだからな、ついでにコイツもよく観察しておこう。
「よろしくお願いいたします」
軽く眉間に皺を寄せた容貌で見上げ、鬼灯は歩き出す。
勿論、サタンも後に続いていく。
鬼灯がサタンを案内するために出てしばらく経った頃、一人の少女が閻魔殿にやって来た。
「鬼灯さん、準備終わりました!」
大人びた雰囲気を醸し出す落ち着いた顔立ちには赤みのかかった黒い瞳。
膝丈の浴衣を着て、腰帯でキュッと締めている。
下は裾を絞ったズボンの類。
「……あれ?鬼灯さんは?」
「鬼灯君なら、案内に行ったところだよ」
「えぇ!?サタン様が来るまで、十五分前には終わらせるようにって言ってたくせに!」
「大丈夫だって。凜ちゃんのおかげで、こうして迎えることが出来たんだし。それに、歓迎の準備はあらかた済んだんでしょ?」
笑顔と共に告げられて、凜はようやく笑みを浮かべた。
今日はEU地獄の王が訪問すると聞き、鬼灯から手伝いを任されたのだ。
ギリギリまで歓迎の準備に追われ、疲労を浮かべる亡者に閻魔はねぎらいの言葉をかけた。
「とにかくお疲れ様、凜ちゃん……あんまり無理しないでね」
「はい?」
「一生懸命なのはいい事だけど、根を詰めて前みたいに倒れたらわしも心配するから」
「ありがとうございます。でも…あたしにできることと言ったらこれぐらいしかありませんから」
そう。
知識も生活も仕事も、何もかも鬼灯から教えてもらった。
生前に教わった知識は皆無に等しい上に、なんの役にも立たず。
書物で基本的なことは知ったが、大した応用が利かなくて。
それを活かす方法も結局、彼から教わった。
亡者の凜にとって地獄は別世界だ。
この世界について無知であり、誰よりも無力だった。
地獄が大きく二つに分かれていることや、死後の裁判の流れすら知らなかった。
人間や女性であること以上に、自分につきまとうなハンデを厭うこともあった。
それでも天国行きや転生を選ばなかった。
地獄に残って、鬼灯の傍で働きたいと思った。
だからこそ知識は貪欲に吸収したし、力がない代わりに技術面を磨いた。
自分にできる限りの体調管理をして倒れる回数を減らし、苛酷な地獄の環境や仕事に少しずつ慣れていった。
全て鬼灯のお陰である。
彼は出会った時から何かと面倒を見てくれた。
死んだ時に地獄へ案内してくれたのも、教え処に行くよう提案したのも彼だ。
「うぅぅぅ……」
ふと彼女の耳に、すすり泣く声が聞こえてくる。
閻魔が泣いていた。
ボロボロ涙を流して、大泣きしていた。
鼻水まで垂れ流して……。
「――って、なんで閻魔様が泣くんですか!?」
「だって…だって…!」
「鼻水出てますよ。とりあえず、これで鼻をかんでください」
閻魔は凜が差し出したハンカチで、ちーん、と鼻をかんだ。
鬼灯は一言も発さず歩きながら、サタンを案内していた。
(ふん。しかし鬼にしちゃ細っこい奴だな。簡単に潰せそうだ)
サタンは軽い侮蔑の眼差しを鬼灯に向けた。
「サタン様は背が高くていらっしゃいますね」
すると、鬼灯はこちらに顔を向けていきなり話しかけてきた。
「グリーンジ○イアントのようだ」
「えっ……」
「私など小さく見えるでしょう」
魔界を治める地獄王に対して物怖じせず、うやうやしくはあるものの、むしろ堂々と対峙している。
目が合うだけで『魔王様!』と崇められる相手だというのに。
「えっ……うん……そうだね」
サタンは仰天した。
感想は口に出していないのに、なぜわかる!?
(何だコイツ……もしや私の心を見すかして……いや……まさかな)
最初『コイツはもしかして心が読めるのか!?』と戦慄したのだが、そんなこともないようだ。
第一印象として取っつきにくそうに思ったが、だからと言って尻込みするわけにもいかない。
(はっ……でも、漫画やRPGだと、こういう細身の奴が最強だったりする……)
プレイ中のゲームに登場するキャラクターを思い出し、身体つきは細身の鬼灯と照らし合わせこんなことを考える(※最近日本のゲームにハマリ気味のサタン様)。
(冷静、切れ長、丁寧口調。これは強敵の基本だ、油断できないぞ)
初対面を果たした鬼灯の印象は『冷静沈着』『落ち着いた雰囲気』だ。
特に眼光の鋭さは刃物を、その冷たさは氷を連想させる。
「こちらは名物『熱湯の大釜』です」
「おお、あの有名な」
扉は南京錠や鎖その他、種々様々な鍵で厳重に閉じられていた。
明らかに不自然だ。
異常極まりない。
鬼灯は鍵を取り出して全ての封印を解除していき、扉を開ける。
「熱いですからお気をつけください」
「おお……」
途端、濛々と立ち込める湯気。
片目を閉じて何度かまばたきすると湯気の向こうから悲鳴が聞こえ、
「わーー、ぎゃーー、おちたーー」
大釜の中で溺れる閻魔の姿があった。
暴れる彼の腕を掴んで救出しようとする凜と、周りでは獄卒達が慌てふためいている。
「あっ!鬼灯君、ちょうどよかった、助けてくれ!!」
「あたしの力じゃ引き上げるのが無理です!!」
すると、こちらを胡乱げに見つめる鬼灯に気づいた二人は助けを求めた。
「だっ……大丈夫なの、アレ!?」
「ほら……」
大変な状況に遭遇したサタンも顔色を変えてうろたえる。
そんな空間の中で鬼灯はしばらく閻魔を観察した後……口を開いた。
「鬼灯君!」
凜に腕を掴まれ、どうにか沈まずに済んでいる閻魔は、
「熱ッ、熱ッ」
ぐつぐつと煮えたぎった熱湯の中でもがく。
「ご覧ください」
それでも、鬼灯は何事もなかったかのようにしている。
実にいい性格をしている。
目の前で溺れる人がいたら、凜のような善良な人なら手を貸し、普通の人でも大体は声をかけるくらいはするだろう。
しかし鬼灯は完全無視、しかもこれ以上ない閻魔の無様な姿を周囲に晒し続ける。
「ちょっと鬼灯君!」
「聞いてますか!?」
「あれが天下の」
その光景に、凜と閻魔から抗議の声があがる。
「閻魔大王です」
「鬼灯君、冷静に解説してないで助けてくれ!!!」
「あたしの腕がそろそろ限界なんですけど!!!」
真顔でそんなことを言う鬼灯に、二人は大声でつっこんだ。
まさか、彼の口からそのような言葉が出るだなんて予想していなかったのだ。
「お客様の御前ですよ、みっともない。今後のためにも自力ではい上がってください」
「『今後』はないわいッ!いいから助けんか、アホタレ!!!」
「閻魔大王も年貢の納め時か……」
無能な閻魔の補佐に見切りをつけ、鬼灯は就職先を探す。
有能な補佐を失くす危惧を覚えた閻魔はプライドをかなぐり捨てた。
「すみません、お助けください」
今までずっと閻魔の腕を掴んでいた凜の身体は下方に引っ張られ、彼女も熱湯に落ちそうだったが、
「わっ」
不意に軽くなり、驚いて見上げると鬼灯の端正な顔がすぐ近くにあった。
そして、彼女が苦労していた閻魔の身体をいとも簡単に引き上げた。
「閻魔大王の出汁がとれましたね」
「うう……すまん、うっかり滑って……」
あのままだと絶対、溺れたはずだ。
しかも、全身ぐしょ濡れ。
散々なありさまだが、必死に舌を動かす。
――何なんだこいつらは!?
サタンは戦慄した。
追いついた認識が、信じられない光景として絶叫の声をあげる。
――この事態をうっかりで済ます閻魔も閻魔だが……。
(うわぁ、普通に無事だ……)
サタンの動揺などお構いなしに、閻魔は当たり前の日常として受け取っている。
――とんでもない伏兵がいたぞ、私、部下にあんな対応されたら泣く!なんて厳しいんだ!!
それから鬼灯は凜に視線を向けて、思わず眉を寄せた。
「――で、どうして貴方まで濡れているんですか?」
「あー…閻魔様が落ちた拍子に、思い切り熱湯がかかってしまって……」
「だ、大丈夫だよ!どうせ暑いから、服もすぐ乾くし……」
また怒られると思った閻魔は弁解しようとして、絶句した。
薄手の浴衣を着た凜。
彼女の衣服が熱湯のせいで濡れてしまい、身体にぴったりと貼りついていたのだ。
おかげで身体の線がくっきり露になっていた。
しかも、浴衣の柄は白。
濡れて下着が透けて見えるような――。
「なっ…何、じろじろ見てるんですか!」
言われて閻魔とサタン、獄卒達は慌てて顔を背ける。
服が乾くまで目のやりどころに注意しながらであったが、鬼灯は違った。
「お疲れ様です、凜さん」
「……なんで普通に見てるんですか。あたし、じろじろ見るなって言いましたよね」
顔を赤らめて胸の部分を手で押さえると、わざとらしく溜め息をついた。
「見てください、凜さん。この場にいる全員が目を逸らすなり背を向けるなり、貴方の格好を見ていません。私にとって絶好のチャンスなのです」
そんな最低な口上の後、鬼灯はここに魂の宣言をする。
「だから、私は――この光景を目に焼きつけるっ!」
くわ、と。
鬼灯は目を血走らせんばかりに見開き、修羅の表情となって仁王立ちし、眼前に広がるスケスケセクシーな光景を凝視して――。
「変態だぁぁぁぁ!!」
「鬼灯君、大丈夫!?最近、君の言動が怪しくなってきてるよ!」
羞恥心と怒りが限界突破して涙目になる凜と部下の性格が不安に感じる閻魔。
サタンは遠巻きに呆然と眺めるしかなかった。
「……そちらのお方は?」
しばらくして落ち着いてきたので、凜は疑問に思ったことを聞く。
「EU地獄の王・サタン様です」
やはりそうだったか。
典型的な悪魔像すぎる外見だ。
しかし服は着た方がいいと思うのだが。
日本だと露出狂扱いになるぞ。
「はじめまして。凜と申します。以後お見知りおきを」
「ふむ、随分と礼儀正しいな。まさにヤマトナデシコに相応しい」
黒髪ではないけれどその所作は優雅で、大和撫子という言葉を体現しているかのようだ。
そのまま彼女を観察していると、獄卒と二人の子鬼が亡者を拷問していた。
――FFのセーブデータ消されたくらいで、あんな怒るんじゃなかった。
世界的なゲームシリーズの一つであるアクションRPGのセーブデータを誤って消され、
「何してんだっ」
「ほらほらそこ!手を抜かないでしっかりやりなさい」
それを見た鬼灯は眉をつり上げ、厳しく叱咤する。
「ほら、鬼たるもの慈悲なんか持たない!!」
金棒を振り上げ、一片の慈悲もなく殴ることで手本を見せる。
「凜さんも、よく見ておきなさい。亡者に対して哀れみや憐憫の気持ちを抱いてはいけません」
「はっ…はい!」
「こうです、こう!」
ちなみに、鬼灯が金棒で殴るのは罪人ではなく閻魔で――。
「ちょっと、鬼灯君……」
ハイッ、と手を挙げて獄卒と子鬼は、閻魔が殴られているにもかかわらず鬼灯の話を真面目に聞く。
――ここここ怖い!
――今日は日本の地獄へやって来た。
今時見ない、ステロタイプな悪魔の様相である。
ユダヤ教・キリスト教及びイスラム教における最大級の悪魔……それがサタンであった。
――いずれは東洋も、このサタンの
そして今日、魔界の王の名を持つ悪魔はここ、日本の地獄界を訪れ、同じ地獄の王である閻魔と対面する。
「よろしくどうぞ」
「これはご丁寧に」
手土産を差し出すと、閻魔は朗らかに笑って受け取った。
――何、アジアの小国など平和ボケしているに決まっている。
魔界の支配者であり全悪魔の王は東方の地を制覇するため、はるばる島国の日本までやって来たのだ。
――コイツが閻魔だ。
「遠いところをようこそ」
ニコニコと笑いながら接する閻魔の人柄をお人好しと判断し、内心で嘲弄する。
――ホラ見ろ、いかにも人がよさそうだ。
「いえいえ、こちらこそ急にお邪魔しまして……」
自分の勘が見事に当たって、サタンはほくそ笑んだ。
だが、閻魔に向ける表情はあくまで和やかなままだ。
――こりゃ、肩すかしなくらいだな。
「いや、ゆっくり話したいところですが、私も忙しい身でしてな。案内は部下にさせましょう」
――ふん、目的は偵察だ。
――案内は誰だろうと構わん。
「是非ご自由に見て回ってください」
――そうするつもりだ。
「私の補佐官の鬼灯です。優秀な部下です、ご安心ください」
閻魔の紹介を受けて、傍に控えていた補佐官の鬼はぺこりと頭を下げる。
――ほう。
「鬼灯君、くれぐれもそそうのないようにな」
「はい」
すると、今まで控えめに沈黙を保っていた鬼灯は初めて口を開き、頷いてみせた。
――うむ……
「よろしくお願いいたします」
軽く眉間に皺を寄せた容貌で見上げ、鬼灯は歩き出す。
勿論、サタンも後に続いていく。
鬼灯がサタンを案内するために出てしばらく経った頃、一人の少女が閻魔殿にやって来た。
「鬼灯さん、準備終わりました!」
大人びた雰囲気を醸し出す落ち着いた顔立ちには赤みのかかった黒い瞳。
膝丈の浴衣を着て、腰帯でキュッと締めている。
下は裾を絞ったズボンの類。
「……あれ?鬼灯さんは?」
「鬼灯君なら、案内に行ったところだよ」
「えぇ!?サタン様が来るまで、十五分前には終わらせるようにって言ってたくせに!」
「大丈夫だって。凜ちゃんのおかげで、こうして迎えることが出来たんだし。それに、歓迎の準備はあらかた済んだんでしょ?」
笑顔と共に告げられて、凜はようやく笑みを浮かべた。
今日はEU地獄の王が訪問すると聞き、鬼灯から手伝いを任されたのだ。
ギリギリまで歓迎の準備に追われ、疲労を浮かべる亡者に閻魔はねぎらいの言葉をかけた。
「とにかくお疲れ様、凜ちゃん……あんまり無理しないでね」
「はい?」
「一生懸命なのはいい事だけど、根を詰めて前みたいに倒れたらわしも心配するから」
「ありがとうございます。でも…あたしにできることと言ったらこれぐらいしかありませんから」
そう。
知識も生活も仕事も、何もかも鬼灯から教えてもらった。
生前に教わった知識は皆無に等しい上に、なんの役にも立たず。
書物で基本的なことは知ったが、大した応用が利かなくて。
それを活かす方法も結局、彼から教わった。
亡者の凜にとって地獄は別世界だ。
この世界について無知であり、誰よりも無力だった。
地獄が大きく二つに分かれていることや、死後の裁判の流れすら知らなかった。
人間や女性であること以上に、自分につきまとうなハンデを厭うこともあった。
それでも天国行きや転生を選ばなかった。
地獄に残って、鬼灯の傍で働きたいと思った。
だからこそ知識は貪欲に吸収したし、力がない代わりに技術面を磨いた。
自分にできる限りの体調管理をして倒れる回数を減らし、苛酷な地獄の環境や仕事に少しずつ慣れていった。
全て鬼灯のお陰である。
彼は出会った時から何かと面倒を見てくれた。
死んだ時に地獄へ案内してくれたのも、教え処に行くよう提案したのも彼だ。
「うぅぅぅ……」
ふと彼女の耳に、すすり泣く声が聞こえてくる。
閻魔が泣いていた。
ボロボロ涙を流して、大泣きしていた。
鼻水まで垂れ流して……。
「――って、なんで閻魔様が泣くんですか!?」
「だって…だって…!」
「鼻水出てますよ。とりあえず、これで鼻をかんでください」
閻魔は凜が差し出したハンカチで、ちーん、と鼻をかんだ。
鬼灯は一言も発さず歩きながら、サタンを案内していた。
(ふん。しかし鬼にしちゃ細っこい奴だな。簡単に潰せそうだ)
サタンは軽い侮蔑の眼差しを鬼灯に向けた。
「サタン様は背が高くていらっしゃいますね」
すると、鬼灯はこちらに顔を向けていきなり話しかけてきた。
「グリーンジ○イアントのようだ」
「えっ……」
「私など小さく見えるでしょう」
魔界を治める地獄王に対して物怖じせず、うやうやしくはあるものの、むしろ堂々と対峙している。
目が合うだけで『魔王様!』と崇められる相手だというのに。
「えっ……うん……そうだね」
サタンは仰天した。
感想は口に出していないのに、なぜわかる!?
(何だコイツ……もしや私の心を見すかして……いや……まさかな)
最初『コイツはもしかして心が読めるのか!?』と戦慄したのだが、そんなこともないようだ。
第一印象として取っつきにくそうに思ったが、だからと言って尻込みするわけにもいかない。
(はっ……でも、漫画やRPGだと、こういう細身の奴が最強だったりする……)
プレイ中のゲームに登場するキャラクターを思い出し、身体つきは細身の鬼灯と照らし合わせこんなことを考える(※最近日本のゲームにハマリ気味のサタン様)。
(冷静、切れ長、丁寧口調。これは強敵の基本だ、油断できないぞ)
初対面を果たした鬼灯の印象は『冷静沈着』『落ち着いた雰囲気』だ。
特に眼光の鋭さは刃物を、その冷たさは氷を連想させる。
「こちらは名物『熱湯の大釜』です」
「おお、あの有名な」
扉は南京錠や鎖その他、種々様々な鍵で厳重に閉じられていた。
明らかに不自然だ。
異常極まりない。
鬼灯は鍵を取り出して全ての封印を解除していき、扉を開ける。
「熱いですからお気をつけください」
「おお……」
途端、濛々と立ち込める湯気。
片目を閉じて何度かまばたきすると湯気の向こうから悲鳴が聞こえ、
「わーー、ぎゃーー、おちたーー」
大釜の中で溺れる閻魔の姿があった。
暴れる彼の腕を掴んで救出しようとする凜と、周りでは獄卒達が慌てふためいている。
「あっ!鬼灯君、ちょうどよかった、助けてくれ!!」
「あたしの力じゃ引き上げるのが無理です!!」
すると、こちらを胡乱げに見つめる鬼灯に気づいた二人は助けを求めた。
「だっ……大丈夫なの、アレ!?」
「ほら……」
大変な状況に遭遇したサタンも顔色を変えてうろたえる。
そんな空間の中で鬼灯はしばらく閻魔を観察した後……口を開いた。
「鬼灯君!」
凜に腕を掴まれ、どうにか沈まずに済んでいる閻魔は、
「熱ッ、熱ッ」
ぐつぐつと煮えたぎった熱湯の中でもがく。
「ご覧ください」
それでも、鬼灯は何事もなかったかのようにしている。
実にいい性格をしている。
目の前で溺れる人がいたら、凜のような善良な人なら手を貸し、普通の人でも大体は声をかけるくらいはするだろう。
しかし鬼灯は完全無視、しかもこれ以上ない閻魔の無様な姿を周囲に晒し続ける。
「ちょっと鬼灯君!」
「聞いてますか!?」
「あれが天下の」
その光景に、凜と閻魔から抗議の声があがる。
「閻魔大王です」
「鬼灯君、冷静に解説してないで助けてくれ!!!」
「あたしの腕がそろそろ限界なんですけど!!!」
真顔でそんなことを言う鬼灯に、二人は大声でつっこんだ。
まさか、彼の口からそのような言葉が出るだなんて予想していなかったのだ。
「お客様の御前ですよ、みっともない。今後のためにも自力ではい上がってください」
「『今後』はないわいッ!いいから助けんか、アホタレ!!!」
「閻魔大王も年貢の納め時か……」
無能な閻魔の補佐に見切りをつけ、鬼灯は就職先を探す。
有能な補佐を失くす危惧を覚えた閻魔はプライドをかなぐり捨てた。
「すみません、お助けください」
今までずっと閻魔の腕を掴んでいた凜の身体は下方に引っ張られ、彼女も熱湯に落ちそうだったが、
「わっ」
不意に軽くなり、驚いて見上げると鬼灯の端正な顔がすぐ近くにあった。
そして、彼女が苦労していた閻魔の身体をいとも簡単に引き上げた。
「閻魔大王の出汁がとれましたね」
「うう……すまん、うっかり滑って……」
あのままだと絶対、溺れたはずだ。
しかも、全身ぐしょ濡れ。
散々なありさまだが、必死に舌を動かす。
――何なんだこいつらは!?
サタンは戦慄した。
追いついた認識が、信じられない光景として絶叫の声をあげる。
――この事態をうっかりで済ます閻魔も閻魔だが……。
(うわぁ、普通に無事だ……)
サタンの動揺などお構いなしに、閻魔は当たり前の日常として受け取っている。
――とんでもない伏兵がいたぞ、私、部下にあんな対応されたら泣く!なんて厳しいんだ!!
それから鬼灯は凜に視線を向けて、思わず眉を寄せた。
「――で、どうして貴方まで濡れているんですか?」
「あー…閻魔様が落ちた拍子に、思い切り熱湯がかかってしまって……」
「だ、大丈夫だよ!どうせ暑いから、服もすぐ乾くし……」
また怒られると思った閻魔は弁解しようとして、絶句した。
薄手の浴衣を着た凜。
彼女の衣服が熱湯のせいで濡れてしまい、身体にぴったりと貼りついていたのだ。
おかげで身体の線がくっきり露になっていた。
しかも、浴衣の柄は白。
濡れて下着が透けて見えるような――。
「なっ…何、じろじろ見てるんですか!」
言われて閻魔とサタン、獄卒達は慌てて顔を背ける。
服が乾くまで目のやりどころに注意しながらであったが、鬼灯は違った。
「お疲れ様です、凜さん」
「……なんで普通に見てるんですか。あたし、じろじろ見るなって言いましたよね」
顔を赤らめて胸の部分を手で押さえると、わざとらしく溜め息をついた。
「見てください、凜さん。この場にいる全員が目を逸らすなり背を向けるなり、貴方の格好を見ていません。私にとって絶好のチャンスなのです」
そんな最低な口上の後、鬼灯はここに魂の宣言をする。
「だから、私は――この光景を目に焼きつけるっ!」
くわ、と。
鬼灯は目を血走らせんばかりに見開き、修羅の表情となって仁王立ちし、眼前に広がるスケスケセクシーな光景を凝視して――。
「変態だぁぁぁぁ!!」
「鬼灯君、大丈夫!?最近、君の言動が怪しくなってきてるよ!」
羞恥心と怒りが限界突破して涙目になる凜と部下の性格が不安に感じる閻魔。
サタンは遠巻きに呆然と眺めるしかなかった。
「……そちらのお方は?」
しばらくして落ち着いてきたので、凜は疑問に思ったことを聞く。
「EU地獄の王・サタン様です」
やはりそうだったか。
典型的な悪魔像すぎる外見だ。
しかし服は着た方がいいと思うのだが。
日本だと露出狂扱いになるぞ。
「はじめまして。凜と申します。以後お見知りおきを」
「ふむ、随分と礼儀正しいな。まさにヤマトナデシコに相応しい」
黒髪ではないけれどその所作は優雅で、大和撫子という言葉を体現しているかのようだ。
そのまま彼女を観察していると、獄卒と二人の子鬼が亡者を拷問していた。
――FFのセーブデータ消されたくらいで、あんな怒るんじゃなかった。
世界的なゲームシリーズの一つであるアクションRPGのセーブデータを誤って消され、
「何してんだっ」
「ほらほらそこ!手を抜かないでしっかりやりなさい」
それを見た鬼灯は眉をつり上げ、厳しく叱咤する。
「ほら、鬼たるもの慈悲なんか持たない!!」
金棒を振り上げ、一片の慈悲もなく殴ることで手本を見せる。
「凜さんも、よく見ておきなさい。亡者に対して哀れみや憐憫の気持ちを抱いてはいけません」
「はっ…はい!」
「こうです、こう!」
ちなみに、鬼灯が金棒で殴るのは罪人ではなく閻魔で――。
「ちょっと、鬼灯君……」
ハイッ、と手を挙げて獄卒と子鬼は、閻魔が殴られているにもかかわらず鬼灯の話を真面目に聞く。
――ここここ怖い!