第7話
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――タクシ―。
――現代において欠かせない交通手段。
――料金は高いが、便利なシステム。
――だがその一方で密室を利用した犯罪等も増えている――。
地獄での出張の帰り。
バスの時刻表をチェックする鬼灯がいて、さらにその隣には、いつも通りの長く艶やかな茶髪を赤いリボンで結んだ凜が、大きく伸びをしてる。
「はー、疲れた。今回の出張、あたし着いて行かなくても良かったんじゃ?」
「何のための補佐ですか?今回の出張で学んだことを5000字以上のレポートで提出してください」
「またそんなムチャぶり…あ、バス、行っちゃいましたね」
時刻表を覗き込む凜の言葉に、鬼灯は懐中時計の蓋を開け、時間を確認する。
「………………タクシーで行きますかねえ…」
地獄一丁目のバス停があるタクシー乗り場で、牛車の正面に巨大な人面が浮き出た二台の朧車が雑談をしていた。
「最近……」
「ん?」
――地獄のタクシー:妖怪朧車 。
「現世でタクシー強盗ってのが深刻らしいよ」
「えーー、何それ、ヤダーー。超怖えじゃん」
「なんか一対一で個室の状況を狙われるんだって」
「えーー、ヤダヤダー。ゼッテー嫌だよ、そんなの」
密室で相手は一人、しかも後ろ向きで後頭部という急所を丸出しにしている。
じゃあ、やってやろうか、という具合に短絡的に犯罪に走るらしい。
「まーその点、俺ら顔が前に付いてるから安心だけどな」
「ああ…まあな、現世超怖えェなァ」
「あっ…でも、腹の中から突かれたら嫌だなあー」
「あー、それは確かに痛いな」
顔をしかめる朧車の会話に、鬼灯と凜が割り込んだ。
「その車体部分って、やはり『体内』なんですね」
「うわっ!?何ですかコレ!」
「タクシーです」
行きと同じバスで閻魔殿まで帰ろうとしたが、時間的にタクシーに乗ろうということに。
鬼灯に連れられタクシー乗り場に行くと、怖すぎる物体がそこにいた。
「タクシー!?これが!?顔付いてますよ!」
「あっ、お客様……」
「あっ、鬼灯様だ」
「喋った…!」
地獄には驚かされてばかりだ。
シロみたいな動物みたいに可愛ければまだ大丈夫だが、中には完全に妖怪もいる。
「おや、そちらのお客様、朧車は初めて?」
「はい」
初めて目にする朧車を珍しそうに見つつ、すっかり恐縮する。
「そういや、最近、鬼灯様が補佐を雇ったと聞いたな。あんたのことか」
平然と言った朧車だが、その口許は嬉しそうに緩んでいて、おまけに頬が少しばかり赤くて、それを見逃さない鬼灯が睨んでいた。
「アリンコ程しか役に立ちませんがそうです」
「ひどっ!」
――虫じゃねーか!
――せめてもうちょっと良い例えしてよ!
「こんな一介のタクシー利用で言いんですか?もっといいお車(朧)お使いになれば……」
「公費の無駄ですから」
朧車の気遣いの言葉を、公費の無駄だからと却下する。
「公費で団子買っておいてよく言えますね」
凜は金棒にぶら下がった金魚草巾着に入った団子を見て言う。
(タクシーに乗りながら食べれるかな)
「これは公費ではありませんよ。凜さんの給与から引く予定です」
「何それ、初耳…!」
(え?じゃあ結果的にあたしが奢ったことになってんの?鬼灯さんの方が高給のくせに!部下にたかるなんて鬼だ!いや鬼だけど!)
「現世では安全も兼ねての専用車もあるようですが、地獄では己の身は己で守るのが鉄則です」
手にした金棒を強く握りしめる鬼灯に、凜も朧車も顔を青くした。
「…ああ……まぁ襲撃したところで普通に敵わねーしな……」
「でもそっちは見た感じも華奢ですし、女性で危なくないですか?」
「私が守ります。もし手を出されようもんならそいつをなぶり殺しますね」
「喜べばいいのか止めた方がいいのかわかんないんですけど…」
鬼神の過激な発言に朧車も口許が引きつっている。
「じゃあ、腰に提げている木刀は……」
「ああ、コレですか。飾りじゃないですよ。こうして……」
腰に提げた木刀を、荷物を下ろして握る。
(…なるほど。飾りじゃないだけのことはある)
思う鬼灯の眼前、少女が木刀を振る。
闇雲に素振りを行ったりはしない。
一度ずつ、しっかりと振って、己の体捌きを検証する。
(どうも、違うな)
吐息を鋭く流し、意識して全身の体勢を整え、
(こう、だったかな)
散歩と続けている鍛錬の間に、脳裏へと刻まれた動作をなぞり続ける。
木刀が流れるように空を斬った。
その瞬発力と速度は、当人も気づかぬままに、人としての域を抜けつつある。
それどころか凜は、
(いや)
まだ記憶にある理想の姿との祖語に、不満を抱いてすらいた。
舞う風の顕現のように、一つ結びにされた髪がなびき輝いて、思わず感嘆の溜め息を漏らしてしまいそうになる。
しかし鬼灯は、それらの痺れるような感嘆とは別のものを感じている。
彼の胸にむくむくと悪戯心が湧き出た。
「――まぁ、こんな感じで……」
後ろから腕を伸ばし、尻を撫でた。
「ふきゃあっ!?」
彼女にしては珍しい甲高い悲鳴をあげ、凜は飛び上がった。
その美貌が一瞬で赤くなり、反射的に木刀を構え、
「セクハラ上司ーーっ!!」
まっすぐ鬼灯へ一閃する。
木刀と金棒が交錯し、その場を一気に凍りつかせた。
交錯した際に散った火花が地に落ちて、静けさをさらに際立たせる。
――この子、上司を襲った!!
――それも木刀で!!
地獄では、己の身は己で守ることが鉄則となっている。
拷問が日常茶飯事・恐ろしい罪人や悪霊がいるのだから、日頃から格闘に対する感覚を麻痺させておく必要がある。
「注意力が散漫しています、後ろが無防備でしたよ」
「だからって人の尻触っていいと思ってるんですか!?」
「ですが、先程の素振りはお見事でした。凜さんの事を信じてこその行動です」
「嘘!!絶対嘘です!!」
「練習になったのだからいいでしょう」
「よくないっ!!」
「「ま、まぁまぁ…」」
なんとか朧車になだめてもらい、怒りを沈静化させた。
「でもさ、俺らだって乗り物界のアイドルじゃん?」
「「はい?」」
聞き捨てならない発言に、思わず声が揃った。
それに気づかない二台は話を進める。
「うん、うん」
「そういう点では今後強盗とかに注意するに越したことは…」
「「アイドル?」」
乗り物とアイドルの定義をしっかりと見直してほしい。
「え、だって俺ら、よく考えるとネコバスの仲間だし…」
「高級ではないけれど、憧れの乗り物だよ」
「そうだなー」
二台は猫バスの仲間だと言い始め、凜は納得いかないと声を荒げる。
「どんだけよく考えても、ネコバスとは重なりませんよ!」
「サツキが貴方達に乗って迎えに来たら、メイは大号泣でしょうね。別の意味で」
いくらなんでも、ジ◯リと一緒にしちゃいけない。
苦情くるよ。
ここで唐突に、乗り物殿堂ランキング
第一位は筋斗雲(殿堂入り)、第二位のネコバスに続き、第三位はセスナ[飛行機]、フェラーリテスタロッサ[車]、ハーレーダビットソン[バイク]、ラクダ、チャリである。
「構造は確かにそうですが……種類にしてはどちらかというと、一反木綿に近いのでは……」
ネコバスを妖精に例えるなら、朧車と一反木綿は妖怪だ。
妖怪と妖精って一文字違いで大違い。
「えーー、アイツ屋根ねーもん」
(そういう問題?)
「ハイ。で、どこまで参りましょうか?あの山の病院」
「いえ、別に獲れたてのトウモロコシは届けません」
(山の病院って、あのお母さんがいる病院?もしも行ったとしたら何をすればいいんだよ。トウモロコシの代わりに団子しか届けられないよ)
御簾を上げて朧車に乗る鬼灯は、行き先を告げる。
「閻魔殿までお願いします」
「あ。もしかして出張からのお帰りですか。もう一人の方もどうぞ」
「ありがとうございます。おー、畳だ。部屋みたいになってるのか」
凜がもう一台の朧車へ入ろうと御簾を上げた瞬間、鬼灯に抱き寄せられて一緒に乗せられた。
「二人別々だと、凜さんが払い切れません」
「これもあたしが払うの!?」
新事実発覚。
――公費って何のためにあるんだっけ!?
「任せて下さい、最速で飛びますよ!」
意気込んで空中に浮かぶ仲間を、
「いってらっしゃーい」
もう一台の朧車が見送る。
「…あ、中は突かないでください。痛いんで」
「えっ!ここって体内なの!?…って、うわっ、浮いた!」
いきなりの浮遊感に驚いた凜は鬼灯の腕を引っ張って、べったりと身体全体で抱きついてきた。
(浮く感じの乗り物なのコレ!てっきり走るのかと思った!)
出発して遠ざかる仲間を見送りながら、独り言をつぶやく。
「…アイツ、鬼灯様乗せたってしばらく自慢するんだろなァ……それにしても、美人だったな……いい響きだな、美人補佐官……」
麗しい第二補佐官と出会ってぼーっと立ち尽くしているところ、新たな客がやって来た。
「?タクシー利用ですか?どちらまで参りましょうか」
袴姿の男は抑揚なく行き先を告げた。
「……高天原 まで」
大人びた雰囲気を醸し出す落ち着いた顔立ちには赤みのかかった黒い瞳。
抱きついてくる身体は温かで心地よく、襟元から覗くさらしに包まれたほのかなふくらみが腕を挟み込む。
短めのスカートから伸びた白く柔らかい脚が着物越しに当たって少しこそばゆい。
これは彼女の匂いなのだろうか、微かに甘い香りがする。
眉間に深い皺を寄せ、正面を強烈に睨みつけているのは、彼女の身体に負けてだらしない顔を見せぬためだ。
「………ぐぅうむ」
頑張りすぎて、襲いかかってきた悪霊も逃げそうな凶悪な面構えで唸っていることには、おそらく当人は気づいていない。
まさに美女と野獣の組み合わせ。
狭い室内に無理をして入ったため、凜は鬼灯の腰の上にちょこんと跨っている。
「じゃあ、凜様は亡者だったんですね。凄いじゃないですか、異例の抜擢ですよ」
ぎゅっと抱きついている凜は、さっきから妖怪に丁寧な口の利き方をされて、落ち着かなくて仕方なかった。
「そう?まあ、あたしも最初はびっくりしたけどね。それと様づけなんてやめて。普通に凜でもあだ名でも、好きにしていいから」
この提案に、朧車は怪訝そうな顔をした。
「そんな!?……困ります。身分だって違いますし、そんなことしたら……」
こちらの反応を窺う朧車に、鬼灯は言う。
「しかし……タクシーも大変ですよね。変な客もいるでしょう」
朧車に問いかけながら、金魚草巾着を開けた。
「ちょ、あたしが買った団子なのに何、勝手に開けてるんですか!」
鬼灯が蓋を開けた箱から一つ、団子を奪って口に入れると目を見開き、
「――わ、美味しい」
ふにゅうー、と頬に手を当ててうっとりと味わった。
「え?ああまあ……困ったお客様はどこにでもいますよねえ」
「客の良し悪し関しては現世も地獄も変わらないんですね」
団子を頬張りつつ、乗ってきてほしくない客を列挙させる。
「酔っぱらって吐いたりとか……」
「ハハハッそんなのしょっ中ですよ~~。鬼さんは酒好きですしねぇ」
「へえ、そうなんだ」
(じゃあ鬼灯さんもお酒好きなのかな。飲んでるところ見たことないけど。でも強そうだしなー)
「あっそうそう、怖い話があるんですよ~」
「怖い話?」
「地獄にもあるんだ……あたし、そういう幽霊の話、ダメなんだよなぁ。心霊系のテレビなんかつい見ちゃうけど」
「現在進行形で幽霊の貴女に言われても」
説得力がありませんと返されて、そういえばと納得。
(あたし死んでるんだっけ)
だけど死んだっていっても、意識はちゃんとある。
痛覚もあるし、食欲もある。
生きている頃とあまり変わっていない。
飢えと苦痛と蹂躙の世界――地獄を骨の髄まで味わせるためなのだろうか。
――現代において欠かせない交通手段。
――料金は高いが、便利なシステム。
――だがその一方で密室を利用した犯罪等も増えている――。
地獄での出張の帰り。
バスの時刻表をチェックする鬼灯がいて、さらにその隣には、いつも通りの長く艶やかな茶髪を赤いリボンで結んだ凜が、大きく伸びをしてる。
「はー、疲れた。今回の出張、あたし着いて行かなくても良かったんじゃ?」
「何のための補佐ですか?今回の出張で学んだことを5000字以上のレポートで提出してください」
「またそんなムチャぶり…あ、バス、行っちゃいましたね」
時刻表を覗き込む凜の言葉に、鬼灯は懐中時計の蓋を開け、時間を確認する。
「………………タクシーで行きますかねえ…」
地獄一丁目のバス停があるタクシー乗り場で、牛車の正面に巨大な人面が浮き出た二台の朧車が雑談をしていた。
「最近……」
「ん?」
――地獄のタクシー:妖怪
「現世でタクシー強盗ってのが深刻らしいよ」
「えーー、何それ、ヤダーー。超怖えじゃん」
「なんか一対一で個室の状況を狙われるんだって」
「えーー、ヤダヤダー。ゼッテー嫌だよ、そんなの」
密室で相手は一人、しかも後ろ向きで後頭部という急所を丸出しにしている。
じゃあ、やってやろうか、という具合に短絡的に犯罪に走るらしい。
「まーその点、俺ら顔が前に付いてるから安心だけどな」
「ああ…まあな、現世超怖えェなァ」
「あっ…でも、腹の中から突かれたら嫌だなあー」
「あー、それは確かに痛いな」
顔をしかめる朧車の会話に、鬼灯と凜が割り込んだ。
「その車体部分って、やはり『体内』なんですね」
「うわっ!?何ですかコレ!」
「タクシーです」
行きと同じバスで閻魔殿まで帰ろうとしたが、時間的にタクシーに乗ろうということに。
鬼灯に連れられタクシー乗り場に行くと、怖すぎる物体がそこにいた。
「タクシー!?これが!?顔付いてますよ!」
「あっ、お客様……」
「あっ、鬼灯様だ」
「喋った…!」
地獄には驚かされてばかりだ。
シロみたいな動物みたいに可愛ければまだ大丈夫だが、中には完全に妖怪もいる。
「おや、そちらのお客様、朧車は初めて?」
「はい」
初めて目にする朧車を珍しそうに見つつ、すっかり恐縮する。
「そういや、最近、鬼灯様が補佐を雇ったと聞いたな。あんたのことか」
平然と言った朧車だが、その口許は嬉しそうに緩んでいて、おまけに頬が少しばかり赤くて、それを見逃さない鬼灯が睨んでいた。
「アリンコ程しか役に立ちませんがそうです」
「ひどっ!」
――虫じゃねーか!
――せめてもうちょっと良い例えしてよ!
「こんな一介のタクシー利用で言いんですか?もっといいお車(朧)お使いになれば……」
「公費の無駄ですから」
朧車の気遣いの言葉を、公費の無駄だからと却下する。
「公費で団子買っておいてよく言えますね」
凜は金棒にぶら下がった金魚草巾着に入った団子を見て言う。
(タクシーに乗りながら食べれるかな)
「これは公費ではありませんよ。凜さんの給与から引く予定です」
「何それ、初耳…!」
(え?じゃあ結果的にあたしが奢ったことになってんの?鬼灯さんの方が高給のくせに!部下にたかるなんて鬼だ!いや鬼だけど!)
「現世では安全も兼ねての専用車もあるようですが、地獄では己の身は己で守るのが鉄則です」
手にした金棒を強く握りしめる鬼灯に、凜も朧車も顔を青くした。
「…ああ……まぁ襲撃したところで普通に敵わねーしな……」
「でもそっちは見た感じも華奢ですし、女性で危なくないですか?」
「私が守ります。もし手を出されようもんならそいつをなぶり殺しますね」
「喜べばいいのか止めた方がいいのかわかんないんですけど…」
鬼神の過激な発言に朧車も口許が引きつっている。
「じゃあ、腰に提げている木刀は……」
「ああ、コレですか。飾りじゃないですよ。こうして……」
腰に提げた木刀を、荷物を下ろして握る。
(…なるほど。飾りじゃないだけのことはある)
思う鬼灯の眼前、少女が木刀を振る。
闇雲に素振りを行ったりはしない。
一度ずつ、しっかりと振って、己の体捌きを検証する。
(どうも、違うな)
吐息を鋭く流し、意識して全身の体勢を整え、
(こう、だったかな)
散歩と続けている鍛錬の間に、脳裏へと刻まれた動作をなぞり続ける。
木刀が流れるように空を斬った。
その瞬発力と速度は、当人も気づかぬままに、人としての域を抜けつつある。
それどころか凜は、
(いや)
まだ記憶にある理想の姿との祖語に、不満を抱いてすらいた。
舞う風の顕現のように、一つ結びにされた髪がなびき輝いて、思わず感嘆の溜め息を漏らしてしまいそうになる。
しかし鬼灯は、それらの痺れるような感嘆とは別のものを感じている。
彼の胸にむくむくと悪戯心が湧き出た。
「――まぁ、こんな感じで……」
後ろから腕を伸ばし、尻を撫でた。
「ふきゃあっ!?」
彼女にしては珍しい甲高い悲鳴をあげ、凜は飛び上がった。
その美貌が一瞬で赤くなり、反射的に木刀を構え、
「セクハラ上司ーーっ!!」
まっすぐ鬼灯へ一閃する。
木刀と金棒が交錯し、その場を一気に凍りつかせた。
交錯した際に散った火花が地に落ちて、静けさをさらに際立たせる。
――この子、上司を襲った!!
――それも木刀で!!
地獄では、己の身は己で守ることが鉄則となっている。
拷問が日常茶飯事・恐ろしい罪人や悪霊がいるのだから、日頃から格闘に対する感覚を麻痺させておく必要がある。
「注意力が散漫しています、後ろが無防備でしたよ」
「だからって人の尻触っていいと思ってるんですか!?」
「ですが、先程の素振りはお見事でした。凜さんの事を信じてこその行動です」
「嘘!!絶対嘘です!!」
「練習になったのだからいいでしょう」
「よくないっ!!」
「「ま、まぁまぁ…」」
なんとか朧車になだめてもらい、怒りを沈静化させた。
「でもさ、俺らだって乗り物界のアイドルじゃん?」
「「はい?」」
聞き捨てならない発言に、思わず声が揃った。
それに気づかない二台は話を進める。
「うん、うん」
「そういう点では今後強盗とかに注意するに越したことは…」
「「アイドル?」」
乗り物とアイドルの定義をしっかりと見直してほしい。
「え、だって俺ら、よく考えるとネコバスの仲間だし…」
「高級ではないけれど、憧れの乗り物だよ」
「そうだなー」
二台は猫バスの仲間だと言い始め、凜は納得いかないと声を荒げる。
「どんだけよく考えても、ネコバスとは重なりませんよ!」
「サツキが貴方達に乗って迎えに来たら、メイは大号泣でしょうね。別の意味で」
いくらなんでも、ジ◯リと一緒にしちゃいけない。
苦情くるよ。
ここで唐突に、乗り物殿堂ランキング
第一位は筋斗雲(殿堂入り)、第二位のネコバスに続き、第三位はセスナ[飛行機]、フェラーリテスタロッサ[車]、ハーレーダビットソン[バイク]、ラクダ、チャリである。
「構造は確かにそうですが……種類にしてはどちらかというと、一反木綿に近いのでは……」
ネコバスを妖精に例えるなら、朧車と一反木綿は妖怪だ。
妖怪と妖精って一文字違いで大違い。
「えーー、アイツ屋根ねーもん」
(そういう問題?)
「ハイ。で、どこまで参りましょうか?あの山の病院」
「いえ、別に獲れたてのトウモロコシは届けません」
(山の病院って、あのお母さんがいる病院?もしも行ったとしたら何をすればいいんだよ。トウモロコシの代わりに団子しか届けられないよ)
御簾を上げて朧車に乗る鬼灯は、行き先を告げる。
「閻魔殿までお願いします」
「あ。もしかして出張からのお帰りですか。もう一人の方もどうぞ」
「ありがとうございます。おー、畳だ。部屋みたいになってるのか」
凜がもう一台の朧車へ入ろうと御簾を上げた瞬間、鬼灯に抱き寄せられて一緒に乗せられた。
「二人別々だと、凜さんが払い切れません」
「これもあたしが払うの!?」
新事実発覚。
――公費って何のためにあるんだっけ!?
「任せて下さい、最速で飛びますよ!」
意気込んで空中に浮かぶ仲間を、
「いってらっしゃーい」
もう一台の朧車が見送る。
「…あ、中は突かないでください。痛いんで」
「えっ!ここって体内なの!?…って、うわっ、浮いた!」
いきなりの浮遊感に驚いた凜は鬼灯の腕を引っ張って、べったりと身体全体で抱きついてきた。
(浮く感じの乗り物なのコレ!てっきり走るのかと思った!)
出発して遠ざかる仲間を見送りながら、独り言をつぶやく。
「…アイツ、鬼灯様乗せたってしばらく自慢するんだろなァ……それにしても、美人だったな……いい響きだな、美人補佐官……」
麗しい第二補佐官と出会ってぼーっと立ち尽くしているところ、新たな客がやって来た。
「?タクシー利用ですか?どちらまで参りましょうか」
袴姿の男は抑揚なく行き先を告げた。
「……
大人びた雰囲気を醸し出す落ち着いた顔立ちには赤みのかかった黒い瞳。
抱きついてくる身体は温かで心地よく、襟元から覗くさらしに包まれたほのかなふくらみが腕を挟み込む。
短めのスカートから伸びた白く柔らかい脚が着物越しに当たって少しこそばゆい。
これは彼女の匂いなのだろうか、微かに甘い香りがする。
眉間に深い皺を寄せ、正面を強烈に睨みつけているのは、彼女の身体に負けてだらしない顔を見せぬためだ。
「………ぐぅうむ」
頑張りすぎて、襲いかかってきた悪霊も逃げそうな凶悪な面構えで唸っていることには、おそらく当人は気づいていない。
まさに美女と野獣の組み合わせ。
狭い室内に無理をして入ったため、凜は鬼灯の腰の上にちょこんと跨っている。
「じゃあ、凜様は亡者だったんですね。凄いじゃないですか、異例の抜擢ですよ」
ぎゅっと抱きついている凜は、さっきから妖怪に丁寧な口の利き方をされて、落ち着かなくて仕方なかった。
「そう?まあ、あたしも最初はびっくりしたけどね。それと様づけなんてやめて。普通に凜でもあだ名でも、好きにしていいから」
この提案に、朧車は怪訝そうな顔をした。
「そんな!?……困ります。身分だって違いますし、そんなことしたら……」
こちらの反応を窺う朧車に、鬼灯は言う。
「しかし……タクシーも大変ですよね。変な客もいるでしょう」
朧車に問いかけながら、金魚草巾着を開けた。
「ちょ、あたしが買った団子なのに何、勝手に開けてるんですか!」
鬼灯が蓋を開けた箱から一つ、団子を奪って口に入れると目を見開き、
「――わ、美味しい」
ふにゅうー、と頬に手を当ててうっとりと味わった。
「え?ああまあ……困ったお客様はどこにでもいますよねえ」
「客の良し悪し関しては現世も地獄も変わらないんですね」
団子を頬張りつつ、乗ってきてほしくない客を列挙させる。
「酔っぱらって吐いたりとか……」
「ハハハッそんなのしょっ中ですよ~~。鬼さんは酒好きですしねぇ」
「へえ、そうなんだ」
(じゃあ鬼灯さんもお酒好きなのかな。飲んでるところ見たことないけど。でも強そうだしなー)
「あっそうそう、怖い話があるんですよ~」
「怖い話?」
「地獄にもあるんだ……あたし、そういう幽霊の話、ダメなんだよなぁ。心霊系のテレビなんかつい見ちゃうけど」
「現在進行形で幽霊の貴女に言われても」
説得力がありませんと返されて、そういえばと納得。
(あたし死んでるんだっけ)
だけど死んだっていっても、意識はちゃんとある。
痛覚もあるし、食欲もある。
生きている頃とあまり変わっていない。
飢えと苦痛と蹂躙の世界――地獄を骨の髄まで味わせるためなのだろうか。