第3話
夢小説設定
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――『あの世』には『この世』にはいない動植物もある。
鉢植えに生えた金魚――普通なら"金魚が生えている"という表現はおかしいが、まさに生えていた。
もう少し詳しく言うなら、鉢植えから伸びた茎の先端に大きめの金魚がついている変哲な外見の植物を、鬼灯は神妙な表情で見つめる。
「肥料を変えるべきか、エサを変えるべきか、それが問題だ」
それも一匹(?)だけではなく、たくさんの鉢植えの金魚がビチビチ動いて育っているから、何も知らない者から見れたいそう気持ち悪い。
ゆらゆら揺れる金魚草に水をやっていると、偶然通りかかった獄卒が声をかけてきた。
「おー凄い、いっぱい増えましたねぇ。鬼灯様が品種改良した金魚草。今じゃ愛好家も多くて……大きさを競う大会もあるんでしょう?僕のイトコも没頭しすぎて嫁さんに怒られてますよ~~」
「何せ忙しくて、旅行に行く予定も立てられないのです身ですので。つい趣味にのめり込んでしまいますね」
相手の質問に答えながら、本心は一人の少女を思い浮かべる。
(凜さんにコレを渡したら、彼女は気に入りますかね……)
最初、凜と出会う前。
あの世とこの世の境目をさまよっていた少女を発見した時、鬼灯は周りの状況も、置かれた立場も忘れて見惚れた。
――色素の薄い長い髪が、黒寂 びたブレザーが、金棒の余韻になびき、揺れていた。
――すると、少女がこちらを向いた。
――その動きに取り残されるように、黒のスカートが翻る。
――振り向いたその双眸は、地獄にはない夕焼け色を思わせる赤みがかかった、煌めく黒。
――全身が黒に染まりながらも、そこだけ赤みがかかった瞳と白い肌。
天国に空きがなく困っていた彼女を自分の部下――第二補佐官にしてしまった。
だが実際に仕事を与えてみると、頭の回転が速く、人並みあった事務スキルも上がってきている(そのことを本人も自覚)。
あの頃から、奇妙な相性の良さは感じていたのである。
きゅん、と小さな針で胸を突かれたような――痛いというよりも切ない、そしてちょっとだけ甘やかな感覚。
初めて知る、とても不思議な感覚だった。
胸の鼓動が止まらない。
トクトクと高鳴いている。
そして今、彼女のことを考えると、独り占めしたい、抱きしめて自分だけの視界に閉じ込めたい、との思いが込み上げてくる。
彼女はいつ自分と結婚してくれるのだろうか、と憂いの吐息を漏らした。
凜は、明けるまで少し間のある地獄の閻魔殿をふらふらと歩いていた。
ふらふら、と言ってもスカートにブーツの足元はしっかりしている。
ただ「目的地を目指す」という意思がその足取りから感じられなかった。
生者から死者の身になってからは、書類整理と視察に駆り出され、友人などいない地獄で編み出した趣味が、この散策だった。
場所は決まっていない。
気まぐれに、その日の気分で道を選ぶ。
「「凜さん!」」
不意に声をかけられ、凜はくるりと振り返った。
その時ふわりと髪の毛が舞い上がったのが、また見惚れるくらいに美しかった。
「えと、君達…唐瓜君に、茄子君だったよね?」
どこか緊張に強張っている子鬼――唐瓜と茄子が立っていた。
「覚えててくれたんですね!」
「嬉しいです!」
緊張しまくっていることを、気づかれたくない。
恥ずかしい。
「先日のお礼?何かしたっけ?」
「桃農家への人材貸出し、助かりました」
「優しくしてくれたり、悪霊騒動の時に果敢に飛び出したり、凄くカッコよかったです」
「――あぁ!アレね。でも、実際に何かしたのは鬼灯さんで、あたしは何もしてないけど」
凜は言いつつ、情けない台詞だなぁ、とげんなりしてしまうが、事実だから仕様がない。
ところが、
「「そんなことありません!」」
と二人が真っ赤な顔を上げて言った。
叫ぶ、と言えるほどに声量はないが、それでも凜は驚いた。
「「カッコよかったです、とっても!」」
凜はその声に打たれたように呆然となっていた。
こういうシ-ンは、ドラマや漫画の中だけにしかないものと思っていた。
現実は当然、そうではないのだが、享年18年の人生経験しかない彼女にとっては実際に出くわすまでは、とにかく遠い絵空事でしかなかった。
そして、いざそれが目の前に現れると、経験の浅さから、うろたえるしかない。
「……はあ、ええと……ありがとう」
気迫に押されて、凜はひたすら間抜けな答えを返した。
二人の方も実は、本当に言いたいことにまで言葉が届いていないのだが、元来が下っ端としては、ここらが勇気の限界だった。
「じ、じゃあ、俺らはこれで」
「お時間おかけして、すいません」
早口で一気にまくし立て頭を下げ、その場を走り去った。
驚いたような呆気に取られたような顔で走り去る後ろ姿を見つめていたが、表情を引き締める。
――おねショタはとてもいいと思うけど、相手はあたし以外のお姉さんでお願いします。
――詳しく言うと、やっぱり相手のお姉さんは成人女性(女子大生含む)がいい、うん。
そう思い至ってからの彼女の思考は素早かった。
(姉属性でもいいけど、そこはきちんと年上のお姉さんでなければ!包容力だよ、大人の魅力だよ、子供扱いされちゃうんだよ。ひとつ屋根の下、年上のお姉さんと同棲するなんて最高だよ、全く!)
「世間では妹キャラばかり注目されてるけど、これいかに!姉キャラもっと増えろ!」
ふわり、と風が吹き抜ける。
「………………」
周囲に誰もいないことを何度も確認すると、色素の薄いポニーテールを掻き上げ、気恥ずかしさと後悔を隠し通す。
ふと、視界の端に見慣れない物体が映ったのに気づいて、
「ん?」
と近寄った。
そこには、鉢植えから伸びた茎の先端に大きめの金魚がついている変哲な外見の植物が庭にたくさんある。
「………金魚?」
目を擦る。
景色は変わらない。
もう一度擦る。やっぱり変わらない。
さらに擦る。
睫毛抜けた。
「………後で鬼灯さんにでも聞いてみるか」
その変哲な植物に、凜はまた一つ地獄を学んだのだった。
「今日~の夕食はァ~、シーラカンス丼~~」
社員食堂にて、生きた化石とも呼ばれる古代生物が丸々盛りつけられた丼を持って、閻魔はテレビに集中する鬼灯を見つけた。
「あ、これ現世の番組?」
「そうです。CSにすると視られますよ。この番組、司会者の存在感が好きです」
テレビから流れるのは、
「本日はみわくの地、オーストラリア!」
世界中の不思議を探し回る某番組。
広大な大地に荒野を駆ける動物達。
突き抜けるように澄んだ青い空。
今回の特集はオーストラリアらしい。
「………?あ?」
すると、閻魔が記憶を手繰り寄せて思い出す。
「…そういえば、君の仕事部屋に謎の人形があって、何だろうと思ってたけど」
鬼灯の仕事部屋に訪れた際、冒険服を着た人形を見つけ、
「…?何コレ…」
と疑問符を浮かべる。
そして今、謎の人形が視聴者プレゼントだと思い当たり、愕然とした。
「あれ、クリスタルヒトシ君か!!」
「一緒にモンゴル民族衣装が当たりました。どうしようアレ」
「凄いな!地味に!!」
「何の話してるんですか?」
ふっくらと炊けたご飯、味噌に微かに混じる出汁の香り、魚の塩焼きと和風メニューを注文して凜がやって来た。
最初は地獄のご飯に抵抗があったが、ちゃんとしたメニューもあったので安心した。
「わ、閻魔様、何食べてるんですか」
「シーラカンス丼」
「貴重な生きた化石をそんな当たり前のように…!」
現世では考えられないと顔を歪める凜に、閻魔はニコニコと笑って言う。
「美味しいよ」
「おや、凜さん。終わりましたか」
「はい、一緒に食べてもいいですか?」
「是非。ちょうど華がないと思っていたところです」
ポンポンと椅子を叩き、隣に座れと促す。
ではお言葉に甘えて。
「鬼灯君さァ、ほんとワシと凜ちゃんとの態度の違い凄いよね」
「当たり前でしょう。凜さんは隣にいたら安らぎますが、貴方の場合、暑苦しい上うるさい。ていうか大王、今夫婦水入らずの邪魔です」
「ワシの方が先にいたのに!?」
「今さらっと夫婦って言いましたよね」
凜は冷静にツッコミを入れ、閻魔はショックを受ける。
安らぐとか……彼は不意討ちでこんなふうに言うから心臓に悪い。
「ハァー…しかしいいなぁ…海外かあ…ワシ、ここ千年くらい仕事以外で海外なんて行ってないしなぁ」
「私もです。『魔女の谷』とかゆっくり観光したいですね。ポッターさんに会えるかも…」
「えっ!?そんな場所があるんですか!?」
興味深い単語が耳に残ったらしく、目を輝かせる。
「凜ちゃん海外に行ってたことないの!?」
「全く。だって平凡な家庭で育ってきたあたしに海外行きとか無理ですもん。日本で十分です……でも今は世界が違うからなぁ」
(思ってみれば、海外旅行したことないんだよな。異文化、異国に触れるのはこれが初めてかも)
――まさか、初めての異文化交流が地獄とはね。
――あたしの人生って変なの。
そう言いながらも唇を陽気に綻ばせ、赤みがかかった瞳が楽しそうに輝いている。
「そっかぁ。そういえば凜ちゃん、自分の興味を示すものにはとことん突き進むよねぇ。ワシは現世がいいなあ……世界の中心 に旗を立てて『チキンライス』って叫びたい」
「随分可愛らしい夢ですね」
「えっ」
クスリと笑う凜とは反対に、鬼灯は閻魔大王を叱り始める。
「よしなさい!エアーズ・ロックを旗で突くなんて…地球のお腹が痛くなっちゃっても知りませんよ!!」
※エアーズ・ロック(地球のへそ)。
「君、チョイチョイお母さんみたいだな!?」
どこかズレた鬼灯の説教に、自分を棚に置いて凜は呆れる。
(本当に鬼灯さんって残念な人だなぁ…)
「地球に優しくしなさい!!」
「君がワシに優しくない!!!」
金棒で閻魔をゴリゴリと押しつける鬼灯を横目に、凜は焼き魚を口に運んだ。
「それに、凜さんもです!私のことも可愛いと言ってください!」
「何を言い出すかと思えば!」
「え、鬼灯君、可愛いって言われたいの?」
「男が可愛いと言われて喜びますか!ですが大王が可愛いと言われて、私が可愛いと言われないのは腹が立ちます!」
「何この人、めんどくさい」
予想はしていたものの、凜は苦々しげにつっこむ。
「凜さんに可愛いと言われるのは私だけで十分です!」
「……」
独占欲が強い鬼灯に主張され、顔を歪めて絶句する。
ちょうどテレビ画面に大きな岩が映る。
ミステリーハンターと比べると、その大きさがより際立つ。
「でも、オーストラリアは私も行きたいです」
「綺麗だし、独特の自然がいっぱいだしねぇ」
「ええ。それに……コアラ、めっちゃ抱っこしたい」
「「コアラッ!!?」」
オーストラリアに行きたい理由に、凜と閻魔は声を揃えて愕然とした。
「君、どっちかっていうとタスマニアデビル手懐ける側だろ!?」
「絶対、調教できますよ!?」
――獰猛の代名詞、タスマニアの悪魔。
「失敬なっ。どちらかといえばワラビーとお話ししたい側ですよ!」
「君の頭ん中、割とシルバニアファミリーチックだな!!?」
驚愕に染まる閻魔をよそに、ワラビーやカンガルーについて語り出す鬼灯は意外と動物好きだ。
心なしか常よりずっと生き生きとした表情をしている。
「ワラビーはかなり可愛いのに……カンガルーはよく見ると、妙にアンニュイ……」
「確かに、よくオッさんみたいな行動してるし」
「でもカモノハシは割と……」
「君、何でそんなオセアニアの動物に詳しいんだ!?」
「動物を扱った書籍やテレビが好きなもので…」
意外と動物好きな鬼灯は熟知している。
挙げ句の果てに鳥獣戯画をリアルタイムで見ていたという。
「鳥獣戯画もリアルタイムで楽しく読んでましたよ」
鳥獣戯画は紙本墨画の絵巻物。
内容は当時の世相を反映して動物や人物を戯画的に描いたもので、嗚呼絵 に始まる戯画の集大成といえる。
――印刷技術のない鎌倉時代、
「オイそこ、背景のパース狂っとるぞ」
「すみませんっ」
――弟子の坊主に写実の指示をしながら、歴史上無名の僧侶が動物を擬人化して描いていく。
鉢植えに生えた金魚――普通なら"金魚が生えている"という表現はおかしいが、まさに生えていた。
もう少し詳しく言うなら、鉢植えから伸びた茎の先端に大きめの金魚がついている変哲な外見の植物を、鬼灯は神妙な表情で見つめる。
「肥料を変えるべきか、エサを変えるべきか、それが問題だ」
それも一匹(?)だけではなく、たくさんの鉢植えの金魚がビチビチ動いて育っているから、何も知らない者から見れたいそう気持ち悪い。
ゆらゆら揺れる金魚草に水をやっていると、偶然通りかかった獄卒が声をかけてきた。
「おー凄い、いっぱい増えましたねぇ。鬼灯様が品種改良した金魚草。今じゃ愛好家も多くて……大きさを競う大会もあるんでしょう?僕のイトコも没頭しすぎて嫁さんに怒られてますよ~~」
「何せ忙しくて、旅行に行く予定も立てられないのです身ですので。つい趣味にのめり込んでしまいますね」
相手の質問に答えながら、本心は一人の少女を思い浮かべる。
(凜さんにコレを渡したら、彼女は気に入りますかね……)
最初、凜と出会う前。
あの世とこの世の境目をさまよっていた少女を発見した時、鬼灯は周りの状況も、置かれた立場も忘れて見惚れた。
――色素の薄い長い髪が、黒
――すると、少女がこちらを向いた。
――その動きに取り残されるように、黒のスカートが翻る。
――振り向いたその双眸は、地獄にはない夕焼け色を思わせる赤みがかかった、煌めく黒。
――全身が黒に染まりながらも、そこだけ赤みがかかった瞳と白い肌。
天国に空きがなく困っていた彼女を自分の部下――第二補佐官にしてしまった。
だが実際に仕事を与えてみると、頭の回転が速く、人並みあった事務スキルも上がってきている(そのことを本人も自覚)。
あの頃から、奇妙な相性の良さは感じていたのである。
きゅん、と小さな針で胸を突かれたような――痛いというよりも切ない、そしてちょっとだけ甘やかな感覚。
初めて知る、とても不思議な感覚だった。
胸の鼓動が止まらない。
トクトクと高鳴いている。
そして今、彼女のことを考えると、独り占めしたい、抱きしめて自分だけの視界に閉じ込めたい、との思いが込み上げてくる。
彼女はいつ自分と結婚してくれるのだろうか、と憂いの吐息を漏らした。
凜は、明けるまで少し間のある地獄の閻魔殿をふらふらと歩いていた。
ふらふら、と言ってもスカートにブーツの足元はしっかりしている。
ただ「目的地を目指す」という意思がその足取りから感じられなかった。
生者から死者の身になってからは、書類整理と視察に駆り出され、友人などいない地獄で編み出した趣味が、この散策だった。
場所は決まっていない。
気まぐれに、その日の気分で道を選ぶ。
「「凜さん!」」
不意に声をかけられ、凜はくるりと振り返った。
その時ふわりと髪の毛が舞い上がったのが、また見惚れるくらいに美しかった。
「えと、君達…唐瓜君に、茄子君だったよね?」
どこか緊張に強張っている子鬼――唐瓜と茄子が立っていた。
「覚えててくれたんですね!」
「嬉しいです!」
緊張しまくっていることを、気づかれたくない。
恥ずかしい。
「先日のお礼?何かしたっけ?」
「桃農家への人材貸出し、助かりました」
「優しくしてくれたり、悪霊騒動の時に果敢に飛び出したり、凄くカッコよかったです」
「――あぁ!アレね。でも、実際に何かしたのは鬼灯さんで、あたしは何もしてないけど」
凜は言いつつ、情けない台詞だなぁ、とげんなりしてしまうが、事実だから仕様がない。
ところが、
「「そんなことありません!」」
と二人が真っ赤な顔を上げて言った。
叫ぶ、と言えるほどに声量はないが、それでも凜は驚いた。
「「カッコよかったです、とっても!」」
凜はその声に打たれたように呆然となっていた。
こういうシ-ンは、ドラマや漫画の中だけにしかないものと思っていた。
現実は当然、そうではないのだが、享年18年の人生経験しかない彼女にとっては実際に出くわすまでは、とにかく遠い絵空事でしかなかった。
そして、いざそれが目の前に現れると、経験の浅さから、うろたえるしかない。
「……はあ、ええと……ありがとう」
気迫に押されて、凜はひたすら間抜けな答えを返した。
二人の方も実は、本当に言いたいことにまで言葉が届いていないのだが、元来が下っ端としては、ここらが勇気の限界だった。
「じ、じゃあ、俺らはこれで」
「お時間おかけして、すいません」
早口で一気にまくし立て頭を下げ、その場を走り去った。
驚いたような呆気に取られたような顔で走り去る後ろ姿を見つめていたが、表情を引き締める。
――おねショタはとてもいいと思うけど、相手はあたし以外のお姉さんでお願いします。
――詳しく言うと、やっぱり相手のお姉さんは成人女性(女子大生含む)がいい、うん。
そう思い至ってからの彼女の思考は素早かった。
(姉属性でもいいけど、そこはきちんと年上のお姉さんでなければ!包容力だよ、大人の魅力だよ、子供扱いされちゃうんだよ。ひとつ屋根の下、年上のお姉さんと同棲するなんて最高だよ、全く!)
「世間では妹キャラばかり注目されてるけど、これいかに!姉キャラもっと増えろ!」
ふわり、と風が吹き抜ける。
「………………」
周囲に誰もいないことを何度も確認すると、色素の薄いポニーテールを掻き上げ、気恥ずかしさと後悔を隠し通す。
ふと、視界の端に見慣れない物体が映ったのに気づいて、
「ん?」
と近寄った。
そこには、鉢植えから伸びた茎の先端に大きめの金魚がついている変哲な外見の植物が庭にたくさんある。
「………金魚?」
目を擦る。
景色は変わらない。
もう一度擦る。やっぱり変わらない。
さらに擦る。
睫毛抜けた。
「………後で鬼灯さんにでも聞いてみるか」
その変哲な植物に、凜はまた一つ地獄を学んだのだった。
「今日~の夕食はァ~、シーラカンス丼~~」
社員食堂にて、生きた化石とも呼ばれる古代生物が丸々盛りつけられた丼を持って、閻魔はテレビに集中する鬼灯を見つけた。
「あ、これ現世の番組?」
「そうです。CSにすると視られますよ。この番組、司会者の存在感が好きです」
テレビから流れるのは、
「本日はみわくの地、オーストラリア!」
世界中の不思議を探し回る某番組。
広大な大地に荒野を駆ける動物達。
突き抜けるように澄んだ青い空。
今回の特集はオーストラリアらしい。
「………?あ?」
すると、閻魔が記憶を手繰り寄せて思い出す。
「…そういえば、君の仕事部屋に謎の人形があって、何だろうと思ってたけど」
鬼灯の仕事部屋に訪れた際、冒険服を着た人形を見つけ、
「…?何コレ…」
と疑問符を浮かべる。
そして今、謎の人形が視聴者プレゼントだと思い当たり、愕然とした。
「あれ、クリスタルヒトシ君か!!」
「一緒にモンゴル民族衣装が当たりました。どうしようアレ」
「凄いな!地味に!!」
「何の話してるんですか?」
ふっくらと炊けたご飯、味噌に微かに混じる出汁の香り、魚の塩焼きと和風メニューを注文して凜がやって来た。
最初は地獄のご飯に抵抗があったが、ちゃんとしたメニューもあったので安心した。
「わ、閻魔様、何食べてるんですか」
「シーラカンス丼」
「貴重な生きた化石をそんな当たり前のように…!」
現世では考えられないと顔を歪める凜に、閻魔はニコニコと笑って言う。
「美味しいよ」
「おや、凜さん。終わりましたか」
「はい、一緒に食べてもいいですか?」
「是非。ちょうど華がないと思っていたところです」
ポンポンと椅子を叩き、隣に座れと促す。
ではお言葉に甘えて。
「鬼灯君さァ、ほんとワシと凜ちゃんとの態度の違い凄いよね」
「当たり前でしょう。凜さんは隣にいたら安らぎますが、貴方の場合、暑苦しい上うるさい。ていうか大王、今夫婦水入らずの邪魔です」
「ワシの方が先にいたのに!?」
「今さらっと夫婦って言いましたよね」
凜は冷静にツッコミを入れ、閻魔はショックを受ける。
安らぐとか……彼は不意討ちでこんなふうに言うから心臓に悪い。
「ハァー…しかしいいなぁ…海外かあ…ワシ、ここ千年くらい仕事以外で海外なんて行ってないしなぁ」
「私もです。『魔女の谷』とかゆっくり観光したいですね。ポッターさんに会えるかも…」
「えっ!?そんな場所があるんですか!?」
興味深い単語が耳に残ったらしく、目を輝かせる。
「凜ちゃん海外に行ってたことないの!?」
「全く。だって平凡な家庭で育ってきたあたしに海外行きとか無理ですもん。日本で十分です……でも今は世界が違うからなぁ」
(思ってみれば、海外旅行したことないんだよな。異文化、異国に触れるのはこれが初めてかも)
――まさか、初めての異文化交流が地獄とはね。
――あたしの人生って変なの。
そう言いながらも唇を陽気に綻ばせ、赤みがかかった瞳が楽しそうに輝いている。
「そっかぁ。そういえば凜ちゃん、自分の興味を示すものにはとことん突き進むよねぇ。ワシは現世がいいなあ……
「随分可愛らしい夢ですね」
「えっ」
クスリと笑う凜とは反対に、鬼灯は閻魔大王を叱り始める。
「よしなさい!エアーズ・ロックを旗で突くなんて…地球のお腹が痛くなっちゃっても知りませんよ!!」
※エアーズ・ロック(地球のへそ)。
「君、チョイチョイお母さんみたいだな!?」
どこかズレた鬼灯の説教に、自分を棚に置いて凜は呆れる。
(本当に鬼灯さんって残念な人だなぁ…)
「地球に優しくしなさい!!」
「君がワシに優しくない!!!」
金棒で閻魔をゴリゴリと押しつける鬼灯を横目に、凜は焼き魚を口に運んだ。
「それに、凜さんもです!私のことも可愛いと言ってください!」
「何を言い出すかと思えば!」
「え、鬼灯君、可愛いって言われたいの?」
「男が可愛いと言われて喜びますか!ですが大王が可愛いと言われて、私が可愛いと言われないのは腹が立ちます!」
「何この人、めんどくさい」
予想はしていたものの、凜は苦々しげにつっこむ。
「凜さんに可愛いと言われるのは私だけで十分です!」
「……」
独占欲が強い鬼灯に主張され、顔を歪めて絶句する。
ちょうどテレビ画面に大きな岩が映る。
ミステリーハンターと比べると、その大きさがより際立つ。
「でも、オーストラリアは私も行きたいです」
「綺麗だし、独特の自然がいっぱいだしねぇ」
「ええ。それに……コアラ、めっちゃ抱っこしたい」
「「コアラッ!!?」」
オーストラリアに行きたい理由に、凜と閻魔は声を揃えて愕然とした。
「君、どっちかっていうとタスマニアデビル手懐ける側だろ!?」
「絶対、調教できますよ!?」
――獰猛の代名詞、タスマニアの悪魔。
「失敬なっ。どちらかといえばワラビーとお話ししたい側ですよ!」
「君の頭ん中、割とシルバニアファミリーチックだな!!?」
驚愕に染まる閻魔をよそに、ワラビーやカンガルーについて語り出す鬼灯は意外と動物好きだ。
心なしか常よりずっと生き生きとした表情をしている。
「ワラビーはかなり可愛いのに……カンガルーはよく見ると、妙にアンニュイ……」
「確かに、よくオッさんみたいな行動してるし」
「でもカモノハシは割と……」
「君、何でそんなオセアニアの動物に詳しいんだ!?」
「動物を扱った書籍やテレビが好きなもので…」
意外と動物好きな鬼灯は熟知している。
挙げ句の果てに鳥獣戯画をリアルタイムで見ていたという。
「鳥獣戯画もリアルタイムで楽しく読んでましたよ」
鳥獣戯画は紙本墨画の絵巻物。
内容は当時の世相を反映して動物や人物を戯画的に描いたもので、
――印刷技術のない鎌倉時代、
「オイそこ、背景のパース狂っとるぞ」
「すみませんっ」
――弟子の坊主に写実の指示をしながら、歴史上無名の僧侶が動物を擬人化して描いていく。