第2話
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朱井 凜は困っていた。
平凡な妄想高校生の彼女が交通事故で死亡し、天国に空きがなく結局保留となり、なんやかんやで鬼灯の補佐という雑用係に決定された。
それについてはいろいろと思うところがあるが、今困っているのはそんなことではない。
――うわ、すっごい目立つ!
周囲の視線が自分に向いている、周りの鬼の視線がみんな自分に集まっている。
凜はそのことに困っているのだ。
――ですよねー、ですよねー!
――鬼灯さんと一緒にいたら、そりゃ目立ちますよねー!
(「死んだら結構えらい補佐官に任命されたぜ!羨ましいだろォ~?」みたいな女だと思われてるのかもしれない!まったくもってリア充じゃないのに!)
凜は多数の視線に酔っていた。
酒に酔うような気持ちよい酔いではなく、車酔いや船酔いなどと同じような酔い。
(しかも上司は俺様でイケメンでドSだし!少女マンガの主人公みたいなモテモテ宗教系女子でもなく、あたしはただの雑用係ですから!だから好奇心溢れる眼差しであたしを見ないでうああああ、こっち見んな!)
そんなことを考えてる間にもどんどん視線が増えていく。
それと共に視界と思考がぐるぐる回る。
「……う、ちょっと気持ち悪い…」
とうとう気分が悪くなってきた。
「大丈夫ですか。ひとまず、私の部屋に…」
隣を歩く鬼灯は思わず声をかけた。
「これぐらい、少しすれば大丈夫ですよ。それに、あたしと鬼灯さんの部屋って隣同士じゃないですか」
「ただ気分が優れなくて歩けない凜さんをお姫様抱っこして顔が近くてドキドキッ、なんてシチェーションに期待してるだけですからね」
真面目な表情で言い放つ鬼灯に、間髪入れず凜がつっこんだ。
「全力でお断りします」
その時、けたたましく警報が鳴り響いた。
≪非常警報!非常警報!等活地獄より、亡者一名が逃亡。直 ちに全獄門を封鎖してください、繰り返します。等活地獄より……≫
サイレンを聞いた凜は、あちゃー、と額を押さえる。
隣の鬼灯をちらりと見やれば、そりゃもう見た人間が石化するであろう恐ろしい表情を浮かべていた。
(これは、逃がした鬼は死んだなぁ…)
呑気にそんなことを考えていたら、
「鬼灯様ァァァァァァァ」
と叫びながら二人の獄卒が駆け寄って来た。
先輩獄卒であろう鬼が連れて来たのは、この間入ったばかりの新人獄卒の茄子だった。
「この新人がうっかりワンセグを持ち込んで…悪霊サダコが逃げました!!」
それを聞いた瞬間、凜はサダコについて律儀に説明し始めた。
「え!?サダコって…日本映画界にホラーブームを起こした、見たら1週間後には死ぬという呪いのビデオのアレ!?」
それを聞いた瞬間、鬼灯は金棒で茄子をぶん殴った。
「新人研修でちゃんと注意したはずですよ!そうでなくても何かする時は報告 ・連絡 ・相談 !」
「もっ…申し訳ございません……」
鼻血を流しながら謝る茄子を叱り飛ばす鬼灯に、
「社会って厳しいなぁ…」
としみじみ実感する。
「あとワンセグから逃げるって……どんだけガッツのある亡者なんですか」
「いやもうそれは、すっごいがんばったみたいです!」
その時のサダコの心境を表すなら、
「うおおおお、狭えええ」
狭い画面から、みちみちと軋む音を立てて頑張ったことだろう。
だばだばと鼻血を流し続ける茄子にティッシュを渡している凜を、
「貴方もです!凜さん!」
と指差した。
「なんであたしまで!?」
凜がつっこむのを無視して、鬼灯は眉間に皺を寄せて考え込む。
「サダコ…あの亡者はテレビさえあれば逃げるのです…ですよね、凜さん?」
「え?あ、はい。確か、テレビの中から長い髪を振り乱して現れるはず…」
「……」
凜の答えに再び考え込むと、画素数の高いテレビを用意するよう指示した。
「今すぐこの近隣のテレビ画面全てお札で封印しなさい!そして、ブルーレイ内蔵52型テレビをここに設置するのです!」
「えっ……!?」
突然の指示に戸惑いながらも、獄卒達はテキパキと大型テレビの準備をする。
大型テレビを設置してすぐに、
「うおおおおお、何コレ凄い画素数……アレ?」
悪霊サダコはテレビ画面から這い出た。
視聴者に迫るかのように不気味な足取りで近づくが、異変に気づいた。
「よーし、出て来たっ」
「目を狙えっ」
長い髪を振り乱して這い出る白装束の女を、獄卒達が手に縄や斧を持って待ち構える。
「ほら、甘いエサにつられてノコノコやって来た」
「こんなアホなのに、よく人間 呪い殺せたわね」
「ヤマタノオロチみたいですね」
冷静に傍観する鬼灯と呆れる凜の後で、
「やっぱ良いTVがいいんだ…」
とつぶやく。
「くっ…くそっ…おのれ、謀 ったなっ…かくなる上は、貴様ら鬼の角、全部折ってやる!腹いせに!!」
サダコは長い前髪で覆い隠した顔を上げ、血走った瞳を向けた。
「日本中を震撼させた割にやることがせこいぞ!」
見物人になっていた獄卒の言葉に、サダコはさらに怒り狂う。
「うるさい!女のタタリは蛇の千倍と思い知れ!覚悟!!!」
「「ああっ、鬼灯様、危ないっ…」」
凜は木刀を取り出すと、鬼灯とサダコの間に入ろうとする。
「鬼灯さんっ」
しかし、凜が飛び出すよりも早く、
「おべしっ」
白い物体が物凄い突進力と共にサダコに襲いかかり、なぎ倒した。
「ギャアアアアア、何この白犬、超怖い」
噛みつきまくるシロから逃げ回るサダコの姿に、鬼灯はまるでG のようだと言葉には出さず、心の中で思い浮かべる。
何故なら、凜も同じ生き物を想像したのか、涙目で見ていた。
まあ、アレを好きな地球人類はかなり少数派だろう。
突如現れた白い犬に怯んだサダコは取り押さえられ、悪霊サダコ事件はあっさりと幕を閉じたのである。
「よくやりましたよ、シロさん。B級ホラー洋画の狼男みたいで、素敵な登場でした」
「その褒め言葉はどうかと思いますけど…でも、ナイスタイミング。カッコよかったよ」
「はいっ、鬼灯様、凜様」
鬼灯を守った白い物体、もといシロは頭を撫でられて嬉しそうに尻尾を振った。
二人と一匹は自販機で飲み物を買うとベンチに座り、休憩を取る。
「不喜処地獄には慣れました?」
「はいっ。先輩に色々、教わってますっ」
「あそこは動物沢山で、いつも癒されるからなぁ」
シロをもふもふしながら、ふふっと凜は笑う。
「シローー。アンタ、報告書、早く出しなさいよ!」
そこへ一匹のトイプードルが現れて、シロに報告書を提出するように注意する。
「あっ…はい、すみません」
「『申し訳ございません』でしょ!?早く覚えなさいよ!」
「ワ…ワン…」
「あっ、部長~~、お疲れ様でーす」
その直後、部長のドーベルマンの方に甲高い声で駆けていく。
「彼女は?」
「不喜処のお局様です…」
「お局ってゆー存在は、どこにでもいるもんなんだね」
凜は大して興味なさそうにお茶を流し込んだ。
「先輩に教わった大事なこと。一、お局様をキレさせない。二、お局様が切れても正論で対抗しない。三、お土産は従業員×1、お局様×2」
「貴方の先輩、何があったんですか」
興味をなくした凜にはシロの話す内容は、ただ耳を通り抜けていくだけだった。
「お局様は先輩には妙に厳しいんだけど……部長と喋る時は声がワントーン高く……」
「別に知りたくないんですけど…不喜処地獄の泥沼オフィストライアングル」
「暇があったらゼクシィとか眺めちゃってよぉ…へっ……無理だよ…」
妙に背中がすすけたシロに、鬼灯は訳知り顔で告げる。
「おやおや。ダメですよ、それは貴方の主観でしょう。そもそも彼、本当にその彼女が好きなんですかね。それに引きかえ、私と凜さんは今からでも結婚できますから」
「それはできません。あたし一人大好きなんで」
さらりと告げたプロポーズをじと目でスルーされながらも、それでもめげないのが鬼灯。
シロは、鬼灯に一抹の同情を込めて訴えた。
「鬼灯様…オスはつらいよ」
「耐えなさい。そういう時こそ、君子は紳士であるものです。上司とは何かと色々あるものです」
「あっ、鬼灯君と凜ちゃんだ。君達も休憩?」
男は辛いよ、と嘆くところ、鬼灯の言う色々ある上司の閻魔が現れた。
「あっ、ジュースなんか飲んじゃって~~。何々?誰の噂話?」
「………………」
ニコニコとベンチに近寄ってくると、一緒にいたシロに気づく。
「あっ。君もしかして新入社員のシロちゃん?」
「ワン!」
「カワイイ~~、真っ白だねぇ!」
「ああ、初対面でしたね、紹介しま…」
「おいで、おいで!」
鬼灯の言葉など聞こえない閻魔はその場にしゃがみ込んでシロと戯れ始めた。
「お手!おかわり!」
「閻魔大王…きちんと挨拶を…」
閻魔はシロに芸をさせるのに夢中で、鬼灯の声音が徐々に低くなる。
「あのー…閻魔様…」
見兼ねた凜が閻魔の名を呼ぶが、効果はない。
「伏せ!凄い、さすが桃太郎の元お供!」
全く気づいていない閻魔は面白がって息を荒げる。
「じゃあ少し、高度なヤツ!イノキのモノマネ……」
ここで鬼灯の堪忍袋の緒が切れた。
ゴッ、と鈍い音が響く。
金棒を食らった閻魔はその場に手をついてシロに頭を下げた。
「シロさん、この方が天下の閻魔大王ですよ」
「一応ね」
改めて閻魔大王の紹介をすると、凜が苦笑して付け加える。
「よろしく、ワシが閻魔じゃ。そして二人はワシの腹心のはずです」
「…げっ…元気ですかっ…」
「…今あんまり…」
容赦ない二人の仕打ちにシロはドン引きした。
「いいですか。ポンコツでも大王ですからしっかり尽くすのですよ」
「君、ワシのこといつもそうやって言ってるの?ねェ、そうなの、凜ちゃん?」
「否定はできません」
自分の知らないところでポンコツ扱いする鬼灯の真相を半信半疑で訊ねれば、凜は苦笑いで答える。
「しっかり尽くせば、きちんと成果が…」
「ねェ。ねェ、鬼灯君ってば」
「あまり話しかけない方がいいですよ」
「うるさい」
「ほらね」
上司であるにもかかわらずぞんざいな扱いに自信をなくす閻魔。
「うるさいって言われた?ワシ」
自分に言い聞かせる鬼灯と冷たくあしらわれる閻魔を、シロは何度も交互に見比べる。
そして、お座りして三人に向き直った。
「はいっ、しっかり尽くします、鬼灯様、凜様。よろしくお願いします、閻魔さん」
「あれっ!!?」
部下が上司をぶちのめすというあり得ない様子を目の当たりにしたシロは二人を"様"づけで呼び、閻魔を"さん"づけで呼んだ。
――犬は力関係をガッチリ見定めてボスを決め、それをあからさまに態度に出します。
ここで唐突に、シロの力関係ランキング。
鬼灯&凜>>閻魔>先輩>【これ以下、同格】桃太郎=オレ=ルリオ=柿助。
ここで、シロが素朴な疑問を口にした。
「――ねえねえ、閻魔さん、鬼灯様、凜様。地獄って物凄く広いね。俺びっくりしちゃった、今まで桃太郎と天国にいたから」
「そうですねぇ……」
「あの…せめて、ワシも様づけにして……」
「じゃ、エン様」
平凡な妄想高校生の彼女が交通事故で死亡し、天国に空きがなく結局保留となり、なんやかんやで鬼灯の補佐という雑用係に決定された。
それについてはいろいろと思うところがあるが、今困っているのはそんなことではない。
――うわ、すっごい目立つ!
周囲の視線が自分に向いている、周りの鬼の視線がみんな自分に集まっている。
凜はそのことに困っているのだ。
――ですよねー、ですよねー!
――鬼灯さんと一緒にいたら、そりゃ目立ちますよねー!
(「死んだら結構えらい補佐官に任命されたぜ!羨ましいだろォ~?」みたいな女だと思われてるのかもしれない!まったくもってリア充じゃないのに!)
凜は多数の視線に酔っていた。
酒に酔うような気持ちよい酔いではなく、車酔いや船酔いなどと同じような酔い。
(しかも上司は俺様でイケメンでドSだし!少女マンガの主人公みたいなモテモテ宗教系女子でもなく、あたしはただの雑用係ですから!だから好奇心溢れる眼差しであたしを見ないでうああああ、こっち見んな!)
そんなことを考えてる間にもどんどん視線が増えていく。
それと共に視界と思考がぐるぐる回る。
「……う、ちょっと気持ち悪い…」
とうとう気分が悪くなってきた。
「大丈夫ですか。ひとまず、私の部屋に…」
隣を歩く鬼灯は思わず声をかけた。
「これぐらい、少しすれば大丈夫ですよ。それに、あたしと鬼灯さんの部屋って隣同士じゃないですか」
「ただ気分が優れなくて歩けない凜さんをお姫様抱っこして顔が近くてドキドキッ、なんてシチェーションに期待してるだけですからね」
真面目な表情で言い放つ鬼灯に、間髪入れず凜がつっこんだ。
「全力でお断りします」
その時、けたたましく警報が鳴り響いた。
≪非常警報!非常警報!等活地獄より、亡者一名が逃亡。
サイレンを聞いた凜は、あちゃー、と額を押さえる。
隣の鬼灯をちらりと見やれば、そりゃもう見た人間が石化するであろう恐ろしい表情を浮かべていた。
(これは、逃がした鬼は死んだなぁ…)
呑気にそんなことを考えていたら、
「鬼灯様ァァァァァァァ」
と叫びながら二人の獄卒が駆け寄って来た。
先輩獄卒であろう鬼が連れて来たのは、この間入ったばかりの新人獄卒の茄子だった。
「この新人がうっかりワンセグを持ち込んで…悪霊サダコが逃げました!!」
それを聞いた瞬間、凜はサダコについて律儀に説明し始めた。
「え!?サダコって…日本映画界にホラーブームを起こした、見たら1週間後には死ぬという呪いのビデオのアレ!?」
それを聞いた瞬間、鬼灯は金棒で茄子をぶん殴った。
「新人研修でちゃんと注意したはずですよ!そうでなくても何かする時は
「もっ…申し訳ございません……」
鼻血を流しながら謝る茄子を叱り飛ばす鬼灯に、
「社会って厳しいなぁ…」
としみじみ実感する。
「あとワンセグから逃げるって……どんだけガッツのある亡者なんですか」
「いやもうそれは、すっごいがんばったみたいです!」
その時のサダコの心境を表すなら、
「うおおおお、狭えええ」
狭い画面から、みちみちと軋む音を立てて頑張ったことだろう。
だばだばと鼻血を流し続ける茄子にティッシュを渡している凜を、
「貴方もです!凜さん!」
と指差した。
「なんであたしまで!?」
凜がつっこむのを無視して、鬼灯は眉間に皺を寄せて考え込む。
「サダコ…あの亡者はテレビさえあれば逃げるのです…ですよね、凜さん?」
「え?あ、はい。確か、テレビの中から長い髪を振り乱して現れるはず…」
「……」
凜の答えに再び考え込むと、画素数の高いテレビを用意するよう指示した。
「今すぐこの近隣のテレビ画面全てお札で封印しなさい!そして、ブルーレイ内蔵52型テレビをここに設置するのです!」
「えっ……!?」
突然の指示に戸惑いながらも、獄卒達はテキパキと大型テレビの準備をする。
大型テレビを設置してすぐに、
「うおおおおお、何コレ凄い画素数……アレ?」
悪霊サダコはテレビ画面から這い出た。
視聴者に迫るかのように不気味な足取りで近づくが、異変に気づいた。
「よーし、出て来たっ」
「目を狙えっ」
長い髪を振り乱して這い出る白装束の女を、獄卒達が手に縄や斧を持って待ち構える。
「ほら、甘いエサにつられてノコノコやって来た」
「こんなアホなのに、よく
「ヤマタノオロチみたいですね」
冷静に傍観する鬼灯と呆れる凜の後で、
「やっぱ良いTVがいいんだ…」
とつぶやく。
「くっ…くそっ…おのれ、
サダコは長い前髪で覆い隠した顔を上げ、血走った瞳を向けた。
「日本中を震撼させた割にやることがせこいぞ!」
見物人になっていた獄卒の言葉に、サダコはさらに怒り狂う。
「うるさい!女のタタリは蛇の千倍と思い知れ!覚悟!!!」
「「ああっ、鬼灯様、危ないっ…」」
凜は木刀を取り出すと、鬼灯とサダコの間に入ろうとする。
「鬼灯さんっ」
しかし、凜が飛び出すよりも早く、
「おべしっ」
白い物体が物凄い突進力と共にサダコに襲いかかり、なぎ倒した。
「ギャアアアアア、何この白犬、超怖い」
噛みつきまくるシロから逃げ回るサダコの姿に、鬼灯はまるで
何故なら、凜も同じ生き物を想像したのか、涙目で見ていた。
まあ、アレを好きな地球人類はかなり少数派だろう。
突如現れた白い犬に怯んだサダコは取り押さえられ、悪霊サダコ事件はあっさりと幕を閉じたのである。
「よくやりましたよ、シロさん。B級ホラー洋画の狼男みたいで、素敵な登場でした」
「その褒め言葉はどうかと思いますけど…でも、ナイスタイミング。カッコよかったよ」
「はいっ、鬼灯様、凜様」
鬼灯を守った白い物体、もといシロは頭を撫でられて嬉しそうに尻尾を振った。
二人と一匹は自販機で飲み物を買うとベンチに座り、休憩を取る。
「不喜処地獄には慣れました?」
「はいっ。先輩に色々、教わってますっ」
「あそこは動物沢山で、いつも癒されるからなぁ」
シロをもふもふしながら、ふふっと凜は笑う。
「シローー。アンタ、報告書、早く出しなさいよ!」
そこへ一匹のトイプードルが現れて、シロに報告書を提出するように注意する。
「あっ…はい、すみません」
「『申し訳ございません』でしょ!?早く覚えなさいよ!」
「ワ…ワン…」
「あっ、部長~~、お疲れ様でーす」
その直後、部長のドーベルマンの方に甲高い声で駆けていく。
「彼女は?」
「不喜処のお局様です…」
「お局ってゆー存在は、どこにでもいるもんなんだね」
凜は大して興味なさそうにお茶を流し込んだ。
「先輩に教わった大事なこと。一、お局様をキレさせない。二、お局様が切れても正論で対抗しない。三、お土産は従業員×1、お局様×2」
「貴方の先輩、何があったんですか」
興味をなくした凜にはシロの話す内容は、ただ耳を通り抜けていくだけだった。
「お局様は先輩には妙に厳しいんだけど……部長と喋る時は声がワントーン高く……」
「別に知りたくないんですけど…不喜処地獄の泥沼オフィストライアングル」
「暇があったらゼクシィとか眺めちゃってよぉ…へっ……無理だよ…」
妙に背中がすすけたシロに、鬼灯は訳知り顔で告げる。
「おやおや。ダメですよ、それは貴方の主観でしょう。そもそも彼、本当にその彼女が好きなんですかね。それに引きかえ、私と凜さんは今からでも結婚できますから」
「それはできません。あたし一人大好きなんで」
さらりと告げたプロポーズをじと目でスルーされながらも、それでもめげないのが鬼灯。
シロは、鬼灯に一抹の同情を込めて訴えた。
「鬼灯様…オスはつらいよ」
「耐えなさい。そういう時こそ、君子は紳士であるものです。上司とは何かと色々あるものです」
「あっ、鬼灯君と凜ちゃんだ。君達も休憩?」
男は辛いよ、と嘆くところ、鬼灯の言う色々ある上司の閻魔が現れた。
「あっ、ジュースなんか飲んじゃって~~。何々?誰の噂話?」
「………………」
ニコニコとベンチに近寄ってくると、一緒にいたシロに気づく。
「あっ。君もしかして新入社員のシロちゃん?」
「ワン!」
「カワイイ~~、真っ白だねぇ!」
「ああ、初対面でしたね、紹介しま…」
「おいで、おいで!」
鬼灯の言葉など聞こえない閻魔はその場にしゃがみ込んでシロと戯れ始めた。
「お手!おかわり!」
「閻魔大王…きちんと挨拶を…」
閻魔はシロに芸をさせるのに夢中で、鬼灯の声音が徐々に低くなる。
「あのー…閻魔様…」
見兼ねた凜が閻魔の名を呼ぶが、効果はない。
「伏せ!凄い、さすが桃太郎の元お供!」
全く気づいていない閻魔は面白がって息を荒げる。
「じゃあ少し、高度なヤツ!イノキのモノマネ……」
ここで鬼灯の堪忍袋の緒が切れた。
ゴッ、と鈍い音が響く。
金棒を食らった閻魔はその場に手をついてシロに頭を下げた。
「シロさん、この方が天下の閻魔大王ですよ」
「一応ね」
改めて閻魔大王の紹介をすると、凜が苦笑して付け加える。
「よろしく、ワシが閻魔じゃ。そして二人はワシの腹心のはずです」
「…げっ…元気ですかっ…」
「…今あんまり…」
容赦ない二人の仕打ちにシロはドン引きした。
「いいですか。ポンコツでも大王ですからしっかり尽くすのですよ」
「君、ワシのこといつもそうやって言ってるの?ねェ、そうなの、凜ちゃん?」
「否定はできません」
自分の知らないところでポンコツ扱いする鬼灯の真相を半信半疑で訊ねれば、凜は苦笑いで答える。
「しっかり尽くせば、きちんと成果が…」
「ねェ。ねェ、鬼灯君ってば」
「あまり話しかけない方がいいですよ」
「うるさい」
「ほらね」
上司であるにもかかわらずぞんざいな扱いに自信をなくす閻魔。
「うるさいって言われた?ワシ」
自分に言い聞かせる鬼灯と冷たくあしらわれる閻魔を、シロは何度も交互に見比べる。
そして、お座りして三人に向き直った。
「はいっ、しっかり尽くします、鬼灯様、凜様。よろしくお願いします、閻魔さん」
「あれっ!!?」
部下が上司をぶちのめすというあり得ない様子を目の当たりにしたシロは二人を"様"づけで呼び、閻魔を"さん"づけで呼んだ。
――犬は力関係をガッチリ見定めてボスを決め、それをあからさまに態度に出します。
ここで唐突に、シロの力関係ランキング。
鬼灯&凜>>閻魔>先輩>【これ以下、同格】桃太郎=オレ=ルリオ=柿助。
ここで、シロが素朴な疑問を口にした。
「――ねえねえ、閻魔さん、鬼灯様、凜様。地獄って物凄く広いね。俺びっくりしちゃった、今まで桃太郎と天国にいたから」
「そうですねぇ……」
「あの…せめて、ワシも様づけにして……」
「じゃ、エン様」