第32話
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さあ、と降り注いだ水滴が金魚草に弾かれて、雫が薄ら日にひらめく。
一層赤く色づいた模様は鮮やかに映え、通り過ぎる人々の目を潤した。
「金魚草が……今年も紅葉してきましたねえ……」
ゆらゆら揺れる金魚草に水やりをしながら、鬼灯は感慨げにつぶやいた。
地獄秋の名物詩として評判の金魚草。
茎の先端に大きめの金魚がついている変哲な外見の植物だが、地獄の間では大人気の植物だ。
「毎年秋になると、金魚草の模様がより赤く鮮やかになります」
金魚草の生みの親で愛情たっぷりに育てている鬼灯の説明にも熱が入る。
「葉も濃緑から黄味がかかった色へ。中にはガラリと赤紫に変化するものもあります」
鮮やかな金魚の口から漏れるのは、
「あ゙あ゙あ゙あ゙~~~」
不気味な鳴き声。
「そ、そうですね」
ワーカーホリックな鬼神の趣味とも思えぬ台詞を連発され、凜は頷いたものの口許が軽く引きつってしまった。
――こ、これ紅葉してるのか…確かに赤紫っぽくなってるし、葉っぱも黄色くなってる。
強張り気味な笑みを浮かべる凜の隣では、唐瓜が金魚草をじっと見つめていた。
「紅葉というより、チアノーゼに見えるんですけど……」
彼は冷や汗を滲ませながらそれを見つめているけれど、マニアの間ではざわめくトルコ石などと呼ばれ高値で取引きされている。
「マニアの間では『ざわめくトルコ石』の名で高値がついているらしいです」
声高らかに絶叫する宝の山に凜と唐瓜は顔を見合わせた。
どうにも摩訶不思議な植物に慣れない二人の後ろでは、
「イトウに行くならハ・ト・ヤ」
茄子が金魚草を持って、某ホテルの懐かしいCMソングを口ずさんでいた。
「こんな商品も出ています。ストラップ、アカスリ、サプリメント」
ここぞとばかりに、唐瓜と茄子に金魚草グッズをオススメする。
「サプリのオシャレパッケージ」
「何故サプリ…」
「俺、前から興味あったんだ。可愛いよな、金魚草」
「え~~~~…」
金魚草に興味を示す茄子の言葉に、唐瓜は微妙な表情を浮かべる。
「面白いじゃん、ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど…」
(金魚草よりも、この二人の会話の方が可愛いよ!!)
地獄のチップとデールと呼ばれている二人組を前にして、凜の疲れた心がたちまち癒される。
「あたしも前から金魚草擬人化したら可愛いかなって思ってたんだ。可愛いよね(擬人化した)金魚草」
茄子からスケッチブックと鉛筆を借りて、さらさらっと擬人化金魚草を描いて唐瓜に見せる。
「う~~ん…」
やっぱり、あのビジュアルに受け入れられないでいると、不意に凜が上目遣いにこちらを見てドキッとしてしまった。
「やっぱりダメかな?」
「いや、ダメじゃないですけど…」
うーん、擬人化すればイケると思ったんだけどなあ。
鬼灯さんは、なんでこんなに金魚草可愛いと思えるんだろ。
(うわっ、アレと目が合った気がする!)
スケッチブックから顔を上げた拍子に、金魚草の左右に突き出た目と合ってしまった。
――まあ、あたしが言えることじゃないけどさ。
二人には「お互いの趣味に口出ししない」みたいな暗黙のルールがある。
――だからあたしがスマホでアニメの画像あさってても何も言わないんだよね!
――普通ドン引きだよね!
――画面越しの美少女見てニヤニヤしてる女が隣にいるなんて!
――マジ鬼灯さんの心、大平洋よりも広いわ。
だから金魚草については何も言わない。
(ずーっと見てると、アレも可愛く見えてくる…し……ごめん、やっぱ怖いわ!)
「他にも思案中のグッズが……」
他にも新たなグッズ展開を模索中のようで、試作品の段ボールから目当てのものを取り出す。
「なんかさ~…俺、この目が怖いんだよ。こいのぼりとか烏 よけの目とかも、ちょっと苦手で……」
「えっ…」
「あっ…」(察し)
金魚草をモチーフにしたこいのぼりのような飾りを手に唖然とする鬼灯と口許に手を当てる凜に、
「作っちゃった、こいのぼり…いや、金魚のぼり」
それを見た唐瓜は思った。
(…たまにこの人、頭いいのかおかしいのか、わかならくなるな。なぜ、凜さんも……)
閻魔大王の補佐官として有能な働きぶりを見せる鬼灯の変な趣味に脱帽。
「鬼灯様、もうすぐ金魚草のコンテストやるよね?アレ、入場料とかある?」
「ないですよ。お祭りみたいなものです」
※第3話参照。
「今年の大会で『金魚草大使』も選ばれます。盛り上がると思いますよ」
「へえ~」
「「へえ~~……」」
素直な感嘆が宿っている茄子と、顔を青ざめる凜と唐瓜。
金魚草のコンテストがあるという鬼灯の会話を聞いて、
「行ってみようよ」
「え~~…まぁ、いいけど」
茄子に誘われる唐瓜に笑みを向けていると、着信音が聞こえてきた。
鬼灯が着物の袖から携帯を取り出して、ボタンを押す。
「ハイ」
≪あ、もしもし、大会実行委員会ですー≫
「ああ、ハイ」
鬼灯は、しばらく電話相手と話し込む。
「あ、大会のゲストについて……ミステリーハンターのお姉さん呼べませんかね?私好きなんですよ」
≪…イヤ、ミステリーハンター、今ミステリーハントしに行ってるでしょ…それに亡者じゃないし…≫
どうやら、コンテストにミステリーハンターのお姉さんを呼ぼうと話し込んでいるようで、その無理難題に凜は半眼になる。
その時、ゲストに亡者の第二補佐官はどうかと切り出された。
≪あの子、顔も綺麗系で映えるし、抜群に知名度もあるし!≫
「凜さん……ですか?」
この時、凜と目が合った。
鬼灯はいきなり声を荒げた。
「地獄で発見しなさいよ!不思議を!」
≪貴方が不思議よ…でも、タレントさんはいいわよねー。アイドルの一人でも呼べればいいんだけど≫
「……アイドル?アイドルですか」
アイドルと聞いて、鬼灯の脳裏に一人の少女が浮かんだ。
「凜さん!今すぐマキさんに電話!」
「うえっ!?は、はいィィ」
突然鬼灯に言われ、凜は急いでスマホを取り出し電話帳からマキの名前を探す。
発信ボタンを押して、コール音が鳴る。
(今マキちゃん忙しくないのかなー。出てくれるかなー)
電話に出るのを待つ間に、振り返って訊ねる。
「あ、そういえば何を伝えればいいんですか?」
「金魚草コンテストの出演依頼についてです」
「了解しましたー…あ、マキちゃん!?久しぶり!」
ちょうど休憩中だったらしく出てくれた。
「うんうん、いきなりごめんねー!金魚草コンテストの出演依頼なんだけど」
五分後。
「――でねー、こないだ八寒地獄行って死にかけたんだよ!行ってみて!死ぬから!」
十分後。
「なにそれ!あははは!」
二十分後。
「あ、そろそろ休憩終わり?うん、うん、んじゃ、またあとでねー」
ようやくマキとの電話が終わり、笑顔を浮かべて申し出の受諾を報告する。
「…ふぅ、ちゃんと出てくれるそうですよ、鬼灯さん!」
マキのゲスト出演が決まったはずなのに、何故か顔色が悪かった。
(あれ、なんかがげっそりしてる)
「どうして女子って電話こんな長いんでしょうね…」
「よく会話続くよね」
「女性は電話と準備と買い物が長い生き物ですからね」
「え?たった二十分ですよ」
そんな長かったかな?
まあ、マキちゃん呼べたし、あとはコンテストを待つだけ!
一仕事終えたかのように満足げな気分でいると、鬼灯がぼそりとつぶやいた。
「もう一つ、ちょっとしたパフォーマンスを思いつきました。仕掛けてみるのもいいかもしれませんね」
「パフォーマンス、ですか?」
「上手くいけば、盛り上がるかもしれません」
きゅ、と着物の裾を握りしめる凜の顔は引きつり、傍目にも緊張しきっていた。
鬼灯はそんな彼女の髪を撫でながら声をかけた。
「大丈夫ですよ、落ち着きなさい」
「いくらなんでも無理ですよ、だって…」
なんとも恥ずかしげな風情で身をすくませ抗議する。
「なんでまた、こんな格好しなきゃいけないんですか!」
白地に薄い青色の花模様を細かく散らした着物で、袖口や裾は金魚草のヒダがあしらわれている。
しかも、淡い茶色の髪を結い上げて。
「マキさんが出るだけでも盛り上がるでしょうが、貴方の名前を出して正解でした。これで話題性が抜群です」
「なんであたしまで…それに、いつの間にこんなもの用意したんですか」
第二補佐官、緊急参戦。
超ド級の重要機密である。
関係者どころか地獄内でもまだ四、五名しか知る者はいない。
≪こんにちはーーっ。ピチピチピーチのマキでーーーす≫
ステージ上に立つマキは観客に呼びかけ、笑顔を振り撒く。
大人気アイドルの登場に、周りから恐ろしいまでの歓声が飛ぶ。
≪マキ、初めて来るけどこんなに金魚がたくさん…≫
何気なく視線を会場全体にやったマキは固まった。
ステージ上にいる彼女を、会場のあちこちに飾られている金魚草が、大きく突き出た目玉で見ていたからだ。
≪…マ…マキ、こんな素敵なイベントに参加できて嬉しいなっ!≫
(…メッチャ見てる……)
大きな目玉がこちらをじっと凝視している気がして、笑顔が強張ってしまう。
しかし遠目にも盛り上がる雰囲気で、大勢のファンが集まって満員だった。
「鬼灯ちゃん、よく呼べたわねェー!ピーチ・マキちゃんて、今人気でしょ?」
「何回かお会いしたことがありまして…一応番号控えといて正解でした」
今年は最近のコンテストの中でも群を抜くほどの盛況ぶりた。
これもアイドルであるマキの人気ゆえだろう。
「きゃあああ!!天使降臨!マキちゃん可愛い!!」
鬼灯と実行委員の鬼が話し合っている最中、朱井はひたすらカメラのシャッターを切っていた。
熱気に包まれ盛り上がる会場を背に受けながら舞台袖へと戻ってきたマキに、朱井は駆け寄る。
「お疲れ様ですマキちゃん!」
「え!?どちら様……?」
声をかける謎の美女に戸惑いながらもマキはおっかなびっくり会場の様子を窺う。
「何ていうか、すごいコンテストですね…」
「ですよね!抱きしめてもいい!?」
「マキさん、どうもありがとうございます。これ粗品ですが」
話に花を咲かせる前に、割り込むように鬼灯がひょいと顔を覗かせた。
華やいでいた視界が墨を流したような黒に塗り替えられた朱井は、目をまばたきさせて目の前の逆さ鬼灯を見上げるけれど、彼はこちらに一瞥もやることなくマキに手土産を差し出している。
「いっ…いらねぇっ……いやっ!どうも!ありがとうございますっ…」
それは金魚草の花束で……思わず本音が飛び出しそうになったが、ぐっと堪える。
「あとコレも…あ、コレ、応募券送るともれなく貯金箱当たります」
「ど…どうも……」
(…もれなくいらない……)
次々と渡される金魚草グッズの数々に断ることもできず、マキはただ受け取るしかない。
出番が回ってきたため、朱井は興奮を必死に抑えステージに向かう。
――やばいやばい!
――マキちゃんやっぱマジ可愛い!
――あたしのスマホが火を吹いた!!(連写的な意味で)
舞台裏にいる鬼灯達の他には、コンテストに遊びにやって来た唐瓜と茄子がいた。
「やっぱ来てよかったよ。マキちゃん、近くで見ると可愛いな」
――違うよ茄子君、近くでも可愛い!
――地球の裏側から見ても勿論可愛い!
(それ見えてなくないですか。by.鬼灯)
「…舞台裏って面白いなー」
普段、めったにお目にかかることのない舞台裏に興味津々な茄子はアイドルにも目を輝かせる。
対して唐瓜の反応は薄かった。
「唐瓜はマキちゃん興味ない?」
「え…イヤ、可愛いけど。俺、杉本彩タイプの方が好きなんだ」
「わかりやすい奴だなー」
一層赤く色づいた模様は鮮やかに映え、通り過ぎる人々の目を潤した。
「金魚草が……今年も紅葉してきましたねえ……」
ゆらゆら揺れる金魚草に水やりをしながら、鬼灯は感慨げにつぶやいた。
地獄秋の名物詩として評判の金魚草。
茎の先端に大きめの金魚がついている変哲な外見の植物だが、地獄の間では大人気の植物だ。
「毎年秋になると、金魚草の模様がより赤く鮮やかになります」
金魚草の生みの親で愛情たっぷりに育てている鬼灯の説明にも熱が入る。
「葉も濃緑から黄味がかかった色へ。中にはガラリと赤紫に変化するものもあります」
鮮やかな金魚の口から漏れるのは、
「あ゙あ゙あ゙あ゙~~~」
不気味な鳴き声。
「そ、そうですね」
ワーカーホリックな鬼神の趣味とも思えぬ台詞を連発され、凜は頷いたものの口許が軽く引きつってしまった。
――こ、これ紅葉してるのか…確かに赤紫っぽくなってるし、葉っぱも黄色くなってる。
強張り気味な笑みを浮かべる凜の隣では、唐瓜が金魚草をじっと見つめていた。
「紅葉というより、チアノーゼに見えるんですけど……」
彼は冷や汗を滲ませながらそれを見つめているけれど、マニアの間ではざわめくトルコ石などと呼ばれ高値で取引きされている。
「マニアの間では『ざわめくトルコ石』の名で高値がついているらしいです」
声高らかに絶叫する宝の山に凜と唐瓜は顔を見合わせた。
どうにも摩訶不思議な植物に慣れない二人の後ろでは、
「イトウに行くならハ・ト・ヤ」
茄子が金魚草を持って、某ホテルの懐かしいCMソングを口ずさんでいた。
「こんな商品も出ています。ストラップ、アカスリ、サプリメント」
ここぞとばかりに、唐瓜と茄子に金魚草グッズをオススメする。
「サプリのオシャレパッケージ」
「何故サプリ…」
「俺、前から興味あったんだ。可愛いよな、金魚草」
「え~~~~…」
金魚草に興味を示す茄子の言葉に、唐瓜は微妙な表情を浮かべる。
「面白いじゃん、ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど…」
(金魚草よりも、この二人の会話の方が可愛いよ!!)
地獄のチップとデールと呼ばれている二人組を前にして、凜の疲れた心がたちまち癒される。
「あたしも前から金魚草擬人化したら可愛いかなって思ってたんだ。可愛いよね(擬人化した)金魚草」
茄子からスケッチブックと鉛筆を借りて、さらさらっと擬人化金魚草を描いて唐瓜に見せる。
「う~~ん…」
やっぱり、あのビジュアルに受け入れられないでいると、不意に凜が上目遣いにこちらを見てドキッとしてしまった。
「やっぱりダメかな?」
「いや、ダメじゃないですけど…」
うーん、擬人化すればイケると思ったんだけどなあ。
鬼灯さんは、なんでこんなに金魚草可愛いと思えるんだろ。
(うわっ、アレと目が合った気がする!)
スケッチブックから顔を上げた拍子に、金魚草の左右に突き出た目と合ってしまった。
――まあ、あたしが言えることじゃないけどさ。
二人には「お互いの趣味に口出ししない」みたいな暗黙のルールがある。
――だからあたしがスマホでアニメの画像あさってても何も言わないんだよね!
――普通ドン引きだよね!
――画面越しの美少女見てニヤニヤしてる女が隣にいるなんて!
――マジ鬼灯さんの心、大平洋よりも広いわ。
だから金魚草については何も言わない。
(ずーっと見てると、アレも可愛く見えてくる…し……ごめん、やっぱ怖いわ!)
「他にも思案中のグッズが……」
他にも新たなグッズ展開を模索中のようで、試作品の段ボールから目当てのものを取り出す。
「なんかさ~…俺、この目が怖いんだよ。こいのぼりとか
「えっ…」
「あっ…」(察し)
金魚草をモチーフにしたこいのぼりのような飾りを手に唖然とする鬼灯と口許に手を当てる凜に、
「作っちゃった、こいのぼり…いや、金魚のぼり」
それを見た唐瓜は思った。
(…たまにこの人、頭いいのかおかしいのか、わかならくなるな。なぜ、凜さんも……)
閻魔大王の補佐官として有能な働きぶりを見せる鬼灯の変な趣味に脱帽。
「鬼灯様、もうすぐ金魚草のコンテストやるよね?アレ、入場料とかある?」
「ないですよ。お祭りみたいなものです」
※第3話参照。
「今年の大会で『金魚草大使』も選ばれます。盛り上がると思いますよ」
「へえ~」
「「へえ~~……」」
素直な感嘆が宿っている茄子と、顔を青ざめる凜と唐瓜。
金魚草のコンテストがあるという鬼灯の会話を聞いて、
「行ってみようよ」
「え~~…まぁ、いいけど」
茄子に誘われる唐瓜に笑みを向けていると、着信音が聞こえてきた。
鬼灯が着物の袖から携帯を取り出して、ボタンを押す。
「ハイ」
≪あ、もしもし、大会実行委員会ですー≫
「ああ、ハイ」
鬼灯は、しばらく電話相手と話し込む。
「あ、大会のゲストについて……ミステリーハンターのお姉さん呼べませんかね?私好きなんですよ」
≪…イヤ、ミステリーハンター、今ミステリーハントしに行ってるでしょ…それに亡者じゃないし…≫
どうやら、コンテストにミステリーハンターのお姉さんを呼ぼうと話し込んでいるようで、その無理難題に凜は半眼になる。
その時、ゲストに亡者の第二補佐官はどうかと切り出された。
≪あの子、顔も綺麗系で映えるし、抜群に知名度もあるし!≫
「凜さん……ですか?」
この時、凜と目が合った。
鬼灯はいきなり声を荒げた。
「地獄で発見しなさいよ!不思議を!」
≪貴方が不思議よ…でも、タレントさんはいいわよねー。アイドルの一人でも呼べればいいんだけど≫
「……アイドル?アイドルですか」
アイドルと聞いて、鬼灯の脳裏に一人の少女が浮かんだ。
「凜さん!今すぐマキさんに電話!」
「うえっ!?は、はいィィ」
突然鬼灯に言われ、凜は急いでスマホを取り出し電話帳からマキの名前を探す。
発信ボタンを押して、コール音が鳴る。
(今マキちゃん忙しくないのかなー。出てくれるかなー)
電話に出るのを待つ間に、振り返って訊ねる。
「あ、そういえば何を伝えればいいんですか?」
「金魚草コンテストの出演依頼についてです」
「了解しましたー…あ、マキちゃん!?久しぶり!」
ちょうど休憩中だったらしく出てくれた。
「うんうん、いきなりごめんねー!金魚草コンテストの出演依頼なんだけど」
五分後。
「――でねー、こないだ八寒地獄行って死にかけたんだよ!行ってみて!死ぬから!」
十分後。
「なにそれ!あははは!」
二十分後。
「あ、そろそろ休憩終わり?うん、うん、んじゃ、またあとでねー」
ようやくマキとの電話が終わり、笑顔を浮かべて申し出の受諾を報告する。
「…ふぅ、ちゃんと出てくれるそうですよ、鬼灯さん!」
マキのゲスト出演が決まったはずなのに、何故か顔色が悪かった。
(あれ、なんかがげっそりしてる)
「どうして女子って電話こんな長いんでしょうね…」
「よく会話続くよね」
「女性は電話と準備と買い物が長い生き物ですからね」
「え?たった二十分ですよ」
そんな長かったかな?
まあ、マキちゃん呼べたし、あとはコンテストを待つだけ!
一仕事終えたかのように満足げな気分でいると、鬼灯がぼそりとつぶやいた。
「もう一つ、ちょっとしたパフォーマンスを思いつきました。仕掛けてみるのもいいかもしれませんね」
「パフォーマンス、ですか?」
「上手くいけば、盛り上がるかもしれません」
きゅ、と着物の裾を握りしめる凜の顔は引きつり、傍目にも緊張しきっていた。
鬼灯はそんな彼女の髪を撫でながら声をかけた。
「大丈夫ですよ、落ち着きなさい」
「いくらなんでも無理ですよ、だって…」
なんとも恥ずかしげな風情で身をすくませ抗議する。
「なんでまた、こんな格好しなきゃいけないんですか!」
白地に薄い青色の花模様を細かく散らした着物で、袖口や裾は金魚草のヒダがあしらわれている。
しかも、淡い茶色の髪を結い上げて。
「マキさんが出るだけでも盛り上がるでしょうが、貴方の名前を出して正解でした。これで話題性が抜群です」
「なんであたしまで…それに、いつの間にこんなもの用意したんですか」
第二補佐官、緊急参戦。
超ド級の重要機密である。
関係者どころか地獄内でもまだ四、五名しか知る者はいない。
≪こんにちはーーっ。ピチピチピーチのマキでーーーす≫
ステージ上に立つマキは観客に呼びかけ、笑顔を振り撒く。
大人気アイドルの登場に、周りから恐ろしいまでの歓声が飛ぶ。
≪マキ、初めて来るけどこんなに金魚がたくさん…≫
何気なく視線を会場全体にやったマキは固まった。
ステージ上にいる彼女を、会場のあちこちに飾られている金魚草が、大きく突き出た目玉で見ていたからだ。
≪…マ…マキ、こんな素敵なイベントに参加できて嬉しいなっ!≫
(…メッチャ見てる……)
大きな目玉がこちらをじっと凝視している気がして、笑顔が強張ってしまう。
しかし遠目にも盛り上がる雰囲気で、大勢のファンが集まって満員だった。
「鬼灯ちゃん、よく呼べたわねェー!ピーチ・マキちゃんて、今人気でしょ?」
「何回かお会いしたことがありまして…一応番号控えといて正解でした」
今年は最近のコンテストの中でも群を抜くほどの盛況ぶりた。
これもアイドルであるマキの人気ゆえだろう。
「きゃあああ!!天使降臨!マキちゃん可愛い!!」
鬼灯と実行委員の鬼が話し合っている最中、朱井はひたすらカメラのシャッターを切っていた。
熱気に包まれ盛り上がる会場を背に受けながら舞台袖へと戻ってきたマキに、朱井は駆け寄る。
「お疲れ様ですマキちゃん!」
「え!?どちら様……?」
声をかける謎の美女に戸惑いながらもマキはおっかなびっくり会場の様子を窺う。
「何ていうか、すごいコンテストですね…」
「ですよね!抱きしめてもいい!?」
「マキさん、どうもありがとうございます。これ粗品ですが」
話に花を咲かせる前に、割り込むように鬼灯がひょいと顔を覗かせた。
華やいでいた視界が墨を流したような黒に塗り替えられた朱井は、目をまばたきさせて目の前の逆さ鬼灯を見上げるけれど、彼はこちらに一瞥もやることなくマキに手土産を差し出している。
「いっ…いらねぇっ……いやっ!どうも!ありがとうございますっ…」
それは金魚草の花束で……思わず本音が飛び出しそうになったが、ぐっと堪える。
「あとコレも…あ、コレ、応募券送るともれなく貯金箱当たります」
「ど…どうも……」
(…もれなくいらない……)
次々と渡される金魚草グッズの数々に断ることもできず、マキはただ受け取るしかない。
出番が回ってきたため、朱井は興奮を必死に抑えステージに向かう。
――やばいやばい!
――マキちゃんやっぱマジ可愛い!
――あたしのスマホが火を吹いた!!(連写的な意味で)
舞台裏にいる鬼灯達の他には、コンテストに遊びにやって来た唐瓜と茄子がいた。
「やっぱ来てよかったよ。マキちゃん、近くで見ると可愛いな」
――違うよ茄子君、近くでも可愛い!
――地球の裏側から見ても勿論可愛い!
(それ見えてなくないですか。by.鬼灯)
「…舞台裏って面白いなー」
普段、めったにお目にかかることのない舞台裏に興味津々な茄子はアイドルにも目を輝かせる。
対して唐瓜の反応は薄かった。
「唐瓜はマキちゃん興味ない?」
「え…イヤ、可愛いけど。俺、杉本彩タイプの方が好きなんだ」
「わかりやすい奴だなー」