第31話
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――江戸の頃のお話しさね。
――吉原の一角に小っせえ女郎屋があったのさ。
――そこの端女郎がブチの猫を飼ってたんだが、ある日どこぞの手代と心中してな。
――その心中の仕方ってのが一時期、江戸中の話題になってな……まぁ、そいつぁ、いいや。
――そっからノラになったブチ猫の猫生は大体、想像がつくだろィ?
――猫又になった後は地獄に住みついて、瓦版屋(記者)ンなった。
――猫は誓ったのさ。
――他人は一切、信用しねぇ、全てを食い物にしてやるってさ。
≪H!O!O!鳳凰のお~~……「今日の具体的占~~~~い」!!≫
孔雀に似た羽根を広げ、鳳凰の占い番組がテレビから流れる。
≪本日17時、私、日本上空で空飛んじゃうよ!見た人は超ラッキー!帽子被った猫又さんはアンラッキーな日!気をつけて!≫
――占いという名の完全なる予兆。
「…ニャンだィ、縁起でもニャーな」
テレビ画面の前に座る帽子の被った猫又の小判は顔をしかめ、さっとチャンネルを変える。
≪清朝の宮廷料理人による3分クッキング!本気で凄い料理、3分で作るよ≫
宮廷料理人の、短時間で本格的なレシピを紹介する料理番組。
家族の一員として過ごす、可愛らしい猫を紹介するコーナー『今日のにゃんまた』。
すると、リモコンを操作していた小判の動きが止まり、テレビ画面に見入る。
「ニャッ」
子猫はボールで遊び、コロコロと転がる。
「………………コレが猫かイ」
小判は不愉快そうに顔を歪め、憤然と吐き捨てた。
「こんニャ、人に心の底から媚びるヤツァ、猫じゃねェや。わっちは嫌いだ」
「すれてるね、小判。過去に何かあったヤツの言い草だね」
後ろから声をかけてきたのは、同じ職場で働く猫又だった。
――週刊「三途之川」編集者:鞠。
「アンタ地獄に来て何年目だっけ?」
「300年近ぇな」
「生前は?」
「…遊女の飼い猫さァ。よくある話だろ?」
「アラ、初耳だわ、そうなんだ。アタシもそうなのよ」
「へェそうかい」
すぐ近くでデスクワークをしていた茶色い毛皮の猫又も会話に加わる。
「経理のキジトラもそうだって聞いたなァ。遊女って猫好きが多いのかい?」
「そうさ。江戸の頃、猫飼うのが遊女の間で流行ってたんでィ」
・「寝子」=(遊女)につながる。
・夜行性。
・しなの作り方や性格が遊女とマッチ。
「それになァ、遊女ってなァ、冬でも素足が粋だとされてたんだ。わっちら、しょっちゅうカイロ代わりになってたぜ」
「しかしアンタのその話は初めて聞いたわ」
「昔話はガラじゃニャイやい」
昔話を語る小判を珍しそうに見ると、倦怠さを一切隠さない。
「そうね、アタシらには昔話より今のスクープの方が大切だわ。ハイ、朝食」
「おお、ありがて…」
先程の倦怠さから一転、小判は顔を綻ばせる。
出された朝食はオムライス。
オプションでケチャップに書かれた文字は……『特ダネ』。
「アンタの過去は知らないけど、アンタの〆切はがっちり把握してるよ」
鋭い爪を出して、鞠が極限まで目を見開いて脅す。
――敏腕=(冷血)編集者め!!
近づく〆切と鞠の脅しに戦慄していると、編集長がさらなる追い討ちをかけた。
「次は脱衣婆以外でヨロシク。また婆関係だったら、オマエ、リストラ」
――ふおおおおおお、わっちの周りに味方はいねぇ。
ここに味方はいない。
孤立無援となってしまった。
「…集合地獄の花街にネタ探しにでも行くかァ……」
悄然と肩を落とし、小判はネタを探しに衆合地獄に向かった。
ペンの走る音と紙の束をめくる音だけが執務室に響く。
日々押し寄せる仕事の真っ最中、閻魔がこんなことを聞いてきた。
「そういえば、鬼灯くんと凜ちゃんって犬派?猫派?」
どっちもかわいいけど、どっちかと言うと好きなのは犬か猫か。
某所で犬派と猫派の聖戦が始まりそうですが、物語には関係ないので割愛します。
「あいにく、私は金魚派なので」
「金魚派なんて聞いたことないよ」
もし金魚派の派閥があったとしても、入っているのは鬼灯だけだろう。
「じゃあ凜ちゃんは?」
「犬派ですね」
ちなみに理由は人懐っこく、よくわかんない行動が可愛くて散歩ができる。
さらに、凜は猫が苦手な理由も話した。
「何か猫ってあざとい気がする。自由気ままですり寄ったり離れたり…あたしはあんまり好かないな」
「「………」」
二人の反応はこの時、微妙なものだった。
閻魔は控えめに無言だったが、やや悲しげな瞳には『それはどうだろう?』と問題提起を促す意思が垣間見えた。
鬼灯は『だから、貴方という人は……』と言いたげに悩ましく頭を振り、憂鬱そうな吐息をハァとこぼした。
凜はこの時、何か変なことでも言ったのだろうか、と感じた。
解けない命題にぶつかった気分でいると、鬼灯が立ち上がる。
「…もうこんな時間…大王、私達は今から視察に行きますので。凜さん」
厳しい声音で名前を呼ばれて、
「は、はい!」
慌てて立ち上がる。
早くも先を行ってしまう鬼灯の後を追うべく、自分も早足で――ふと思い直して立ち止まる。
閻魔を見つめる凜が、優しく微笑んだ。
「閻魔様、いってきます」
ぺこりと頭を下げると、閻魔は手を振って見送ってくれた。
綺麗だな、と閻魔は唐突に思う。
彼女の外見や背筋の伸ばされた姿勢や、雰囲気や、表情から滲み出るその真摯な性格、そういうもの全てを含んだその美しさに、閻魔は打たれ言葉を失ってしまった。
ずっと果てまで連なる大小の屋根は、あまりにも賑やかだ。
華やかな管弦の音色が響く。
「兄さーん。寄ってかーん?」
衆合地獄の花街に並ぶ妓楼の一つ『花割烹狐御前』で客寄せをする野干の元に小判がやって来る。
「よーーう」
「おう、小判」
二人は気軽に挨拶を交わし、軽口を飛ばす。
「最近どうでィ。イケメン俳優とか来てニャーか?」
「イヤ~~~さっぱり。今ァ芸能人もそういうの厳しいでな、とんと見んよ」
その時、一組の男女が店の前を横切った。
「あっ、なー兄さん姐さん。寄ってってエ~~」
「…じゃーもう仕方ねェ、妲己の取材でもすっかイ」
仕方なく妲己に取材しようと決める横で、野干が客を引き止める。
しかし、彼は逆に相手から、なかなかの切り込み具合の質問を返されて戸惑った。
「…ああ、妲己さんの店ですか…ここ、営業許可取ってます?」
「え?取って…ますよ。何?二人って警察?」
聞き覚えがありすぎる声に振り返ると、案の定そこには因縁の第一補佐官がいて、
「セヤッ!!」
シルク・ドゥ・ソレイユのサーカスに入れそうなくらいの身のこなしで、小判は屋根の上へと跳び退いた。
「うおっ!?アクロバティックニャンコ!!」
恐怖でプルプル震えている小判を見上げ、鬼灯は訝しげに眉を寄せた。
「…何故逃げるんです、小判さん」
「………」
引きつった笑みを浮かべるしかない凜である。
一方、小判は縁を切るためのおまじないを叫ぶ。
「冷血獄卒えんがちょ」
えんがちょするくらい鬼灯さんが嫌か。
突然凜はしゃがみ込むと、目の前にいる狐に興味が湧いてモフモフし始める。
「なんだ、獄卒か。じゃ関係ねェ。こってすじゃ」
「まァ烏天狗警察でもない私達が直接ガサ入れする訳じゃありませんけどね」
言いながら、視察そっちのけで動物と戯れる少女の頭を叩く。
野干は鬼灯が警察ではないと知って安心したのか、痛みに悶える亡者に視線を移す。
途端、細められた目を見開いて、凜の足の先から頭のてっぺんまで見た後、言った。
「ふむ……ふむふむ……姐さん、なかなかいい女ですね」
「あ…ありがとうございます」
いきなり褒められ戸惑いつつも、嫌な気がしない凜は照れる。
そんな彼女が気に食わないのか、鬼灯が憎まれ口を叩いた。
「そうでしょうか?」
しかし野干的には違う意見らしい。
「本気で言ってるなら兄さん、女を見る目がないですぜ。この子は外見はまあまあ幼いし、華やかさに欠ける感じだろうけど……どこか人を惹きつける魅力があるね」
……当たってますね。
顔の造形はくっきりとした目鼻立ちをしていて、一見したら聡明なクールビューティー。
だが、重要なのはそこではない。
細められた瞳と不敵な笑みを代名詞として、黒い本質の片鱗。
どうやら妓楼で働くだけのことはあるようです。
「なんなら、遊女として働いたらどうですか?姐さんほどのお人なら、あっという間に売れっ妓 になれるよ」
「無理ですよ、無理!!」
その本人は自身を指差し、大声で叫んだ。
「あいにくですが、彼女は私の部下なので転職の勧誘はやめてもらえませんか」
「命惜しけりゃ、この方に手ェ出すのはやめといた方がいいと思うぜ」
その時だった。
烏天狗警察の一員である義経が店の入り口を激しく叩いている。
「警察です!!ちょっとお話よろしいですか!」
警察の抜き打ち捜査に、
「すいませーーん」
周囲がにわかに騒がしくなる。
「何じゃい、騒がしいな」
「向かいの店に烏 来やがった!」
野干が同じ客寄せの男に事情を訊ねると、なんでも派手に料金を上乗せすぎて警察に情報が漏れたらしい。
「派手にボッタクリすぎてタレコミ入ったらしい!ウチは今日は店じまいだ、オメーんとこも気をつけな」
誰もが我関せずと、周囲の同業者に注意を促しながら店じまいを始めている。
野干も同じように慌てて、表にある看板を下げ始めた。
「アチャ~……こりゃまずい」
すると表が騒がしかったからか、二階の窓が開いた。
外の様子を見たかったのだろう。
「何?何かあったの?」
しかし、そこにいたのが顔馴染みの薬剤師という時点で、呆れる以外の行動が取れなかった。
「オマエ、いたのか」
「真っ昼間からお盛んな事ですね。店を弟子任せにして、一人花街で豪遊ですか」
白澤の隣で三味線を手にしていた妲己が艶やかに微笑んだ。
「アラ凜ちゃん、もしかして転職?」
凜は目を丸くし、首と両手をせわしなく振って否定する。
警察の粘り強さに根負けして、ようやく店の戸が少しだけ開いた。
下働きの男が義経の愛らしい顔を見て一言。
「何?あ、面接なら『美少年の花園』って店がこの先にあるよ」
人の顔を見て、いきなりの言い草。
「逮捕」
「それはさすがに職権乱用じゃないですか?」
逮捕状もなしに突きつける義経を、烏天狗がたしなめる。
しばらくして、烏天狗の組み合わせを見た男は合点がいった。
「あ……警察?今…責任者いないから」
「あっ」
責任者がいないとの理由で門前払いされてしまう。
抜き打ち捜査の様子を遠目から眺めていた鬼灯がねぎらいの声をかける。
「…大変ですねぇ」
「…あ。鬼灯様、凜様」
「義経様、美少年の花園で働くんですか?」
「働きません!!」
期待のこもった眼差しで問いかければ、義経の顔が引きつり断言する。
(ごめんね!なぜかそこだけ聞き取れてしまったんだ!!)
とりあえず義経からぼったくりの事情を聞くべく長椅子に座った。
「『大判』って遊女がいましてね」
差し出された写真には猫のごとき大きな目に、肉球と小判柄の着物姿の女性が写っていた。
「ああ、知っています。心中した端女郎ですね。確か情状酌量になった亡者です」
「江戸時代、借金のカタに身売りされて、死ぬまで働くっていうヘルポイントの……」
あまりの悲惨っぷりに戦勝国GHQのマッカーサーさんが『そりゃないぜ!』と言うまで三百年も続いた闇の社交場である。
「ええ、今はそこで店を構えているのですが……」
ぼったくり疑惑のかかった店を見ながら、胡乱そうに語る。
「あの店がどうもボッタクリらしくて…まァこの辺一帯怪しいんですけどね」
――吉原の一角に小っせえ女郎屋があったのさ。
――そこの端女郎がブチの猫を飼ってたんだが、ある日どこぞの手代と心中してな。
――その心中の仕方ってのが一時期、江戸中の話題になってな……まぁ、そいつぁ、いいや。
――そっからノラになったブチ猫の猫生は大体、想像がつくだろィ?
――猫又になった後は地獄に住みついて、瓦版屋(記者)ンなった。
――猫は誓ったのさ。
――他人は一切、信用しねぇ、全てを食い物にしてやるってさ。
≪H!O!O!鳳凰のお~~……「今日の具体的占~~~~い」!!≫
孔雀に似た羽根を広げ、鳳凰の占い番組がテレビから流れる。
≪本日17時、私、日本上空で空飛んじゃうよ!見た人は超ラッキー!帽子被った猫又さんはアンラッキーな日!気をつけて!≫
――占いという名の完全なる予兆。
「…ニャンだィ、縁起でもニャーな」
テレビ画面の前に座る帽子の被った猫又の小判は顔をしかめ、さっとチャンネルを変える。
≪清朝の宮廷料理人による3分クッキング!本気で凄い料理、3分で作るよ≫
宮廷料理人の、短時間で本格的なレシピを紹介する料理番組。
家族の一員として過ごす、可愛らしい猫を紹介するコーナー『今日のにゃんまた』。
すると、リモコンを操作していた小判の動きが止まり、テレビ画面に見入る。
「ニャッ」
子猫はボールで遊び、コロコロと転がる。
「………………コレが猫かイ」
小判は不愉快そうに顔を歪め、憤然と吐き捨てた。
「こんニャ、人に心の底から媚びるヤツァ、猫じゃねェや。わっちは嫌いだ」
「すれてるね、小判。過去に何かあったヤツの言い草だね」
後ろから声をかけてきたのは、同じ職場で働く猫又だった。
――週刊「三途之川」編集者:鞠。
「アンタ地獄に来て何年目だっけ?」
「300年近ぇな」
「生前は?」
「…遊女の飼い猫さァ。よくある話だろ?」
「アラ、初耳だわ、そうなんだ。アタシもそうなのよ」
「へェそうかい」
すぐ近くでデスクワークをしていた茶色い毛皮の猫又も会話に加わる。
「経理のキジトラもそうだって聞いたなァ。遊女って猫好きが多いのかい?」
「そうさ。江戸の頃、猫飼うのが遊女の間で流行ってたんでィ」
・「寝子」=(遊女)につながる。
・夜行性。
・しなの作り方や性格が遊女とマッチ。
「それになァ、遊女ってなァ、冬でも素足が粋だとされてたんだ。わっちら、しょっちゅうカイロ代わりになってたぜ」
「しかしアンタのその話は初めて聞いたわ」
「昔話はガラじゃニャイやい」
昔話を語る小判を珍しそうに見ると、倦怠さを一切隠さない。
「そうね、アタシらには昔話より今のスクープの方が大切だわ。ハイ、朝食」
「おお、ありがて…」
先程の倦怠さから一転、小判は顔を綻ばせる。
出された朝食はオムライス。
オプションでケチャップに書かれた文字は……『特ダネ』。
「アンタの過去は知らないけど、アンタの〆切はがっちり把握してるよ」
鋭い爪を出して、鞠が極限まで目を見開いて脅す。
――敏腕=(冷血)編集者め!!
近づく〆切と鞠の脅しに戦慄していると、編集長がさらなる追い討ちをかけた。
「次は脱衣婆以外でヨロシク。また婆関係だったら、オマエ、リストラ」
――ふおおおおおお、わっちの周りに味方はいねぇ。
ここに味方はいない。
孤立無援となってしまった。
「…集合地獄の花街にネタ探しにでも行くかァ……」
悄然と肩を落とし、小判はネタを探しに衆合地獄に向かった。
ペンの走る音と紙の束をめくる音だけが執務室に響く。
日々押し寄せる仕事の真っ最中、閻魔がこんなことを聞いてきた。
「そういえば、鬼灯くんと凜ちゃんって犬派?猫派?」
どっちもかわいいけど、どっちかと言うと好きなのは犬か猫か。
某所で犬派と猫派の聖戦が始まりそうですが、物語には関係ないので割愛します。
「あいにく、私は金魚派なので」
「金魚派なんて聞いたことないよ」
もし金魚派の派閥があったとしても、入っているのは鬼灯だけだろう。
「じゃあ凜ちゃんは?」
「犬派ですね」
ちなみに理由は人懐っこく、よくわかんない行動が可愛くて散歩ができる。
さらに、凜は猫が苦手な理由も話した。
「何か猫ってあざとい気がする。自由気ままですり寄ったり離れたり…あたしはあんまり好かないな」
「「………」」
二人の反応はこの時、微妙なものだった。
閻魔は控えめに無言だったが、やや悲しげな瞳には『それはどうだろう?』と問題提起を促す意思が垣間見えた。
鬼灯は『だから、貴方という人は……』と言いたげに悩ましく頭を振り、憂鬱そうな吐息をハァとこぼした。
凜はこの時、何か変なことでも言ったのだろうか、と感じた。
解けない命題にぶつかった気分でいると、鬼灯が立ち上がる。
「…もうこんな時間…大王、私達は今から視察に行きますので。凜さん」
厳しい声音で名前を呼ばれて、
「は、はい!」
慌てて立ち上がる。
早くも先を行ってしまう鬼灯の後を追うべく、自分も早足で――ふと思い直して立ち止まる。
閻魔を見つめる凜が、優しく微笑んだ。
「閻魔様、いってきます」
ぺこりと頭を下げると、閻魔は手を振って見送ってくれた。
綺麗だな、と閻魔は唐突に思う。
彼女の外見や背筋の伸ばされた姿勢や、雰囲気や、表情から滲み出るその真摯な性格、そういうもの全てを含んだその美しさに、閻魔は打たれ言葉を失ってしまった。
ずっと果てまで連なる大小の屋根は、あまりにも賑やかだ。
華やかな管弦の音色が響く。
「兄さーん。寄ってかーん?」
衆合地獄の花街に並ぶ妓楼の一つ『花割烹狐御前』で客寄せをする野干の元に小判がやって来る。
「よーーう」
「おう、小判」
二人は気軽に挨拶を交わし、軽口を飛ばす。
「最近どうでィ。イケメン俳優とか来てニャーか?」
「イヤ~~~さっぱり。今ァ芸能人もそういうの厳しいでな、とんと見んよ」
その時、一組の男女が店の前を横切った。
「あっ、なー兄さん姐さん。寄ってってエ~~」
「…じゃーもう仕方ねェ、妲己の取材でもすっかイ」
仕方なく妲己に取材しようと決める横で、野干が客を引き止める。
しかし、彼は逆に相手から、なかなかの切り込み具合の質問を返されて戸惑った。
「…ああ、妲己さんの店ですか…ここ、営業許可取ってます?」
「え?取って…ますよ。何?二人って警察?」
聞き覚えがありすぎる声に振り返ると、案の定そこには因縁の第一補佐官がいて、
「セヤッ!!」
シルク・ドゥ・ソレイユのサーカスに入れそうなくらいの身のこなしで、小判は屋根の上へと跳び退いた。
「うおっ!?アクロバティックニャンコ!!」
恐怖でプルプル震えている小判を見上げ、鬼灯は訝しげに眉を寄せた。
「…何故逃げるんです、小判さん」
「………」
引きつった笑みを浮かべるしかない凜である。
一方、小判は縁を切るためのおまじないを叫ぶ。
「冷血獄卒えんがちょ」
えんがちょするくらい鬼灯さんが嫌か。
突然凜はしゃがみ込むと、目の前にいる狐に興味が湧いてモフモフし始める。
「なんだ、獄卒か。じゃ関係ねェ。こってすじゃ」
「まァ烏天狗警察でもない私達が直接ガサ入れする訳じゃありませんけどね」
言いながら、視察そっちのけで動物と戯れる少女の頭を叩く。
野干は鬼灯が警察ではないと知って安心したのか、痛みに悶える亡者に視線を移す。
途端、細められた目を見開いて、凜の足の先から頭のてっぺんまで見た後、言った。
「ふむ……ふむふむ……姐さん、なかなかいい女ですね」
「あ…ありがとうございます」
いきなり褒められ戸惑いつつも、嫌な気がしない凜は照れる。
そんな彼女が気に食わないのか、鬼灯が憎まれ口を叩いた。
「そうでしょうか?」
しかし野干的には違う意見らしい。
「本気で言ってるなら兄さん、女を見る目がないですぜ。この子は外見はまあまあ幼いし、華やかさに欠ける感じだろうけど……どこか人を惹きつける魅力があるね」
……当たってますね。
顔の造形はくっきりとした目鼻立ちをしていて、一見したら聡明なクールビューティー。
だが、重要なのはそこではない。
細められた瞳と不敵な笑みを代名詞として、黒い本質の片鱗。
どうやら妓楼で働くだけのことはあるようです。
「なんなら、遊女として働いたらどうですか?姐さんほどのお人なら、あっという間に売れっ
「無理ですよ、無理!!」
その本人は自身を指差し、大声で叫んだ。
「あいにくですが、彼女は私の部下なので転職の勧誘はやめてもらえませんか」
「命惜しけりゃ、この方に手ェ出すのはやめといた方がいいと思うぜ」
その時だった。
烏天狗警察の一員である義経が店の入り口を激しく叩いている。
「警察です!!ちょっとお話よろしいですか!」
警察の抜き打ち捜査に、
「すいませーーん」
周囲がにわかに騒がしくなる。
「何じゃい、騒がしいな」
「向かいの店に
野干が同じ客寄せの男に事情を訊ねると、なんでも派手に料金を上乗せすぎて警察に情報が漏れたらしい。
「派手にボッタクリすぎてタレコミ入ったらしい!ウチは今日は店じまいだ、オメーんとこも気をつけな」
誰もが我関せずと、周囲の同業者に注意を促しながら店じまいを始めている。
野干も同じように慌てて、表にある看板を下げ始めた。
「アチャ~……こりゃまずい」
すると表が騒がしかったからか、二階の窓が開いた。
外の様子を見たかったのだろう。
「何?何かあったの?」
しかし、そこにいたのが顔馴染みの薬剤師という時点で、呆れる以外の行動が取れなかった。
「オマエ、いたのか」
「真っ昼間からお盛んな事ですね。店を弟子任せにして、一人花街で豪遊ですか」
白澤の隣で三味線を手にしていた妲己が艶やかに微笑んだ。
「アラ凜ちゃん、もしかして転職?」
凜は目を丸くし、首と両手をせわしなく振って否定する。
警察の粘り強さに根負けして、ようやく店の戸が少しだけ開いた。
下働きの男が義経の愛らしい顔を見て一言。
「何?あ、面接なら『美少年の花園』って店がこの先にあるよ」
人の顔を見て、いきなりの言い草。
「逮捕」
「それはさすがに職権乱用じゃないですか?」
逮捕状もなしに突きつける義経を、烏天狗がたしなめる。
しばらくして、烏天狗の組み合わせを見た男は合点がいった。
「あ……警察?今…責任者いないから」
「あっ」
責任者がいないとの理由で門前払いされてしまう。
抜き打ち捜査の様子を遠目から眺めていた鬼灯がねぎらいの声をかける。
「…大変ですねぇ」
「…あ。鬼灯様、凜様」
「義経様、美少年の花園で働くんですか?」
「働きません!!」
期待のこもった眼差しで問いかければ、義経の顔が引きつり断言する。
(ごめんね!なぜかそこだけ聞き取れてしまったんだ!!)
とりあえず義経からぼったくりの事情を聞くべく長椅子に座った。
「『大判』って遊女がいましてね」
差し出された写真には猫のごとき大きな目に、肉球と小判柄の着物姿の女性が写っていた。
「ああ、知っています。心中した端女郎ですね。確か情状酌量になった亡者です」
「江戸時代、借金のカタに身売りされて、死ぬまで働くっていうヘルポイントの……」
あまりの悲惨っぷりに戦勝国GHQのマッカーサーさんが『そりゃないぜ!』と言うまで三百年も続いた闇の社交場である。
「ええ、今はそこで店を構えているのですが……」
ぼったくり疑惑のかかった店を見ながら、胡乱そうに語る。
「あの店がどうもボッタクリらしくて…まァこの辺一帯怪しいんですけどね」