第30話

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――現世のお山。


「お地蔵様ー」

木霊が狐と一緒にやって来たのは、山中にぽつんと佇む地蔵の像。

「お稲荷さんの神社でお茶会やるんで来ませんかー?お供えにゴディバのチョコ置いてった人がいるらしいですよ。お地蔵さまもおよばれしましょう」


――高級チョコレートの先駆けとして、世界中で愛されているブランドのお供え物を目にした女神(※稲荷明神茶吉尼天だきにてん)は、


「マジかーッッ」


――と目を輝かせ、従属の狐も涎を垂らす。


「……………アレ?」

しかし、話しかけてもいっこうに反応がない地蔵に、木霊は一旦言葉を切って続けた。

「あ、今日は地獄へお戻りなのかな?」







地獄――賽の河原。

そこでは亡者の子供達がジェンガ積みをしていた。

「…このくらい積めば大丈夫かなぁ」

「そ~っとだぞ……」

主にパーティーゲームとして利用されるジェンガを崩さないように注意しながら、あえて積み上げる。

「わあっ鬼だ」

「また崩しに来た!」

その時、ズンズンと足音を響かせて鬼が鉄球を振り回し、せっかく積んだジェンガを壊してしまう。

「やめろよォォ、これじゃいくらやっても終わりがない」

「許せ、俺だって辛いんだ!俺にも家族がいるし、給料が欲しい」

恐ろしい形相とは裏腹に、その理由は切実なものだった。

「児童虐待はんたぁ~~い」

「教育委員会に訴えるぞォ~~」

その不遜な言葉は、小学生男子だけに許される、独特の口調で放たれた。

「オマエら永久にここから出さんぞ」

再び始まろうとする言い合い――それを、涼やかな声が制した。

「――賽の河原。子供が死後に赴き、不毛な石積みを行われ、鬼から苦しみを受けると信じられている。現在では石積みもジェンガに変わったとは…」

鬼の背後からやって来た声の主に、彼の目は釘付けになった。

元々子供達の見張りはあくまで仕事、性的な趣味など欠片もない。

いい加減相手にするのも辟易していたが、眼前の少女はいくら息を切らして駆けても、追いかける価値があった。

年齢は18、19歳――あどけない子供達と異なり、既に芽吹いて花を咲かせた美貌。

大人びた顔立ちは、特に赤みのかかった黒い瞳が目を惹く。

様……!?」

鬼は生唾を飲み込みながら声をあげた。

既に興味は新たな少女に移りつつある。

茶味色の強い髪を赤いリボンで結わえ、和服をベースにした服装。

「お一人でどうなされました!?鬼灯様は!?」

亡者でありながら第二補佐官に任命された少女の登場に、鬼は姿勢を正した。

「あ、そんなかしこまらなくても。後から鬼灯さんも来るんで。どうぞお構いなく」

居並ぶ子供達が目にするのは、それまで見たことのない種類の美貌の主。

凜とした立ち振る舞いで立つ彼女は、何事もなく鬼と会話している。

「ホラッ、また積み上げろ」

「このゲーム飽きた~~~」

「難しい~~」

「何を言うか、昔は石積みだったんだぞ、ジェンガだけマシと思え!」

すると、ジェンガに飽きた子供達がふてぶてしく文句を言う。

「DSやりたい~~」

「ここ、パソコンもないの?」

「ぐぬぬぬ、現代っ子め……」

恒例のやり取りに微笑んでいると、前を見やれば女の子が数人。

どうかしたの、とできるだけ優しい声音で聞けば、顔を見合わせて一度頷いた。

「一緒に遊んでくださいっ」

「お姉さん、お願いします!」

可愛らしいお願いに、が首を横に振るはずもない。

快く了承すれば、やはりおままごとがしたいのだという。

(そうだよね、ジェンガだけじゃつまらないよね)

お姉さん、と見上げてくる女の子達に、もちろん、と返して名前を教えれば、

お姉ちゃん!』

と早速元気よく呼んでくれる声に、ついつい頬を緩めた。

だが、彼女は最近の子をなめていた。

お姉ちゃんは、あの怖いお兄さんの部下なんでしょ?」

「うん、そうだよ。よく知ってるね」

「だって、お地蔵様と一緒によく来るもん」

「お地蔵様?」

「――みんな集まって!」

突如女の子の一人が声をかけるや、あっという間にスクラムを組んで、額を合わせながらひそひそと話し始める。

時折こちらをチラチラ見たり、

お姉ちゃん攻略難しそうだね」

と漏れ聞こえてくる声を、居心地悪く眺める。

(な、なにあれ?)

やがて話し合いが終わったのか、女の子達が真面目くさった顔をして散会する。

「お兄さんとちゅーしたの?」

いきなりヘビー級のパンチが飛んできて、思わず積み上げていたジェンガを壊してしまった。

しかも顔色一つ変えずに、

「ぎゅーとかちゅーとかしたの?」

再び言い放った。

最近の子はマセている……身を持って思い知った。

我先にと集まり、一瞬で気圧される。

下手に返せば祭り上げられること間違いなしだ。

何より、隣に他人がいてそんな話を聞かれるというのが嫌だ。

なんと返せばいいかわからなくて、あーうーと唸っていると、きゃあきゃあと女の子達が騒ぐ声。

「私、知ってるよ。お兄ちゃんが必死にアプローチしてるって事!」

「お姉ちゃんはお兄ちゃんと結婚を前提にお付き合いしてるって本当?」

「教えて教えて!!」

の声は届かず、思い思いに質問をぶつけていく。

「ちょっ、ちょっと、コラ、押さないで……」

……声は届くわけもなく、は質問責めに呑み込まれた。

「あっ!!」

そんな話をしていると光が瞬き、鬼灯と地蔵菩薩が姿を現れた。

途端、子供達は一斉に地蔵菩薩の方へ走る。

質問責めから解放されたは脱力して、フラフラとした足取りで鬼灯の隣に立つ。

「……疲れました、色々と」

「見ていればわかります」

部下のあまりに憔悴しきった姿を気の毒に思った鬼灯は、彼女の頭に手を置き、長い亜麻色の髪をゆっくり撫でた。

さんの髪は、いつまでも撫でていたくなるような触り心地ですね」

それを振り払おうとしたは手を伸ばして……途中でやめた。

何故か、そんな気分ではなくなったのだ。

そのままの体勢をしばらく維持。


――ああかわいい、超かわいい。


鬼灯は緩みそうになった顔を引き締め眉間の皺を深くする。

「だ……」

「だ?」

「抱きしめてもいいですか?」

「え」

今改めてこの愛らしい少女を抱きしめて癒しを堪能したい。

じりじり詰め寄る鬼灯に、はじりじり後退していく。

「そんなに怯えなくても、傷つけたりはしないのに……どうしてですか?」

「とにかく、い……嫌です…」

「何故?」

「目が……怖い…です…」

「私はさんの言葉でいたく傷ついてしまいました」

「責めるように見られても嫌です」

「どうしても?」

「人間としての本能というか……身の危険を感じるので、お断りしてもいいですか?」

「また別の機会にいいですか」

「気が向いたらですが」

はまた一歩下がった。

未だに警戒から抜け出せない眼差しで、賽の河原にやって来た理由を訊ねる。

「……何が始まるんですか?」

「地蔵菩薩としての仕事です」

「仕事?」

混乱中のはまだ何もわからないまま、ただ見ていることしかできなかった。

穏やかな笑みを浮かべる地蔵菩薩に子供達が群がり、現世への転生を焦がれる。

「わぁ、お地蔵様だ」

「今日は私を助けて」

「僕」

「助けてぇ~」

一人だけ、行儀悪く鼻をほじる子供もいた。

「オイ、じぞう。天国逝きにしなけりゃパパに言うぞ」

「口を慎め、おガキ様がッッ!!」

そんな中、地蔵菩薩は手前にいた三人の頭を撫でる。

「今日はこの3人が現世へ卒業します」

「貴方がたはまだ、ここで修行です」

選別から外れた子供達は残念そうな顔で、えーーっ、とうろたえる。

「『えー』じゃない!」

「パパに……」

生意気な子供がしゃべる前に、鬼灯は鼻に指を突っ込んだ。

「言ってみろ」

(この人、容赦ないな……)

「子供が生意気言うのは仕方ないですが、その度に注意していかないと!!これでも甘い方ですよ、地獄は!」

もっともらしいことを言う意見には賛成だが、

「さすがにそこまで…」

鼻に指を突っ込む制裁に顔を青ざめる。

「素直じゃなかったら、素直になってもらうしかないね。でもあたし、拷問とかはちょっとなー」

(意外…鬼灯様の事だから、様にも教えてると思ってた)

「でも、調子に乗る子達にはきついお叱りを受けてもらわないと」

ぼそりとつぶやいたに、あ、なんか鬼灯様と同じ事言ってる……と思う。

「ごべんだざい……」

鼻血を出して涙までも流す子供は素直に謝った。

「わかればよろしい」

子供が死んでからいくと言われる三途の川のほとりの河原、そのシステムをわかりやすく言い聞かせる。

「いいですか。子供である貴方がたは転生を待つ間ここで修行をします。『地獄は酷すぎる、かといって簡単に天国へ送る訳にもいかない』からです。ジェンガ積みにも耐えられないようでは、現世でやっていけません。キッチリ修行してもらいます」


※賽の河原…本来は「親よりも先に死んだ子」が堕ちる地獄(親不孝という考え方から)。父母の供養に石の塔を積む→鬼に崩される、の繰り返しだが、それではあんまりだということで、地蔵菩薩による救済システムが追加された。







閻魔殿に戻ってきた鬼灯は、早々に問題を提起した。

「――閻魔大王は甘いです。地蔵菩薩の派遣が頻繁すぎやしませんか?最近じゃ子供が地蔵様にすがりつきます」

「イヤ~、まあねェ…でもさア、あんな小さくして亡くなっちゃったことを思うとね~…」

すると、後ろから地蔵菩薩がニコニコ微笑みながら歩いてきた。

「お疲れ様です」

「鬼灯殿は相変わらずお厳しい。一方で閻魔大王はお優しい」

赤みがかかった瞳が、地蔵菩薩を見つめてまばたきする。

「どちらも大切です。私は大王の化身であることを誇りに思いますよ」

ニコニコと微笑みを崩さず、へ向き直った。

「色素の薄い髪。赤みがかかった瞳。造りは悪くないくせに隙だらけっぽいから減点二十の顔……貴方が第二補佐官さん、ですよね。私、地蔵菩薩と申します」

「それはどうもご丁寧に…朱井です……ところで今のひどいコメントの出所は鬼灯さんですよね?」

「ええ。やっぱり間違ってなかったんですね、よかった」

地蔵菩薩に悪気はなさそうだ。

が睨んでも、鬼灯は素知らぬ顔でいた。

閻魔は苦笑し、シロは愛らしく子首を傾げる。

「将来的には、私の嫁として迎え入れます。これは一つの決意表明です」

既定の未来の如く語る内容に異議を唱えた。

「やめてください、鬼灯さん。その話はここまでです。正式な段階を踏んであげたら考えてあげます。ちなみにあたしは、亡者の特権を生かして、まだまだ知らないあの世を堪能してから第二の人生を歩むのが希望です」

「さすがはさんですね。私からの誘いに飛びつかないのは、きっと貴方ぐらいですよ……他の女性を誘ったことはないから、多分ですけど」

眉間に皺を寄せて険しい顔をしたまま、鬼灯が言う。

確信犯だったのかと、は眉をひそめた。

相変わらず性格が悪い……まあ、この鬼神のドSっぷりを知っていたとしても、熱狂的な女性は大勢いそうだが。

「……………」

シロは地蔵菩薩を観察した後、服の裾を引っ張った。

「あっ、コラッ!」

鬼灯からの叱責が飛ぶが、シロは疑問の声をあげる。

「石じゃない?」

正直に思うところを語ったであろう感想に、地蔵菩薩はシロの頭を撫でながら答える。

「あれは私を象った石像ですよ」

「閻魔様の化身てどういうこと?」

「地蔵菩薩と閻魔大王はセットなんですよ。十王はそれぞれ『アメ』と『ムチ』の顔を持っています。その『ムチ』の方が十王。『アメ』の方が菩薩や如来と思ってください」

閻魔と地蔵菩薩、二つの尊格にまつわる知識を語る。
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