第28話
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「バカ」
「カバ」
真剣な表情で鬼灯と白澤がしているのはしりとりである。
お互いに何か言葉を言い合って、言い合った言葉の語尾から始まる言葉を次々と言い続けていくゲームである。
ぶっちゃけた話お気楽なゲームなのだが、二人の間には緊迫感が漂っていて、神妙な桃太郎とは異なり、凜の表情に臆するところはない。
普段通りの飄々とした態度だ。
「化け物にカバと言われたくないですよ」
「よく言うよ、お前が化け物だろ」
なーんかさっきから嫌な予感がするというか流れが怪しいというか、まあ放っておいても大した問題にはならないだろうけど、と凜は思う。
「――ところで桃太郎」
宙に放ったアーモンドチョコを舌先でキャッチしてペロリと食べ、
「ありがとうございます」
神妙な様子で二人のやり取りを見つめる桃太郎にもお裾分けする。
「お仲間の一寸法師とはどうなの?」
奥歯で噛むと、チョコの甘さとアーモンドの香ばしさが口の中に広がり、頬が緩んだ。
「どうって、相変わらず悩みをぶちまけたり、他愛もない話とかしたりしてますよ。あ、今度凜さんもどうですか?」
「あたしなんかが昔話のヒーロー同士の会話に入っていっても大丈夫?また、一寸法師が暴走したりしない?」
すると、桃太郎はこれ見よがしに肩をすくめてみせる。
「それについては大丈夫です。例の如く暴走した芥子さんを見て、あいつが逆に怯えてましたから」
思いがけない桃太郎の言葉に、凜は驚いたように目を瞬かせた。
しかしその数秒後には、顔を綻ばせて笑う彼女がいた。
「あはは!余計な心配だったね!そっか、あのヤンデレが発動したんだね!」
声をあげて笑う亡者を唖然と見る桃太郎は、しりとりを続行する二人に向き直る。
「ろくでなし色魔」
「まぬけの底抜け上戸 」
「極楽蜻蛉!」(うわついたのんき者)
「朴念仁!」(無口で無愛想な人)
あまりしりとりっぽいチョイスじゃないというか、いくらなんでも偶然で片づけるのは無理がある。
「あっ、ヤベッ『ん』がついた」
「ハイ、負け」
「しりとりしてたのかよ!?」
こんな時でも言い争う二人に、桃太郎は驚きを隠せない。
「見てて飽きないねぇ」
不毛な舌戦を終わらせたのは、凜の一言だった。
「…アンタら仲悪い割にしょっちゅう勝負事してるよな……年上の兄弟ってこんな感じだよな~」
「くそ~~~。日本語のしりとりは不利だよ!」
心底悔しそうに白澤は表情を歪め、頭を掻きむしる。
凜は慌てて巾着袋から黒い固形物を取り出すと、白澤の口が閉じるより早く放り込んでやる。
直後、驚きに切れ長の瞳をこれまで見たことないくらいに丸くして、飛び跳ねる勢いで全身を揺らす。
予想以上に敏感な反応に、凜は声を押し殺しながら笑みを堪えるのである。
勿論、白澤は驚きの眼差しで見つめてくる。
「大丈夫ですって。ただのチョコレートですって」
真顔の凜が告げると、半信半疑という表情で口を動かし、
「……甘いね」
とつぶやいた。
しかし、それは束の間。
「――んんんっ!」
彼が眼球がこぼれ落ちそうなほどに目を見開き、口許を両手で押さえるのだ。
「白澤様!?凜さん、何を食べさせたんですか!」
してやったりの凜はおかしくておかしくてしょうがない。
「な、なんだこれ!めちゃくちゃ辛いじゃない!」
「今、食べたものは『アヒチョコレート』と言って、エクアドル産の唐辛子入りの珍しいチョコなんですよ。ちなみに『アヒ』はスぺイン語で『唐辛子』を意味します。辛党の白澤さんにはピッタリ」
ひとしきり笑った凜は巾着袋から、一見するとアーモンドチョコレートのような楕円形のチョコを一粒つまみ上げる。
「……確かに僕は辛党だけど、限度があるっての」
「ちなみに、そのアヒチョコレートは鬼灯さんが作った特別製ですからね。通常の数十倍の辛さに調合してました」
「お前かぁぁぁぁ!!」
「だんだんと凜さんが鬼灯さん(ドS)に近づいてきてる!」
凜ら三人のそんなやりとりを見ていた鬼灯は両手の親指と人差し指でカメラのフレームをつくると、それを覗きながら、
「私が写真家なら『亡者に振り回される神獣』というタイトルをつけますね」
と無感動に言う。
すると、信じられないことにアーモンドチョコをつまみひょいと口へと放り込んだ。
「ああ!何てことするんですか!それが最後の一粒だと知っての暴挙ですか!あたしが最後の一粒を食べるのを楽しみにしてたのを知っての嫌がらせですか!」
「まさか。知りません。目の前にあったものを摘んだだけです」
「……目の前にあったから摘んだだけ?鬼灯さん、あれですか。目の前に自爆ボタンがあったら押すんですか?自室の扉を開けてベッドに裸の美人が寝てたら抱くんですか?魔王に世界の半分をやろうと打診されたらイエスと答えるんですか?どうなんですか!?」
「……チョコレート一つ如きでムキにならないでください」
「そんな口がよく利けたものですね。あたしがどれほどチョコレートを愛しているのか知らないあんたではないでしょう。いいからあたしのアーモンドチョコを吐き出せ!」
凜は立ち上がり、鬼灯へ掴みかかる。
もっとも、あの閻魔でさえ子供のようにあしらう鬼灯に凜が敵うはずもなく、あっさりと両手首を捕まえられる。
「もう食べ終わりました」
血色のいい舌を見せる鬼灯に、
「ああ、信じられない!!」
自由を奪われた凜は悪態を浴びせることしかできないのである。
「どう思います二人とも?この朴念仁に何か言ってやってください!」
援軍要請よろしく凜は頭を大げさに振りながら、白澤と桃太郎へと振り向く。
すると、二人は呆気に取られたような表情でこっちを見ていた。
「……二人はいつの間にか随分と仲良しになったね」
白澤が不機嫌に訊ねてくる。
言われて凜が正面に視線を移すと、鬼灯と顔を見合わせることになった。
「仲良しに見えますかね?」
「それはめでたいことで。なんだったらお祝いでもしますか?」
なんとも締まらないやり取りである。
「しかも、どういうしりとりだか……」
「しりあげ足とり」
要するに、今回の催しは互いの短所を指摘する、そういう目的であるらしい。
「ロクなもんとってねぇ」
鬼灯は店内の兎の、柔らかな毛並みを撫でる。
「私達はこんなことしてないで早々に帰りたいんですよ。薬はまだですか」
凜も従業員の兎を撫でる。
温かくてふわふわだ。
気持ちよさそうに目を細める。
そんな二人の横で、桃太郎は鍋の中身をかき回す。
「もうちょっと煮えるまで待ってください」
「桃 タロー君は薬剤師が板についてきたね」
「その格好も見慣れたよね」
白澤のだらしなさがほどよくいい影響を与えているのだろう、ぐるぐると鍋をかき回す桃太郎の背には貫録に近いものが滲み出ていた。
「以前は自己顕示欲の塊みたいな格好でしたけど」
鬼灯達と出会う前の桃太郎は頭にハチマキを巻き、着物の上から羽織を纏って、
「よく鬼ヶ島に無事上陸できましたよね」
きび団子を食べるお供を連れた、それはそれは目立つ存在であった。
「…イヤだな~…それ言わないでくださいよォ。爺ちゃんの格好を意識したんですよ」
柴狩りで生計を立てていた育ての親・老人が着ていた格好を意識し、
「いいか桃太郎。柴を狩るというのな…」
よく口にしていた柴狩りの作業を思い出し、懐かしい気持ちになる。
「自分と同じ職業に就いてるのを知ったらお爺さん、きっと嬉しがるよ」
桃太郎は大切な人のことを誉められて、少し誇らしげになる。
「…………」
ふと、自身の頭巾に目をやると、白澤の頭巾の被り方に疑問符を浮かべた。
「…そういや、前からなんとなく違和感があったんですけど……今わかりました。白澤様、三角巾の位置、おかしくないスか?男はそう結ばないでしょ?」
「何、今頃気付いたの?そりゃ、そうだよ。だって僕は本来ここにも目があるんだから」
そう言って前髪を掻き上げ、ずっと隠れていた目を露にする。
額と両方、つまり三つ目だった。
「体にも6つ目がある。角も計6本あるよ。ホラ、これ見てごらん」
白衣で見えないが、身体にあるという目を示し、一冊の本『画図百鬼夜行』を差し出す。
次の瞬間、怪しく底知れない闇の瞳で光らせた鬼灯が三本貫手を放つが、それを予測済みだった白澤は顔を歪めてかわす。
「目潰し!!」
「お前ならそう来ると思ったアアア」
不意討ちの目潰しが回避されたことに、鬼灯は舌打ちする。
気を取られている隙に、凜が手を掴み、両手で離さないように握る力を強める。
「逃げようったって、そうはいきませんよ」
「う…しまった…」
「凜さん、その手、はなすんじゃありませんよ!!」
鬼灯は、凜が捕まえている白澤に向かう。
「ええ…はなすもんですか」
凜は口許に笑みを貼りつけると瞳を輝かせ、白澤の手を握りしめる。
「その目、もっと見せてくれるまではなさない」
「「…………は?」」
白澤と桃太郎は唖然、鬼灯の眉間に深い皺が刻まれた。
三つ目の確認をひとまず保留して、桃太郎は白澤の画が載ってあるページをめくる。
「なるほどそこに布当たってると痛いんスね」
「いや…痛くはないんだけど、なんか……モヤッとする、モヤッとね」
途中まで呑気だった声が急に小さくなり、
「釈然としない、しっくりこない」
僅かに眉が困った様子を示しているのは、釈然としない気持ちを表しているらしく、桃太郎は頷く。
「ああ…まァ、言わんとすることはわかります」
「市販の目薬じゃ、すぐなくなっちゃいそうですよね」
これだけ目の数が多い妖怪に、鬼灯は独自の意見を提示する。
「どういう着眼点ですか」
「しかしさァ、その絵もちょっとないよね」
「「お前の自画像より数倍マシだろ」」
おかしみが混ざる白澤に二人が向ける視線に宿るのは、あからさまな批判である。
「鳥山石燕君も、もーちょっとカッコよく描いてくれればいいのにね。そもそも黄帝が広めた僕の姿絵もちょっと不満」
「何のことスか?」
この話は初耳だったと見えて、桃太郎が首を傾げる。
すると凜は目を丸くし、白澤が自身を指差して続けた。
「アレ、知らない?有名な話なんだけどな」
「鳥山石燕が『画図百鬼夜行』で広めた姿絵って、元をたどると僕自身が伝えたものなんだよ」
今から4千年以上も昔、中国には黄帝という皇帝がいた。
「私、黄帝。職業、皇帝。実在したかは謎」
中国最古の医学書を残し、文学や算数を始め、養蚕・音律等を制定したという伝説の皇帝である。
そして皇帝にとって吉兆の印である神獣は最強のラッキーアイテムだった――。
「今月の皇帝占い。おうし座のアナタは鳳凰を見ると民の支持、上がっちゃうかも!」
徳の高い為政者の治世に姿を現すのは白澤の他に鳳凰、麒麟 という神獣がいる。
――あの頃僕はヤンチャだったからな~、いまより飲んでたし…あの時もありえないくらい酔って雲の間をフラフラしてたんだ。
――それでうっかり足を踏み外してね……。
足を踏み外した白澤は転がり落ち、断崖などが容赦なく彼の身体を打ちつけ、叩いた。
何度も叩きつけられたせいで気絶した白澤は本来の姿を見せた。
すなわち、獣の姿を。
――目を回してぐらぐらしてて、しばらく正体を出しちゃってた。
「…正体っつっても、俺にとっては白澤様はこの姿だからなぁ…ピンとこないな…」
「獣の姿じゃ、女のコと遊べないからね」
桃太郎は人身を取る彼しか見たことがないから、ピンと来ていない。
「カバ」
真剣な表情で鬼灯と白澤がしているのはしりとりである。
お互いに何か言葉を言い合って、言い合った言葉の語尾から始まる言葉を次々と言い続けていくゲームである。
ぶっちゃけた話お気楽なゲームなのだが、二人の間には緊迫感が漂っていて、神妙な桃太郎とは異なり、凜の表情に臆するところはない。
普段通りの飄々とした態度だ。
「化け物にカバと言われたくないですよ」
「よく言うよ、お前が化け物だろ」
なーんかさっきから嫌な予感がするというか流れが怪しいというか、まあ放っておいても大した問題にはならないだろうけど、と凜は思う。
「――ところで桃太郎」
宙に放ったアーモンドチョコを舌先でキャッチしてペロリと食べ、
「ありがとうございます」
神妙な様子で二人のやり取りを見つめる桃太郎にもお裾分けする。
「お仲間の一寸法師とはどうなの?」
奥歯で噛むと、チョコの甘さとアーモンドの香ばしさが口の中に広がり、頬が緩んだ。
「どうって、相変わらず悩みをぶちまけたり、他愛もない話とかしたりしてますよ。あ、今度凜さんもどうですか?」
「あたしなんかが昔話のヒーロー同士の会話に入っていっても大丈夫?また、一寸法師が暴走したりしない?」
すると、桃太郎はこれ見よがしに肩をすくめてみせる。
「それについては大丈夫です。例の如く暴走した芥子さんを見て、あいつが逆に怯えてましたから」
思いがけない桃太郎の言葉に、凜は驚いたように目を瞬かせた。
しかしその数秒後には、顔を綻ばせて笑う彼女がいた。
「あはは!余計な心配だったね!そっか、あのヤンデレが発動したんだね!」
声をあげて笑う亡者を唖然と見る桃太郎は、しりとりを続行する二人に向き直る。
「ろくでなし色魔」
「まぬけの底抜け
「極楽蜻蛉!」(うわついたのんき者)
「朴念仁!」(無口で無愛想な人)
あまりしりとりっぽいチョイスじゃないというか、いくらなんでも偶然で片づけるのは無理がある。
「あっ、ヤベッ『ん』がついた」
「ハイ、負け」
「しりとりしてたのかよ!?」
こんな時でも言い争う二人に、桃太郎は驚きを隠せない。
「見てて飽きないねぇ」
不毛な舌戦を終わらせたのは、凜の一言だった。
「…アンタら仲悪い割にしょっちゅう勝負事してるよな……年上の兄弟ってこんな感じだよな~」
「くそ~~~。日本語のしりとりは不利だよ!」
心底悔しそうに白澤は表情を歪め、頭を掻きむしる。
凜は慌てて巾着袋から黒い固形物を取り出すと、白澤の口が閉じるより早く放り込んでやる。
直後、驚きに切れ長の瞳をこれまで見たことないくらいに丸くして、飛び跳ねる勢いで全身を揺らす。
予想以上に敏感な反応に、凜は声を押し殺しながら笑みを堪えるのである。
勿論、白澤は驚きの眼差しで見つめてくる。
「大丈夫ですって。ただのチョコレートですって」
真顔の凜が告げると、半信半疑という表情で口を動かし、
「……甘いね」
とつぶやいた。
しかし、それは束の間。
「――んんんっ!」
彼が眼球がこぼれ落ちそうなほどに目を見開き、口許を両手で押さえるのだ。
「白澤様!?凜さん、何を食べさせたんですか!」
してやったりの凜はおかしくておかしくてしょうがない。
「な、なんだこれ!めちゃくちゃ辛いじゃない!」
「今、食べたものは『アヒチョコレート』と言って、エクアドル産の唐辛子入りの珍しいチョコなんですよ。ちなみに『アヒ』はスぺイン語で『唐辛子』を意味します。辛党の白澤さんにはピッタリ」
ひとしきり笑った凜は巾着袋から、一見するとアーモンドチョコレートのような楕円形のチョコを一粒つまみ上げる。
「……確かに僕は辛党だけど、限度があるっての」
「ちなみに、そのアヒチョコレートは鬼灯さんが作った特別製ですからね。通常の数十倍の辛さに調合してました」
「お前かぁぁぁぁ!!」
「だんだんと凜さんが鬼灯さん(ドS)に近づいてきてる!」
凜ら三人のそんなやりとりを見ていた鬼灯は両手の親指と人差し指でカメラのフレームをつくると、それを覗きながら、
「私が写真家なら『亡者に振り回される神獣』というタイトルをつけますね」
と無感動に言う。
すると、信じられないことにアーモンドチョコをつまみひょいと口へと放り込んだ。
「ああ!何てことするんですか!それが最後の一粒だと知っての暴挙ですか!あたしが最後の一粒を食べるのを楽しみにしてたのを知っての嫌がらせですか!」
「まさか。知りません。目の前にあったものを摘んだだけです」
「……目の前にあったから摘んだだけ?鬼灯さん、あれですか。目の前に自爆ボタンがあったら押すんですか?自室の扉を開けてベッドに裸の美人が寝てたら抱くんですか?魔王に世界の半分をやろうと打診されたらイエスと答えるんですか?どうなんですか!?」
「……チョコレート一つ如きでムキにならないでください」
「そんな口がよく利けたものですね。あたしがどれほどチョコレートを愛しているのか知らないあんたではないでしょう。いいからあたしのアーモンドチョコを吐き出せ!」
凜は立ち上がり、鬼灯へ掴みかかる。
もっとも、あの閻魔でさえ子供のようにあしらう鬼灯に凜が敵うはずもなく、あっさりと両手首を捕まえられる。
「もう食べ終わりました」
血色のいい舌を見せる鬼灯に、
「ああ、信じられない!!」
自由を奪われた凜は悪態を浴びせることしかできないのである。
「どう思います二人とも?この朴念仁に何か言ってやってください!」
援軍要請よろしく凜は頭を大げさに振りながら、白澤と桃太郎へと振り向く。
すると、二人は呆気に取られたような表情でこっちを見ていた。
「……二人はいつの間にか随分と仲良しになったね」
白澤が不機嫌に訊ねてくる。
言われて凜が正面に視線を移すと、鬼灯と顔を見合わせることになった。
「仲良しに見えますかね?」
「それはめでたいことで。なんだったらお祝いでもしますか?」
なんとも締まらないやり取りである。
「しかも、どういうしりとりだか……」
「しりあげ足とり」
要するに、今回の催しは互いの短所を指摘する、そういう目的であるらしい。
「ロクなもんとってねぇ」
鬼灯は店内の兎の、柔らかな毛並みを撫でる。
「私達はこんなことしてないで早々に帰りたいんですよ。薬はまだですか」
凜も従業員の兎を撫でる。
温かくてふわふわだ。
気持ちよさそうに目を細める。
そんな二人の横で、桃太郎は鍋の中身をかき回す。
「もうちょっと煮えるまで待ってください」
「
「その格好も見慣れたよね」
白澤のだらしなさがほどよくいい影響を与えているのだろう、ぐるぐると鍋をかき回す桃太郎の背には貫録に近いものが滲み出ていた。
「以前は自己顕示欲の塊みたいな格好でしたけど」
鬼灯達と出会う前の桃太郎は頭にハチマキを巻き、着物の上から羽織を纏って、
「よく鬼ヶ島に無事上陸できましたよね」
きび団子を食べるお供を連れた、それはそれは目立つ存在であった。
「…イヤだな~…それ言わないでくださいよォ。爺ちゃんの格好を意識したんですよ」
柴狩りで生計を立てていた育ての親・老人が着ていた格好を意識し、
「いいか桃太郎。柴を狩るというのな…」
よく口にしていた柴狩りの作業を思い出し、懐かしい気持ちになる。
「自分と同じ職業に就いてるのを知ったらお爺さん、きっと嬉しがるよ」
桃太郎は大切な人のことを誉められて、少し誇らしげになる。
「…………」
ふと、自身の頭巾に目をやると、白澤の頭巾の被り方に疑問符を浮かべた。
「…そういや、前からなんとなく違和感があったんですけど……今わかりました。白澤様、三角巾の位置、おかしくないスか?男はそう結ばないでしょ?」
「何、今頃気付いたの?そりゃ、そうだよ。だって僕は本来ここにも目があるんだから」
そう言って前髪を掻き上げ、ずっと隠れていた目を露にする。
額と両方、つまり三つ目だった。
「体にも6つ目がある。角も計6本あるよ。ホラ、これ見てごらん」
白衣で見えないが、身体にあるという目を示し、一冊の本『画図百鬼夜行』を差し出す。
次の瞬間、怪しく底知れない闇の瞳で光らせた鬼灯が三本貫手を放つが、それを予測済みだった白澤は顔を歪めてかわす。
「目潰し!!」
「お前ならそう来ると思ったアアア」
不意討ちの目潰しが回避されたことに、鬼灯は舌打ちする。
気を取られている隙に、凜が手を掴み、両手で離さないように握る力を強める。
「逃げようったって、そうはいきませんよ」
「う…しまった…」
「凜さん、その手、はなすんじゃありませんよ!!」
鬼灯は、凜が捕まえている白澤に向かう。
「ええ…はなすもんですか」
凜は口許に笑みを貼りつけると瞳を輝かせ、白澤の手を握りしめる。
「その目、もっと見せてくれるまではなさない」
「「…………は?」」
白澤と桃太郎は唖然、鬼灯の眉間に深い皺が刻まれた。
三つ目の確認をひとまず保留して、桃太郎は白澤の画が載ってあるページをめくる。
「なるほどそこに布当たってると痛いんスね」
「いや…痛くはないんだけど、なんか……モヤッとする、モヤッとね」
途中まで呑気だった声が急に小さくなり、
「釈然としない、しっくりこない」
僅かに眉が困った様子を示しているのは、釈然としない気持ちを表しているらしく、桃太郎は頷く。
「ああ…まァ、言わんとすることはわかります」
「市販の目薬じゃ、すぐなくなっちゃいそうですよね」
これだけ目の数が多い妖怪に、鬼灯は独自の意見を提示する。
「どういう着眼点ですか」
「しかしさァ、その絵もちょっとないよね」
「「お前の自画像より数倍マシだろ」」
おかしみが混ざる白澤に二人が向ける視線に宿るのは、あからさまな批判である。
「鳥山石燕君も、もーちょっとカッコよく描いてくれればいいのにね。そもそも黄帝が広めた僕の姿絵もちょっと不満」
「何のことスか?」
この話は初耳だったと見えて、桃太郎が首を傾げる。
すると凜は目を丸くし、白澤が自身を指差して続けた。
「アレ、知らない?有名な話なんだけどな」
「鳥山石燕が『画図百鬼夜行』で広めた姿絵って、元をたどると僕自身が伝えたものなんだよ」
今から4千年以上も昔、中国には黄帝という皇帝がいた。
「私、黄帝。職業、皇帝。実在したかは謎」
中国最古の医学書を残し、文学や算数を始め、養蚕・音律等を制定したという伝説の皇帝である。
そして皇帝にとって吉兆の印である神獣は最強のラッキーアイテムだった――。
「今月の皇帝占い。おうし座のアナタは鳳凰を見ると民の支持、上がっちゃうかも!」
徳の高い為政者の治世に姿を現すのは白澤の他に鳳凰、
――あの頃僕はヤンチャだったからな~、いまより飲んでたし…あの時もありえないくらい酔って雲の間をフラフラしてたんだ。
――それでうっかり足を踏み外してね……。
足を踏み外した白澤は転がり落ち、断崖などが容赦なく彼の身体を打ちつけ、叩いた。
何度も叩きつけられたせいで気絶した白澤は本来の姿を見せた。
すなわち、獣の姿を。
――目を回してぐらぐらしてて、しばらく正体を出しちゃってた。
「…正体っつっても、俺にとっては白澤様はこの姿だからなぁ…ピンとこないな…」
「獣の姿じゃ、女のコと遊べないからね」
桃太郎は人身を取る彼しか見たことがないから、ピンと来ていない。